« 十月桜 | トップページ | 4月の雨のなかで »

2013年3月31日 (日)

花散らしの雨

13sakura_03

桜が咲くと雨が降る。

花冷え、という言葉があるけれど、ここ数日は花冷えというには寒すぎる真冬日が続

いている。そして昨日、なんということなく『百草の庭』を検索して庭だよりを見た私は

思わず言葉に詰まってしまった。そこには『お別れ』というタイトルで、『悲しいおしらせ

があります』ではじまる、木彫り作家のあらいみえこさんの訃報を知らせる文章が載っ

ていたからだった。あらいみえこさんは、一目見るなり心惹かれた『さくらの花雛』の作

者で、私がそれを『百草の庭』に2つオーダーしたとき、すでに病を患って作家活動を

休止されておられた。かろうじて最後に残ったひとつだけを手に入れることができたの

だけれど、いまにして思えばそれも奇跡的なことだったように思う。

届いた『さくらの花雛』は鶸萌黄を渋くしたような小箱に入って、細い麻の紐が十字に

かけられていた。箱の横に作家本人のものと思われる鉛筆書きの字で『桜(小)』とい

うシールが貼ってあったから、もしかしたらこれより大きなものもあったのかもしれない

が、箱から出してみたお雛様はちょうど手のひらにのる大きさで、私にはちょうどよく、

箱もお雛様もなんとも端正な佇まいをしていて、その小ささが愛おしかった。

以来、あらいみえこさんという名前は私の胸に刻まれ、とくべつな人だったから、その

突然のお知らせを目にしたショックは大きかった。

13sakura_04

百草の庭の庭だよりによれば、亡くなられたのは2月のようだ。

その文章にもあるように、生前、亡くなった後に投函するようにとご家族に託された最

後のお手紙が届き、そこには「少し短かったかもしれませんが、とても幸せな人生でし

た」とあり、 「これからの私は、もしもあの歌のように風になれるならば、老後の楽しみ

にとっておいた小笠原諸島、屋久島、それからバオバブの木に逢いにアフリカまでも

行ってみたいなぁと考えています。 それではまた、いつの日にか。」とあったそうだ。

つらい闘病生活をされていたというのに、なんて静かで穏やかな文面なのだろうか。

こんないいかたをしたら語弊があるかもしれないけれど、私には理想的な終わりかた

だと思える。そして亡くなられたいまさらになってあらためて、その制作風景とお人柄

など知りたかったな、と思った。「あわただしく毎日が過ぎてゆく日々の暮らしの中で、

かたくなってしまいがちな心が、ひと時でもホッとやわらかくなる、そんなモノたちを作

りつづけたい」と生前、語られていたというあらいさん。あらいさんはいったいどうやっ

てどんな木の塊からあの小さな、清らかで端正な人形を彫りだしていたのだろうか。

一面識もない、何も知らないあらいみえこさんの制作風景を思うとき、整然と整えられ

た静謐な空間で黙々と、そしてときどきクスッと笑ったりしながら木を彫っている姿が

頭に浮かび、それもまた私には理想的な光景だ。彼女のこころは、分身である人形

たちとともにいまもたくさんの人のもとにあるのだから。そして『さくらの花雛』の作者

には、「願わくば 花の下にて 春死なん その望月の如月の頃」と歌った西行の歌

のとおりの死がぴったりではないか。

この三次元空間では重い物体のように見える人のからだも、ほんとうは光の粒子で

できた流体だから、いっさいの捕らわれから解放されて流体となったいまでは、小笠

原諸島だって屋久島だって、それにアフリカまでだって自在に行けるだろう。

昨日、お知らせを見たあとなんだかじっとしてられなくなって、天袋にしまった『さくらの

花雛』を出してポケットに入れて雨のなか外に出た。

せめていま散ろうとしている桜の花の下にこのお雛様を置いてやりたかったのだ。

13mieko_arai

素晴らしい作家さんの見事な終幕に、合掌。

遅ればせながら、あらいみえこさんのご冥福をこころからお祈りいたします。

そして、それを優しい言葉で伝えてくださった百草の庭の下田裕美さんにもお礼を申し

あげます。さくらの花雛、これからもずっと大事にしますね。ありがとうございました。


|

« 十月桜 | トップページ | 4月の雨のなかで »

season colors」カテゴリの記事

コメント

儚げなこのお雛さま、
「弥生三月桜月」でアップされたとき心底魅かれました。
優しくいまにも消え入りそうで、そして二人よりそう姿が美しい・・
作家の亡くなった事に衝撃をうけたsoukichiさん、
お気持ち伝わってきました。

投稿: ヤナギラン | 2013年4月 1日 (月) 23:16

ヤナギランさま、こんにちは!
4月だというのに毎日寒いですね。

いつもコメントありがとうございます。
ヤナギランさんも心底魅かれましたか。
でも、もう手に入らないの。残念ですね。
百草の庭さんのホームページを見ると、花の上で手を合わせている人形もあるんですけれど、できればあれもほしかった。
母の遺影の前に飾りたかったなあ、と思います。
花の命は儚いけれど、人も儚い。
1日1日を大事に生きなきゃですね。

投稿: soukichi | 2013年4月 3日 (水) 12:15

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 十月桜 | トップページ | 4月の雨のなかで »