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2012年3月 3日 (土)

淡く、はかない

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淡く、はかないものが好き。

生々しかったり毒々しかったり猛々しかったり図々しかったり居丈高だったりふてぶて

しかったり無神経だったり鈍感なのは嫌い。

この歳になるまで、人をいいように扱ったり利用したり騙したり裏切ったり偽ったりした

ことはないし、むしろ不器用なくらいに正直に生きてきたと思う。それはもしかすると社

会から見たら弱いということになるのかもしれないけれど、この歳までこれでやってき

てしまったのだから、もうこの先どう変わりようもないと思う。

圧倒的なパワーでハード・ブロウを聴かせるサックス・プレイヤーの直さんにしたって

その人柄は穏やかでシャイで、いつもものを考えながら言葉少なに話す、控えめで静

かな人だ。直さんはたぶん、寂しさのなかからあの温かくて包容力のある音を生み出

したのだと思う。私はときどき直さんの音の中にも、とっても日本人的な淡くてはかな

いものを感じる。

淡くてはかないものが、では弱いばかりかといったらそんなことはなくて、はかなさの

なかに芯のある強さ、生命力、堅固さ、秘めたる熱い情熱がある。

私が今日こんなことを書きたくなったのはこの人形のせいだ。

あらいみえこさんのシナの木の雛人形、さくらの花雛。

私はいつかこれを百貨店の中で見た。

リビングのフロアで木工芸展をやっていたときに、ひとつだけぽつんと作家ものの本

棚の上にのっていたのを見つけて、思わず手にとって手の平にのせた。そのなんとも

いえない可憐な佇まいにものすごく惹かれたけれど、なぜか値札がついていなくて、

別の用事で慌ただしく出かけていたせいもあってその場は店員さんにも聞かずにやり

過ごしてきてしまった。それを去年の暮れに、さこうゆうこさんのヒヤシンスポットを見

つけた『百草の庭』のサイトでふたたび見つけのだった。やっぱり縁があるものという

のはどこまでも縁があるのだと思う。考えてからさっそく自分のぶんと、3月生まれの

友人のぶん2つの予約をお願いしたけれど、残念ながらもうひとつしか残っておらず、

作家さんは体調を崩されていてしばらくは制作をお休みになるということなので追加

注文もできない、ということだった。それで、とうめんのあいだこの作家さん最後のこの

雛人形は私のものになった。

12hina

そして暮れに小さな小包が届いて雛人形の箱を開けたとき、私はときめいた。

まるで、ひしと寄り添って時をとめているようなその姿。

・・・・・・ なんて、淡くて、はかない。

桜の花の上にのっているのも好き。

花筏は恋の道行。

そういえばなんの詩だったか、北村太郎の詩のなかに『抱き合って時間を殺すの!』

っていう一節があったっけな。

お雛様は一年にいちど出してあげないと血の涙を流して悲しがる、と生前、母はよく

いっていた。子ども心にも『血の涙』というのが妙にリアルでこわかった。

実家にある祖母が買ってくれた私のお雛様はシャビーな家には豪華すぎるくらいの

七段飾りで、母が選んだだけあってどのお人形を見ても端正で上品なお顔立ち。

木の雛段を組むだけでも一苦労で、母の死後いったい何度飾ってもらえただろうか。

私の雛人形は今年も出してもらえずに、暗い押入れの天袋の箱の中で血の涙を流す

のだろうか。考えるとやっぱりちょっとこわい。

私の娘が生まれたときに母が買ってくれたのは、母の親友が作ってくれた木目込み

人形。やっぱりとても端正で優しいお顔をした雛人形で、お内裏様しかないから狭い

家のどこにでも飾れて出すのも仕舞うのもいたって簡単。いまの家庭環境ではこれで

充分だと思う。そして、この手の平にのる小さな雛人形にいたっては、いつでも私の

本棚にのっていてほしいようだけれど、やっぱりそうもいかないのだろうか。

せめて桜の咲くころまで。

今日はプールだったのでとくべつ何もしなかったけれど、先日お味噌を作ったときに

余った酒粕で甘酒を作った。甘酒も子どもだったころに母がよく作ってくれた。

懐かしい味。

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コメント

信じられないくらいやさしいピンクですね。

投稿: elm | 2012年3月 5日 (月) 00:54

ふわっとした優しさを感じるお雛様ですね。
人には誠実に、ばか正直に生きてきた・・と自分では思っています。
でも裏切られたり悲しい想いをするうち、今の私は何だか縮こまっています。
そうちきさんの周りには、素敵な方がたくさんいらっしゃる気がします。
私はというと旧友は皆遠方で連絡は取り合いますが、皆それぞれの生活がその地であるという寂しさも感じたり。
とりとめもなく長々とすみません。

投稿: ふたば | 2012年3月 6日 (火) 22:36

elmさん、
ほんとですね。
思わずどんな方が作ってらっしゃるんだろう、と想像してしまいます。
はやく体調がよくなられてまた作家活動を復活してくださるといいんですけれど。

投稿: soukichi | 2012年3月 7日 (水) 23:04

ふたばさん、
う~ん、どうだろ。
友達には恵まれてるとは思うけど、でもそんなに多くはないです。
それに、ふたばさんが思うようなことは、おおかた『他人の芝生は青く見える』ってやつじゃないかしらね。
ふたばさんと同じようなことを私もときどき自分の友達に思ったりするから。

先日、息子に友達のことで何か話してたら「いいことじゃないですか。友達は大事にした方がいいよ。少ないんだから」っていわれたんだけれど(笑)、今日はその言葉をそのまま私の友達に返したい、と思うようなことがありました(^-^)

そして昨日は昨日で娘と話していて、つくづく自分はどこまでも性善説の人間なんだと思いましたよ。ぜんぜんまったく人を疑ってない自分に。びっくりでした。
人間関係に関してはある種、子どものほうがずっとシビアでシュールなところがありますね。やっぱり私が離婚して母子家庭だったりするせいかな。
で、悲しいことに子どものそのシビアな感覚のほうが当たってたりする。
でも私はその点においてはちっとも学習しない。
自分を実にばっかだと思うけど、でもいいや、私はこれで、ってのもある。
性悪説の人、疑り深い人、ひねくれた人とはつきあいたいとは思わないから。

私も数多くはないけれど、決定的なところでは裏切られてきたと思います。
どうして自分がこんなことされるのかわからない、ってことをときどきされる。
なんでかわかんない。
でも考えてもしょうがない。
そういうことをする人というのは自分にだけじゃなくてたぶん他の人にもするんだろうと思います。

そして、それについては相手を変えることはできないから、自分が高いエネルギーで(明るく元気に)生きるしかないと思う。
自分の波動が上がったら、そういう人を裏切るようなネガティブな波動を持った人とは
チューンしなくなるから。

ふたばさんはふたばさん、縮こまらないでだいじょうぶ。
いままでどおり人には誠実に、正直に生きればいい。
そうやって生きていればきっと素敵な人がどんどん現れます!punch


投稿: soukichi | 2012年3月 7日 (水) 23:47

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