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2012年4月11日 (水)

メタモルフォーシス

12sakura_30

女の時間にはいろいろあって、男の子となんら変わりない無邪気な子ども時代から、

センシティブでデリケートな少女の時間、それがけっこう長く続いて母とやりあう娘の

時間、それから大人の女としての時間が始まって、その個として最も自由な時間を経

て結婚して制限のある妻の時間、子どもを産んで母の時間、そしていつしか中高年、

老年期、おばあさんの時間へと、年齢と経験に合わせて時間軸は変遷してゆく。

もちろん、男にだってそれはあるだろうけど、女性のようにからだのなかから生理とし

てそれを体験、認識してゆくのと、また社会や異性からの圧力で強制的に意識させら

れてゆくのと違って男性は女性ほど境がはっきりしていないように思う。世の中には

子どものまま大人になってしまったような男がたくさんいるのを見てもしかり。私の結

婚相手は2人の子どもがいるにもかかわらず「1人になりたい」といったものだから、

私の両親は激怒してしまった。当然だ。それで7年の、あまり安寧とはいえない専業

主婦生活からいきなり2人の子どもとともに放り出された私は、まるで地中深くから

いきなり地上に引きずり出されたモグラみたいなものだった。しばらくは眩暈ばかりし

て動けなかった。

いきなり地上に引きずり出されたモグラ、あるいは飛び方を忘れた鳥。

ある人は私に、『神さまは最初からその人に越えられない試練など与えない、充分に

越えていける力を持った人にだけそれは与えられるのだから、あなたはだいじょうぶ』

といった。確かにそれはそうかもしれないとは思ったけれど、そんなどこかからとって

つけたような言葉は私にはなんの励みにもならなければ、気休めにもならなかった。

それからこれまでの時間に私にもたらされたものは何か。

少なくとも結婚しているときよりは自由になった。

1人で考える時間だけはたくさんあったから、それなりに賢くなった。

そして、単純に年をとった。それだけ。

残念ながら、というか、少々情けないことにこれだけ時間が経っても私はまだ綱渡り生

活をしているけれど、お陰でもともとよかったバランス感覚にさらに磨きがかかった。

いいことかどうかはわからないけれど、バランス感覚が悪ければ確実に落っこちてた

と思う。自分ひとりならいざ知らず、子どもがいたら落っこちるわけにはいかない。

昨日会った友達とはそんなころからのつきあいで、私がもっともつらかった時代に支

えてくれた友達の1人でもあるのだけれど、久しぶりに話したら、彼女は彼女で知らぬ

間にあたらしい領域へ移行したようだった。つまり、あたらしい時間軸へと。

いつも書いていることだけれど人は何より痛みによって覚醒され、思考は1人の時間

によって熟成される。(もちろん1人でいさえすれば熟成されるわけじゃなくて、とことん

考えなけりゃ駄目だけどね。)そして、彼女の思考もまた1人の時間によって熟成され

たようだった。それは私がいままで知っているどの彼女とも違って、とても静かな大人

の顔をしていた。

女だって結婚したらいきなりなんでもできる妻になるわけではないし、子どもを産んだ

らいきなり良い母になるわけではないのだ。彼女にだって、夫の机の引き出しから昔

の恋人の写真(しかも美しい)が出てきて怒って私に電話してきたり、「今日の夕飯の

エビチリがめちゃめちゃうまくできたのよ~!」といってメールしてきたかわいい時代

があるのであって、妻になるのも親になるのもそれなりに時間がかかるのだ。結婚生

活が駄目になったとき私が思ったのは、「もう少し待ってほしかった」だ。人は急に大

人になれない。男も女も「この人」と決めて結婚したなら、相手が成長をするのをある

程度がまん強く待たねばならない、あるいは、待ったほうがいい、と思う。

そう、それも今になって思うことだけれども。

友達が移行した時間軸はあきらかに知的作業があって行きついた先だと思うけれど

得ることはいつも失うこととイコールだから、同時に私には彼女が失ったものも思わせ

た。けれど、それによって彼女が楽になったというならそれでいいのかもしれない。

彼女にはダンスに夢中な光り輝くミューズみたいな女の子がいて、いま彼女はその送

り迎えで忙しい。でも娘が踊っているあいだに突如できた空き時間で、彼女は昔の、

独身だったころの自由な時間感覚を思いだしているところなのだそうだ。その感じは

私にもわかる。それは結婚して以来、主婦の彼女にはまったくなかった時間だから。

わかるからその邪魔をする気はないし、またその時間が彼女に何をもたらすのかは

わからないけれど、願わくは時間をこえて、この先もおつきあい願えたらな、と思う。

数少ない、話ができる友達として。

12sakura_31

さくら、満開になったと思ったら今日はもう強風に雨、だ。

濡れた舗道を埋め尽くすさくらの花びら ・・・・・・

それでもまだ満開のさくらを下から見上げると、いっせいに花々の瞳にみつめられる

思い。集団にして個。群衆であってワンネス。の、強い思いを感じる。

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