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2014年1月18日 (土)

親知らず

14breakfast_01

今日は娘が午前中に親知らずを抜きに行くというので、いつもの土曜日より早く

朝食をとった。昨日うっかりコーヒー・フィルター買ってくるのを忘れて今朝は珈琲

が飲めず、食後にハーブ・ティーを飲んでいるときに諍いは起きた。

今朝の火種は息子じゃなくて娘。

「はい」と返事はすれどもいっこうに暖簾に腕押し、その無機質・無表情、人の目

も見ずろくに声さえ発しない娘の態度に私の我慢の限界がきたのだった。良くも

悪くもオープンでよく話す息子と違ってこれまで家族にさえ心を曝け出すことを

まったくしてこなかった娘のほうが実は根が深いのかもしれない。

業を煮やした息子によって叩き落とされた娘のマグカップから床に飛び散ったお

茶を雑巾で拭きながら朝からほとほと疲れてしまった。

どこの家庭も多かれ少なかれ様々な問題を抱えていて、うちだけじゃないのは

よく知っている。一見、何不自由なくしあわせに暮らしているように見える人たち

だって外に出さないだけで本当は深刻な問題を抱えていたりする。とくに家族の

問題は大きい。それはスイミングクラブでもときどき耳にするし、それが70代に

なった彼らの40過ぎの娘や息子の心配だったりするから、もう自立して家を出て

行った子供といっても親はやっぱりいつまでたっても親なんだなあ、と思って感心

するとともになんだかげんなりする。

母親には子供がいくつになってもかわいかった小さいころの記憶がつい昨日の

ことのように鮮明に胸に刻まれてるから、あんなに天真爛漫だった子がいつから

なぜ、こんな風に、と思ったりもするけれど、むろん、自分が若いころから思って

いたように誰だって無疵で大人になれはしないのだ。いくら私が母親だからって

100%ケアできるわけじゃなし、もう二十歳も過ぎたらその傷を自分なりに自分

の力で超えていくか、傷そのものをユニークな自分の個性として生きるしかない。

とは何度も子供にいってきたこと。

そして、同じ親でありながら親の役目を果たしていない人たちにいいたいのは、

子供を育てるって365日、こういう毎日の涙ぐましい1ミリ単位の積み重ねなの。

そういう努力も苦労もなしに誰かにあずけた自分の子供がある程度まっとうに育

っているなら、その一点だけでも相手に感謝したほうがいい、ってこと。

直接こんな強い言葉を誰かに放ったことは一度もないけど、これは男女関係なく

いいたいこと。世の中、あまりにも無責任でノーテンキな人が多すぎるから。

感受性が強すぎるせいでちょっとセンシティブ過ぎるけど息子の根が優しいのに

は違いなく、事がおさまったあと娘は歯医者に行き、私はいつものようにプール

に行った。

何がこたえるって家族のことほどこたえることはない。

更衣室の鏡の前ではスイムキャップをかぶろうとして自分の顔を見て「なんだか

シミ・ソバカスが一気に増えたみたい」とショックを受け、シャワーを浴びに行くと

こんどは一番上のクラスの方に「なんだか一段と痩せたんじゃない?」といわれ

かと思うとプールサイドではサーフィンをやってる年下の女の子に「華奢できれ

いな足!」といわれ、つまり水着なんか着てある種自分を曝け出して泳いでるっ

てこういういこと。それはそれでいい。目に見えることのほうが解決しやすいから。

朝の一件のせいか、今日はぜんぜん泳げなかった。

なんだか身体がひどく重くて。

寒いせいなのか体調を崩している人が多いのか今日は同じレーンで泳ぐ人は

5人しかいなかったけど、賑やかなHさんが来ていてよかった。

先週、用事があって来れなかった彼女にプール帰りに自家製りんごジャムを届

けたら、レストランで食べるのみたいにおいしかったといってくれた。あの、ブラ

ンデーとキルシュワッサーがドバっと入ってしまったりんごジャム。

代わりに今日はおいしい地鶏のもも肉をいただいた。

彼女はただ明るくて元気なだけじゃなくて、いつだっていまより水泳が上手くなり

たいと思ってるとこ、いくつになってもきれいになることをあきらめてないところが

好きだ。

そうでなくっちゃ。



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