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2011年5月11日 (水)

反原発派も推進派も等しく考えなければならない問題

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震災から2ヶ月。

あの日、東北地方はひどい天気だったけれど、今日の東京もひどい雨だ。
いつもならこんな日は仕事でもない限り、よっぽどのことがなければ出かけることもないけれど、いまの私には家にいても1人になれる空間はどこにもないから、かえってこんな雨の日に家にいるのは気詰まりだ。早くこの状況をなんとかしたいものだけれど、私ひとりでなんとかできるものでもなし。仕事を早く切り上げて、ザーザー降りの雨のなか、吉祥寺にでかけた。
吉祥寺バウスシアター3。『100,000万年後の安全』を見るために。
混雑を予想して次の回のチケット受け付け少し前に行くと、エントランスあたりには数人たむろす人がいるだけで、整理券が配られている様子はない。受け付けの女の子に聞くと今回は整理券を配る必要があるほどの混み状況では全然ないので、上映時間直前に来てじゅうぶんに間に合うという。なんのことはない。とりあえずチケットだけ買って、それから1時間半近くも時間を潰すはめになった。でもそれがよかった。久しぶりに1人で珈琲を飲みながらぼぉっとする時間ができたから。
そして、時間になって入場した映画館の中はガラガラだった。
先月は上映数時間前から行列ができて整理券が配られ、なかなか見られない人もいたというのに? ・・・・・・ これも喉元過ぎれば熱さ忘れるってことか。よくないね。
さて、忘れないうちに書いてしまおう。

この映画は原子力発電所そのものではなく、原子力発電所から出る放射性廃棄物に焦点を当てて描かれている。監督したのは上の写真の人、マイケル・マドセン。
現在、世界30ヶ国で稼働している原子炉は435基。そのうち54基が日本のもので、それはアメリカ、フランスに次いで世界第3位だという。3月の福島原発の事故でもわかったとおり、原発を稼働している限り、そこからは常に使用済みの放射性のゴミともいうべき放射性廃棄物が出続ける。それは現在、最低見積もっただけでも世界に軽く25万トンはあるという。そして驚くべきことに、ゴミがすでに25万トンもあるのにそのゴミ処理場はまだ無いのだ、世界にひとつも! おかしな話じゃないか? 
しかも、それはゴミといってもただのゴミじゃない。ひとつ扱いを間違えば世界を終わりに導くほどの力があって、現在のところそれを無害化する技術は理論上はあっても現実的にはまだ無い、というゾッとするような代物だ。
これは、フィンランドにおけるそんな放射性廃棄物の世界初となる最終処分場『オンカロ』(フィンランド語で『隠れた場所、の意)』の建設をめぐってのドキュメンタリー。
監督自らすでに建設途中の施設内に潜入して撮影を行い、オンカロ・プロジェクトの実行を決定した専門家たちに直接インタヴューを敢行している。
ここで、なぜ世界初の放射性廃棄物の建設をするのが原発大国のアメリカでもフランスでも日本でもなく小国フィンランドなのかということを先に書いてしまうと、フィンランドはいままでに旧ソ連に国土を占領されたり略奪されたりとずいぶん苦しめらた過去があり、いまだ『ロシアの恐怖』が潜在的にあるという。そして、いまでも電力や天然ガスをロシアに依存していることから、ひとたび政情がおかしくなってロシアがパイプラインを断ち切るようなことでもしたら、フィンランド人は凍死してしまう。そこでロシアから解放されて、自国でエネルギー源を確保することはフィンランド人にとっては最大の安全保障だというのだ。いっときチェルノブイリの事故で反原発の気運が高まったものの、この安全保障という観点から現在では原子力発電に積極的で、いま5基めを建設中という。国民が原子力発電を容認している大きな要因は徹底的な情報公開で、国は国で、原発を推進するからには避けて通れない放射性廃棄物の問題に真っ向から取り組もう、ということになったようだ。将来起こりそうな色々な問題を予見して事前に処理する、そのほうが何かが起きてしまった後に対処するより遥かに安いコストで済む、というのがフィンランド人が物事に取り組む基本的な姿勢なのだと、スウェーデン社会研究所所長の須永昌博氏は言う。このあたり、数百年に1度起きるか起きないかわからない巨大津波に巨費を投じて備えられるか、と言った日本政府や東電とは大違いですね。

そして、もうひとつ。
オンカロをフィンランド国内に作ることになったのには地理上の理由もあった。原子力発電の専門家や科学者たちによるプロジェクトチームの人間はまじめに考えたのだ。環境や生物にとって危険極まりないそのゴミをどこに捨てたらいいのかを。
ロケットに載せて太陽に向けてぶっ飛ばせばいいという説、海底深く埋めたらいいという説などが出るなかで、堅固な地盤を持つ地底深く埋蔵するのが1番安全だということになった。そして、それに最適な土地があったのだ。それはフィンランドの首都ヘルシンキから西に240キロ離れた島、オルキルトという場所。その地下はなんと17億年前とまったく同じ固い岩盤に覆われた安定した地層だという。この先もまだ、戦争や飢饉やテロが起こりかねない地上とくらべてそこは極めて安全だ。そしてチームはその固い岩盤をこれから100年かけて(!)3段階にわたって地下500メートルまで掘り下げ、そこに巨大地下都市ともいえるような想像を絶するほど広大な放射性廃棄物の埋蔵場所、言ってみれば放射性物質の墓場を作ることに決定した。
彼らは言う。
今の原子力発電所とは違い、そこは電気でプールの冷却機能を保持しそれを人間が管理しなければいけない有人のシステムではなく、まったく人も電気も必要としない自己完結型のシステムでなければならない。さらにオンカロが高レベルの放射性廃棄物でいっぱいになって密封された後は、永久に、少なくとも10万年間は誰にも開けられてはならないのだ。いや、その存在さえ忘れ去られねばならぬ。それが現在の人類と未来の子孫の生命を放射性物質から守る唯一の方法なのだと。

この映画の問いかけはきわめてシンプルだ。
たしかにすでにオンカロ・プロジェクトは着々と進んでいる。
でも、いったい今まで人類が作った建造物で10万年ももちこたえたものがあっただろうか? そういうものを今の人類が作り出せるのだろうか? そしてオンカロは本当に誰にも封印を解かれることはないのだろうか? 万が一、間違って未来の人類がオンカロを掘り当ててしまったとしたら、彼らにここが宗教施設でも宝の埋蔵場所でもなく生命に危険な場所だとわからせる方法はあるのか? どうやって?
問いはシンプルだが誰もその問いに答えることはできない。
誰にも10万年後のことなんてわからないからだ。
そしてその問いはもっと根源的な問いを我々に投げかけているようだ。
最初に書いたとおり、このドキュメンタリー映画は原子力発電所そのものを取り上げているのではなく、今すでにある稼働中の原子力発電所から出る高レベルの放射性廃棄物のことを取り上げている。つまり、反原発派であるか否かに関係なく、いま原子力エネルギーからなる電気の恩恵を享受している人であれば誰でも等しく考えねばならない問題がそこにあるということだ。そしてそれを考えていけば福島だけに限らず、核燃料再利用施設のある六ヶ所村にも考えが及ぼうと思うし、最終的なひとつの考えに行きつくと思う。

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ガラガラの映画館の中には、なんでこんな土砂降りの日にわざわざこの映画を見に来たのかわからないノーテンキな年配のオバサン2人連れがいて、会場が暗くなってもまだ喋り続ける彼女たちのヒソヒソ声とクスクス笑いが少々耳触りだったのだけれど彼女たちはタイトルロールが終わって明るくなるや否やまたお喋りに花を咲かせ始めた。いわく、『10万年後の安全って言うけどいったいどこが安全なのよねーえ。タイトルを10万年後への伝言、に変えたほうがいいんじゃないの。アハハハ・・・』 だった。
たしかに映画の中で監督は10万年後の誰かに常に語りかけていた。でも、それは私には10万年後の人類に語りかけるようなふりをして、実はジョン・レノンが『イマジン』を歌ったように、目先の便利さや豊かさに、人類の進歩という大義名分に、GDPの拡大に、お金や利権や欲望に囚われがちな我々現代人に、10万年後という途方もない未来のイメージを少しでも喚起させるためだったのではないかと思う。

さて、あなたは自分とせいぜい自分の子どもが生きてる間に原発が問題を起こさなければこのまま使い続けるほうを選ぶ? それとも?

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 100,000万年後の安全 公式サイト

 上映時間75分。 
 映画館によっては明日まで、ほか期間限定で上映中。

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