« 新月のばらじかん | トップページ | 5月の朝は忙しい »

2013年5月10日 (金)

朝顔考

13asagao

私の植物好きはこどものころからだったのだと思う。

私がこどものころは、小学校入学前に豪華な百科事典を親類が入学祝いでくれたり、

親が買ってくれたりするのが主流だったのだけれど、12巻あるその立派な百科事典

のなかで、私が唯一興味を持って熱心に眺めたのは植物図鑑だけだった。

外から遊んで帰ってくると、いま原っぱで見た花の名前をいちいち調べたり、果ては巻

末の50音順の索引を「あ」からぜんぶ暗記しようとしたりした。

小学校に入って最初に嬉しかったのは、夏休み前、理科の時間に学校の裏の栽培用

の花壇に集められて、朝顔の苗をもらったことだった。いまでもあのときのことをあり

ありと憶えているけど、朝顔の双葉の苗にはひねたような黄色っぽいのや、緑が青々

して産毛が生えたような元気なのがあって、同級生の頭のうしろから覗きこみながら

(私はあの元気なのがほしいなあ)と思いながら、おとなしかったからいえなかった。

その朝顔の苗を花壇でもらった鉢に植え替えて、大事に抱えて家に持って帰った。

朝顔は家のベランダで初夏の陽射しを浴びてしだいに双葉から本葉が出て、つるが

伸びてきた。それを支柱に絡ませてあんどん仕立てにした。最初につぼみができたと

きの喜び。そのつぼみが折り紙のような鮮やかな色で咲いたときの嬉しさ。

毎朝、一番に早起きしてはまずは朝顔を見に行き、それを夏休みの宿題の観察絵日

記に描いた。朝顔は夏のあいだじゅう咲き続け、やがて夏が終わるころにはすっかり

萎れてしまったけれど、まだ楽しみがあった。朝顔の種を採ること。私は朝顔の種を採

るのも、朝顔の種そのものも大好きだった。三日月のかたちの黒い種。

連休の最後の日に家具職人のkiki さんが、リペアするためにうちのテーブルの天板を

持って行ってくれた。それは本当にありがたいことだったのだけれど、kiki さんが帰っ

た後で、4本脚のついた四角い枠だけになったテーブルを見ながら、さてこれからどう

やって食事をしようと考えて、しかたなく押し入れの天袋にあった家で1番大きい(額

の入ってた)箱を取り出して、枠の上を少し補強した上にそれを載せてテーブル代わ

りにしている。箱の底がむき出しじゃ物を食べる食卓として味気ないので、かまわぬ

の手ぬぐいを敷いてなんとか格好をつけた。

その手ぬぐいの柄が朝顔だったので、今朝何気なくそれを見ながら朝ごはんを食べて

いて、そんなことを思い出した。

朝顔といえばもうひとつ、前に住んでいた古い一軒家のことを思いだす。

私たち二人はその家が気に入ったわけではなかった。

でも住んでいたマンションの更新期限が目の前に迫っていて、引っ越しまでにもうあま

り時間がなかったし、そこを見つけて一緒に見に行ってくれた、当時まだ不動産屋をし

ていた私の父が、「ここが嫌ならもう他にはないぞ」とぶっきらぼうにいうので、しかた

なくそこにしたというだけだった。

杉並区の新築のマンションから都下の古い一軒家に引っ越した日は、朝は天気だっ

たのに友人たちがトラックから荷物を運びはじめるころには暗くなり、雨がパタパタと

降り出した。とりあえず荷物をぜんぶ家に運び入れて早々に友人たちが帰ってしまっ

た後、雑然とした部屋のなかでその夜、私たちは引っ越してはじめての喧嘩をした。

その家はもともと地元に長く住む農家の地主が借家用に建てた家で、いたるところが

古臭かったけれど、そう日当たりがいいとはいえない小さな庭に縁側がついていて、

私はここでしかできない暮らしを楽しもうと思った。その手始めが朝顔だったのだ。

玄関前のフェンスに絡ませた何種類かの朝顔は、夏のあいだじゅう次々と花を咲かせ

早朝出勤していく家人をまるで見送っているようだった。玄関先まで送りがてら、今朝

はどの色の朝顔が咲いたか見るのは私の楽しみでもあった。

そんなふうにして何が足りなくても女はなんとかそこで暮らしていこうとする。

彼は家を出ていくとき、「この家も嫌だった」といった。

そういわれたからって、それが私のせいであるわけでもないのに。

彼は「君といると音楽ができない」ともいった。

その言葉は長いあいだ私を苦しめたけれど、その人生のなかで、つきあう相手によっ

て転々と居場所を変える彼が、いまここより南の地にあって好きな音楽をやれている

のかどうかは知らない。

このあいだ久しぶりに旧い友人と話したら、「あなたはぜんぜん苦労したように見えな

い」といわれて、いままでつとめて明るく生きてきたつもりだけれど、その結果が親友

の口をしてこれか、と思った。想像力の欠如とは思うけれど、彼女はずっと私を見てき

たというわけではないからしかたがない。でも、だからこそ先日ボスの手紙をあらため

て読んで、自分のことをちゃんと見ていてくれていた人がここにいた、と思って泣けた

のだった。

人は悲しみを越えていく。

もしかしたらそれは、ちょっと大きな水溜りをえいやっと飛び越えて、かすり傷を負う程

度のことなのかもしれない。

もうすぐきっと、kiki さんが直してくれたテーブルはできあがる。

いまでも家庭が安泰だったら、きっと笑い話になっていたはずのテーブルのたくさんの

古傷は、kiki さんの手によっていったん全てまっさらになり、あたらしいテーブルに生ま

れ変わる。

それは私にとっても家族にとってもすごくいいことだ。

そして私ははじめて朝顔を育てたときの、こどものようなこころをとりもどす。

 We are born again everyday.

|

« 新月のばらじかん | トップページ | 5月の朝は忙しい »

season colors」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 新月のばらじかん | トップページ | 5月の朝は忙しい »