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2013年1月27日 (日)

ご褒美は人からもらいたい。

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いくら気の合う仲のいい友達だからといって、全てが合うわけじゃない。

むしろ全てにおいて合うなんてことがあったら返って気持ち悪いくらいだと思うけど、

前にも書いたとおり私は『自分にご褒美』という言葉が嫌いで、友人の会社のホーム

ページを開くたびに目に飛び込んでくるその言葉だけが唯一、苦手だったりする。

いつかその友人の息子クンがまだ小さかったころに、うちの息子のおさがりの服をダ

ンボールに入れて送ったら、そのあと電話で話した彼女の母から「そうきちさんの送っ

てくれた子ども服を見たらどれもおさがりとは思えないほどきれいで、丁寧にたたまれ

ていて、あなたが服をとても大事に扱う人だとわかった」 といわれてびっくりしたことが

あった。子どものころから母に神経質なまでに厳しく育てられた私にとってはそんなの

当たり前のことだったし、そんな誰も気づいてくれないような地味で目立たない些細な

ことを私の美点として褒めてくれる人がいたと思うと、まるで思いもよらないご褒美をも

らったみたいに嬉しかった。

私にとってご褒美ってそういうものだ。

物じゃないし、自分で自分にあげるものでもない。

だから息子の成人式の日に、身内から葉書一通、電話の一本でもきてねぎらいの言

葉のひとつでももらえたら、どんなに嬉しかったろうなと思う。泣いてしまったかもしれ

ない。それがあの日、私にとっての何より1番のご褒美だった。

でも、そういったら息子に「そんな風に思うのはお母さんだけで、世間の人は違う」とい

われてしまった。うん、そう思う。

でもだからこそ、毎日くるメールマガジンやDMにしてもその言葉があまりにも世の中

に蔓延しているからこそ私は辟易としているのであって、もはやその言葉は女の人が

自分に何か高いものを買うときや贅沢をするときの方便、というか常套句になってい

るような気がする。自分にご褒美自分にご褒美って、みんなそんなに頑張ってるんだ

ろうか、と思ってしまう。

自分にご褒美といって私が思い浮かぶのは、たとえばSANAAの人たちが何日も寝な

いで考えた建築デザインがコンペに勝ったときとか、女優さんが長丁場の舞台を無事

成功のうちにやり終えたときとか、アスリートが様々な楽しみを代償にしてストイックに

自分を制してメダルにたどりついたときとか、それくらいだと納得できるんですけどね。

でも私の友人くらい働いてたら、大きな仕事の後などたまにはそんなこと思うのかもし

れないし、それに社会でも家庭でもどんなに頑張っても誰にも認めてもらえない女は

やっぱりときどきそんな風に自分にご褒美をあげたくなるものなのかもなぁ~、とも思

ったりして。

人からは滅多にもらえないご褒美だからこそ価値があると思うんですけどね。

というわけで、写真のおリボンのかかった包みは自分へのご褒美ではありません。

念のため。

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