東日本大震災

2014年3月11日 (火)

あれから三年

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3月11日。天気、晴れ。やや風つよし。

大気は相変わらず冷たいけれど陽射しは暖かい。

仕事部屋で仕事をしていても午後2時40分が近づくと、あ、あの時間だ、と自然

に時計を見てしまう。

あれから三年。

年をとるごとに年々、時間の経ちかたは早くなるように感じているけれど、かとい

ってこの三年が短かったのか長かったのかはよくわからない。一見、何もかもが

元通りになったかのように見えて実際には停滞感も閉塞感のようなものもずっと

続いたままだし、少なくとも意識の上では3.11以前にはもうどうやっても戻れな

いのを感じている。明らかに欠損した何かは元通りにはならない。

オリンピックの東京招致には人それぞれ賛否両論あるだろうけど、そこにかかる

莫大な費用と、震災から三年経ったいまでも住むところさえ不自由している人々

が多くいることを考えると、もうオリンピックなんて返上してしまって、そこにかける

予定のお金をぜんぶ復興に回したらいいのに、と思ってしまう。狭い島国である

日本列島をひとりの人間の身体として見るなら、どこかが激しく痛んでいるのに、

そのさなかにそれを治さず無視して楽しむことなんかできるだろうか?

先週、そんなことを息子と話していたら、日曜日のラジオ番組でクリス・ペプラー

が同じようなことをいっていて、やっぱりそうだよね、と思った。

もちろん、これが東京のスタンダードではないかもしれないけれど、少なくとも私

のまわりはそうだ。個人でコツコツ自分にできることをやり続けることはとても大

事なことだし、やり続けられている人たちのことをとても尊敬はしているけれど、

でももっと大きなところで、国自体がはっきり方向を変えてくれないことには大きく

は変わっていかない。

これまで、こんなにも何もかもが見えてしまう時代があったろうか、と友達と話す。

嘘も不誠実もご都合主義も拝金主義も自分の無知もみんなバレてしまった。

こういう時代を生きるいまの若い人たちは、もう私たちの若いころみたいにふわ

ふわした夢は見られない。でもバレてしまった以上、ここから先は国も企業もほ

んとうに人のためになることをしようよ、自分の家族には食べさせられない、使

わせられないような、はじめから人の身体に悪いとわかっているものをお金のた

めに作ったり売ったり、それで儲けたりするのはもうやめようよ、それで個人は

玉石混交、真偽の入り混じった大量の情報の中からほんとうのものだけを探し

とる自分の眼を磨いて、まずは自分の身近な愛する人を大事にすることから、

地球に宇宙に喜ばれるようなことをはじめようよ、なんて思うのだけれどそうは

いかないのだろうか。

そして個人的にはどんな時代にあっても夢見ることを忘れてはいけない、と思う。

自分の年齢からいっても時代からいっても、これからは地に足つけたままどうや

ってぶっ飛ぶかが課題。だって理論や計算、現実的思考だけじゃどうやっても超

えられないところを超えていけるのはそういう一種バカみたいな力だと思うから。

私はそれを信じる。

今日、私がもらったメッセージをあなたにも届けよう。

May God bless you !

and I hope you are always in LOVE

それからもうひとつあった。今日、私がもらったオラクル。

恐れは今のものではなく、今ではない過去と未来のものです。(B.アダムス)

自分に照らして、これってほんとうにそうだな、と思う。

恐れを捨てて、いまに生きよう。

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放射線量が高かったときもそんなこと何も知らずに地面に近いところで生きてきた

のら猫たち。この先、彼らにも影響が出ないことを祈るばかり。

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2012年3月11日 (日)

あれから一年

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この冬のすごく寒かったある日、「寒い、寒い」といいながら外から帰ってきてすぐに

キッチンでココアを作って、3人でテーブルについてアツアツのココアをひとくち飲んで

ふぅ、と息をつきながら、思わず「おかあさんがいてよかったね」といったことがあった。

それは(ハハである)私がいて、という意味よりも一般的なおかあさんのこと、私が寒

い外から帰ってきてすぐに温かいココアをだしてくれるおかあさんがいたらいいだろう

な、と思ってのことだった。そんな些細な、ささやかな家庭のぬくもりさえ失ってしまっ

た人がどれだけいるんだろうと思う。

あれから一年。

自分自身の気持ちも含めて物事が遅々として進んでいかないと思った去年の時間の

経ちかたの遅さから考えたら今年になってのこの早さ。そしてやっぱり一年の早さを

感じずにはいられない。

誰もが漠然と惰性でもこの先も延々と存続可能であろうと思っていた現実があっけな

く崩れ果て、ただでさえ長引く不況で明るい未来像を描けなくなっていたところにもっ

てきてのあの衝撃は、さらなる不安をもたらした。物理的に年じゅう揺れている不安

定な地面の上で頭の隅にいつもカタストロフの恐怖を抱えながらじゃ、どんな長期的

展望も幸福な未来像も描けやしない。そんななかで人とのつながりを求めて外に向け

て積極的に行動を起こす人たちがいるいっぽうで、家族関係をより堅固なものにする

ために閉じこもってしまった人たちもいた。最近、若くして亡くなってしまう人の訃報も

目につく。私自身はいま自分にできることをやりながら、いつも光のほうを向いて日常

をできるだけ日々コンスタントに淡々とやってくるにすぎなかったけれど、一年が過ぎ

ていま自分自身に強く思うのは、情熱をとりもどすこと、だ。

ふたたび、情熱をとりもどすこと。

それだけを強く何度も胸に思っている。

今日はあれからまる一年となるその時間をどこですごそうかと思って、やっぱりコトリ

さんのところへ行ってしまった。花があるから、というのもそうだけれど、この人もまた

つねに光りとともにあろうとしている人だから。だと思う。

わたしたちはみんなひかりのこども。

ならば、何を照らすために生まれてきたひかりなのか。

またちゃんと考えよう。

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昨日の夜遅く、TVで日本赤十字への義援金がいまだに日に7000万も寄せられる、

というのを聞いたあと息子と並んでコンピュータの前にいたら、「ドナルド・キーンが率

直にいって日本人にはがっかりしています、っていったらしいよ」と息子が話しかけて

きた。すぐにその会話の詳細を見たら、日本人の私でもそう思うよ、と思った。

去年の3.11からまもなく、仕事の打ち合わせで渋谷に行ったときはどこもかしこも

節電節電で余分な電力が削減されて、巨大スクリーンもついてなければ音も全然し

なくていたって静かなものだったけれど、いまやもとどおり。いつ行っても目にも耳に

もウルサイばかりで、いったいこれって本当に何かの経済効果になってるんだろうか

と思う。街中にあふれる音と映像、ネオンに関しては節電当時でなんの不便もなかっ

たどころか返ってそのほうがよかったくらいだ。私が街に行くといったらつい表参道・

青山方面に行ってしまうのは、好きだからというのはもちろんだけど静かだから、こ

こに代わる街がなかなかみつからないからだと思う。日本もいいかげんこのあたりで

成熟した国になって、美しくて経済効果のある街を作ろうとか思わないものかな、と思

う。少なくとも街に住むなら私はそんな街に住みたい。

今日も風が冷たくてとても寒かったけれど、午後にはちょっと陽が射した。

陽がちょっと射しただけでふわっと暖かくなる。

私は太陽に恋するカレンデュラのようだ。

コトリさんが作ってくれた今日、3.11 PM2:46のための小さな小さな花束。

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人には自分ひとりで考える時間もものすごく必要だけれど、人は人と話すことによって

より頭がはっきりする。そして、はっきりして暗い方向へいくんじゃなくて、はっきりして

ともに光を見られる人、夢を描ける人と私は一緒にいたいなと思う。

今日は、ほんのわずかな時間でも特別な時間を一緒にいたいと思う相手が近くにいて

ほんとによかった。

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追記:いまイハレアカラ・ヒューレン博士の事務局からメールがきました。

    以下、全文。 

To the people in Japan,

Self cleaning is a process that was given from the divinity.

The way I can be myself is a precious gift.

By recovering yourself to be the" I ", your family, work, land, even

the earth will recover to the self.

All is perfect. Everything as it is.

We are given a Home to return to. Divinity is waiting for you to

return look HOME.

When you rerurn to your HOME, your family, land, radiation plant,

earth bound spirit will all return to their HOME.

We want everyone to move on.

Love is always flowing to you.



Magenta Magenta Radiation.

I love you.

                                                   Ihaleakala HewLen

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2011年6月19日 (日)

保存用飲料水

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震災直後に注文した水が今ごろになって届いた。

折しもこれを注文したときは、放射性物質が大気中に大量にばら撒かれて東京の水

も飲めなくなるんじゃないかと言われたときで、近所からミネラルウォーターの姿が消

えたときだ。あの頃は水だけじゃなくパンもお米も、またそれに準じる主食になりうるも

の全て、ありとあらゆる食材、乾電池とトイレットペーパーなどの紙類も全然なかった。

さいわい、それもそれほど長くは続かなかったけれど、それでも今になっても震災の

余波で潤沢じゃないものもあるようだ。つい数日前も娘にサランラップを買ってきてと

頼んだら、震災の影響でサランラップが足りなくていつものはないと言われたとかで、

見たこともないメーカーのを買ってきた。スーパーのレジに並んでいるとき、何気なく

目に入った煙草のケースはカラッカラ。

そして昨日は久しぶりに2度ばかりちょっと大きな揺れがあった。

折しも遅めの夕飯を食べ始めたとき。

それから、たまたま見ていたMXテレビで石原慎太郎の『東京の窓から』が始まった。

昨日のゲストは防災のエキスパートといわれる山村武彦。

そこで始まった2人の会話は、震災後これまで何度となく息子や友人と話した疑念が

そのまま含まれていたから、国のトップの人たちでもこれかと、ちょっと驚いた。例えば

未曾有の震災が起きた緊急時であっても法や規則で定められた『やり方』や『管轄』

や『書類』が優先されて物事がいっこうに進捗しないことや、同じく公平を喫するために

苦慮しているのか被災者にいっこうに義援金が配られないことや、いざとなったら自分

で責任をとるだけの覚悟を持って自分の頭で考えて決断を出せるリーダーがいないこ

と、などなど ・・・・・・

その一方で、防災の視点からすっかり壊れてしまった東京の人と人との繋がりをどう

再構築してゆくかという話や、個人・家庭レベルでも最低限の食料と水の備蓄をすべ

き、という話はそれなりに考えさせられるところでもあった。それは震災後の自治会の

常任理事会でも話題となったことだけれど、今や社会全体で抱える問題も小さな自治

体が抱える問題も一緒なんだなと思う。去年、自治会の役員になったときは最低限、

消化器くらいは使えるようになっておこうと防災センターに行って体験実習をしてきた

し、今年は今年で防災訓練のときには焚きだしもやるというからそのときは手伝おう

とも思う。私は誰とでも口をきくいたってオープンな性格だし『人に優しく』がモットーで

はあるけれど、かといって同じ住宅に住んでいると嫌なこともあってお互い良い感情

ばかりではないから、ふだんほとんど何の繋がりもないご近所と日頃から意識して仲

良く、と言われても正直それほど積極的にはなれなかったりする。通り一遍のつきあ

いはしても興味のない人間とそれ以上関わりを持つのが面倒だという気持ちもある。

つまり自分の母親のしていたことと自分をくらべても私は”今風”なのであって、今の

世の中の風潮のなんら例外ではないのかもしれない。

震災後、人と人との繋がり、絆が毎日ことのほか叫ばれる一方で、原発のある福島と

そこから電力を供給されている東京、地方と都市、関東と関西という構図意外に同じ

思いをしたはずの被災地の中ですら『心の壁』がくっきり見えた気がする。

そんなことを思いながら山村さんの言う『近助』を考えると、国が先導してそれを意識

的に構築してゆくのは簡単なことではなさそうだと思う。

世の中、いろんな人がいるからね。

もちろん、それが今の社会に緊急に必要で、やるなら今が最大のチャンスだとは思う

けれども。さて。

私の会社には阪神淡路大震災の経験者がいて、その同僚によると震災後何が困っ

たといって、それは水不足だったという。以来、押入れには常時ミネラルウォーターの

買い置きがしてあるのだとか。

・・・・・ というわけで、この水はしばらくの保存用になる。

これ以外にも実はすでに押入れには水のダンボールが1箱入っているから、とうめん

水はだいじょうぶかな。防災袋もきちんと充実させていつでも持ち出せるところに掛け

ておいたほうがよさそうだ。

『喉元過ぎれば熱さ忘れる』にならないために。

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2011年6月11日 (土)

震災から3ヶ月

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梅雨のまっただなかの雨の土曜日。

震災から早くも3ヶ月。

余震こそ滅多に起きなくなったものの、それでもたまに少し大きめ揺れがくると一瞬

あたふたするし、放射能に対する東京人の疑念は、薄まるどころか潜在的な心の負

荷としてフィックスしてしまったような気がする。この時期、自宅の家庭菜園でとれたも

のを食べているなどと聞くと「だいじょうぶなの」と思うし、毎日スーパーで食材を買い

ながら、いったいこの食材がどこまで安心なのかと考えてしまう。BSEのときですらこ

んなことはなかった。いまだかつて、ここまで国が信頼を欠いたことはなかったのでは

ないかと思う。

震災当日、私に誰よりも早く安否確認の連絡をくださった取引会社の専務から、昨日

添付ファイル付きのメールが届いた。

彼らが長年研究していて、私の会社の製品のひとつにもなっている『スピルリナ』のこ

とが、アエラの最新号に載っているというのだ。添付ファイルはアエラの表紙と、その

記事が載っているページのPDFファイル。

そのページの内容をちょっと説明すると、『放射性物質から体を守る食品』『1日2杯の

味噌汁が効く』という見出しで、長崎の原爆投下時、爆心地から1.4キロ圏内の病院

にいて被爆しながら原爆症にならなかった医師、秋月辰一郎さんと、その著書である

『体質と食物』のことが紹介されている。秋月さんに関する一連のことについては福島

原発事故以来、ネットではすでにあちこちで紹介されているからご存知の方も多いだ

ろうが、秋月さんを含め、秋月さんと一緒に患者の救助や治療に当たった従業員に

いわゆる原爆症が出なかった原因のひとつは、『わかめの味噌汁』であったという。

以下、記事から一部引用すると、『原爆投下後、秋月さんは玄米飯に塩を加え、味噌

汁を毎日従業員に食べさせた。<中略>被爆後は砂糖は絶対に許さず、近くでとれた

南瓜や茄子の味噌漬けを食べさせた。結果、秋月さんをはじめ患者や職員は原爆症

を発症していない』。発酵食品が良いことは昔から言われているし、私が思うには強

力なデトックスフードである玄米や、からだを浄化してくれる塩も良かったのではない

かと思うけれど、その後の研究によって味噌には確かに放射性物質に対して効果が

あるということが確認されたらしい。特に熟成期間の長い味噌の中に含まれる『メラノ

イジン』という物質が、放射線防護効果がある成分のひとつではないかということだ。

そして、ここからが本題になるけれど、記事は『抗酸化作用のある食品を』という見出

しで、『チェルノブイリ事故ではもうひとつ注目を浴びた食品がある』と続けてスピルリ

ナのことを書いている。

ここでスピルリナについてちょっと説明すると、スピルリナというのはいわゆる藻の一

種で、約35億年前の地球がまだ灼熱地獄だった時代から、高温、高アルカリ、高塩

分濃度の過酷な環境下で生き延びてきた原子植物。過酷な条件下で育つその驚異

の生命力には他の生物にはない特性があり、同じ藻の仲間であるクロレラが植物の

栄養素だけしかないのにくらべてスピルリナは動植物両方の栄養素を持っている。

たんぱく質が非常に豊富で、16種類のビタミン、15種類のミネラル、8種のアミノ酸

必須脂肪酸など40種類の栄養素のほか、食物繊維、植物性色素、多糖類などを総

合的に摂取できる、バランスに優れたパーフェクトフードと呼ばれている。

そしてチェルのブイリ事故のときこのスピルリナは使われて一定の効果を示したとい

うのだ。以下、記事を一部引用。

『ベラルーシの放射線医学研究所がこのスピルリナを被害の大きかった地区の子ども

100人に1日5グラム、20日間飲ませたところ、尿中の放射能レベルが50%低下。

その結果を受けて国も1991年に3歳から7歳の子ども49人に45日間スピルリナを

摂取させたところ、8割の子どもで尿中の放射能レベルが減少した。体内のセシウム

やストロンチウムを吸着し、排出する働きがあると考えられている。』

そして実は、私はこの記事の元となったのではないかと思われるもっと詳細な内容が

載った文献の和訳を前述の専務から震災2週間後にはもらっていたのだった。

それは震災後、専務が出張で東京に来た際に、思った以上に東京にも放射能による

見えない被害が広がって深刻化している、と感じたことがきっかけだった。そして、自

分の会社が提供したわけではないけれど、たしかチェルノブイリでスピルリナが使わ

れたことがあったとの記憶があって会社で調べてみたところ、添付の資料があったと

いうことで送ってくれたのだった。私はそれを読むなり「すごい」と思ってこのブログで

の公表も一瞬、考えたけれど、まだ世の中は震災ショックでぐちゃぐちゃな状況だった

し、専務もこの機に乗じて商売する気なのか、とか、売名行為と思われるのは真意に

反することなので、あくまで身近で本当に困っている方にお知らせください、とのことだ

った。それで私もごくごく身近な友人や、その情報を使ってたくさんの人を助けられる

立場にある人にお知らせするにとどめたけれど、いまのところ大した反響はもらって

いない。サプリメント、健康食品というものに対しての理解度や需要度が日本ではま

だまだなのだと思うし、その一方で安かろう悪かろうの原材料も製造工程も定かじゃ

ない名ばかりの効かないサプリメントが蔓延しているからしかたがないのかもしれな

いが。

どもあれ、こうやって活字媒体に取り上げられるにいたって、私もやっとここに書くこと

ができた。いま多くの地域で、小さいお子さんを抱えて日々食材に困っているおかあさ

んはとても多いと思う。そして何かひとつでも確かなものがあれば、何もないよりはま

だマシなのではないか。そう思うので、私はこのスピルリナがその助けのひとつにな

ればいいなと思っている。そして、仕事の中でこれをどうにか活かす方法はないかと

考えているところだ。

ちなみに私がいただいた資料によると、『ロシアの特許局は1994年にスピルリナを

放射線疾患由来のアレルギー反応を低減する医学的食品として認めています』と書

いてある。そして、スピルリナについてはうちの潰瘍性大腸炎の息子も試験的にずっ

と摂っているけれど、いっとき劇的に減っていた体重は元に戻り、紙のように白かった

顔が今では健康的な顔色になって、徐々に経過は良好になっているようだ。

もし、お問い合わせなどありましたら右下の『メール送信』から。

冷やかし等でない限り、誠実にお返事します。

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2011年5月 9日 (月)

100,000年後の安全?!

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今朝インターネットを開くなり目に飛び込んできたのは、『核処分場 モンゴルに計画

・・・ 日米 昨秋から交渉』というトピックだった。

私はモンゴルとは直接関係ないけれど、モンゴルと言えばブロガー友達のハンタさん

が長年留学生のホームステイを受け入れていて、彼女からその国民性や自然にあふ

れた土地のことなど聞いていたから「冗談じゃないぞ」と思ってその記事を開いたの

だった。読んだ人も多いと思うけれど、本当に冗談じゃないです。

で、そのあと『風知草:暴走しているのは誰か』という記事を読んでこの映画のこと

を知った。この記事の全文はちゃんと読んでいただくとして、一部を下に抜粋させて

もらおうと思う。


いま各地でフィンランドの放射性廃棄物・最終埋蔵処分施設「オンカロ」に

ュメンタリー映画「100,000年後の安全」(09年原題「into eternity」)

やってる。宣伝なしの緊急公開だが、配給元の予想を上回る反響で、連日

満員の盛況という。

オンカロは世界で唯一、現実に建設が進む使用済み核燃料の最終処分施設で

ある。エネルギーをロシアに頼るフィンランドにとって原発は安全保障上の選択

であり、廃棄物永久埋蔵の国民合意に達した。

だが、高レベルの放射性廃棄物が無害になるまでには10万年の歳月を要す

という。かつて、それほどの時間に耐えた建造物はなかった。戦争、内乱は

もとより地殻変動や洪水が起きないと誰が言えるか。

第一、数百年先の文明、言語さえ想像を超えている。埋蔵物の危険を子孫にど

う伝えるか。やはり、無理な計画ではないのか。カメラは執拗(しつよう)にこの

主題を掘り下げてゆく。

日本は使用済み燃料の再利用循環(核燃料サイクル)と、その過程で出る廃

物の最終処理をめざしているが、道筋はついていない。不確定という点でフ

ィンランドよりはるかに無責任な状況なのに、大量の使用済み燃料を吐き出し

ている。それでいいのだろうか。


10万年、10万年、10万年 ・・・・・・ 考えただけでもクラクラする。

ちなみに10万年前の人類と言ったらネアンデルタール人の時代。10万年なんて想

像できるわけもない。まして何年も前から巨大地震の警鐘を鳴らしている人がいたに

もかかわらず今回の地震を想定外と言い切ってしまう日本には、10万年後のことな

んて想定できるはずがない。そして現在、世界には25万トンの放射能廃棄物がある

というのだ。25万トン!!

上記にリンクした記事の中で山田孝夫氏は『一方、多くの国民は、無言のうちに別の

教訓を学んだ。原発から生まれる放射性廃棄物の害毒と制御の難しさである。それ

は、かねて反原発派の常識ではあったが、いまや国民世論に広く深く浸透した』と書

いているけれど、私が今回の原発事故でもっとも驚いたのは、原発にかかる莫大な

コストのなかでも、すでに使用済みになった核燃料の処理にかかる想像を超えるほど

莫大なコストだ。もうすでにエネルギーを供給しなくなったものにそれだけのコストをか

けて、しかもそれが本当に安全になるのが10万年後だなんて、生み出されるものと

失うものの差し引きをどうしてみたところで合わないと思うのに、いったいそれをいつ

まで続けるんですか? って話。想像を絶する環境破壊や生物被害のリスクを抱えな

がらそれだけのコストをかけて原発を使い続けるくらいなら、そのコストを安定的な自

然エネルギーの研究・開発・普及にかけられないものかと思う。

3.11以来ずっとそうだけれど、何かを調べていると次から次へと今まで知らなかった

ものすごい現実が芋づる式に出てきてハマってしまうので、今朝もそれから次々に関

連情報を読んでいて朝の2時間がぶっ飛んでしまった。もう目は充血するし頭は一気

にぐるぐる高速回転しだすし ・・・・・・。

毎日のようにブログをアップデートしているからきっと人からはわからないと思うけれど

ある時期から自分のなかの書きたいことが言葉にならなくなってきている。そのもどか

しさというか違和感 ・・・・・・ 。たとえば息子とは相変わらず原発についてディスカッシ

ョンしているけれどそんなことは書けない。それは誰かに対して遠慮しているからかも

知れないし我々の会話の内容が文章化するには少々乱暴だからかもしれないし、ま

だそれが自分の中でしっかりフィックスしてないからなのかもしれないけれど・・・・・・

ふつうに節電・省エネ生活をしながら健康的に生活し、働いて、わずかながら寄付を

する。その程度が今の自分にできることで、そのことにコンシャスでありさえすれば今

すぐじゃなくても自分に合った何かできることが見つかるだろうと思っている。でも、そ

う思いながらも無意識に、他に自分に何ができるだろうと考えたりしている自分がいて

昨日も料理をしながらうっかり包丁で指をちょん切りそうになってしまった。

・・・・・・ 何があっても心ここに在らずはイカンです。

さて、この映画、『100,000年後の安全』は、現在全国各地の映画館で上映中、ま

た今後、上映予定のようです。映画館によって多少違うけれど、鑑賞料金から一部を

東日本大震災の義援金として寄付するそうです。

何かを考えるのも決めるのも、正確な情報を多面的に知ることが大事、と思うので、

非常に混雑が予想されて観られるかどうかはわからないけど、まずは映画館に行っ

てみようと思います。以下、公式サイトをリンク ↓  check it out!

              100,000万年後の安全 公式サイト

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2011年4月15日 (金)

これからだよ、日本は!

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親友の友人、という縁で、エハンさんには何度か会ったことがある。

そのどれが最初だったかもう忘れてしまったけれど、たしかあれはある夏の終わりの

まだ暑いころ、当時エハンさんが住んでいた広尾のマンション近くのアイリッシュパブ

で待ち合わせたのが、たぶん最初じゃなかったかと思う。

「僕の友人で、エハン・デラヴィっていう、世界中の秘境を旅してるインディ・ジョーンズ

みたいな人がいるんだけど、こんど東京で会うとき、あなたも join しない?」

なんて言われて、「オーライ!」と出かけて行ったのだった。

広尾といったら東京でもかなりアッパーな雰囲気の街だと思うけど、初めて会ったエハ

ンさんはランニングに短パン、という非常にラフな恰好でビールを飲んでいた。

そして初めて会ったにもかかわらず、すごく気さくなビッグ・スマイルで迎えてくれた。

なんて気取らない気さくな人なんだろう! というのが最初の印象だった。

それから我々は代官山まで歩いて行って、当時トレンドだったブッダ・カフェで生春巻

きやら大根餅やらの無国籍料理を食べたのだった。その間、エハンさんは大きなジョ

ッキでビールをガブガブ飲んでいた。たぶんビールをしこたま飲むせいで、当時のエハ

ンさんのお腹は今よりずっとファットだった。

流暢な丁寧で美しい日本語に関西弁が混じる面白い喋り方。手振り身振りに豊かな

表情、擬音をまじえながら、膨大な知識と記憶力でありとあらゆることについて時に真

剣に、時に面白おかしくユーモアたっぷりに話すエハンさんはサイコーに面白かった。

たぶん、エハンさんが話している動画をちょっと見ただけでもわかると思うけど、天性

の話術師なのだ。たぶんエハンさんのセミナーなら、少々長くても退屈することはない

んじゃないかと思う。

そして、そのときだったか別のときだったか名前を聞かれて私が答えると、エハンさん

は「シンクロニシティだ」と言った。単純にエハンさんの奥さんと私のファーストネーム

が同じだったのだ。私の名前は特にめずらしい名前じゃないけれど、かといってそれ

ほどたくさんいるわけでもないから、たしかに少しは意味というか縁があるのかもしれ

ない。それから少し後に友人が立ち上げた会社に私が入ることになって、そのころ出

版されたのがエハンさんが翻訳したこの『パワーか、フォースか』という本。それをもと

にセミナーを企画した。私がしたのは人と場のセッティングと事務局程度だけれど。

そのときエハンさんにサインをしてもらった446ページにも及ぶ、人間の意識レベルに

ついて書かれた『パワーか、フォースか』についてはまた機会があったら書きたいと思

う。・・・ というより、私が何か書くまでもなくすごく面白い本なので、ぜひ読んでみてく

ださい。ちょうど意識のシフトを迎えたいま読むのにも最適な本だと思います。

そして以前会ったときにエハンさんは、本当はカナダの豊かな自然の中にいるほうが

あんな劣悪な環境の大阪にいるより自分としてはずっといいのだけれど、神の啓示が

あって「お前は日本に行け!」と言われたので(日本に自分のミッションがあるような

ので)また日本に来た、と言っていたのだけれど、そのエハンさんが今また日本に来

ている。

なんと震災後、この日本の窮地にいてもたってもいられずにカナダから駆けつけたの

だそうだ。日本の4ヶ所でセミナーを行い、そこでみんなから集めたメッセージ(Hope

Book)と、義援金で必要な物資を調達し、自ら4トントラックを運転してついに昨日、被

災地の女川町に到着した様子がライブでPPP(Pray、Pride、Power)プロジェクトのブ

ログにアップされている。エハンさん、すごい行動力!

このプロジェクトのスローガンが『これからだよ、日本は!』なのだ。

私には『がんばろうニッポン』より力強く感じます(^-^)

よかったらぜひチェックして応援してください。

 PPPプロジェクトブログ →  これからだよ、日本は!

そして、今日のこのニュースもすごかった!

久々の朗報!!

<放射性物質>顔料使ってセシウム汚染水浄化 東工大が開発
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110415-00000023-mai-soci

ほんと、まだまだこれからです。日本 。

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2011年4月12日 (火)

揺れる大地

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昨日の午後からの急激な天気の変化はもの凄かった。

快晴から一転、暗くなって雷鳴が轟き始めたと思ったら、じきに激しい暴風雨。

夕方、スカイプで仕事仲間と話しているときに突然きた、激しい揺れ。

慌ててスカイプを切って食器棚を押さえつつもTVをつけると、福島で震度6弱の地震。

それからはなんだかすっかり気持ちが萎えてしまって雨のなか買い物に行く気持ちに

もなれず、ありあわせの簡単な夕飯ですませた。

それから朝までの間にだって、どれだけ揺れたことか。

今朝は今朝で早朝、けたたましい消防車と救急車のサイレンの音で目覚め、それが

ごく近くで止まったのが気になったが、これだけ揺れ続ければ人だっておかしくなろう

というものだ。そして起きた直後に今度は長野で震度5弱の地震。

先月の地震からずっと揺れ続けているからもう震度3くらいでは慣れつつあるけれど、

ときどき自分が揺れているのか地震かわからないときがある。うちの目安はペンダン

トライトのコード。揺れがひどいときには部屋の天井につるしたウィンドチャイムがカラ

ンコロンと大きな音で鳴りだす。

地震の回数でいうと、先月の地震発生から昨日までで震度4以上の地震だけで100

回以上、それ以下の地震を入れると16000回以上だそうだ。

そして今日、経済産業省原子力安全・保安院は福島第1原発の事故を国際原子力事

故評価尺度を、ついにレベル5からレベル7に上げたそうだ。

政府は絶対チェルノブイリと同じにはならない、と言い続けたんじゃなかったっけ?!

地震から半月経ち、4月頭に感じた疲れを、ひと月経ってまた新たに感じている。

けれど昨日の酷い天気から一夜明けれてみれば何事もなかったように空はまた素晴

らしい快晴で、外に出れば芽吹いたばかりの新緑がどこまでも優しい。

うちの近所には私の好きな、ものすごく大きな樹があって、前を通るたびにその下に

立って樹を見上げるのが習慣になっている。空に突き抜けるような巨大な樹は長く枝

を垂らして、私に優しく手をさしのべる。

自然は偉大だ。

それを前にしたら人間はただひれ伏すしかない。

そして、自然はいつも美しい。

それにくらべたら人間の営みはそれを汚すばかりでちっとも美しくない。

先日、新宿の汚い街を歩きながら、全てを押し流されるべくは東北の美しい自然にあ

ふれた町ではなく、この汚い都市のほうなのではないのかと思った、その気持ちが頭

を離れない。そうなったら自分も押し流されようが、それもいたしかたのないことなので

はないか。とか。

束の間、新緑に癒されて遅い昼食のサンドイッチを買って家に戻れば、息子が「また

すごく揺れたよ」と。またもや福島県浜通りで震度6弱の地震。

思わず心の中で、もうTVにその町の様子すら映らなくなった名前を絶望的な気持ちで

つぶやいた。・・・・・・ フクシマ!

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2011年4月11日 (月)

2時46分の桜

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巨大地震からひと月。

昨日、妹に会ったら、震災直後から報じられていた惨状からてっきり駄目だろうと思っ

ていた南三陸町の友人とやっと数日前に連絡がついて、無事だったことがわかって心

底ホッとしたと言っていた。

運よく助かった人もいれば、助からなかった人もいる。

2時46分、黙とう、合掌。


それまで穏やかに晴れていた空をにわかに黒雲が蔽い始め、春の陽気だった大気が

ひんやりし始めた。

遠くで轟く雷鳴、稲光。

そして雨 ・・・・・・

空は大地は何を怒り、何を憂えているのか。

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2011年4月 1日 (金)

原発なかったら生活できないじゃないと、ご心配のあなたに

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さっきHNKのニュースウォッチ9を見ていたら、3.11の地震の名称が『東北関東大

震災』から『東日本大震災』に変わったと言っていた。やれやれ。

その東日本大震災が起きた直後から、地震のことより原発事故のことばかり気にし

ていた息子。震災後数日間は自分がネットで知り得た情報を逐一報告してくれるもの

だから、それも私にとっては大きなストレスになっていた。しかも、それほど神経質に

気にしていた原発事故なのに、息子の言動ときたらまるで原発擁護派なのだ。

「原発がこわいんじゃなくて、人のミスがこわいんだ」「世の中で起きる大事故と言わ

れる事故の8割か9割が人災だよ。人はどんなに気をつけてたってミスするものだよ

それに原発は他のミスとはくらべものにならない、ケタ違いだよ。ひとたび間違って制

御不能になったらもう人は手がつけられないんだから。だいたい人間の手に負えない

ようなものを扱うこと自体が間違ってたんだよ」「でも電気がなかったら生きていけない

じゃないか。また電気が無かった頃の時代に戻れっていうのか」「原発がなくてもやれ

るかもしれないじゃないの。もともと人の歴史は不可能と思われることを可能にしてき

たんだから」 ・・・・・・

ごくごく割愛だけれど、こんな攻防を息子とどれだけやりあってきたことか。

ほんとに疲れた。

以前からずっと私はこのさき世界のスピリットを牽引していくのは日本だ、と言ってい

たのだけれど、こんな形で日本が世界の原発にストップをかけることになろうとはなん

て皮肉なんだろう。

そして今日朝1で、友達のライターで庭師のyaoyao さんから『原発いらない』広げませ

んか、というメールがきたので、ここにそのまま転載しようと思う。

以下、原文のままです。

*****************************************************************

福島の原発事故で福島では、廃炉の措置が既定路線となってきましたが、その一方

で、「安全性を強化させて、他の原発は存続」の声も聞かれます。

ところが、原発って、いますぐストップしても、なんら困ることはないそうです。

それをお伝えしたくてメールをしました。


 原発なかったら生活できないじゃないと、ご心配のあなたに


東日本大震災で原発のモロさ、危険性が露になりました。

それでも「電気に頼った生活には、原発は必要不可欠でしょう、日本の電気は4割が

原子力なんだから……」、と原発とはいやいやながらも共存していかなけりゃと思って

いませんか?

でも、大丈夫!

私たちは原子力を推進したい電力会社と政府の長年の「原子力キャンペーン」によっ

て、そう思いこまされてしまっているだけ。

「原発なくても大丈夫」という裏づけとなるこのハナシ、読んでみてください。気持ちが

楽になりますよ。


http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=233184

http://blogs.yahoo.co.jp/mvbzx0147/28280966.html


また、これまでの電力会社+政府の「原子力キャンペーン」のウソをゆる~く、わかり

やすく解説したアニメが、「源八おじさんとタマ」、必見です。

1~5が、ユーチューブで見られます。


 脱力系反原発アニメーション →  源八おじさんとタマ


狭い地震国の日本。

原発におびえながら暮らすより、まずは原発を止めて、それから自然エネルギーへの

転換を選択しませんか?

そのうえで、「ちょっとの不便を楽しむ」ぐらいの遊び心、あってほしいとも思うんです。

避難区域の人たちは、もう再び住み慣れた土地に戻れることはないのでしょうね。

その一方で、屋内退避や自主判断など、あいまいな措置がとられ、命が軽視されて

います。暮らしを育んで来た土地が再び、もとの営みに戻ることもありません。一帯

の自然環境、犬、猫、家畜、丹精こめて育てられた作物や草花なども、見殺しです。

また、遠く離れれば薄まるとはいえ、放射能は、電気を享受する生活とは程遠い地域

にまで、影響を及ぼします。

私は、自分たちで始末しきれないものは、動かすべきではないと思います。

また、国は、この償いに新たに税金を投入しようとしていますが、危険な原発を推し進

めた責任は、不問にされるのでしょうか?

そんなことは許せない! 

復興支援に力を注ぎ、心を通わせるとともに、その点にも注視していきたいです。

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2011年3月31日 (木)

3月が終わる

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3月が終わる。

大地震と大津波が一気に数万人の命を奪ったもの凄い月が終わる。

あの地震で地球の1日の長さはわずかに短くなったらしいのに、11日以降なんだか

すごく長かった。ゆうにひと月ぶんくらいの消耗度。

まだまだ何も終わらないのに。

それでも日に日に日は長くなり、着々と花は咲く。

がれきをのけて昼夜を徹して線路を、道路を直し続ける人々。

静かな渋谷のスクランブル交差点。

人は変われるのか変われないのか。

明日から4月。

終わりの始まり。

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