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2013年9月30日 (月)

Bluesette / 思いのままの行動力

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Blusette


Poor little, sad little blue bluesette
Dont you cry, dont you fret,
You can bet one lucky day you'll waken,
and your blues will be foresaken,
Some lucky day lovely love will come your way.

If there is love in your heart to share,
Dear Bluesette don't despair
Some blue boy is waiting just like you'
To find a someone to be true to,
Two loving arms you can nestle in to stay.

Get set, Bluesette,
True love is coming,
Your lonely heart soon will be humming.

Pretty little Blusette,
Musn't be a mourner,
Have you heard the news yet,
Love's 'round the corner.
Love wrapped in rainbows and tied with pink ribbons
To make your next springtime
Your gold weding ring time. so dry your eyes, don't you cry don't you
fret, goody good times are coming bluesette!

(Song by Toots Thielemans / Lyrics by Norman Gimbel)

私が憧れるのは『思いのままの行動力』です。

文字通り、何かを直観したら、それをそのまま行動に移せるような。

たとえば朝起きて「海に行きたい」と思ったら、手近なトートバッグに荷物詰めて

いますぐ家を出て電車に飛び乗れるような。

そうとまではいわなくても、いま、ほんとにいま、伝えたいことがあったとしたら、

すぐメールか電話かできるのでもいい。

そんなことくらいすぐにできそうなものだけど(実際、できるときはできるものだ

けど)、現実にはそれより先にやらなければならないことに次から次へと追わ

れて後回しにしているうちに、そのときの気持ちが新鮮じゃなくなってしまう。

伝えたかった言葉がいつのまにか四散している、なんてことがよくある。

直観にしたがって思いのままに行動できれば、頭も、からだも研ぎ澄まされて、

たぶん人生そのものが大きく変わっていくんじゃないかと思うのだけれど・・・・・・

秋空の高いところで夏がきらきらと手を振ってるような陽射しが熱い日、私は海

に行きたい。麗しのみどりちゃんと。

そして、ビーチを散歩しながらブルーゼットを歌ってもらうんだ。

本物の波の音をバックに。

うひゃあー! 想像するだけでスペシャル。

このあいだ深夜に深海バーでぶくぶくしながら気づいた。

わたしと彼女の共通点は『緑』なんだって。

わたしの母は田んぼに青々と揺れる生き生きした緑の苗を見てわたしの名前

をつけたのだけれど、彼女の名前は水辺に住む美しい羽根を持った小鳥の名。

羽のように軽やかなスキャットを歌う彼女にぴったりだと思う。

Bluesetteは『SONGBIRD』の7曲め。

私はこれを口笛で吹くのが得意です。


Songbird

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2013年9月29日 (日)

木工、あるいは黙考

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昨日寝たのが遅くて4時間しか眠れなかったから、朝6時起きはつらかった。

うっかりするとまた寝てしまいそうで(でも二度寝するとろくなことないから)、

娘を送り出したあと自分も朝食をとって、また木工をすることにした。

すごく集中して木を彫っているとぜんぜん眠くならないのはどうしてだろう。

外は薄曇りで部屋の中は暗く、何か音楽を聴きながらやろうとCDラックから

何気なく1枚選んでかけたら、最近ずっと調子が悪くてまったくCDを読まない

か、読んでも音飛びしまくりのウエストボローから一発で音が鳴りはじめた。

休日の朝にはあまりふさわしくないけれど、ピアソラの『オブリヴィオン』。

たいていの場合、木を彫っているときはひたすら無心でやっているけれど、

それでもときどき、自然と頭のなかに何かが湧いてくる。

スプーン作りをはじめたころに頭に浮かんできたのは「私に必要なのは新し

い友達だ」ってことだった。今日はオブリヴィオンが流れ出すと「かなしみ」に

ついての思考がまわりはじめた。

かなしみ、という、自分ではどうにもならない感情。

個人的に私は「春はタンゴ」と思っているのだけれど、この『オブリヴィオン』

は秋に合う。

陰陽五行では秋は白であり肺であり、肺はまた悲しみの臓器とも呼ばれる。

このあいだ話した友人は、先日、肺に影がみつかって、それはどう見ても肺

がんとしか思えない影だったから、結果がわかるまで鬱々としていたけれど

けっきょく違ってほっとしたものの、いまの自分ならありえないことでもないと

思ってしばらく考えてしまった、といっていた。彼もまたいつからかずっと、人

知れず悲しみを抱えていたのかもしれない。

この悲しみという感情、実によくない。

怒りはジャンヌ・ダルクみたいに人を立ち上がらせるけれど、悲しみというや

つは人を無力に、とことんうちのめしてしまうのだ。私なんてもう長くつきあい

すぎて顔も見たくないくらいだ。

その昔、「あなたはそんなことをいわれたくらいで泣くんですか」と私にいった

友人が、いま、おなじようなことをいわれて泣く。けっきょく、男だって女だって

もっとも身近にいて信頼していた相手から全否定されたら泣くしかない、って

ことだ。そのとき彼は、「この最悪な状況下で唯一、あなたを救っているのは

知性だ」とかいうから、「それをいうなら諧謔でしょう。最悪な状況下で自分を

笑い飛ばせる諧謔精神」といったのだけれど、いったい、いまの彼にそんな

ものがあるのだろうか。

そんな「かなしみ」だけれど、このピアソラの音楽に流れるかなしみはどこま

でも美しい。切実にして優雅、でさえある。深い愛情に裏付けられたかなしみ

の色が濃ければ濃いほど、次にやってくる歓びもまた深く、限りない至福に

満ちている。光と闇、まさしく陰陽そのもののピアソラのパッション。

パッションとは同時に受難でもあるのだ。

いつか、『シネマティック・ピアソラ』というタイトルで書いたこのアルバムは

アナログレコードの音がいかにも蓄音機から流れてくる音のようにセピアカ

ラーをしていて、ピアソラのバンドネオンの音もいつもより細く聴こえるぶん、

繊細でリリカルな感じがする。楽器の使い方がどこかクラシック的で、オー

ケストレーションがついているせいもあって映画音楽のようでもある。

うっかり聞き流してしまうとアナログの音のせいで地味で良さがわからない

かもしれないけれど、集中して聴く耳があるならすごく美しいアルバムだと

思う。CDが止まってしまわないように何度かリピートして聴いた。

おかげでいつも以上に集中できた。

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そして肝心のスプーンはというと、いつもはスプーンのすくうところを彫った

ら徹底的にやすりをかけて9割方仕上げてから次にいくところを、それだと

最終やすりをかけるまでの工程で削られすぎてスプーンの形が悪くなって

しまうのを考慮して、今回はまったくやすりを使わずに一気に全体を彫った。

写真は4時間かけて8割方彫り終わったところ。

いままではここまでするのに最低でも丸一日かかっていたから大幅な時間

の短縮。やっと手が木工をする手になってきたのかな、と思う。

物書きの手、ギター弾きの手、絵描きの手、陶芸家の手、パンをこねる人の

手、料理人の手、人を介護する手、こどもを育てる手、etc;・・・・・

それぞれにふさわしい手と筋肉があり、使ってないとすぐ駄目になる。

同じ型の小さなスプーンの3つめはブラックウォールナット。

私はますます木を触っているのが好きだ。

これはいままでで1番すくうところがうまく削れた。

でも最後の仕上げをしてしまうまではどうなるかわからない。

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それにしてもこの雲!

朝は曇って薄暗かったのに午後はすっかり天気になって、暑いくらいの陽射し!

午後はベランダでやっていたので捲り上げたシャツから出ていた腕がすっかり

日に焼けてしまいました(^-^;

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2013年9月28日 (土)

東京ラプソディ

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花咲き花散る宵も

銀座の柳の下で

待つは君ひとり 君ひとり

逢えば行く ティールーム

楽し都 恋の都

夢のパラダイスよ 花の東京


(作詞 / 門田ゆたか)

*************************************************************

プールに行けない土曜日。

でも今日は最初から友達の話を聞くことになってたんだ、きっと。

夜から出かける。

東京、オアゾ丸善前。

地下鉄のしくみが変わったことで、大手町からここへは前よりずっと歩く距離が

短くなって近くなった。前は東京駅へ行くのに高田馬場で山手線に乗り換え、

さらに新宿で中央線の快速に乗り換えて行っていたのが、いまは東西線1本

でJRほど混むこともなく行けて、地下道を通ってここまでくれば東京駅の混雑

にあうこともない。

相手が時間に遅れて待たされたら、丸善に入って本でも眺めてたらいい。

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友達はいつもどおり20分ほど遅れてやってきた。

それで新丸の内ビルで飯でも食おうということになって、外に出てライトアップさ

れた東京駅を見て「きれいだね! やっぱり東京はいい街だね!」というなり友

達が歌いだしたのがこれだ。

東京ラプソディ

思わず私も「子供のころ、その歌大好きだった! いまでもときどき歌うよ!

昔はいい歌がたくさんあったよねえ」といったら彼は「いまはひどすぎるよ」と

いった。我ら1960年代生まれの同い年。

会うなりそれだから、今日は少々気が重いところもなきにしもあらずで家を出て

きたのに、そんな気分が一気に空揚げになって「なんだか思ってたより元気そう

だね。やっぱりあなたは馬鹿だね」といった。

いかれぽんち。

この人もいいかげん、いかれぽんちだ。

そういう意味では実に私の友達としてふさわしいのかも。

おとといまで、私はこの人の話を聴いていったん頭をクールダウンさせて諭す

ないしは軌道修正を進言するつもりでいたのに、昨日夕飯を作りながらマリオ

ビオンディを聴いてたら気持ちが少し変わってしまった。この先、私たちの人生

が20年あるかないか、あるいはそれ以上あるかどうかわからないとして、いず

れそう長くない残りの人生を我慢し続けることがいいことかどうかわからなくな

ってしまったのだ。

さて、突然だけど、ここであなたに質問。

人は年をとると我慢強くなるか、逆に我慢しなくなるか、どちらだと思う?

・・・・・・・・・・・・・・・・

それにしても人間とは、ほんに厄介な生きものよのう。



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2013年9月27日 (金)

Mysterious night@上町63

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昨日は午前中、JAZZヴォーカリストの翠さんから思いがけないお誘いがあって

急きょ夜から馬車道にでかけた。

馬車道といえばいわずと知れた上町63。

昨日のメンバーは滝野 聡(gt)、萬 恭隆(b)、江藤良人(ds) の3人。

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席に着くなりマスターに「やっとですね」といわれて、「へ?」(なんで知ってるの)

と思う。実はもうずいぶん前から滝野さんがここで演っていることを知っていて

いちど聴きに来たかったのだけれど勇気がなかった。JAZZバーに行くのに勇

気がいるのか? いる。私の場合は。ここはとても小さな箱で、ミュージシャン

とも至近距離、すごくインティメートな空間だから、必然的に音楽と対峙するこ

とになる。それで勇気がいるのです。とくに滝野聡さんと江藤さんというこの組

み合わせ。昨日も翠ちゃんが一緒じゃなければ行けなかったかもしれない。

でも今日はできるだけよけいなことははぶいて言葉少なにいこう。

ファーストステージ、まずびっくりしたのは滝野さんがMCをやったこと。

リード楽器だからとうぜんといえばとうぜんなのだけど、いままでステージで滝

野さんが話すのをまったく聞いたことがなかったから。すごく律義できちんとし

た話し方でした。

以下、私の記憶が間違ってないことを祈る、セットリスト。


1st 

 1.バナナチップス/デクスター・ゴードン 

 2.Giraffe

 3.I Remember You 

 4.レジ・ブルース(・・・と聞こえたけれど、違うかもしれない)

2st 

 1.シモーネ 

 2.In Your Own Sweet Way/Dave Brubeck 

 3.Stella By Starlight/Victor Young 

 4.Pent Up House/Sonny Rollins



簡単に私の感想を書くと、ファーストセットでは2曲目の『ジラフ』という曲がすご

くよくて印象的だった、3拍子の曲。私はこの手の三拍子から変速の曲に弱い。

それから『I Remember You』。

セカンドでは『シモーネ』と『In Your Own Sweet Way』。

ジラフとシモーネは際立ってよかったからこれは滝野さんのオリジナルかもしれ

ないと思いながら聴いた。

滝野さんのギターを言葉で表現するのはとてもとても難しいのだけれど、この日

の印象を無理に言葉にするなら、暗いトーンのなかにすごく都会的なセンスがあ

って、寡黙でありながら歌心がある。無駄に弾きすぎない、間というか、弾いてな

いときの聞こえてない音の連なりまで大事にしているギター。

昨日はなぜか、滝野さんがプレイするのを見ながら、ギターって我慢強くなきゃ

できない楽器なんじゃないかと思った。

我慢強く自分の歌を歌う、というか。

じわじわと静かに上りつめてゆく青い炎。

そんなギター。

そして、今まで書こう書こうと思いながらいつも書き忘れていたのだけれど、ここ

上町63のよいところは、まるで自分のリスニングルームみたいな箱だってこと

です。自分のリスニングルームにいるみたいに一切の雑事・雑念に邪魔される

ことなく、他人を気にすることなく、音だけに集中できる。そしてその音源がCD

でもレコードでもなく、目の前で繰り広げられる生演奏であるという、贅沢。

贅沢といえば、ここでのブッキングは全てマスターの佐々木さんの人選によって

成立したものだというから、そんな贅沢ってあるでしょうか。まさにここでしか聴け

ない、他ではほとんどありえないような、ある種、夢の組み合わせだったりするわ

けで、これは考えるとすごいことです。いつも息子と、JAZZバーなんておよそ儲か

らない、心底好きじゃないとやれない商売だと話しているんだけど、息子が何か

で見た記事によれば、「JAZZバーを長く続けていく秘訣はなんですか」と聞かれ

た老舗JAZZバーのオーナーは「貧乏に耐えること」と一言こたえたそうで、そん

な苦しい経営のなかで上町のオーナーが続けていられるのは、上述したような

自らブッキングしたミュージシャンたちによる至福の瞬間があるからなのかなあ

と思ったりする。そんな至福の瞬間を耳を凝らして聴くために、余計なものは全

てとっぱらっちゃったのが上町63、という気がします。

前から翠ちゃんには、上町って、あの空間でリラックスできればすごく集中して

音を聴けるいいライブハウスだと思うよ、といわれていたのだけれど、最近よう

やく私にもそれがわかってきました。それまでは私は上町63ってミュージシャン

と近すぎて、ストイックな空間過ぎて緊張して疲れる、と思っていたので。

そしてもうひとつの特徴は音の聴こえかた。

ここの音の聴こえかた・響きかたはプロの耳からしてもすごくいいのだという。

昨日、滝野さんはとても微細な音にまで神経を使って弾いていたのだけれど、

ああいう弾き方がどこででもできるとは思わない。客が飲んだり食べたり話し

たりしている空間ではもっと大きな音で鳴らさなきゃならないだろうし、その微

細な音がきれいに鳴る、聴き手にも聴きとることができる静かな箱ならではの

演奏なのじゃないかと思いました。

その繊細な音世界を壊すことなく、添うように叩ける江藤さんの繊細さと巧さ。

そんな二人を前に緊張しないかなと思いきや、すごくリラックスして集中した音

を紡ぎだしていたベースの萬 恭隆さん。

まるで暗い湖面に映るたまゆらな光の揺れを凝視めるような、ミステリアスで

濃密な夜。

そんなわけで、昨日は午前中に友達からメールをもらったことで思いがけなく

友達にも会えたし、思いがけなく滝野さんの演奏も聴けたし、いい日だった。

好きな花屋であれ本屋であれ自然食品屋であれJAZZバーであれ、好きで無く

なってもらいたくないと思ったら通い続けるしかないから、私も夜の往復3時間

はキツイぜ、とかいってないで上町63に行こう! と思ったのでした。

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肌寒い朝のオニオングラタンスープ

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昨夜は9月にして北風がぴゅうぴゅう吹く肌寒い夜だったけど、今朝はさらに

この秋いちばんの冷え込みとなった。

こうなるといきおい温かいスープがほしくなる。

息子の誕生日は久々にビーフシチューを作って、そのとき買ったバゲットが

まだ残っていたから、それを使って今朝はオニオングラタンスープを作った。

作り方は前にも書いたかもしれないからごく簡単に書くと、薄切りにしたタマ

ネギ(2~3個)をお皿に入れて塩少々してラップしてから電子レンジで2~5

分あたためてしんなりさせ、オリーブオイルとバターを入れたフライパンで飴

色になるまで炒める。タマネギが飴色になったら、同時進行で鍋に600cc

(これで3人分)の水に固形コンソメ2個とローリエ1枚、ブラックペパー少々

を入れて作っておいたコンソメスープの中に入れて煮る。薄切りにしたバゲッ

トをカリッと焼いて耐熱容器に入れ、アツアツのコンソメスープを注いでシュレ

ッドチーズをチーズをのせたらオーブンへ。チーズがとろとろに溶けてグツグ

ツ煮立ったらできあがり。

今日は忘れちゃったけどドライパセリを散らすと見栄えがもっとよくなる。

材料はシンプルなのに、味は濃厚。

炒めたタマネギのあまさと香ばしさが絶品の大好きなスープです。

唯一、タマネギを飴色になるまで炒めるのに時間がかかるけど、それもスラ

イスしたタマネギをレンジでチンすることで短縮できる。

一見これじゃ足りないように見えたけど、朝ごはんとしてはじゅうぶんでした。

それにしてもこの季節の進み方の早さ。

いつも夏が終わったとたんにもう冬だ! といってる私だけれど、今年はちょ

っと早すぎる。そして、そうなると私はなんだかさびしい。

今年の長期予報ではこんどの冬は例年よりも寒い冬になるそうです。

冬に心底温かい気持ちで過ごすには何が必要か?

考えないとね。

涼しくなって一段と珈琲がおいしい秋!

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赤い薔薇のパッション。

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2013年9月25日 (水)

雨男くんのハッピー・バースデー

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くころカフェさんからは「ランチタイムにかからないようにケーキをとりにきてくだ

さい」といわれていたのに、朝おきると雨だ。けっこう降ってる。

うちの息子はいつだか「もうぼくは雨男を返上した!」とかいっていたけど、どう

やらまだ完全には返上してないらしい。

くころカフェさんまでは歩いて行くには時間がかかるし、しかたなく片手にビニー

ル傘さして自転車とばして行く。外は風もあって、またたく間に雨でリネンの服の

色が変わってゆく。例によって雨と風で髪はバーバー。

今日の仕込みで忙しい合間を縫ってくころカフェさんで大事な大事なケーキをう

けとり、それからコトリ花店さんへ。

コトリさんはコトリさんで、こんな雨の朝にひと悶着あって店に来るまでバタバタ

だったらしい。でも店に入るなり、真っ赤な滴のようなバラの実が目に入って、

そんなことさえ吹っ飛びそうだ。元気が出そうな赤。

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ついこのあいだまで人も植物も夏の暑さに喘いでいたのに、気づけばいつの

まにか秋の気配。ここからは彼女の好きな季節だ。

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精油の香り、静かなピアノの旋律、しめやかな花たちの息づかいさえ聞こえて

きそうな ・・・・・・

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頼んでおいたブーケをうけとって外に出るころには雨は上がっていた。

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今日、雨男くん、25歳の誕生日。

このあいだ、「25なんてまだまだみたいなもんだけど、でも100年の4分の1を

もう生きちゃったと思うとけっこうすごいな」といったら、息子は神妙な顔で「25

がまだまだなんて、ぜんぜん思ってない」といった。

ジャズギターなんて、テクニックのことひとつとっても、さらに独自の個性を確立

しようと思ったら半端なく難易度の高い世界で、続けていくだけでも大変なことだ

と思うけれど、好きなだけ、できるだけ、気のすむまでやればいいんじゃないの

と思っている。

くころカフェさんにお願いしていたバースデー・ケーキはマロンタルト。

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秋はぼくの季節だ、という息子にぴったりな、秋の森の匂いがしてきそうな。

ホールのタルトって、なんて贅沢なんだろう!

誕生日のときだけはホールのケーキを食べる。

なんか、これがいいんだな。

そして、おきまりの真紅の薔薇。

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コトリさんが用意してくれた今日の薔薇は、かたちもいろもとっても素敵な赤の

薔薇だった。これから深まる秋にぴったりのいろ。

夜になって食事のときに、なんか音楽聴きたいな、なに聴く? と聞いたら、

なんでもいい、といわれたので、じゃ、定番的な PORTRAIT IN JAZZ でも聴き

ますか、といってかけたら、1曲めが息子にあおつらえむきの曲だった。

COME RAIN COME SHINE

こういう、何気ないチョイスって面白いな。オラクルみたいだ。

降っても晴れても人生はつづく ・・・・・・



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2013年9月23日 (月)

ブラックチェリーの小さなスプーン

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外出から帰って珈琲で一服してから、最終やすりをかけてオイルフィニュッシュした

ブラックチェリーのスプーン。

先週の連休の最終日、長時間集中しすぎて腰を痛める原因になったスプーン。

我ながら、まったくどうかしてるよ、と思うけれど、この集中力がなければプレゼンも

書けないから、などなどとと言い訳してみる。

自分で作りはじめて思うことだけど、木のスプーンって後ろ姿がかわいい。

まるっこいところが小動物の後ろ頭みたいでさ。

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今回は考えて、前回よりかなり意図的に立体的にしてみた。

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スプーンの着地点は後ろにぐっと下がって、先は跳ね上がってる。

持ち手のカーブもぼちぼち。

今回はかなりいいかたちになったんじゃないかな。

私は右利きだから、どうしてもスプーンのすくうところの右側がうまく削れずに

後から削れば削るほどかたちがおかしくなるから、今回はそこを意識したら

今度は左がうまくいかなくなって、やすりをかけ終わった段階で完全なラウンド

にならないという欠点は今回も克服できなかったけど、点数をつけるとしたら

80点くらいの出来にはなったんじゃないかと思う。

同じかたちに切られた材料ながら、毎回頭に思い浮かべることは違うから、

できあがったスプーンのかたちも毎回ちょっとずつ違う。

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さらに元の材料と並べてみると、どれだけ削ったかわかっておもしろい。

左からブラックウォールナット、ブナ、ブラックチェリー。

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いつものように、持ってみたところ。

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でた! モーツァルトチョコレート!

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一粒おくちに入れたら、たちまちあなたもモーツァルト

これってやっぱり九州に行ったら辛子明太子と長崎カステラを迷わず買うみた

いに、ウィーンに行ったらモーツァルトチョコレート、ってことになってるのでしょ

うか。でもこのチョコレートは少しで、娘が見たら喜びそうなかわいい缶入りの

ヘーゼルナッツ・ウエハースをもらった。

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ウィーンに1週間くらい滞在していたあいだ、妹は1人でザルツブルグに行って

モーツァルテウムを見たりお城を見たり、デメルでザッハトルテを食べたりした

ようだ。フンデルトバッサーハウスにも行ったというから、私は唯一それだけが

羨ましかった。フンデルトバッサー大好きなので。

私と妹が話しているあいだじゅう、父は霞のかかったような目をして何も耳に入

ってないみたいだった。相手の意識が100%自分に向いているとき以外、父に

は家族の話し声も他人の話し声も等しくノイズと同じなのだと思った。

食事を終えて駅の切符売り場で父の切符も一緒に買おうと思ったら、例によっ

て父が自分で買うからいいといった。妹は「自分でやらせて。できなくなるから」

といった。

私は休日の終わりの斜陽の時間をひどくサウダーヂな気持ちで過ごしている。

久しぶりにイヴァン・リンスをかけたらますますサウダーヂな気分になった。

この人の、星の瞬きのように繊細な声と、歌。

いったい、イヴァンみたいな人が日本のどこかにいるかな?

私がそういうと子供たちはいつだって即座に「いない!」と答える。

うん、いないかもしれないね。

でも私はしたたかな大人の男にも無知でおばかな若者にもまったく興味が

ないんだ。そんなことに時間を取られるよりは家でスプーンを作ってるほう

がずっといい。

そして、これはイヴァン・リンスのライヴが最もいいかたちで録音されていて、

イヴァンの魅力があますところなく伝わる奇跡の1枚。

愛すべきいとしのカリオカ。

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  Ivan Lins / Cantando Historias

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2013年9月22日 (日)

お彼岸

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子どものころ、おばあちゃんが作るおはぎも母が作るおはぎもつぶあんでまん

まるで、でっかかった。

ある日、和菓子屋のショーウィンドーでおはぎを見た私は「和菓子屋で売って

るおはぎはお母さんが作るのとはぜんぜん違ってた。和菓子屋のはこしあん

で小さくてすごく上品だったよ。お母さんの作るのはおはぎっていうより、ぼた

もちだね」といったことがあった。

以来、何を思ったのか母が作るおはぎは和菓子屋のショーウィンドーで見た

のとほぼ同等のものになった。母はもち米を半殺しにするにはコツがいるの

よ、だとか、あんこをこすのが大変、だとかいいながら、毎年お彼岸の時期に

は、いったいそんなに作って誰が食べるの? というくらいたくさん作って、近

所の知り合いのところに持って行っていた。近所のおばさん連中は母の作っ

たおはぎが買ったみたいにおいしいといって、毎年たのしみに待つようになっ

た。それだけたくさん作るから、私も妹も嫌というほど食べさせられる。

母のおはぎ作りは私が結婚して子どもができた後もずっと続いていたから、

うちの息子もおばあちゃんの作ったおはぎの味をおぼえているようだ。

母が作るおはぎは、母が年をとるにつれて、そして自分自身が年をとるにつ

れて、だんだん貴重なものになっていった。

母亡きいま、私はおはぎは作らない。

春のお彼岸のときに父と妹とお墓参りに行った帰りにおはぎを買おうと和菓

子屋を覗いたら、すでに完売していて食べそこねたから、今日、近所の老舗

の和菓子屋に買いに行った。あとちょっと遅かったらまた買えないところだっ

たけど、ぎりぎりセーフで買えたのは、こしあんときなことゴマのおはぎがふた

つづつ。

子どものころからきなこ好きの私は、きなこのおはぎをひとくち口に入れるや

おいしくて、文句なしにしあわせな気持ちになった。

日本人に生まれて何がよかったって、こんなふうに四季折々においしいもの

があることだと思う。

三連休最後の明日はお墓参り。



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2013年9月21日 (土)

幻の深海バーへようこそ

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それじゃあ、もうぼくは行くよ。

といってドアから出て行った夏が、忘れ物をして帰ってきたような一日の終わり

これまでずっと避けてきた新しい渋谷駅から東急東横線に乗って、馬車道の

上町63に行った。

土曜日のプールの後ときたら顔にはばっちりゴーグルの跡がついてるし、泳い

だあとは疲れてもいるし、それに私のところから横浜はいかんせん遠くて家を

出るまでに時間が全然ないうえ、初めてのわかりにくい駅(!)を通って行くっ

ていうので、めずらしく緊張しながら家を出たのだけれど、あらかじめよ~く調

べておいたおかげで、なんてことなかった。山の手線の品川方向に向かって

前よりに乗れば必然的にホームの先端近くに出るから、そこから南改札を出

て右に曲がり、外に出たら表示に従って地下に降りて(ヒカリエの)地下3階ま

で行けば右手に東横線の改札、左手に券売機がある。ホームはすごく混雑し

ていて、見慣れぬヴューは前の記憶があるとなんだか東横線のホームじゃな

いみたいで不思議な感じがしたけど、運よく特急の横浜・中華街行きに乗るこ

とができた。それに今日は前みたいに特急に乗って馬車道を通り過ぎることも

なかった。駅に着いたら着いたで私は店までの道順をなかなかはっきり覚える

までにならないのだけれど、それも今日は完全に把握した!

馬車道の改札を出たら左、ヴィ・ド・フランスの脇を通り過ぎてまっすぐ直進し

エスカレーターに乗って近くの出口から地上に出たら右手に博物館を通り越

し、院外調剤薬局のあるところで右に曲がって左手地下だ。やったね!

これでもう迷うことなし。

上町63っていうのは音楽をこよなく愛するマスターがやってるJAZZバーで

禁煙はもちろんのこと食べ物もいっさいなく、あるのはアルコールとソフトド

リンクだけ、演奏のあいだ客はひたすら音に耳を傾けなければならない、

っていうすごくストイックなバーなのだけれど、エネルギー放出型で年じゅう

お腹減らしの私はお腹が空くと一気に元気がなくなってきちゃうのでつらい。

今日はヴォーカリストおススメの向かいのお蕎麦屋で腹ごしらえしてから行

くつもりがあいにく休みだったので、しかたなく入ったお隣りの中華料理屋が

おいしかった。梅蘭。ここで予定以上にしっかり食べてすっかり満足して上

町に行くと、すでに歌声が聞こえるではないか。

はり? もう始まってる? と思いながら店に入ると、ベースの人とリハの真

っ最中だった。思わず翠さんに「あれ、今日って二人だったっけ?」と聞くと

「来るべき者が来ない」というから「ウソ! なんで?」といえば「わかんない。

I don't know!」とだけいう翠さん。

はりゃあ~、そんなことってあるんだ~と思いつつ、それで翠さんが内心焦

っていたりするのかと思えば全然そんなことはなく、「いや。これも面白いか

なあ、と思って。楽しみ」というから、さすがベテラン、余裕だと思いながら私

は私でSONGBIRDで『I Could Write A Book』を聴いているから、できないこ

とはないだろうな、と思った。

いざ始まってみれば、静謐な空間にいつも以上に響く、声とウッドベースの

音。しだいにひきこまれて私はそこで夢を見た。

そこはうっすらと光が通るだけの暗い海。

フィンを付けた私は急に泳ぎがうまくなって、子どものころのジャック・マイヨ

ールのように深く深く海に潜っていくと、ぼうっと不思議に明るい一角が見え

てきて、どうやらそこは深海バーらしい。カウンターの向こうにはカクテルを

作るマスターらしき男。ステージでは翡翠色のドレスを着たセイレーン・ヴォ

イスの歌手が歌い、始祖鳥の仮面をかぶった男がウッドベースをしっかり

抱いて愛を交わしてる。私はマスターがテーブルの上に置いていった紫の

カクテルを飲みながらそれを聴く。

ときおり目の前をシャンパンの泡のようなものがぷかぷか上っていく。

海藻の緑の揺らめき。伸びたり縮んだりする空間 ・・・・・・

いったい、そこにどれだけいたのかわからないけど、気がつくと私はプール

サイドのデッキチェアに腰かけていて、プールにはさっき深海バーにあった

椅子やテーブル、酒瓶やグラスなんかがぷかぷか浮いているばかり・・・・・

みたいな。

さすがに全編、声とベースだけだとよく知らない曲など全体像がなかなか

見えてこなくてちときついところもあったけど、これだけ声とベースの音を

集中して聴くのも滅多にないことで、秋の始まりを感じさせる、静かでとて

もイマジネーティブないいライヴだった。こんなことができるのも音数の多

さよりも間、余白を大事にしている翠さんならではと思ったし、なんたって

今夜初めて会って楽譜を渡され、ほとんど初見で歌にあわせてベースを

弾いたカイドーさんもすごい。ギターソロがないぶん、曲数も多かったとい

うのに。何よりどこからも文句のようなものが聞こえてこない、みんなの大

人の対応も温かくてよかった。

この幻の深海バー。

それなりに年をとった大人のHeartbreaker の前にしか現れないらしい。

いつかまた、忘れたころに行けるかもしれない。



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2013年9月19日 (木)

十五夜お月さん

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十五夜お月さん ごきげんさん

婆やは お暇(いとま)とりました


十五夜お月さん 妹は

田舎へ貰(も)られて ゆきました


十五夜お月さん 母(かか)さんに

も一度わたしは あいたいな


歌詞:野口雨情


**************************************************************

今夜は中秋の名月。

中秋の名月だからといってかならずしも満月になるとは限らなくて、今年は

前回から数えて6年め、今日見逃すとあと9年待たないと中秋の名月にして

満月というのは見られないそうです。

私は満月を見るとなんとなく母のことを思うのだけれど、野口雨情の歌詞を

見て、それって昔からのことだったんだな、思いました。

これもまた日本人のDNAに刻まれたことなのか。

十五夜はもとは畑作作物の収穫祭で、収穫を感謝して芋類をお供えするの

が習わしだったことから芋名月とも呼ばれ、里芋でお祝いするのがいいとあ

ったので、今夜の我が家の夕飯は里芋とイカの煮物です。

それから昔、母がよく作ってたピリ辛こんにゃくを思い出して作ってみた。

どちらもデトックスフード。

満月浄化の夜はいつもヒマラヤのお風呂に入って寝ます。

とびきりきれいな今夜の月。

あなたは見たかなあ。

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2013年9月17日 (火)

September Sun

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今朝、Amazonマーケットプレイスからメールがくるまで忘れてた。

『September Sun』なんてタイトルのCD持ってたっけかな。

そう考えてから、バンド名を見ていて思い出した。

ジャカランダ・ミューズ

これをいま買う人というのは、やっぱりいまが9月だからなんだろう。

やってるのはアフリカのミュージシャンだから、日本人が感じる9月の季節感

とは違うと思うけれど、あらためて聴いてみた。

これを聴いたのはまだ寒かったころの晴れた新月の気持ちのよい午後。

天井の高いスパイラルマーケットのひらけた空間で聴くサックスの音はとても

心地よく、自由で、洗練さとプリミティブが入り混じったアコースティックなサウ

ンドは、寒い季節に心身を解き放ってくれるような温かみとリラックス感を感じ

させてくれるものだった。

これを聴きながら私が考えていたのは竹内直さんのことで、たとえばこんな風

に、若いヴォーカルバンド、それもジャズじゃないポップスのヴォーカルとやっ

たっていいんだし、レゲエのバンドでもいいし、(これもたぶんそれに入ると思う

けど)ワールドミュージックのバンドだって似合うと思う、という、今後の直さんの

可能性のことだった。実際、この先も直さんはJAZZだけに捉われない、様々な

自由なアプローチをしていく人なんだろうと思う。そう思ったらなんだかうれしく

なって、滅多にないこと即買いして帰ってきたのだった。

おりしもその日は新月でもあったし。

最近はずいぶん減ったにしろ日々いろいろな音楽を聴くし、嫌でもCDはどんど

ん増えるいっぽうだから、結局これは手もとに置いておくまでもないかと思って

出品してしまったけれど、いまこれを聴いてもあのとき感じた感覚は正しい。

サックスがすごくいいし、ピアノもいい。それにムビラのイノセントな音も。

なんとアルトサックスを吹いているのとヴォーカルは同一人物。

ジンバブエの青年が英語で歌う歌はどこかたどたどしく幼く、ゆるいんだけれ

どサックスは別物。ときどき、ぴかっと光るメロのセンスもある。

そして、もうさんざんやり尽くされた感のある異素材の組み合わせだけれど、

もしかしたらまだまだ無限にあるのかもしれない、なんて思ったりする。

そう考えると楽しいし、この人たち自身、いい意味でまだまだ変わっていきそう

な感じで、すごく楽しみだ。

それにしてもアフリカの9月って、どんな感じなんだろう?



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台風一過の朝

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台風一過の雲ひとつない青空。

湿度はなくカラッとしていて爽やかだけど、思いのほか陽射しが強くて暑い。

ベランダでしばらく作業していたら汗が滴になって落ちた。

昨日は倒れた鉢から散らばった土を掃くことくらいしかできなかったから。

昨日の夜はさっそくいつもバラを買っているショップからメールマガジンがきて

台風でひどく枝を折られてしまったとしても、バラは強いから秋剪定をしたと思

って切り戻して殺菌すればだいじょうぶ、と書いてあったけれどそのとおりで、

数年前の台風のとき、暴風雨に煽られまくって接いだ部分からボッキリ折れて

しまったスタンダードローズのコンスタンス・スプライがいまだ健在なことを考え

ると、ときどきわけもわからないまま突如として枯れてしまうようなイレギュラー

なことはあるとしても、バラってほんとに強い。

太い枝になるとそれはもう人間の骨のようだ。

折れてしまった枝、風に煽られて先っぽの葉がチリチリになってしまった枝を

切って、痛んだ葉をとり、散らかったベランダを掃いてバラの鉢の配置換えを

したらすっきり片付いた。

狭いベランダにたくさんの鉢を置いていると、私がどう考えたところですべて

のバラに平等の日当たりを確保することはできないけれど、こうやってときど

き鉢の配置換えをすることでバラには許してもらっている。

昨日、NHKのニュースで見た台風18号による各地の被害の様子を伝える映

像は凄かった。3.11以降だってあれに匹敵するような自然災害はあちこち

で起きていて、どんどん巨大化する自然の猛威がいったいどこまでいくのか

考えると恐ろしいし、まだ被害がバラくらいですんでいるのはありがたいこと

なのだと思う。


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2013年9月13日 (金)

父の三ヶ月検診の日に。

130913

80過ぎた父は、もう人の気持ちをおもんぱかるということができなくなって

常に自分中心。ふだん話せる人がまわりにほとんどいないせいで、人の

顔さえ見れば喋ろうとするけれど、ただ一方的に自分のいいたいことをい

うだけで、相手の話はまるで聞かない。ときどき、目の前にいるのが人の

姿かたちをした人形であってさえ、滔々と喋り続けるんじゃないかと思うく

らいだ。事実、いつか唐突にうちの近所にある病院の老人病棟にお見舞

いに行き、100歳過ぎてすっかりボケてまったく会話が成り立たなくなって

しまったかつての知人の老婆相手に、父が延々と話し続けるのを見て妹

と二人で茫然としてしまったことがある。あれはほんとに家に帰ってから

具合が悪くなりそうなほどこわい図だった。

そのうえ、父のものの言い方ときたら東京下町特有のぶっきらぼうときて

るから、ときどき、その心無い言葉が引き金となって、その日はそこから先

もうどうやっても父にやさしくできなくなってしまうときがある。

今日は父の肝臓がんの三ヶ月検診の結果を聴きに行く日。

昨日は夏が戻ってきたかのように暑かったけど、今日はもっと暑い。

陽射しがカッと照りつけるなか父の歩調に合わせて足踏みするようにのろ

のろ歩いていると、いやがうえにも日に焼けそうだ。

そうやって病院に着けば、自分の順番が来るのを待てない。

延々待たされるのはいつものことなのに、日を間違えて来てしまったんじ

ゃないかと鞄の中から予約表の紙をなんども出しては見る。

やっと名前が呼ばれて診察室に入ると、医者はお愛想程度に父に「それ

でどう?」と聞き、「このあいだの検査だけど、血液検査は正常値内で問

題なし。肝臓の機能は良くないけど、このあいだと同じだから生活するの

に支障をきたすことはない。画像を見る限り新しいがんは見当たらないか

ら、次、また三ヶ月後に来てください」といってカレンダーを見ながら次の予

約を機械的に入れ、会計票と新しい予約票をジャーとプリントアウトして父

に渡し、検査内容の同意書に父がサインして終わり。ぜんぶ入れても3分

もかからない。何も問題がなかったことはありがたいことなのに、そういう

気持ちさえ薄れて「ありがとうございました」といってそそくさと部屋を出る。

いったい西洋医学ってなんなんだろう? と、毎回思う。

それでも当人としては何もなかったことにホッとしたらしく、食事をするなら

自分がお金を出すというようなことをいいだしたから、今日は家の近くにし

よう、どうせお腹空いてないんだろうし、といって歩きはじめる。

大通りの信号を渡ったところに昔ながらの八百屋があって、何気なく見た

ら店先に白くてきれいなレンコンが売っていて、「父、私これ買ってくわ」と

店のおばちゃんに声をかけて袋に入れてもらっていると、すかさず父が

「いま病院に行ってきたところなの。わたし肝臓がんで」とよけいなことを

喋りだす。するとおばちゃん私を見て、「付き添ってきたの? エライわね

え。でも付き添ってくれると年寄りはありがたいものなのよね」というから

私がどうかしらね? という顔をしながら「人が危ないからと思って介助し

ようとすれば、その手を思いきり振り払ったりするのよ」というと、おばちゃ

ん「おんなじ!」といったかと思うといきなり私の腕をガシとつかんで店の

ほうに引き戻し、「ねえ見て、私のあの94歳の母親! もう、すっごいガ

ンコなの。私が何か手伝おうとすれば、なんでも自分でできる!って」と

いうから、私も「おんなじだ」といって、二人して「やっだねえ!」といいあ

ってきた。まわりには私たちのやりとりを聞きながら苦笑しているお客さ

んたち。こういう東京の昔ながらの商売してるおばちゃんはいいな。きっ

とそれ相応に苦労してきたんだろう。すごくあったかい。

私が子供だったころ、世間の大人と最初にやりとりしたのは近所の八百

屋や魚屋や肉屋に買い物にやらされてのことだった。世の中からそうい

うことがなくなってしまってから、いまみたいにコミュニケーション能力の

低い人間が増えだしたんじゃないかと思う。

遅いお昼は、若いころから行っていて、いまでも私を知るやさしい人が

いる喫茶店に行った。いつ行っても昔と変わらぬ笑顔で出てきて、昔と

寸分たがわぬ味のものを出す、というのはすごいことだし信頼に値する

ことだと思う。

家に行くと、私が持って行った桃が腐りかけていた。

息子があげた帽子はどこへいったのやら。

何か食べたいものない? あったら作るよ、といったけれど、父は必要

ない、というので、じゃあ帰って仕事するわ、といって帰ってきた。

妹は、母は繊細でちょっとした言葉に傷つくようなところがあって難しか

ったけれど、父はその点、鈍感で楽天的で、一人で放っておいてもいい

から楽、といっていた。

でも私はむしろ、父の通じなさ加減、わからなさ加減に損なわれてしまう

ことのほうが多い。

いつか、ホルショフスキーのCDのライナーノーツに「長いこと私は、年を

とることは悲しいことだと思っていた」という一文があったけれど、それは

私の父の場合そのままあてはまる。

でも、そんな私の悲しみをよそに父は「オリンピックの年には89になるけ

れど、それまで生きていられるかな」といったりするのだ。

今日よかったのは父がなんでもなかったことと、クリームあんみつをおい

しいといって食べていたことくらい。あんみつなんて何十年ぶりで食べた

そうだ。父は人生の大半をただ真面目にがむしゃらに働くことだけしてき

て、それ以外のことは何もしてこなかった人なんだなあ、と思う。

心底疲れて自分の駅に着き、何気なく駅前の本屋に寄って雑誌を開い

たら、川上弘美の短編小説が載っていてさらっと読んだ。ホームレスの

男に恋する話。川上弘美はすごくうまいけどやだな、と思った。読むとた

いてい落ちる。

その点、音楽はいい。

いつだって重力に逆らって私を浮かせてくれるから。



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2013年9月12日 (木)

やっと聴けた!

13naosan

秋のはじまりの、1年でわずか数日あるかないかの美しい日の夜は、竹内直

カルテットを聴きにサムタイムに行った。

今夜はいつものメンバーと違ってベースに佐藤ハチ恭彦さん、ドラムスに広瀬

潤次さんを迎えての4人。広瀬さんのドラムはENCOUNTERのレコ発ライヴの

ときに聴いたことがあって、堀さんってすごくスリリングなピアノを弾く人だけど

それをさらに煽って崖っぷちに追い込んでたみたいなのが広瀬さんだった。

弾き終わった後で堀さんが額の汗をぬぐいながら「ふぅ~、危ない、危ない」っ

ていうような。佐藤恭彦さんは、お名前だけはいろんなところでお見かけして

いたけれど、聴くのは今夜が初めて。どんな感じなのかなあ、と思っていたら、

オープニングのEast Of The Sun  West Of The Moon から直さんが速いテンポ

で快調に飛ばしはじめて、ああ、今夜もいい感じだな、と思った。今夜も楽しい

ライブのはじまり。つづく2曲めはフルートに持ち替えた直さんの最近の定番、

Little Dancer。これはいつもとくらべると少し音が硬かったような気がするけれ

ど、それはやっぱりいつものメンバーと違う緊張感からくるものなのか。そして

そんなファーストステージのピークとなったのが、オリジナル曲のペリドット。

130912naosan_2

直さんのハンドクラッピングではじまり、それにあわせてハチさんがベースを

弾きはじめる。この曲、すごい変速リズムの難しそうな曲なのだけれど、こう

いう曲のほうがスローなスタンダードナンバーのバラードなんかよりこの4人

の持つ力が際立ってすごくよかった。ペリドット、いつ聴いてもいい曲です。

会場大盛り上がりでファーストステージ、白熱のラスト。

これが聴けただけで今夜はもうじゅうぶん、とばかりに満足して席を立つ人あ

りなんだけど、こういう日はさらにセカンドがよいということになっているのだ。

事実、それをよくご存じの方が入れ替わりにセカンドステージ目指して到着。

そして今夜最大のピークはセカンドの2曲め、All Or Noting At All でした。

スリリングな速いテンポ、テナーのダークなトーンにドラムの華やかなラテン

フレーバーが混じりあって、もう滅茶苦茶かっこいい!

この曲が入ったCDはコルトレーン、ニコラ・コンテなんかで持ってるけど、直

さんバンドはもう完全にそれを超えてるね。

いやあ、今日は来てよかった! 今夜は最高! と曲が終わるなり思わず

隣りの知らないおじさんと乾杯しちゃいました。

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ファーストに続いてセカンドでこれだけ聴けたらもうほんとにじゅうぶん、では

あるのだけれど、でもね、こちとら夏の終わりのサウダーヂな気分をまだ少々

引きずっているというのに、今夜はそういう曲がないんですよ。それで頭の中

で(ああ、これで、 I SHOULD CARE でもやってくれたらな)と思ったときでした。

何が起こったと思います?

直さんが「次は I SHOULD CARE」といったのでした。

これはもう以心伝心か???(ばか)

で、今日のタイトルになるのだけれど、これまで好きでさんざんCDで聴いてき

たこの曲を、今夜ついに生で聴くことができたのでした。

ただ欲をいえばピアノはもっと切々と、言葉少なに、サックスはもっとしみじみ

さめざめやってほしかった。今夜の直さんはちと明るかった。

ま、そんな日もあります。

ずーっと、何年にもわたって1人のミュージシャンの音を聴き続けていると、

同じ曲でも、今日はやけにめろめろメロドラマだなあ、と思う日や、今夜はハ

ードボイルドなんですねって日や、しっとり深ぁ~く cosmic love に満ち満ち

た日やいろんな音の日があって、そこにたくさんの曲の解釈と発見があって

楽しいわけだから。

そして今夜のラストとなったのは、これもここずっと定番の、Kokiriko。

思えば直さんを聴いたのはここサムタイムが初めてで、それから横浜ジャズ

プロムナードのときにランドマークホールでKokirikoを聴いて、日本の民謡を

なんてかっこよくJAZZにしちゃうんだろう! というのが始まりだった。

あれからもう7年?

まさに光陰矢のごとし ・・・・・・

というわけで、今日も心底あたたかい気持ちでいっぱいになってサムタイム

のドアを押したのでした。



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I've Never Been In Love Before

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フレッシュなひと。ヴィヴィッドなひと。風を感じるひと。微笑みが似合うひと。

やわらかなひと。独特なニュアンスをもった、香り立つようなひと。

私好みのひと。もとい、私好みのバラ。

このバラの香りを知ってしまったら、きっと香りのないバラなんて無意味に思

えてしまうに違いない。

朝6時、美しい朝の、秋の最初のアンブリッジローズ。

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そして夏も終わって、あ、音の聴こえ方が変わった、と思った瞬間にいつも

聴きたくなるアルバム。

清水翠のSONGBIRD。

『I've Never Been In Love Before』はこのアルバムの1曲めに入っていて、

そのクリアに澄んだ水のような声、光によって色合いが変遷してゆく水彩画

のような、透明だけれど厚みのあるイマジネーティブなサウンドは秋の最初

の空気にすごくぴったりなのです。

『I've Never Been In Love Before』って、「わたしはいままで恋なんてしたこと

なかった。あなたに会うまでは」みたいなことなのかな。

翠さんの歌を聴くまではこの曲はチェット・ベイカーのまったり甘くてアンニュ

イなヴォーカルでお馴染みだったのだけれど、歌詞の感じからして翠さんの

歌のほうがよりフレッシュで切ない感じがぴったりだと思う。

JAZZのCD(とくにJAZZヴォーカルのCD)で朝から聴けるものってとても少な

いように思うけれど、これは朝聴くのにふさわしい、朝のコップ1杯の水のよう

なアルバム。ふだんJAZZなんてぜんぜん聴かない、という人にもおすすめし

たいCDです。(宣伝です、つまり。このジャケットがちょっと笑えるけどね。)

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SONGBIRD 清水 翠 



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2013年9月11日 (水)

秋のはじめのマロンタルト

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今朝は肌寒いくらいの涼しさだった。

早朝、寒さにふと目覚め、何もかけてないのに気づいてタオルケットを上まで

引き上げてからふたたび眠った。

そのせいで目覚まし時計が鳴ってから1時間もよけいに眠ってしまった。

なんの詩だったか、『目覚めたときの肩のつめたさ』と書いたことがあったけれ

ど、あれは毎年感じる感覚。また今年もこの季節がやってきたか、と思った。

朝は晴れていたのに瞬く間に雲が出てきて午後は薄曇り。

蒸し暑くなった。

それでもこのあいだまでと違うのは歴然のこと。

季節と味覚の関係っていうのは面白いもので、夏の暑い盛りは冷菓以外、甘

いものにはぜんぜん興味が湧かなかったのに、少し涼しくなったら珈琲タイム

に何かほしいなと思った。チョコレートを食べるにはまだ早いけど、おいしい焼

き菓子があれば、と思っていたら、くころカフェさんがおいしそうなマロンタルト

を焼いていたので、郵便局に行ったときに電話して聞いてみたら、今日もある、

という。自転車でひとっ走りして買ってきた。

Junko さんの作ったマロンタルトはもう見るからにおいしそう。

お皿にのせてテーブルに出してから珈琲をいれていたら、いろいろおいしいも

のを食べさせてるのにいまだにタルトにあまり興味のない息子がひと口食べ

て「これはおいしい!!」と目をまるくした。やーれやれ。ほんとにいつも先入

観ばかりの人なんだから。

珈琲をいれて自分も席につき、ひとくち食べたら、あらま、ほんとにおいしい!

上に甘露煮の栗と渋皮煮の栗がのったほかに、アーモンドクリームの中にも

栗がいっぱい。クッキーのように芳ばしく焼き上げたタルト生地のサクサク感

としっとりしたフィリング、栗の風味と食感とほのかに香る洋酒が絶妙。

全体的にあまさ控えめで、これならもっと大きくても食べれるなあ、というのが

3人共通の感想。

フォークを持ったまま「なんだか森のリスになった気分だ・・・・」といっていたら

うまいうまいと食べていた息子が例によって、これならホールで食べたいくら

いだ、といいだした。それでいつも家族のバースデー・ケーキは例外なくいつ

も苺のショートケーキと決まっているのだけれど、今月の息子の誕生日はマ

ロンタルトということに。

それもなんだか豪勢で大人っぽくていいかもしれない。

これからどんどん空気が澄んでつめたくなってくる季節は秋の味覚のおいし

いとき。音の聴こえ方も珈琲の味も変わって一段とクリアに冴えるときだ。

マロンタルトなんて初めて食べたけど、意外とめずらしいんじゃないかな。

栗の出まわる季節限定のおいしいマロンタルトは、くころカフェさんでぜひ。

挽き立てのおいしい珈琲とともに。



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2013年9月10日 (火)

ブナの木のスプーン

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コトリさんは私が木工に熱中しているのが意外らしい。

2月生まれの私が夏が好きだというと、ヒマワリが好きだというと、そしてサンバ

が好きブラジルに行きたいパーカッションがやりたいというと、みんな意外そうな

顔をして、私には似合わないという。

人のイメージなんてそんなもんだよね。

そんなとき私は、いつだって人は光り輝く多面体だから、という。

私から見る、私の視点からだけ見えるあなたの姿は、本当のあなたとイコール

とは限らない。そしてハッピーな驚きとともに私が抱いたイメージを見事に覆し

てくれるなら、そんな裏切りは心から大歓迎だ。

写真はまたもや週末に作ったブナのスプーン。

このスプーンの材料を買うとき、メープルみたいに白い色をしてるし、私はてっ

きりブラックチェリーやブラックウォールナットよりも軟らかい木かと思ったのだ

けれど、材料とともに届いたメモ書きのメッセージには「ブナの木は手ごわいか

もしれません」とあって、「え、そうなんだ」と思った。なんという無知。

それでも始める前までは、このあいだ作った大きなスプーンにくらべれば全然

ちいさいからなんとかなるだろうと思ったらとんでもない。カタイ。とにかく硬い。

いままでしっかり持てばオルファのクラフトカッターでなんとか削りだせたのに

硬すぎて歯が立たない。これはほんとにうっかりしたら怪我をしそうだし、手が

駄目になりそうだ。始めた日の夜は本気で数時間、コンピュータに張り付いて

豆カンナの比較研究をしてしまったほど。

けっきょく、どれがいいかわからなくて買わなかったけど、もうこれは完成でき

ないかと思いました。

でも木って面白いもので、表面がそんなに硬くても、いざ削り始めて木の深い

ところに行けば行くほど粘土質というか、粘っこくな密にめらかになってきて

サクサク削れるようになってくる。最初は力まかせにガシガシやっていたのが

仕上げ間近になればなるほど集中力と手の動きに繊細さが必要となってくる。

この段階でうっかり変なところに深く歯を入れてしまうと全てぶち壊しになって

しまうから。

そうやってできあがったブナのスプーン。

途中までは「今回はうまくいった」と思ったのに、写真ではわからないかもしれ

ないけれど仕上げのやすりの段階で右片方が薄くなりすぎちゃって、バランス

が崩れてしまった。ふぅ。スプーン作り、難しいです。

5本めにしていまだエクセレントならず。

なので、これはまた同じ材料を買ってトライすることになりそうです。

上の写真も下も、やすりをかけただけの未塗装のもの。

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ブナの木には木目のほかに、うりぼうみたいな模様があってかわいらしい。

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あれだけ木の硬さに苦労したというのに、私はこのブナの木がすっかり好き

になりました。木自体は硬いのに、できあがったスプーンにはなんともいえな

いやわらかさがある。メープルもそうだけれど、白い木はオイル塗装してもあ

んまりイメージが変わらない。

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そして毎回つくるたびに何らかの学習をするわけだけれど、今回は上のやすり

をかけ終わってまっしろのスプーンにオイルをなじませて置いておいたのを後

から見たら、なんとところどころが汚れたみたいに黒くなってる、

なんでだろう、と思ったら、ここのところよく使うのでオイルフィニッシュ用の麻

の布巾をそのままにして使っていたら、どうやらそれが汚れていたらしい。

しかたなくまたやすりをかけたのだけれど、無塗装の木の奥に浸みこんでしま

った色は完全には落ちなかった。で、ここでもまた学習。

で、それを考えると、いかにオイル塗装をしたといえども木のスプーンでカレー

を食べたりトマトスープを飲んだりしたら、やっぱりだんだん色が付いてしまう

んじゃないかということ。どうなんでしょうね?

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一見すると完璧のように見えるけど、よく見るとまだまだ不格好なスプーン。

だいいち私がつくるスプーンはペタっと平面的すぎる。

それを糸鋸なしになんとかするには持ち手の裏だけ削ったんじゃ駄目だから

いつもは真っ先にスプーンのすくうところから掘り出すところを持ち手の下半

分を斜めに削ることから始めて、すくうところを彫り終わったら、持ち手の裏

に角度をつける ・・・・・・ など、などということを、ごはんを食べながらもスプ

ーンの材を前に置いて、じーっと眺めながら、ときどき触ったりもしながら悩

ましくも真剣に考える。(子供たちはそんな私は無視。)

で、この考えるということ、考えて作るということがたぶん私は無類に好きな

んだと思う。誰に意外といわれても。

この面白さはやった人にしかわっかんねーだろうなあ!(それにそんなこと

たいていの人にはどうでもいいだろうなあー)と思うけど。

例によって持ったところです。

こんどのスプーンはティースプーンよりちょっと大きいくらい。

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私のつくるスプーンは不格好でかわいい。

でも不格好なのは人にはあげられないね。



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2013年9月 9日 (月)

サマータイムが終わったころ

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朝食のとき、今日は涼しいね、といったら、もうすっかり秋って感じだね、

と息子がいった。

そうかな、といいながらベランダを見ると、だんだん陽が照ってきて、

まだわずかに蝉もがんばってるし、なんだかんだいっていつも息子の

誕生日ころまでは暑いことを思い出して、町じゅうが金木犀の匂いで

いっぱいになると「ああ今年もすっかり秋だ」って思うけどね、といった。

それからなんとなくぼんやりとCDラックを眺めていて、この夏はまだ

これを一度も聴いてなかったことを思い出してかけた。

マイケル・フランクスのドラゴンフライ・サマー。

なんといっても一曲めのCOMING TO LIFE が素晴らしくよい。

このフルートとパーカッション、いつ聴いてもドキドキするよ、といった。

けっきょく、好きな曲っていつ聴いても同じところに惹かれるんだ。

フルートはデイヴィッド・コズでパーカッションはパウリーニョ・ダ・コスタ。

それに歌詞が ・・・・・・ (!!!)

また素晴らしくよいのだ。

ドキドキするに値する歌詞。

なんたってComing to life だもの。

ひさしくこんなドキドキは味わってないけど、またこんな気持ちになれる

なら、そのあと浦島太郎みたいに一瞬にして白髪の老人になってしまっ

てもかまわない。

娘が、いまごろ聴くのにぴったりだね、というから、CDケースからライナ

ーをとりだして読んだら、最初の一行めに『彼に最初に出会った、いや、

というより彼を意識し始めたのは、今から11年前のサマー・タイムが終

わった頃だったと思う。』と書いてあって、やっぱり夏が終わりなんだ、と

思った。ちょっと気取ってるけど、サマータイムが終わったころ、って、

いい言い方だな。

今日は湿度もなくさっぱりとした気持ちのいい天気だ。

だんだん陽射しが強くなってきて、午後はずいぶん気温が上がるんじゃ

ないかな。

それで、喉元過ぎれば熱さ忘れる私はやっぱりいわずにはいられない。

Stay Gold !

サマータイムが終わったころ ・・・・・・



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2013年9月 8日 (日)

山形の桃が届いた。

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6月だったか7月だったか、楽天から『絶品わけあり桃が超お買い得!』みた

いなメールがきて、桃好きの私としては送料込みだったからついポチっとして

しまったのだった。どこがわけありなのかというと、7月から9月までの間いつ

届くかわからない、というのが理由で、「桃、いつ届くんだろーねー」といいな

がら、2ヶ月待ちに待った桃なのでした。

この世に桃好きは多い。

とくに女の人は桃大好きな人が多いから、去年の夏スイミングクラブでも、

私は岡山の桃を予約した、いや私は山形だ和歌山だのと、アフタープール

の更衣室は賑わしかった。

去年、私が買ったのは山梨の桃だったかな。

今日、宅配便のお兄さんから『高級果物につき取扱いに注意!』と但し書

きされた箱を渡され俄かに気分が上がりつつも「なんだか箱が小さい」など

とと思ったりしたけど、箱を開けてみたらまるまるしたかわゆらしい桃が10

個も入っているではないか。ふわっと立ちのぼってくる桃のあまい香り。

やった! 桃、桃、と痴呆のようにいいながら喜ぶ私なのだった。

そこでトリビアの話を思い出して、桃から生まれた桃太郎のほんとの話は、

川に洗濯に行ったお婆さんが川上から流れてきた大きな桃を家に持って帰

って食べたら一気に若い女に若返って子どもを産んだ、それが桃太郎だっ

たよねえ、なんてことを話した。昔から桃はマジックフルーツだったんだ。

なんたって桃源郷ってくらいですから。

桃といえば今日は母の誕生日で、母は桃が大好きだった。

猫の額ほどの庭に植えたネクタリンの木に初めて実がついたときなんか

「ネクタリンの実が生ったのよ~」と大騒ぎだった。

それで今日は届いたばかりの桃と不二家ネクターでも仏壇に供えてこよう

と思っていたのに、またもや木工をしていたら疲れたのでやめにした。

今日、妹はウィーンに立った。

毎日深夜までサービス残業あたりまえ、という、まるでブラック企業みたい

な会社をやっと辞めて、次の転職先に勤務するまでの有給消化の期間に

たまたま親類にピアニストがいてウィーンで演奏するので一緒に行くとい

う友人から折よくお誘いがあって、急きょ行くことにしたのだという。

ウィーンといって私がすぐに思い出すのはモーツァルトチョコレート。

御餞別もあげてないからお土産なんて何もいらないけど、できればあれ

はやめてほしい。

妹がでかけてるあいだ10日間じーさん1人になるから、またちょこちょこ

見に行かなきゃならないだろうな、と思う。

届いたばかりの桃をひとつだけ冷やして食べてみたら、あまくてやわらか

くてジューシーだけれど、しっかりとした密な果肉ですごくおいしかった。

これは去年の桃にくらべてもかなりおいしい。

これは来年も買わねば。

桃の季節もあとわずか。

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2013年9月 7日 (土)

『絆』というバラ

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先月で終わりだったはずの土曜の6時起きなのに、今日朝から入ることに

なっていたアルバイトの男の子の家にご不幸があったということで、またも

や娘が駆り出されて今朝もまた6時起き。

眠い目をこすりながら起きると今日は朝から湿度が高くて、フローリングの

床はすでにペタペタ。空はいまにも雨が降り出しそうな気配だったけれど、

どうやら天気予報は外れたらしい。

せっかくのスイミング日和なのにプールに行けない今日は、おばさま方に

頼まれたものをクラブに届けに行った帰りにコトリ花店に行った。

店に入るなりふわふわと舞うようなピンクのバラが目に入って「夢見るように

きれいね」といったら、「この気温でバラを入れるのはどうかと思ったけど、

あんまり様子がきれいだったから入れてきた!」と店主。

香りこそアンブリッジローズのように強くはないけど、花いろも、美しく整った

花型も、アンブリッジローズの咲き始めのもっともきれいなときのようだ。

『絆』という名のバラで、収益金の一部が東日本大震災の震災孤児基金に

寄付されるチャリティ・ローズだと教えてくれた。

それにしてもバラの名前に『絆』って ・・・・・・。と店主はいう。

たしかにバラの名前にしちゃ重くてカタイけど、日本人は大好きな言葉らしい

し、それを英語やフランス語にするより誰にでもわかりやすくてよかったんだ

ろう。そして、ここでも500億と5000億の話。息子がいうには、長期的にみ

ると東京が五輪に投じたお金は最終的には赤字で終わるらしい。自民党が

景気回復の機運(あるいは気分)にここで拍車をかけたいのはわかるけど、

五輪招致に湧くより先にやることがあるんじゃないか、と思わずにはいられ

ない。少なくとも東京都民ぜんぶが招致を望んでるわけじゃないからね、と

いいたい。

そして、この夏の異常気象で農家が苦戦しているというのはそら屋さんから

くるメールマガジンに毎回書いてあってとく知っているけど、それは花の生産

者もとうぜん同じで、今季は花だけじゃなくグリーンも少ないという。

フラワー・アレンジメントをなりわいとする花屋さんにはキツイところ。

今日はこのバラを買った。

まんまるい葉っぱがかわいいポポラス(ユーカリ)と。

葉っぱの足りない分はレモンリーフを入れてくれた。

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前にも見せてもらっていたけど、今日すごく惹かれた、店主の友達でパリ在住の

美千代さんの絵。この鋭いばかりの繊細さ。

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それから何やら店主そっくりな面白い花(名前は忘れた。)

大気のなかを夏の欠片がキラキラ舞っているような午後。

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秋のはじまり

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あさ6時。

ベランダにでると嘘のように涼しい。

蝉はもう鳴いていない。

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ひんやりした大気のなかで

バラはいつのまのかつぼみをたくわえている。

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あのひとはきっと、ほっと息をついてるだろう。

秋のはじまりの静かな朝。

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2013年9月 6日 (金)

夏も終わり、秋が始まるころにスイカを買った。

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「今年もスイカがめちゃくちゃうまい!」というそら屋さんのメールマガジンを

見てスイカを買いに行こう行こうと思っていたのに、うっかり買いそびれた。

それで、この夏はついに1度もスイカを食べなかったなあと思いながら昨日

もう暗くなってから近所のマーケットに行ったら、小玉スイカがある。

青森県産の、作出農家さんの名前入りのスイカ。

思わず買った。

それを夜寝る前にそのまま冷蔵庫に入れて、今日の午後食べたのだけど、

見た目よりスカスカしたところもなく、ジューシーで甘くておいしかった。

夏にスイカを食べるのは実に理にかなったことなのだそうだ。

水分補給だけでなく、塩をかけて食べることで汗によって失われるナトリウ

ムも補給できるし、スイカにはβカロテン(ビタミンA)やビタミンB6、カリウ

ム、リコピンなどが豊富に含まれているから。

アイスや清涼飲料水よりずっといい。

このスイカを割って驚いたのは、皮が均一に1.5ミリくらいの薄さしかなかっ

たこと。これはスイカ名人が作ったスイカに違いない。

昔、小さかったころ、私が皮の白いところまで食べるので、この子はよっぽど

スイカが好きなんだといって、夏休みに赤羽のおばあちゃんのところに行くと

大きなスイカが何個も買って台所の床に置いてあって、嫌というほど食べさ

せられたのを思いだす。

私の眼は、いま目の前に見えている風景のなかに、いまはもういなくなった

人たちの姿を自在によみがえらせるのが得意だが、そんな異人たちの夏も

もう終わった。真夏の炎天の舗道で笑っているおばあちゃんの姿も、駅前通

りの宝飾品店でガラス越しに自分の誕生石のついた指輪を眺めている夏服

を着た若い母の姿も、また一年おあずけだ。

今日もすっかり暗くなってから夕飯の買い物にでかけると、通り道の公園で

(私のスイカと同じように、夏にやり忘れたんだろう)花火をやっている親子

がいて、やっと涼しくなりかけた夜気に懐かしい、火薬のいい匂いがした。

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2013年9月 5日 (木)

夏の終わりのデトックス

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先日、『夏の終わりのデトックス』というタイトルで文章を書こうと決めて何気

なく検索バーにそう入れてみたら、『夏の終わりのデトックスランチ会』という

そのままなタイトルのイベントセミナーが引っかかって、詳細を見れば講師

遠藤玲子さんは私が前から興味のあったフェルデンクライスの公式プラ

クティショナーでリマクッキングスクール師範科卒とあって、前に友達と行っ

たことのあるたまな食堂の名前なんかも出てきていろいろ符合があったの

で、よし、これは勉強がてら行ってみよう、と今日は会社に休みをもらって

行ってきました。今日は午前と午後の部とあって、午前は『タベゴト坐 ~不

自然な食べもの添加物とのつきあい方 ~ 知って減らそう・知って食べよう

負けない食事のこと』というテーマで、主に食品添加物と調味料について。

現代の添加物まみれの食品の中で、どうやって自分なりの判断基準を持つ

か、を学ぶためのセミナーでした。

いまの日本で何も考えずに食べものを食べていると、なんと1日に60種類、

1年で4キロ、一生を80年として換算するとゆうに320キロもの添加物を摂

ることになるのだそうです。そして、1番問題なのは、市場に出回っているか

らといって必ずしも安全とはいえないこと。国がつくウソについては3.11

以降、誰もが学習したことだけれど、食品の世界でも政治取引は常なのだ

とか。そもそも安全と決める基準になっている試験方法自体に問題点があ

るという。そして食品添加物を摂りすぎて(おいしく調味された)味に慣れて

しまうと、素材本来の味がわからない舌になってしまうそうです。

私も健康産業で生きる身なのでそれなりに知ってはいて、「釈迦に説法って

感じですね」などといわれてしまったのだけれど全然そんなことはなくて、長

いこと食品業界の現場で商品企画の入り口から出口まで全部やった、とい

う遠藤さんの言葉は非常に説得力があって、ひとつひとつ身近な食品を例

にあげて話してくれるのでとてもわかりやすかったです。

いま世の中に『あれが悪い、これが悪い』みたいな情報がいくらでも出回っ

ているなか、じゃあ、いったいどうすればいいの? って話になると思うけれ

ど、これもとてもわかりやすかった。

日々の暮らしから身体に悪いとわかっている添加物を減らすにはまず第一

に、『あれば便利な食品を減らすこと』。この『あれば便利な』とは『できあい

の』ものと考えてよいですね。スーパーのお総菜、コンビニ弁当、レトルト

食品、カップラーメン、漬物、清涼飲料水、ドレッシングなどなど、あげたら

キリがないけど。そして安いものには飛びつかない。安いには安いなりの

カラクリがあることを買う前にちょっと考えてみる。

そして(私にはここが1番よかったのだけれど)、自分が戻ってくる場所を

持つ。つまりHOMEですね。私にとっては『おうちごはん』。自分にとっての

身体に良く、おいしいごはんの基準を持つこと。それがあれば外でヘヴィ

な外食をしてもリセットできる。

そして、ラストは『デトックスできる食品をとる』です。

どれも理にかなってます。

これは私もいつも思っていることだけれど、いくら良いとわかっていても

家で作る食事の材料をオール・オーガニックにするのは不可能。

では何からといったら、調味料から替えるのがいいそうです。

ふつうのスーパーマーケットで売っている調味料にはもともと添加物が

いっぱい入っているので、それを自然食品屋さんで売っているような昔

ながらの製法で作られたものに替えるだけで一段と料理がおいしくな

る。その具体的な例として、千切りしたキャベツに天然塩で作られたハ

ーブソルト、醸造酢、オーガニック・オリーブオイルをかけただけのサラ

ダを食べさせてくれたのだけれど、これ最近いつも私がやっていること

(私の場合はオメガ3と6の入ったフラックスオイル)だったので可笑し

かった。つまり、それだけでおいしかったら別に市販のドレッシングなん

か買わなくていい、ということですよね。

そんなわけで、この世でおよそ先生と名のつく人たちが苦手な私なのだ

けれど、遠藤さんは初めてお会いしたとは思えないほど気さくでフレンド

リーな方だったので、とても楽しく(興味深く)午前の部を拝聴させていた

だきました。

そして写真はお昼のマクロビオティック弁当。

本当は今日は遠藤さんがお昼を作ってくださる予定だったのだそうだけ

れど、前日の昨日になって3人もキャンセルが出てしまって参加者はな

んと私だけになってしまったため「お弁当にしました」ということでした。

でも、このお弁当がまたおいしかった。

小さいけれど、食べたらお腹いっぱい。

遠藤さんが最近、気に入っているという温かいデトックスティーにさらに

ショウガを入れて。

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そして午後はショウガ湿布をしてもらって、さらに私がフェルデンクライスの本

を出すと、「今日は2人だからなんでもありですよ~」ということで机をひとつ

横にずらしたところにマットを敷いて寝て、フェルデンクライスのさわりをちょこ

っとやってもらいました。

今朝、私の住んでいるところは暗い曇天にこの世の終わりのような重い雷鳴

が響き渡り、時折り豪雨が降ってくるという悪天候で、しかも雨なのに蒸しあ

っつくて、ふにゃふにゃな髪になりながら出かけたのだけれど、帰りはショウ

ガ湿布を3回もやってもらってフェルデンクライスまでして、髪はますますぼわ

っとしつつも中身はすっきりして帰りました。

おりしも今日は新月。

まずはさっそく『調味料から替えてみる』を実践してみようと思います。

そして『残暑』をキーワードに私が書いた『夏の終わりのデトックス』もお役

立ていただけたら幸いです(^-^)



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2013年9月 4日 (水)

お天気に一日翻弄された日

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いったい今日の天気ときたらなんなんだろう。

こんな風に青空だったと思ったら、いきなり暗くなって豪雨に雷。

雨がやんだと思ったら、ふたたび雲の間から太陽が出てきてカーッと暑い。

そしてまた暗くなってきたかと思うと不穏な風の後に激しい雨だ。

青空のまま降ってたときもあった。

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それで、そのたびに慌てて洗濯物を部屋の中に入れたり出したりの繰り返し。

ようやく8割方乾いたと思った洗濯物に、また雨粒がシミをつけていった。

けっきょく洗濯物は部屋のなか。

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昼間、ちょっと長く揺れた地震もあった。

この夏の天気はまさに異常気象も極まれり、といった感じで不穏だった。

ここ数日、雲の様子が面白くて気づくと空ばかり見ている。

雲は次々と生まれてははやい速度で流れていく。

海と同じで空もいつまで眺めていても飽きない。



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2013年9月 3日 (火)

沸き立つ雲

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昨日、埼玉・千葉に大きな被害をもたらした竜巻の影響なのか

今朝、窓をあけると空には沸き立つような雲、雲 ・・・・・・

雲のあいだから時折り照りつける太陽はギラギラと凶暴で

雲の中を出たり入ったりするたびに光と影のコントラストが激しく

風もあって

まだ大気がだいぶ不安定なのかな、と思った。

130903sky

今日もクレイジーな暑さが続く東京。

娘は長い夏休みが終わって今日からセツ。

またデッサン・デッサン・デッサンの日々が始まる。

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2013年9月 2日 (月)

5年前の自分

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先日、個展に伺って5年ぶりに再会した彩さんからコメント欄にメッセージを

いただいて、「5年のあいだにすっかりきれいになられて名乗られなければ

気づかないところでした」といわれて、ぼんやり驚いてしまった。

自分からするとつい年齢のことに思いが及んでしまうから、5年前といったら

当然いまより5歳若いわけで、そのぶんいまより多少は何もかもよかったん

じゃないかと思うのに。

それで逆に、5年前の自分ってどうだったんだろうと考えて、ああ、もしかし

たらそのころって、あることが原因でひどく自己評価を落としていたころだっ

たかもしれない、と思った。

たとえば肩幅が小さくて窮屈な服を着ていたり、肩に痛みがあったりしたら

動きに制限ができて美しい泳ぎができないのとおなじように、いつも何かに

縛られたり緊張したり、人から否定されたり、こころに痛みがあったりしたら

やっぱりそれは見た目にも影を落とすことになるだろう。

もし本当に5年前よりいまの私のほうがいいとしたら、あのころより私は過

去の痛みや苦しみから解放されたのかもしれないな。そして、そういったも

のさえいまの自分をつくる要素になったのだとしたら、そのおおもとの原因

になった(私にとってはあまりありがたくない)できごとにさえ、何かしら意味

があるのかもしれない。

と、そんなことを息子にいったら、そこには諦めもあるけどね、とぐっさりやら

れた。いつだってこの人は鋭い。鋭すぎるくらいだ。それって生きていくうえ

ではあんまりいいことではないかもしれない。

で、もちろん、息子のいうとおりではある。

でも、自分ひとりじゃどうにもならない、相手のあることについては、諦めも

必要だと思うようになった。この年になって。たぶん、経験的に。

そして人からの評価ということでは、このあいだライブの休憩のときに話して

いて、「人から評価されるときというのは、かならずしも自分が一生懸命やっ

ているときとは一致しない」といった竹内直さんの言葉を思い出す。その言葉

を聞きながら、直さんもすごく客観的で冷静な人だなと思った。人から褒めら

たからって簡単に木に登ったりしない。そういう部分では自分と同じタイプの

人だと思った。そのとき聞いた「生きていたいから」という言葉。続けざまに男

友達の口からもでてきてちょっと驚いた。それを私なりに補足するなら、それ

はただ漫然と生きるのではなく、いま一瞬をヴィヴィッドに生きていたいから、

ということになるんだろう。

あるときから私は仕事でも恋愛でも日常的な人づきあいでも、自分の波動が

濁るようなことはしない、と決めてそうしてきたけれど、もし5年前よりいまが

いいとしたら、それがよかったのかもしれない、と思う。

それにはどうしたって夏目漱石いうところの非人情というのが必要で、それ

は私の場合、しばしば他人より自分に向けられる。

でもこの先もしあわせに生きていくためには、自分に非人情なところを持ち

ながら、憂鬱にならず、現実的になりすぎずに、夢を見続けることだと思う

のだけれど、それには高度な技術が必要そうだ。

それを身につけるのが大人になるっていうことなのかな。

写真は今日の私と今日の空。


─ こころは雲のようにかたちを変える ─


昔くるしかったこの歌詞も、いまではあたりまえのことと思えるよ。



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2013年9月 1日 (日)

レッドカルボナーラ風

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9月に入ったというのに朝6時から暑い。

午後、買い物に出たら外は熱波。

陽射しは肌に痛いほど。

これじゃ真夏のピーク時と同じ。

思わず、「蝉よ! がんばれ!」といってしまう。

先日会った友達は、昔から夏はお腹が空かず、食べ物がまったく喉を通ら

ない、といっていた。実際、2日くらい何も食べないでもいられるというから

びっくりだけど、2年前から「これじゃ倒れる」と思って無理してでも食べる

ようにしているのだという。

私は人より身体にためがないから食べないともたない、と昔から思っている

せいか、お腹が痛いとか胃の調子を悪くしているとき以外なら風邪をひいて

もインフルエンザになってもまったく食べられないということはなくて、こんな

暑い日でも食べたいものが浮かべば炎天に買い物に行き、汗をかきながら

作ってちゃんとおいしく食べられる。その限りでは自分は比較的いつも健康

なのだと思う。

今日の遅いランチはレッドカルボナーラ。

私が住んでいるところは駅前にちょこっと飲食店があるだけでそれほど行き

たいところもないけれど、そのなかでたまに行くのは『ポポラマーマ』という生

パスタの店。そこで初めて食べたのがこのレッドカルボナーラで、以来たまに

行くとそればかり食べている。

タマゴとベーコンと生クリームを使うところはカルボナーラと同じだけれど、味

からいうと、これはアラビアータのアレンジ版という感じ。なので作り方も途中

まではアラビアータと同じで、そこまでソースができたら生クリームと、隠し味

にチリペッパーを少々入れる。最後にまんなかにポーチドエッグをのせて(ポ

ポラマーマの場合はもうちょっと生)できあがり。タマゴをかき混ぜてパスタに

絡めながら食べる。

カルボナーラといいつつバターもチーズも使ってないのでそれほどくどくなく、

濃厚でありながらトマトベースなので意外にあっさり。ちょっと辛いのがミソ。

カルボナーラより飽きずに食べられます。

この暑いなかこんなボリューミーなのが食べられるんだから元気なんだと思う。

あなたのいまの夏バテ度を計るためにも(?)

ぜひお試しあれ!



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