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2013年11月13日 (水)

失くしもの

13power_stone

こどものころ、鍵っ子だったことがあって、スカートのポケットに鍵を入れて公園

で遊んでいるとき、鉄棒で逆上がりをしたときなんかにうっかり鍵を落として失く

してしまうことがあった。公園はいたるところ雑草が生えていて、鍵を落としても

何も音がしなかったから。もう日が暮れようとするころ、帰るころになってやっと

鍵を落としたことに気づいて、それはそれはもう心臓がドキドキしたものだった。

家に入れないことはもちろんだけど、それ以上に母に怒られるのがこわくて。

私の様子を見て、それまで遊んでいた友達も一緒になって探してくれた。

そんなとき、私はもうどうしていかわからなくて、必死に探しながら心の中で神

様にお願いするのだけれど、なぜかいつもきまってちゃんと見つかるのだった。

それで私は自分がいつも神様に守られてるって思ったものだ。

今日、家を出ようとして大事なものを失くしてしまったらしいことに気づいた。

たぶんもう、あれと同じものは二度と手に入らない、ブルーウォーター・アパタ

イトのブレス。

小粒だったけど、ブルーウォーター・アパタイトにしては濃い色をしていた。

私が大事なものを失くすなんて滅多にないことだったし、いつものようにどこか

からひょっこり出てきそうな気がして、帰ってからありそうなところをぜんぶ探し

てみたけれど、やっぱりない。うっかり気づかないあいだにどこかに落としてき

てしまったらしい。このあいだまで私の左手首で淡いけれど強いブルーの光を

放っていた石が、ほんとうに失くなってしまったとわかったらなんだか急にさび

しいような気持ちになった。

このあいだからここ数ヶ月で3本のブレスのゴムが切れた。

ふつう、そういうことがあると人はそこになんらかの意味、たとえばもう自分には

必要なくなったから切れたのだとか、石としての役割を終えたから切れたのだと

かいう人が多いけれど、私は単純に経年したことによってゴムが劣化したのだと

思っている。どれも部屋の中にいるとき、とても静かに切れて1粒も失くなること

がなかったから。

シリコンゴムのブレスをしていて、たとえば街なかの雑踏や混んだ電車の中で突

然ゴムが切れて飛び散ってしまったら、もう拾う術もなく、それで終わりなってし

まうだろう。その可能性はいつだってあることを考えたら、ちょっと諦めがついた。

それに何かが失くなるときというのは、かわりに新しい何かがくるときかもしれな

い、などと、良いほうに考えてみる。

そして、そう思うそばから、でも何かを得るということは同時にそのときからいつ

か失う可能性をもはらんでいるということだ、と考える。

たかがパワーストーンのブレス1本失くしたくらいで。

『にんげんは/抽象する動物なんだな』というのは北村太郎の言葉。

たぶんこれも、抽象。

写真は別名ぶどう石と呼ばれるプレナイトのブレス。

実物はほんとうに皮をむいたぶどうみたいな淡い黄緑色をしているのだけれど

コンパクトデジタルカメラってこんなに色が出ないんだなあ ・・・・・・



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