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2011年9月30日 (金)

自由な精神の息づくところ

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そうだ、セツっていう手もあったんだ、と思ったのはいつだったか。

それからずいぶんいろいろなことがあってすっかり時間が過ぎてしまったけれど、昨

日、午後もだいぶ遅くなってからふいに思い立って娘を連れて家を出た。昨日も秋の

美しい日で、幸いまだ新月のパワーも残っているようだったから。

滅多に足を運んだことのない曙橋で降りて地図を見ながら歩いてゆくと、それは細い

路地を曲がった急な上り坂の途中にあった。

これがセツ・モードセミナーか。

まるで学校のようじゃない。

一目で私は気に入ってしまった。

白いアーチをくぐって階段を上ると目の前には絵のかかっている開放的な空間が広

がり、右手前受付窓口になっていて、その前には男子学生が立って何やら楽しげに

受付の女性と話していた。そして、そのすぐ横、やはり開かれたままのドアの向こうに

広がる緑が輝くテラスにも目を奪われた。

なんて素敵なんだろう!

男子学生の話の邪魔をしないようにしばらく近くで立って待っていたのだけれど、いっ

こうに終わりそうにないので話の途切れ目に受付の女性に挨拶をして「学校案内をい

ただきたいのですが」と言うと、彼女はまず受付のノートに住所・氏名を書くように言っ

て、娘が書き終わると一冊の白い冊子を渡してくれた。それから、そのオノ・ヨーコに

ちょっと似た雰囲気の女性は窓口から出てきて、壁のボードを指しながら授業のカリ

キュラムについてざっと説明してくれ、いまは授業中だからアトリエは見せられないけ

れど、もし時間があるなら授業が終わるまで待っていただければご案内できますよ、

と言った。ちょうどいま下のギャラリーで水彩がうまくなった生徒が個展をやっている

からそれを見に行ったらいいし、あとは長沢節の本がいっぱいあるからそこに座って

時間まで読んでてもいいし。と言って、彼女は奥から本をたくさん重ねて持ってきて、

テーブルの上に置いた。もちろん、そうさせてもらうことにした。そのために行ったのだ

し、どれも素敵な提案だったから。

下のギャラリーでは女の子が2人、楽しそうにわいわいやっていた。水彩がうまくなっ

たので先生から声がかかって個展をやらせてもらえることになった女の子と、すでに

OBで個展を見に来た友達らしかった。なんと私をセツの学生だと思ったのだそうで、

私が「まさか!」と驚くと、すかさず「あなたみたいな人ここにはいっぱいいますよ!」

と言われてちょっと面喰ってしまった。たしかにそうやって初めて会った人に自分の思

ったことをパッと言うところなんか、私っぽいかもしれない。娘はさらっと一巡するとギ

ャラリーを出て行ってしまったけれど、私はしばしそこで彼女たちと盛り上がってしまっ

た。屈託ない明るい女の子たち。でも、そこで彼女たちのセツに対するストレートな思

いを聞けたのはすごくよかった。

2階に戻ると娘はロビーの椅子に座って本を読んでいた。

私もパラパラっと読んでから、受付で売っている前から欲しかった長沢節の本を1冊

買って、「ここのテラスの写真だけ撮らせてもらってもいいですか?」と先ほどの女性

に聞くと、彼女は快く「いいですよ」と言った。

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そして、テラスの中にある植物について説明しながら案内してくれた。

生徒が卒業記念に植えて行った今やものすごく大きくなってしまったトネリコの木。

椅子とテーブルが置かれた上にあるパーゴラのブドウの木。5月には淡いピンクの花

をいっぱいつけるツルバラ。それからテラスにあるとは思えないほど立派な桜の木!

これは八重桜で、いつも散ってしまうかと思っていると卒業式までもって、卒業写真を

ちゃんと飾ってくれるのだそうだ。庭は素敵だったし、彼女はとてもいい人だった。

ますます私はセツが気に入ってしまった。

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それからしばらく本を読んで待っていると1人、2人と学生が上から下りてきて賑やか

になってきた。どうやら授業が終ったようだった。受付の女性が「お待たせしました」

とやってきて、「それでは、どうぞ」と言う後ろについて、やっと1人が通れるくらいの細

い階段を上って3つのアトリエを見せてもらった。三方を窓に囲まれた明るく風通しの

よさそうな、どれも似たような何もない四角い部屋だったけれど、とてもよかった。何が

よかったって、シンプルでアナログがところが。部屋の中にはコンピューターや機械の

ようなものは何もない。あるのは座板を開けると物入れになる昔ながらの椅子と、さん

ざん使い古した画板だけ。学校はこの空間と時間とモデルを提供し、生徒は紙と鉛筆

さえあれぱデッサンができる。週3日、1日3時間×3回で9時間、ただ絵を描くのが

好きで、ただひたすら絵を描きたい者にとっては最高の場じゃないか。そしてここでは

誰かから、ああせえ、こうせえと言われることもないそうだ。他人の迷惑にさえならな

ければサボルだって自由。そう、セツは建物の隅々に至るまで長沢節の自由な精神

が息づいている。だから、ここにただ絵を教えてもらいに来た人、人から指示されない

と動けないという指示待ちタイプの人には向かないかもしれない。そして自由だからっ

てなんでもいいわけではなくて、暗黙のうちに長沢節の美学を理解して受け入れた人

それをやれる人だけがいられる場所なんじゃないかな、とも思う。休憩時間に自由に

利用できる階下のセツ・カフェではお水と麦茶はタダ、珈琲と紅茶は100円。その壁

に貼ってあった『下品な缶ジュース等の持ち込みは禁止』の貼り紙が印象的だった。

もっと高い授業料を払ってアカデミックな絵画教育をしてくれるところはいくらでもある

だろうけど、この全てにおいてだらしなくなってしまったいまの日本において、少なくと

もその建物内にいるときだけでも何が上品で何が下品なのか、何が美で何が醜なの

かを徹底的に考えられる場としてのセツ・モードセミナーって素敵だと思う。

というわけで、自分が絵が描けるものなら自分が行きたい! くらいの気持ちでそこを

後にした。下はシンプルが美しいセツ・モードセミナーの学校案内と、前から欲しかっ

た長沢節の本、『弱いから、好き』。

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私はこの本のタイトルだけで好きだ。やられる。

そしてセツの学校案内、娘が「これ面白いよ」と言うとおり、この中に書いてあることも

かなりユニークで面白い。既存の型にはまらない、学校っぽくないところが好き。

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2011年9月29日 (木)

パンダ

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夕方、いつも娘と夕飯の買い物に行く途中、一軒家が並ぶ低い塀の上や植え込みの

暗がりの中から「きゃ!」とも「にゃ!」ともつかない短い鳴き声で呼ぶ猫がいて、その

猫が白に黒の斑模様でまるまる太っていて、ころころ転がるように走るので『パンダ』

と名付けた。いったいぜんたい猫というものは呼ばれたら鳴く習性なのか知らないけ

れど、「パンダ!」と呼ぶとこちらを見て「きゃ!」と答える。それでこちらが嬉しくなって

ちょっとでも近寄ろうものなら、すたこらさっさと逃げてしまう。そのくせ、こちらが近くに

隠れているパンダに気づかず素通りしそうになると、例の短い鳴き方で「にゃ!」と呼

んで居場所を知らせる。でも近寄ると逃げてしまう。人でも猫でも呼び名ってのは重要

らしくて、そんなことをやっているうちにすっかりこのパンダに愛着が湧いてきてしまっ

た。敵は敵で、こちらがにこにこしながらパンダ・パンダと呼ぶものだから、どうやらこ

の人間たちも脈がありそうだと踏んだようだ。夕飯の買い物袋をさげて帰ってきたとき

に出くわそうものなら、いつもよりしつこく鳴き続ける。目は買い物袋に釘付け。

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そうこうしているうちに娘がキッチンで食品を入れている籐かごの中から、「これもうす

ぐ賞味期限切れだよ!」といってビニール・パックされた半生タイプのキャット・フードを

つまみ出した。それを買ったのははこの夏、連日33度以上の猛暑が続いた日のこと

だ。お昼の買い物に行こうと階段を下りて行くと、1階の階段のコンクリートの踊り場で

口を半開きにしたまま、うつぶせの大の字で伸びている猫をみつけた。階段の途中か

らその猫を見たときはあまりの脱力ぶりにてっきり死んでいるのかと思ってびっくりし

たほどだった。見るからに疲れ果てた母猫で、私は同業相憐れむというところでその

猫がかわいそうになっちゃって、その母猫に栄養をつけるためちょっといいキャットフ

ードを買って帰ったのだった。私が横を通り過ぎようとしたとき母猫はくっと頭を持ち上

げようとしたけれど、私が「そのままにしてていいんだよ」と言いながらそっと脇を通る

と、またがっくり顎をコンクリートにつけてしまった。よっぽどへばっていたんだと思う。

そんな風だからすぐに戻ればまだいるかと思ったのに、誰かに追い払われたのか、

買い物して帰ると母猫はいなくなっていた。かごに入っていたのはそのときのキャット

フードなのだった。

「そうだ、パンダにあげようか」と私が言った。

買い物にはほぼ毎日行くので毎日のようにそこを通る。でもパンダは毎日そこにいる

わけじゃなかった。とりあえず出会うまで毎日それを持って出よう、ということにして娘

と家を出た。パンダのいそうなところを見ながら歩いたけれど行きはいなかった。そし

て買い物をすませてだいぶ暗くなりかけた帰りにまたそこを通ると、「きゃ!」と呼ぶで

はないか。

「おお、パンダいたんだね。今日はいいものがあるよ」と言うと、まるで言葉がわかった

みたいにパンダの目がキラキラっと輝いた。娘がポケットに入れていたキャットフードを

取り出すと、ますます目がまんまるに。もはや娘がビニールパックからそれを取り出す

のも待てないといった風情で短く鳴き続ける。やっとビニールを剥いて目の前に置いて

やるとガツガツと食べだした。よっぽどおいしいらしい。ノラらしく通行人が近くを通るた

びに気にして顔を上げて一瞥していたけれど、それでも小さく唸りながら夢中で食べて

いた。あっという間だった。そしてぜんぶ食べ終わったとき、パンダが私たちを見る目

はすっかり変わってしまっていた。つまり、パンダのなかで我々は昨日までの何もくれ

ない人からくれる人に変わったのだった。もっと可笑しかったのはその次に会ったとき

のことだ。いつも短い声で鳴いて居場所を知らせては逃げてくだけのパンダが、私た

ちを見つけるなり、「にゃあああ~ん!」と甘えるように長鳴きしながら目の前に現れて

地面にお腹を見せてごろりんと転がってみせたのだ。私が近寄ろうとするとやっぱり

サッと身を翻して慌てて逃げて行ったけど ・・・・・。なーんだ、長く鳴けたんじゃん。猫

ってなんてゲンキンなんだろうねえ! と言って娘と大笑いしてしまった。

そして先日はまたまた信じられないものを見てしまった。

夕飯の買い物帰りにすっかり暗くなった舗道を娘と「パンダいないねえ」と言いながら

歩いていたら、前方からパンダみたいな白いものがころころと転がるようにこっちに向

かって歩いてくる。思わずパンダかと思ったら、袋を持ったおじさんの後ろから嬉しそ

うに足にまとわりつくように歩いているから「なんだ犬か」と思ってもう一度見直したら

やっぱりパンダなのだった。あの警戒心が強くてなかなか人に懐かないパンダが犬

みたいに人についてまわるとは・・・・・・

きっと毎日パンダにエサをくれるおじさんなんだね、と言いながら通り過ぎた。

きっとノラの中にも人間にちょっとずつこころを許す段階みたいなものがあって、きっと

それをぜんぶ(?)突破するとあんな風に無防備になるんだろう。

ときどき、うちにも猫がいたらなあ、と思う。

特に今みたいな秋の、妙に何もかもが空虚でこころが空っぽになりそうなときに、境

界を越えてやってきて、わけのわからない温かさで余白を埋めてくれるような猫がいて

くれたらどんなにいいだろう。

でも、そう思う一方で、猫きちがいの友人が「猫がいるから一泊以上は留守にできな

い」なんて言うのを聞いていると、やっぱり私には無理だなと思うのだ。今だって子ども

2人のケアで充分に不自由なのに、これ以上不自由にはなりたくない。

まだとうぶん、近所のノラをかまってるくらいが私にはちょうどいいのかもしれない。

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『今日のかわいい』はニュースでみつけた本物のパンダ。

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ビジュー・ド・ネージュ

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誕生日の赤いバラはとうに萎れてしまったけれど、新月に自分のために一輪だけ白

バラを買ってきた。

ビジュー・ド・ネージュ。

『雪の宝石』という名のバラ。

「それじゃあ、またね」と言ってコトリ花店のドアを閉めようとしたところでコトリさんが

慌てて私を呼びとめた。何をするのかと思ったら花バサミでバラの枝からサンザシの

実を切り取って渡してくれた。それはまるで子どもの頃に駄菓子屋でおばちゃんがオ

マケをくれたみたいな感じで、ちょっと可笑しくなってしまった。彼女はいつもこころを

尽くして相手にいまの気持ちを伝えようとする人。それが彼女のつくる花にもよく現れ

ていると思う。

真っ赤なサンザシは赤いルビーのよう。

そういえば秋でも樹木が燃えるように黄葉する頃が一番好きだな。

思わずアル・クーパーの『Jolie』を思い出して気持ちも高揚してしまう。

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そしてビジューといえば、そんな言葉がぴったりのアロマテラピストの清香さんが昨日

はお店に来ていて、ちょっとお話しすることができた。

前回、私も参加させていただいた彼女のアロマのワークショップ、予約がまだ1名分

だけ空いているみたいです。気になる方はコンタクトしてみてくださいね*

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AROMATHERAPY WORKSHOP        

  天然成分をぎゅっと詰め込んだボディスクラブ作り

                

今回のワークショップでは夏の紫外線をたっぷり浴びたり、暑さでエネルギーを消耗

した後などにぴったりのボディスクラブを作っていきます。

ビタミンやミネラルを豊富に含んだ天然素材のやさしいスクラブ、ハチミツやオイルを

ふんだんに使って作ったスクラブジェルでお肌をマッサージすることで毎日のケアで

落としきれない汚れを優しく取り除き、必要な栄養分を与えることが出来ます。

またアロマの良い香りを嗅ぐ事で栄養分の吸収も高まります。

暑くてさっとシャワーで済ませがちなバスタイムや疲れがたまった時、ボディスクラブ

を使うことでリフレッシュ効果がぐっと上がります。

アロマに関する講義も盛りだくさんなのでアロマの知識を深めたい方や日常生活に

アロマを取り入れたい方におすすめです。もちろん今までにアロマテラピーを試した

ことのない方でも楽しめる内容です。

まだまだ暑さが続きそうな今年の夏にぴったりのワークショップ、ぜひご参加お待ち

しています。


日時:2011年10月4日(火)13:30-15:30

場所:plus ai 東京都小平市鷹の台25-5 

 西武国分寺線「鷹の台駅」下車。徒歩5分 

 http://www17.ocn.ne.jp/~plusai/indextop.html

定員:6名


費用:3,500円 (材料費、お茶、お菓子込)

持ち物:筆記用具、ノート

講師:安西清香(英国IFA/IFPA認定アロマセラピスト)

ご予約・お問い合わせ kiyoka1977@gmail.com/090-2935-7474

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2011年9月28日 (水)

秋の光

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爽やかな9月の水曜日。

空は雲ひとつない秋晴れ。

陽射しはあたたかく、風はここちよい。

つい先日までの猛暑に辟易としていた人たちは、この季節をこころから歓迎してるだ

ろう。私も秋は嫌いじゃない。でも、やっぱり暑くても夏が好きだ。何が違うって光。

夏の光は諦めることを知らない無邪気なこどもみたいだけれど、秋の光は大人だ。

諦観に満ち満ちた優しさで、「もう全ては過ぎてしまったんだよ」と私に教えてくれる。

私はセンチメンタルなこどもだから、いつだってそんな分別をぶち壊す荒々しさが必

要ってわけなのだ。情熱や、スピード。

たとえば久しぶりに気になる誰かを思い出して電話してみようかと思っても、相手は

電話に出てくるわけもないからしない。ある感情が私を捉えて、それを誰かと共有し

たいと思っても、話しかけた相手のいまの心情によっては共有どころかうんざりして

しまいかねないから、やっぱりしない。本当に、壊れやすいデリケートな感情を誰かと

共有できる瞬間なんて、滅多にない奇跡的なことなんだと思う。となると、あとは徹底

的にひとりでいるしかないか。

気温が急に下がり始めると身もこころも無意識のうちに寒さに向かう準備をし始めて

だからおのずと緊張体質の私は徐々に防備をほどいて解放されてゆく季節のほうが

好きなのだと思う。

物思いの秋がやってきた。

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2011年9月26日 (月)

23歳の夢

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今朝いつものように息子が最後に起きてきたから、「よっ、23歳。いい夢は見れたか

い?」と聞くと、ポケっとした顔で「そういえば、変な夢みた」という。

聞けばなんでもマイルス・デイヴィスがどこかのホールか会議室みたいなところに人を

集めて音楽の公開授業のようなものをしていて、それを、どう考えても全く音楽をやっ

てない友人から知らされて、自分はとうに知っていたのだけれどその友人と一緒に行

くことになって、会議室みたいなところで授業を受けた。マイルスは授業の間は英語で

通訳を介して話していたのが、授業の後の質疑応答になるとなぜか日本語でふつう

に話していた。いつもの派手な服を着て、黒いサングラスをかけて、頭の上のほうが

少し禿げかかってたからかなり歳になってからのマイルスだった、なんて言うのだ。

それで、「へー、すごいね。マイルス直々に授業を受けたんだ。それで楽しかった?」

と聞くと、「ここの構成音のコードは何か」と質問されて、僕より音楽をやってない友達

のほうが先にわかったみたいだった。どうやら友達は予習をしてきたらしかった。それ

で、授業が終わるとその音楽をやってない友達が別の先生から今日来られなかった

生徒に届け物をするように頼まれて、友達が「面倒だから一緒に行ってくれないか」と

僕に言うので行くことにした。マイルスの授業は1週間あるんだけど、歩きながらその

友達が、「明日もマイルスの授業はあるっけ?」と聞くから「うん。あるよ」と答えたら目

が覚めた、ということだった。


この夢のキーワードはその『どう考えても音楽をやってない友達』にあるんだろうけど、

しかし実に夢の内容を詳細に憶えてるもんだな、と思った。

夢の中でも音楽のことばっかり考えてるんですね。

私の夢にはよく、まったく知らない男の人が出てくる。

それで私は『ついに運命の人現わる、か?!』と思うのだけれど、現実にはなかなか

現れない。(笑)

息子は明日はギターかついで出かけるらしく、めずらしく天気を気にしていたけれど、

明日はどうやら関東も関西も晴れるようです。

よかった。

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2011年9月25日 (日)

Happy Birthday

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本日、息子の23歳の誕生日。

私の顔さえ見れば「ブーブ買って」と言ってたあの小さな男の子がもう23歳になるとは

驚きです。すごく月並みな言い方だけど、親は年とるわけです。

息子を産んだ日、家族と別れて真っ暗な6人部屋のベッドで陣痛に耐えているとき私

はとても孤独だった。でも子どもが無事に生まれて、それまで自分も信じていた、世間

でよく言われる『人は1人で生まれて1人で死んでゆく』というのは違うな、と思った。

赤ちゃんはお母さんとの共同作業で生まれてくる。出産のスイッチがいつ入るのかは

現代の医学でも解明されていない。つまり、人間にわかっていることなんてごくごくわ

ずかなんだってこと。鳥も同様で、硬い殻の中で雛がコツコツとくちばしで殻を叩くと

外からも親がコツコツと叩いて呼応するように手伝う、と前にテレビで見たことがあ

る。やっぱり雛がいつコツコツやりだすかはわからない。そして生まれてくるときも1人

じゃないなら、私は死ぬときもたぶん1人ではないのだろうと思ってる。きっと近しい、

懐かしい人が迎えにきてくれるのだろうと思っているから。


息子が誕生日の今日は、母は一日、花屋に行ったりケーキ屋に行ったり夕飯の買い

出しに行ったりで忙しい。

いつも息子の誕生日は赤いバラ、と超ワンパターンのお決まりのオーダーなれど、今

年はそれもコトリさんにお願いすることにした。彼女に言われた時間に受け取りに行く

と、コトリさんは少々言いにくそうに「あの。たぶん真っ赤なバラのブーケのイメージと

は違ってしまったんじゃないかと思うんですけど。私が作ったらかわいくなっちゃったん

ですけれど、だいじょぶでしょうか」とおっしゃる。たしかにイメージしてたのとは違うけ

れど、でも、これも個性的なブーケでコトリさんらしくてOKです。

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コトリさんは自分でもいうとおり何によらず偏見のない人みたいで、かなりいろいろな

植物をブーケやアレンジに使う。私は鶏頭をブーケやアレンジに使っているのを見た

のは彼女が初めてです。撮った写真をモニターで見ていて気づいたのだけれど、この

ピンクの鶏頭、まるでヴェルベットみたい。ははあ、なるほど、色の淡い鶏頭をヴェル

ベットやフリルに見立てているんだ、と思いました。たぶん、感覚的に。

息子も何やらおかしいことを言っていたけど気に入ったようでした。

夜はいつもどおり、おうちごはんを食べた後はケーキ・タイム。

いつまでこうして私が祝ってあげることになるのでしょう。

ローソクに火をともして電気を消してバースデー・ソングを歌ってプレゼントを渡したら

息子いわく「こんなに心穏やかに誕生日を迎えられるなんて久しぶりだ」、だそうで。

私は辛かったことはかたっぱしから忘れちゃうほうだけれど、そういえば去年もあんま

りよろしくない状況だったよなあ、と思い出したのでした。

幸か不幸か、私は苦労があんまりルックスに出ないほうらしく、ゆえに人から同情され

ることもないのだけれど、しみじみ今まで苦労してきたよなあ ・・・・・・、とひとりごち。

でも、そんなことであんまり感慨に浸っているとケーキからもくもく煙が出てきて浦島

太郎みたいにあっという間にオバーサンになりそうだったので、やめときました。

まだ、先は長い。

この息子クン、あさってから関西に1人旅に行くようです。

帰りは未定で、帰りたくなったら帰る、ですって。(気ままなやっちゃ!)

携帯も持ってない人なので少々心配ですが、息子が1人で遠出するのもこれが初め

てじゃなし、向こうには友達もいるようなので幸運で好運な旅になることだけを祈ろう。

今日をみんなでにこにこ迎えられたことに、こころから感謝。

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2011年9月24日 (土)

Beautiful Day

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久しぶりに爽やかな秋晴れの日。

水着の上に洗いざらしのリネンのワンピースを着て自転車で風を切って走っていたら

まるで何も着てないみたいな感じがして思わず着てるかどうか肩に触って確認してし

まった。窓を開けたプールサイドに立つと今日はちょっと寒いくらいだったけど、天井

から燦々と降り注ぐ太陽の光でプールの水がすごくきれいなブルーに見えた。ちょうど

『グラン・ブルー』を見たばかりだったから、水中に沈んで泡がポコポコと上にあがって

ゆくのを見ているのは楽しかった。今日はプールにいる間じゅう、ゴーグルのこっち側

でジャック・マイヨールみたいに眩しい目をしていたと思う。

帰りは『All the things you are』を口笛で吹きながら帰った。

空はきれいな青空で、どこもかしこも秋の最初の光でいっぱいだった。

今日は1年でもわずか数日あるかないかの美しい日だと思った。

そんな美しい1日の終わりに向かったのは、上町63

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今日は何年ぶりかで会うMちゃんに誘われて、馬車道にあるJAZZクラブに。

終電の早い週末、しかもプールで泳いだ後に横浜のライブに行くのってスリリングで

す。うっかりすると終電に乗りそびれる。それが初めて行くライブハウスで初めて聴く

ミュージシャンなら、なおさら。

今日のメンバーはギター好きで、人一倍音にうるさいMちゃん一押しの清野拓巳さんと

市野元彦さんのギター・デュオ。Mちゃんに誘われない限り自分1人ではたぶん行け

ない貴重なライブなので、わくわく。

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曲は市野さんのオリジナルと清野さんのオリジナルから。

二人のギターは音色も違えばタイプも違う、色の違うふたつの絵の具のよう。

それが複雑に混じりあって幻想的な世界が展開されてゆく。

今夜聴いた限りで単純に言ってしまうと、市野さんが静なら清野さんは動といった感じ

で、市野さんがどちらかというと内省的で緻密に繊細にメロディを紡いでゆくのに対し

て、清野さんはグルーヴィーで躍動的。自分だけの歌の輪郭が見えていて、歌わずに

はいられない、じっとしてなんかいられない、という風だった。市野さんの無駄のない

なめらかな運指から紡ぎだされる美しい音色は瑞々しい水彩画のようだったし、ストー

リーを感じさせる清野さんのソロはまるで短編小説のようでした。

曲名はよく聴こえなかったのけれどたしか、『Short pease for a day』、『アラベスク』、

『empty room』、『ピクニック』だったかな。正確じゃないけど。

ブラッドベリの小説にインスパイアされて小説のタイトルをそのまま曲名にしたという

清野さんの『empty room』(もともとのタイトルはもっと長い)は、途中からデジタルの

打ち込み音源をかぶせてイメージを増幅させていて面白かった。たぶん清野さんは

音からも言葉からも映像が頭に広がるタイプの方なのだと思う。

そして、上町63というクラブは非常にストイックな音楽空間で、静かに音に集中して聴

くための場なのだと思うけれど、私も没念して聴いていたら言葉とか数字とかの能力

がすっかりぶっ飛んで、ファーストセットの後は失語症でした。いま曲のタイトルを思い

出せるのが不思議なくらい。

しかし、いかんせん週末の終電は早すぎた。

始まるのも30分遅れたから(そんなことはJAZZでは普通ですけど)セカンドの始まり

が10時から。途中で出て行かなければならないことは必至なので先にお会計をすま

せて、セカンド・ステージ1曲聴いたところでタイムアウト。Mちゃんに手を振って静かに

店を出てきたのでした。

そして、これも毎回不思議と思うけれど、いい音楽を聴いた後は身体が軽くなる。疲れ

がとれる。逆にダメだったりすると、もう肩イタっ! って感じで足取り重くどよんと帰って

くることになる。頭より、こころより、身体がいちばん正直です。

今日は自分としては早めの10時半前に店を出たつもりが、これで終電ぎりぎり。

これだからうっかりしてられない。横浜から渋谷まではなんと延々各駅停車で、深夜

だとドア・ツー・ドアで2時間かかることが判明。

やっぱり横浜は遠いぜ!

下は午後10時半の馬車道。

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2011年9月23日 (金)

今日の甘いものふたつ

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今日の朝ごはんは、きのう仕事帰りにクルマ飛ばして友達が届けてくれたスコーンと

ブルーベリージャム。ジャムは彼女のお母さんが育てたブルーベリーを収穫して彼女

が作ってくれた手作り。ブルーベリーの粒がそのまま残るジャムはフレッシュでいい香

りがした。甘さもちょうどいい感じ。

それから、お彼岸のお中日の今日は父と妹と母のお墓参りに行った。

帰りに、おととい近所の和菓子屋でみつけた干菓子を母の仏壇のお供えに持って行

ってもらった。白と緑とピンクと3つ買って、でも干菓子が好きなのは私だけだから、ピ

ンクのはひとつ自分がもらうことにして、夕飯の後に娘と半分づつにして食べた。

まだ小さかった頃、法事のたびに親族でお寺に集い、ゆらゆらと舞い上がるお線香の

煙を眺めながら長いお経を聴いた。親類の大人の中には足がしびれて立てなくなる人

もいたけれど、私はそんなことはなかった。法事が終わるとお経をあげていた紫の袈

裟を着たお坊様が「小さいのによく飽きもせず静かに我慢していられたね。えらい」と

言っていつもお供物の干菓子をくださった。大きくて分厚い菊の形をしたピンクと白の

干菓子。本当のことを言うと、私と妹はお坊様がお経をあげているあいだ、お坊様の

つるつるピカピカの頭と木魚を交互に見ながらクスクス笑いをこらえていたのだ。だか

らお坊様にそんなことを言われてお供物をもらうのは悪いような気もしたけれど、それ

でも私はなんだかとっても徳の高い、いいものをもらったような気がして嬉しかった。

以来、私は干菓子が好きなのだ。

母は、子どもなのに干菓子が好きなんて変わった子ね、と言っていた。

今日のジャムの友達も私に似たようなことを言いながら、自分では食べない成田山の

お供物をくれる。「神さまにお供えしたお供物を食べると一年、病気をしないんだよ」と

私の祖母は言い、私は今でもそれを信じてる。

幼児体験ってすごい。

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2011年9月22日 (木)

台風の爪痕

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昨日、ブログにあんな風に書いて人の心配をしている間はまだのんきだった。

ボスと電話で話して受話器を置いた直後から、風と雨の激しさが一気に次元の違うも

のになった。スタンダード・ローズは右に左に激しく煽られるうちに見る間に接ぎ目のと

ころからバキッと裂けて、ついに見ていられなくなって手近にあった麻ひもを持ってベラ

ンダに出ようとするけれど、風圧でなかなか窓が開かない。そして出るなりベランダは

息もできないような暴風雨。ほんとに息もできない。髪も顔も激しく風に吹かれ雨に叩

かれながら、裂け目が離れないようにバラの幹をガシと掴んで、ヒモできつくグルグル

巻きにしてゆく。風がすごくてなかなかうまくいかない。それから剪定バサミで風に煽

られる枝を無造作にバシバシ切った。見る間にどこかへ飛ばされてゆく枝たち ・・・

最後に支柱をフェンスに固定して終わり。たったそれだけのことをするだけでもう着衣

水泳をしたみたいにずぶ濡れ。部屋のカーペットにボタボタ滴を垂らしながらそのまま

バスルームに行った。そんなに濡れると服を脱ぐのも大変で、すっかり身体が冷えて

しまった。

そして、その後は父に電話。妹にもメールしたけれどすでに時遅く、すぐに首都圏近

郊のほとんどすべての電車の路線がストップした。それからまるで3.11のときのよ

うにずっとNHKのニュースをつけっぱなしにして、路線が復旧するたびに逐一、妹に

メールで知らせた。妹がやっと自分の駅にたどり着いたと知らせをくれたのはもう11時

前のこと。なんと疲れる一日。

そんな大型台風も過ぎてしまえばあっけないほどで、夜には静かに虫の音がして、一

夜明けた今朝は一転、台風一過の青空が広がり、ベランダは痛いくらいの陽射し。

いきなりまた暑い。ベランダは折れたバラの枝や葉や飛んできたもので散らかってい

る。昨日、ヒモでグルグル巻きにしたバラはどうやらダメになりそうだ。よく見たら接ぎ

目のところだけじゃなく、木全体が真ん中からヒビ割れている。老木とはいえ、恐るべ

き自然の猛威。このバラは私が持っているなかではもっとも古く、長く連れ添ってきた

バラで、ここ数年は何度もダメになりそうになりながらも復活してきたバラだったから

とても残念だ。今年は何年ぶりかで花も咲かせてくれたし、台風が来る前までは元気

に枝葉を伸ばしていたのに・・・・・・

でも、そうは言っても世の中の被害の大きさを考えればバラくらいで落ち込んではい

られないかとも思う。3.11以来、日本はこれでもかこれでもかと自然の脅威にあっ

てきた。先日来、頭を去来している『疲れ』も、ただ夏の疲れというよりはそういうなか

で夏の暑さを暮らしてきた疲れのように思う。

散らかったベランダを片付け、大量に溜まった洗濯物をして干してしばらくしたら、何

やらまた雲ゆきがあやしくなってきた。午後にはまた俄かに暗くなり、風が吹き始めと

思ったらまたバタバタと雨 ・・・・・・ あわてて洗濯物を中に入れた。さっきまで青空が

広がっていたのに、ほんとになんておかしな天気なんだろう。天気に翻弄されてちっと

も気持ちが落ち着かない。小雨のなか買い物に外に出たら、住宅の前では桜の大き

な枝が折れて道を塞いでいた。桜の老木は左右に伸びた枝を失って、まるでトルソみ

たいになっていた。

今日は町のいたるところでこういう光景を見た。

夕方、折れたバラの木を補修するために接ぎ木テープを買いにホームセンターまで行

く途中、樹木の多い霊園の脇の道を通ると、折れた枝や葉が敷き詰められてまるで緑

のカーペットのようだったし、暴風で倒れかけ巨木が危険なので切り倒したのだろう、

たくさんの樹木が材木のように積んであるのも見た。なんだか心静かにブルーな気分

になってしまった。

暗くなる前に家に帰って、きのう暴風雨の中でバラに応急手当的に巻いたヒモをほど

いて黙々と接ぎ木テープを巻いた。私のコンスタンス・スプライはまるで骨折した人の

ようになった。あまり期待はできないけれど、これでなんとか生き延びてくれるといい

のだけれど ・・・・・・

日が落ちる前、窓を全開にして傷ついたこの世界を癒してくれるように大音量でトゥー

ツ・シールマンスを聴いた。

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2011年9月21日 (水)

台風15号

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2時過ぎあたりからついに東京も暴風雨圏に突入!

思うさま風に煽られるバラを見ながら、こんなことならスタンダード・ローズの枝をもう

少し切っておくべきだったなと後悔。

我が家のダイニング・ルームは構造上、昼間でも灯りをつけないと暗いのだけれど、

3.11以来すっかり電気をつけないことに慣れてしまった。たまにつけると違和感を

感じるほど。人の感覚って不思議。

でも、さすがに今日のような天気だと真っ暗なので、食事のときだけキャンドルに火を

つけた。その灯りを見ながら怖ろしい暴風雨の音を聞いていたら、授業の途中で嵐が

きて真っ暗になったときの小学校の教室を思い出した。これからどうなるんだろう、っ

ていうちょっとの不安と、非日常のわくわく。

今年はいつもの年と時間の経ち方が全然ちがって変だ。

島のボスが心配になったので電話した。

外では頼りなげな猫の声。

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wishing

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ほんとにゆっくりと、いい感じにひらいてきた。

コトリさんに一輪もらった、wishing という名のバラ。

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2011年9月20日 (火)

人生にはSweetが必要だから

110920birthday_flower

・・・・・・ 甘いものふたつ。 Flower and Sweets.

今日からまた新たに、好運な旅をスタートさせるキミに。

Happy Birthday!!

恋と冒険に満ちた素敵な旅になりますように。

Bon Voyage!

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2011年9月19日 (月)

オオナンバンギセルとチランジア

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先日、コトリ花店に行ったとき、その手前にあるクスクスさんに、めずらしいオオナン

バンギセルを見せてもらった。ナンバンギセルという植物の名前は知っていたけれど

実物を見るのは初めて。クスクスさんもオオナンバンギセルを見るのは初めてだそう

だ。花のかたちが煙草を吸うキセルに似ていることからその名前がついたらしい。

そういえば私のおじいちゃんも私が小さかった頃はキセルで煙草を吸っていた。煙草

を吸ってはゴホゴホとくぐもった咳をする。子どもの私にはそれはひどくミステリアスで

実は遠目に見ないふりして(私は祖父がこわかったので)吸い方をじっと観察したりし

ていた。その煙草が原因だったのか祖父は私が高校生の頃に早々に亡くなってしま

ったけれど、キセルで煙草を吸っていた姿だけは今でも目に浮かぶ。その後、もう少

し大きくなってからはテレビなどで見る芸者がキセルで煙草を吸っている姿がなんとも

アンニュイでカッコよく見え、自分も一度やってみたいものだと思っていた。そう、私は

小さい頃から頭だけはマセガキだったのだ。

このナンバンギセル、クスクスさんは別の植物(なんだか忘れてしまった)を買って植

えておいたらその根元から勝手に生えてきて、ありゃ、もしかしてこれはめずらしいオ

オナンバンギセルじゃ、と思って調べたらそうだったのだそうだ。

この草(笑)です。

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もともとイネ科の植物に寄生する植物だそうで、その根は寄生した植物の根に食い込

んで栄養分を吸収し、もとの植物を枯らしてしまうこともあるのだとか。これも進化途上

で体得した植物の知恵なのか、ちょっとおそろしい気もするけれど。

それから、この日はコトリさんでもうひとつめずらしい植物を見た。

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チランジア。

生育するための土を必要とせず、空気中のわずかな水分でも生き延びれるためエア

ープランツとも呼ばれる。これも今までメデューサの髪みたいに踊っている葉だけの

は見たことがあるけれど、こんな花がついたのを見たのは初めて。シルバーグレーの

葉にうっすらピンクがかった花がなんともcosmicで可憐な感じがしたので気に入って

最後にひとつ残っていたのを買って帰る。家で娘に見せると、これはどういうところに

生えている植物なのかと聞くから、知らないけど多分ものすごく乾いた環境で、流木と

か岩とかにしがみつくように生えてるんじゃないかな、と答えたけれど、ウィキペディア

によれば『生息環境は40度近くの直射日光が照りつける場所か、森林地帯の様な

ほとんど日の当たらない場所で、崖や丘、木の上などの風通しが良い場所である』と

あるから、あながち外れてはいなかったようだ。先ほどのオオナンバンギセルが寄生

植物なら、こちらは着生植物というらしい。これも過酷な環境下での進化途上に獲得

した性質なのだろうけれど、それほど水分や栄養を必要としないところはエコ植物とも

言えそうだ。動植物が過酷な環境下でその環境に合わせて生きられるような際立った

進化を遂げるなか、さて人間はこの先どんな進化をたどることやら。

それにしてももう2年も前に買ったあの分厚い本を読み終えなきゃ!

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2011年9月18日 (日)

東京のパワースポット

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いつもいつも思うことだけれど、人の縁ってほんとに不思議だ。

今日はあるイベントのためにはるばる遠くからやって来た女性と会った。

彼女とはよく利用しているネットショップを通じて知り合ったのだけれど、そのイベント

で東京に来ると決めたとき、会うべき相手として最初に頭に思い浮かんだのが私だっ

たのだそうで、それもなんだか不思議だけれど、私もこころのどこかでいつか彼女とは

個人的に話すことになるかもしれないと思っていたところがあったから、それが現実に

なったのが不思議だった。

それで、初めて会う彼女と事前にメールでやりとりするなかで「東京観光がしたい」と

言われて、ハタと困った私。・・・・・・ 東京観光???

はとバス・ツアーくらいしか思いつかない(^-^)

さっそくインターネットで検索してみるも、出てくるのは東京っ子の私には「これって観

光地?」というような身近なところばかり。おまけにもう少し涼しければもっといろいろ

思いつきそうだったところを、こうも暑いと長時間どこかをウロウロしようなどとは到底

思えず。けっきょく、手近なところで明治神宮に行くことにした。

そう、ここには以前から友人に聞いて行きたいと思っていたパワー・スポットがあるの

だった。

清正井(清正の井戸)

でも、書きながらいま思い出したけれど、私の友人が言っていたパワー・スポットは同

じ明治神宮でもここではなくて宝物殿の前の池のことだったような ・・・・・・

友人によればなんでもそこの池の湖面には天使が舞い降りることがあるのだとか。

まあ、それはまたいつか行くとして、この清正の井戸、参道の途中、左手にある御苑

北門で入園を受け付けていて、観覧料500円を払って入る。

彼女とは、相変わらず待ち合わせの人でごった返す原宿駅の改札前でなんとか無事

に落ち合って、目指す場所に向かった。彼女が話し始めてまず驚いたことは、なぜ東

京で私に会いたかったかというその理由を、私は彼女が話す前から(潜在的に)知っ

ていたということだった。たぶん、お互いにそれがわかっていたから会ってすぐに核心

的な話になったのだと思う。これも以心伝心というやつだろうか。

件の井戸は、近くまで行くと観覧する人の長い行列ができていて、井戸のすぐ脇には

警備員が立って入場を制限しつつ注意を与えながら監視しているという物々しさで、

観覧する人たちはみんな井戸の前に行くとまずは携帯で写真を撮り始めるというあま

り麗しくない光景が展開されていて風情のかけらもなかった。後で知ったことだが、清

正の井戸の写真を携帯の待ち受け画面にすると開運できるという説が巷には横行し

ているらしい。私たちの順番が来て私が井戸の中をそっと覗くと、それは鏡みたいに

澄んでいて、今日の空とまわりの樹木が映っているばかりだった。ふと気づくと彼女が

自然に手を合わせているので私も手を合わせた。清正の井戸に本当にパワーがある

のかどうかは私には霊感がないからわからないけれど、この明治神宮の鳥居を一歩

くぐった途端からここは特別な場所だと思っているから私はそれだけでいい。

11meijijingu_01

それからお参りをするために本殿の近くまで行ったところで、今日は大安吉日なのか

結婚式の花嫁行列に遭遇。新郎新婦にさしかけられた緋の傘も鮮やかに、古式ゆか

しいお式で素敵だったけれど、何せ今日も真夏日だったからご当人のお二人はもとよ

り参列した方々もさぞかし暑かったろうと思う。

それから明治神宮を出てランチをするために表参道を歩いた。

仕事以外で日曜日の原宿・表参道に来ることなんて滅多にないけれど、三連休のせ

いもあってかどこもかしこもすごい人で、静かな地方からやってきて慣れない人混み

のなか重いカートを引きながら歩いた彼女はきっとすごく疲れたと思う。けっきょく、

移動している間もカフェでも私たちはずっと話し続けていた。そして彼女と話している

うちに、あることについて私の中でずっとひっかかっていたものがなんだったのかが

やっとはっきりした。それは私の想像をはるかに超える驚きの事実ではあったけれど

同時に「やっぱり」という思いもあった。人は自分で認識している以上に実は「わかっ

て」いるのではないか。例えば私は占い師のところなどには行かないからわからない

けれど、人が何かに迷ってそういうところに行くとき、実はすでに自分の中では「わか

って」いることを他人の口からはっきり言ってもらいたくて行くのではないかと思う。

今日、私が彼女と話してわかったことは自分の感覚の正しさ、あるいは正確さだった。

それはたとえば一見清潔そうな家の中に入って何か違和感を感じ、家じゅう探したら

カゴの奥から腐った果実がひとつ出てきた、みたいなそんな感じだった。自分の嗅覚

は正しかった。そして思ったのは、自分はもっと自分の感覚を、自分自身を信じなけれ

ば、ということだ。

人は、相手に何か強く惹かれるものがあったり、自分より能力があったり、経済的に

成功していたり、言葉に強い力があったり、自信たっぷりに断言口調で話されたりす

ると、自分の中に少々引っかかることがあってもそれを瑣末なこととして無視して相手

を信じようとしたり、ともすると惑わされたりしてしまうものだけれど、その何かに引っか

かっている自分の直感や眼識こそ信じるべきものなのではないかということ。

それにつけても身辺を物理的にも精神的にもきれいにして、常に濁りのないクリアー

な状態にしておかなければ、と思う。

彼女は彼女で、部外者である私に話すことでいま自分がいる場所を客観的に認識す

ることができたらしい。

よく代償なしには何も手に入れることはできないと言うけれど、本当に人というのは、

何かを学習したり、何かがはっきりとわかるようになるためには、精神的であれ肉体

的であれ金銭的であれ時間的であれ、なんらかのかたちで高い代償を払わないとな

らないものなのだろうか。もちろん、彼女にしたって私にしたって代償だけじゃなく、良

いものもたくさんもらったからいいようなものではあるのだけれど。

いずれにしても彼女が今日、東京に来たのは転機だったのだろう。

私もまた運と縁が徐々に移り変わりつつあるのを感じている。

もちろん、これが好運な旅の最中なのだと信じているけれど。

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2011年9月17日 (土)

Keyword

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本当に日が短くなった。

夕方コトリさんに行って外に出たら、もう真っ暗だ。

真っ暗なのに、まだ蒸し暑い。

蒸し暑いけど、でももう闇の中ではりんりんと秋の虫が鳴いていて、自分の存在さえ

凌駕されそうなほど。頭の中を秋の虫の声でいっぱいにされながら自転車をこいだ。

今日もコトリさんは私にいっぱい新しいキーワードをくれた。

というか、彼女は私に自分の好きなものを教えてくれるだけなのだけれど、それが私

にとってはキーワードのように思えるのです。

家に帰って『My Favorite Things 』を口笛で吹きながら豆と挽き肉のカレーを作った。

本当はコトリさんに借りた永久保存版のクウネルに載ってた鶏とキャベツのカレーを

作りたかったのだけれど、もう鶏の挽き肉が売り切れていたから。

それは、またこんど作ろう。

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『今日のかわいい』は、このピンクときいろのラナンキュラと、名前は忘れてしまった、

まんなかの緑に赤の入ったふわふわのコートのボタンみたいなの。

11kotori_12_2

それと、ピンクの小さなスプレーバラ。

彼女が市場でかわいいと思ったり面白いと思って仕入れてくるものはどうやら見事に

私のスウィートスポットをヒットしてくれるようで。

いつもお店を訪ねるのが楽しみなのです。

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2011年9月16日 (金)

トゥーツ・シールマンスおじさん/Brasil Project

Brasil_project

私がはじめてトゥーツ・シールマンスおじさんのレコードを聴いたのはいったいいつ、

なんのレコードだったろう?

もうあまりに昔すぎて覚えてないけれど、でもあの頃はビル・エヴァンスのレコードを

片っ端から買っているときだったから『アフィニティ』あたりだったかもしれない。当時

はビル・エヴァンスの電子ピアノっていうのがどうもピンとこなくてトゥーツ・シールマン

スの良さだけが記憶に刻まれたような気がするけれど、いま聴いたらどうなんだろう。

ちなみに私は気分のいいときにBluesette を口笛で吹くのが癖なのだけれど(自分で

言うのもなんだけどかなり上手い!)、かのトゥーツ・シールマンスはBluesetteを口笛

で吹いて有名になったのだそうだ。知らなかった。

そして今日もキッチンで洗いものをしながらBluesetteを吹いた。

それにしても今日も暑い。

このあいだサヨナラを言った夏がまたぶりかえしてる。

外に出ると肌に当たる陽射しが痛いほど。でも、これはもうほんとの夏じゃなくてただ

の夏のファントムだから、もう頭もこころもすっかり9月の現実モードになってしまった

いまではなんだかひどく堪える。このあいだから『夏の疲れ』って言葉が頭の端をチラ

チラしていて、そしてこんなときこそ必要なのは音楽の力じゃないか、と思う。ふと洗い

ものの手をとめて、CDラックからしばらく聴いてないCDを取り出してかけた。

数曲流れたところで息子が「このCD買ったの?」と聞いてきた。

「なに言ってるのさ。前からあるよ」と言うと、「このギター、パット・メセニー?」とさらに

聞いてくる。「いや、リー・リトナー」「へー!」

で、ピアノはデイブ・グルーシン。すごいメンツだよね。ブラジルはオールスター勢ぞろ

い! なんて言いながら聞いた。音楽って不思議なもので、そのときの季節や空気感

体調や自分のこころのありようとかで聴こえ方がまったく違ってくる。あるときBGMの

ように軽く聴き流してしまった音楽が、グッとこころに入り込んできたときには新鮮な驚

きとともに新たな発見がある。このCDも息子にとってはそれだったようだ。

Brasil Project

イヴァン・リンス、ジャヴァン、ドリ・カイミ、シコ・ブアルキにジョアン・ボスコにジルベル

トジル、それにミルトンにカエタノにエドゥー・ロボ ・・・・・・・ 次から次へと出てくるブラ

ジル・ミュージシャンたちの声の、なんて繊細なこと。

私がブラジルに行きたいと言うといつも友人は私にブラジルはピンとこないと言うのだ

けれど、それはブラジルをよく知らないか私をよく知らないかどっちかなんじゃないの

と思う。ブラジル人ってシュラスコ食べてサッカーに熱狂して暴動起こして裸同然の格

好で豊満な身体揺らしてサンバ踊ってるだけじゃない。むしろ私が思うのは知的で繊

細な表現を持った唯一日本と通じる『間』を持った人たちなんだけどなあ ・・・・・・

そして1曲めのコメサール・デ・ノーヴォから、トゥーツおじさんはまるでイヴァン節そっ

くりの見事な歌を聴かせてくれる。それはもう楽器というより、声。それにハーモニカ

が奏でるメロディほど懐かしさや郷愁、哀愁を誘うものってない。なんだか聴いている

うちにすっかりサウダーヂな気分になってしまった。このアルバムもいまの季節に聴く

のにぴったりだ。そしてもちろん、トゥーツはメロウで哀愁あふれるメロディばかりじゃ

なくて、ドキドキするようなスリリングなインタープレイも聴かせてくれる。何よりこのア

ルバムの素敵なところはトゥーツ・シールマンスとブラジル人ミュージシャンたちが互

いにリスペクトしあって互いのオマージュ・アルバムのようになっているところ。ラストは

トゥーツの出世作であるBluesetteをみんながメドレーで歌って演奏して終わる素敵な

構成。聴き終わる頃にはますますますますトゥーツのライヴに行きたくなってしまった。

そう、今年で御歳89歳になるトゥーツおじさん、来月10月には来日公演があるので

す。もう89という年齢からいって、来日公演はこれで最後になるかもしれない。

それで聴き終わってすぐにブルーノートのブッキングを見たら、信じられない、というか

さすがトゥーツ! もうすでに公演のある3日とも全席完売でした。

ふぅ。となると、後はもうすみだトリフォニーしかない。

う~ん、どうしようかなあ ・・・・・・

もう1人でも行っちゃおうかなあ!

ちなみに、私がいつも口笛で吹くBluesette はこのアルバムのアレンジのです ↓

Song_bird Song_bird_01

清水翠のSONGBIRD

ここで翠ちゃんが4拍子のボサノヴァで歌うBluesetteはもう絶品で、トゥーツおじさん

にも聴かせたいほど! まさしく絶品Bluesetteです。

それと折しも台風が上陸しようとしているいま聴くのにぴったりなのは、ざわざわする

草原の上を低空飛行でものすごいスピードで駆け抜けてゆく太古の風みたいなヴェラ

・クルス。このアルバムはこの2曲を聴くだけでも買って損はない! 買うべし!

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2011年9月15日 (木)

お人好しのおばかさん。

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世の中には本当に優しくて、人の面倒見がよくて、死ぬほど心配性の人がいる。

そして、そういう人はたいがい自分の体力・時間・経済力を顧みず、自分さえ頑張れ

ば、自分さえ我慢してやれば、自分さえ犠牲になればなんとかなると思っていて、年

中誰かのために何かをしていて、当の本人は人のためにエネルギーを使い果たして

ボロボロに疲れ果てている。それがいいことだと思っているから、横から少々何かを

言おうが聞かずに無理をして、最後はついに身体を壊してやれなくなる。やれなくなっ

て初めて何かに気づけばまだいいほうだけれど、回復するとまた同じことをやる。

まるでバッド・スパイラル。そして、そういう人は自分の何が人をイライラさせるか全然

わかっていないのだ。そして、そういう「いい人」をいいように使っている人も必ずどこ

かにいて、すごく腹立たしい。そのいいように使われてるのが自分の親友だったりした

らもう黙って見てはいられないし、「あなたが言えないなら私が言ってやる!」となって

ふだん人からはクールに見られることも多い私だけれど、俄然熱血人間になってしま

う。それが、いいことかどうかは別として。


先日、友人と話していてめずらしく心底イライラした。

こいつには本気で言わないとわからない、と思ったから少し語気を荒くしてまで言った

のに、それに対して「ちゃんと考えないといけないんだけどねえ・・・」と返ってきたとき

には、「もう勝手にしろ」と思った。彼女が最後に「今度の(引っ越した)ところも最悪な

んだけど、でも遊びに来てね」と言ったときには「誰がそんな最悪なところ行くかい!」

と思ったものだ。誰かを気遣うのも優しいのもいいけれど、少しは自分の身体のこと

や、親の年齢の割には小さすぎる子どものことも考えてほしい、と思ってしまった。

それ以来なのかなんなのか、ここ数日めずらしく神経が立っていて、それにはメンタ

ルよりもフィジカルな理由があると思ったから、できるだけゆったりと落ち着いてこころ

を開き、人に優しくできるパワーストーンを身につけて家を出た。もう万事休す、ってく

らいの気持ちで気を長~くして。自分より一世代上の自治会のおばさんの頭を整理

するために。


なんでも自分で関わって見ないとわからないものだけれど、先日どうしても人が足りな

いからと頼まれて自治会費の集金係をやった。そこで、いまの自治会がごくわずかな

こころある人たちの好意だけで成り立っていて、それもそろそろ年齢的に限界にきて

いることを知った。公社からはすでに以前から自治会が成り立たなくなりつつあるなら

共益費を払って全てを公社に任せる最初のモデル地区になってもらえないかと打診さ

れているそうだ。でも、そんなことになれば、いま何も手伝ってくれない住民たちだって

けして黙ってはいないだろうし、いま一生懸命にやっている役員たちが責められること

になるだろう。だったら、いま自治会運営はそういう逼迫した状況にあるのだというこ

とを住民たちに伝えて役員をやってもらうよう協力を仰ぐしかないよ、自分たちでやる

か、余分にお金を払ってやってもらうか、もうどっちかの選択肢しかないんだとはっき

り言わないと。と言ったら、その回覧の文章を私が書くことになってしまった。では、し

かたがないから書式を知るのに今までの回覧文書を見せてと言ったら、ファイルして

ないという。はあ? になってしまって、それじゃあ話にならん、人に何かをしてもらお

うと思ったら仕事をちゃんとシステム化しないとね、そしてシステムを作ろうと思ったら

まずは自分の頭をシステマチックにすることから始めないと、と言ったら、ただでさえ

大きな副会長さんの目がさらに大きくなってしまって、そこで彼女の照準はピタ、と私

に合ってしまったようだ。けっきょく、たった1枚の文書を書けばいいはずだったのが

自治会のお仕事マニュアルをぜんぶ作ることになってしまった。役員は今年の3月で

お役御免になったはずなのに、今度は事務局長だって。まいった。

それで先日、友人にイライラした私が、今度は息子に「やれないことはやれない、って

はっきり言わないと」なんて言われている。

でも、けっきょくのところこれも年のせいなのだろうと思うけど、私も以前とは徐々に変

わりつつあるようだ。特に3.11以後はそうで、それは、TVでどんなに悲惨な被災地

の状況を見たところで、自分は被災地に飛んで行くことはおろか、たいしたことは何も

できないとわかって無力感を感じたのと同時に、直接そういうことに関係なくても身近

に困っている人がいたら助けようと思ったこともあるのかもしれない。

それと、やっぱり少しじれったかったのだ。身体を壊すほどいつも人1倍みんなのため

に働きながら、まったく感謝もされず謝ってばかりいる副会長の女性が。

それに私の考えは甘かった。360世帯もいるんだから私より頭のいいヤツなんていく

らでもいるだろうし、彼女の代わりに役員をやれる人だっているだろうと思ったけれど

彼女の話を聞いているうちに、そんな人間(酔狂とお人好し)はそうそういないことがわ

かった。それにつけても、なんとかシステム化しないとならない。


それで先日の日曜の午後、腹をくくって集会所に行った。

仕事のときと同じ、クリップボードにA4の紙をはさんで、気長に質問しながら彼女に毎

月決まったルーティンワークとイベントごとの仕事を1月から12月まで思い出す限り書

きだしてもらった。まだ抜けだらけだけど、それだけで3時間。私もずいぶん気が長く

なったもんだ。最後に彼女が今まで作った文書をメールで私に送ってくれるように言っ

てアドレス書いて渡したら、添付ファイルの付け方がわからない、という。それも教えて

なんとか送ってもらい、今度は自分が夜な夜な作った文書を添付して送ったら、ちゃん

と新しいフォルダを作って保存する手順まで書いておいたのに、ファイルは開けられた

けれどフォルダの作り方がわからない、という。こりゃ、大変だ ・・・・・・

今日の午後、彼女が集会所にいる間にプリントアウトした文書を持って行きついでに

紙に書いて説明しようと思ったけれど、彼女の顔を見ていたら無理そうだったので時

間のあるときに家に来てもらうことにした。口で言うより見せたほうが早い!

PC持ってるならちょっとは使えるようになっといたほうがいいよ、と言ったら、よろしく

お願いしますと言われちまった。でも、彼女のいいところは今までできなかったことが

できるようになって素直に喜んでるところ。それで私は私で、いつだって情けは人のた

めならずだから、いつかいいこともあるでしょう、とのんきに思っている。

これも先日初めて知ったことだけれど、こういう公営住宅って50年で建て替えと決ま

っているらしい。そして、建て替えと同時にどこかほのぼのしたこの4階建ての建物も

高層住宅になり、そうなると自動的に民間のマンションと同じように共益費を払って管

理は公社に全面的に任される。つまり、自治会なんてものが存在するのもここではあ

と25年だというのだ。そうなればきっと掃除だけじゃなく回覧板なんてものもなくなるし

夏の盆踊り祭もなくなるだろう。それはそれで想像するに、ずいぶん無機質で味気な

いようにも思える。人はますます隣り近所や地域社会とのつながりをなくし、個になっ

ていくだろう。いずれ、こんなお人好しの世話好きおばさんもいなくなっちゃうんだろう

か。そうなったとき、昔はこんな風にやってたんだよ、なんて、いま面倒だと思いなが

らやっていることを昔話みたいに話すときがくるのかもしれない。

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*上の写真は挿し木でいただいたクレア・オースティンと、下はフェアビアンカ。

  この文章が何故このカテゴリに入っているかというと、こんな面倒な日常でも私はベラン

  ダでバラが咲いているのを見るとなごむ、というあたりかな。

  秋のフェアビアンカは花の中心がうっすらとピンクがかって、これもきれいだ。

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2011年9月13日 (火)

白熱の夏ごはん③/東村山黒焼きそば

11kuroyakisoba

しかし、ここんとこまたすごく暑いです。

まるで真夏に逆戻りしたかのよう?

朝、ベランダに出てその陽射しの熱さにびっくり!

もしかして、ついに異常気象も極まるとこまで極まって、もう一度8月が来るとか?!

なーんて家では言っておりますが、そんなわけでもう続けられないだろうなあと思って

いた白熱ごはんを再開。今日は知る人ぞ知る地元B級グルメの東村山黒焼きそば!

私がここに引っ越してきた頃は、どこに住んでるか聞かれて「東村山」と答えるとたい

ていの人が、「ああ、あの(志村けんの)『東村山音頭』の!」と言われるのがとにかく

まあ、嫌でしたね。町のあちこちには『だいじょうぶだあ饅頭』の看板があったりして。

でも、それも今やすっかり影を潜め、代わりに浮上してきたのがこの黒焼きそば。

実は私、去年、友達と吉祥寺でたまたま入ったお店で手に取るまで、東村山に老

舗のソース屋さんがあることなど全然知らなかったのでした。

ポールスタア

日本初の化学調味料、着色料、保存料等の食品添加物を使用しないソースの開発を

してきた会社で、今ではTVなどでも紹介されてけっこう有名みたいです。

それで、今日はこのソースを使うほかはいたって普通の焼きそばだから作り方なんか

は載せないけれど、この黒焼きそばソース、イカ墨と黒酒が入ってるってことなので

材料は、イカとキャベツとピーマンと彩りにパプリカとニンジン。パスタを作るときのよう

に叩いて粗みじん切りにしたニンニクを油で炒めてから材料を炒めてソバを入れたの

だけれど、イカを入れたのは大正解! すごくおいしかったです。ふつうの焼きそばソ

ースとはまったく違う、食べたことのないコクのある味。これは去年、店員さんが言って

たとおり、焼きそばだけじゃなくてパスタなんかにも良さそう。

先日ハッと気づいた私の夏の疲れとは、暑いなか、まあ、今年もよく毎日ごはん作っ

て食べたな、ってことでした。ほんとにこの夏も暑いなかよく料理したし、よく食べた。

暑い珈琲もよく飲んだし。それが我が家の健康の秘訣かもしれないけれど・・・・・・

そして、なぜ東村山でソースなのかはわからないけれど老舗のソース屋さんは他にも

あって、ここもそう。竹田商店

どちらのお店もこだわりがあって個性的。

作っているのもソースだけじゃなくていろいろな種類の製品があるから、味見するだけ

でも楽しそうです。そのうち私のお土産は東村山産ソースになるかも smile

というわけで、この東村山発黒焼きそば、ぜひお試しあれ!

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2011年9月12日 (月)

十五夜

11_15ya

すっかり暗くなってから娘と買い物に行った帰りに公園の中を歩いていたら、ちょうど

目線の先にまんまるいお月さまがけいけいと光ってて、思わず立ち止まって写真を撮

ったけれど私のカメラじゃこれが限界。

本日、中秋の名月なれど、これじゃなんだかわかりませんね。

でも、今年は6年ぶりの満月の十五夜だそうです。

見られてよかった。

満願成就のお月さま。

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2011年9月10日 (土)

トチノミどっさり。

11tochinomi

今日、プールに行く前に滅多に鳴らないうちの電話が鳴って、誰かと思ったらスイミン

グクラブのコーチ。何かと思えば、トチノミを拾っといたから今日は早く来て! という

のだった。

それで、いつもはスクールが始まる10分前に行ってバタバタとプールサイドに出て行

くところを今日は30分前に行ってフロントで呼んでもらうと、「コーチ室にいるそうです

から行ってください。それからビニール袋を1枚持ってきてって言ってますのでどうぞ」

と女の子に白いビニール袋を渡された。2階に上がってコーチ室を覗くとテーブル脇に

Kコーチが立っていて、「ハイ、これ」と渡されたのを見ると、スーパーのレジバッグくら

いの大きさのビニール袋いっぱいに入ったトチノミ!!!

「うわ。こんなにいっぱい。どこに落ちてたの?」と聞くと「タッチャン池の横」という。

落ちていたのは台風の後くらいらしい。「見つけたときにすぐに教えてあげようと思っ

たんだけどさ、オレ、先週休みだったから」と言い、そのときすでにたくさんの人が拾

っていたのでコーチも拾ってきたらしい。「まだ落ちてるかなあ?」と言ったら「まだた

ぶん落ちてるよ。それに木の下で見てると木から落ちてくるのが見えるよ」というので

「そりゃ、いっぺん見に行かないとなあ」と言った。

こんなにたくさんありがとう、と言って袋を持ったらずっしり重い。重さで袋が破けそう

だからもう1枚ビニール袋を持ってきて、ということだったらしい。袋を二重にした。

「でも、これだけ拾うのにたった20分!」とKコーチがおどけたような顔で言った。そう

したら別のコーチが「それどうするの?」と聞いたから、すかさず「私はリスだからこの

まま食べるの!smile 」と答えといた。

更衣室に行くと常連のオバサマがさっそく「あら! 今日はやけに早いじゃない。どう

したの?」と聞いてきたから、かくかくしかじかと説明してトチノミを見せたら、指でつま

んでしげしげと見た後に「これのどこがかわいいのか、私にはわかんない」と言って、

「このあいだ、うちの子(孫)がどんぐり拾ってきたからテーブルに置いといたらね」とま

で言ったところで私が「虫が出てきた!」と言ったら「そうなのよ~」(にっこり)だって。

いかにも大人の女の言いそうなことだ。

それで、たかだか20分、と言ったって、私のためにわざわざ20分も木の実拾いをし

てくれたKコーチには、自家製梅酒をおすそ分けすることにした。おととし作った無農

薬青梅と、同じく無農薬の完熟南高梅のスペシャル梅酒。微妙にできあがりの色も香

りも違う。Kコーチに聞いたら好きなのだそうだ。どっちみち我が家はアルコールを飲

める人がいないからちょうどよかった。こんどはかわいいビンでも探しておかなきゃ。

帰りは水で濡れて重くなったタオルと水着の入ったプールバッグと、重いトチノミの袋

と、夕飯の買い物袋をさげてふうふう言いながら4階まで上がった。

家でザルにあけてみたらトチノミ、こんなにありました! 

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殻付きで見たところは何やら怪獣のたまごのようでもあるが、外の殻を剥いたところは

栗、もしくは栗まんじゅうにそっくり!

でも、いくらお腹が空いててもこのままじゃ食べれない!coldsweats01

これはしばらく天日に干した後、言わずと知れたトトロ、もとい、トチノミ&ムクロジ族の

あの方に送るのだ。Sさん、待っててね~!

ほかにも欲しい方がいたら言ってください。今なら売るほどありますから。

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2011年9月 9日 (金)

夏の幻/横須賀美術館

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まだこれで3回めだけれど、仕事でいつも横須賀に行くときは前日からちょっと緊張し

てしまう。仕事の段取りを考えながら、というのもあるけれど、なんたってドア・ツー・ド

アで片道ゆうに2時間はかかってしまうし、インターネットで調べたとおりに行ってもほ

んの少し電車が遅れただけで、品川で目指す快速特急に乗れなくなってしまうから。

それで今日は早起きして支度をし、余裕を持って家を出た。

湿度がなくて爽やかだった昨日とは一転、蒸し暑い真夏に逆戻り。よりにもよってこん

な日に黒いスーツを着なくちゃならないとは。玄関で息子に「やっぱ、そのスーツ迫力

あるな」と言われて、「仕事だからちょっとは迫力ないとね。なめられちゃうから。もう、

なめられてるかもしれないけど」などと言って出る。私はどうやらスーツを着ると人格

が変わるタイプらしくて、ふだんよりアグレッシブになる。外柔内剛って言うんですか、

外から見たらいつもどおりのソフトさだろうと思うけど、人知れずこころの中では「負け

ない!」とか思っていて、でもいったい何に? と自分で自分にツッコミ入れる始末で。

でもつまり、それくらいじゃないとやってられないし、それくらい自分には向いてない仕

事だと思うのです。

でも、今日は朝の時点からツイていた。

家を少し早く出ただけで何故かものすごく乗り継ぎがうまくいって、なんと予定より30

分も早く横須賀に着いた。それで今日はランチをする時間ができて、2時間かけて来

ても仕事はわずか1時間足らずで済んでしまうことはわかっていたから、そうだ、今日

は横須賀で海を見ていこう、と思ったら、ふいに横須賀美術館のことを思い出した。

前にライターのYちゃんに、「そんなに海が好きならぜひこの美術館に行って! すご

く遠いけど海が見える素敵な美術館だから」と言われた横須賀美術館。

iモードで検索したら、なんとこの駅からバスで30分、とある。仕事がちゃんと終わって

まだ午後早い時間だったら行ってみよう。そう思ったらもう何があってもめげない最強

の私になっていて、現場の状況は予想通りあまりかんばしいとは言えなかったけれど

打開策もきっとみつかりそうな気がして現地をあとにした。それにしても神奈川って東

京より暑い! 海が近いせいだからなのか、陽射しがぜんぜん違う気がする。スーツ

の下はノースリーブだったからジャケットを脱いで歩いたけれど、それでも暑かった。

そして、わくわくしながら観音崎行きのバスに揺られること数十分、しばらく市街を走っ

たあと車窓から見える景色はしだいに閑静な住宅街に、とちゅう夾竹桃やサルスベリ

の街路樹が鮮やかで、まだそれは夏の景色。バスが左折したと思ったら、とつぜん視

界が開けて青い海が見えたときは嬉しかった。海を左手に見ながら山道を上って、目

指すバス亭『観音崎京急ホテル』で降りた。

そう、ここってもう三浦半島なんですね。

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そして、横須賀美術館

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鮮やかな緑の芝生の向こうにガラス張りのアクアブルーの美術館が見える。

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この日はちょうど近くの小学生が社会科見学に来ていたみたいで、こどもがいっぱい。

入館料は300円。

企画展は明日からということで本日は所蔵品と常設展のみ。

スケルトンのエレベーターに乗ってまずは屋上に出た。

これは屋上から眺めた景色。

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海の上をゆきかう船が見えて ・・・・・・

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写真だと涼しそうに見えるかもしれないけれど、これがもう暑いの!!

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海は、私の好きな波が寄せては返すビーチのある海ではなかったから正直言うとこん

なものかっていう印象ではあったけれど、この時期に思いもかけずに海が見られたの

はよかった。私はそのコンセプトにも選んでいる人たちにもぜんぜん興味がないから

撮らなかったけれど、ここは『恋人たちの聖地』に認定された場所らしくて、屋上のエレ

ベーターホールにはその記念碑があった。

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でも、この景色だったら私ならやっぱり波の音がサラウンドで聴けるビーチに行ってし

まうな。私が惹かれるのはここの景色よりむしろアーキテクチャーのほう。

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館内の壁にはいたるところに穴が開いていて、そこから入る自然光がとてもいい感じ

の間接照明になっている。ウィキペディアによれば、『吹き抜けの展示ギャラリーは自

然光を取り込むために鉄の内壁に穴が開けられ、塩害を防ぐためにガラで包まれ

ている。これにより、外観がガラスに覆われた特徴的な構造となっている』とある。

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この廊下の先にあるのは図書室。

この図書室はそれほど大きくないけれどよかった。美術館の中にある図書室だから、

置いてあるのはアートの本ばかり。自分で買うのはちょっと無理そうな高価な本も多

数あって、閲覧は自由。部屋の隅にはコピー機もあって、部屋の管理をしている方に

声をかければコピーもさせてもらえる様子。この部屋からも海が見える。

私だったら1人で時間があったらこの図書室だけで時間が潰せそうだ。

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そして私はこんな窓の景色にも惹かれる。

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こうなるともうサマー・ドリームって感じですね。

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・・・・・・ というわけで、しばし夏の幻を満喫した。

別館になる谷内六郎館では『週刊新潮 表紙絵展』がやっていたけれど、バスの時間

が迫っていたから今回はパスして、所蔵品の、主に油絵を早足で見たのみ。

とにかくスーツなんか着ていたから暑くて窮屈だったのと、帰りのバスの時間が気に

なってあまりのんびりできなかった。いつかプライベートで来られたら、とは思うけれど

とても素敵な美術館ではあるものの、この美術館のためだけにわざわざ片道2時間半

かけてここまで来るかといったら私はちょっと疑問で、よっぽど魅力的な企画展でもな

い限り無理だろうなあ、と思う。ただ、ここまで来る途中に海水浴場のあるビーチもあっ

たから、ビーチ散歩もセットならいいかもしれない。

今日、何が1番楽しかったって、ここへ来る途中のバスの中かな。

8月にUMIGOYAさんに行ったときと同じように駅から見知らぬバスに乗って、車窓か

らしだいにそれらしい景色になってゆくのを眺めながら海に向かうっていう、わくわく。

それが1番楽しかった。ささやかなショート・トリップ。

これは帰りにバス亭から撮った『観音崎京急ホテル』。

ここだけ見るともうまさに南国です。

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そしてバスの車窓から見た途中の景色。

まだ夏の光はチラチラ残っていて、思わず「Stay Gold !」なんてつぶやくのは私くらい

のものだろうか。

帰りのバスの中ではすっかり疲れ果てて、いつの間にかほんとに夢の中でした。

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2011年9月 8日 (木)

爽やかな9月の午後

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湿度が下がって爽やかに暑い9月の午後。

麻を着るのがますます気持ちいい。

今年はこのまま初冬まで、いや、できれば冬のあいだもずっと麻を着ていよう。

中に着るか外に羽織るか、重ね着すればいいんだから。

日常的に麻を着るようになってから、いつのまにかあれだけひどかったからだの凝り

がずいぶんましになった気がする。できるだけ重くて窮屈な服は着たくない。からだが

いつも楽に、自由でいられるように。

すこし涼しくなったのと同時に日の暮もずいぶん早くなった。

となると、私はなんだかやっぱりさびしい。

来るべく季節を楽しみに思う気持ちはあっても、ついに夏は行ってしまったのだ。

いつだったかコトリさんに「秋は好き?」と聞いたら、「冬が来ると思うと好き」という答

えが返ってきて、はあ~、そういう考え方もあるんだ、と思った。

私が1年で1番好きな季節はこれから夏が来るという初夏で、あれほど自然に気持ち

が高揚する季節はないけど、コトリさんにとっての秋はきっと私の初夏に匹敵するんだ

ろうな、と思う。そういえば、彼女と同じ2月生まれの私も昔は夏より冬のほうが好き

だった。スポーツをするどころか汗をかくのも嫌いだったし、まっ白い服を着て、それが

一日じゅう汚れないような生活がしたい、なんてたわけたことを言っている女の子だっ

たし、それに秋から冬は大好きなニットやコートが着られたから。

きりっと冷えた大気に向かって元気に歩いていると頭はどんどんクリアになって素敵な

アイディアが次から次へと湧いてきたし、冷えた手を温めてくれる誰かのポケットもあっ

た。つまり、しあわせを分け合える相手さえいれば一年中どの季節だってハッピーって

ことなのだと思うけれど、いまそれが本当に必要かと考えて、ちょっと面倒に感じるっ

て、それってどうなの?

夕方、空を見ながら歩いていたら一片の雲がこころをとらえて、ふいに旅ごころを誘わ

れた。さしずめ芭蕉じゃないけど『片雲の風にさそわれて漂泊の思いやまず』ってとこ

ろか。九月の海がみたいな。

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2011年9月 7日 (水)

東京の昼と夜

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爽やかな9月の朝。

本日、仕事でランチ・ミーティング。

といっても相手はふるい友達だ。

いつか行ったHATAKE青山がよかったから、またそこに行った。

前回はお料理の写真は撮れなかったから、まずは1枚だけ。

本日のHATAKEランチ。

とうもろこしの冷たいスープに米粉のフォカッチャ、野菜の前菜10種盛り合わせ、前

に来たときはココットに入った大根おろしとしらすのカッペリーニだったのが、今日は

ココットに入った温かいリゾット、小さなドルチェはパンナコッタ、それにグレープフルー

ツジュース。

Tは席に着くなり「やっぱり東京は違うなあ~」と言い、「特にここ(南青山)はね」と私

が言った。Tは「うまい、うまい」と言いながら食べていたけれど、私はどうしても仕事

の話をしながらだと半分味がわからなくなってしまう。でも、ここは食事の味だけじゃ

なくてゆったりした空間が心地よく、ゆっくりできるから好きだ。ここでもけっこう話して

いたけれど、もうすぐランチが終わる時間らしかったのでレジュに場所を移して本格

的に話をした。つまり私の仕事があまりうまくいってないので、傾向と対策の話。

店の中は窓を開け放していてほとんど冷房はしていないようで、熱い珈琲を飲むには

少し暑かったけど、外気を感じられるのは心地よかった。昨日の夜NHKの天気予報を

見ていたら昨日で大気の状態は一変したそうで、これまで70%以上あった湿度が一

気に30%台まで下がったと言っていたけれど、ようやく窓を開け放していられる季節

になったのだ。

けっきょくレジュでもかなり長居して、店の人に「長居してごめんね。珈琲のおかわりを

ください」と言ってここでは珈琲を2杯飲んだ。パトリス・ジュリアンは『カフェは第2の自

分の部屋』と言っているけれど、カフェに長居できるしあわせ。私にはもうここしかな

い。南青山もずいぶん変わった。昔からあった角のヌーボーはずいぶん前に閉店して

いっこうに新しい店ができる気配もないし、思い出のトランクも同様。そのなかで昔から

寸分たがわずやってるレジュって奇跡的だ。レジュよ、永遠なれ!

今日は仕事の話が終わったら帰るつもりで夕飯の支度も何もせずに出てきたのだけ

れど、Tが今から別の友達を呼んで夕飯でも行こう、ということになり。また突然、電話

したにもかかわらず出てくる奇特な友達あり、で、夜は夜で場所を一転して大久保で

友達の友達が最近開店したばかりだという四川料理の店へ。

店の名は天府舫(テンフーファン)。

オーダーは友達におまかせで、出てきたのは最初にピータン、海老とピーマン・パプリ

カの炒め物、麻婆豆腐、酢豚。ラストに友達がここで1番好きだという汁なし坦々麺。

本場四川料理だから酢豚をぬかしてぜんぶ辛い。実は私は四川料理の店って初めて

だったのだけれど、こんなに辛いものだとは。舌がしびれる辛さ。でも、おいしい。

後から知ったことには四川省出身なのに店主の李さんは辛い物は苦手だとか。

なるほど、それで友達が麻婆豆腐の後に後に続けて麻婆茄子を注文したら「やめた

ほうがいいよ。いま辛いの食べたばかりなんだから、舌がおかしくなるよ」と言ってい

たのでした。李さんは流暢とまではいかないけれどとてもソフトな日本語を話す人で、

人の良さそうないい感じの人だった。四川料理の味の特徴はなんにでも山椒がかか

っていることで、それはウナギにかかってる日本の山椒とはだいぶ違う。この(中国

四川省)の山椒がなかったら四川料理はできない、ということで、厨房のカウンターに

置かれた大きなガラス瓶に入った山椒の匂いをかがせてもらったのだけれど、なんと

も芳ばしくてスパイシーな匂いでした。

ここでも私は2人にゴチしてもらっちゃって、どこで知ったのだかブログに書いてくれた

らそれでいいよと最後になってから言うものだから、最後に出てきた汁なし坦々麺だけ

写真を撮りました。

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実はこの汁なし坦々麺、前に『世界ウルルン滞在記』でレポーターが本場中国で食べ

ているのを見てから一度食べてみたかったの!

上の状態で出てきたのを箸で混ぜてから食べる。

これ、友達が1番好きというだけあって、めちゃめちゃおいしかったですね!

で、これは最初はそんなに辛くないと思って食べていたのだけれど、食べ終わる頃に

はやっぱり舌がしびれてました。それで最後にそれをなんとかしようと甘いものを食べ

ることに。私は定番中の定番の杏仁豆腐を頼んだのだけれど、友達が注文したこれ

がまたおいしかった。茹でた温かい白玉団子がお湯につかっていて、噛むと中にサリ

とした食感のゴマ餡が入っている。白玉のやわらかさとゴマ餡の食感と甘みと芳ばし

さが絶妙! 

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私が注文した杏仁豆腐もパンナコッタみたいな濃厚な味で好みのタイプ。

・・・・・・ というわけで、辛いんだけど何を食べてもおいしかった。

ここもたぶん、また行くと思います。ちょうど場所も西武新宿駅の裏、と近いし。

お店はまだ7月にオープンしたばかりで、知る人ぞ知る、という隠れ家的存在らしい。

さりとて、いくらおいしくても飲食のレッドー・シーである新宿界隈でやっていくのは大

変だと思うから、辛いもの大好き! という方はぜひぜひ行ってみてください。

友達のTいわく、「ここの麻婆豆腐は絶品!」だそうです。

カプサイシン効果で夏バテ解消にもいいかも♪

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2011年9月 6日 (火)

暗雲たれこめる ・・・

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ノロノロ台風が去って、やっと朝から久しぶりの晴れ。

今日はもう一日中晴れてるんだろうと思ったら、また午後になって暗くなり始めた。

今回の台風はあまりにも大きな被害を各地にもたらした。

その痛ましさには胸をふさがれる。

いったい今年の日本はどれだけ災害に痛めつけられたらいいのか。

夕方、娘が開け放した窓から外を見て「空がまっくろ!」と言った。

ベランダに出てみると、ほんとに空全体を覆わんばかりの黒雲。

暗雲たれこめる、とはまさにこのことだ。

でも、今日の私の心境はそれとは反対に明るい。

夕方、我が社の命運がかかったプロダクトのパッケージデザインができあがってきて

それが明るくてとてもよかったので、心底ホッとしたのだった。

昨日、イタリアから無事に帰って来た妹の元気そうな声も聞けたし、明日からは新しい

職場だというし、いろいろよかった。今日はこれでよしとしよう。

日々、ショックなこと、うまくいかないこと、頭を抱えること、やけっぱちな気分になるこ

とはあるけれど、でも良いことも少しはあって、悪いことばかりじゃないから、まだやれ

る。いつもそう。

黒雲よ、去れ!

ここは君の居場所じゃないんだよ。

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2011年9月 4日 (日)

京都のみたらし団子

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赤坂で仕事のミーティングを終えたあと地下鉄で新宿三丁目にまわって、焼き鳥でも

買って父に持って行こうと入った伊勢丹で、京都のみたらし団子を発見!

私はとくべつ食いしん坊じゃないと思うけど、これはいつか京都で食べて以来、もう一

度食べたいと思っていたもの。まさかここで出合えるとは ・・・・・・

一瞬、目が釘付けになりつつも、まずは焼き鳥を買ってからお団子を買った。

焼き立て、たれがたっぷりついたのを6本!

クーラーが効いてたからよかったけれど、電車の中で膝に載せた伊勢丹の紙袋があ

ったかい。温かい焼き鳥と、温かいお団子。

父のところに寄って「これで一杯やってくれ!」と言って置いてきた。

だいぶボケてはきているけれど、最近、父はあかるい目をしていてホッとする。いつも

私にあまりお金を使うなという父だけれど、焼き鳥は嬉しいらしい。冷蔵庫にはアサヒ

スーパードライが冷えている。飲めない私が言うのもなんだけど、私はエビスのほうが

好きだ。妹の留守もあと一日。

さて、京都のみたらし団子。

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私がまだ小さかった子どもと京都に行ったのは母が亡くなった2000年の春のこと。

清水寺に行く途中の三年坂で食べたみたらし団子は絶品だった。

東京のと違うのは、小さめのお団子が5個串に刺さっていて、硬めの団子の表面は

焦げ目がつくくらいカリっと芳ばしく焼いてあって、そこに黒砂糖ベースのさらっとした

上品で絶妙な甘辛たれが絡めてあるとこ。焼き立てのアツアツをひとくち噛むと、外

側がカリッ!で、中がふわっ。ほんとにおいしかったですね~ 

外で寒いなか待ってる人がいなければもう一皿お代わりしたかったくらい。なんていう

か、目からウロコというか、東京のみたらしとは全然違う! と思って帰って来たので

した。東京のが下町庶民の味だとしたら、京都のはもう少し上品な食べものに見え

た。ちなみに串に刺さった5個のお団子は、人間の五体を表しているとか。

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で、今日買ってきた古都香さんのは三年坂で食べたのとくらべると東京っぽいかも。

やわらかめのねっとりしたお団子に、これまたこってりしたみたらし餡がたっぷりかか

ってて、餡は東京より気持ちお醤油が濃いめか。

でも、これもすごくおいしかったです。

これを夕飯前に2本食べたら、なんだかお腹いっぱいになってしまいました。

お団子屋さんは近所にもなんだかやたらといっぱいあって、ここはかつて旅の途中に

あった茶屋の名残りなんじゃないかなあ、と勝手に思っているのだけれど、昔の人が

旅の途中に茶屋でお団子を食べた気持ちはすごく納得できる。

早い!やすい!うまい! で、けっこうお腹もいっぱいになって、ホッとすることもでき

て、ちょうどよかったんじゃないかなあ ・・・・・・

思えば京都に行ってから、もう11年。

来年は母の十三回忌をやらねばと父が言っていた。

月日が過ぎるのはほんとに早いもんです。

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2011年9月 3日 (土)

夏の疲れ

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昨日の夜は激しい風の音とベランダのバラが気になってなかなか寝つけなかった。

今朝ベランダに出ると雨はやんでいたけれど相変わらず強風で、バラたちは思うさま

風に煽られ、ボトルパームの鉢は倒れて割れていた。バラの枝もずいぶん折れてい

る。仕方がないので、いつもはあまり夏剪定はしないのだけれど、急きょ折れた枝と

伸びすぎた枝を整える程度に切って肥料と水やりをした。その間、雨が降らなかった

から作業ができたものの、部屋に入った途端に激しく雨が降り出した。

雨が降ろうが風が吹こうが炎天だろうが雪だろうが関係なく一年中プールで泳いでい

る身としては、少々の雨や風くらいではちっとも動じないのだけれど、今日めずらしく

プールに行くのがかったるいと思ったのは、やっぱり夏の疲れもあるのだろうか。

今日は自転車で行くのはやめたほうがいい、と息子が言うので今日は歩いてスイミン

グクラブまで行く。家からふつうに歩いて17分。それさえ今日は面倒くさい。

その17分の行き帰りの間にも雨が降ったりやんだりした。

水に入って少し泳ぐと、すぐに今の調子がわかって、ある種水泳って健康のバロメー

ターだな、と思う。今日のからだのなんと重かったこと重かったこと。いくら水を掻いて

も掻いてもぜんぜん前に進まない感じ。人間のからだって実に精妙にできているから

たぶんいろいろなところが微妙にズレていたんだと思う。

けっきょく行きも帰りもたいして降られることはなく、これなら自転車で来てもOKだった

と思いながら帰る。でも、空は歩いている間中もめまぐるしく表情を変える。

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週に1度のスイミングの日はからだのメンテナンス・デーでもあって、いつもは夜遅く

最後にお風呂に入る私だけれど、土曜日ばかりは1番に、まだ明るい時間にお風呂

に入る。いつもより丁寧に髪を洗ってトリートメントし、顔を洗ってパックもして、いい匂

いのするバスソルトを入れたぬるめのお湯にゆっくりとつかる。

これがぜんぶセットで私の土曜日だから、この日はできるだけ他の予定は入れたくな

い。週に1日くらい自分のための日があってもいいと思う。

雨は夕方からまたひどくなった。

バスルームでお湯につかりながら目をつむって激しい雨の音を聴いた。

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2011年9月 2日 (金)

台風12号

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朝は晴れて青空だったからてっきり台風は逸れたかとのんきに思っていたのに、急転

直下、暗くなったと思ったらバタバタと雨。慌てて洗濯物を取りこむわずかのあいだに

ずぶ濡れになってしまった。今日は昨日以上に晴れたり曇ったり雨になったり強風に

なったりの猫の目のようにめまぐるしい天気。いったい何度、洗濯物を出したりしまっ

たりしたことか。そして昨日と同じようにすごく蒸し暑い。

こんなときにもわざわざ大阪から東京に仕事に来る人がいて、私も日曜は仕事になっ

てしまった。ま、働けってことね。

今日は夕方、仕事が終わった後に父に夕飯のおかずを届けに行った。

自分で作ったものを持って行きたかったけれどその時間はなかったので近所のおい

しい店で買ったお総菜。

家の近くまで行ったところで暗闇に立っている小柄な老人がいると思ったら父で、外

で煙草を吸っているところだった。今日はもうラーメン屋で夕飯はすませてきちゃった

という。私はもう暑くて暑くて、冷たいお茶を1杯だけもらって、相変わらず壊れたテー

プレコーダーみたいに同じことを言っている父に、夜は玄関のカギは閉めるように、

誰が来てもやたらとドアを開けないようにと、いつも子どもに言ってるのと同じようなこ

とを言って帰って来た。とりあえず父が元気でよかった。

いま、窓の外は激しい風の音。

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2011年9月 1日 (木)

二百十日の夕空

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9月になった。

9月は現実的な月だ、と書いたら、仕事でほんとに現実的なことがいくつかやってきて

思わず胃がきゅ! となった。私はオプティミストでもペシミストでもないけど、今年の

コップに残された水はあと3分の1だ。さて、どうする?

いつになくごちゃごちゃする頭でバタバタと電話のやりとりをすませ、午後遅く銀行に

行って通帳記入をしたら目が!!!になってしまった。思いもかけない引き落としが

あって、残高を見てびっくり! 月末の引き落としを完全にひとつ忘れていたの。完全

に想定外。こういうミスって滅多に、というか、ほとんどしないんだけどなあー

ああ、今月どうしよう ・・・・・ とあたふたしながら帰る。ますますもって現実的な月だ。

もうこうなったら今月はストイックに仕事のことだけ考えるか、とか。

さいわい今月のイベント(息子の誕生日とか)は最終週だからなんとかなるか、とか。

今日、気になったのはドナルド・キーン氏が日本に来たことと太陽の北極域で磁場が

反転し始めたこと。

今日は台風の影響か、うんざりするほど蒸し暑かった。

一日のうちに何度も雨が強く降ったり、やんだりした。

夕方、掃除をしようと窓を開けたら、ワトソン紙に水彩絵具を滲ませたような二百十日

の夕空。

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