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2011年3月16日 (水)

計画停電

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計画停電が始まって2日め。

午後になって市の聞きとりずらいアナウンスが入ったと思ったら、今日は6時から10

時くらいまでの間の3時間程度、という。ついに夜間に来たか~と思う。

それまでの間にするべきことを慌ただしくすませて時間前には全ての電源を切った。

それでもまだその時間には周囲の街灯や周辺の住宅には灯りが点いていて、駅前の

高層マンションなどは見事にほとんどの窓に灯りが点いていた。

そんな風なのでもしかしたら今日も直前になって中止になるかも、なんて話していたら

時間から20分過ぎた頃にいっせいに灯りが消えた。計画停電などやらないとタカをく

くっていたのか、灯りが消えた瞬間、向かいの棟から短い悲鳴が聞こえて、慌てて懐

中電灯を点けて室内を照らす様子がうかがえた。

それにしても想像した以上に真っ暗だ。

子どもの頃、キャンプでしか経験したことのないような暗闇。

ベランダに出て外を見渡すと星だけがきれいで、闇にひっそりと沈んだここは見捨てら

れた町のようだ。

ひとたび事故を起こせばあれだけ怖ろしい原発に日々の生活のほとんどをゆだねて

いた我々。電気がなければ音楽を聴くことも映画を見ることもできないのだ。

こんな暗闇の中ではすることもないので、わずかなキャンドルの灯りで曼荼羅塗り絵

をすることにした。最初やらないと言っていた娘も、けっきょくやることがなくてテーブ

ルに塗りかけの曼荼羅を持ってきた。

小さなティーライト・キャンドルではあんまり明るくならなかったけれど、こんなのでも買

うことができてよかった。地震のあった夕方、近所のスーパーには大挙して人が押し

寄せ、売り場にはもう懐中電灯も電池もローソクも何もなかった。このティーライト・キ

ャンドルだって日曜にホームセンターに行って最後に残った数箱の中からぎりぎり手

に入れたものだ。それ以外のものはホームセンターの棚も空っぽで、欲しいものは何

ひとつ買えなかった。

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キャンドルの灯りに照らし出された曼荼羅はいっそうあやしい雰囲気で、先日、息子の

リクエストで観た映画『薔薇の名前』の修道士にでもなったような気分。

映画のなか、暗黒時代とも呼ばれた中世ヨーロッパの修道院で厳格に禁じられてい

たのは『笑い』。なぜなら笑いは人の心から恐怖心を追い払い、神(宗教)の必要がな

くなってしまうからだ。・・・ とすると、今の日本に足りないのも笑いではないかと思う。

さいわい、というかなんというか、私たち家族は地震のあった当日でさえ、余震で揺れ

続ける部屋のなかで散乱した物を片づけながら、夕方テレビで放映された、ほとんど

ギャグとしか思えない石原都知事の会見を聞いて馬鹿笑いしていたくらいだからいた

って健全なのだけれど、この東京にいて早くも精神的にまいってしまった人たちが多く

いるようだ。今日テレビをつけたらCMというCMがAC公共広告機構のものになってい

て、アニメのはまだ明るくていいとしても、それ以外は1回か2回見る分にはいいもの

の、あれを延々ずっとやられたらかえって気が滅入ってしまうのではないかと思った。

実際、げんなりしてすぐに消した。

余震や計画停電や放射能のこともあって、あんまり1人で出歩いてくれるなと言われ

ているお年寄りたちが退屈しないためにも、一日じゅう江戸落語でも流してくれるチャ

ンネルができないものかと友人に言ったら、さすが大阪、もう関西ではそういうチャン

ネルがあるそうです。

そして何かと情報統制のしすぎが非難される日本だけれど、もっとダイレクト(露骨)

に悲惨な情報ばかりを流している海外では、当の日本人より外国人のほうが今の日

本の状況にナーヴァスになっていて、ヒステリー気味らしい。そういう親族をなだめる

のに苦労する毎日だと国際結婚をした友人が言っていた。彼女は明日から数日、東

京を離れるそうだ。自分たちのため、というより親族を安心させるために。

心配は愛情ゆえと言っても、過度な心配は心配されている側が心配している者のた

めに何かをしなくてはならなくなる、という本末転倒なことにもなりかねない。

闇にうごめいている、かのように思えるサタンだって、笑いで退散してしまうのだ。

いまのこの時期、笑いは不謹慎だ、などと思わずに、笑いましょう、微笑みましょう、

今日の自分の活力のために、誰かに優しさを伝えるために。

できあがった2枚めの曼荼羅は『海、DNA、破綻のない世界』です。

塗っているうちにこういう言葉が勝手に浮かんでくるので、ふぅ~ん、なるほど、と思っ

て塗っています。私はこれを左手にチベタン・ゴールドをして、ヒマラヤ紫ソルトを食

べながら塗りました。そして布団に入ってから思ったことは、今年は限りなく陰陽のバ

ランスのとれた年のはずだから、いまが極端に危うい方向に傾いていたとしても、必ず

や逆の揺り戻しがくるに違いない、ということ。

そんな確信にも似た思いで眠りに落ちました。

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そして、以下は長くなったついでに、15日にClose Your Eyes さんからきたメールマガ

ジンの転載です。

11日を境にして世界は大きく変わった。

そして世界はより本質的な、意識的な時代に突入したように感じています。

もちろん、あなたがどう感じているかは自由ですけれども。

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★光の瞑想で愛のエネルギーを送ろう★

心が張り裂けそうな想いで、ニュースを見ていました。
でも、遠く離れた京都から、今すぐ出来ることといえば
愛の光のエネルギーを送り続けることだけです。

「心配すること」は、こうなったらどうしようという
恐れのイメージを定着させてしまいます。
今無意識にも、不可抗力的に恐怖の気持ちが
日本列島を覆っていることと思います。

でも、そんな中でも 私達に出来ることはないかと
立ち上がり、募金、献血、物資救援と様々な義援活動が
慈愛の連鎖のように起こっているのです。

とはいっても、今の状況で、愛と喜びの意識をイメージして行う
この瞑想はとても難しいかもしれません。
しかし、地震直後の被災地でも赤ちゃんが誕生しています。
生命は永遠なのです。

物質的な救援はもちろんですが、精神世界を学ぶ私達だからこそ
出来ることがあります。
どうか、目に見えないエネルギーを愛の光に変えて 
慈愛を込めてエネルギーを送りましょう。

==光の祈り 愛のエネルギー瞑想法==

今まで一番楽しかったこと 愛に包まれた幸せな経験を思い出して下さい。
今の状況を思うと難しいかも知れませんが、どうかイメージして下さい。
そして その時にあなたのハートチャクラから生まれる愛の光で全身を
繭のようにくるんで下さい。
ちょうどオーラに包まれて光り輝いているように
イメージして下さい。

十分に愛の光が充満したと思ったら あなたのハートチャクラから
今、心にダメージを受けていらっしゃる人達の 
ハートチャクラに向かって
愛のエネルギーを放射してください。

送るというイメージが難しかったら、ハートから送ると同時に
「ふ~っと」息を吹きかける動作を加えてもいいです。
その吹きかける息もダイアモンドのようにキラキラ光り輝く
エネルギーにしてみてください。

被災された方一人ずつのハートチャクラをイメージされてもいいです。
また、擬人化して町全体に対してのハートチャクラでもいいです。 
これ以上、放射能が広がらないように 光のベールで町を
ガードするのもいいかもしれません。

そのイメージの際に 決して恐れの気持ちを入れないようにして下さい。
恐れが浮かびそうになったら、勇気と強さ、愛という
キーワードに変えて下さい。
生まれたての赤ちゃんを抱きしめるような 愛の気持ちで送って下さい。

意識は世界を変えます。愛の意識は全ての人の心を救うことができます。
みんなの愛のエネルギーという意識が、大きなダメージを受けた
被災者の方々の心に届きますよう祈りを込めて・・・

意識のパワーは多ければ多いほど大きな威力があります。
一人でも多くの方の瞑想への参加を呼びかけたいと思います。

ソフィーママ

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発行責任者:クロアイパパ staff@eyes-crystal.com
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