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2013年9月13日 (金)

父の三ヶ月検診の日に。

130913

80過ぎた父は、もう人の気持ちをおもんぱかるということができなくなって

常に自分中心。ふだん話せる人がまわりにほとんどいないせいで、人の

顔さえ見れば喋ろうとするけれど、ただ一方的に自分のいいたいことをい

うだけで、相手の話はまるで聞かない。ときどき、目の前にいるのが人の

姿かたちをした人形であってさえ、滔々と喋り続けるんじゃないかと思うく

らいだ。事実、いつか唐突にうちの近所にある病院の老人病棟にお見舞

いに行き、100歳過ぎてすっかりボケてまったく会話が成り立たなくなって

しまったかつての知人の老婆相手に、父が延々と話し続けるのを見て妹

と二人で茫然としてしまったことがある。あれはほんとに家に帰ってから

具合が悪くなりそうなほどこわい図だった。

そのうえ、父のものの言い方ときたら東京下町特有のぶっきらぼうときて

るから、ときどき、その心無い言葉が引き金となって、その日はそこから先

もうどうやっても父にやさしくできなくなってしまうときがある。

今日は父の肝臓がんの三ヶ月検診の結果を聴きに行く日。

昨日は夏が戻ってきたかのように暑かったけど、今日はもっと暑い。

陽射しがカッと照りつけるなか父の歩調に合わせて足踏みするようにのろ

のろ歩いていると、いやがうえにも日に焼けそうだ。

そうやって病院に着けば、自分の順番が来るのを待てない。

延々待たされるのはいつものことなのに、日を間違えて来てしまったんじ

ゃないかと鞄の中から予約表の紙をなんども出しては見る。

やっと名前が呼ばれて診察室に入ると、医者はお愛想程度に父に「それ

でどう?」と聞き、「このあいだの検査だけど、血液検査は正常値内で問

題なし。肝臓の機能は良くないけど、このあいだと同じだから生活するの

に支障をきたすことはない。画像を見る限り新しいがんは見当たらないか

ら、次、また三ヶ月後に来てください」といってカレンダーを見ながら次の予

約を機械的に入れ、会計票と新しい予約票をジャーとプリントアウトして父

に渡し、検査内容の同意書に父がサインして終わり。ぜんぶ入れても3分

もかからない。何も問題がなかったことはありがたいことなのに、そういう

気持ちさえ薄れて「ありがとうございました」といってそそくさと部屋を出る。

いったい西洋医学ってなんなんだろう? と、毎回思う。

それでも当人としては何もなかったことにホッとしたらしく、食事をするなら

自分がお金を出すというようなことをいいだしたから、今日は家の近くにし

よう、どうせお腹空いてないんだろうし、といって歩きはじめる。

大通りの信号を渡ったところに昔ながらの八百屋があって、何気なく見た

ら店先に白くてきれいなレンコンが売っていて、「父、私これ買ってくわ」と

店のおばちゃんに声をかけて袋に入れてもらっていると、すかさず父が

「いま病院に行ってきたところなの。わたし肝臓がんで」とよけいなことを

喋りだす。するとおばちゃん私を見て、「付き添ってきたの? エライわね

え。でも付き添ってくれると年寄りはありがたいものなのよね」というから

私がどうかしらね? という顔をしながら「人が危ないからと思って介助し

ようとすれば、その手を思いきり振り払ったりするのよ」というと、おばちゃ

ん「おんなじ!」といったかと思うといきなり私の腕をガシとつかんで店の

ほうに引き戻し、「ねえ見て、私のあの94歳の母親! もう、すっごいガ

ンコなの。私が何か手伝おうとすれば、なんでも自分でできる!って」と

いうから、私も「おんなじだ」といって、二人して「やっだねえ!」といいあ

ってきた。まわりには私たちのやりとりを聞きながら苦笑しているお客さ

んたち。こういう東京の昔ながらの商売してるおばちゃんはいいな。きっ

とそれ相応に苦労してきたんだろう。すごくあったかい。

私が子供だったころ、世間の大人と最初にやりとりしたのは近所の八百

屋や魚屋や肉屋に買い物にやらされてのことだった。世の中からそうい

うことがなくなってしまってから、いまみたいにコミュニケーション能力の

低い人間が増えだしたんじゃないかと思う。

遅いお昼は、若いころから行っていて、いまでも私を知るやさしい人が

いる喫茶店に行った。いつ行っても昔と変わらぬ笑顔で出てきて、昔と

寸分たがわぬ味のものを出す、というのはすごいことだし信頼に値する

ことだと思う。

家に行くと、私が持って行った桃が腐りかけていた。

息子があげた帽子はどこへいったのやら。

何か食べたいものない? あったら作るよ、といったけれど、父は必要

ない、というので、じゃあ帰って仕事するわ、といって帰ってきた。

妹は、母は繊細でちょっとした言葉に傷つくようなところがあって難しか

ったけれど、父はその点、鈍感で楽天的で、一人で放っておいてもいい

から楽、といっていた。

でも私はむしろ、父の通じなさ加減、わからなさ加減に損なわれてしまう

ことのほうが多い。

いつか、ホルショフスキーのCDのライナーノーツに「長いこと私は、年を

とることは悲しいことだと思っていた」という一文があったけれど、それは

私の父の場合そのままあてはまる。

でも、そんな私の悲しみをよそに父は「オリンピックの年には89になるけ

れど、それまで生きていられるかな」といったりするのだ。

今日よかったのは父がなんでもなかったことと、クリームあんみつをおい

しいといって食べていたことくらい。あんみつなんて何十年ぶりで食べた

そうだ。父は人生の大半をただ真面目にがむしゃらに働くことだけしてき

て、それ以外のことは何もしてこなかった人なんだなあ、と思う。

心底疲れて自分の駅に着き、何気なく駅前の本屋に寄って雑誌を開い

たら、川上弘美の短編小説が載っていてさらっと読んだ。ホームレスの

男に恋する話。川上弘美はすごくうまいけどやだな、と思った。読むとた

いてい落ちる。

その点、音楽はいい。

いつだって重力に逆らって私を浮かせてくれるから。



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コメント

お父様、お大事になさってください。
そして、soukichi さんも共倒れしませんように。

私の父は、だんだん悪くなっています。
食事も嚥下障害で口からは無理になりました。
食べられて現状維持というのはとても幸せと思います。

投稿: elm | 2013年9月15日 (日) 13:32

elmさん、
メッセージどうもありがとうございます。
でも私はだいじょぶです。
父はまだ人の助けを断るような気力も意地もあるし、最低限のことは自分でやれるので私は共倒れになるようなハードな介護はしてないし、ストレス解消のための楽しみもいろいろ持ってますから(^-^)

それより、elmさんのほうこそ、お父様ともどもお大事になさってくださいね。

投稿: soukichi | 2013年9月17日 (火) 23:34

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