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2012年8月28日 (火)

ガーリー

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夕方おそく歯医者に行った帰りに何気なく寄った本屋で久しぶりに装苑を買ったら、

ふいに昔のことを思い出してしまった。

たぶんあれは秋の終わりころの夕暮れ間近の時間。

3歳の息子が通っているアートスクールで知り合った親子と近所の公園で遊んでいて

それぞれの子供がブランコに乗っているのを眺めているときだった。L君のお母さんが

私を見て、「もうすぐ2人めを産む妊婦とは思えないくらいきれいね」といった。

私はもうずいぶん大きなお腹をしていたし、やんちゃ盛りの息子を連れて、散々着古

したY's for living のラップコートにデニムにスニーカーという、自分ではかなりどうでも

いい格好をしていたから、とつぜん彼女の口から出た思いがけない言葉に面食らっ

ていたら、彼女は「きっとこんどの子は女の子ね。だってあなたは男の子しかいない

母親のようじゃないもの」といった。

う~ん、それってどういう意味なんだろ。

と思ってふっと連想したのが大島弓子の『つるばら・つるばら』というマンガの中に出て

くるビーズのバッグのことだった。

マンガのなかで主人公の少年の両親は、大事な一人息子がどうやら同性愛者では

ないかと薄々気づいているのだが、できればそれが自分の勘違いであってほしいと

願っている。そんなとき、息子が生まれて初めてかわいいガールフレンドなんか家に

連れて来たものだから、母はすっかり嬉しくて舞い上がってしまって、さんざんおもて

なしをしたうえに自分が娘時代から大事にしていたビーズのバッグをその女の子に

プレゼントしてしまう。けれど後になってその女の子はただの友達にすぎなくて、やっ

ぱり息子はゲイだったとわかって、「せっかくあの子に大事にしていたビーズのバッグ

まであげたのに」といって泣くのである。

そのビーズのバッグ。

つまり、男の子だけじゃ服装にしても持ち物にしてもなんだか味気ないけど、女の子

がいたら母はやっぱり、ああしてこうして ・・・・・・ と夢が広がるものだと思うのです。

そういう気持ちをあのビーズのバッグはよく象徴していたなあ、と思う。

実際、何をやっても器用だった母が作るビーズのお財布やレースの縁編みをほどこし

たハンカチや、花瓶の下に敷かれたドイリーは子供心にもとてもきれいだった。

母は夏の前にはノースリーブのワンピースとボレロのアンサンブルを自分で作り、盛

夏には私と妹の浴衣と簡単服を縫い、秋には大きな素敵なボタンのついたコートを縫

った。私にはとうてい真似のできることではないけれど、私が小さいころからきれいな

ものが好きだったのは、貧乏ながらもきれいなものを作り出す母親のもとで育ったか

らなのだといまになって思う。10月号の装苑は『ガーリー』の特集だけど、何がガーリ

ーかって、女の子のなかの『ガーリー』はそんな風にして育つものじゃないかと思う。

装苑は、高校生くらいのときだったか、娘のファッションがちょっと妙なことになってき

たときに、これじゃいけない、と思って本屋に行って、これしか自分が好きだと思える

ファッション誌がなかったために買って娘に渡したのがきっかけで、娘もよく見るように

なった。いま、街にでると若い女の子のファッションはひどい。ここはブラジルのビーチ

じゃないんだからそんなカッコで街を歩くな! といいたい。

私は今どきの下品なギャル・ファッションだったら断然ガーリーのほうが好きだ!

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