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2012年9月 4日 (火)

がん再発

120904nishi_shinjyuku

昨日すこし暑さがやわらいだと思ったのも束の間、今日はまた朝から強烈に暑くなっ

た。見よ、この青空のコントラスト!

陽射しをさえぎるものもない舗道を父につきあってゆっくりゆっくり歩いていると、ほん

とに焦げてしまいそうなほど暑い。今日は予約時間15分前に病院に着いた。妥当な

時間である。2階に行くといつもより待っている人も少なく、ちょっと待っていたら電光

掲示板に父の受付番号が表示されたから今日は早いかなと思ったけれど、そうでも

なかった。けっきょく予約時間を過ぎてもまだ父の順番はこない。おまけに前の人が

日本人ではなかったらしくて通訳を連れてくるといって別の階にいったまま、彼女の

番になっても戻ってこなかった。やれやれ。

やっと父の番になって診察室に入ると、担当医は目の前の超音波画像を見ながら

「やっぱりあるんだよね、いくつか」といった。「とくにここのはちょっと顔つきがよくない

から、進行が早いかもしれない」という。そうですか~といいながら画像に目を凝らす

父と私。「ほかにも気になるところはいくつかあるんだけど、肝臓って画像だとわかり

にくいからいまのところはちょっとなんともいえないけど、ここの顔つきの悪いのは間

違いなくがんが再発した、ということで間違いないと思います」と医師は断言した。

「それで以前やったのと同じように塞栓術で治療をするのがいいと思うんだけど、どう

しますか?」と医師がいい、父が何もいわないので私が「それは急を要することです

か?」と聞き返すと、「早くやったほうがいいと思うけどね。でもいま(ベッドが)100人

待ちだから、ただ待ってると3、4ヶ月先ということになってしまうので、それじゃ困る」

という。いったいどっちが困るって話なんだ、と思いながら黙って聞いていると、「なの

で、できるだけ早く入院する日を決めてもらいたい。そうしたらなんとかするから」とい

うのだ。妹の話によると1月の入院のときは担当医から最低2週間は入院してくださ

いといわれたのに実際はベッドが10日しかとれず、病院側からは10日時点でどうし

ても体調が悪いようだったら別の病院を紹介するから転院してくれといわれたと聞い

ていたから「それは前回と同じくらいの入院期間ということになりますか?」と聞けば

「そうだね。ぜんぶで10日間。だから前回と同じように期間限定入院ということで10

日より前に良くなっても病院にいる、悪くても出る、という予約をしてもらえれば3ヶ月

待たなくてもとれると思うから」というので、内心ぶっ飛んでしまった。

キカンゲンテイニュウイン? 前回と同じ??? 

聞いてないよ、そんなこと。という感じである。まるでそれじゃホテルみたいじゃない

か。いや、ホテルより悪い。ホテルなら嫌になって帰りたくなったらキャンセル料払って

出ていける。なんだよ、これ ・・・・・・

父も私も黙っていると医師は「もっとも、血管にカテーテル通してやる塞栓術はけっこ

うキツイことなので、本人がもう80過ぎてるから嫌だといえばしかたがないけれども。

でも、いま治療しなかったら先にいって治療が大変になるだけだし、これだけ悪い顔

をしたがんを何もしないで放っておくっていうのもね」と医師は私たちの顔を見ながら

いった。私は1月のオペ以降、明らかに急速に衰えた感じのする父が再びそんなオペ

に耐えられるのかまた父がそれを受ける気があるのかもわからなかったし、いま死ぬ

ほどハードワークをしている妹のスケジュールのことも気がかりだったし、自分の数ヶ

月間の予定もまったく見通しがつかなくなってしまうことなどで頭がぐるぐるしつつも

「わかりました」といった。「ちょっと考えさせていただけませんか? 入院の期日を決

めようにも私は一緒に住んでいるわけではないので、一緒に住んでいる妹のスケジ

ュールもありますし、とてもハードワークをしている人なので。どうしたらいいでしょう、

できるだけ早く先生にお電話さしあげるということでいいですか?」というと、医師は

「では、こんどはその一緒に住んでいる方とここに来てください。そういうことは電話で

は話せないので」といった。それから次の予約をとるのにいつがいいか妹の都合を考

えていたら、「2週間くらいみときましょうか。よく考えて来てください」といって次の面

談は2週間後の火曜日になった。それで今日は終わりだった。所要時間10分。

診察室を出るといつものようにそそくさと父をうながして下に降りた。

こころのなかは検査結果を聞いて暗澹としたのと『期間限定入院』というのへの憤り

でいっぱいだった。それで、もう昼過ぎだったし食事でもしながらちょっと父と話そうと

会計を済ませてきた父にお昼を食べに行こうといったら、父は不機嫌そうに「お父さ

んはお腹すいてない!」という。でたよ、またいつものが。と思いつつ、「でも食べない

と後でお腹すくでしょ」といえば、「お父さんは1日に2食でいいんだ。でも、あなたが何

か食べるんだったらお父さんは珈琲でも飲んでるからいい」というので、じゃあもう帰り

ましょう、といって病院を出た。実にやれやれな気分だった。

また暑い炎天下に出ると、父は「やっぱり、少しづつ悪くなっていたんだな」といった。

私は静かに「そりゃそうでしょう」といった。「病気になるっていうことは、生活習慣か食

生活か、あるいはこころのありようのどれか、またはぜんぶに問題があったからなった

わけで、それを改善しないかぎりまた出てくるのはしかたないでしょう。あなたたちは

私がどんなに玄米がいいっていってもやらないし、人のいうことなんか聞かないガンコ

な人たちなんだからさ」というと、父はあれ以来、野菜中心の食生活に変えてきたんだ

といいはった。でも私は父が買ってきたお惣菜で夕飯をすませるのを何度も目撃して

いるのだ。スーパーで買ってきた天ぷらやコロッケなんて父の病気には最低最悪だ。

妹へは電車のなかからメールした。

すぐに「わかりました。どうもありがとう。困りましたね ・・・・・・ でも、しかたない」で始

まる返事が返ってきた。それがいまの妹の正直な心情なのだろう。妹が転職した会社

ときたら、労働基準局に通報してやりたいくらいの会社なのだ。いくら経理をやってい

るからって連日夜中の1時過ぎの帰宅はなかろう。

父には、妹にも相談してよく考えないとね、といったけれど、父は「人間、おっちぬとき

はおっちぬんだから、もう何もしなくていい。覚悟はできてる」とぶっきらぼうにいった。

もちろん、そんな父の覚悟なんて母の覚悟ほどにも堅固じゃないのはわかっていたけ

ど、いったいどうするのが1番いいのかなあ、と私は考えた。たぶん、この先もずっと

考え続ける。

父の物言いはぶっきらぼうなのだけれど、電車を降りるとホームで私の電車が通り過

ぎるまでこちらを見ていて、私が手を振ると手を振り返す。今日も電車が父を追い越す

まで3回も手を振った。

それにしても父、小さくなったなあ ・・・・・・

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