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2013年12月 7日 (土)

NEST

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このあいだからずっと、人が押し黙ってしまうわけについて考えていて、今日も

そんな頭をして友達と待ち合わせの場所に向かうのに電車に乗ったら、まるで

どこかで何かあったみたいに駅のホームも電車の中もすごく混雑していて、その

押し合いへし合いの中でなぜか老いも若きも自分の居間で話してるみたいな

大きな声で話していて、いやがおうにもその話の内容が自分の耳に入ってくる

のに辟易とし、前の席が空いたので座ってふと見上げたらその喋っている人た

ちの顔が蛍光灯の下でひどく醜く見え、でも向こうから見たら自分もそんな風に

見えてるかもしれないと思ったらなんだかいたたまれない気持ちになって、電車

が渋谷でとまってドアが開くなり人混みをすりぬけるようにして銀座線に乗った。

表参道。

(レジュ、レジュ、もう何もかも変わってしまって、あのころのものは何ひとつ残っ

てないけど、ここだけは変わってない。もしここがなくなってしまったら、私には

もう行くとこがない。)

そんな風だったからちょっとナイーブにはなってたかもしれないけれど、不機嫌

だったわけではなかった。レジュに着くと友達はまだ来てなくて、おかげで私は

1人でぼんやりしながらゆっくり濃い珈琲を飲むことができた。

ここを待ち合わせの場所に指定した友達が40分遅れで「遅くなってすまん」と

いいながら来たときも、私は2杯目の珈琲を頼もうとしていたところでいたって

機嫌よかった。それから何かの話をしていて、彼が「いまはなんでもいろいろあ

っていいよな。いまの若い子が羨ましいよ」といった。たぶん、何気なくいったの

だと思う。私は私で単純に彼が『何が』いろいろあって、『何が』羨ましいといって

いるのかが全然ピンとこなかったからそれを聞き返したにすぎなかったのだけ

れど、それからそのことについて15分間くらい不毛の会話をすることになった。

私の感覚では、私たちが20代だったころにはたしかに携帯電話もパーソナル

コンピューターもiPhoneもインターネットも何もなかったけど、だからといって何も

不便じゃなかったし、何もないぶん無垢で、夢を見ていられた。すべてが出尽く

したかのようないまでは、ブータン国と同じように何もなかったころの無垢な時

代にはもう戻れないし、宮崎駿がいうように夢を見るのも描くのも難しくなってし

まった時代だと思う。なんでもあるようで、本当にほしいものは何もない時代。

もちろん、だからといってあのころに戻りたいなどとは思わないけれど、少なくと

もいまの子供たちが羨ましいなどとは私にはけして思えなかったから。でも昨日

は、どうやってもそういう話には行きつかなかった。けっきょく、私には彼がいま

の子供の何が羨ましいのかが全然わからなかった。それで、ごくわずかのあい

だだったけれど2人のあいだにはめずらしく居心地の悪い空気が漂った。

日本人には議論は向いてない。

小さな子供のころからディベートを積んで大人になる欧米人のように、議論する

ことに慣れてないからだ。それ以上に、ふだんから自分の心のうちや頭のなかを

冷静に客観的に分析して文章化するようなことをしていなければ、そうそう簡単

に人にわかるように論理的に話せるようにはならないのだと思う。

面と向かって話していてそうなのだから、顔が見えないネットならなおさら人の真

意など掴みかねる、と私は思うのだけれど、息子はいや違う、人の顔色や口調や

その場の雰囲気といった、いっさいのバイアスのかかってない、そういうものに影

響されないところでこそ論議はなされるべきだ、そうすれば話したことも全てネット

上に文字という証拠となって残るから、いかに互いの論旨がずれているかもわか

りやすくて、間違ったことをいっても軌道修正しやすい、国会の議論なんかも僕は

全部そうしたらいいと思うね、という。でも私はやっぱりネット上でキーボードを早

打ちして人と議論したいとは思わない。むしろコンピューターからもモバイル機器

からもできるだけ離れていたい。自分の身体を使って五感を使って何かすること

に没頭したい。私の場合はそれゆえの料理だったし木工だったりガーデニング

だったり編みものだったりLIVEに出かけることだったりしているのだと思う。いま

以上、余分な情報はいらない。

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ひとたび息子と議論にでもなれば、それこそ家事も横に置いといてとことんつき

あわなきゃならない羽目になるけど、私たちは長いつきあいの友達で、いささか

いい年齢の大人だったからそれ以上やりあうことはなかった。

2杯めの珈琲を飲み終わったら無性にお腹が空いたので、それから246を外苑

前方向に歩いて『たまな食堂』に向かった。夜のたまな食堂は初めてだったけれ

ど電球色の灯りがほわっと照らす店内は暖かく、アットホームな雰囲気で、とても

落ち着いた。店内はほぼ満席だったにもかかわらず、節度のある人たちで満た

されていたのか静かだった。予約してない残りの席はひとつしかなかったから、

ここで食事できたのはラッキーだったかもしれない。

たまな食堂の夜のごちそう、『たまな定食』を食べた。

突き出しの枝豆に、塩麹のバーニャカウダに厚揚げ、テンペと野菜サラダ、お総

菜三種と野菜のぬか漬け、在来種豆の納豆に玄米ご飯に味噌汁。

友達や家族と一緒のとき以外めったに外食はしないけれど、最近はどこに行って

もこんなふう。ただこの友達の野菜嫌いは私が想像してた以上にひどくて、好き

嫌いだらけなので最初はどうしようかと思ったけれど、なんのことはない、うまい

うまいといって食べてたからよかった。人間、おしかったら嫌いなものでも食べら

れるってことだ。彼はこのところずっと会合やら忘年会続きで脂っこい食事が多か

ったから、かえってこういう食事がよかったという。私は私で、昨夜はお総菜屋で

アルバイトしている娘が持って帰ってきたジャンクな塩焼きそばがすごくヘヴィだ

ったから助かった。こういうごはんを食べると本当に心身ともにほっとする。食の

セミナーのとき、講師の遠藤さんが「外で何を食べても戻ってこられる自分にとっ

ての基本の食事があればいい」といっていたけれど、たまな食堂のごはんはそれ。

このあいだから、花屋が打ち立てた今年の冬のテーマの『NEST』はもしかしたら

普遍的なテーマだったのじゃないかと思っているのだけれど、そういう意味では

私にとってレジュもNESTだし、こういうごはん屋さんもNESTだと思う。

親友の女友達は家族の縁の薄かった恋人に家族を作ってあげたいと思って結婚

したのだそうだ。結婚生活や子供のいる家庭生活はそれまでとても大胆に、自由

に生きてきた彼女にとってはかなり我慢強く、自分に無理を強いらなければでき

ないことばかりだから、ときどき会うとなんだかひどく窮屈そうにしているけれど、

彼女はそれを維持するために努力する。大事なものを守るって、多かれ少なかれ

そういうこと。私もいつかNESTを持たない人のNESTになりたい。安心して口を開

ける場所として。

おいしいものを食べてすっかりくつろいで和やかな気分になった私たちは、食事の

あと、また246を戻って表参道を歩いて原宿駅まで行った。

この時期の街路樹はいつもどおりライトアップされていて、神社の境内みたいに

人で混み合っていた。駅のホームでお互いに反対方向の電車に乗るとき、今年

初の「良いお年を!」をいった。これからこうやって次々にパタンパタンとドアが閉

まってゆく。12月の終わりとともに世界が終わるわけでも、これで何かが最期に

なるわけでもないのにこの言葉をいうたびにいつもさびしくなる。

ときどき、あたたかい巣を持たない人のことを考える。

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