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2012年8月21日 (火)

父と過ごす夏の日

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父の三ヶ月検診の結果を聞きに行く日。

朝、駅の改札口で待ち合わせた。

予定通りの電車に乗って約束の時間より2分前に着けば、父は私より1本早い電車

だったのか、それとも同じ電車の1番前に乗っていたのか、すでに待っている。

この暑さでてっきりまいっているかと思っていたけれど顔を見れば顔色もよく、すっき

りとした顔をしている。だが、そう思ったのも束の間で、ひとたび炎天の下を歩きだせ

ば強い陽射しの下ではまるで枯れた老木のようだ。もともと小柄な人だけれどその身

体は年々小さく、力ない。足腰がすごく弱っているせいでいまにも蹴躓きそうなたどた

どしい歩き方で、いっかな前に進まない。内心、がんばれがんばれという思いで病院

まであと少しというところまで来たとき、「あっついね!」というと、顔をしかめて「暑い」

と答える。「でも私は2月生まれだけど夏好きだからぜんぜん平気なんだ。父だって

若いころは平気だったよね。毎年、夏は伊豆に海水浴に行ったじゃない」といってみ

るが、へたばっていて乗ってこない。そう、子供だったころの私の夏休みの楽しみは

海に海水浴に行くことだった。いつも父の運転するクルマで行った。母は海水浴なん

ておよそ好きじゃなかったけれど、上げ全据え膳でご飯を作らなくていいのと海の幸

目当てでいつもついてきた。私は変なとこやたら記憶がいいからいまでもいろいろな

ことを鮮明に憶えている。

病院には予約時間より30分前に着いたけれどけっきょく待ち時間はいつも通りだっ

た。そして今回も前回同様、経過良好ならきっと次は半年後の検診でよくなるに違い

ないと期待して行ったけれど残念ながらそうはならなかった。先週撮ったCT画像に再

発が疑われる直径1センチ大の腫瘍らしき影がみつかったという。ただ血液の腫瘍

マーカーは正常値なのでいまのところ断定はできず、今度はエコーをやってみましょ

うということで、また約2週間後に2日続けて病院に来なければならなくなった。

待ち時間1時間強にして、話していたのは10分程度。

診察室を出てから父には、まだ再発と決まったわけじゃないからいまからいろいろ考

えないほうがいいよ、画像に影くらい映るときもあるから、といって下に降りる。

清算をすませた父と病院の外へ歩きながら、「でもちーと面倒なことになったね。でも

まあ、しょうがねえな!」と明るくいってみるが父の表情は暗くも明るくもなく、相変わら

ず何を考えているのかわからない。また検査かと思うと炎天を歩かせて帰るのもかわ

いそうになって、いつもは食事をしてすぐに帰るところを病院を出てすぐの入口を降り

て地下鉄に乗った。上野の東京都美術館が新しくなって素敵なレストランもできたみ

たいだからそこでランチでもしようと思ったのだけれど、これが大いなる誤算だった。

西新宿から上野までは30分ちょっとしかかからないが、階段の上り下りがキツイ父と

一緒にエレベーターを使って外に出てみれば、いつもと景色がまったく違う。公園口、

といっても美術館とは真反対のアメ横のほうに出てしまった。それでまたもや延々と

炎天下を歩くことになった。

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でも同じ炎天でも違うのは、見えるのが高層ビル群ではなく眩しい夏の緑だというのと

この辺りは父にとって幼少期の思い出の場所であることで、街なかを歩くのと違って

父はここでは懐かしそうに昔を回想しながら歩いた。

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外は猛烈な暑さには違いなかったけれど、とても夏らしいといえる日で、私はこの暑さ

にもすっかり慣れてしまった。

上野の森の上空に浮かぶ雲。

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美術館近くの輝く樹木。

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そしてさらなる誤算はもうお盆休みも終わって平日は人が少ないだろうと思っていたら

フェルメール効果か、美術館も2階のレストランも物凄い人だったということだ。

レストランの前は長蛇の列でびっくり!

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いくらふだんは待たない私でも、ここまで来たからにはあとは待つしかない。

もうお腹もぺこぺこだし疲れたし。

でも、ここでも比較的気分よく待てたのは、大きな窓に広がる青空と輝く緑の美しさの

せいだったろうか。けっきょく、やっと順番がまわってきて席に着けたのはなんともう2

時半なのだった。

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量が少なくてあっさりしたもの、と父にいわれて食べやすさだけでオーダーしたオムラ

イス。

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腹ペコの私にはちょっと足りないくらいだったけど、デミグラスソースがおいしかった。

それから生前、母が大好きだったクリームソーダ。

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そんな懐かしさだけでオーダーしたクリームソーダは、なんともきれいな緑でレトロな

味で、昭和にタイムトリップしそうなほどにおいしかった。

(ついでに父がものすごく不器用でアイスがすくえないのが歯がゆくも切なかった。)

ぼんやり窓の外の夏空と緑と目の前の父とを眺めながら、父と過ごす今日のこの日

が、いつかは美しい夏の日の思い出になるんだろうと考えたりした。

ここで大量のクリームソーダですっかりお腹もいっぱいになり身体も冷えたことだし、

せっかくだから『真珠の耳飾りの少女』を見て帰ろうかということになった。

それでロビーの券売機の前に並ぼうとしたら、我々のことを見ていたんだろう老婦人

から、「65歳以上の方はいらっしゃいませんか? 前売りを買ったんですが今日来ら

れなくなってしまって1枚余っているんです」と声をかけられたので渡りに舟と譲っても

らって、父の分はちょっと安く買えたラッキー♪と喜んだのも束の間、美術館に降りて

ゆけばまたもや人・人・人なのだった。これじゃ絵を見るというより角砂糖に群がるア

リを見ているに等しい。おまけに!!!

肝心の『真珠の耳飾りの少女』ときたら、縦に細長い部屋のその奥の方に小さな額が

かかっていて、その前を延々蛇行して並ばせる始末。父は「驚いたね。絵を見るのに

こんなにうねうねと並ばされたのははじめてだ」とぼやくことしきり。そのたびに「うん

モナリザのとき以来だ」とか「うん、穴八幡でお札をもらって以来だ」と答える私。

そしてついに絵の前に行けると思ったら「はい、立ち止まらないで。後ろがつかえてま

すから。まっすぐ通り過ぎてください。まっすぐです。ほら後ろがつかえてます」とうるさ

くいい続ける。なんなの、これ。こんなの美術鑑賞じゃなーーーーーーーーーい!!

思わず高いチケット代返しなさい、といいたくなるところでした。

わずかな救いは、『真珠の耳飾りの少女』以外のフェルメールの絵(しかもかつては

サインを偽造され弟子によるものだといわれていた絵)が見られたことと、レンブラン

ト最晩年の自画像とルーベンスの『聖母被昇天』の下絵が見られたことくらいかな。

本当にこれはひどい、この日本の美術鑑賞のありかたはなんとかならないものかと

思って会場を後にしたのでした。もうへとへと。

あんまり疲れたのでつい出てすぐの椅子に腰かけてちょっと休もうと思ったら、父が

うとうとし始めたのでこんなとこで寝られたらマズイと外にでた。

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それにしても日本人のなんとフェルメール好きなことよ。

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国立西洋美術館には『真珠の首飾りの少女』も来ていて。

「こっちを見ればよかったわ」と私たちの後ろでため息まじりにつぶやいている女性が

いたけれど、こちらはそんなに混んでなかったのでしょうか。

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夕方になって昼間の暑さは少しやわらいだというものの、カレーの市民も暑そうです。

父はまたもや木陰のベンチに座って休んでいます。

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けっきょく一日がかりになった病院の日。

父とすごした2012年の暑い暑い夏の日。

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しかし今日もどこにいても人から話しかけられた。病院でも道端でも美術館でも。

私ってそんなに話しかけやすい顔をしてるのでしょうかと思うけれど、こわい顔はして

ないってことだから、まぁ、いいか。

上は美術館の出口に置いてあった朝日新聞の号外。

『真珠の耳飾りの少女』が来るというだけで新聞の号外が出るとは。

フェルメールが知ったらさぞ驚くことでしょう。

麗しのガール ・・・・・・

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