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2011年6月30日 (木)

ア・ハン(カエル)

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 色の合唱

 色の音の形

 愛してない

 愛してる

 愛してるって

 こんなふうに言いながら

 幸せになれる

 花占いの幸せ

 花から花へ

 サンバからサンバヘ

 行ったり来たりの音で

 緑、緑を見る

 雑草の根

 羽の先

 ベンチヴィ鳥の声

 夜が明ける、そう

 私のそばで

 朝の光のそばで

 芝、泥、すべては

 私の姉妹

 枝や葉、ひきがえる

 カエルが跳びはねる


 (Music by Joao Donato,Lyrics by Caetano Veloso 対訳:小野リサ )

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バラクライングリッシュガーデンの中に入ってまずびっくりしたのはその音!

蓼科高原というロケーションからさぞや静かかと思いきや、庭園の林の中はうるさいく

らいに鳥の囀りが響き渡り、それに早くもセミの声、カエルの合唱 ・・・・・・

友人がガーデニングセミナーを受講している間に1人でガーデンの中を歩き回って写

真を撮り、疲れたので木陰のベンチで目をつぶってうとうとしていたら、それらの音が

ヴィヴィッドに聞こえてきて、そこに蜂の羽音まで混じってまるでオーケストラのよう。

それで思わずこの『コロゴトン、ゲテゲテゲテ・・・』で始まるカエルの歌を思い出してし

まったのです。禅問答をイメージしたというカエターノ・ヴェローソのなんともロマンティ

ックな詩に、迷宮に迷い込んでゆくようなジョアン・ドナートの曲! ブラジル音楽って

なんて素敵なんでしょう。大好きです。

そう、そしてこの日の天気予報は雨、のとおり早朝家を出るときには灰色の雲が重く

垂れこめていて、蓼科は変わりやすい山の天気ということもあって雨に降られるのを

覚悟で行ったのに、なんとお昼頃から急に晴れてきて空には青空が広がり、今度は

一気に陽射しが強くなってきたのでした。もう暑いのなんの。

お陽さまが出てきた途端に輝きだす庭園の緑と花たち ・・・・・・

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下草の葉っぱの上にとまっているセミ!

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園内には心そそられる小路がいくつもあって、思わず行ってみたくなる。

この先にあるのは光り輝くもうひとつの世界か秘密の花園か ・・・・・・

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ところどころにベンチが置いてあったり、

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バラのドームがあったり、

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彫像が立っていたり、

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草むらにシカが隠れていたり。

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こんな風だからバラが咲いていなくても別段たいくつしないのです。

友人によればバラクラのバラは秋より春のほうがいいってことだけれど、私はもしもう

一度行くとしたら初夏よりむしろ夏の終わり、秋の始めのダリヤの咲く頃に行ってみた

い。その頃ともなれば蓼科は東京と違ってだいぶん涼しくなり、夏の余韻を残しながら

庭園の風景も趣きを増しているのではないかと思うのです。

この日はリストランテ・ジャルディーノでさんざん並んで待ってビュッフェ形式のランチを

食べ、お腹がいっぱいになったら朝が早かったので眠くなり、眠いままもう一度園内を

散歩して、ショップを眺めて帰りました。そして帰り際に振り返りながら思ったのは、こ

の庭の本当に美しい時間を知っているのは、当然のことながらここのオーナーである

ケイ山田さんだろうな、ということ。もちろん、この美しい庭園と引き換えに、手放したも

のもおありかもしれないけれど。

あの2階の窓から見下ろす夕暮れの庭園が見たかった!

できることなら日の暮れまでいたかった。

今さらながら、20年も行けずにいた私を連れて行ってくれたYちゃんに感謝!

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20周年を迎えたバラクライングリッシュガーデンへ!

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1年ブログをやる間に何度書くかわからないけれど、ほんとに1年がたつのって早い。

去年の5月、バラが終わるぎりぎりに家に遊びに来てくれたライターで庭師のYちゃん

と、彼女が連載ページを持っていたガーデニング関連の週刊誌を見ながら、「そうい

えば昔からバラクラに行ってみたいと思いながら、私まだ一度も行ったことないんだ

今年で20周年だって。もうそんなになるんだね」と呟いたところ、じゃあ今度一緒に行

こうか、ということになった。

折しも梅雨の真っ只中の6月の第4週のこと。

前夜はめずらしく12時前に寝て朝5時に起きるつもりだったのが、あまりの蒸し暑さ

に4時には目が覚めてしまって、寝不足のまま湿度120%のうだるような耐えがたい

暑さの東京を出て、立川からスーパーあずさ1号に乗って一路蓼科へ。

・・・・・・ というわけで、あっという間に1年過ぎてしまったけれど、これは去年20周年

を迎えたバラクライングリッシュガーデンの様子。

最初の写真は朝10時前にバラクラに着いて最初に撮った写真で、ここの創設者であ

るケイ山田さんのお住まい。2階が彼女の部屋で、取材で訪れた友人はあの窓から

見下ろす庭の景色が1番きれいだったと言っていた。

それから、ゆるやかな勾配を降りてガーデンに続く道 ・・・・・・

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ちょうどこの頃バラクラではクラシックローズウィークスをやっている時期だったのだけ

れど、去年は日照不足だったためか、残念ながらまだバラはいくらも咲いていなかっ

た。バラが満開だったら下のパーゴラの景色もまったく違ったものになっていただろう

と思う。

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下は入り口付近で咲いていたバリエガタ・ディ・ボローニャ。

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以降はわずかに咲いていたバラの景色だけをピックアップして ・・・・・・

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園内は地図で見るとずいぶん広いように見えるけれど、実際に歩いてみると1周して

もそれほど時間がかかるわけでもなく、むしろあっけないくらい。けれど、それはたぶ

ん長い年月をかけて作りこまれてきたからで、最初ただの土地であったときにはどれ

ほど広大に見えたことだろうと思う。起伏に富んで立体的な庭はどこから見ても美しく

またそのようにどこから見ても絵になるように緻密に計算され尽くした庭なのだとわか

る。今でこそイングリッシュローズもイングリッシュガーデンも日本人に馴染みのある

ものになったけれど、そんな言葉すらなかった20年前のことを考えると、やはりバラ

クラはイングリッシュガーデンのパイオニアだと言えるだろう。

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この後はさらにバラクラのバラ以外の植物と生きものたちのを ・・・・・・

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2011年6月29日 (水)

白熱の夏ごはん①タコス

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昨日から青空が広がる東京。

今日も朝から暑い!

・・・・・・ と思ったらなんだか急にタコスが食べたくなったので、急きょランチはタコス。

といってもわざわざここにレシピを載せるようなしろものじゃなくて、前にタコライスを

作ったときに残っていたオールドエルパソのシーズニングスパイスを使ってタコミート

を作り、スーパーで同じくエルパソのタコシェルを買ってきて、細切りにしたレタスと角

切りトマト、シュレッドチーズに市販のソース(KAGOMEから出ているオニオン&チリタ

コス)をかけただけのインスタント仕様。

でも、仕事の合間にささっと作って食べるにはこれで充分なおいしさでしたね。

なんたって、お手軽簡単にタコスが食べられる。

もともとジャンク・フード好きの息子は「うまい!」を連発。

今やスーパーでも売ってるウィルキンソンのドライ・ジンジャエールとともに。

欲を言えばやっぱり市販のタコシェルはスナック菓子みたいで、いつかちゃんと粉から

作ってみようかな、と。(思うだけで終わるかもしれないけれど。)

それで、なぜ『白熱』かというとわかる人にはわかる「うふふ」なのだけれど、さっきそ

れについて書きかけて「おっと、いけねえ。まだ一般発売前だった」と削除したところ。

あさって7月2日からはツアーも始まる。東京公演は9日、18日だけど、コアなファン

である友人はさぞかし今からボルテージ上がってるだろうな!

家ではクーラー嫌いの家族と同居していてクーラー無しの生活、先日、職場のクーラ

ーも壊れたって言ってたから、今からあんまり興奮しすぎて(血圧上がって)ライブ前

にバテてぶっ倒れないといいけど。 ヤバイぜ! smile

・・・・・・ というわけで(?)、私の白熱の夏ごはんはこれからもつづく。

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2011年6月28日 (火)

男はさびしい、女はかなしい。

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今朝、久しぶりにかなしい夢を見た。

目覚め際の夢だったので目が覚めてからもそれは鮮明で、ひどくこたえた。

その夢は私の中にまだやり場のないかなしみや怒りや疑念や憤りがあることを明白

にした。それで朝から動揺してめずらしく自分の感情をもてあまし、数少ない話せる

友人にSOSメールを送ってみるも返事は来ず。ふと先日のことを思い出した。

ある方と話していて、その人が「最近はあんまりさびしくなくなったかなあ」と言うので

驚いて、「前はさびしかったんですか?」と聞くと、しみじみ「さびしかったねぇ・・・」

とおっしゃる。それで、さらにそのさびしい理由を聞いてみるのだけれど確たる答えは

返ってこなくて、そういえば男友達のAもいつもさびしいさびしいって言ってたけれど、

結局いくら話しても何がどうさびしいのか、さびしい理由はわからなかったなあ、と思い

だした。

その日は帰りの電車で1人になってからも、あのさびしさって、男の人の言うさびしさ

の正体ってなんなんだろう、と考え続けた。そして自分に照らして考えたとき、ふと自

分はさびしいじゃなくてかなしいだなあ、と思った。私はいつもかなしかった。いつもい

つもかなしかった。時に怒るべきときにもただただかなしい自分に無力感さえ覚える

ほどだった。ほとんど誰にも悟られることはなかったけれど。

そして今朝ベランダに出て、ああ、それでバラだったんだと思いだした。

バラは私にとって趣味のガーデニングなどでは全くなかった。切実に必要でずっとそば

にいた。そして、いつからか彼らにもそれが通じるようになった、たぶん。

       あなたはすごくさびしかったんだよね?

       私はすごくかなしかった。

というところで、いつか深くて暗い川を越えて、わかりあえる日はこないものだろうか。


6月は夢ばかり見る変な月だった。

私のベランダではイングリッシュローズがイングリッシュローズとも思えない小さな花を

咲かせ続けている。上はクイーン・オブ・スウェーデンとシャルロット。

いつもは真夏でも咲くままにしているバラだけれど、今年は摘蕾して秋まで体力を温

存させようかと考えている。

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挿し木でもらった小さなクレア・オースティンが今年初めて花を咲かせた。

気づくのが遅くてもう傷んでいるけれど。

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2011年6月27日 (月)

ライブ@ちぇるる野毛”たち花”

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プチミュゼさんのお宅で激しい雨をやりすごした我々は、一路次なる目的地の桜木町

へ。そう、何はなくてもプールの私が午後2時間のためだけにプールを休むはずはな

くて、この日は友人と私のちょっとしたアニバーサリー・スペシャル企画の日でした。

桜木町は野毛にある包丁処『たち花』で、おいしいお料理を食べながら2人のサックス

プレイヤーによる即興演奏を聴こう、という渋いライブ

かつては規律の厳しいお嬢さん学校で、セーラー服着て同じ教室で机並べてた私た

ちも、ほんといい歳になったもんです。あの頃はこんな日が来るとは誰が想像したでし

ょうか?(いや誰も想像すまい。) ほんと人生って深いわ♪

ってことで、私のブログでサックス・プレイヤーと言ったら、言わずと知れた竹内直さん

です。(知らないという人はもぐりです。)そしてもう1人は、メジャーなところで言えばあ

のオリジナルラブの初期のアルバムから『東京飛行』までの長きにわたって、バックで

大空を舞う鳥のように自由奔放に、ダンスするように軽快に吹きまくっていた松本健一

さんことマツケンさんです。ほかじゃ滅多に聴けないこの組み合わせ。お2人はマツケ

ンさんのほうが直さんのことを『先輩』という間柄。滅多に2人でやることはないってお

話だったけれど、演奏が始まればもうそこはそれ、あ・うんの呼吸なのでした。

いつもながら店内が暗いうえに狭くて私のカメラのスペックではろくな写真が撮れなか

ったけれど、この夜の数少ないツーショット。手前が直さんで奥がマツケンさんです。

この、ともにいぶし銀のようになったサックスの色! 年季入ってます。

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まず最初のステージが終わってびっくりしたのはここの店主の反応。

ほんとーーーにジャズが、音楽がお好きなんですねっ!! っていう喜びっぷり。

オーディエンスとしては最高ですね。

それでこの日は趣向が渋すぎたのか震災の影響か、お客がたった8人しか入らなか

ったのだけれど、私たちと同じテーブルの横にいた中年男性4人組の中の1人も非常

にノリのいい人で、1曲終わるたびに「YES!!」と力強く叫んでおりました。

この日の演奏は1曲だけスタンダード・ナンバー、それからアンコールに前に一緒にや

ったことがあるらしい曲をぬかせばぜんぶ即興演奏。2人のうちどちらかが先に始めて

あることころまできたらもう1人がそれに音を絡ませてゆく、といった感じで、聴いてい

る側には先の展開が読めないスリリングなもの。と言いつつさっきも書いたとおり、事

前にリハもしないでどうしてこういうことができるの? と思ってしまうくらい2人の息は

合ってました。見ていて思ったのは直さんがどっしり地に足をつけた大地のような音だ

とすると、マツケンさんはものすごくフットワークが軽くて風のような、軽快でやわらか

い音。大地と、そこを吹く風のような。そして、いつも直さんに感じる日本人的『和』の

感覚はやっぱりマツケンさんにもありました。

下は尺八を吹くマツケンさんとバスクラを吹く直さん。

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そして、ライブのたびに毎回こういう姿は見ているかなあ ・・・・・・

マツケンさんが吹いているのを優しく見守る直さん。

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この日、マツケンさんはずいぶんいろいろな管楽器を持って来ていて、とっかえひっ

かえ吹いてました。

それにしても日本にジャズ・リスナーがどれくらいいるのか知らないけれど、それほど

すごくは多くないとして、その中でもさらにフリージャズを聴く人ってどれだけいるんで

しょう。少なくとも私の友人でこういうライブにつきあってくれるのは、この日一緒に行

った友人くらいしかいないんじゃないかと思う。それくらいニッチかもしれない。

ライブが終わった後は直さん、マツケンさんと同じテーブルを囲んで飲みつつ食べつ

つ、音楽の話からプライベートな話まで花を咲かせました。この日はめずらしく直さん

の本音がチラッと聞けたような。高校3年生のときに初めてサックスを持って吹いてみ

たら楽しくて楽しくてしょうがなかったという直さん。横からすかさず「呪いだよね」と言

ったマツケンさんもたぶんご同類なのでしょう。

そして、ひとつ年をとった私たちにとってのこの日のキーワードは『心底夢中になれる

ことをすると人生は楽しく充実する♪』ってことかもしれない。そして、心底楽しんだ後

は終電に向かって走らなきゃいけない、とか?

ともあれ、天気予報通り雨は降ったのに降られることなくすんだラッキーな晴れ女の私

たちに乾杯!

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プチミュゼさんにて『小さな紙モノの会』

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いつも土曜日といえば、仕事と体調のことさえなければ何はなくてもとにかくプール!

・・・・・・ の私なのですが、先週の土曜日はクロシェのshihoさんのお誘いでプチミュゼ

さんに行ってきました。プチミュゼさんには前から一度行ってみたいと思っていたのだ

けれど、なんたって武蔵野美術大学の近くとあって、実際の距離から考えるとかなり

不便なところ。おまけに営業日は金・土・日の週末3日だけなので、なかなか行けず

にいたのでした。

でも、この日はプチミュゼさんも初めての試みとなる、自宅のリヴィングを開放しての

小さな紙モノの会』とあって、紙モノ好きの友人を誘って行くことに。

立川からバスに乗り、なんだかいつぞやの手紙社があったロケーションとよく似たバ

ス停付近の景色を眺めつつ、バスの運転手さんの「ムサビはあっちの方向だよ!」

と言う言葉を聞いて住宅街を進むと、ありました! ZAKKA BROCANTEの文字が。

ちなみにブロカントって、『美しいガラクタ』って意味だそうです。

美しいガラクタ! ・・・・・・ そんな風に呼ばれてみたい。

(ま、そんなこと言ってるから人からは馬鹿じゃん!って言われるんでしょうけどね。)

『アンティーク』が100年以上経った美術的な価値や収集の価値があるものだとする

と、『ブロカント』はそこまで年月は経っていないけれど、フランスの人々に愛され大事

にされてきた美しい古道具、という意味なのだそうです。プチミュゼさんは店主自らフラ

ンスに買い付けに行った、そんな雑貨と紙モノであふれたお店です。

そしてこの日の日程は2時間置きに3部構成になっていて、私たちは午後からの会に

行ったのですが、最初の会がもうものすごい熱気だったとかで、その波が去った後の

比較的のんびりした時間でした。

そう広くないオープンキッチンのあるリヴィングには、いくつかある本棚の上もテーブル

の上もキッチンカウンターの上も下も、フランスの古い紙モノでいっぱい。

ボックス入りのきれいなレターセットとか小箱とかペーパーバッグとか、それはそれは

日本ではそうそう見られない素敵なものがいっぱいあったのだけれど、私がほしいと

思う物は当然のことながらそれなりのお値段。比較的リーズナブルな価格だった縁に

波型のカットが施してある淡いスミレ色のレターセットも迷ったけれど、私は映画の中

で見るような流麗な筆記体で外国語の手紙を書くわけでもないし、タイプも打てないか

ら、使い道がない。美しい筆記体が書かれた書面も額装したところで残念ながら家に

は飾るところがない。そして私は何においてもコレクター、いわゆる蒐集家にだけは絶

対ならないと決めているから、そういうものをコレクションする気持ちも全くない。

美しいものは大好きだけれど、特に震災後は物を所有するだけのことにはますます懐

疑的な私。

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・・・・・・ というわけで、この日は本当に小さいもの、スーヴェニール的なものをほんの

少し買うだけにとどめました。けれど同じ部屋の中には無類の紙好きの女性が2人い

て、もう出会ってしまったら素通りできない、とばかりに躊躇なく古い紙に何万も投じて

いてびっくり。どこの世界にもマニアっているんだなあ、と感心。また、そういう人がい

るからプチミュゼさんがフランスまで買い付けに行けるんだそうで ・・・・・・ 不況と言い

つつ、まだまだ日本って豊かな国なんだと思います。

そしてこの日、無類の紙モノ好きたちを熱狂させたのはスターンの紙で、それはもう

精緻な技巧が凝らされた素敵な紙で、ブロカントどころか芸術品みたいでした。

今後、プチミュゼさんではこういった会を月に一度くらいは開いていくそうなので、フラ

ンスの古くて美しい紙が好き! という方はぜひぜひコンタクトしてみてください。

そして、この会は参加費300円で珈琲とお菓子つき、ということで、ちっちゃな買い物

をした後はプチミュゼさんがおいしい珈琲をいれてくれて、しばしくつろいできました。

土曜のお天気は午後から雨、の通り、さっきから雷がゴロゴロ言ってるなぁ、と思って

いたら急に暗くなって激しい雨が ・・・・・・

午前中の蒸し暑さが一気に引き始めた瞬間。

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2011年6月26日 (日)

『トイレット』な休日

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昨夜はJR湘南新宿ラインが27分も遅れて、あわや終電に乗り遅れて帰れなくなりそ

うなところを新宿駅で友人と走って走ってなんとかぎりぎりセーフで西武線に乗り込み

ホッとするもののドッと疲れが襲ってきた12時過ぎ。1時前にやっと家に帰りついて鏡

を見れば、そこには梅雨時どうにもならないバアバアの髪をしたやつれた自分がいて

やっぱり週末の横浜ライブはちょっと無理かなあ、と思う。それから盛りだくさんな1日

を振り返りつつ、ぼーっとしながらお風呂に入ること1時間。2時半過ぎに髪を乾かし

やっと寝て、今朝は11時近くまで眠り、昨日友人にもらった”まったりした休日にぴっ

たり”だという『トイレット』のサウンドトラック・アルバムを聴いている。今日はひんやり

と湿ったミスティな曇り空で、その適度な湿度が音の響き方をヴィヴィッドにしてくれて

いるようだ。空間を感じさせるやわらかなピアノの響きがなんとも心地よく、瑞々しい。

『トイレット』

震災後1ヶ月余りのブランクを経て、それから何本の映画を見たのかパッと思いだせ

ないけれど、これもその中のひとつ。公開当時、友人がすごく絶賛していた映画で、

『かもめ食堂』の荻上直子監督の最新作。

そして『かもめ食堂』同様、今回も登場人物の”これまで”についてはほとんど語られる

ことなく、物語は”今”このときから始まる。

 ”今日、ママが死んだ。

 そう大きくない家と、猫のセンセーと、日本から来たばーちゃんを残して”

こんな風に。

残されたのはパニック障害を患って5年前から引きこもっている長男モーリーと、就職

して唯一この家を出て自立していたプラモデルおたくの次男レイと、生意気で我儘な

大学生の長女リサの子ども3人。そして、もうひとり ・・・・・・。

たぶん自分の死期を悟ってのことだろうと思うけれど、生前、母がプロにお金を払って

まで探し出した小さい頃に生き別れになったという母の母、つまり子どもたちにとって

は祖母にあたる人、ばーちゃん。このばーちゃん、突然、異国の地に引っ張り出された

というのに病気の母を最期まで献身的に看病し、母が逝ってしまってからはショックで

猫のセンセーと一緒に自室にこもったままなのだ。彼女が2階の部屋を出てくるのは

朝、トイレに行くときだけ。そして、みんなが困るほど長い長いトイレの後で、必ず出て

きたドアの前で深いため息をつく。それをいぶかしく思ったレイはいろいろ考えてみる

のだけれど、さっぱり理由がわからない。なぜなら、ばーちゃんは全く英語ができず、

一言も発することなく無表情で、そして日本人の母を持つ3人の子どもは全く日本語

ができないからだ。これはそんな、言葉の通じない、文化的ベースのまったく違う、

そして血のつながりさえあやふやな”家族”がひとつ屋根の下で暮らし、どうコミュニケ

ートしてゆくかという物語。

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この映画の中でもばーちゃんこと、もたいまさこの発する違和感と存在感は圧倒的で

ほんとにこの人は昔から不思議な女優さんだなあ、と思う。勝手な推測をすれば萩上

監督はこの人を使うことで映画の中で日本人のスピリチュアリティやメンタリティを表

現しているんじゃなかろうか。「言わなくてもわかる」「言葉がわからなくても通じる」

「気配から察する」「あるがままを静かにうけとめる」というような日本人の特性を。

そう、それは何でも言わなければ通じない欧米にとってはじゅうぶんな特性だろう。

そして3人の子どもの中では最も繊細なモーリーが誰よりも早くそのばーちゃんの特

性に気づいて心のドアを開いてゆく。彼はそれまで捉われていた恥の概念から解放

されて自分の内から欲するままに生きることに歓びを見出す。そして、それは誰よりも

ばーちゃんによって最初に肯定される。世の中の大半の人が変だと思うようなことを

まっすぐに肯定してくれる人がいるって、なんて素敵なんだろう!

あるがままを受け入れられる、肯定してもらえるって、イコールそのまま愛、だから。

そして、それは徐々にほかの2人の心にも伝わってゆく ・・・・・・

私は国内外の多くのスピリチュアリストたちが言うように、これからの世界を牽引して

ゆくのは日本のスピリットだと思ってる。ネガティブなことばかりに目を投じてたってしょ

うがない。今こそ大いにその日本人の特性を生かそうじゃないの!

星の瞬きほどに短い一生、されど人の一生、好きに生きなきゃね。

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映画を見てない人にも薄々わかったかもしれないけれど、なぜタイトルが『トイレット』と

いうかは、見てからのお楽しみ。

個人的には私は引きこもりのモーリーがとっても気に入りました。

こんな子だったら私はスカートはいててもいいや! ってほどに。

モーリーのスカート姿とばーちゃんの煙草の吸い方はほんとにクールでしたねえ・・・

この雰囲気のある男の子は映画の中ではピアニストだったけれど実際には絵描きさ

んだとか。そして、音楽好きの私からするとそのモーリーがリストのエチュードを弾くシ

ーンが圧巻で、鳥肌ものの一音聴くなり、「こりゃ、本物だ!」と思いました。

それで映画を観終わった後すぐにサウンドトラックを探すにいたって今回これを友人

からもらえることになったのだけれど、ライナーノーツによればその圧巻のピアノを弾

いていたのはカナダ生まれのデイヴィッド・ルイというピアニストで、華々しいキャリア

を持つ本物のピアニストでした。彼は現在、トロント王立音楽院のグレン・グールド学

校で教鞭をとっているとか。いつかそのデヴィッド・ルイのアルバムも聴いてみたい。

そして最後に母として発すれば、うちの2人の子どもたちも大いに好きにやってもらい

たいなあ!!!(コーテーションマーク3つ!)

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 * 映画「トイレット」オリジナルサウンドトラック

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2011年6月24日 (金)

らっきょが届いた!

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毎日30度越えの暑さが続いている昨日、 calligraphyさんからタイムリーにも自家

らっきょが届た。黒酢漬けのらっきょですって。聞くからにうまそーです。

で、らっきょと言えばカレーでしょ! 

ってことで、さっそく薄切りタマネギを山ほど飴色になるまで炒めて牛スネ肉を時間

けてことこと煮て、辛口ビーフカレーを作りました。

昨日ひと晩寝かしたビーフカレーは、がとろける極上の味わい

昼間の暑いさなかに食べるカレーはスパイスが効いて辛ッ! でもって、あっつ!!

汗をかきかきカレーを食べた後のらっきょは甘酸っぱ! 

カリカリと部屋に響く小気味よい音だけが何やら涼しげ。

カプサイシン効果とクエン酸効果でこれからの暑い夏を乗り切りましょう♪

calligraphyさん、ごちそうさま!

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2011年6月23日 (木)

いのちの子ども

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昨日コトリさんからもらった、酒井駒子さんの手になるフライヤー。

7月16日からヒューマントラストシネマ有楽町で公開される映画、『いのちの子ども』。

震災後のこんな時期だから、娘を連れて見に行こうかな、と思う。

 命の子ども 公式サイト  →  http://www.inochinokodomo.com/

 ( * クリックするといきなり音が出るので気をつけて!)

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2011年6月22日 (水)

夏至/100万人のキャンドルナイト

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年々、季節の変わり方がものすごく極端になっているけれど、いきなり30度を超える

うだるような真夏日となった今日。午後遅く、コトリ花店さんに行った。

午後遅く、といってもまだ充分に暑い時間。

けれど1歩入ると店の中はひんやりとして、今朝市場に行って仕入れてきたばかりの

フレッシュな花であふれていた。店のあちこちに木の実とグリーンをあしらった素敵な

アレンジメントが並ぶ。

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そして今日、夏至の夜は100万人のキャンドルナイトの日。

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最初2人から始まった小さな試みも、いまや世界79ヶ国が参加する一大ムーブメント

となったそうだ。人の力ってすごいですね。

そのキーワードは何かに反対する『NO!』から始めるのじゃなくて、参加を呼び掛け

る『YES!』から始めたことにあるんじゃないのかな、と個人的には思う。その証拠に

かどうかは知らないけれど(^-^)、今年は突然、あのオノー・ヨーコさんから彼らにメー

ル・メッセージが届いたんですって。

私も今日のためにひとつ余ってた小さなブーケとキャンドルを買った。

キャンドルの数字は自分の誕生日の2にしようか7にしようか迷ったけれど、今日は

7の気分だったので7にした。割り切れずにバランスしている7の形。

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さて、でんきを消して、スローな夜をすごしましょう。

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2011年6月21日 (火)

梅雨の晴れ間

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梅雨の晴れ間の久しぶりの天気。

南風。

いきなり暑い!

そうなると勢いひとのからだって、冷たい水が気持ちよかったり冷たい飲みものがほし

かったりする。

さあ、ここからが問題 ・・・・・・

今日の電力消費量は?

今年はいつもの夏以上に心身ともにバテないようにしないとね!

さて、相変わらず宮崎駿さんはとんがってます。


 YouTube  → http://www.youtube.com/watch?v=fOrIuDBaivI


とんがってて作るものがあれだっていうのはいいな! 

と個人的には思う。

宮崎アニメは好きじゃない、って人はぜーんぜんそれでかまわないけどね。

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2011年6月20日 (月)

美しくて機能的

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最近、時間の経ち方がおそろしく早いので去年のことだったか今年のことだったかもう

記憶が定かじゃないけれど、念願かなってサラダスピナーを買った。

なぜ念願かというと、あったら活躍すること間違いなしで欲しいのは山々なれど、これ

少々お高くて、たかが野菜の水切りごときにこのお値段か、というのと、けっこう大きさ

があるのでキッチンで置き場所に困る、という理由からなのだった。それで、たまーに

街のお洒落なセレクトショップや百貨店などでみかけても、「いつか買おうっと♪」と思

いながら撫でて帰ってくるだけなのでした。

それをどこかのネットショップで多少お安くなっているのをみつけて買ったのがいつだ

ったか。買うまでには時間がかかったけれど、買ってからはこのサラダスピナー、すん

ばらしく活躍しています♪

サラダの水切りはもちろんのこと、洗って炒める前の野菜もこれで水切りすると炒めも

のが水っぽくならずにシャキッとできあがる。このサラダスピナーを買って以来、我が

家のサラダは格段においしくなりました。悩んで買っただけのことはあるというもの。

人間のからだって実によくできていて、寒い間は冷たい生野菜なんて食べたいとは思

わないけれど、暑くなってくると俄然、生野菜が食べたくなる。

最近は健康な食を表すのにスローフード、ホールフード、ローフードなんて様々な言い

方、手法があって、野菜は温野菜がいいという説や、いやいや生で皮もむかずに丸ご

と食べるのがいいんだなんて、諸説いろいろあるけれど、私は季節ごと、そのときどき

の自分のからだに聞いて、自分のからだが欲する食べ方をすればいいんじゃないかと

思ってます。

そうそう、いつぞやの『ためしてガッテン』によれば、毎日ごはんを食べるとき、同じ献

立のものを食べるのでも野菜を1番先に食べるだけで、一気に血糖値が上がってタン

パク質が糖化(糖化=老化)するのを防ぎ、アンチエイジングにも糖尿病にもダイエット

にもいいと言っていました。老化=コラーゲンの糖化、だそうです。きわめて明快に

してキャッチー。健康産業で生きる私は「いただき♪」という感じで実践しています。

・・・・・・ というわけで、私のキッチンに鎮座ましまして存在感を放っているサラダスピ

ナーくん。いつも見えていても邪魔にならない、美しくて機能的なヤツです。

サラダがメインの今朝の朝ごはん。

11sarad

そして下は房つきトマト。キリッとしたワイルドな香りがあってフレッシュ。

トマトは最近、様々な品種が出ていて買うとき迷ってしまうほど。私はなんたってトマト

好きなので、真っ赤なトマトを見るとつい買ってしまって冷蔵庫の野菜室がトマトだらけ

になってしまうことも ・・・・・・

11tomato_2

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2011年6月19日 (日)

保存用飲料水

11volvic_2

震災直後に注文した水が今ごろになって届いた。

折しもこれを注文したときは、放射性物質が大気中に大量にばら撒かれて東京の水

も飲めなくなるんじゃないかと言われたときで、近所からミネラルウォーターの姿が消

えたときだ。あの頃は水だけじゃなくパンもお米も、またそれに準じる主食になりうるも

の全て、ありとあらゆる食材、乾電池とトイレットペーパーなどの紙類も全然なかった。

さいわい、それもそれほど長くは続かなかったけれど、それでも今になっても震災の

余波で潤沢じゃないものもあるようだ。つい数日前も娘にサランラップを買ってきてと

頼んだら、震災の影響でサランラップが足りなくていつものはないと言われたとかで、

見たこともないメーカーのを買ってきた。スーパーのレジに並んでいるとき、何気なく

目に入った煙草のケースはカラッカラ。

そして昨日は久しぶりに2度ばかりちょっと大きな揺れがあった。

折しも遅めの夕飯を食べ始めたとき。

それから、たまたま見ていたMXテレビで石原慎太郎の『東京の窓から』が始まった。

昨日のゲストは防災のエキスパートといわれる山村武彦。

そこで始まった2人の会話は、震災後これまで何度となく息子や友人と話した疑念が

そのまま含まれていたから、国のトップの人たちでもこれかと、ちょっと驚いた。例えば

未曾有の震災が起きた緊急時であっても法や規則で定められた『やり方』や『管轄』

や『書類』が優先されて物事がいっこうに進捗しないことや、同じく公平を喫するために

苦慮しているのか被災者にいっこうに義援金が配られないことや、いざとなったら自分

で責任をとるだけの覚悟を持って自分の頭で考えて決断を出せるリーダーがいないこ

と、などなど ・・・・・・

その一方で、防災の視点からすっかり壊れてしまった東京の人と人との繋がりをどう

再構築してゆくかという話や、個人・家庭レベルでも最低限の食料と水の備蓄をすべ

き、という話はそれなりに考えさせられるところでもあった。それは震災後の自治会の

常任理事会でも話題となったことだけれど、今や社会全体で抱える問題も小さな自治

体が抱える問題も一緒なんだなと思う。去年、自治会の役員になったときは最低限、

消化器くらいは使えるようになっておこうと防災センターに行って体験実習をしてきた

し、今年は今年で防災訓練のときには焚きだしもやるというからそのときは手伝おう

とも思う。私は誰とでも口をきくいたってオープンな性格だし『人に優しく』がモットーで

はあるけれど、かといって同じ住宅に住んでいると嫌なこともあってお互い良い感情

ばかりではないから、ふだんほとんど何の繋がりもないご近所と日頃から意識して仲

良く、と言われても正直それほど積極的にはなれなかったりする。通り一遍のつきあ

いはしても興味のない人間とそれ以上関わりを持つのが面倒だという気持ちもある。

つまり自分の母親のしていたことと自分をくらべても私は”今風”なのであって、今の

世の中の風潮のなんら例外ではないのかもしれない。

震災後、人と人との繋がり、絆が毎日ことのほか叫ばれる一方で、原発のある福島と

そこから電力を供給されている東京、地方と都市、関東と関西という構図意外に同じ

思いをしたはずの被災地の中ですら『心の壁』がくっきり見えた気がする。

そんなことを思いながら山村さんの言う『近助』を考えると、国が先導してそれを意識

的に構築してゆくのは簡単なことではなさそうだと思う。

世の中、いろんな人がいるからね。

もちろん、それが今の社会に緊急に必要で、やるなら今が最大のチャンスだとは思う

けれども。さて。

私の会社には阪神淡路大震災の経験者がいて、その同僚によると震災後何が困っ

たといって、それは水不足だったという。以来、押入れには常時ミネラルウォーターの

買い置きがしてあるのだとか。

・・・・・ というわけで、この水はしばらくの保存用になる。

これ以外にも実はすでに押入れには水のダンボールが1箱入っているから、とうめん

水はだいじょうぶかな。防災袋もきちんと充実させていつでも持ち出せるところに掛け

ておいたほうがよさそうだ。

『喉元過ぎれば熱さ忘れる』にならないために。

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2011年6月18日 (土)

Sweet happy lifeのときも、Bitter shabby lifeのときも

Mark_murphy_3

冴えない梅雨空の天気が続く。

こんなときは何かスカッとしたことがしたい。

そう思っていたら今朝ラジオからHappy Sambaが流れた。

Happy Samba!

そう、あれもこんな梅雨時のことだったかな?

今日みたいに聞いていたラジオからいきなりアカペラで軽快に歌う声が聞こえてきて、

「ああ、いいな!」と思って即座に誰が歌ってるか調べたら、マーク・マーフィーという

歌手だった。そこでさっそくAmazonでオーダーしたこのCD。

届いたCDジャケットのマーク・マーフィーは歌の印象とは大違いで、なんというか「不

二子ちゃぁ~んheart01オーイラ、ルパーーーン三世」みたいな感じなのだ。ジャケットの雰

囲気もマイナーだし、あり? 失敗しちゃったかな、と思ったものの、これがいい!

まず1曲目がなんと、ミルトン・ナシメントのTravessia!

これだけでもうこの人とはご縁があったようなものだけど、トラベッシアに自分で英語

の歌詞をつけて自分流に歌ってる。すごくリラックスしていて、洒脱。まるで自室のラ

ウンジで風にでも吹かれながら鼻歌を歌ってるみたいに、すでに1杯ひっかけてでき

あがっちゃってるかのごとく洒脱だ。悪くない。続く I Remember Clifford は適度に

内省的で胸キュン。3曲めはこれまたオリジナルでジャジーな Norwegian Wood ・・

と、ここまで3曲聴いただけで1曲1曲まったく違うテイストで歌っているのに気づく。

静と動。メリハリが効いていてとっても多彩。4曲めのStolen Moments は最近じゃ

ジェイミー・カラムとSOIL&“PIMP”SESSIONSのコラボで聴いていた曲だけれど、こっ

ちが本家本元。だけあって、こっちのほうがずっとこなれていて大人っぽくてかっこい

い。大人はやりすぎることなくハミ出してくれて、それがまたかっちょいいんだよね。

ヴォーカル・アルバム成功のカギは選曲にあり! とは常々思っているのだけれど、

このアルバムはとにかく選曲がいい。マーク・マーフィーの英語の発音や歌い方は古

き佳きアメリカの王道ともいえるものなのだけれど、そのユニークな選曲や、ちょっと

ルーズだったり、とっぱずれてたりする歌い方と緩急自在のスキャットなんかでオリジ

ナルの、ぜんぜん優等生じゃない不良の音楽を実現している。そこが1番好きなとこ

かなあ。

もちろん、バックのトリオも盤石。ヴォーカルにばっちり合った洒脱にして繊細、手錬に

しかできない気持ちの良いスウィングを聞かせてくれる。

このアルバムでどれが好きかって、どの曲もそれぞれみんないいのだけれど、やっぱ

り最初に心惹かれたHappy Sambaがいい。サンバってお祭りの音楽だね。日本のお

囃子なんかにも通じる。地球のおへそと背中。日本とブラジルって実に深いところで繋

がってるんじゃないかなあ、と個人的には思ってるのです。

それから、たぶんこの人の代表曲であるStolen Moments

そして、白眉はラストのThe Windmills Of Your Mind

これもスティングより数倍いい。

私はいつもこれを聴くと、1年の終わりに師走の舗道に立ちすくんで、冬空の高いとこ

ろから切れ切れに舞い落ちてくる白い紙吹雪を見上げているような気分になります。

くるくる風に舞いながら吹き飛ばされていく枯葉に自分を見たてて・・・・・・

こんなに肩の力が抜けた、好き放題歌えるジャズヴォーカリストって少ない。

しっとりと聴かせるところは聴かせ、熱唱するところは熱唱し、スウィングするところで

はどこまでも浮かれたハッピー・ソングを聴かせてくれる素敵な1枚。

ちなみにこのCDは意外なことにヴォーカル嫌いの息子にすごくウケたCDで、これを

買った年(たしか2009年)の息子のナンバー1アルバムでした。以来、いったい何度

聴いたかわからないほど聴いたけど、いま聴いてもやっぱりいい。

そしてこのCDを聴きながら、こういう音楽をどこで聴きたいかといって最初に思い浮か

んだのが新宿パークハイアットホテル52階のニューヨーク・バー。

Park360

私は1回しか行ったことないけれど、こんなところで夜景を見ながらきれいな色のカク

テルでも飲んでマーク・マーフィーの歌が聴けたらもう最高でしょうねえ。この梅雨空の

冴えない気分もバーテンダーのハードシェイクでカクテルの泡みたいにスカッとしそう。

13曲めのジョージ・ガーシュインの'S-Wonderful あたりでもうベロベロに酔っぱらって

締めは呑み助のMなじみの焼き鳥屋、とか。いいかもね♪

以下、ソング・リスト。

1.Brides

2.I Remember Cliford

3.Norwegian Wood

4.Stolen Moments

5.Summertime

6.Con Alma

7.The Great City

8.As Long As I Live

9.Happy Samba

10.He Ain't Heavy

11.Love Sick

12.The Lady Is A Tramp

13.'S-Wonderfull

14.The Windmills Of Your Mind

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2011年6月17日 (金)

ホワイトエクリプス

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梅雨寒。

不思議な夢を見た。

両性具有の魔女みたいな女に愛される夢。

目覚めてからもしばらくボーっとしてしまった。

息子は息子で、起きてくるなり異様な顔で喋りはじめたと思ったら、明け方の3時くら

いに住宅付近で何語ともつかぬ奇怪な言葉を大声で話す男の声で目覚め、明らかに

尋常じゃないと思っていたらその男、歩き出すやいきなり激しくキレ始め、何語かわか

らない言葉で大声でわめき散らしながらしばらく家の前を徘徊したと思ったら、今度は

どこかのドアかクルマのボンネットを激しく叩き始め、その音があたりに大きく響き渡っ

たという。それは部屋のベッドで寝ていた息子が恐怖を感じるほどの異常さで、息子

はどうしよう、と不安になったというのだ。電車も走っていない明け方のそんな時間に

自分が外を歩いているようなこともないけれど、もしその場に出くわしてしまっていたら

たぶん間違いなくボコボコにされていたと思う、という。

私は意識のどこかで一晩中激しく降り続ける雨音は聞いていたけれど、さいわい数日

前から喉をやられて薬を飲んで寝ていたから、その時間は熟睡していて全く気づかな

かったらしい。でも、この辺りは頭のおかしい人が多いから、とくに夜は気をつけたほ

うがいい。それにいつか、誰かが通報すると思っていて実際は誰も通報しないで人が

殺された例もあるから、明らかにおかしいと思ったらそういう場合はすぐに110番通報

したほうがいいよ、と話した。おりしも昨日は皆既月食で満月。あんなひどい雨の中を

気違いのようにわめきながら徘徊していたなんて、オオカミ男でもいたのかも。

満月の日は浄化に適し、新月の日は願いごとをするのに適した日だと言われる。

でも私はその両方とも、どちらかというと心身ともに不調なときが多いような気がする。

下の写真はソーラークォーツを真ん中に配したネックレスと、今年新顔のデルバール

のブリーズ。

11white_eclipse

このソーラークォーツはレインボークォーツの芯から作られ、ホワイトエクリプスとも呼

ばれる。太陽の力を宿し、太陽の力強さと温かさで、こころや肉体の疲労回復を促し、

未来を切り開く石だとされる。まさしく、いまの私とバラに必要なお陽さまの力。

11wafuu_roll_cabbage_02

小さいほうのホワイトエクリプスの中心にはブルーとグリーンのアゲートが詰まってい

て、まるでアジサイみたいだ。

繊細にして大胆、リズミカルな石の使い方で私にアクセサリーの楽しみを開眼してくれ

kusaさんのショップ corda も、いまやクローズしてしまって残念。

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2011年6月14日 (火)

梅雨どきのバラ

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私のベランダのバラはほぼ咲き終わったけれど、春バラのラストのつぼみと2番花が

ポツポツと雨のなか咲いている。

上はスピリット・オブ・フリーダムで、下はナエマ。

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毎日のように降る雨と湿気と気温の寒暖差で、ベランダにはウドンコが蔓延し始めた。

今日見ると今年はほとんど見なかったアブラムシまで!

ついに1年のうちでもっとも病虫害の多い季節到来。

早々に薬を撒かないと。

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11duchesse_de_brabant_03 

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2011年6月13日 (月)

落語にハマる

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ひと頃前から同じ歳の友人が仏像に興味があると言い出した。

なんでも奈良に仏像見物に行きたいのだそうだ。

彼女の家族は「ついに仏像まできたか!」と言っているらしい。

まったく笑える。

かくいう私はその昔、みうらじゅんの『見仏記』なる本が欲しいと思って、すでに廃刊に

なっていて手に入れられなかった(今はAmazonで手に入るようだ)過去があるのだけ

れど、それにしたって仏像に興味があるというより、みうらじゅんが仏像を見るその視

点が面白くって興味があっただけなのだった。京都で初めて弥勒菩薩を見たときは、

その半眼の安らかなお顔と闇から切りとられた様な圧倒的な存在感に、一瞬にして永

遠の意味を知ったような思いで息が止まりそうになったけど、かといって私に仏像趣味

はない。いかんせんまだ早かろうと思うし、そんなときは私には一生こない気もする。

私はやっぱり仏像よりロックスターのほうが好きだ。盆栽とか山野草に見られるミニマ

リズムの美学にも惹かれることは惹かれるが、私はできることなら植物はできるだけ

野放図に伸び伸び育てたいほうなだから、私にはたぶん向かない。

そんななかで、高校生の頃から老後の愉しみにしようと思っていたのが漢詩(鑑賞)で

これはいつかやるかもしれない。

それと落語。

落語はこどもの頃から好きだった。

父とよくNHKの落語中継を見た。

古典落語に見る江戸ッ子たちは、『武士は食わねど高楊枝』、『宵越しの金は持たな

い』なんて言葉通りに、貧乏してる癖に信じられないほど気前がよく、その自分の気前

の良さと調子の良さに後で泣いたり困ったりする。腹に一物なく思ったことをポンポン

言うかわりに、その乱暴な言葉の裏に深い情を持っている。その江戸ッ子たちのノー

テンキなまでのご陽気さと滑稽さ、人情の厚さと粋なところにはこどもながらに心底惹

かれたものだ。

そして、ひとたび口を開けば一気にその世界に引きずり込む話芸の妙。

昭和の名人と呼ばれる噺家たち ・・・・・・


去年は何もせずに終わってしまった父の日。

今年は齢80の父に何を贈ろうかと考えていて、そんな落語のことを思い出した。

まずは落語のCDなるものがどんなものか知るために、夜中にAmazonで落語のCD

の試聴をしていたら、江戸ッ子のDNAが反応したのか、最初の出囃子の音を聴いて

るだけでなんだか楽しくなってきちゃった。

それで今年は私としては超奮発して、落語のCD豪華24枚BOXセットと、それを聴く

ための小さなラジオ付きCDプレイヤーを買った。これは以前に英語伝のメルマガで

紹介されたことのある目覚ましCDクロックというやつ。コンパクトで価格の割には音

がいいらしい。使い方が簡単なのも年寄りにはいいと思った。妹は、父はDVDの入

れ方も覚えないと言うけれど、人の物だと思うと壊したらどうしようと思って触れないん

じゃないかと思うので、自分の物だったら覚えるんじゃないかと思ったのだ。

父の日より1週間早い日曜日、娘が重い荷物を持ってくれて実家に届けに行った。

ひととおり使い方を説明しているあいだ父は大量のおもちゃを買ってもらったこどもの

ようにやや引き気味にしていたけれど、今ごろは楽しんでいる頃か。

なんたって東京下町生まれで「し」と「ひ」が言い分けられない江戸ッ子の父なのだ。

その父が二言めには「おじいちゃんの友達はみんな死んでしまった」が口癖のさみし

いこの頃なので、自由に出歩けない鬱陶しい梅雨の間だけでも退屈しないでくれたら

いいと思う。

それで私はといえば、安い落語のCDブックをオークションで手に入れて、ただいま落

語入門中。最初は現代落語から入るのがいいと言う指南役もいるけれど、なんたって

こどもの頃に慣れ親しんだのが古典落語だから、私にはこっちのほうがいい。

土曜日にたっぷり寝て午後からプールでひと泳ぎ、帰ったら2回めのごはんを食べて

洗濯して、明るいうちにお風呂に入って夕涼み、落語を聴いて泣いたり笑ったり。

私は何によらず感覚で捉えたことをロジックに落とし込んでくタイプの人間で、「落語っ

てのはジャズに似てるね。落語がジャズなら立川談志は落語家のマイルス・ディヴィ

スだね!」なんてぇーことを言えば息子が「違いない!」と返す。

落語とかけて、ジャズと答える。そのこころは ・・・・・・ どちらも食えない。

お後がよろしいようで。

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2011年6月12日 (日)

十年一日

10years

昨日、雨がやんだ後いつものように自転車飛ばしてスイミングクラブに行って、準備体

操を終えたあとの気を抜いた状態でプールサイドに立っていたときに、ふいに名前を

呼ばれて驚いた。10年の永年会員表彰だって。ついこのあいだ5年で表彰されたん

じゃなかったっけ。

10年 ・・・・・・。知ってたけど自分でもびっくり。

10年たってできるようになったことよりできないことのほうがすぐに頭に浮かんで身の

縮む思いだ。週1はオールの3倍も4倍もかかるとはいつもコーチに言われているけど

これってまったく想定外。かっこわるいよなぁ・・・・・・

それからプールの中でもジャグジーでも更衣室でも「あなたってもう10年だったのね」

なんてオバサマたちから口々に言われて、まいった。

泳ぎ終わって更衣室の鏡の前で「表彰状と一緒になんかくれた」と言ったら、「商品券

よ」とAさんが言う。「2000円のね」と別のKさんの声。「10年で2000円だから、つま

り1年100円ってことよね」と手厳しい。

でも、10年前にクロールさえろくろく25も泳げないで入って曲がりなりにもいま4種目

泳げるようになったことを思えば、私が何かもらうよりあげるべきじゃないか?

とも思う。

十年一日のごとし。まるでデジャブだ。

次の10年のことを思うとその年齢に思わず「ひえ~っ」となり、若さだけ10年前に戻

れればいいのに、と思うけれど。切に。

でも、なんでもそうだけど、あきらめないこと。

あきらめたら終わり。

根性とか執念とか苦手な根性無しの私だけれど、かっこわるい自分にオサラバするた

めに少しは本気になってみるか。

ちっとは残りの時間に負荷かけて。

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2011年6月11日 (土)

震災から3ヶ月

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梅雨のまっただなかの雨の土曜日。

震災から早くも3ヶ月。

余震こそ滅多に起きなくなったものの、それでもたまに少し大きめ揺れがくると一瞬

あたふたするし、放射能に対する東京人の疑念は、薄まるどころか潜在的な心の負

荷としてフィックスしてしまったような気がする。この時期、自宅の家庭菜園でとれたも

のを食べているなどと聞くと「だいじょうぶなの」と思うし、毎日スーパーで食材を買い

ながら、いったいこの食材がどこまで安心なのかと考えてしまう。BSEのときですらこ

んなことはなかった。いまだかつて、ここまで国が信頼を欠いたことはなかったのでは

ないかと思う。

震災当日、私に誰よりも早く安否確認の連絡をくださった取引会社の専務から、昨日

添付ファイル付きのメールが届いた。

彼らが長年研究していて、私の会社の製品のひとつにもなっている『スピルリナ』のこ

とが、アエラの最新号に載っているというのだ。添付ファイルはアエラの表紙と、その

記事が載っているページのPDFファイル。

そのページの内容をちょっと説明すると、『放射性物質から体を守る食品』『1日2杯の

味噌汁が効く』という見出しで、長崎の原爆投下時、爆心地から1.4キロ圏内の病院

にいて被爆しながら原爆症にならなかった医師、秋月辰一郎さんと、その著書である

『体質と食物』のことが紹介されている。秋月さんに関する一連のことについては福島

原発事故以来、ネットではすでにあちこちで紹介されているからご存知の方も多いだ

ろうが、秋月さんを含め、秋月さんと一緒に患者の救助や治療に当たった従業員に

いわゆる原爆症が出なかった原因のひとつは、『わかめの味噌汁』であったという。

以下、記事から一部引用すると、『原爆投下後、秋月さんは玄米飯に塩を加え、味噌

汁を毎日従業員に食べさせた。<中略>被爆後は砂糖は絶対に許さず、近くでとれた

南瓜や茄子の味噌漬けを食べさせた。結果、秋月さんをはじめ患者や職員は原爆症

を発症していない』。発酵食品が良いことは昔から言われているし、私が思うには強

力なデトックスフードである玄米や、からだを浄化してくれる塩も良かったのではない

かと思うけれど、その後の研究によって味噌には確かに放射性物質に対して効果が

あるということが確認されたらしい。特に熟成期間の長い味噌の中に含まれる『メラノ

イジン』という物質が、放射線防護効果がある成分のひとつではないかということだ。

そして、ここからが本題になるけれど、記事は『抗酸化作用のある食品を』という見出

しで、『チェルノブイリ事故ではもうひとつ注目を浴びた食品がある』と続けてスピルリ

ナのことを書いている。

ここでスピルリナについてちょっと説明すると、スピルリナというのはいわゆる藻の一

種で、約35億年前の地球がまだ灼熱地獄だった時代から、高温、高アルカリ、高塩

分濃度の過酷な環境下で生き延びてきた原子植物。過酷な条件下で育つその驚異

の生命力には他の生物にはない特性があり、同じ藻の仲間であるクロレラが植物の

栄養素だけしかないのにくらべてスピルリナは動植物両方の栄養素を持っている。

たんぱく質が非常に豊富で、16種類のビタミン、15種類のミネラル、8種のアミノ酸

必須脂肪酸など40種類の栄養素のほか、食物繊維、植物性色素、多糖類などを総

合的に摂取できる、バランスに優れたパーフェクトフードと呼ばれている。

そしてチェルのブイリ事故のときこのスピルリナは使われて一定の効果を示したとい

うのだ。以下、記事を一部引用。

『ベラルーシの放射線医学研究所がこのスピルリナを被害の大きかった地区の子ども

100人に1日5グラム、20日間飲ませたところ、尿中の放射能レベルが50%低下。

その結果を受けて国も1991年に3歳から7歳の子ども49人に45日間スピルリナを

摂取させたところ、8割の子どもで尿中の放射能レベルが減少した。体内のセシウム

やストロンチウムを吸着し、排出する働きがあると考えられている。』

そして実は、私はこの記事の元となったのではないかと思われるもっと詳細な内容が

載った文献の和訳を前述の専務から震災2週間後にはもらっていたのだった。

それは震災後、専務が出張で東京に来た際に、思った以上に東京にも放射能による

見えない被害が広がって深刻化している、と感じたことがきっかけだった。そして、自

分の会社が提供したわけではないけれど、たしかチェルノブイリでスピルリナが使わ

れたことがあったとの記憶があって会社で調べてみたところ、添付の資料があったと

いうことで送ってくれたのだった。私はそれを読むなり「すごい」と思ってこのブログで

の公表も一瞬、考えたけれど、まだ世の中は震災ショックでぐちゃぐちゃな状況だった

し、専務もこの機に乗じて商売する気なのか、とか、売名行為と思われるのは真意に

反することなので、あくまで身近で本当に困っている方にお知らせください、とのことだ

った。それで私もごくごく身近な友人や、その情報を使ってたくさんの人を助けられる

立場にある人にお知らせするにとどめたけれど、いまのところ大した反響はもらって

いない。サプリメント、健康食品というものに対しての理解度や需要度が日本ではま

だまだなのだと思うし、その一方で安かろう悪かろうの原材料も製造工程も定かじゃ

ない名ばかりの効かないサプリメントが蔓延しているからしかたがないのかもしれな

いが。

どもあれ、こうやって活字媒体に取り上げられるにいたって、私もやっとここに書くこと

ができた。いま多くの地域で、小さいお子さんを抱えて日々食材に困っているおかあさ

んはとても多いと思う。そして何かひとつでも確かなものがあれば、何もないよりはま

だマシなのではないか。そう思うので、私はこのスピルリナがその助けのひとつにな

ればいいなと思っている。そして、仕事の中でこれをどうにか活かす方法はないかと

考えているところだ。

ちなみに私がいただいた資料によると、『ロシアの特許局は1994年にスピルリナを

放射線疾患由来のアレルギー反応を低減する医学的食品として認めています』と書

いてある。そして、スピルリナについてはうちの潰瘍性大腸炎の息子も試験的にずっ

と摂っているけれど、いっとき劇的に減っていた体重は元に戻り、紙のように白かった

顔が今では健康的な顔色になって、徐々に経過は良好になっているようだ。

もし、お問い合わせなどありましたら右下の『メール送信』から。

冷やかし等でない限り、誠実にお返事します。

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2011年6月10日 (金)

豊穣なる闇と清澄な光の安息

Rembrandt_03_4 

12日までと期間も迫った先週末、梅雨の晴れ間に娘を連れてレンブラント展を見に

行った。久しぶりに行く上野の国立西洋美術館。

このあたりはいつ行っても人が多いけれど、天気がよかったせいかこの日も人が多か

った。外まで並ぶほどではなかったけれど、美術館の中はそれなり。入口に掲げられ

た案内文の前からひとつひとつの絵の前まで人だかりができていて、それが列をなし

なかなか絵の前にたどり着けない状態。私は私でいつもなら絵のタイトルだけ見て説

明文などピンポイントで読み飛ばしてしまうところを、今回は暗めの照明下に展示され

た暗めの版画作品とあって、よく眼をこらして見ないと何が描かれているのかわから

ない作品も多いため、ひとつひとつ丁寧に説明文まで見て行ったらずいぶんと時間が

かかった。この展覧会はタイトルが『レンブラント 光の探求 / 闇の誘惑』というだけあ

って、光の、いや闇を描いた作品が多い。当然のことながらまだ電気などなかった17

世紀のオランダ、闇を微かに照らすものといったら月あかりとろうそくの火とランタンく

らいであった時代の闇とは、また光とは、かくあったのだろうと思わせる驚くほど緻密

なその描写力。暗闇に入って目が慣れてくると少しづつ物の輪郭が見えてくるように、

レンブラントの闇に眼を凝らしていると、しだいにそこから様々なものが浮き上がって

くる。夜空に覆いかぶさるような森のざわめき、ランタンの灯りだけで照らされる足も

との草のそよぎ、暗い礼拝堂に集まる人々の衣擦れの音、ろうそくの明かりのもとで

書生が本のページを繰る音、しだいに遠のく日の光と逆に薄暗くなってゆく部屋の、

希望と諦観がないまぜになった静寂 ・・・・・・

見る側がそれだけ目を凝らさないと見えないということは、それを銅板画に描いている

レンブラント自身はもっと執拗なまでに闇を凝視し続けていたのであろうと思われる。

展覧会場は「黒い版画」、「淡い色の紙」、「キアロスクーロ」 という三つのセクションで

構成されていて、その中でも私は「「淡い色の紙:レンブラントの和紙刷り版画」という

セクションが好きだった。レンブラントは同じ版画を西洋紙、オートミール紙、和紙と紙

を変えて何度も刷り、そのテクスチャーの違いと明暗のグラディエーションの違いを試

していた。それはまるで写真家が露光を変えて何枚も写真を撮ったり、印画紙を変え

てプリントするのに似ていて面白かった。その違いは歴然で、白い西洋紙に刷られた

版画は線のエッジが効いている割に平面的であっさりしているのに対して、うっすら色

のついた和紙に刷られた版画は線は滲むが原版が持つ以上の、あるいは画家が意

図したとおりの豊かな立体感と奥ゆきを見せていた。そして、レンブラントはことのほ

かその和紙のほうを好んだのだそうだ。当時にあっても和紙は貴重な高級紙だった

そうで、その和紙に刷られた版画は一部の貴族や金持ちのコレクターズ・エディション

として売られ、もっぱら西洋紙に刷られた普及版のほうは一般向けに売られたらしい。

何よりこの展覧会の素晴らしさは、レンブラントがどれだけ闇を描くことを追求していた

かにある。まるで息をしているような、その闇のなんという豊穣さ! 

そして闇が豊かで深ければ深いほど闇に射す一条の光は清らかで、人に限りない希

望と安息を与える。そのコントラストの見事さ。

そして、レンブラントの版画はどんなに小さなものでも構図が完璧で、その端正な美し

さにも魅せられた。

版画が9割を占める今回のレンブラント展。

フロアには貴重な本物の銅板が展示されていたり、レンブラントが多用した銅板画の

技術についての説明があったりで、銅板画をやっている方ならよりいっそう興味深い

展覧会であったろうと思う。

最初から最後まで見るのに約2時間。

薄暗い美術館の中で説明文の文字と版画を交互に集中して見たため、最後の絵にた

どり着くまでにはぐったり疲れたけれど、できることならもう一度見に行きたかった!

それも人の横顔と一緒に絵を見る、なんていうのじゃなくて、好きな絵を好きなだけ思

う存分ゆっくりと! 

美術館に行くとほぼ毎回思うことだけれど、日本のこの美術鑑賞環境はなんとかなら

ないものかと思う。

Rembrandt_01_5

追記:おとといの朝だったか、息子にレンブラントの版画がどうよかったか話していて、

ここに書き忘れた大事なことを思い出した。

私がレンブラントの絵をもう一度見たいと思った最大の理由は、絵を眺めている間に

感じた幸福感だった。レンブラント自身の人生は波乱で家族との縁も薄く、最初の妻

とは結婚して8年で死別しているし、後に再婚した美しい妻も38歳という若さで亡くな

っている。前妻が残した4人の子どものうち唯一成人まで育った最愛の息子でさえ27

歳の若さで亡くしてしまってからは、最晩年は貧苦と孤独のうちに過ごした。

とても幸福な人生とは言えないのに、その絵には幸福感がある。また見るものに幸福

感を与える。それは、ひたすら自分の描きたいものにこだわって我儘なまでに自由に

生きた圧巻の画業人生によるところが大きいのだろうが、そんな背景をまったく知らな

くてもレンブラントの絵には許しがある。そして、それはろくろく聖書もまともに読んだこ

とがない、キリスト教的バックボーンを持たない私のこころにも届く。

許されるって、なんてホッとするんだろう ・・・・・・

その安らかさをもう一度味わいたくて、私は再びレンブラントの絵の前に立ちたいと思

ったのだと思う。

いつかまたその幸福な機会に浴することができますように!

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2011年6月 9日 (木)

2番花の季節

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バラのピークからはや半月。

早いものではもう2番花が咲き始めた。

ふわふわと淡いドュセス・ドゥ・ブラバン。

それから不思議なことに、シャンタル・メリューの最後のつぼみが開くと、

淡い黄色の花になった。

濃いマゼンタピンクのバラが黄色って、なにゆえ?

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2011年6月 7日 (火)

私の18番 * ビーフシチュー

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毎日つくるごはんにも、たぶんハレとケってある。

北村太郎にとって人に食べさせるために作るロールキャベツは『自信の一品』であっ

て、おもてなしのこころがこもったハレのごはんだったんじゃないかなあ、と思う。

ちょうど私があのロールキャベツを作ったときは梅雨寒で寒かったときで、温かい煮

込み料理がからだにやさしく感じらるときだった。そのとき、私の自信の一品でハレの

ごはんってなんだろう? と考えて思いついたのがこれだった。ビーフシチュー。

別にどってことない料理なのだけれど、外で食べると少ししかなくてけっこう高い。

家で作るといつもより材料費はかかるけれど、たっぷり食べられて満足度高し!

以前は近所で手頃な価格で良い国産牛が手に入ったから比較的よく作っていたのだ

けれど、最近はそれも難しくなったので滅多に作らなくなった。先日も久しぶりに家に

友人が来て一緒に夕飯を食べるのに、久しぶりにビーフシチューを作ろうと思ったら

食材が揃わなくてけっきょく煮込みハンバーグになってしまった。こういうところ、私の

住んでるところはやっぱり郊外の田舎なんだよなあ、と思う。

これを思い立ったときはたまたま食材が揃ったので作ることができた。

というわけで、私の18番。

ハレの日のごはん、といっても特別のものを使うわけじゃない。

デミグラスソースはハインツの缶詰だし、赤ワインも料理用の安いの。

それでも、かなりおいしくできます。

以下、いつものごとく、いい加減レシピ。

*****************************************************************

≪ 材料 ≫ 5~6人分 

 国産牛のバラブロックかスネ肉 500~800グラム(多ければもっといいかも)

 赤ワイン 料理用1本(これも多ければ750ミリリットルくらい)

 タマネギ   2個

 ニンジン   2本

 セロリ     1本

 メークイン 1袋

 ブロッコリーかインゲン 1個、あるいは1袋

 ニンニク  1かけ

 デミグラスソース 2缶

 固形ブイヨン    3個

 バター 1かけ

 ローリエ 2枚

 塩・コショウ・ケチャップ・サラダ油  少々

≪ 作り方 ≫

牛肉は大きめに切り、タマネギは半分に割ったのをさらに横半分に切ってザクザ

 クっと放射状に厚めに切る。セロリはサイコロ状、ニンジンは長さを3等分くらいに

 して4ツ割にしたのを面取りする。(面取りはしなくてもいいけれど、仕上がりの見

 ためが好きなので私は面取りする。)

翌日、まずはヤカンにお湯を沸かす。

琺瑯のタッパに①を入れてローリエ、あれば粒コショウ、セロリの葉っぱの部分も

 入れて赤ワインを注いで1晩置く。

フライパンにバターをとかし、②から取り出し塩・コショウ、軽く小麦粉をまぶした

 牛肉を強火でしっかり焼き色がつくまで焼いて鍋に移し、②からワインだけを注い

 で強火で15分くらい沸騰させて火をとめる。

④のフライパンにサラダ油を少し足してつぶしたニンニクを入れ、香りが出たら②

  から取り出したタマネギ、ニンジン、セロリを入れて炒め、④の鍋に入れる。

⑤に具が隠れるより少し上までお湯を注ぎ、沸騰したらアクをとってローレル、ブ

  イヨンを入れて中火から弱火くらいで3時間くらい煮込む。

煮込んでいる間にメークインをニンジンと同じように4ツ割にして面取りし、水につけ

  ておく。

肉が充分やわらかくなったのを確認してデミグラスソースをとかし入れ、ケチャップ

 を少々、ここで⑦のメークインを投入。足りなかったら多少お湯を足し、弱火で30分

 くらい煮込む。

煮込んでいる間にインゲン(あるいはブロッコリー)をゆでておく。

メークインがやわらかくなったら塩・コショウで味をととのえ、ゆでたインゲンをここ

 で入れる。(ブロッコリーなら器にシチューを盛ってから添える。)

 できあがりは、おいしいバゲットとともに!

*****************************************************************

久しぶりに作ったビーフシチュー、お肉はやわらかくてジューシーでとろっとろ。

メークインはホクホク。私が作るのはお店で出てくるのよりたぶんずっとお野菜ごろ

ごろたっぷり入ってますが、家庭で作るのはむしろこのくらいのほうが少々お肉が少

なめでも満足感があっていいのじゃないでしょうか。・・・・・・ というより、私はこれで

じゅうぶん、おいしかったです(^-^) 自分で作るので満足なので、こういうのも外では

食べない。そんな風だからますます外で外食しないし、外食するときはまず友人とシ

ェアする楽しい時間ありきで、なおかつ自分では作らない・作れないおいしいものが

食べたいと思う。そういうものにしかお金を払いたくない!(間違ってもおいしくない

パスタとか薄まったミネストローネなんかにお金を払いたくない。家で食べたほうが

ずっとおいしいもんね。)

これはいつものヘルシーごはん、というよりは、おいしいものがたっぷり食べたいとき

のごはん。バゲットにはバターも塗る。けれど煮込みハンバーグよりは味にコクがあ

って脂っこくないから、まだヘルシーな気がします。たっぷりのサラダとともに。

ビーフシチューはこれからの暑い季節よりはやっぱり秋から冬の定番だけど、クーラ

ーの効いた部屋だったら夏でもいいかな?

さて、もし北村太郎さんが生きてたら、「絶品!」と言ってくれるでしょうか。

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2011年6月 6日 (月)

芒種

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今日は昨日と違って爽やかに晴れた。

クイーン・オブ・スウェーデンは咲き始めはアプリコットで、時間がたつごとに淡いピン

クになってゆく。

それはまったく違ういろの花になったよう。

今日は芒種。

暑くなりそうだ。

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2011年6月 5日 (日)

センチメンタル和風ロールキャベツ

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ふつうに結婚していた頃には家で食事を作ることなんてきっとほとんどなかったのじゃ

ないかと思うけれど、家を出奔して一人暮らしになってからの北村太郎は料理も上手

で、なんでも器用にひとりで作って食べていたという。おいしいものに出合うと、いつも

「絶品!」と叫ぶのだそうだ。なんだか目に浮かぶな。

その北村太郎の自信の一品が和風ロールキャベツで、前述の橋口幸子さんは羨まし

いことに何度もそれをご馳走になったそうだ。『珈琲とエクレアと詩人』の中にも何ヶ所

か和風ロールキャベツが出てくるところがあって、最後のほうにこんなシーンがある。

以下、一部抜粋。

 北村さんが亡くなる一月半ほど前だったと思う。

 和風ロールキャベツをつくったから、食べにおいでとさそわれた。ほんとに申し

 訳ないと思いながらも、よろこんで飛んで行った。

 赤ワインが1本用意されていた。

 とてもおいしかったのはいうまでもないけれど、ふとワインを注ぐ手に気がつ

 いた。手がかすかに震えていたのだ。

 < 中略 >

 「あっ、北村さん、ワインをささえるのも手が震えるほどに、つらいんだ」

  ちゃんとそうわかったのに、北村さんが何でもない風を装うので、つい、甘え

  てしまったが、だいぶつらかったのだと思う。

  だから、「いいんだよ」と頑張る片づけは、「いいえ、片づけまでやってもらっ

   たら、罰があたります」と、気づかぬふりをして、無理矢理片づけを横取りし

   てやってきた。

  手を握ったら、とても冷たくて、まだすこし震えていたところをみると、やっと

   の思いでつくったロールキャベツだったのだと、胸が痛む。

  「おいしいですね。なんで味づけするんですか」と聞くと、

  「簡単よ。ブイヨンひとつに醤油をいれんのよ」

  真似してみたけど同じ味ではなかった。何かひと味違うのだ。

  ほんとうにおいしかった。

それで、この本を読んだあと勢い和風ロールキャベツが作りたくなって、作ったのが上

の写真。和風ロールキャベツというと、タネであるひき肉に鶏肉を使ってお豆腐やシイ

タケを入れたものもあるけれど、この抜粋した文章から言って、北村太郎が作ったの

はそうではなくてごくふつうのロールキャベツに和風の味つけをしたものではないかと

思ったので、そうした。だから、作り方は先日アップしたものと一緒で、わずかに違うの

はタネの合挽肉にナツメグを入れる代わりにおろしショウガを入れたのと、スープにチ

キンブイヨンと酒・醤油を加えたことくらい。

結果、とてもおいしくできて、家族にもいつものトマト味のと甲乙つけがたいくらいおい

しい! と言われたけれど、私自身はもうとうぶんロールキャベツは作りたくないなと

思った。正直、大きなキャベツをゆでて葉っぱを1枚1枚破らないようにはがして水分

を拭き、捏ねてまるめたタネを中に入れて上手に巻くのは、一応ベテラン主婦の私で

もけっこう手間がかかる。これを亡くなる一月半前の最高に調子の悪いときに、誰か

に食べさせるために震える手で一生懸命作ったとは、なんともいじらしいではないか。

どう考えてもそれは、それまでいろいろ世話をかけ、自分に優しくしてくれた橋口幸子

さんに対する最期の恩返しのつもりだったのではないかと思う。そんなことを思いなが

らロールキャベツを食べていたら、ますますセンチメンタルな気分になっちまった。

そうそう、いつも夕飯を作るより早い時間に私がキッチンでバタバタ始めたら、息子が

「今日は何?」と聞くから「センチメンタル和風ロールキャベツ」と答えたら、「何だよ、

それ」と言わてしまった。

なんだよじゃない、センチメンタル和風ロールキャベツだ。

この変な母親はいつだってそういう風だ。


そして食後のデザートは、珈琲とエクレア。

いつも北村太郎は鎌倉の小町通りにある喫茶店イワタで珈琲を飲み、いとおしそうに

ゆっくりとエクレアを食べていたのだそうだ。

というわけで、いとセンチメンタルな休日。

鎌倉小町通りの喫茶店イワタ、稲村ケ崎。

故人の思い出を偲んで、この秋あたり、行ってみようかなあ ・・・・・・

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2011年6月 4日 (土)

人の儚さとか、生きているかなしみとか。

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夏日になった5月の終わりのこと、久しぶりに会う友達と池袋のリブロの前で待ち合

わせてランチを一緒にした後、ジュンク堂書店に寄った。

私はジュンク堂に行くのは初めてだったから、まずアート書籍のある9階から順に降

りながら興味のあるところを見ることにした。そして3階に降りて、それぞれ別々に好

きな本を眺めた後、友人が近づいてきて「何かいいのあった?」と聞いたときだ。

うん、と言いながらふと目線を目の前の下に落としたら、平積みになった本の山の目

立たない端に北村太郎の名前をみつけた。思わず「あっ」と声が出た。

控えめだけれど雰囲気のよい装丁の表紙には『珈琲とエクレアと詩人』というタイトル

があり、その横に小さな字で『スケッチ・北村太郎』とあった。

もともと、本そのものが出している気配というか、雰囲気ってあるものだ。

装丁に描かれた絵はメルヘンチックでポエティックで、裏表紙には北村太郎が好きだ

った猫もいて、題字も含めてその本からは優しい時間が放射されているようだった。

私は「これは買いだわ」と言って、すぐに1階のレジに持って行った。そして彼女の家

に向かいながら、昔話を始めた。


北村太郎とは昔からこうだった。

高校生のとき、初めてその詩集『あかつき闇』を手にしたのも、たまたま同級生と待ち

合わせたパルコの中の世界堂の前で、いくら待っても友人がこないので退屈しのぎに

入った『ぽえむぱろうる』の中でだったし、それからドイツ語の授業の後、いつもは寄ら

ない学校近くの芳林堂書店に何気なく入ると、なぜか滅多に出ないはずの北村太郎

の詩集が出版された日だったりして、不思議といつも呼ばれている感があった。

いつも、百発百中。

そういう風だから、たとえそのときお財布の中身が乏しくても買わずに帰ることなんて

できない。帰りの電車賃だけ残して詩集を大事に抱えて帰ってくることもあった。そう

いう自分をまるで恋人からの手紙を待っているようだと思った。

実際、なかなか出ない北村太郎の詩集を待っているのは、なかなかこない遠くに住ん

でいる恋人からの手紙を待つのとほとんど同じようだったけれど、それは北村太郎に

とってもそうだったのだということを最近になって知った。44歳という、いささかいい歳

になってから第一詩集を出した北村太郎はそれまで寡黙な作家と言われていたのに

ある時期を境に詩集が出版される間隔が短くなった。それはまるで寡黙な作家が急

に多作家になったようだった。その原因が何によるものなのか、漠然とながら詩の行

間から読んでいたつもりだったけれど、晩年の詩集はどうやらそのまま若い恋人に宛

てて書かれた手紙(ラブレター)だったらしい。

なるほど、それなら当時同じように若い受けとり手であった私がそんな風に北村太郎

の詩集を待っていたとしても、あながちおかしくないではないか。


その日は暑いなか、子供の頃の原風景とどこか似ているような古き佳き路地の間を

友人と歩きながら、「1年のうちで最も懐かしい季節は夏だね」と話した。少し前から

懐かしい季節の感触を感じていたのが、そこで一気に増幅されたようだった。

それがいけなかった。

帰りの電車のなか、途中で座れたので買ったばかりの本を取りだして読み始めたら

もう駄目だった。思わず友人には『Mちゃん、私、泣きそうです。どうしよう ・・・』とメー

ルした。それから1週間。

本を読む暇もなく過ぎていたのが仕事で横須賀に行くことになって本を持って出た。

横須賀へは駅から駅で2時間近く、ドア・ツー・ドアならそれ以上かかるちょっとしたシ

ョート・トリップ。さいわい、品川で待っているところに来た電車は2人がけのボックス

席の車両で、ますます旅気分。もともと1ページの文字数も少なくて薄い本だから、

行きの電車の中で読むことができた。


これは、たまたま縁あって詩人の恋人だった大家の家の2階に、階段ひとつ隔てて

北村太郎と暮らすことになった校正者である著者の回想録、というかエッセイ集。

言葉少なに、また飾らない言葉でポツポツと語られる詩人の日常と人となりは、私が

長くその詩から感じていたとおりの詩人の姿で、違和感なく心に沁みた。まるで長い

こと会っていなかった友人と懐かしい町で会って、これまでのことを聞かされたような

そんな自然さだった。必要以上に詩人の私生活をあからさまにしない著者の心遣い

というか、考えにも共感を持った。著者はあくまで自分が見た、自分が知っているだけ

の北村太郎について書いていた。

北村太郎にまつわる著書といえば、これまで何か書こうと思ってそのままになってい

る『荒地の恋』(北村太郎を敬愛する若い詩人のひとりであったねじめ正一による詩

人の実話小説)があるけれど、これはそれとは真反対の本だと言える。個人的には

私はあの本は駄目だった。どう駄目だったって、あれにはあったことがそのまま書か

れているという以上に、書き手の野心というか、物書きの業みたいなものを感じずに

はいられなかった。もちろん、ねじめ正一にはそれだけのことが書ける北村太郎との

親密な関係があったのだろうし、対象である詩人や、そのまわりの人間たちに対して

愛があって書き残しておきたかった、スポットを当てたかったのかもしれないけれど、

私は読んでいて気持ちのよい小説ではなかった。ご丁寧にも北村太郎の詩のタイト

ルがそのまま時系列で章立てになっているという巧みな構成で、それもまるで詩が生

まれた背後にあるものの種明かしをされているようですごく嫌だった。いったい詩人と

して、自分が死んだ後に書いたものの種明かしなどされたいものだろうか? (否!)

ああいいうものを書くわけはないだろうけど、仮に同じ北村太郎を敬愛する詩人のひ

とりである正津勉だったらどう書いただろう? と思う。きっともっと難解で、ふつうの

(ふだん詩を読まない)人には何がなんだかわからない浮世離れしたものにはなった

かもしれないけれど、もっと詩的美しさに満ちた小説になったのではないか、などと思

うのだ。あの小説を読んでいて何が嫌だったといって、それはなんだか北村太郎がハ

ードボイルド的かっこよさをまとった男性像、というか、B級メロドラマの主人公のよう

な類型的な人間に見えてきてしまうところで、それは長いこと北村太郎の詩を読んで

きた者としては非常に違和感を感じるところだった。つぶさに事実を書いているのに

違いないとしても、ここまであからさまに何もかも書かれてしまうことで、今までとって

も大事にしてきたものをつまらなくされてしまうのも、また今まで北村太郎のことなど何

も知らなかった読者にまで安直に何かを知った気にさせてしまうのもすごく嫌だった。

あの小説からは、つぶさに何もかも書いてしまうことのつまらなさを感じた。


この『珈琲とエクレアと詩人』の文体はどこまでも自然で、淡く優しい。

自分が身近に見た詩人に対する思慕と懐かしさに満ちている。

そして、それは何より2人の言葉少なな会話の間にも表われている。

ここに描かれている北村太郎は、いつも擦り切れたジーンズにポケットのついたペラ

ペラの薄いベストを着て、にこにこしながら言葉少なに優しく語りかける、少年の風情

を残す初老の詩人だ。ほとんど家具も持たないたった一間の安アパートで、苦でしか

なかった翻訳の仕事を日々のなりわいとし、いつも一切合財袋を肩から重そうにさげ

て歩く、質素きわまりない暮らしをする隣人。いかにもデリケートそうなこの書き手をし

て、今にも割れてしまいそうなガラス細工のようだったと言わしめる人。

父親のような鷹揚な優しさの陰に少年のような壊れやすい危うさと我儘な面を持って

いて、それこそが老若男女問わず人を惹きつける鍵になっていたのかもしれない。

そして、そんな風に北村太郎の波乱の晩年を優しく見守った著者にとっても、その12

年は平穏なものではなかったようだ。

このエッセイのなかにこんなシーンがある。

 「北村さん、わたし北村さんを見ていると、自分がとても不安になるんです」

 「どうして」

 「わたしの相棒だって、いつか北村さんみたいに、突然いなくなってしまうん

   じゃないかと、とても不安になります」

 「うん、考えているんだ。最低限のつぐないをしないといけないとね。いつも

   考えているんだよ」

人生というのは酷なもので、詩人とそんな会話をしてからどれほどの時が経ってのこ

となのか、それこそ病めるときも貧しきときも忍耐強くその相棒と苦労を共にしていた

ような著者なのに、その相棒とは別れてしまうことになったらしい。そして今では少し、

こころが不安定な状態にあるようだ。

この本の最後のほうで著者は「北村さんを思うと今でも、胸がいっぱいになるのはな

ぜだろうか」と書いている。詩人とは現実では一面識もないものの、それは私とて同

じことだ。この本を読みながら胸がいっぱいになった。そして自身の人生とも重なる

ところでは、うっかり電車のなかで涙を落としそうになった。さいわい、隣りのビジネス

マン風の男の人はずっと眠っていたからよかったけれど。

本屋のなかを歩いているときに友人と原発の話になって、彼女は不安定なものがい

かに危ないかを私に説いた。いわく、核も、人も、だそうだ。実に ・・・・・・。

昔から考えてきた、人の儚さとか生きているかなしみに思いを馳せつつも、こころにや

わらかな優しさの余韻が残る本。大事な本がまたひとつ増えた。

 『珈琲とエクレアと詩人』 橋口 幸子 著   港の人 発行

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2011年6月 3日 (金)

June Dream

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眠そうなつぼみがひらくと夢のようなピンクの花びらがひろがった。

ソニア・リキエル。

フルーツにティーの香りが混ざった濃厚な香り。

今年は房咲きで咲いたマダム・フィガロも。

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こちらはちょっと変わったアニスの香り。

梅雨の晴れ間に咲いたふわふわな6月の夢。

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今日のテーブルフラワーはセント・セシリアとシャンタル・メリュー。

こんな風に春バラを食卓に飾るのも、たぶんこれが最後。

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2011年6月 2日 (木)

6月の新月

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6月の新月は、6月とも思えない冷たい雨の降る寒いあさ。

いまピークなのはやっと咲き始めたセント・セシリア。

それ以外のバラは徐々に花を小さくしながらも咲いている。

もうすでに2番花のつぼみがあがってきたものも ・・・・・・

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そんななかでまだ咲いてないバラもあって、なんだかわからなくなってしまった。

クライマーみたいにクネクネしているステム、眠そうなピンクのお顔を見ながら、これは

なんだっけかな、と考えていて、やっと思い出した。ソニア・リキエルだ。

今年のフレンチローズはかなり遅咲き。

早くひらいてくれないかなあ ・・・・・・

明日にはやっと晴れて気温も上がるみたいだから、一気にひらくかな。

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今日は新月。

新月は自分が叶えたいことや未来の明るいビジョンを思い描くといい日だけれど、今

年の新月の中でも今日は特にそれに適した日だそうだ。願いごとが現実化しやすくな

るとか。今日もTVのニュースを見れば政治の世界は狐と狸の化かしあい、その陰で

心が壊れてしまいそうな泣きかたをする人の姿が胸に響いて思わずため息が出るけ

れど、でも、思い描こう。何かが成ってゆく様を。

ちょうど、バラのつぼみがほどけるように。

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