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2011年3月13日 (日)

そのとき

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地震が始まったそのとき、私は家から数十メートル離れたところにいた。

その日は前日に終わったプレゼンのことで頭がいっぱいだったせいですっかりお昼を

食べそびれ、仕事の人間とメールやら携帯でバタバタとやりとりをした後、それじゃあ

サンドイッチかなんか買ってくるね、と家を出たところだった。朝から頭痛がひどくて、

食事をしたらアスピリンを飲むつもりだった。慌ててマフラーをしないで出たら外はとて

も寒く、そんな寒いなか元自治会長の80過ぎのKさんが公園の樹木の枯れ枝の伐採

をしていて、温かいお茶でも買って差し入れしようかと思ったときだった。

ぐらぐらっと地面が揺れた。

え?! と思う間もなく立っていられないほどの揺れ。

思わず公園の緑のフェンスにつかまったら、Kさんがこちらに振り向いて「地震だ!」

と叫んだ。目の前の住宅はもちろん、住宅より遥かに高い給水塔が今まで見たことも

ないほどゆらゆら横に揺さぶられていて、これがもうふつうの地震ではないことを知ら

せていた。それを見た瞬間に部屋の中がめちゃくちゃになったことは想像できたけれ

ど、そのとき私がとっさに思ったことは「神さま、お願い!・・・ 今はやめて!」だった。

ひどい頭痛のせいで思考能力は低下しているし、何より私も子どももお腹がペコペコ

だったから。この状態で避難できるとはとうてい思えなかったのだった。

さいわいそのままカタストロフに突入することはなかったから、ともあれ私はそのまま

食料の調達に行った。そのときすでに携帯は使えなくなっていて、途中、集会所の前

で今の自治会長と副会長に会ってちょっと話したり、今ちょっと前まで工事をしていた

男の人たちと言葉をかわしたりした。揺れた途端にすぐにエンジンを切ったからよか

ったけれど、そうじゃなかったらクレーン車ごとひっくり返ってるところだった、と彼らは

一様に肝を冷やした様子だった。早々に後片付けをして帰ろうとしている若い工事人

などは、もう今日が最期かも知れないから今夜は寿司とかご馳走を食べといたほう

がいいかもしれないぜ、なんて言い合っていた。

他にも用はあったけれど取り急ぎパンだけ買って、4階の自分の部屋に上がろうと階

段を上っているとき途中でコンクリートがボロっと落ちているのをみつけて、こりゃます

ます食器棚が倒れてるのは必至だなと思って絶望的な気持ちになったけれど、それ

よりまず子どもたちだった。玄関のドアを開けて「だいじょうぶだったぁ?」と大声で聞

くと「僕たちはだいじょうぶだけど部屋はめちゃくちゃ!」と息子の返事が返ってきた。

部屋に入ると予想した最悪の事態 = 食器棚の転倒は免れていたけれど、仕事部屋

の本棚にあった本と陶器、それからCDラックのCDとパワーストーンなんかが床に撒き

散らされて足の踏み場もないほどぐちゃぐちゃになっていた。

そのなかで息子はスリッパを履いたまま部屋に散乱したものの中からふだん私が大

切にしている陶器を救出したり、すでに割れてしまったものをビニール袋に入れたりし

ていた。娘はまだ半分テーブルの下に身を隠したまま、テレビの前にペタンと座ってい

た。家の中はめちゃくちゃだったけれど家族3人無事だったことに心底安心した。

私はとにかく食べよう! と言った。さっさと食べてしまわないとまた地震がくるかもし

れないし、電気や水道が止まってしまうかもしれないし、だいいち腹が減っては戦は

できぬ、だ。

キッチンにお湯を沸かしに行くとキッチンは思いのほか何も壊れていなかった。

いつものように珈琲をいれてNHKのニュース速報を見ながら食べたサンドイッチはな

んの味もしなかったし、ひとつ食べるのがやっとだった。食べている間にも何度も強い

揺れがきて、そのたびに息子と2人で食器棚を押さえながらの食事だった。

その間に携帯にはドコモから着信エラーの通信が何度も入ったけれど、そのうちの何

人かとはスカイプとメールで交信した。驚いたのはいち早く仕事の協力会社の専務か

らメールがきたことで、他社の人で自分を気にしてくれている人がいたんだというのは

嬉しかった。それから部屋の片づけ、買い物 ・・・

NHKのアナウンサーの「これから徐々に日が暮れて暗くなります」の言葉はある種恐

怖だった。固定電話がやっと通じて都内にいる父の安否が確認できたのはもう夜の

7時だった。父が思いのほか元気だったのにもホッとした。

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それからいったいどれだけの揺れを感じたのか・・・

金曜から今日まで、長い長い3日間が過ぎた。

昨日の朝になって妹とは電話で話をすることができた。

金曜の夜は南青山の会社から中野区の自宅まで、3時間歩いて帰ったそうだ。

難民支援をしているライターのYちゃんからは、病気の難民を収容している病院で一泊

させてもらって昨日帰って来たと今日、電話があった。彼女が住んでいるのは古い木

造の一軒家だからさぞかし被害があっただろうと心配していたら、お皿一枚割れてい

なかったそうだ。私の息子は(いつか自分がもらう予定の)私のCDがかなり損傷して

しまったのがショックみたいで、同様に私が大事にしていた陶器やパワーストーンが

壊れてしまったのにショックを受けていると思っているようだけれど、それについては

私は意外と淡々としている。もちろん、がっかりはしたけれど、もともと所有することの

意味を考えてきて、ますますそれがはっきりしてきた感じ。いつになくずっとつけっぱ

なしにしていたテレビのニュースで繰り返し放映されていた、津波で生き残った人の

「家も、何もかも流されてなくなってしまったけれど、今はただ生きてさえいればいいっ

て」という言葉が頭でリフレインしている。

そして、物よりも何よりも、11日以前と以後でこの世界の何かが決定的に変わってし

まったことのほうに深い、力が抜けるようなショックを受けている。

いったいこの国は、日本は、どうなってしまうのか・・・

東京大震災は? 致命的な原発事故は? 来るべく物不足と食糧危機は?

いまだ時折り揺れる部屋の中、一日中垂れ流しの情報のなかで、次から次へと起こ

る想像を絶する事態に身体がぎゅうっと固まって私なんかもうこの時点で深い疲れを

感じるけれど、疲れなんて言ってるどころじゃない、こうしている間もまだ生死のギリギ

リのところにいる人のことを思うと言葉を失くす。

いわき市にいるangelseed さんは助かっただろうか、いまどうしているだろうか・・・

ほんとに心配です。

( ・・・と書いて、いまアップする前に彼女のブログを見たらアップデートされてました!

 よかった!!)

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東日本大震災」カテゴリの記事

コメント

 そうきちさんも大変だったんですね。
私の家は古いので心配して帰ると
家は いつもの家で
泣きべそ気味の妻が 出迎えて
そこそこ 物が落ちていましたが
割れた物はありませんでした。
しかし その日は朝まで停電で 子供はテンションが高く
テレビが見れないので 時々車のナビのテレビを見て眠りました。
昨日は断水で 今は通水しておりますが濁っています。
 でも家族みんな無事で 寝る所も有ります。
とにかく 生きています。

投稿: jose | 2011年3月14日 (月) 00:39

joseさん、
なんだかこの数日、総毛立つような、気持ちが泡立つような感じで、
落ち着かないです。
外に買い物に出るたびに、だんだん世の中の人の判断能力が狂って
きているのを感じます。
停電して子どもがハイテンションになるのもわかります。
停電に断水とは、ほんとにお疲れ様でした。
とにかく生きてる、って感じ、
そうですよね。
joseさんのうちもみんな無事でほんとによかった!

うちのほうは明日、計画停電になると、さっき消防署のアナウンスがありました。
今は救助を待っている人が一刻も早く救出されることと、原発が早く安心できる
レベルにまで落ち着いてくれることを祈るばかりです。

投稿: soukichi | 2011年3月14日 (月) 01:11

なにはともあれ、御無事でよかった。
でも、被害はけっこうあったんですね。
CDというのは、痛いと思います。

私のところは、私があわてて高いところの物を
下に避難させようとして壊してしまった、一個だけでした。
今日の計画停電も、3つのグループに載っていて訳わからず。
いつ停電になってもいいように覚悟していたら、
まったく停電無しというオソマツ(怒)

でも被災地の悲惨さに比べたら、文句言えるレベルでは
ありませんね。

投稿: 四季歩 | 2011年3月14日 (月) 20:39

ご無事でよかった‼
安心しました。

投稿: ble | 2011年3月15日 (火) 02:09

ご心配おかけしました。ありがとうございます。
 東京の人たちも大変でしたね。
今は実家の日光にいます。
今日はのんびりと外に出かけてきました。
ガソリンスタンドの渋滞はあるけど、普通の生活。
青い空や澄んだ空気や水が・・・不思議です。
 と同時に残っている人や被災者を思うと複雑な気持ちです。
原発がどうにかおさまってくれることを祈るだけです。

投稿: angelseed | 2011年3月18日 (金) 21:31

四季歩さま、
うん、そうです。
私たちは文句言えるレベルじゃないし、文句言ってる場合じゃないです。
教祖さまじゃないけれど、そんな暇があったら祈れ!! なぁんてね(^-^)

ちゃんと外で息吸えてるし、食べてるし、眠れてるし。
あらためて、ありがたいですよね。
東京がどれだけ守られた都市であるかを実感しています。

投稿: soukichi | 2011年3月19日 (土) 00:23

bleさん、ありがとう!
ところでこんなとき、Facebookは役に立ってる?

投稿: soukichi | 2011年3月19日 (土) 00:25

angelseedさん、
よかった!
あなたのこのコメント見てめちゃくちゃホッとしました。
毎日放映される福島の避難所の中に、あなたたちがいるかもしれないと思って見ていたので・・・
福島にまだご友人たちが残っているあなたの気持ちはわかるけど、後ろめたく思うことなんかないです。
いずれ、やむをえずいま残っている人たちも県外避難することになるんじゃないでしょうか。早くその方向で国も動いてほしいです。
とにかく助かってよかった!
しばらくのんびり自分や家族をいたわって暮らしてくださいね。

投稿: soukichi | 2011年3月19日 (土) 00:35

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