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2011年3月 3日 (木)

「塩の男はこう語った」

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ことばは忘れさられることでよみがえるという

あなたと出会うまえの

青く澄んだ夜明けの空いっぱいにちりばめられた

まだ僕のくちびるがめざめさせていないその名を

いま僕は口にしようとして

ぼんやりと

灰色の海の沖あいに目を遊ばせながら

僕は何人の僕に話しかけるだろう

あなたの口にのぼらない海

あなたの口にのぼらない僕

死者たちの記憶のように

あなたの沈黙が僕をまたいでいくとき

語られないことばはいつも美しく

海のふしぎな遠さになって僕に襲いかかる

人生はすてきだが怖ろしい

残された時間の悲しみは

この夜明け

波の歓喜をわかちあう

残されたことばなのだろうか

砂浜の足跡を追うように

こらえきれずに何人もの僕が

おしだまり僕をみつめているあなたの名を呼ぶだろう

あなたのからだのかたちした

風が吹いてきて僕のまなざしをゆらす頃

ぼんやりと

僕はひとりぼっちで灰色の海を眺めながら

僕と出会うまえの

あなたのくちびるのやわらかさを想いえがいてみるだろう

はげしい光にあふれかえった黄昏のように

だんだん夜はみじかくなる

夜明けは弓なりになって

海をジュージュー燃えあがらせ

まもなくものうさの波のうねりに溺れていくだろう

ことばは忘れさられることでよみがえるものか

夜が明けてくるにつれ

すこしずつあなたは僕に語りはじめるだろう

しらずくちびるにしみだすあまい密のように

あなたの口もとからことばが洩れてくる

あなたがことばを口にしている

僕にとってはそれはときあかしようのない

みずみずしい永遠の謎である


( 「塩の男はこう語った」より『W』 松本邦吉 思潮社 )

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おとといの深夜、いつものようにヒマラヤ岩塩のお風呂につかりながらぼんやりして

いて、ふいに、そういえば、『塩の男はこう言った』っていう詩集があったっけな、と思

いだした。あれってどんな詩だったっけ?

といって、その詩集を買ったのだったか、『ぽえむ ぱろうる』で手にとって眺めただけ

だったのかも思いだせない。気になって、もう夜も遅いというのにお風呂を出てから電

気をつけて本棚を探すと、はたしてその詩集はあった。

でも、銀で押されたタイトルをよく見ると、「塩の男はこう言った」ではなく、「塩の男は

こう語った」だった。これにはちょっと驚いた。長らく「こう言った」で記憶していたから。

なんだ、と思った。日頃、自分の記憶力は良いほうだと思っていたのに、あんまりアテ

にならねぇな。

目(視覚)の記憶と一緒で、言葉も、自分が解釈したように記憶するところがある。

でも、自分だったらたぶん「塩の男はこう言った」とつけるだろう。

そのほうが語呂がいいし、すっきりしてる。

それでも黄ばんだページをパラパラとめくって詩の行を追ってみると、ああ、たしかに

記憶がある、この間、変則的な言葉のリズム ・・・・・ 

性愛描写が多いのは、この詩集もラヴソングだったか。

おとといの晩はそこでやめて寝て、先ほどあらためて読み返してみた。

タイトルの「塩の男はこう語った」という単独の詩はなく、詩にはaからzまでのアルファ

ベットが振られているだけ。つまりこの詩集の全てが塩の男が語ったことなのだろう。

そのなかでこのが好きだった。

奇しくもこの詩自体が私にとって、忘れさられることで蘇った言葉、だったから。

奥付を見ると1986年とあるからもう25年も前か。結婚する前年だ。

そして、あなたのご推察通り『塩の男』は詩人自身。

して、塩の男とは?

そういえば、『塩の味』という大岡玲の小説もあったよなあ。

あれには『官能料理小説集』なんて言葉が紹介文にあったっけ。

さて、『塩』と言ってあなたが連想するものはなんでしょう?

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