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2011年6月10日 (金)

豊穣なる闇と清澄な光の安息

Rembrandt_03_4 

12日までと期間も迫った先週末、梅雨の晴れ間に娘を連れてレンブラント展を見に

行った。久しぶりに行く上野の国立西洋美術館。

このあたりはいつ行っても人が多いけれど、天気がよかったせいかこの日も人が多か

った。外まで並ぶほどではなかったけれど、美術館の中はそれなり。入口に掲げられ

た案内文の前からひとつひとつの絵の前まで人だかりができていて、それが列をなし

なかなか絵の前にたどり着けない状態。私は私でいつもなら絵のタイトルだけ見て説

明文などピンポイントで読み飛ばしてしまうところを、今回は暗めの照明下に展示され

た暗めの版画作品とあって、よく眼をこらして見ないと何が描かれているのかわから

ない作品も多いため、ひとつひとつ丁寧に説明文まで見て行ったらずいぶんと時間が

かかった。この展覧会はタイトルが『レンブラント 光の探求 / 闇の誘惑』というだけあ

って、光の、いや闇を描いた作品が多い。当然のことながらまだ電気などなかった17

世紀のオランダ、闇を微かに照らすものといったら月あかりとろうそくの火とランタンく

らいであった時代の闇とは、また光とは、かくあったのだろうと思わせる驚くほど緻密

なその描写力。暗闇に入って目が慣れてくると少しづつ物の輪郭が見えてくるように、

レンブラントの闇に眼を凝らしていると、しだいにそこから様々なものが浮き上がって

くる。夜空に覆いかぶさるような森のざわめき、ランタンの灯りだけで照らされる足も

との草のそよぎ、暗い礼拝堂に集まる人々の衣擦れの音、ろうそくの明かりのもとで

書生が本のページを繰る音、しだいに遠のく日の光と逆に薄暗くなってゆく部屋の、

希望と諦観がないまぜになった静寂 ・・・・・・

見る側がそれだけ目を凝らさないと見えないということは、それを銅板画に描いている

レンブラント自身はもっと執拗なまでに闇を凝視し続けていたのであろうと思われる。

展覧会場は「黒い版画」、「淡い色の紙」、「キアロスクーロ」 という三つのセクションで

構成されていて、その中でも私は「「淡い色の紙:レンブラントの和紙刷り版画」という

セクションが好きだった。レンブラントは同じ版画を西洋紙、オートミール紙、和紙と紙

を変えて何度も刷り、そのテクスチャーの違いと明暗のグラディエーションの違いを試

していた。それはまるで写真家が露光を変えて何枚も写真を撮ったり、印画紙を変え

てプリントするのに似ていて面白かった。その違いは歴然で、白い西洋紙に刷られた

版画は線のエッジが効いている割に平面的であっさりしているのに対して、うっすら色

のついた和紙に刷られた版画は線は滲むが原版が持つ以上の、あるいは画家が意

図したとおりの豊かな立体感と奥ゆきを見せていた。そして、レンブラントはことのほ

かその和紙のほうを好んだのだそうだ。当時にあっても和紙は貴重な高級紙だった

そうで、その和紙に刷られた版画は一部の貴族や金持ちのコレクターズ・エディション

として売られ、もっぱら西洋紙に刷られた普及版のほうは一般向けに売られたらしい。

何よりこの展覧会の素晴らしさは、レンブラントがどれだけ闇を描くことを追求していた

かにある。まるで息をしているような、その闇のなんという豊穣さ! 

そして闇が豊かで深ければ深いほど闇に射す一条の光は清らかで、人に限りない希

望と安息を与える。そのコントラストの見事さ。

そして、レンブラントの版画はどんなに小さなものでも構図が完璧で、その端正な美し

さにも魅せられた。

版画が9割を占める今回のレンブラント展。

フロアには貴重な本物の銅板が展示されていたり、レンブラントが多用した銅板画の

技術についての説明があったりで、銅板画をやっている方ならよりいっそう興味深い

展覧会であったろうと思う。

最初から最後まで見るのに約2時間。

薄暗い美術館の中で説明文の文字と版画を交互に集中して見たため、最後の絵にた

どり着くまでにはぐったり疲れたけれど、できることならもう一度見に行きたかった!

それも人の横顔と一緒に絵を見る、なんていうのじゃなくて、好きな絵を好きなだけ思

う存分ゆっくりと! 

美術館に行くとほぼ毎回思うことだけれど、日本のこの美術鑑賞環境はなんとかなら

ないものかと思う。

Rembrandt_01_5

追記:おとといの朝だったか、息子にレンブラントの版画がどうよかったか話していて、

ここに書き忘れた大事なことを思い出した。

私がレンブラントの絵をもう一度見たいと思った最大の理由は、絵を眺めている間に

感じた幸福感だった。レンブラント自身の人生は波乱で家族との縁も薄く、最初の妻

とは結婚して8年で死別しているし、後に再婚した美しい妻も38歳という若さで亡くな

っている。前妻が残した4人の子どものうち唯一成人まで育った最愛の息子でさえ27

歳の若さで亡くしてしまってからは、最晩年は貧苦と孤独のうちに過ごした。

とても幸福な人生とは言えないのに、その絵には幸福感がある。また見るものに幸福

感を与える。それは、ひたすら自分の描きたいものにこだわって我儘なまでに自由に

生きた圧巻の画業人生によるところが大きいのだろうが、そんな背景をまったく知らな

くてもレンブラントの絵には許しがある。そして、それはろくろく聖書もまともに読んだこ

とがない、キリスト教的バックボーンを持たない私のこころにも届く。

許されるって、なんてホッとするんだろう ・・・・・・

その安らかさをもう一度味わいたくて、私は再びレンブラントの絵の前に立ちたいと思

ったのだと思う。

いつかまたその幸福な機会に浴することができますように!

Rembrandt_3   

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コメント

そうきちさん
あの難解なエッチングを観によく行って来られましたね。
レンブラント展ついに行きそびれました。
版画仲間にもいいから観に行くようにと言われていたけれど。
混雑を考えると、2の足踏みますね。
「すみの会」のDM送りました。お好みの版画出す事にしました。
気が向けばお出かけ下さいな。

投稿: mocyako | 2011年6月13日 (月) 22:11

mocyakoさん、
難解?
そうなんですか?
レンブラントのエッチングについてはたいした前知識もなく行ったので、ひたすら魅せられて凝視して帰ってきました。
ほんとにもう一度見たかった!
2回めは説明文読まなくていいし、好きな絵だけピンポイントで見ればいいから、
と思ってたんですが。
そう人、人の多いのにはげんなりしました。
絵の前で大きな声で喋ってるような輩もいて、勘弁してくれと思いました。

DM、ありがとうございます。
明日ポスト見てみます。

投稿: soukichi | 2011年6月14日 (火) 00:11

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