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2012年7月19日 (木)

木曜の猫

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木曜の猫は傘を持って新月の夜に家を出た。

初めていく場所だからわかりやすいほうがいいと思って電車に乗ったのに、ホームに

いた電車にあわてて飛び乗ってホッとしてたら急行で降りる駅を通り過ぎちゃった。相

変わらずドジな木曜の猫だ。でも降りた駅ですぐにやってきた下り電車に乗って着い

てみたら、フェイント無しの新月の時間の始まり。それに初めて降りる駅なのにそこは

なんだか懐かしい。そりゃそうだよ、いつも電車の窓から見てたんだもの。ホームの向

こうに広がる鬱蒼たる緑。改札を出たら若いころあの子がさんざん通った宵待ち草を

左に見て、そしてあった。トムネコゴ。

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おそるおそるドアをそっとあけると、ドアチャイムがカランカランと鳴って、店主とおぼ

しき濃い顔をした猫が目の前に現れ、「イラッシャイマセ」とぎこちない笑顔でいったと

思ったら同時にガン! と後ろの鴨居に頭をぶつけたので、思わず目がまんまるにな

る木曜の猫なのだった。(こんな、マンガみたいな人ってほんとにいるんですね。)

それでも、「お好きな席にどうぞ」といわれて噂どおり貸し切り状態の店内に通され隅

の席に座ったとたん、木曜の猫はふにゃけてしまった。

机の上に飾ってあった複葉機が目に入ったからだ。大好きな複葉機。

猫とJAZZと濃い珈琲は始めから知ってたこととして、これが最初のシンクロ。

まるで自分の家の机みたいな席に座りながら、「ここは最高だな!」と思った。

むくむくとしあわせな気持ちがわいてきた。

木曜の猫にとってここはレジュ以来の第2の部屋かもしれない。

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よく見れば店のあちこちに複葉機が飾ってある。

それでメニューと水を持ってきた店主に思わず「複葉機がお好きなんですか?」と聞け

ば、店主は「は?」という。「複葉機ってなんですか?」というので木曜の猫のほうが驚

いて、「これですよ、これ。翼がふたつあるから複葉機」。それでも店主はまだポカンと

した顔をして「複って複数の複ですか?」と聞くのだ。「そう、複数の複。ダブル」。木曜

の猫が念を押すようにいうと店主はやっと「なるほど。初めて知りました」といって近く

までくると、「これ、昔の宣伝用の飛行機らしいです。ここにタレ幕を巻いたロールがあ

るでしょう」といって、パイロットが腹這いに寝そべって乗った左横にある巻いたチュー

ブみたいなものを指差した。

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それで今度はなんでもすぐにヴィジュアルで想像してしまう木曜の猫のほうが感心し

て「へえ~、そりゃ素敵ですねぇー」といった。それから2匹の猫は子どものころ、街

なかで見たアドバルーンや飛行船の話で盛り上がった。店主猫はときどき楽しそうに

「ハッハッハッ」と声を立てて笑った。ちょっとトボけたところはあるけどいたって気のい

い猫であった。木曜の猫はもちろん、トムネコビターをオーダーした。

そうしているあいだも店内には古いジャズのレコードが心地よい音で流れ(最初にか

かっていたのはマイルス・デイヴィスとソニー・ロリンズの『DIG』だった)、珈琲が出て

くるまでのあいだ店内をうろうろしていたら古いベン・シャーンの画集が目に入った。

ベン・シャーン。なんと!

これがふたつめのシンクロ。

「ベン・シャーンの画集、見せてもらってもいいですか?」と厨房にいる店主猫に聞くと

「どうぞ」という声が返ってきたので見せてもらうことにした。

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そして店主が淹れて持ってきた珈琲はたしかに濃くてビターだけれど嫌な雑味も尖っ

たところもない、なんともおいしい珈琲だった。素晴らしい ・・・・・・!

それで木曜の猫はすっかりしあわせな気分になってしまった。好きなものだらけに囲

まれた部屋で聴くいい音楽と、おいしい珈琲。そして本。

木曜の猫がベン・シャーンの画集を熱心に見ていたら、店主は「アルバムのジャケット

になってるんですよ」といってベン・シャーンの『ベースボール』がジャケットになってい

るLPレコードを見せてくれた。それからまたひとしきりこの店のことやら音楽のことや

ら話していたら、何がきっかけだったろう。店主が「自分は人間嫌いというか、小さい

子どもと生きもの以外、およそ大人になってしまった人間は苦手なんです」といった。

「人間嫌いなのによく喫茶店なんかやってますね」というと、「よくいわれます」といって

店主は笑い、「なので友達もいないし、ここに1日いても誰とも話しません」というので

木曜の猫はちょっと不思議に思い、「でも、今日はそういう感じじゃなかったけどな。

とても自然に話してるように見えたけど」というと、「およそ大人の人間はあなたの様

じゃない。あなたみたいな人は滅多にいない」というので、今度は木曜の猫のほうが

「よくいわれる」と笑った。ほんとにそうなのだ、昔から。人嫌いで(あるいは極端にシ

ャイで)人と話すのは苦手という人に限って木曜の猫の前ではよく話す。そういうとま

た店主がトボけた顔で「よくいわれますか?」と聞き返すので「うん、昔からよくいわれ

ます」といったところでカランカランとドアチャイムが鳴る音がして、大人の人間の女の

客が入ってきた。店主猫は急に大人の人間のふりをして「どうも今日は話しすぎまし

た。では、ごゆっくりどうぞ」といって厨房に消えて行った。

店主の話のなかにもいくつかシンクロニシティがあった。店の雰囲気といい店内に置

かれた趣味のいい古道具といい、ここはYちゃんの部屋みたいでもあって、彼女も好

きそうだ。今度Yちゃんも連れてきたいと思うけど、でもYちゃんてJAZZは嫌いなんだ

ったかな。

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そんなことを考えながらまたベン・シャーンの画集に目を落としていると、レコードの針

が止まり、店主猫が長いしっぽを引きずりながら静かにやってきてターンテーブルの

レコードを替えていった。今日3枚めのレコード。

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それが素晴らしくよかったので思わず立ち上がってジャケットのタイトルを確かめると

ジェリー・マリガンの『Night Lights』だった。さっき音楽の話をしているときに「JAZZ

も好きだけれど1番好きなのはブラジル音楽だ」といったからきっとこれを選んでくれ

たに違いない。、木曜の猫は思わずノートをとり出してタイトルをメモした。

最初、店のなかに入ってきたときは外と同じように蒸し暑くてクーラーが入ってないの

かと思ったけれど弱冷房がしてあるようで、しばらくいたらそのほうが自然で心地よい

ことに気がついた。大人の女の客はアイスコーヒーを飲みながら黙々と自分が持って

きた本を読んでいる。厨房の窓が少し開いているのか、ときどきチリンチリンとガラス

の風鈴の澄んだ音が音楽に混じって聴こえるのも心地よく、木曜の猫はますますしあ

わせな気分に浸ってしまった。そして、ひととおり画集も見終わったことだし、いささか

長居をしたからそろそろ帰ろうかと思っているときにレコードのA面が終わり、店主猫

がレコードを裏返しにきたので、大人の客の邪魔にならないように小さな声で「このジ

ェリー・マリガンのレコード、すっごくいいですね!」といったら店主が「裏もいいですよ」

というので帰れなくなってしまった。その「裏もいいですよ」という響きもよかった。

ビバ! アナログ! って感じだ。私もターンテーブルがほしい。

そしてB面の1曲めが流れ出したとたんに頭に!(コーテーション)マークが落っこちて

きた。この曲だ! 

こないだ4ヵ月ぶりに髪を切った帰りに寄った『郷』でふいに流れてきて、一瞬、直さん

かと思った。ライブで直さんがよくやる曲で、これってなんて曲だったっけかなあ、と思

いながら聴いた曲。いったい今日、何度めのシンクロ。

しっかりB面も最後まで聴いて、しあわせを満喫して立ちあがった木曜の猫は、すっか

り満足した気分だったのでなんだか珈琲1杯分のお金だけでは申し訳なくなって、家

にはまだ珈琲豆はいっぱいあったけれどトムネコビターを200頼んだ。そしてさっき頭

に落ちてきたシンクロの話をしたら、「ちょっと曲名を見てきます」といってアルバムを

見てきてくれた。厨房に戻ってきた店主は、『ショパンのプレリュード』です、といった。

ああ、それだ! 

「その曲、私の大好きなサックスプレイヤーがライブでよくやるんです」といったら店主

が「ちなみにそのサックスプレイヤーはなんて名前ですか?」と聞くので「竹内直です」

と木曜の猫は答えた。

実はここでもちょっと面白いシンクロがあったのだけれど、それは木曜の猫だけの内

緒にしておこう。なんでも明かしてしまうのはつまらないからね。

ちょうど閉店までにはあと20分、という時刻。

木曜の猫は「また来ます」といって、そこをあとにした。

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このつぎ来たときには無いかもしれないよ、と思わせるような、井の頭公園の緑の影

が幻想的に揺らめくドア。

来るときは豪雨警報が出ていて湿度が高くて蒸し暑かったのに、外に出るとすっかり

涼しくなっていて、夜の公園を渡る風が気持ちよかった。トムネコビターのいい香り。

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このあと木曜の猫は最初に店主に教えてもらった行き方で井の頭公園の池の脇を通

ってRoom1022に行ったのだけれど、あいにく今日はお休みで、適当に見つけて入っ

た駅前のタイ料理屋で食べたパクチーとレモングラスがいっぱい入った『エビとレモン

の辛味フォー』がすごくおいしかった。こころがやたらオープンになってるときって何も

いわなくてもそれが人に伝わるみたいで、ここでは厨房の料理人が素晴らしい笑顔を

投げ続けてくるので、ここでも木曜の猫は「フォー、すごくおいしかった。また来ます」

といって店を出た。

さて、今日の木曜の猫の気づきは何か?

  直感に従って行動すると、真のわくわくがやって来る!

ってことだ。

それはいつでも誰にでも自分で創造(想像)できる。

次の誕生日まで、あと6回の新月を楽しもう。

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