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2014年3月23日 (日)

お彼岸

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月曜日にめずらしく朝1で父から電話がきて、いつにする、って。

お彼岸のことはもちろんとうに頭にあったけど、相変わらずせっかちな人だ。

そのとき、いつも以上に滑舌がはっきりしなくて何をいってるかわからないと思った

ら、歯を抜いたせいだと今日会ってわかった。

しかも「歯を抜いたその日に転んだのよ!」と妹。

ふつう歯を抜いたりした日は今日は安静にしていようと思うものなのに、まだ麻酔

も切れてなくて頭がぼぉっとしてるようなときにわざわざ行かなくてもいい買い物に

行って、しかも両手荷物で重たいものをたくさん買って、よろよろ歩いているうちに

転んだらしい。

どこでどう転んでそんなにまでしてしまったのか、見た瞬間、妹が思わず目をそむ

けたくなったほど右手の甲が見るも無残にぐちゃぐちゃになっていたという。そこま

でなるまで転んだらどれほど痛かったろうと思うのに、それを妹に隠していた父。

子どものころ、車に轢かれそうになったり怪我をしたりするたびにその恐怖と痛み

もさることながら、すぐさま母にしこたま怒られることのほうが頭に浮かんで私がそ

れを黙って隠し続けようとしたように、父もまた妹に叱られるのが嫌で我慢したん

だなあと思ったら、なんだか哀れなような情けないような気持ちになってしまった。

けっきょく翌朝、妹が仕事に行くのを遅らせて父を外科に連れて行ったらしい。

ふだん筋骨系の患者しか見ていない看護婦たちも、父の手を見るなり、うげっ!

とばかりに目をそむけたというから、いったいどれだけ酷かったんだろうと思う。

私だったら寿命が縮まったところかも。

それが一体いつのことだったのか、「でも意外に早く治った」と父が飄々とした顔

で自分の手の甲を見ながらいう。基本、この人はいつも飄々と淡々としている。

転んだとき顎も打ったらしくてアザになっていたからレントゲンも撮ってもらったけ

ど、骨に異常はなかった、と妹がいうので、数年前「いま転んだら全身どこの骨が

折れてもおかしくないくらいの骨粗鬆症!」と医師にいわれた父としては、まだ不

幸中の幸いだったかもしれない。

彼らふたりと駅で待ち合わせた今日は朝から青空、陽射しはぽかぽか気温も上

がって風もなく、絶好のお墓参り日和。のどかに鳥の囀る声を聞きながらお墓を

掃除して墓石を水で洗い流し、花とお線香をたむけた。

小さな父は律義に帽子を脱いで神妙に手を合わせてから、せっかく持ってきたお

数珠を使い忘れたことに気づき、「いいじゃない、急いでるわけじゃなし。ごゆっく

りどうぞ」というと、ふたたび手を合わせて何事かぶつぶついっていた。

父の父、私の祖父もほんとうに律義な人だったけれど、そういうところは同じなん

だな、と思う。祖父が昔、私が小学5年生くらいだったときに突然わたしの誕生日

に大きなイチゴのデコレーションケーキとプレゼントを持ってやってきたことをいま

でもおぼえてる。プレゼントは祖母が選んだのか白いコットンのワンピースで、母

には着せてもらったことのないような女の子っぽいしろものだったからちょっと嬉し

かった。あのときの祖父は小5の私にはじゅうぶんおじいさんだったけれど、でも

実際はいまの父よりずっと若かったのだ、といまさらながらに思う。

若くて、お金はなかったけれど野心も希望もあって、夜になると小さな娘を前に、

後ろに重い母を乗っけて自転車で銭湯まで走ってゆけるほど元気だった父が、

こんなよぼよぼな老人になるなんて、自分でも思わなかっただろうなあ。それに

誰があの強そうな母より、この弱そうな父が長生きすると思っただろう。

人生って不思議だ。

そしてそこにはきっと意味があるんだろうな。

帰りはまたバスに揺られ、電車で4つ先の小手指に行って、いつか入ったことの

ある『お茶カフェ利休』でランチをして帰った。

父は何をするにもいろいろ不自由で、それにいちいち小言をいわずにはいられな

い妹も相変わらずだったけど、穏やかに晴れたことが何よりありがたかった平和

な春の日。

束の間たゆたって虚空に消えていく線香の煙のように、いつか今日の日も思い出

になる。


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