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2013年6月20日 (木)

好物

13biwa

梅雨に入るくらいのころになるとスーパーの果物売り場にびわが並びだす。

そしてきまっていつも祖母のことを思い出す。

びわは祖母の好物だった。

それでシーズンに一度か二度買って食べては、どうしておばあちゃんはこんな種ばか

り大きくて食べるところのないびわなんか好きだったんだろう、と思う。

もっとも、いまにくらべて物のない時代だったから、というのが大きいのかもしれない

けれど。

私の祖母は、樺太から本土に引き揚げてくる途中の引揚船の中で、当時まだ小さか

った一番末の娘を亡くした。麻疹(はしか)にかかったのが原因だったけれど、船の中

には診てくれる医者もなく、投与するべき薬もないまま、手の尽くしようもなかった。

亡くなる直前、誰かからもらったりんごをひとかけ食べさせたら、りんごなどまだ一度も

食べたことのなかったその子は、「このお芋、おいしい」といって亡くなったそうだ。

目の大きな美しい女の子だったという。

船の上では人が亡くなっても荼毘にふすこともできないまま、小さな子どもの亡骸は

海に流された。祖母は当時いちばん上の長女(私の母)をはじめとして、その下に4

人の息子がいる子だくさんの母親だったけれど、引揚船の中で亡くしたその子のこと

についてはずいぶん長いこと苦しんだようだった。それは後に生まれた末の息子に

その子の名前の一文字をとってつけたことからもわかる。あの時代にあってさえ、ちゃ

んと医療さえ受けられれば麻疹で命を落とすようなことは滅多なことじゃなかったよう

だから。

以上はすべて、子どものころに母から聞いた話。

でも、こんな話ももう私の代限りで終わりだろうな、と思う。

私の子どもも私から聞いたそんな話は、いずれそう遠くないうちに忘れてしまうだろう。

ロシア、樺太、サハリン、スパシーバ、青い目の兵隊さん、引揚船、極寒の地で暮らし

た日本人家族の遠い記憶 ・・・・・・

「私は7つの海を越えてきたんだから」

というのが私の母の口癖だったけれど、政情不安のなか、厳しい自然のなかで6人も

の子どもを抱えた祖母はそれこそ子どもを育てるだけで必死だったのだろう、私の母

にとって若いころの祖母はそうとう厳しい、おっかない母親のようだった。

私はいちばん最初に生まれた孫のせいで祖母にはとてもかわいがられていたから、

そんなことを聞いても全然ぴんとこなかった。私にとっての祖母は、いつも着物を着て

いて、太っていて、いつ会ってもゾウのような目をして笑っているほんわかと優しい人

だったから。自分が太っているせいか、痩せている私の顔さえ見ればもっと食べろも

っと食べろというのが難だったけれど。

祖母が亡くなったのは私の母が亡くなるより後だったけれど、それでももうずいぶんと

長い年月が過ぎた。もう長いこと祖父母の仏壇にもお墓にもお線香をあげていない。

祖母の生前同様、あの家で暮らしている叔父の家族がどうしているかもわからない。

ただ、この時期になってびわを見ると祖母のことを思い出す。

そして同時に、こんなふうに自分の親や子どもだけじゃなく、孫や友人にまで自分の

好物が知れ渡っているのはいいことなのだと思ったりする。

ただそれを見ただけで、いついかなるときにも自分のことを思い出してもらえるような。

スーパーに行ってびわを見ながらそんなことを思っていたら、会社の同僚が日曜日に

出かけた際に偶然(私の)大好物を見つけたので送ります、という。

大好物、といわれて私はすぐにイコール食べものだと思っちゃったのだけれど、そう

いわれて自分で思いつくものといったら泉屋のクッキーかチョコレートくらいで、でも

こう暑かったらチョコレートは溶けちゃうし、泉屋のクッキーだと郵送じゃポストに入ら

ないんじゃない? と娘がいう。今日になって「もしかして大好物、とかいってバター

ナイフだったりして」といって笑っていたら、はたして先ほどポストに届いた郵便物を

開けたらほんとにそうだった。

すごーく華奢な、娘いわく『大和撫子のような(?)』柳腰のバターナイフ。

封筒の中には手製の(笑える)パンダのレターセットも入っていて。

13butter_knife_04

それで先ほどから、こういうのって嬉しいな、と思っている。

何かを見て、ふと自分のことを思い出してもらえる。それがどこでも。

母亡きいま、母の代わりにとつぜん泉屋のお徳用袋持ってやってくる友人が近所から

引っ越していなくなっちゃったいま、こういうのってすごく貴重。で、ほんとうにすごくあ

りがたいことですね。

それで私は今日は一日雨で肩も凝っていて頭も痛いけど、これから雨のなか元気に

夕飯の買い物に行くとこです。



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