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2013年4月29日 (月)

風わたる

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ベランダに爽やかに風がわたる、休日の朝。

今日は久しぶりにたくさん眠った。

たくさん眠ったら昨日の疲れもどこかに飛んでいった。

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いのちを焼く、

激烈な痛みはとうに去り、

怒りも、思うようにならないもどかしさも悔いの感情もかなしみも

ただ静かにやさしい虚空にとけて

いつかまったきものになる

残されたのは

様々な言葉と

曖昧な面影と喪失感と懐かしさだけ ・・・・・・

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そして、午後。

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2013年4月28日 (日)

父、82歳の誕生日

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春の嵐で延期になった父の82歳の誕生日を今日、3週間遅れで家族で祝った。

こんなことを書くと世間のひんしゅくを買うかもしれないけれど、もうあたらしいことを何

ひとつ吸収できなくなって、壊れたテープレコーダーのようにいつ会っても同じことばか

りいっている父を見ていると、いささか長く生き過ぎたんじゃないかと思うこともある。

けれども戦中戦後の大変な時代をたくましく生き抜き、16歳から働きづめに働いて苦

労してきた人生を思えば、余生はできるだけ毎日楽しく暮らし、死ぬときはできるだけ

苦しまずに安らかにいってくれたらと思う。父に対するいまの私の望みはそれだけだ。

そのために、自分ができることはする。

まだわずかに私のなかに残っている、父への幻想が半分でも幻想で終わらないでく

れたらもっといいとは思うけれど。


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いとしのセルリア

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このあいだ、楽天のポイントが使えるようになるのを待ってお気に入りにブックマーク

しておいたセルリアをポチっとカートに入れたら、そのすぐ後にコトリさんから電話が

きた。今朝、市場でものすごく繊細できれいな国産のセルリアをみつけたのだけれど

自分が仕入れるにはあまりに高価だったから一度は通り過ぎたものの、でもどうして

もあきらめきれずに「私は今週これがあれば頑張れる!」と思って、清水の舞台から

飛び降りるような気持ちで買ってきた、というので、「なんだかまたシンクロだね」と笑

った。

その私のセルリアが昨日とどいた。

私のは安かったからしかたないけど、もうほとんど花は終わっていて、かろうじて花が

ひとつふたつ残っているだけの苗。でも株立ちは悪くない。

オーストラリアから輸入されるセルリアは、プロテアなどと同じヤマモガシ科の属

ーストラリアのワイルドフラワーの仲間で、もともと日本の気候に合った植物

から育てるのはいろいろ難しいらしい。私がちょっと調べたところでは、とくにリ

肥料に敏感とあった。なので基本的には肥料はやらずに、もし肥料を使うならリン酸

の含まていない遅効性の肥料を生育期のわずかな期間だけ施肥する、というのが

よさそう。コトリさんによればもっとも難しいのが水やりで、ほかの植物とはまったく違う

という。高温多湿がもっとも苦手らしいから土は乾燥気味にするとして、はたして東京

の梅から湿度の高い夏を越えられるかどうか、というのがカギのようだ。

ともあれ、人間と同じで植物もつきあってみないとわからない。

できればわしゃわしゃと大きくなって、私のベランダにファンタジックな靄をかけて

といいんだけどなあ!

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そしてコトリさんで見せてもらったセルリアは、すごく高かったというだけあって夢見る

うに素敵でした。

私のが『カルメン』という品種で、こちらは『ブラッシング・ブライド』という品種。

その名のとおり、かのダイアナ妃のウェディング・ブーケになったことで有名になったの

だとか。

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名前は忘れてしまったけれど下もオーストラリア系の植物で、これもかっこよかった

ヤマモガシ科といえばリューカデンドロンもあるし、オーストラリア系植物、目が離せま

せん。

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色づくつぼみ

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シャンタル・メリューもだいぶ色づいてきました。

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私が一家に一鉢、と思うアンブリッジ・ローズも。

このバラはつぼみのときからノーブルな雰囲気。

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このまるっこちく小さいつぼみはカーディナル・ドゥ・リシュリュー。

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私は今日も娘につきあって6時起きです。

でも、爽やかに晴れた朝の清々しい空気を吸えたからよしとしましょう。

育ててはじめて知った、おもしろいグリーンアイスのくるくるの萼。

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2013年4月27日 (土)

朝のカプチーノ

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今朝さいたミニバラ、カプチーノ。

コーヒー系の名前がついたバラはたいてい黄色からオレンジ、ブラウン系のバラとき

まってる。もちろんコーヒーの色ではないけれど、そのニュアンスはわかる気がする。

ミニバラのなかでは強香といわれるカプチーノだけど、春のこの1番花はそれほど香ら

なかった。

そして、まるっこいつぼみが特徴的なフェアビアンカ。

咲くと純白のこのバラは、つぼみのうちはなぜか赤みがさしていて。

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このところずっと続いている激しい気温の寒暖差(とくに寒さ)と雨のせいでベランダ

には徐々にうどん粉病が出はじめた。比較的まめに木酢液を散布しているからそれ

ほど蔓延はしないものの ・・・・・・



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2013年4月26日 (金)

2013セツ展、はじまりました。

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今年もセツ展がはじまりました。

子供のころ絵を描くのが好きで上手かった私の父も、一度どんなところか行ってみた

いというのだけれど、なんたってセツの前のすべり台並みの坂を上るのがまず無理

じゃないかと思うし、さらにアトリエに行くこの狭くて急な階段はますます無理だと思う

のです。もしそれでもどうしても行きたいといわれたら、しょうがないから外観が見られ

るところくらいまでは連れて行くしかないかな、と思うのだけれど ・・・・

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壁にかけられた授業を知らせるベル。

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娘が好きだといったセツさんの水彩画。

『ポン・ド・カルーゼル』というタイトルのパリの風景。

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エントランスの階段を降りたところでは鳩がいっぱい遊んでいた。

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そしてブルーのフランス窓。

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セツ展は来週月曜29日までです。

行ってみたかった人はチャンス!

残りあと3日、お見逃しなく。

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光のなかの

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今朝は晴れて順調に気温は上がったものの、またもや嵐のような風。

荒ぶる風のなかでどこにいてもさんざめく木漏れ日がすごかった。

光のなかのルイ14世。

気づいたら今年も全開でひらく途中のくるくるを見られなかったけど、うっすらほころび

かけたこのつぼみの色と質感。オートクチュールのドレスみたい。

もし私が『スプートニクの恋人』のミュウみたいだったら、こんな赤いタフタの大きくデコ

ルテのあいたドレスを着てみたい。

考えただけでもぞくぞくしちゃう。

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そして、だいぶ大きくなってきた挿し木苗のコンスタンス・スプライのつぼみ。

1961年生まれの sweet baby。

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2013年4月25日 (木)

Petals

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Petals


Bitter

echoes

of music,


with remembrances grown wet,

and memories

gone dry ....


Rampant

petals

of lilies  ....


Even empty space

is filled

with honey.


( 谷川俊太郎 詩集『minimal』より、『Petals』 )


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ベランダの小さな

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今年もバラのあいだからひょっこり出てきたスミレ。

そして鳥が運んできたのか、コンクリートの溝から伸びて花を咲かせたノゲシ。

ベランダのちっちゃな自然。

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2013年4月24日 (水)

今年の1番

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今年の1番はやっぱりデュセス・ドゥ・ブラバンでした。

今年は早くからつぼみをつけてゆっくり大きくなったせいで、例年より花が大きいよう

です。曖昧でほわっとした儚げな咲き方はこのバラ特有のもの。

「バラ好きってどうして花のアップしか撮らないのかしら」

というガーデナーYちゃんの言葉をうけて全体像。

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Yちゃんはそういうけれど、長年バラを育てている身からしたらバラはいうまでもなく木

であって、 品種名のタグが付いてなくたってその樹形から葉のかたちやつぼみの形

棘の付きかたなどでそれが何のバラだかわかるくらい毎日見ていて、一季咲きのバ

ラだと1年ものあいだ風雨に耐えてやっと咲いたバラを、まじかで、つぶさに眺めたい

そしてそれを写真に捉えたいというのはあたりまえの欲求じゃないかしらね。

それに狭いベランダでは写したくないものまで写ってしまうから、いきおい一部を切り

とることになる。この苦労は庭を持っている人にはわかるまい。

2番手になりそうなのは、いまにも咲きそうでなかなか咲かないルイ14世。

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黒バラというにふさわしい暗赤色。

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ひらくと散開型といわれる乱れた咲きかたのこのバラは、むしろつぼみのときのほうが

ずっとシックでエレガントかもしれない。

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でも、ひらくと瞬く間に全開となって一重のバラのようになってしまったらなってしまった

で、それも悪くない。つぼみのときよりやや明るいベルベットのような花びらに輝くよう

な金色の蕊のコントラストは、まさしく『太陽王』の名にふわさしい艶やかさ。

そしてルイ14世の1番の美点は何よりその濃厚で強い香り。

ルイ14世が一輪咲いただけでベランダ中がバラの香りに包まれる。

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でも、こんなふうに咲いたバラについて丁寧に書くのもシーズンの最初だけで、しだい

に毎朝次々に咲くバラを撮るのが精いっぱいで、しだいに追いつかなくなるのが毎年

のこと。

今朝はまた強い風の音で目覚めた。

今日も空はどんより曇って暗い日だけど、私の救いはいまが秋から冬へと向かう季節

じゃなくて、春から夏へ向かう季節ということだ。

5月はバラの月。

毎朝、何かしらのバラに迎えられることになるだろう。

さっきベランダの柵の縁と室外機の上にあったバラを下におろした。

この強風で、つぼみをつけて長く伸びたバラのステムがやられてしまわないように。

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2013年4月22日 (月)

ボスの死

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いつのころからかずっと、私は意識のどこかでこの日がくるのを怖れていたのだと思う。その怖れがいったい、自分の何と繋がっているのかはわからないけれど、ただそれが自分にとって受け入れ難いものだということだけは知っていて。
ボスが死んだ。
知ったのは18日。
亡くなったのは16日というから、私が知る1日前ということになる。
知った直後にYちゃんに知らせたら、「誰から知らせがきたの?」と訊かれたけれど、どこからも知らせなんてこない。
17日の夕方、三宅島で震度5強の地震があって、周囲への影響がそれほどないことはニュースを見てすぐにわかったけれど、それでもなんだか気になってボスの自宅に電話すると、出なかった。携帯に電話しても出ない。娘にそれをいうと「ボスだって出かけることくらいあるんじゃない?」といわれたけれど、足腰が弱ってわずか20分足らずのところを歩いて行って帰って来られない、と嘆いていたボスが夕方暗くなってから家にいないとは思えなかった。夜の10時半ころ、ふたたび自宅に電話してみてボスの不在が確実になった。
もしかしたら入院してしまったんだろうか、それとも青森に帰ってるんだろうか、それにしても携帯にも出てこないしメールの返事もこないのは何故なんだろう。その日はそんなふうに思いながら寝た。

明けて翌日も、朝から何度かボスの自宅と携帯に電話をした。
昨日から微かに感じていた心配と不安が私のなかで徐々に大きくなりつつあった。
折しも昨日から息子は泊まりがけで外出していて、娘が午後から学校に行ってしまうと私は部屋のなかで1人になった。滅多にない自分だけの貴重な時間で、いつもなら一気にリラックスしてしまうところがその日はそうならなかった。外は晴れて暖かかったけれど相変わらず風が強くて、風の音と連動するように心がざわざわして落ち着かなかった。
不安がピークに達したのは遅い昼ごはんを食べはじめたときだ。
それは一気に膨張して破裂寸前の風船みたいに私を圧迫し、食事が喉を通らなくなった。不安と同時に私に押し寄せてきたのは激しい後悔の感情だった。
私はなぜもっと早くボスに連絡しなかったんだろう。去年からそのタイミングはいくらでもあったはずなのに、家でもよくボスのことを話していたのに、思いだすこともしばしばあったのに、なぜ気にしながらも連絡せずにいたんだろう、なぜなぜなぜ ・・・・・・
考えると息ができなくなりそうだった。
最初その異常なまでの不安はここ数日、自分の体調がよくないせいかと思ったけれど途中ではっきりそうじゃないとわかった。自分がこれほど気になるということは、これはもうふつうのことじゃない。
それで誰に連絡したらいいかと考えて、以前ボスの詩をずっと掲載していた島の新聞社を思いだした。ボスが公営住宅に入居するにあたり保証人になってくれたのも昔からつきあいの新聞社の人だと聞いていたから、きっとそこに電話したら何かわかるだろう。
行儀悪く片手にパンを持ったままコンピュータの前まで行って片手で検索すると、新聞社のホームページはすぐに見つかった。電話番号も載っている。
ふぅ、と息をついた。
それを見た瞬間、私の頭に閃いたのは、ここに電話するならその前に覚悟することが必要だ、ということだった。食事をちゃんとすませてしまおう、珈琲を飲んで気持ちを少し落ち着かせよう。電話には女性ではなく男性が出てきてくれますように。

覚悟を決めて電話をすると、はたして最初に電話に出た人から引き継がれて出てきたのは男の人だった。
去年、ボスから聞いていた人だ。
彼は私の話を聞くと、穏やかな声で静かに「平山さんは亡くなりました」といった。
それを聞いた途端、私はがっくり膝が折れたような気持ちになった。
ああ、やっぱりそうだったか、という思いと、ショックで。
「それはいつですか?」と聞くと、男性は「16日です」といった。
「16日? それはいつの16日ですか?」「今月のです。つまりおとといですね。昨日荼毘に付されて、今日はたぶんご遺族の方が部屋を片づけているはずです。住宅供給公社の人からそう電話がありましたから」
男性の声はどこまでも落ち着いていて、穏やかだった。

亡くなった原因を聞くと、ボスはがんだったそうだ。
がん?! 
それもまったくボスの口からは聞いたこともないことで、いままでボスの不調は筋骨系のことだけだと思っていた。でももう今年の3月には入院していて、月の後半は薬で意識がないことも多かったというから、入院したとき、すでにボスは末期がんだったんだろう。
去年の暮れ、声を聞いた瞬間に不安に感じたあのくぐもったようなおかしな声と異常な憔悴感も、末期がんだったと思えば合点がいく。
秋から暮れにかけて何度かやりとりしたときに、長く歩けなくなったから電動自転車のことを調べてくれといわれたことも、珈琲豆を手動のミルで挽くのもキツくなったから電動ミルを買おうと思う、といったことも、もう早苗に短い手紙を書くことすら疲れてできないんだといったことも、ぜんぶぜんぶ合点がいく。あのときボスはすでにどれだけ辛かったんだろうか。でもいったい、いつからボスは ・・・・・・。

私が無言でそんなことを考えていたら、「平山さんは幾つだったんでしょうか」と初めてその男性が私に聞いた。
「長いつきあいなのに、実は私も昔からボスの実年齢は知らないんです。ボスに聞くと、オレはもう200年も生きてるからな、とかいって、じゃあ化けものだな! なんてよく言い合いました」
私がそういうと、彼は何やらパラパラと紙を繰るような音を立てて、「ああ、ありました」といった。どうやら公営住宅の書類を見つけたらしかった。
「生年月日は昭和11年の7月22日とあるから ・・・・」
「77歳か」と私が近くにあった電卓を叩きながら呟いた。
ボスとは長年のつきあいなのに、そのときはじめて実年齢を知ったのだった。
とすると、はじめて会ったときすでにボスは白髪ざんばらで年齢不詳の人だったけど、あのときはまだ50だったのか。それにいつまでも昔のタフで元気な印象のままでいたけど、82歳の自分の父とくらべてもたった5歳しか違わなかったとは。
すごい驚きだった。
それからその男性は、平山さんはこの春、青森に行こうとしていたのだけれど、弟さんと喧嘩して結局は行けなくなってしまったようだと教えてくれた。
親しい間柄ではすごく短気で、ちょっとしたことで感情的になりやすい、実にボスらしい話ではあったけれど、いまとなってはなんだかそれもとてもかわいそうで切なかった。

彼の知っていることはそれほど多くなく、おおかたのことを聞いてしまったらもうそれ以上話すこともなかったけれど、電話を切ってしまったらもうこの人とは終わりだという気持ちから、私は必要以上に電話を引きのばした。
ボスに関して一言でも私の知らない手がかりを引き出したくて。
それでも話していたのは、そう長い時間ではなかった。

その男性にお礼をいって電話を切ったら、次に激しく気になったのは(私の物書き根性とでもいうべきか)ボスの原稿のことだった。もう何年か前に話したとき、ボスはもう一冊、詩集を出そうと思うんだ、といっていた。それについて私が突っ込んで聞くと、もう何度めかの推敲も終わって、ほぼ原稿もできあがっていて出版元にも話した、ということだった。
あとは金の工面だけだけど、長いつきあいの気心知れた出版社だから、それも相談してみるよ、といっていたのだ。今日、ご遺族が遺品の整理をされているということだけど、いったいあの原稿は!!

それで私は矢も盾もたまらずボスがこれまで自費出版した2冊の詩集を本棚から引っぱりだし、本の奥付に書いてあった出版社の名前を確認してインターネットで調べてすぐに電話した。新聞社のときと同じように「わたくし、かつて平山昭一さんの編集室で働いていた者ですが、そちらに平山さんをよくご存知の方がいらっしゃると思うのですが、その方にお取り次ぎいただけないでしょうか」というと、出てきた男性は「平山さん ・・・・・・。ああ、うちから本を出された方ですか? その平山さんの何がお知りになりたいんでしょうか」といった。「知りたいことがあるわけではなくて、平山さんが亡くなられたのでそれを親しかった方にお伝えしたいんです」というと、男性の後ろで物音がして、男性が何か小さい声でいうのが聞こえ、「ああ、いま詳しい者が来ましたから代わります」といって代わってくれた。
電話に出てきた女性はとても落ち着いた鷹揚で知的な感じの声で「知念でございます」といった。ホームページで見た代表取締役の方だった。
ボスが亡くなったことを私が告げると、彼女は「そうですか」といったん静かに受けてから「平山さんには大変お世話になりました」といった。
それから昔(たぶん若かったころ)、ボスに仕事を紹介してもらって出版社で働くことになったことや、七月企画編集室でばったり高校時代の旧友に再会して驚いたことなどを懐かしそうに話してくれた。
今年、いつものようにボスに年賀状を出したら返事がこなかったので、何かあったんだろうかと気になっていたという。

ひとしきり話してもう話も終わろうかというころ、「お電話さしあげたのはボスが亡くなったことをお伝えしたかっただけではなくて、ひとつお伺いしたいことがあったからなんです」と切り出した。そして私がボスから聞いた詩集のことを話すと彼女は「たしかにそういうお話はありました。でもまだ原稿はお預かりしていません」といった。
私が落胆した声を出して「ちょうど今日、ご遺族がボスの部屋を片づけてらっしゃるというのでもしその原稿が捨てられたり四散してしまうようなことがあったら困ると思ったものですから」といったら、さすがにふだん作家の原稿を扱っている方だけあってすぐに私の気持ちを察してくれたようで、「ご家族の連絡先は知ってますか」と聞かれた。
いえ、わからないんです。でも青森と東京にきょうだいがいます。それとボスと同郷で同じ弘前高校を出た親友の詩人さんがいて、その方は最後までボスと交友があったようだから、その方ならご家族の連絡先も知っているはずなんですが、なんというお名前だったか・・・ と私が答えると、彼女も、ああ、その詩人さんなら確か私も詩集をいただいたのでわかると思うんですが、ええと ・・・ としばらく考えてから、「Yさんだ!」といった。
そうそう、Yさん!
わかりました、と彼女はきっぱりした声でいうと、「これから私の携帯番号をいいますから、あなたのも教えてください」といい、私たちは互いの電話番号を登録しあった。
彼女は「何かわかったら連絡します」といってくださった。
それは大げさじゃなく闇のなかで一筋の光明を見たみたいに心強かったし、ありがたかった。なんていい人なんだろう ・・・・・・
ボスはこういうい人のもとからいつも詩集を出版していたのだ。

ふたつの電話を切ったあとは何かをやり終えた感でどっと疲労が襲ってきたけど、まだある種の興奮状態は続いていて、ボスの原稿の次に私の頭に降ってきたのは自分の原稿のことだった。わずかに書きあげた詩の原稿や書きかけの断片をまとめたたった一握りの紙の束。いまとなってはもう屑みたいなものかもしれないけれど、でもいまでも私にとっては大事なものだ。それから母が亡くなる前だったか後だったかにボスからもらって、いつかこれだけは額装してとっておこうと思った私にとっては宝物のようなボス手書きの1枚の手紙! あれはどこにしまったんだっけか ・・・・・・。
それから机の引き出しから何から必死で探したけれど、どっちもみつからなかった。
ふたたび激しい後悔と焦燥と様々な感情が襲ってくるなか呆然自失となってしまって、いまでは唯一、私の身近でボスを知るYちゃんに電話したけれど、彼女はそれほど強く感情を揺さぶられた様子はなかった。ほんとのところはわからない。でも、そうだとしてもしかたがない。彼女は私のようにずっとボスとつきあってきたわけではないのだから。

それから気を取り直して仕事の電話を1本してから、ふたたび探しはじめた。
気づくともう娘が学校から帰ってくる時間で、娘が部屋に入ってきたのは、いくら探しても見つからないので私が泣きそうになっていたときだった。比較的どうでもいいような手紙はちゃんととってあるのに肝心のあの手紙が見つからない。人の書いたものをおよそ捨てられない私だから捨てるはずはないのだけれど、そんな私が去年の暮れに大量の古い手紙をシュレッダーにかけたのだった。もしかしたらあのとき間違ってシュレッドしてしまったのかもしれない、と私がいうと、娘はいたってノンシャランな口調で、「探しものって、探してないときに思いもよらないところから出てきたりするからね」と笑顔でいった。
私と息子はセンシティブなところがとっても似ていて、2人は互いに共振する弦のようなものだからしんどいときには本当にしんどいのだけれど、この人はまったくもって別物で、ショート寸前のコンセントを易々と引っこ抜くようなところがある。
それは私にとってはとてもありがたいことだ。ありがたい子供。
それで私もいったんあきらめて夕食の準備にとりかかった。
こんな日に息子がいなかったのは息子にとってもよかったかもしれない。

夕飯の後、もう遅かったけれどこのまま家にいては息が詰まって苦しかったので娘を連れて夜の散歩に出かけた。月は炯炯と光り、夜気は冷えていた。
歩き出すと様々な思いとともに次々と思い出が去来して話は尽きなかった。グレン・グールドは名前のイニシャルどおり、GG(ゴールドベルク変奏曲)ではじまりGGで終わった人だけど、7月生まれのボスは七月企画編集室を作り七月堂から詩集を出し77歳で亡くなったから、よっぽど7に縁があった人なんだね、どうしてその7月まで生きられなかったか、と私がいったら、娘は「いっそのこと7月7日だったらよかったのにね」といった。
喪失感は大きかったけれど、同時にボスがこの世からいなくなったことが(しかももう灰になってしまったことが)、なんだか全然、信じられなかった。
家に帰ったら「おまえ、何しけた声だしてるんだ。ボスはこのとおりまだピンピンしてるぞ!」と電話がかかってきそうだった。

家に帰るころにはもう心身ともにくたくたで眠かったけど、このままでは気が済まなかったからしつこく探しものをはじめたら、息子がいつになく晴れ晴れとした顔で帰ってきた。
私の顔を見るなり何かを察したようだったから、私は今日一日をショートカットして話した。当然のことながら息子もショックを受けていた。
そしてふと弾かれたように「今日はもうこれで最後」と思って駄目もとで見た押し入れの中から、娘がいったように思いがけなく私の紙束もボスの手紙も出てきた。
ものすごくホッとして「これで今日は眠れる」と思ったけれど、人間ておかしなもので、ものすごくショックだったり悲しかったりすると涙って全然でてこないもので、そのときになって漸く涙があふれてきて、その日はじめて泣いた。
ボスの手紙の書き文字はいつになく丁寧で美しく、本当に気心を許したものだけに書かれた文体で、それは詩のようでもありラブレターのようでもあって、もらったときにも『これは宝もの』と思ったことは違いないけど、当時はもっと作品のように突き放して見ていたのが、いま読み返すと自分が思っていた以上に自分が愛されていたことがわかって、泣けた。
私は数少ない自分の理解者、支援者、精神的な後ろ盾、屈託なく話せる友人をひとり失くしてしまったのだ。

それが18日に起こったことのほとんど全てで、以来4日経つけれど私は自分の気持ちを整理できないままでいる。
家族で温かい食卓を囲んで夕飯を口にはこぶとき、一日の終わりに温かい湯船に浸かってほっと溜息を漏らすとき、きまってボスのことが頭に浮かんで、いったいボスには最近そんなときがあったのだろうかと思って、また昔のようにパニックになりそうでこわくなる。
でも一方で、まだ肝心な何かが終わってない気がして、ボスまだ終わってない、まだ終わらせない、いまはこんなへなちょこの私だってやるときはやるから、というような思いがある。まだ何か、自分にやれることがあるような気がしている。

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2013年4月21日 (日)

早起きした朝の

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先週に引き続き、娘のアルバイトが朝7時半入りだったために今日も6時起き。

どうやら私はこの時間で固定らしいというからまいっちゃうな、と思うけれど、いままで

泳いだ翌日は疲れて起きれないと思っていたけど眠くてもからだの調子が悪くなくて

ちょっと無理すれば起きれるものならそれでもいいかと思ったり。

本人は起きなくてもいいよというものの、まだ暗いなか起きてまともに朝食も食べずに

1人で出かけていくことを考えるとそうもいかない。

娘を送り出したあと、昨日までほぼ毎朝のように使っていたアロマオイルがなくなった

のであたらしく作る。昨日まで使っていたイランイラン、マンダリン、ベルガモット、パチ

ュリもよかったけれどずっと使っていてちょっと飽きたし季節も夏に向かっているので

こんどはゼラニウム、ローズマリー、パイン、レモンにする。これはkiyokaさんのアロ

マセラピー・ワーク・ショップで教えてもらったレシピ。ゼラニウムがなかったのでローズ

ゼラニウム、パインがなかったのでファーニードルで代用してみたら、これがすごくいい

香り。すっきり系だけどほのかに甘くて。

いつものようにウォークマットを踏んでからオイルをつけて脚をマッサージしながら、

そういえば昔、ボスは私の近所に引っ越して来たいようなことをいっていたけど、近所

に住んで私のように週1回でもプールで泳いでいたらいまでもずっと健康でいられたん

じゃないかな、でもいくらここが東京の田舎といっても島よりはずっと家賃が高いから

それを維持するには経済生活を成り立てるのが必須だ、好きなことだけ、じゃなくて

そのうち3割でも仕事として書くことはできなかったんだろうか、などなど、いまさら考

えてもしょうがないことを考える。朝早く起きたら起きたで、朝からいろいろ考える。

人の人生は日々の選択肢から成り立っていて、それが自ずと潜在意識の望んだこと

ならどんな終わり方であれ、それがその人の行きかたなのだろうけど、人はしばしば

よく間違う生きものだから。ボスの場合、いつのころからか世間の人に対して固くここ

ろを閉ざしてしまったのがいけなかった気がする。

ハートをひらくこと。

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2013年4月20日 (土)

穀雨

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昨日、目白の蕎麦屋の2階で夜10時過ぎまで突然呼び出した友人と話しこんで外に

出たときも寒かったけど、今朝はそれより寒い。最高気温11度。2月下旬の陽気だそ

うだ。また冬に逆戻り。いったい今年は何度こんなことを繰り返すのだろう。

こんな風だから、この冬はやっぱりボスにはきつかっただろうな、と思う。

それでも私のクラスのレーンは混んでいて、たくさん泳ぎ、更衣室は賑やかだった。

水のなかでは泳ぐことしか考えないし、更衣室は人の話し声やドライヤーを使う音なん

かで賑やかだから、大きな声で話す。それはいまの私にとってはいいことだ。

家に帰ってまたボスの家に電話する。

まだふつうに呼び出し音が鳴るのを聞いて、8回コールして切った。

電話が使えなくなるときを確認することに何の意味があるのか自分でもわからない。

でもそうせずにはいられない。

もちろん、誰でもいいから出てくれることをどこかで祈っているような自分がいる。

行きはまだ雨は降ってなかったけれど、帰りはスーパーに寄って出てくるころには降り

出した。

涙雨。

違うな、穀雨だ。

百穀を潤し、芽を出させる雨。

終わりの始まり。

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2013年4月19日 (金)

銀座のギャラリーで

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昨日ねむるとき、もうどう考えたところでボスはいなくなってしまったのだから明日には

ヘラヘラしてやろうと思ったけれど、やっぱりそうはいかなかった。なかなか眠れずに

朝もなかなか起きれず、朝食のとき、2日家をあけていなかった息子にボスのことをい

ろいろ話していたら、さっさと朝食を終えた息子がキッチンにお皿を片づけに行った。

感極まってキッチンに泣きに行ったのだった。

今日も私は家にいると胸が詰まって息ができなくなりそうで、今日はどうやっても仕事

にならないと思っていたら、もう午後も2時をまわるころになって娘が「宮城さんがいま

銀座のギャラリーで個展をやっていて明日までなんだ」といいだした。そんな、自分が

気に入っている絵描きさんの個展なら行かないとだめじゃない! 明日、行こう、とい

ってから、明日が娘の最後の学校だったことを思い出した。じゃ、いまから行こうとい

ったら娘は「へ?」という顔をしていたけれど、それからすぐに支度して家を出た。ドア

の外に出ると外は真冬の寒さで、部屋に戻って1枚多く着たくらいだった。相変わらず

風が吹き荒れているせいで体感気温が下がっているのだ。銀座1丁目に着いたのは

もうあたりが暗くなるころだった。あらかじめ調べておいた地図を頼りにギャラリーの

あるビルに入る。

ギャラリー銀座フォレスト。

一歩入るとそこは別世界だった。まるで昔にタイムスリップしたようなワンダーランド。

いまはなき同潤会アパートをもっとモダンに高級にしたような。入ったすぐ右手に手動

でドアが開閉するレトロなエレベーターがあって、まるで古い映画のなかに迷いこんで

しまったよう。そのエレベーターが使えるものなのかどうかわからなかったので私たち

は歩いて4階まで行った。娘も私も目をまるくして、久しぶりにわくわくしながら。

ビルの中には迷路のように小さい部屋がたくさんあって、そのどれもがショップ(主に

骨董品屋)かギャラリー。

目指すギャラリー銀座フォレストの表札のある部屋の前まで行くと、ドアを開け放した

部屋の中から男の人が娘を見て「あ、どうも。来てくれたんだ」といった。それが宮城

さんだった。

窓際にアンティークのテーブルが置かれただけのまっしろい部屋のなかには宮城さん

のホームページで見たようなパリの匂いのする寒色系のスタイリッシュなイラストレー

ションがちょうどよいバランスで飾ってあって、建物の雰囲気とも部屋の雰囲気ともぴ

ったりマッチした洒落た空気を醸しだしていた。

私たちが中に入るとちょうどみんな出て行ってしまって我々だけになったせいで、自然

と宮城さんと会話が始まった。宮城さんは40代の方だろうか、娘がいっていたとおり、

ちっともえらぶったところのないとても人あたりのソフトな気さくな方だった。絵のタイト

ルにあったミコノス、ギリシャの話から始まって村上春樹、グラン・ブルー、ジャズ、サ

ックス、シネマ、そして水泳の話まで。たくさんの共通キーワードがあったなか、とくに

宮城さんがTIスイミングがインターネットで提供しているスイムビデオを見て4泳法を自

力でマスターした、という話にはまいった。こんなところでこんなに熱心に水泳の話を

する人に出会えるなんて。

そして私はさっきまで元気のなかった自分が生き生きと闊達に話す声を、まるで他人

の声のように不思議な気持ちで聞いた。

話が弾んだせいで絵をさっと見たら帰るはずだったのがすっかり遅くなってしまったけ

れど、また階段で下を降りる途中、Ecru+HM(エクリュ・プラス・エイチエム) の看

板を見つけて「やっぱり!」と声をあげた。このビルに入った瞬間、ここってもしかして

・・・ と思ったけれど、やっぱりこのビルはいつかコトリさんが「絶対に行って!」といっ

て教えてくれた、建物まるごとパリのアンティークみたいな奥野ビルだったのでした。

ふだんでもぼけぼけしているのがボスの一件ですっかりボケが増幅されている私は

うっかり相棒(カメラ)を連れて行くのを忘れて写真が撮れなかったのが残念だけれど

ここはまたゆっくり時間のある休日にでも行って探検してみたいと思う。

ギャラリーを出たらすっかりお腹が空いてしまって、近くにあったドトール・コーヒーに

入った。2階の窓際のカウンターに娘と並んで夜の街を眺めながら、「家を出るまでは

どうしようと思うくらい息が詰まって苦しかったけど、お陰さまでいい気分転換になった

よ」といったら、娘が「そりゃ、よかった」といった。

下の子というのはなかなかちゃっかりしたもので自分はお財布も持ってこない癖に、

帰ろうとしたら「グッズが売ってる!」とかいってグッズを買わされたのでした。よくミュ

ージアムショップなんかで売っている絵の入ったファイル。素敵だったので私も自分用

に1枚買いましたけど。

ちなみに、この宮城毅さんの個展のタイトル“Café au lait, s’il vous plâit?”はかつて

長沢節さんがご健在だったころのセツではコーヒーブレイクのとき、先生にこういわな

ければならなかったんですって。そういえば私もドイツ語のレッスンの休憩のとき先生

から Möchten Sie etwas Tee oder Kaffee? と訊かれてドイツ語で答えてましたっけ。

もはやどちらも古い古いお話。

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2013年4月17日 (水)

風にもマケズ

13duchesse_de_brabant_3

やっと昨日の強風もやんで今朝は爽やかに晴れたと思ったのに、それも束の間。

また風が吹きはじめた。

でも、バラのつぼみは開花まじか!



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矢車草

13yagurumasou

今日もひどい風。

春のライオンはまだ居座りつづけて荒れ狂っているようだ。

吹きすさぶ風の音を聞いているだけで頭がいっぱいになってきて疲れてしまう。

昨日はあんなに穏やかに晴れていたのに。

昨日は仕事と雑務のあいだを縫って食卓の花を買いに行った。

昨日、私のこころをとらえたのは矢車草。

13yagurumasou_01

ガーネットみたいな色といいこの咲き方といいつぼみといい、とてもシックだと私は思っ

たのだけれど、市場ではいつも売れ残っているそうだ。

13yagurumasou_02

こんな色をしていて、(草みたいに)地味だからじゃないかって。

細かい葉のユーカリとあわせたら、まるでいま庭から摘んできたみたいな自然さ。

花瓶に入れてしばらくしたら、ぼさぼさ咲きだった花がくっきり矢車のかたちになった。

いっそこの風でくるくるまわってくれたら私の時間もまわりだすのに、と思う。

そして昨日はお花を包んでもらってしまってから、あ、と気づいてラナンキュラスをもう

一輪買った。先日買ったリューカデンドロンがまだそれだけ元気に残って幸福王子の

横に生けてあって、そこに何か一輪、花を足そうと思っていたのだった。

ラナンキュラスLOVEのコトリさんが、さよならラナンキュラスのひとり祝祭をした後に

市場で出会ってしまったという、レイネッテ。

たぶん、コトリ花店では今季最後のラナンキュラス。

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家に帰って包みを開いたら、下のほうに小さなフェチダスとユーカリの切れ端がついて

いて、こんなところにもコトリさんの茶目っ気を感じたのでした。

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2013年4月16日 (火)

『今日の嬉しい!』

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今日、仕事仲間から大量の仕事の資料と一緒にリボンのついた包みが届いた。

開けてみると、クリッパー・ティーの有機チャイ・ティーと『The Tea Room』のオーガニッ

ク・チョコレート!

13gift_01

嬉しい!

ノンカフェインのお茶は常時いくつか用意していて毎日何かしら飲んでいるし、なんた

ってチョコホリックの私にとってチョコレートは何よりの贈りもの。

さすが私の仕事仲間。わかってらっしゃる。

これで仕事もはかどるってもんです。

感謝。

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2013年4月14日 (日)

今年の味噌づくり

13miso

いつもの年なら2月、遅くとも3月中にはやっている味噌の寒仕込み。

今年は生まれてこのかた初めてインフルエンザにかかってなかなか体力がもとに戻ら

ず疲れやすかったり、やっと元気になったと思ったら花粉の季節がやってきてくしゃみ

が止まらず、味噌づくりどころではなかった。おまけにやっと味噌の材料を発注して代

金を振り込んだもののいっこうに連絡が来ないので、いささか待ってしまってからつい

におかしいと思って今年初めて注文した京都のお味噌屋さんに電話したら、なんとも

おっとりと振込確認するのを忘れてたというではないか。

そこから麹を発注してもらって、さらに待つこと2週間あまり。それが届いたのが今週

で、4月になってしまったいまとなってはもう寒仕込みではないけれど、それでもめげ

ずに今年も味噌づくりを敢行しました。

上の写真は京都伏見にある米屋宗兵衛さんから届いたオリジナル味噌作りセット。

これは『シルクロード』と名づけられた米味噌手作りセットで、大豆は石川県産の有機

栽培のあやこがねに内モンゴルの塩湖でとれた岩塩を精製したミネラル豊富な天然

塩、それに奈良の都で古い歴史を誇るお味噌屋さんの作った麹の組み合わせだそう

です。大豆1キロに対する麹の配合率は贅沢な倍麹。

というわけで、ヒマラヤ岩塩以外の塩を使うのも今回が初めて。

最後に蓋にする酒粕は急きょそら屋さんから調達しました。

それで、去年まではゆで上がった大豆をつぶすのにフードプロセッサーと擂り鉢をダ

ブルで使っていたのだけれど、鉢米屋宗兵衛さんのホームページを見ても自然食品

屋のそら屋さんに聞いても、フードプロセッサーを使うのは良くない、とおっしゃる。

とくに原材料にこだわった味噌作りにフードプロセッサーは×というので、今年はこの

2つでいくことにしました。

13miso_01

擂り鉢・擦りこぎに、ポテトマッシャー。

でもね、これが想像以上にキツかった (>_<)

私の記憶では初めて味噌づくりをした年の大豆が1番やわらかかったと思うけど、今

年の豆は水に漬ける時間が足りなかったのか煮る時間が足りなかったのかわからな

いけど、時間をかけて煮た割には思いのほか硬くて、手動でつぶすにはかなりの力が

いった。大豆をぜんぶつぶし終わるころにはもうへとへと ・・・・・・

私のフードプロセッサーがいかに非力ですぐにヒートアップしてしまうとはいってもやっ

ぱりフードプロセッサーはラクだったなあ、と思うことしきり。それで去年までは、来年

から味噌の仕込みは年2回にしよう、などと思っていた私もすっかりしおしおのぱーと

なったのでした。

それでも今年もはたらき者の心強い助っ人(娘)のおかげでなんとか大豆もつぶし終

わり、次は大豆をゆでる間に混ぜておいた塩と麹を、つぶした大豆に混ぜ込んで味

噌だんごを作る。

今年の麹、2キロ。

13miso_02

今年いただいた麹はなんというか、すごく繊細で美しい麹でした。

思わず一粒かじってみるけど、もちろんこのままじゃおいしくない。

そして倍麹ともなると、この麹を大豆に練り混ぜるのもほんとに大変。

このところグリーンパンで腱鞘炎になりそうだったのが、ますます手がおかしくなりそう

でした。味噌だんごを作りながら「なんだか子どものときの泥遊びみたいだね」と娘。

はいはい、実にドメスティックな作業です。楽しくやりましょう。

そして、できあがった今年の味噌だんご。

13miso_03

今年の味噌だんごは硬めです。

単純に結果としてそうなっちゃったんだけど、麹の割合が多いほど産膜酵母ができや

すくなるので、できるだけ種水を控えてベトベトにならないよう固めに仕込むのがコツ、

とホームページにあったから結果オーライです。

あとは約10ヶ月後の仕上がりを見るのみ。

味噌だんごをあらかじめ洗ってアルコール消毒しておいた保存容器にボールを壁に

打ちつけるように勢いよく放りこみ、そのつどゲンコで平らにならしてぜんぶ入れます。

13miso_04

味噌だんごをぜんぶ入れ終わったらならして表面に分量外の塩をさらっと撒き、今年

も酒粕でぴちっと蓋をしました。

これをするだけで天地返しがいらないのだから楽なもんです。

いままでこのやりかたでカビが出たり失敗したことは一度もありません。

注意することは、できあがったら酒粕はきれいに剥がすこと。

間違っても味噌に混ぜ込んではいけません。

容器のなかをきれいに拭いたらスプレー容器に入れたアルコールをかけて消毒して、

酒粕の上からぴちっとラップをして重しの皿を1枚、その上に100円で買った1キロの

塩袋を載せたら完了です。

蓋をして紙で巻いた上から紐でくくったらできあがり。

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ふぅー!!  今年もやっと終わりました!

疲れた! もうとうぶんやりたくない! ・・・・・・ というのが正直なところ本音です。

でも、いまが4月だから開けてみるのは来年の2月。

そしてまた2月か3月中にやればいいってことですよね。

いままでそれほど苦労を感じたことはなかったのだけれど、今回作業をスムースにす

るポイントはただひとつだと思いました。それは、いかに大豆をやわらかく煮上げるか

ということ。それだけで作業はもっとずっと楽に時間もショートカットされるのだろうと思

います。

味噌の入った保存容器をしまうとき、今回も格別おいしいお味噌になるように蓋の上

に私の大事な五芒星をのせました。

13miso_06

はてさて、どんなお味噌になりますことやら。

10ヶ月後が楽しみです(^-^)

そして大豆が煮えるのを待つあいだにコーヒー・ブレイクしたときのおやつは、

アトリエ・コナフェさん のスプーン・クッキー。

13atelier_conafe

初めて食べたのはkiyokaさんのアロマセラピー・ワークショップだったと思うけど、こ

れがすごくおいしいの。コナフェさんほど素材と食感のおいしさを自在に操れる人って

いないんじゃないかなあと思うくらいです。うちの息子なんか「この人の作るお菓子は

しあわせの味だね」っていってます。

そして味噌づくりも何度めかになるとだいぶ余裕ができてきて、今回せっせと味噌を作

りながら聴いていたのはこの2枚。

スティーヴィー・ワンダーのSong in the Key of Life と、アンロニオ・カルロス・ジョ

ビンのBRASILEIRO

つまり、Famliy Loveにあふれたソウルフード(味噌)になることでしょう。

きっと!

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2013年4月13日 (土)

ハルジオン

13haljion

久しぶりに気持ちよく晴れた土曜日の午後。

プールで泳いだ帰りに自転車で走っていて、ふと目に入った道端のハルジオン。

私の悩みはそうそう簡単になくなりはしないけど、でも「だいじょうぶ」ってあの子が

いってくれた気がして。



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2013年4月11日 (木)

バラのつぼみ

13tsubomi

日ごとに続々とバラのつぼみが上がってくるこの季節は、バラと暮らす1年のなかでも

もっとも楽しい時期かもしれない。

上はフレンチローズのシャンタル・メリューで、下の大きなつぼみはルイ14世。

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まだつぼみは小さいけれどヘリテージと、

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フェアビアンカ。 

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つぼみも色づいてきて、今年もやっぱり1番に咲きそうなのはデュセス・ドゥ・ブラバン。

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そしてこの春もっとも嬉しかったのは、何年か前に挿し木して育てていたコンスタンス

スプライに初めてつぼみがついたこと。

まだまだか細い苗木についたつぼみは、小さいのがふたつだけ。

ひどい強風の日があったり、気温の寒暖差のせいでウドンコ病が出てきたり、つぼみ

がついたと思うときまってやってきて、まるでピンチしたみたいにつぼみだけ食べてし

まう虫もいたりするから気が抜けないけど、なんとか無事にちゃんと咲いてくれるとい

いなあ。

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わさわさのバラの葉っぱの間からこぼれるように咲いているのは、光のこどもみたいな

カレンデュラ。

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新月の花

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4月の新月の花は、久しぶりに会えたリューカデンドロンとピンクのスカビオーサと

ライラック。

昨日は不思議と不思議がシンクロして、会いたかった友達にやっと会えた。

外は肌寒かったけど大きな紙コップに入った珈琲が温かく。

花屋はまた5月の母の日に向けて忙しい時間を生きてゆく。

彼女の作ったお花かごを贈られたお母さんはなんてしあわせなことでしょう。

夕方パタパタと雨が降りだすまえのささやかなひととき。

新しい流れが軽やかに彼女をもっと光あふれる場所へと運んでくれることを祈って。

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2013年4月 8日 (月)

すべて緑になるまで

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激しい雨と風のあと、桜が散って緑の分量は増えたけれど

木立ちにはまだわずかにピンクの差し色が残っていて

私はやっぱり立ち止まって見ずにはいられない。

この季節の色のせめぎあい。

花のある景色。

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すべて緑になるまでにはあともう少し。

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2013年4月 7日 (日)

グリーン・パンとナスミート・ペンネ

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今日は娘のアルバイトの日で、初出勤にして朝の8時半入りだったから早起きした。

なんたっていつもはその時間にまだのんびり寝ている人だから、遅刻したらどうしよう

と思ったら親の私のほうが早々に目が覚めてしまった。

嵐はといえば、けっきょく夜半に雨は激しくなったけれど、風はいつもにくらべてもたい

したことなかった。でも、そう思ったのも束の間、玄関で娘を送り出して、さてこれから

ベランダの掃除をして鉢をもとに戻そう、と思った途端に風が激しく吹きはじめた。

どうやら豪雨と暴風はタイミングがズレてやってきたらしい。

そこからはもう風、風、風だ。

せっかく早起きして時間はたっぷりあるというのに、部屋のなかで気違いじみた風の

音を聞いているとまったく落ち着かない。ほとんどのバラはなるたけ風のあたらないと

ころにかためて避難させたからいいものの、大きな鉢に入って背の高いスタンダード・

ローズ(一季咲きのコンスタンス・スプライ)だけは動かすこともできないから、思うさま

風に煽られる。それが目に入るとますます落ち着かない。たまりかねて途中でビニー

ル袋をかぶせてみたけれど、風で袋が風船のようにふくらんでるときにはよくても萎ん

で引っぱられるときには最悪だ。けっきょく見る間に新芽のついた若い枝が折れてしま

った。憎き強風め!

なんのことはない、風と格闘してたらもう昼過ぎで娘が帰ってきた。

今日はめずらしく早起きだったし、久しぶりのアルバイトでたった3時間とはいえ初日

はきっと緊張してすごく疲れただろうと思っていたのに、そういったら「そんなに疲れて

ない」といわれた。お昼はkikiさんが来た金曜の夜にへとへとになりながら作ったボロ

ネーゼソースにナスとペンネを入れて。

このボロネーゼ、自分でブログに載せたレシピをプリントして作ったのだけれど(自分

で書いておきながらなんですけど)、作りながらこのレシピ、間違ってるんじゃないの

と思うくらい大鍋に大量にできてしまった。

なので最初はふつうにボロネーゼ・パスタで食べて、2回めはナスミート・ペンネで、

3回めはラザニアにして食べる。娘いわく、この大量のボロネーゼソースで嵐の数日

を(買いものなしで)乗り切れるのじゃないかと。

まあ、それはなかったけれど、家でたっぷりおいしいラザニアを食べられるって、我が

家の家族的にはかなりとてもしあわせなことだったりするのです。

今回、レシピになかったオレガノを入れたらグッと味が引き締まりました。

そして、これを作ったのが金曜に届いたグリーン・パン。

13green_pan

いままで使ってた安いフッ素加工のフライパンがついに駄目になったので新しいのを

買おうと思っていたところに、このグリーン・パンが40%オフというメールマガジンが

きて、大小セット蓋付きで安くなっていたし、人体に悪いものが一切入っていない安心

して長く使えるヘルシーでエコなフライパンだというから思いきって買ったのだけれど

いかんせんこれは重い!

思わず失敗したかと思ってしまいました。

見た目はいままでのフライパンのなかでも1番スタイリッシュで、かっこよくて好みなん

ですけどね。

空で持っても重いから、中身が入るともうこれは私にとってはほとんどトレーニングの

ようなもの。でも世間にはわざわざお金を払って重いダンベルを持ち上げに行ってる

人もいることだし、ここはひとつ、日々これトレーニングと思って末永く大事に使うこと

にいたしましょう。いつか非力な私の腕に立派な筋肉がつくことを願いつつ ・・・

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2013年4月 6日 (土)

嵐の前の

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3週間ぶりのプール。

昨日の夜、いつものようにNHKの天気予報を見ていたら「不要不急の外出は避けた

ほうがいいでしょう」といっていたから、いったい今日はどんなことになるのかと思って

いたのに、起きたらまだそれほどでもない。今日プールに行かないとほぼひと月近く

泳がないことになるからそれだけは避けたくて、濡れてもいい格好で、どうなってもい

い傘を持って歩いてプールに行く。3週間ぶりじゃどうせまともに泳げるわけはないか

ら、ただ水に浮きに行くつもりで。

家を出たときはまだ雨は降ってなかったけれど空はどこまでも不穏な気配で風が強く

雲の動きがすごく速い。クラブのエントランスの前まで行ったところでKさんのさんの

チョコレート色のミニクーパーが入ってきたから、フロンドガラス越しに彼女に手を振

った。嵐の予報のせいか、さすがに今日はいつもより来ている人は少なかったけれど

今日は行ってよかった。今月はずっとOコーチらしい。けっきょく冬のあいだに冷え症

の彼女に毛糸の腹巻きを編んであげることはできなかった。子どもみたいに小さい

頭と顔をした、小柄だけど小動物のように俊敏なコーチ。彼女は若いけど教え方がと

ってもうまい。彼女を見てると、年齢や経験じゃないとしたらいったいコーチの資質っ

てどこからくるんだろう? と思う。

最初に4泳法を順番に泳がされた。

泳ぎ終わったら、このクラスに入るのは3ヶ月ぶりだけど、そのあいだに背泳がもの

すごく上手くなりましたね、といわれた。4泳法のなかで飛びぬけている、というので

唯一ラクに泳げるのがバックなんです、といった。なぜかというといつでも呼吸できる

から。ブレスに気を使わなくていいからだ。それ以外の泳ぎでは呼吸に制限をつけて

しまうのですぐに酸素不足になって身体に乳酸が溜まって硬くなり、疲れてしまう。

それは水中に限ったことだけではなく地上でもそうで、何かに極端に集中しているとき

など気づくと息を詰めてしまっている。この呼吸の問題をなんとかしない限り、水泳も

うまくならないし身体のこりも治らない。

それから今日は下のクラス以来、久しぶりに両側呼吸の練習をさせられたけど、慢性

的に首の痛みを抱える私にはキツかった。うまく泳げるようになるためにはまずこの首

をなんとかしなきゃ。

それでもやっぱりプールはいい。

今月はOコーチだからなんとか休まずに4回来たいと思った。

今日はジャクジーもそこそこに急いでクラブを出たけど、まだ雨はパラパラくらい。

これなら自転車でも来れたかもしれない。

帰りに病院の前を通ったら満開の桜が風で煽られていて、最後の姿だと思って見た。

13sakura_08

今日は父の82歳の誕生日で、本当なら明日、私の家で誕生日を祝ってあげることに

なっていた。この嵐で3週間も先に延びてしまったので夕方父に電話すると、父はいた

って機嫌の良い声で出てきて、例によって自分がこんなに長く生きるとは思っていな

かった、といった。人生はいつだって想定外のことだらけだ。それでまたいつものよう

に「もうこんな年だから誕生日なんかしてくれなくていい、あんまりお金を遣わないで」

と貧乏くさいことをいうので、1年にたった1回のことなんだからお祝いしようよ、みんな

でおいしいお寿司でも食べてさ、といった。

それで私はこのあいだから、ポストに入ってた宅配寿司の『銀の皿』と『大黒屋』の2

枚のチラシをしげしげと見くらべているというわけなのだ。

きわめて小市民的な嵐の前の静かな夜。

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2013年4月 5日 (金)

珈琲にあらず

13genmai_coffee

いつも愛用の備前の珈琲カップに入って、珈琲みたいな色をして湯気を立てているの

は珈琲にあらず。玄米珈琲です。

無類の珈琲好きで、どこにいても気づけばいつだって珈琲が飲みたい私なれど、1日

に飲む珈琲の量は1日2杯、最高3杯までと決めていて、それ以外はハトムギ茶とか

黒豆茶、鉈豆茶、ハーブティーなどのカフェインレスの飲みものにしている。

その理由はカフェインを摂りすぎると喉も肌も乾燥してしまうことと、私の場合、砂糖を

入れるので砂糖のとり過ぎをおそれて、です。それと、とくにいまのような季節の変わ

り目は自律神経の関係で寝つきが悪くなったりするので熟睡するためには午後9時半

以降は珈琲は飲まない。

すべての物事には一長一短あるから珈琲の薬理効果というのも諸説いろいろあるよう

だけれど(最近だと珈琲を1日に2杯以上飲む人はシミが少ない、とか)私は健康のた

めに珈琲を飲んでいるわけではないからいちおう知識としてだけ頭には入れるけどあ

まり気にしない。多少からだによくないことがあるとしてもニコチンやアルコールの比

ではないし。

で、珈琲好きだからつい珈琲と名のつくものには目がいってしまうけど、玄米珈琲もタ

ンポポコーヒーも(あたりまえのことながら)ぜんぜん珈琲じゃないですね。

この玄米珈琲も原料はその名の通り有機玄米と黒大豆で、ふつうのお茶よりちょっと

色が濃くて芳ばしく煎ってある麦茶、といった感じの味。とくにどうということもないけれ

ど、癖がなくて飲みやすいです。

13genmai_coffee_01

珈琲好きといえば今日の夕方、家具職人のkikiさんがカッコイイ車に乗ってやって来

た。コトリさんに行った帰りに修理をお願いしているうちのテーブルを見に来てくれたの

だけど、玄関まで来てしまってから車に彼女を残してきたというので「連れてきなよ!

置いてくるなんてかわいそういじゃない!」といったら電話で呼んでたkiki さん。この2

人が玄関に入るなり「いい匂い!」といったその反応がまったく同じで可笑しかった。

実はkikiさんがいっこうに来ないので、待ちくたびれた私は珈琲をいれてさっさと家族

でケーキを食べてしまっていたのでした。

そして2人が席に着いてから大体いつも自分が飲んでる通りの濃さの珈琲をいれて出

したら2人とも「おいしい!」といってくれて、この2人もそうとう珈琲好きと見た。

それでいつも1日に5杯は飲む、というので、1日最高飲んでも3杯までにしたほうが

いいよ、といったのでした。じゃないと身体から水分が失われて喉といい肌といい全身

がドライになる。食事しながら、あるいは食後すぐに珈琲を飲むと食べものから摂った

鉄分が吸着されしまってて鉄分不足になる(貧血になる)。夜遅くなってからのカフェイ

ン摂取は熟睡の妨げになる。

それと私は、食後に珈琲を飲むと(代謝が上がり過ぎるせいか)あっという間にお腹が

すくと思っていたのだけれど、kiki さんもまったく同じだというのでやっぱりそうなんだ

と思った次第。いくら食べても太らない私に医者の友人は「あなたは代謝が良すぎる

んですよ」というけれど、その原因のひとつはこのあたりにもあるのかも。

だから太っている人が珈琲を飲むのはいいかもね、と思うけれど、とはいえ朝は朝食

抜きで珈琲だけ、なんていうのはぜんぜん駄目だし、珈琲を飲むたびにスイーツを食

べてたら返って太るもとだろうし、珈琲といってもインスタントや缶コーヒーじゃ話になら

ない。あくまで身体によいのはできるだけ有機栽培の、酸化してない新鮮な良い珈琲

豆に限っての話だと思う。

そして我が家の珈琲が格別おいしいのは土居珈琲さんの豆を使っているから、という

のが8割~9割で、残りは備前のカップで飲むから、じゃないかと思う。

ともあれ、ふと気づくといつも「珈琲のみたい」と思ってる私です。

今日は珈琲を飲みながらun jourさんのキャンドルはさんで、まだそれほど何度も会っ

たわけじゃないkikiさんたちと旧知の友達みたいに楽しくお喋りした日。

kikiさんが帰ったあと、息子が「久々にお母さんの昔の友達みたいな(雰囲気の)人だ

と思った」といった。ふぅ~ん、なるほど。たしかに。

オープンで人懐こい感じはそうかもしれないな。

kiki さんを送ったあと私は明日来るという春の嵐に備えてベランダのバラができるだ

け風でやられないように東側に避難させた。昼間は息子が物干し竿が風で飛ばない

ように紐でくくりつけてくれた。それから夜、やっと娘のアルバイトが決まった。

今日は新しいフライパンも届いたことだし長年使って古傷だらけのテーブルもメンテ

ナンスしてもらえることになったし、文字通り晴れ晴れと気持ちのよかった清明の日

の今日は何かのスタートの日であるには違いないのかもしれない。

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2013年4月 4日 (木)

わさわさ

13wasawasa

慣れたこととはいえ私の剪定は大胆で早いから、毎年冬剪定の後はちょっと切りすぎ

たんじゃないかと心配になる。とくに植え替えのとき鉢から引っこ抜いた根がぜんぜん

生育していないような木は、ひょっとしたら次の年に枯れてしまう可能性もあるからだ。

でも剪定のセオリーからいくと樹勢のいい木は弱めに、樹勢の悪い木ほど強剪定にす

るというのがきまりだから自分のやりかたで間違いはないのだけれど。いずれにして

も毎年、賭けであることには違いない。

バラも人間と同じでアクティブでなんでも早いタイプとスロー・スターターといて、スロー

なバラはほかの木がどんどん芽を出してもいっこうに枯れ木のようなままだったりする

から、ますます心配になる。そして近所の桜がついこの間までまったく花の気配すら

感じられなかったのが急に枝の先がほんのり色づいて見えるようなとき、つくづくバラ

も桜も同じバラ科なんだな、と思う。どちらも冬のあいだは枯れた老木のようだったの

が、日照率が上がって暖かくなりはじめたとたんに芽吹きはじめ、そこからは早い。

私のベランダもいつのまにか、わさわさだ。

心配していた剪定の結果も、根の生育が悪くて鉢をサイズダウンしたイヴリン一鉢を

抜かせば例年以上によく、樹形もなかなかにいい。今年はもうすでにいくつかのバラ

につぼみが上がりはじめて、今年は何もかもスピーディーだ。

ひとつ懸念しているのは、出てきたばかりのきれいな新芽とつぼみが去年のような強

風でやられてしまわないかということ。去年はとてもひどかったから。あれで5月に開

花予定の春バラの半分以上がだめになってしまったから。ここ数年(というか、はっき

りいって3.11以降)アブラムシの害がほとんどまったくといっていいほどなくなったか

わりに、年々ひどくなっているのが風の脅威。

イングリッシュローズやフレンチローズなどの四季咲きバラはもちろんのこと、年に一

度しか咲かない一季咲きのオールドローズなどにいたっては、なんとか強風にやられ

ずに無事に咲いてほしいものだと思う。

私のベランダがジャングルになるのも、いずれ時間の問題。

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2013年4月 3日 (水)

4月の花束

13april_2

一晩じゅう続いた激しい雨と風。

今日も暗い雨の朝だけど、食卓に花があるからだいじょうぶ。

花びらのふちがほんのりピンクに染まったラナンキュラスとフェチダスとビバーナム。

ここしばらく寒い日が続いたせいでラナンキュラスもまだ健在だそうだ。

昨日かわいいクッキーの空き缶をもらって子供みたいに嬉しいわたし。

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2013年4月 2日 (火)

retour du bonheur*

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コトリ花店の今月最初のイベント『 retour du bonheur ~スズランの日のために~ 』

が今日からはじまりました。

昨日の天気予報では今日は80%の降水確率だったから、今日はなんとか天気予報

がハズれて晴れるといいなと思っていたのだけれど、イベント初日の今日は冷たい雨

の降る寒い日になってしまいました。私は花がほしくて雨のなか出かけたのだけれど

コトリさんのいいところはお天気に左右されないこと。元気に今日も花を束ねてました

よ。雨で光が足りなくてうまく撮れなかったけれど、今日の店内の様子を少しだけ。

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『幸福の再来』という花言葉を持つスズランに思いをよせてのこのイベント。

今日からはじまって9日火曜日までです。

あなたのSweet Home に、そして大切な誰かのもとへ、春のしあわせな鈴の音を届け

てください。

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4月の雨のなかで

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3月の終わりの日に観た映画によれば、

 氷の季節と花の季節の間に三月がある。三月は、あらしの季節 ・・・・・・

とあったけれど、4月になっても冬と春はまだシーソーしてるみたいだ。

冷たい雨のなかで遠目に、以前、友達が住んでいたマンションの前の桜がひときわ

ピンクに見えて、あれ、Mちゃんの部屋の前の桜ってソメイヨシノのはずなのに・・・

と思って近づいたら、ソメイヨシノの手前の別の桜が、今年は枝ぶりを大きく伸ばして

咲いていたのだった。花手毬のようにかたまって咲くこの桜は、なんていう桜だろう。

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気温こそ低くても外はもう冬の景色とは違う。

冬ざれだった樹木の枝の先には新芽が芽吹いて、その淡い緑の木立のあいだにピン

クの差し色が入る風景は、こんな暗い雨の日でも鮮やかで美しい。

もし私が水彩画を描けたらこの風景を描くだろう。

ピンクと緑はとても好きな組み合わせ。

ふたつの絵具を好きなだけ使える。

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