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2012年10月 7日 (日)

秋のコトリ花店で

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もう今日は晴れないかと思っていたのに、午後になったらすっかり青空になった。

爽やかな秋晴れ。

それで、自転車のタイヤに空気を入れて、コトリさんまでひとっ走り。

カプチーノを飲みながら話す休日の午後。

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でも秋の日は釣瓶落とし。

私の自転車のライトは壊れたままだから、いつも明るいうちに帰ろうと思うのに、この

頃はいつだってあっという間に暮れてしまう。

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今日はベビーロマンチカとゼラニウムと、素敵な名前の白いガーベラとバラの実で

小さなブーケを作ってもらった。

ゼラニウムのいい香り。

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それから家に帰ってコトリさんおすすめの映画『パーマネント野ばら』を観た。

後半の美しく切ない海辺のシーンが胸に残る作品で、でも原作の良さというよりも監

督の感性や映像美、俳優のうまさにかなり依った作品だと思った。

観終わったあと、私はどこまでも健康な自分のエネルギーを感じ、一見ふつうに見え

て、実は深いところで病んでいる人の病理について考えた。

ラブ・ジャンキーも病気、さびしい病も病気、心配性も度を越せば病気だ。

それは同じ思考パターンの繰り返し、思考のある種の癖が根底にあるようにも思うの

だけれど。

私は母だから、何がどうあっても健康なエネルギーでもって子供たちを引っぱっていか

ねばならないといままでずっと思ってきたけれど、経済力はともかく、子供以外だって

引っぱっていく気はあるのだ、と自分が思っていることに気づいたり。

妙なところで熱血。

母じゃなくても毎日だれかにごはんを作っている人は、人の口に入るものを作ってい

る人は、健康な人であってほしいと思う。食べものってエネルギーそのものだから。

いつもツタヤディスカスで2枚選んで送ってもらうと面白いのは、いつも無意識で選ん

でいるのに、その2つの映画になんらかの共通性があること。

今回借りた2つの映画『in her shoes』と『パーマネント野ばら』のキーワードは、精神

を病んでいる母親。と、その母に育てられた娘。それから『失う』ということ。

人が本当に回復するとき、それは失ったものをはっきり失ったと認識することから始

まるとして、ふたたび失ったもの(あるいはそれ以上のもの)を取り戻すときにあるの

か、それとも失ったままで、強くはかないまったき自分を肯定できるときにあるのか、

どっちなんだろう。

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夏のあいだ、青空に白い雲もくもく、といった単純なしあわせに満ち満ちていた空は、

秋になって複雑に変幻するさまを見せるようになった。

ラストはコトリ花店のテラスデッキから見た今日の空。

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コメント

「パーマネント野ばら」、人間の切なさが心に沁みる映画ですよね。
2年ほど前に観ました。
観た映画のほとんどタイトルだけ並べたブログの記事で、
その年一番心に残ったと書いてました。
映画を観た後、原作も読みました。
西原理恵子の作品の中で、特に秀逸な作品だと思います。
ま、好みはいろいろだろうけど。

投稿: waiwai | 2012年10月11日 (木) 05:29

waiwaiさん、
うん。好みはいろいろですね(^-^)
『パーマネント野ばら』はこころに残るシーンのある映画ではあったけれど、イコール好きな映画ではなかった。
西原さんの書くものも私には駄目だろうなと思いました。
日本映画にはありがちだけど、かなりやりすぎなところが多くて、あんまりやりすぎだとドタバタというかマンガチックに落ちちゃって、見ていて白けてきちゃう。
ものすごい現実を描きながら現実から逸脱してマンガになっちゃうというか・・・・・・
主演の菅野美穂の魅力、存在感が際立った作品で、彼女が映っているとき以外のシーンはフィリピンパブのママが旦那をクルマで轢くシーンにしても、下品な下ネタばっかのパンチパーマのオバチャンたちにしても、私は駄目だったなあ。

投稿: soukichi | 2012年10月13日 (土) 23:50

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