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2011年3月23日 (水)

春は落ち着かない

2011spring_02

毎年、桜が咲く前のこの時期は落ち着かないのだけれど、今年はそれより何より震災

以来揺れ続ける大地、無謀にも開始1時間前を切る頃にアナウンスされ、ほぼ毎日の

ように行われる計画停電、日々良くなったり悪くなったりを繰り返しつつ、でも確実に

拡大しているように見える、いや実際には見えない・感じない脅威で我々を脅かし続

けている放射能汚染のせいで、この春はまったくもって落ち着かない。

それにテレビで過酷な避難生活を強いられている被災者の方々を見るたびに思うの

は、被災して今は心身ともに非常事態のなかにあるというにもかかわらず、被災者が

とてもきちんとしていること。その、あまりのきちんとぶりにも驚かされる。

そして最近ではケアワーカーなどによって、「立派な被災者になろうとしなくてもいいん

ですよ」なんてことが言われ始めている。どんなときにも人に迷惑かけないように我慢

して、きちんとしていようとしてしまう日本人のメンタリティー。

一方で、同じ震災に遭った被災者といっても三重苦・四重苦のなかにいる東北の被

災者たちにくらべたら遥かに軽く済んだ我々東京人は、私たちは彼らよりずっといい

のだから今の状況くらい我慢しなきゃならない、落ちてなんかいられない、自分にでき

ることで貢献しなくては、というところにいて、また主に震災に関係なかった地方の人

からそういう目や言葉の矛先を向けられているのも知っている。

でも、そういう東京人にしたって、関東大震災経験者以外は今回の地震は誰にとって

も初めて経験する大地震だったのだ。まさしく晴天の霹靂だ。そして実際、震災以来

ずっと揺れ続け、スーパーに行っても買う物がなく、毎日のように停電しているのだ。

そのうえ放射能だ。

それでいま私たちが疲れ始めているとしても、それってふつうのことじゃないか?

日本は第一に銃社会じゃない、とってもいい国だと思うけど、ときどきとっても窮屈だ。

私は天の岩戸ならぬ原発が納まることを祈ってサンバでも踊りたいくらいだ。不謹慎

かもしれないけれど。

昨日の計画停電は3時20分から7時までだった。暗くなり始めた最初の頃はろうそく

の灯りで仕事の資料本を読んでいたけれど、そのうち暗くなりすぎて目が疲れてきた

のであきらめて温かくないホットカーペットの上に横になった。すぐに寒くなってきて起

きた。もちろん、氷点下で暖房のない避難所にいる東北の被災者や、ずっと停電して

いる上に大きな余震が続いている茨木の被災者のことを思った。停電して暗い間もよ

く揺れて気持ち悪かったけれど、計画停電が終わる直前に2度立て続けに大きな揺

れがきた。娘はいつものように慌ててテーブルの下に隠れ、私は食器棚を押さえた。

地震対策をしたくても家具転倒防止グッズがことごとく売り切れているのだ。家の中も

外も真っ暗なうえに寒いうえに揺れるじゃ、こりゃ嫌でも落ちるよなあ~と思った。

今回の地震で初めて『地震酔い』という言葉を知ったけれど、私自身はようやくそれか

ら解放されたと思ったら、このところの大きな揺れでまたその感覚が戻ってきてしまっ

たような気がする。

昨日の福島県産や北関東産の野菜、原乳からの放射性物質の検出に続いて今日は

東京23区と都下の5つの市の水道水から放射性ヨウ素を検出。

それを聞いたらなんだかますます窮屈になってきたので娘と外に出た。

春を探しに行こう! と言って。

昨日今日とっても寒く、陽射しのない灰色の空からはときどき微かに雨まで降ってき

て、あたりはまるっきりの冬景色だった。

でも、もちろん春はそこここにきていた。

まだ固いけれど、枝の先が薄紅色に色づいた桜の木。

2011spring

この桜が満開になって、春が怒涛のように押し寄せてくる頃、この国は今より明るくな

っているかなあ?

早く娘が安心してパジャマで寝られる日がくるといい。

2011spring_01 

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