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2011年8月26日 (金)

一点として一面に

110826sky

        夢の中ではたいてい輪郭がぼやけている。にじんだ

        枠にかこまれて いろいろな影が 現れたり 消えたりす

        る。わたくしの場合、しばしば色つきの夢を少年時から

        みていたが、たいていは白黒である。毎晩みる夢の数は

        五つから十くらいであり、一つ夢みては目ざめる夜と、間

        欠的ではあれ眠ったまま続けざまにみる夜とがある。夢

        ごとに目ざめるときには、闇のふとんのなかで、いまこ

        んな夢をみたな、といちいちのシークェンスを思い浮か

        べようとする。そして、よし、うまく記憶できたぞと思

        って、また眠りに入り、べつの夢をみる ── 明け方、ほ

        んとうに目ざめたときに、記憶できたはずの夢をどうし

        ても思い出せないときと、鮮明に思い出せるときとがあ

        る。どちらにしても、眠ったまま続けざまにみる夢の目ざ

        めより、夢ごとに目ざめる夢の目ざめのほうが、はる

        かに重い。全身、鉛が融けて しみわたったように だる

        い。愉快な夢など、けっしてみないから、みじめの極み

        の気持ちである。

         あの夜の夢もそうであった。そのうえに、わたくしが

        長い歳月のうつつにも夢にもかつて味わったことのない

        「悲しみ」が付け加えられていた。わたくしは夜ごとの

        夢を記憶している限りノートにとるほど奇特な男ではな

        いが、さすがにその夜の夢については、ごく簡単に手帳

        に書き留めておいた。いま、その手帳を繰ってみると、

        こう記されている ── 「わたくしは海にいる。上下左右

        は黒くにじんでいて、海もほの暗い。遠浅らしい。足は

        くるぶしぐらいまでしか水に漬かっていない。のろのろ

        歩いてゆく。冷たい感覚はない。ただ、のろのろ歩く。

        ズボンを膝までまくり上げている。さんたんたる境涯の

        ようである。悲しみが主調低音のように、初めから終わ

        りまで ── 」

          初めから終わりまで、まったくことばのない夢で、登

        場者はわたくしだけで、涙なぞ一滴も出ないが、「深い

        悲しみ」が夢の全空間を蔽っていたのであった。そこで

        わたくしは、次のような詩を書いた。


道を歩いていて

金ぴかの葬儀車に出あうことがある

そのたびに

ほんの少し、こころが揺れる

その揺れかたは

ほんの少しだけれど

じつに確かだ

すぐに忘れてしまうけれど

じつに緻密だ

たくさんの

ビルの窓や商店の旗の輝き

そのあいだに

たちまち車は見えなくなってしまうけれど


ひとはごく簡単に

写真にとられる

「とる」という動詞は

受け身のかたちになることによって

たぶん

写真において

もっとも重い意味を持つ

そのとき

シャッターの音とともに

ほんの少し、こころがあらがうからだ

そのあらがいかたは

ほんの瞬間だけれど

じつにしつっこい

すぐ忘れてしまうけれど

じつに繊細だ

なにが、かは分からないが

「とられ」てしまうのだ

だから

一瞬だが

充実した空虚がのこる


悲しい、とあっさり言えるだろうか

それは

葬儀車を見たり

写真にとられたりする感覚よりも

それらの

じつにグロテスクな感覚よりも

はるかに

時空をいちめんに蔽うものである

ついに

「わたくしは愛してしまった」から

ゆうゆうと翔ぶ鳥のように

一点として

一面に悲しい、といえ!


( 北村太郎詩集『犬の時代』より、『一点として一面に』 改行は原文通り。 )

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郵便局帰りに歩きながら空を見ていて、雨が降りそうだな、と思った。

いまは晴れているけれど、この蒸し暑さは雨が降る前のものだ。

雲の流れかたがだんだん早くなる。

それと同時に私の中に去来するものも猫の目のようにとりとめなく移ろっていって、

とても言葉にはならない。散漫な夏のおわり。

家に帰って撮ったばかりの写真をコンピュータの画面で見ていて、この詩を思い出し

た。行分け散文詩とでもいいたいような前半と詩のあわさったこの詩を読んでいると

ごくわずかなことを言いたいためだけに何百枚もの原稿を費やしたり、わずか一点を

描きたいためだけに全体を描く小説家や絵描きのことを思い出した。

私なら、最後の五行のためだけに、まったく違う詩を書きたい気もするのだけれど。

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コメント

思いがけずも、気が付いてみれば
だいぶご無沙汰してましたね、すみません(汗)

「不安な空」しっかりとらえましたね。
こういう空のときありますよね。
「ちょっとやばいじゃないかい?」って空が。

今日は局所豪雨で東京は大変だったようです。
そちらはいかがでしたか?
私も東京に居ましたが、14時くらいには東京を
脱出してましたから、セーフ(笑)

北村太郎さんという方、知りませんでした。
ですが、魅力覚えました。
こんど読んでみます。

投稿: 四季歩 | 2011年8月26日 (金) 20:49

四季歩さま、
とんでもない、こちらこそご無沙汰してました(^-^)
私はどうもネットで人と繋がりたいという欲求が希薄なのと
ブログは自分自身ののアウトプットが一義的で、あとは二義的
と思っているものだから、ついマメじゃなくてすみません。

東京23区はゲリラ豪雨でしたか?
仕事中にあれにあっちゃうとたまりませんよね。
セーフでよかった。
こちらも一時的にはかなり降ったけど、私はそのときはもう部屋の
中にいたからだいじょうぶでした。

それから、魅力感じてくれましたか?
それは嬉しいな。
北村太郎はエッセイにもいいものがたくさんあるので
機会があったらぜひどうぞ。
翻訳本は私はT.S.エリオットとルイス・キャロルくらいしか
読んだことないけど・・・

投稿: soukichi | 2011年8月26日 (金) 23:38

まだ中学生の頃かな、ごく普通に目覚まし時計のベルで目が覚めました。
しかし その目覚ましのベルの音は夢の中の重要なエンディングだったのです。
夢の内容は忘れてしまいましたが 私はそのエンディングから物語を前に前に さかのぼって行きました。
すると その長い夢の内容がどうしてもそのエンディング(目覚ましのベル)の為にあるようなものなのです。
私はその夢は目覚ましの音を聞いた瞬間に見たのだと思っていました。
夢の中ではもしかすると未来も過去も時間も関係ないのかなとも思いました。
 夢の話になると切りがないのですが
ずいぶん前に 古い木造の駅でライブをやっている夢を見たんです。
なんと私以外のメンバーはピチコパチコ、わたしが間違えるとチィさん目が鋭くなって
タイショウはニコニコして 3拍子の曲を演奏しています、曲を作ったのはMちゃんだ。
なんとなく ボンヤリして目が覚めて 「そういえばさっき夢を・・・いい曲だったな、でも忘れちゃった」
そして 少しして シーケンサ(自動演奏をするためのマシン)をいじっていると
「あれ!!これ!夢の中の曲」「いつの間に・・寝ぼけて打ち込んだのかな」
その曲は唯一 夢の中から 盗んできたものになりました。
当時そのことをMちゃんに話したら「それで その曲は私(Mちゃん)が(夢の中で)作った曲なんだよね」と言ってました(笑)。

投稿: jose | 2011年8月28日 (日) 21:43

joseさん、こんばんは!
夢ってほんとに不思議ですよね。
いつか、『夢の中では平気で死者が行き来する』って詩の一行を書いたんですけど、
ほんとに夢の中では今はいない人もふつうに出てきて自分もなんの違和感もなく対話してるし、昔から何度となく見る夢は、実際どこかにその時空間が存在してるんじゃないかと思うくらい妙に懐かしくてリアル。
私、何度も繰り返し夢に出てくる場所を現実に探してみようと思ったことがあるくらいなんです。最近はもうその夢は見なくなっちゃったけど。
今日は今日で、コーチのお手本みたいに肘を立ててバタフライの掻きをしようとするんだけれど、水が重くて重くてどうやっても掻けない、っていう、なんともへなちょこな夢を見ました

そういえば、joseさんとここで出会ったのも縁ですね。
まさかここで大将の話ができるとは思わなかった。
大将はもう何年も前にドラムセットを捨てちゃったけど、今でもテルちゃんに大将って呼ばれてます。ちいさんは志を同じくする年下の男性と再婚してしあわせに暮らしてるみたい。Mちゃんは引越したあとまったく音沙汰なしだからどうしてるかわからない。

夢の中で啓示のように言葉が降りてくるって昔から理想なんですけど、夢の中で曲ができあがるっていうのもいいですね。
いつかその曲、聴いてみたいです♪

投稿: soukichi | 2011年8月29日 (月) 23:16

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