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2011年12月 1日 (木)

白いコーヒー

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さわやかな風が吹いている 六月

ゆうべはあんなに恐ろしく雨戸やガラス窓を

揺り動かし、小さな蛍光灯で翻訳小説を

読んでいたぼくの額に、青い汁を垂らせていたのに


いま朝 あの邪悪な風の意思、あの

入り組んだ話の筋を追うのを中断させた忌々しい

うなり声、ついにぼくの手から本を奪って

ウィスキー・グラスを押しつけた、あの険悪な息は


ない! 悩ましげに身を揉んでいた

ミズキやソメイヨシノの林は、無数の葉を

さざなみのように瞬かせ、窓に光の挨拶を送っている

なんということだろう、ゆうべの


闇の吊り上がった目がいまはこんなにも

やさしい緑の微笑に変わってしまう風の表情

自然にからかわれているだけなのか、ぼくは

と、すこし憂鬱になってしまう でも


涼しい風は快く、青空のした、遠くの街から

いまにも行進曲が聞こえてくるみたいな ── パンを

一枚焼き、コーヒーをいれる 茶色の

茶碗にフィルターペーパーをかぶせ、ひとさじの粉に最初の


熱い数滴をそそぐと、たちまち芳香がひろがる ついで

一気に一杯ぶんの湯を これで

気分のわるいわけはないのだが、それでも

心が揺れ動くのは、自然のなかの自分が


ゆうべのあらしから、錨の爪でひっかかれる

海底の砂のように、荒らされ、曇っているからなのだろう

「あるものはないものばかり」つづめていえば

そうなるが、ムクドリも、ヒヨドリも


愉快そうに林から出たり入ったりしているではないか!

茶碗に入ったコーヒーを見る 茶色の

容器のなかの茶色い液体とは、ずいぶん

陰気だな ── ともあれ、あした


また、口笛のように風が吹きだすとしても、きょうは、

きょう、生きるに値する幻があればいいのだ

たとえば、白いコーヒーがなみなみと

茶色い茶碗につがれる、ある夜の!


( 北村太郎詩集『笑いの成功』より、『白いコーヒー』 )

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12月になった途端に真冬の寒さになった。

今日つめたい雨のなかを白い息を吐きながら歩いていたら、八王子では雪になるかも

しれない、という昨夜聞いた天気予報の言葉もありえないことではないと思えた。

そんな風にいきなり寒くなると人の感覚って面白いもので、暑いあいだにはそれほど

ほしいと思わなかった甘いものが急にほしくなる。来るべく寒い冬に備えてからだが少

しでも脂肪を蓄えておこうとするのか、それとも寒さでかたまったからだをほぐしてホッ

とリラックスしたいと思うのか。毎年この季節の寒い夜には、ふだんは飲まないスパイ

スの効いた甘いホットチャイとかホットチョコレートを飲む。

写真のカップに入っているのは、白いコーヒーならぬ白いココア。

私にとってはこの詩のイメージが鮮烈な記憶になっていて、パッケージを見たときから

ずっと気になっていたのを、ただ茶色いカップに入った白い飲みものが見たい、という

理由だけで今日買ってみた。まず見た目は泡立った白いミルクにバニラのつぶつぶが

入っていてかなり悪くない。そして味は濃厚なホワイトチョコレートの味でおいしい。

でも、すごく甘い!

これを濃ゆいエスプレッソと半々に割ったりしたらもっといいかもしれない、と思う。

そして詩の感覚でいえばこの詩も6月の詩であって今の季節ではないのに、私がこの

詩を思いだすのはいつもきまって冬。

12月ともなると今年ももうすぐ終わりだという思いと同時に、今年中に会うべく人には

会っておこうというような妙な気持ちに毎年、なる。時間はひとつらなりのものだから

今年の12月31日と来年の1月1日にどんな違いがあるかと聞かれたらとくべつ何も

ないのだけれど、こんなところも、けじめ、始まりと終わりにこだわる日本人の性か。

クリスマスまで毎日ひとつづつ窓を開けてゆくアドベントカレンダーなるものがあるけ

れど私の感覚はむしろ逆で、大晦日に向けてひとつづつドアが閉まってゆく感じ。

そして、きまっていつもこころの片隅に立ち上ってくるのは微かな苦い後悔の念。

後悔なんてなんの役にも立たないのに ・・・・・・

この詩のなかで好きなのは最後の4行。

とくに『きょうは、きょう、生きるに値する幻があればいいのだ』の一節。

それって真理で(少なくとも私にとっては)、そう思えれば後悔することなんてほんとは

何もないのかもしれない。

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