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2011年8月25日 (木)

真夏の冬幻想

11tote_bag

若くて服に夢中だったときは、2月と8月が何より楽しみだった。

2月は今年のブランド・コンセプトとスタイルが決まって春夏のカタログができあがる頃

そして8月は秋物がいち早く店頭に並び始める頃。そのときをめがけてショップに行っ

たものだ。そして1月と7月はセール。アルバイトのお昼休みさえ使って目当てのショ

ップに勇んで出かけた。服が大好きだったのはもちろんだけど、それを着て行きたい

ところと、一緒に歩きたい人がいたっていうことだ。それってすごく大事なことよね。

今はもう、服を買うこと自体、昔ほど多くはなくなってしまったし、今はなんでもインター

ネットだからわざわざ服を見るためだけに出かけることもほとんどないし、セールに勇

んで行くこともなくなった。たまに何かのついでに見ることがあっても、昔ほど(一晩寝

ても頭から離れないほど)欲しいものに出くわすこともない。なんでもそうだけれど、そ

ういうことって常に意識の端に置いていないと感覚が駄目になってきちゃうのだ。いま

はセールといっても、たまに買い物をするネットショップからお知らせがきて覗く程度。

そして、まだ夏の暑い盛り、たまたま覗いたネットショップでセールをしているのを見つ

けた。夏のセールって今季ものだけかと思いきや、冬のツイード素材の布バッグまで

あって、去年ものの残りものなのかなんと70%OFF。

70%OFFならいいやと、その最後の1枚を買った。

それが連日35度だったときに届いてさぞ暑苦しいかと思ったら、それがそうでもなくて

私の頭のなかにはぱあっと冬の幻想が広がった。そう、若い頃みたいに、このバッグ

に似合うコートを着た自分が手編みのストールを巻いてニットキャップをかぶり、短い

ブーツを履いている姿くらいがぱあっと浮かび、それから枯れ葉を踏む音やオイルの

しみた木の床に響く靴の音、暖かな部屋に入った途端に曇るメガネや珈琲の匂い、

外気で冷されたウールの手触りや本の白い紙の質感などなど、ありとある冬のイメー

ジが次々浮かんで、なんだか楽しくなってきてしまった。そして、自分はもうずいぶん

ずいぶん回復したんだ、と思った。つまり、冬を夢みられるくらいに。

それって私にとってはかなりハッピーなことなのだ。

そして、そのあとは手仕事的な観察が始まった。

こういうバッグって定価で買うとこれくらいするのね、と思ったら自分で縫ったほうがい

い気がしたし、自分で作ることを考えたら考えたでまた楽しくなってくる。自分で作るな

ら大きさもマチの幅も肩ひもの長さも好きに調整できるし、だいいち布を考えるのが楽

しい。ただし私はお裁縫が苦手でうちのミシンは滅多に出てこないから、大概の場合

電源を入れてしばらくのあいだミシンは絶不調なのだ、たいてい作業の終わりくらいに

なってやっと調子が出てくる(まるで週1スイマーの私のようだ)。それで、興が乗った

私はそこでやめることができずに延々袋ものなら袋ものを縫い続けることになるのだ。

(いまこれ読んでる、私から入園入学バッグもらった人、そういうわけです。)

だから去年の冬はひたすらマフラー編んでいた私だけれど、今年の冬はせっせと冬

のバッグ縫ってるかもしれない。RCサクセションの懐かしの『ダーリ・ミシン』でも歌い

ながら、『トイレット』のモーリーみたいにミシンをかける ・・・・・・ といくかどうかはわか

らないけれど。

そして布のバッグ、ということで言うと、最近特に愛用してるかもしれない。

革のバッグも好きだけれど、年々肩こりがひどくなって重い荷物を持ちたくない私とし

ては、バッグ自体が軽くていっぱい物が入る布バッグはとても重宝。

ちなみにこのバッグ、フェルトでできたストールピンにもなりそうなかわいいチャーム

が付いていて、それもつい買ってしまった理由のひとつ。小さなグレーの石も付いて

いて、こういうのは作ろうと思っても私じゃちょっと真似できない。

11tote_bag_01

そんなわけで、ひとときの真夏の冬幻想。

久しぶりに冬を楽しみにしている私です。

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