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2011年2月28日 (月)

おわりの雪

2011feb28

2月最後の今日は昨夜から降り続いた雨。

と思っていたら窓の外でシャカシャカひそやかな音がし始め、みぞれになったかと思

えば、ぼたん雪に ・・・

今日は1日その繰り返しで、変わりやすい変則的なお天気になった。

最高気温も昨日から一気に10度も下がって8度と冬に逆戻り。

でも、雨も雪も浄化だ。

明日から3月を迎える今日にはふさわしい。

夜になってコトリさんが今月最後の花を届けに来てくれた。

今日は市場に確定申告にと大忙しだったらしい。

2月最後の花のテーマは、春を迎える花。

その写真は明日の朝撮ることにして、コトリさんにはこのひと月ほんとに花のある暮

らしを楽しませていただきました。お陰様でフレッシュな花の気をもらって今月も元気

いっぱいに過ごすことができました。どうもありがとう!

・・・ というわけで、私の好きなセザンヌのガーディナーとも今日でお別れ。

ばいばい。

2011feb28_01

追記:

先ほど私の好きなパワー・ストーン・ショップ、クロージョーアイズさんから、

『ニュージーランド地震救援金チャリティ品』のお知らせがきました。

なんと通常価格10500円のローズ・シリシャス・シストのハイパー・エナジー・ブレス

レットを200個限定で3000円で提供し、その売り上げの全てをニュージーランド大

地震義援金として日本赤十字に寄付されるそうです。

興味のある方、詳しいことを知りたい方は以下のリンクをご覧ください。   

 Close Your Eyes    →  ニュージーランド地震救援金チャリティ品

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Abandoned Garden

Nrose02

庭の主がいなくなって、庭だけが取り残される。

それはいつだってさびしいものだ。

実家は集合住宅の1階だから、一戸建ての庭とは遥かな違いだけれど、ベランダの

外に広がるわずかな庭が母の庭だった。猫の額ほどの庭だけれどそこには様々な

植物があって、丹精していた。今では自力で生き延びているもの以外はみんな枯れ

てしまったのではないかと思う。母は洒落の好きな人で、ときどき訪ねていくと玄関の

ドアには『ただいま庭に居ります』なんて札がかかっていたりした。札には他に『ただ

いま金欠中。セールスお断り!』なんてのもあって、そんなのももう処分してしまえば

いいと思うのに、今でも玄関を入ると脇にかかっている。妹は捨てられない人だ。


ここに引っ越してきたとき、1階に住んでるおばあちゃんがガーデニング好きな人で、

彼女の部屋の前の庭にはバラが数株植えられていた。私が興味のない、強健・直立

・大輪の、凶暴そうなトゲだらけの太い幹をしたハイブリッド・ティーだったけれど、植

物になんかまるで興味のなさそうな住人が多いなか、バラ好きな人が同じ階段に住ん

でいるのは嬉しかった。

引っ越してすぐの頃、鉢植えで大きくなりすぎたピエール・ドゥ・ロンサールを地植えし

てもいいかと彼女に尋ねたことがある。下の庭はほとんど彼女のものだったから。

私はもっと日当たりのいいところに植えたかったけれど、彼女が「あそこなら」と指さし

たのが庭の端っこだったので、しかたなくそこに植えることにした。自分1人では4階

から降ろすだけでも無理だったから、庭師でライターの友人に来てもらって植えても

らった。そのピエールも心ない住人に根こそぎ切られてもうないけれど、おばあちゃん

がバラの刺で傷だらけになっているのを見かねて自分ではもったいなくて使えずにい

た皮の手袋をあげたこともあった。

でも、そのおばあちゃんももういない。

Nrose03_4   

認知症が進んで最終的に入院したところまでは知っているけれど、その後どうなった

のかもわからないまま、おととしだったか、息子がベランダや庭に置かれた鉢の整理

をしているのを見た。それからしばらくしておばあちゃんの部屋は空っぽになり、メン

テナンスの作業員がしばらく賑やかに作業していたけれど、それも終わると何事もな

かったように表札が消えて空家になった。

そして去年の初冬の頃、今日みたいに寒い灰色の日のことだ。

買い物に行こうと下に降りて行ってハッとした。

目の端にピンク色の何かが映ったからだ。

庭というにはあまりにシャビーな寒々しい庭に出てみると、おばあちゃんのバラが咲

いていた。

それは誰にも手入れされなくなって花がらや病葉や枯れ枝が付いたままのなんとも

哀れなバラの木だったけれど、それでも残った蕾は暗い空に向かって晴れやかに

咲いていた。正直言って、おばあちゃんのバラを初めて美しいと思った。

それでまたここの住人に無下に伐採されてしまう前に、剪定もかねて咲いているバラ

を数本もらってきたのだった。

ただ私が個人的にきれいだと思っただけで特別良い写真でもなかったからボツにして

いたのを、昨日の記事を書きながら思い出した。

Nrose

そして今日のタイトルの『Abandoned Garden』はマイケル・フランクスのアルバムから

とったもので、このアルバムはアントニオ・カルロス・ジョビンが亡くなったあと半年後

に制作されたジョビンへのトリビュート・アルバム。

ジョビンの家は、リオ・デ・ジャネイロの緑豊かなコルコバードの丘の麓にあって、ウッ

ドデッキには極彩色の鳥がたくさん飛んでくるような家だったというし、歌詞の中には

ジョビンの庭も出てくるから、このタイトルはそのままジョビンがいなくなった後の庭を

さしているのかもしれないし、ジョビン亡き後のマイケル・フランクスの心の比喩なのか

もしれない。人の一生のうちで運命的な出会いというのがいったいどれだけあるかわ

からないけれど、マイケル・フランクスは出会ってしまったのだ、ジョビンに。

それはマイケル・フランクスの人生を変えてしまうほどの出会いだったに違いない。

ハイクオリティーな音に豪華なゲストミュージシャンはいつものことながら、そこには初

期のアコースティックなボサノヴァ・サウンドが戻っている。特にタイトル・チューンとな

った『Abandoned Garden』は歌詞もメロディーもとてもいい。特にサビの部分『サンバ

が終わっても/わかるんだ/その声/そのピアノ/そのフルートの/音のなかにあなたは

いるのだと/そしてあなたのなかの音楽は流れ続ける/悲しくも/今は亡きアントニオ』

のスロー・サンバのところは泣ける。

大した効力はないかもしれないけれど『そうきちさんのお墨付き』ということで(笑)、

マイケル・フランクスは好きだけれどこのアルバムは聴いたことがない、という方はぜ

ひ手に入れて聴いてみてください。

 ABANDONED GARDEN / MICHAEL FRANKS

  Abandoned_garden_3 Abandoned_garden_01_2 

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2011年2月27日 (日)

母とともに消える美しい家と庭の記憶/夏時間の庭

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映画の冒頭シーンで、いきなり目に入ってくる輝くばかりの緑と子どもたちの声にまず

癒される。そして、ここがフランスのどこかの郊外であることをわからせてくれる。緑の

なかを走りまわる生き生きとした子どもたちは都会の子のようじゃない、まるでリスの

ように敏捷だ。

それから、昼食のために戻ってきた子どもたちが入ってゆく瀟洒な家。

彼らの実の祖母かと見紛う家政婦はゆっくりした動作でチキンをオーブンに入れる。

庭のテラスではシャンパンを抜く音。

さんざめく緑の下のテーブルに賑やかに集まった家族の中心にいるのはシルバーグ

レイのボブカットの女性で、どうやら今日は母である彼女の誕生日らしい。75歳の。

75歳?!

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この実に才気煥発そうな自由闊達として生き生きしたチャーミングな女性が75歳?

信じられない!

まずそこで私の思考は止まってしまう。

もしこんな風に75歳になれるなら75歳もありかもしれない、と思わせる。

だが、知的であるということは人を幸福にするだろうか? わからない。

邦題である『夏時間の庭』の『夏時間』とは、この映画で物理的に言えば冒頭から十

数分のこの誕生日のシーンとラストシーンだけだ。

それで、この最初のシーンが限りなく幸福感にあふれているかというとそうではない。

母の誕生日に久しぶりに集まったのは長男、次男、長女の3人と、兄弟2人の妻とそ

れぞれ2人の子ども、つまり4人の孫たち。彼らきょうだいが母のことを思っているこ

とは確かだけれど、ニューヨークでデザイナーとして活躍しているらしいアメリカナイズ

された娘(ジュリエット・ビノシュ)は明らかにどこか退屈しているし、経済学者である長

男は母が経済学にまるで興味がないのに自分の本を送ってこいという母にムカつい

ている。長女同様アメリカナイズされた次男も中国でのビジネスに忙しくておよそこの

家に帰って来ることはないようだ。

そして魅力的に見えた母も実は充分に疲れていて孤独であり、75歳の誕生日を迎え

たことで自分の死期がそう遠くないことを悟り、自分の死後の遺産の処分を長男に託

すのだった。そう、この瀟洒な家はかつて高名な画家だった大叔父ポール・ベルティ

エのアトリエであり、オルセー美術館から寄贈を請われるほどの国家的美術品、美術

的価値のある家具調度やガラス工芸品などであふれた家なのだった。

いつだって子どもというものは親がそんなに簡単に死ぬなんて思っていないものだ。

ましてこの家の母、エレーヌのようにまだ充分に美しく、矍鑠としてアクティブであった

りすればなおのこと。

でも、その元気だった母もあっけなく死に、あとには膨大な遺産が遺される。

フランスにずっと住んで3人のきょうだいの中では最も母に近いところにいて、この家

にも、この家が持つ思い出にも格別愛着がある長男フレデリックは、家をそのまま残

して何ひとつ売ることなく、家政婦のエロイーズに管理してもらうことを提案し、あとの

2人もそれに同意してくれるものと思っていたけれど、実際はそうではなかった ・・・

前半は母の誕生日から母の死まで、後半は母の死後、きょうだいそれぞれの心の内

にあることと、遺された美術コレクションや家がどうなってゆくかが淡々と語られる。

折しも個人的にはいま『豊かさとお金』についてのセミナーを受けていて、日々そうい

ったことを考えているところだったから、そういう観点からも興味深かった。

まさしく母親エレーヌの、恋とアートと美しいものに囲まれた人生、この美しい家と庭

は私の思う豊かさそのものだったから。

でもひとたび、その美しいものの核を成していた人間がいなくなってしまえば家はただ

のがらんどうになり、日々使われていた家具調度もただの歴史的価値のある美術品

になってしまう。つまり物は物であって、それを生たらしめて充溢させているのは人の

スピリットにほかならないのだということ。

では、家も美術品も無くなったあと家族には何も残らなかったかと言ったら、もちろん

そうではない。ここで過ごした子ども時代の思い出、母の思い出、家や庭の思い出、

様々なシーンの映像は深く胸に刻まれているだろう。そして、それはもっと後、10年

後、20年後になってもっともっと鮮やかに切なく思い出されることだろう。

そして、お金になって分割されたものは彼らの将来にとって役立つだろう。

それは生前、母が希望するところでもあったのだ。

長男というのはどこの家でもセンチメンタルなものなのか、どうかわからないけれど、

過去より現在、未来に意識が向いていて過ぎ去ったものに執着が無く、ドライにも見

える長女や次男と違って、心ならずも愛着のある家や絵画を手放すことになった長男

のフレデリックは見ていて少々かわいそうだけれど、ラストのシーンでちょっとした救い

が訪れる。

公式サイトを開くと『誰にでも思い出が輝く場所がある』というコピーが出てくるけれど

一見ドライな現代っ子にしか見えない孫娘にとってもこの家と庭は思い出の輝く場所

だった、ということだ。

私にだって思い出の輝く場所はある。

この映画みたいな瀟洒な屋敷と広大な庭などではなく、ごくごくシャビーな昭和レトロ

な場所だけれども。


この映画は最近親しくさせてもらっているコトリ花店のオーナー、永島理夏さんがショ

ート・エッセイを書いていたことから知って今回観ることにした。

個人的には最初の夏時間の庭でのシーンがもっと美しく幸福感のあふれた温かなも

のだったら後にもっと余韻が残ったのにな、というのと、画家であった大叔父や、母の

秘密の恋を暗示させる映像が少しでもフラッシュ・バックで挿入されていたらもっとイメ

ージが豊かになっただろうと思う。

悪く言えばそっけない、良く言えばフランス人的大人の映画。

とくべつ名画とも傑作とも思わないけれども、頭の中にはいくつかの忘れ難い美しい

映像が残っているから、映画としてはそれで充分なのだと思う。

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2011年2月26日 (土)

春1番が吹いて

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昨日、夜半遅くまで吹き荒れた風の音は凄かったけれど、昨日の強い南風が春1番

だったことを今朝になって知った。

そんな夜中のこと、ここ数年くらい会っていなかった友人に送ったメールの返事が1時

になろうかというころ返ってきて、彼女が去年の11月から12月にかけて入院していた

ことを初めて知った。てっきり、便りのないのは元気な証拠かと思っていたのに・・・

かつてガンの治療で受けた放射線による慢性型後遺症で内臓ボロボロらしい。

メールの文字を読みながら、いつか、その放射線治療の直後にプランタン銀座近くの

カフェで彼女に会ったときのことをありありと思いだした。が、それがいくつのときのこ

とだったかもう正確に思い出せない。そのときは今まで見たこともないくらいに痩せて

しまった彼女もしだいに回復してもとのふっくらした体型にも戻り、いつも通りの化け

もの並みの元気さでハードに働いていたのに、いまさら内臓ボロボロってどういうこと

だろう。それが放射線治療の副作用ということか。

病気をした後もライフスタイルを変えなかった彼女。

それが必要であったとしても、ハードな仕事に接待に並はずれたお酒に煙草に・・・

それがぜんぜん関係なかったわけじゃないだろう。

私だって見た目10以上若いとか言われて一見どこも悪くなく健康そうに見えるけれ

ど、内実は年相応に年々不調が出てきていて、ただ医者に行かないから病名が付

いていないだけなのかもしれない、と思ったりする。(世の中の人は医者に名前を付

けてもらうのが好きだ。)彼女にくらべたらずっとヘルシー・ライフをしている私がそれ

なんだから ・・・

彼女のメールは夜遅くて疲れていたせいか、いつものような絵文字もなく数行のタイト

な文面で、最後は「もう少し暖かくなったら会いましょう」で締められていた。

それに返信したメールに返事はこなかった。


今朝起きていつものように窓を開け放つと、ベランダにフジのさやがぱっくり2つに割

れて落ちていた。去年、sumigonさんにもらって書棚に置いておいたフジの実バクダン

がいっこうに破裂しないので、おととい4つまとめてベランダのフックに吊るしておいた

のが、いつの間にか破裂していたのだ。もうすっかり乾いてカツオブシみたいに固くな

っていたのに。しっかり4つのさやを輪ゴムでとめて、その上ひもでグルグル巻きにし

て吊るしておいたのに。なんという破裂の威力!

それから、プールに行くのにシャワーを浴びて出てきたら、私がバスルームにいる間

にまた破裂したという。中から飛び出た種がガラス窓に当たって凄い音がしてびっくり

した、と息子。う~ん、私はその音が聞けなくて残念。


始まる時間ぎりぎりにバタバタとプールに行くとあやこさんが待ち構えていて、私を待

ち伏せしていたのだという。「このあいだはごめんね」と言うから「何が」と聞けば、「海

老で鯛釣るどころか団子で鯛釣るみたいになっちゃって」と言う。私が作った布草履を

たいそう気に入ってくれたのだそうだ。娘も自分で作ろうと材料を買いに行ったけれど

材料は高いしうまく作れないしで、前から欲しかったからとても嬉しかったみたい、と言

う。それだけ聞けば私は充分なのに、何やらまた袋をよこした。更衣室に入ってから

中を見ると、ポッキーとか子供騙しなお菓子が入っていて、こういうとこ、ますます自分

のばあちゃんみたいで可笑しくなった。ほんとにいい人だなあ。


2月のラストはKコーチ。

クロール、バック、平をキックと片手プルとスイムでそれぞれ25ずつ。

それが終わった後プールを歩いていたら、Kコーチが近づいてきて、小声であるコーチ

が3月で辞めることを教えてくれた。なぜ私にだけ教えてくれたのかわからない。

理由を訊くと、最近祖母が亡くなって、認知症の祖父を介護しなければならなくなった

から、ということだったけれど、まだ20代前半の子なのに、他に看る人はいないの?

介護をしたからって収入が入ってくるわけじゃないのに、この就職難のときに仕事を

辞めてしまって本人の生活は、自立は、人生はどうなるの? 

・・・ なんていうことをプールを歩きながら一気に考えてしまった。

これでますますちゃんと教えてくれるコーチがいなくなるなあ、というのと、みんなほん

とにいろいろ大変なことを抱えているんだなあ、というのと。

『春1番』というのは素敵な言葉で、四季折々の季節の変化を愛でて、そこに心の機

微を重ねる日本人の感性も素敵だけれど、春1番が吹いて訪れた幾つかのニュース。


プールから帰るといつも洗濯機をまわしながら今日2回めの遅い食事を作る。

食事をして洗濯物を干そうとベランダに出たら、残りのフジの実バクダンもぜんぶ破

裂していた。けっきょく、ひとつも現場を見られなかった。

さやが落ちてる辺りを見ると種も2つ落ちていて、手にとって見るとなかなかきれい。

私は鉱物好きなので、ちょっとタイガーズアイみたいだな、と思う。

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表皮はぶ厚く、とても固くて、これが地面に落ちて芽を出そうなどとはとうてい思えな

いくらいだ。

本日、ただの日記。個人的な記録として。

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2011年2月25日 (金)

春風

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今日は朝起きて窓を開けたときから外の空気が異様に暖かかった。

それもそのはずだ。

今日の最高気温20度!

セーター1枚で外を歩いてちょうどいい。

とりたてて春の景色は切りとれなかったけれど、木々の枝の先が淡い空の青に溶け

るように萌えっとしているのが春らしかった。春風に飛ばされていくひとひらの雲。

そして昨日の朝、何気なく桜の枝を見ていたら、枝についた芽だと思っていたものが

トコトコと歩き始めてぎょっとした。

この写真じゃちょっとわかりにくいのだけれど、虫が擬態してるのわかるでしょうか?

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風が吹いて枝が揺れると虫も揺れる。

でも、しっかとつかまっているのか落ちるような失態はしない。

あくまでポーカーフェイス。

虫嫌いの息子はたかがこれくらいの虫を「こわいね」と言うのだけれど、どこがこわい

もんですか。私なんかだんだん観察しているうちに愛着が湧いてきて名前つけようか

と思ってるくらいだもんね。

それから今朝、土居珈琲さんから定期宅配の珈琲豆が届いた。

それでやっぱり入ってた!

毎年、誕生月に送られてくる珈琲豆のプレゼント。

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一般販売はしていないという豆、コスタリカ・ハニーツァルキー。

これがまたおいしいのよ。

年間、珈琲豆にかかるコストを考えると贅沢かとも思うけれど、私はお酒も煙草もやら

ないし、スウィーツなんてものもごくたまでいいし、用事があって1人で出かけると外食

どころかお茶もしないで帰って来るから、これくらいはいいかなと思う。

それに何よりこの土居珈琲さんの気概が嬉しい。

さっそく封を開けて3人分の珈琲を入れた。

誕生月もあと3日。

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餃子ピザ

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先日タコライスを作ったときに余ったシュレッド・チーズと、昨日あまってしまった餃子

の皮で即席ピザ。

大判の餃子の皮の上にピザソース、さいの目切りにしたトマトとピーマン、それにチ

ーズをのせてヒマラヤブレンドソルトもちょこっと振ってオーブントースターで焼くだけ。

写真のはちょっと焼きが足りなかったのだけれど、しっかりキツネ色になるまで焼くと

パリッとクリスピーになってほんとに小さなピザといった風。けっこういける。

今朝の朝ごはん。

餃子の皮が余ってしまったときに。

お試しあれ!

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2011年2月23日 (水)

sumigonさんからムクロジ届いた。

11mukuroji

昨日、なんだかくたびれ果てて、もう7時もまわってから夕飯の買い物に行き、帰りに

ポストを見たら、請求書や迷惑千万なかさばるDMに混じってsumigon さんからの

封書発見。それで元気に4階まで上がって行って、とるものもとりあえず荷物をデン!

と床に置いてすぐさま封書を開封したら ・・・ 出てきたのは今年のムクロジの実。

たぶん、とれたての。

しかも、こんなかわいい巾着に入って。

11kincyaku

これは先日、sumigon さんのブログに紹介されてたヤツだ。

私の娘のカーディガンの余り毛糸もちょこっと使われてる。

色合わせといい、ほんわりした質感といい、なんともかわいい。

だいいち巾着ってところが懐かしい。

母が編んだこんなのを子どものころ持ってたような ・・・

昨日はちょうどお気に入りのピンクのカシミヤのセーターを着ていたこともあって、な

んともまぁ、おあつらえむきな。しばし、そのほわほわにさわってニマニマと手仕事の

あったかさを味わいました。

それで、私はこれに何を入れよう? と考えたのですが、飴を入れて持ち歩くことにし

ようと思います。前に大阪の取引会社の男の人に、「関西のおばちゃんって知らない

人にもミカンくれるってほんとですか?」と聞いたら、「自分はミカンは経験ないけど、

アメならよくくれますよ。飴ちゃん、言うんですよね」と言っていたので。

私は仕事のときは男みたいなパンツ・スーツ着て、同じく男のスーツみたいなピンスト

ライプのアン・ジュール・アン・サックのトートバッグといういたって無機質な恰好をして

いるから、そのトートバッグの中にこんなピンクの巾着が入っていて中に飴が入ってい

たら、何やら和みそうじゃないですか。プレゼンがどうやら不発に終わって仲間と気ま

ずく帰る帰り道も、「飴、食う?」みたいな。ね。・・・

瞬く間にそんな想像をするアホな私をよそにさらに巾着の中に入っていたのはこれで

した。見るなり、ぎゃん! となりました。

11donguri

でっかいどんぐりのついたストールピン!

まったくもってこれって私のツボでした。

こんなに木の実に反応する私の前世は鳥かもしれぬ。

娘に見せたら「こういうの見ると顔つけたくなっちゃう」とか言うのだけれど、顔なんか

つけないところが、さすが大人のsumigon さんです。

ところで、うちの近所の大量のヒマラヤスギですが、ちっとも実がなりません。

と思って今日検索したら、ある方のブログでこんな記事を発見!

 実はヒマラヤスギには面白い話があります。種がどこかへ飛んでゆき発芽して… 

 50年くらいはみんな雄の木なのだそうです。それを過ぎた頃から「そろそろ子孫を

 残そうか」ということになり、雌の株に性転換するんですって! 

 すごいシステムですね!

が~ん!・・・・・ ぜんぶオス!

それで生らなかったのか・・・。と、今になってやっと納得。

つまり、実の生る木のほうが稀、ってことですか。

これはもう地道に探すしかないですね。

ますます深まる植物の謎。

私にとっては鳥も謎だし、これだけ謎が多いと生きてる甲斐があるってもんです。

・・・ というわけでsumigon さん、私のシダーローズは来期まで待っててくださいね♪

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2011年2月22日 (火)

さくら、満開

11sakura

昨日買った桜の枝、昨日写真を撮ったときは買ってすぐでわずかしか咲いてなかった

のに、暖かい部屋に入れたら一気に開いて満開になってしまいました。

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それで暖かい部屋でホットチョコレートなど飲みながら、昼も夜もひと足早い満開の

桜を眺めています。

11sakura_02

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2011年2月21日 (月)

寒桜

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今日、母の命日。

11年前の今日、母は亡くなった。

朝、電話が鳴って急いで病室に駆けつけたときには母は虫の息だった。

私の呼びかけにもう応えることはできなかったけれど、瞑った目から涙が一筋頬にこ

ぼれたから、ちゃんと聞こえていたのだと思う。人間の感覚のなかで聴覚が最後まで

生き残るとは聞いていたけれど、本当だったのだ。

それから息をひきとった。

正確な時間は憶えていない。

母は肺ガンだったから、最後の方はとても苦しんだ。

息ができなくなって死ぬという恐怖は後々まで私を苦しめた。

夜中にこわい夢で目覚めても私にはもう不安を安堵に変えてくれる人はいなかった

から、その恐怖はことさらだった。いま、プールで泳いでいて水の中で息ができなくな

ってもその恐怖を思い出すことはないから、それももう乗り越えたのだと思う。

母のガンは治る見込みがないことを医者から聞いてはいたけれど、かといって現実

的にそんなに簡単に死ぬとも思っていなかった。母には少しでも元気になってもらい

たくて、治って退院したら家族みんなで京都に桜を見に行こうと言っていた。それで、

仮退院で母が家にいる間はよく寒桜をみつけては持って行った。

けっきょくそれは成就しないまま終わったけれど、その年の春は桜を見てよく泣いた。

友人には危ないから夜中に徘徊するんじゃないと言われていたけれど、夜な夜な出

かけて行っては一人夜桜。満開の桜の樹の下で煙草をゆっくり3本くらい喫って帰っ

てくる。そうでもしないと、ゆっくり息を吸って吐くこともできなかったのだ。

いまではもう煙草を喫うこともないけれど、メンソール煙草は今でもときどき恋しい。

それから11年、父はよく生きた。

4月が来ればもう80だ。

今年は傘寿のお祝いをしなければ。

さっき電話をしたら、父はちょうど母のお墓参りから帰ってきたところだった。

祖父は信仰深い人だったけれど、父は律儀な人なのだ。

私も一緒に行きたかったけれど行けなかった。

代わりに午後、花屋に行って寒桜を買った。

今日はコトリさんではなく、近所のフラワーボーイへ。

きっと今時期は桜の枝があるだろうと思って行ったらやっぱりあって、いいのを一枝わ

けてもらった。フラワーボーイさんは今日は滅茶苦茶かっこいいヘアスタイルをしてい

て、ますます美容師みたいだった。そう言うと、半年ぶりに昨日切ったばかりなんです

と言うから、そのカットはすごい、カットの上手い美容師はちゃんと押さえておいたほう

がいいよ! なんて会話をした。日常は瑣末なことであふれているのだ。

桜の枝は大きいのと小さいのとあって、小さいのを選んできたのに家に持って帰って

みたらけっこうな立派な枝で、大きな花瓶に桜の枝を生けたら部屋がギャラリーみた

いになった。

11kanzakura02

それから、いちご大福。

清水焼きのお皿にのせたら春が来た。

11ichigo_daifuku_01

母は清水焼きもいちご大福も大好きだった。

母が亡くなってしばらく後に器屋で働くことになったときは、母が生きてたら私より喜ん

だろうなあ、とひどく残念に思ったものだ。人生ってのは実にうまくいかない。

母が最初のガンで入院した日がよりにもよって私の誕生日だったり、亡くなったのが

また2月であったりしたことで母とは実に因縁が深いと思うけれど、2月は息子が交通

事故に遭ったりした月でもあり、私にとってはいつもあまり良い月ではなかった。

それもここ数年、やっと穏やかに過ぎるようになったような気がする。

今月もあと残りわずか。

弥生三月はもう桜の季節だ。

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2011年2月20日 (日)

味噌だんご

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今年の味噌だんごです(^-^)

味噌だんごっていうのは、塩と混ぜた麹をゆでてつぶした大豆と混ぜてだんごにした

もの。ここまでやるのが大変で、ここまでやってしまえばもう味噌作りも終盤です。

あとは保存容器に詰めるだけ。

今年は麹を倍にしたので去年より量が多くて大変だったけれど、なんとかできました。

今年も大豆をゆでるのは大きな鍋と炊飯器の同時進行で。

つぶすのは今年は擂り鉢でやってみようとやり始めたのだけれど、いざやってみたら

想像以上に大変で、途中からフードプロセッサーである程度なめらかにしてから擂り

鉢に入れる、という、こちらもダブルでいきました。

非力な機種とはいえ、やっぱりフードプロセッサーは早い。

味噌だんごができたら、あとは消毒した保存容器に叩きつけるように投げ入れて空気

が入らないようにしっかりかたく詰め、平らにならしたら終わり。

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カビが生えないように塩少々をふり、酒粕を敷き詰めて蓋をした上にラップをきっちり

密着させたら皿1枚を置いた上に重しの塩1キロの袋をのせる。蓋をかぶせて紙で覆

い、紐でしっかり縛ったらこれでしばしキッチンの下で眠ってもらいましょう。

ふぅ~、疲れた。。。

早くも腕は筋肉痛です。なんとヤワな現代人。

でも、今年も無事に味噌の寒仕込みが終わってホッとしました。

この次、蓋を開けるのは夏が終わり、そろそろ肌寒くなってくる11月頃か。

今年はどんなお味噌になっていることでしょう。

今からとっても楽しみです♪

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2011年2月19日 (土)

今年も味噌の寒仕込み

11miso

今年もWAYS SHOPさんから『国産無農薬大豆の手作り味噌セット』が届きました!

味噌の寒仕込みをするのも今年で2回め。

去年は国産無農薬大豆1キロ、無農薬玄米麹1キロで約3キロの玄米味噌を作りま

したが、今年は麹を倍の2キロにして約4キロの玄米味噌作りに挑戦。

そして、ほんとはもう少し先に届くと思っていた味噌セット。

この週末に届くことをおとといメールで知らされて、あわててフェアリーブルーさん

無理を言ってヒマラヤ・ブレンドソルトを送ってもらいました。

いまや我が家の食卓にはなくてはならないヒマラヤソルト。

これを初めて使ってペペロンチーノを作ったときは急に自分の腕が上がったんじゃな

いかと思うくらいおいしかったし、ヒマラヤソルトのお陰で味噌もまったくカビることなく

まろやかな味になったと思うから、やっぱり今年もこれです!

使ったことない人はぜひ試してほしい。

私は梅干し作りのときもこれです。

11miso_02

そして、創業1675年京都伏見の蔵元(月の桂)で醸造した貴重な搾りたての酒粕。

これで最後に味噌にフタをするのがWAYS さんおすすめの作り方。

アルコール消毒、ってくらいのものなので雑菌が入るのを防ぎ、カビが生えるのも防

いでくれるらしい。さらに酒粕でフタをした場合は天地返しの工程は省略してもいい、

というのですから便利ですね(^-^)

去年はこの酒粕があんまりいい匂いがするのでぜんぶ敷き詰めてしまうのがもった

いなくなって、少し残しておいた分で甘酒を作ったのだけれどおいしかった!

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・・・ というわけで材料もそろったのであとは気合いを入れてやるだけなんですが、去

年やってみて、ほぼ1日がかりでそうとうクタクタになることがわかっているものだから

かなりの気合いと覚悟が必要です。

そして。

去年発足したこの味噌倶楽部、いまのところ私入れてメンバー2名なんですが、今年

は唯一の相棒がどうやら棄権したらしいので、現在新メンバー募集中です。

一緒に作るわけじゃないけれど、同時期に作ったら今年の晩秋くらいには食べられる

ようになるので、お会いできる方とは都内某所で味噌交換会でもいたしましょう。

ぜひぜひ! ご参加お待ちしております。

味噌作りの手順は去年写真付きでブログに載せたので今年は割愛するとして、去年

の記事を参考になさってください。

それではやってみよう♪ という方は、WAYSさんはすでに今年の味噌セットの予約

注文は終わってしまったけれど、私がいいなと思ったサイトを下にご紹介します。


  こうじや(鈴木こうじ店) →  手作り味噌の店

  池田屋醸造  → 味噌は自分で作ろう!


お味噌を作るのは大変だけど、自分で作ったお味噌はおいしい!

それに何より安全で健康的!

1回覚えてしまえば(材料さえそろえば)、たとえアフリカに行っても作れる!

我こそは、という方は右下の『メール送信』からご連絡くださいませ。

あなたのご参加、お待ちしています♪(^-^)

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2011年2月16日 (水)

アルパカのスヌード

11snood

もう友達に贈るぶんもぜんぶ編み終わって送ってしまったから編む必要はないのだけ

れど、なんだか編むのが止まらなくなって編みものをし続けている。

先日、初めてマフラーキットなるものを買って編んだら、10号棒針指定のところを15

号にしてゲージ通りに編んだにもかかわらず毛糸が1個足りなくなっちゃって、追加で

頼んだら、それがまたなかなか届かない。

それで、それが届くまでのあいだにめずらしいアルパカ・ループ・ブークレーの毛糸を

手に入れて、スヌードを編んだ。

ただ素編み(メリヤス編み)で130センチ編んで、輪につなげただけのシンプルなスヌ

ード。

11snood_03

でも、もともとの糸がループが入ったブークレー調の糸だから、それだけで味わいのあ

る編み地になってボリュームも出た。色はモカブラウンということだけれど、編んでみる

とグレーのほうが勝っていて、ねず茶といった風情。パッと見、地味に見えるのだけれ

ど、巻いてみるとこれがなかなかお洒落。

糸が細かったから2本取りでもちょっと時間がかかったけれど、編み上がったあと1度

洗ってスチームをかけたら、よりいっそう柔らかくなってふかふかになった。

アルパカだからもちろん全然ちくちくしない。

まず、そのままの長さで首からかけると、こんな感じ。

11snood_01_2

二重巻きにして、こんな感じ。

11snood_02_2

このスヌードってやつ、最初見たときはなんだか全然ピンとこなかったのだけれど、実

際に巻いてみると首元がすごくあったかいし、動いたり、風で煽られたりしてもマフラー

みたいにパラっと肩から落ちることもないから、寒いところで作業したりするときには便

利かもしれない。

・・・ ということで、これはいつも寒いところで働いているあのひとのところへ。

今月、誕生日でもあることだし、似合いそうだし。

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ふっかふかのモフモフ。

すごくあったかそうです(^-^)

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2011年2月15日 (火)

エスペランサ流室内楽?/ Chamber Music Society

Esperanza_spalding

昨日はほんとにびっくりしました!

まさかと思っていたエスペランサ・スポルディングがグラミーの最優秀新人賞を獲った

から。前日のラジオを聞いててもマークはされていたものの他のアーティストのことば

かり押しているから、てっきり獲れないだろうと思っていたのに・・・

なんという快挙! そして、素直にこんなに嬉しいのも久しぶり!!

そしてエスペランサの最新アルバムであるこの『Chamber Music Society』も、ファ

ースト、セカンドともにまだ国内未発売のときにアメリカ直輸入で買った私ですから当

然予約して買っていたのだけれど、いままでここで紹介しないままになっていました。

その理由はストレートに言ってしまうと、あまりピンとこなかったから。

正直なところ、初めて聴いたときは「いったい誰がこの子の頭を抑えたんだ?」と思っ

てしまった。もちろん、それは事実とは違うのかもしれない。

でも、それくらい前作『Esperanza』とは違っていた。

期待が大きかっただけにがっかりした。

私と同じように、実質ワールド・デビューとなった前作『Esperanza』を聴いて彼女を好

きになった人ならこれはきっとわかってもらえると思うけれど、前作にあった、それこそ

弾けるスプラッシュのような瑞々しい勢いはすっかりなくなってしまっていたのだった。

もちろん、どんなミュージシャンにとってもレコーディングの機会というのはチャンスに

他ならないだろうし、エスペランサほどの引き出しの多さを持ったアーティストならやり

たいことはいっぱいあるだろう。でも(あくまで)私的には凝りに凝ってハズシタ、という

印象を受けた。それは音楽をやっている息子もほぼ同評価。

それでも、これはこれでエスペランサ流フェアリー・テイルと思えば悪くはないし、聴く

ときを選べばいいかもしれない、と思ってCDラックにしまったままにしていた。

それを今回、あらためて聴き直してみました。

まず、室内楽というだけあって弦楽器メインで前作のように私の好きなレオ・ジェノベ

スのピアノとの絡みは少ない。(私はそれこそが好きだったわけですが。)したがって

前作のようなJAZZスタイルではなくクラシカル。エスペランサのヴォーカルも妖精の

羽のようなスキャット中心で、ヴォーカルというよりヴォイスをフイーチャーしたという

感じ。ただ3曲めあたりまではリラックス感はあるけれどテンションは低い。4曲めの

『チャカレーラ』あたりになって、この感じ(グルーヴ)はもしかしたら坂本龍一なんかが

好きかもしれない、という気がしてくる。(どこか坂本教授の『IN THE LOBBY』を彷彿と

させる感じ。)5曲め『ワイルド・イズ・ザ・ウィンド』はいきなりブエノスアイレス。もろピア

ソラ風の曲なのだけれど、エスペランサのヴォーカルは少々ヒステリックで個人的には

パス。歌詞カードは今回付いてたかな、見てないからわからないのだけれど曲の感じ

からいって今回は前作よりアッケラカンと明るい感じじゃなくてだいぶ歌詞の内容が重

くなっているんじゃないかという気がする。そして6曲めの『アップル・ブロッサム』で大

御所『ブラジルの声』、ミルトン・ナシメント登場。これはファースト・アルバムからブラジ

ル音楽への強い傾倒を見せているエスペランサにとっては夢の競演だったんじゃない

かと思われる。歳をとってだいぶ声が出なくなっても相変わらず森の精霊のようなミル

トンと、キラキラのピクシー・ダストを振りまく妖精のようなエスペランサのデュエット。

そして9曲めの『ウィンター・サン』になっていきなり良くなる。つまり、ここでやっと前作

からのJAZZスタイルの流れに戻るわけ。テリ・リンのタイトなドラム(実は私は好きじ

ゃないけど)とレオ・ジェノベスのドキドキするようなピアノ。エスペランサの伸びやかで

勢いのある自在なヴォーカル。

エスペランサはやっぱりこうでなくちゃ! と思わせる。

以降、ラスト12曲まではとても良い。

・・・ ということで、あらためて聴き直したらいろいろ発見のあったこのアルバム。

最初はなんだかわからないけど、噛めば噛むほど味の出るイカのようなアルバム?

という感じでしょうか。

聴く時間帯で言うなら、前作が朝1に聴きたい元気になるアルバムなら、このアルバ

ムはちょうどこれを書いている今みたいな夜中に聴くといいアルバムかもしれない。

ともあれ、彼女が多彩な才能を持ったキラキラ光るお星様のような子であることはたし

か。それに才能が天才級な上にエスペランサのルックスはものすごくキュートでチャー

ミングなのだ。J-Waveのアンドレア・ポンピリオも「輝くばかりの美しい笑顔!」なんて

もうメロメロでしたもんね。それを恥ずかしげにかわすウィットに富んだ会話もなんとも

聡明で楽しかった。それに何より、名門バークリー音楽院の最年少講師ということで

自分のことだけにとどまらない大きな視点で、方向性に悩むJAZZの仲間や後輩たち

を引っ張ってゆく存在になりたい的なことを言っていて器の大きさを感じたし、そういう

エスペランサに今回グラミー賞が与えられたことはまったく無駄ではないと思う。

なんたってこの先生はビルボードのコンテンポラリー・ジャズ・チャートで1位になり70

週以上にわたってチャート・インするという快挙を成し遂げ、グラミーまでもらったアー

ティストなのだから。JAZZ、なんていういつの時代も生き難い世界で後を追う生徒や

仲間たちもさぞかし心強かろう。

しかもそれが身長158センチくらいのか細くてアフロの女の子なんだから!

さて、下の写真はこのアルバムのライナーの中にあったもの。

このファッションといいポーズといい表情といい、ブリキのバケツに無造作に生けたポ

ピーの花といい、なんだかこれって少女漫画みたいじゃないですか?

あんまりかわいいので私はこの写真を娘にイラストにしてもらうことにしました。

できあがったらフレームに入れて机の上に飾るの!

・・・ というわけで、エスペランサ・スポルディングもレオ・ジェノベスも私は今後も要チェ

ックです。

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2011年2月14日 (月)

Love Dance

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From too much talk to silent touches

Sweet touches

We turned our hearts to love then tried it

First time romance

There in the quiet

Love learns to dance


We loved,we slept, we left the light on

The night's gone

And morning finds us caught in life's most

Sensible trance

Turn up the quiet

Love wants to dance


Old souls find new life

In hearts that are listening like ours

And old dreams find young wings

In silence, in silence


From too much talk to loving touches

Love touches

When pure emotion takes the moment

We take the chance

Turn up the quiet

Love wants to dance

Love wants to dance


( Ivan Lins / Gilson / Poul Williams )

*****************************************************************

本日、ヴァレンタイン。

ヴァレンタインに聴く音楽といったら、私はやっぱりこれ!

イヴァン・リンスのラヴソングばかりを集めたコンピレーション・アルバム、

 A quem me faz feliz

中でもジェーン・モンハイトとデュエットで情感たっぷりに歌うこの Love Dance はま

さにヴァレンタインの今日にぴったりじゃないかと思う。

たいていのブラジル音楽の場合、ポルトガル語で歌ったほうがいいことが多いけれど

これは英語の歌詞もとてもいい。毎度、聴くたびにサビの部分で「泣ける!」と思うの

は、私がいささか歳をとったから?

それこそ妙齢の、賢くて仕事のデキル女は「いいかげん幻想を捨てて1人で生きてい

くことを考えるべき」的なことを言うのだけれど、私にとってはそれってひどく無機質な

魅力のない発言で、そういう人にとってはあくまで幻想で終わることも、ハナから幻想

などと思っていない私には現実になるのじゃないか、なんて思ったりするのです。

私は『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』の中で、80を過ぎたような老ミュージシャンが

「人生にはいつも音楽と花とロマンスが必要だ」と言った、ああいうのが私はやっぱり

好きだなあ。

ちなみに上の写真はアルバムの裏ジャケットで、この写真を見た息子は「何これ、リチ

ャード・ギアみたい」とか言うのだけれど、「ふん。リチャード・ギアで何が悪いのさ」と

答える私です。

そういえばずいぶん前に、たまたま何かで当たったチケットでリチャード・ギア主演の

『Shall we dance?』を観に行ったときのこと、終演後にパウダー・ルームに寄ったら

そこでの女性たちの妄想のすごいこと。太ったおばさま方が「リチャード・ギアが後ろ

手に赤いバラ持って突然、現れたりなんかしたらどうしよう?」「きゃあー!」なんてや

っていて、そんなこと、ぜーったいに起こらないから心配しなくてもだいじょーぶ! と

思いつつ用をすませたのでした。

でも、たしかにこの黒いスーツできめたイヴァンは後ろ手に赤いバラを持っていても

おかしくない。で、そんなシチュエイションは大変、麗しい。シャツのボタンを開けて、

オーバー・シャツでスーツをカジュアルにドレスダウンしているところも好み♪

これもちなみに今朝聞いたところ、うちの家族は全員、好きな人に赤いバラをもらって

嬉しい人たちでした(^-^) 

ポール・マッカートニーは『When I'm Sixty-Four』の中で『ぼくが64歳になっても君は

ぼくにヴァレンタインにカードをくれるかい?』と歌ったのだけれど、1945年生まれの

イヴァン・リンスも今年でなんと66歳。でも去年の3月、やっぱり雪の降る寒ーい日に

丸の内コットンンクラブで見たイヴァン・リンスは少なくとも10くらいは若く見えました。

クラブ全体がイヴァンの発するハッピー・オーラで温かく包まれた日。

11a_quem_me_faz_feliz_3

そして今朝、コトリさんから3回目のお花の定期便が届いた。

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今日のお花はバラのグリーン・アイスとイルゼ、ラナンキュラスが数種にユーカリと真

っ赤なハートのようなガーベラ。

そして朝起きる前から今日は花だけじゃなくて何か届きそうな気がしていたのだけれ

ど、どうもそういう勘って当たるみたいで、友達からかわいいチョコレートが届いた。

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おあつらえむきにうさぎが3匹。

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今年は誰にもチョコレートを買わない・あげない代わりにチョコレートをもらった。

これも悪くないけど来年は本物の Sweet Valentine にしたいなあ ・・・

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2011年2月13日 (日)

鶏肉とほうれん草のカレー

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ずいぶん前から息子からリクエストされていた映画『ゴッドファーザー』。

この壮大な叙事詩とも言える映画を、やっと昨日ぜんぶ見終わりました。

パートⅠからⅢまで。

いやあ~、長かった!

ⅠとⅡはいつ主人公が殺られるかという緊張でクタクタ、そしてラストⅢを観終わった

後のなんとも言えない重苦しい疲れ。栄枯盛衰は世の常とはいえ、結末のなんと虚し

いことか。終末近く、最愛の娘が自分の代わりに凶弾に倒れるシーンで発狂しそうな

ほど慟哭するアル・パチーノはまるでシェイクスピアのリア王そのもので、ゴッドファー

ザーを観終わったあと私は無性にシェイクスピアが読みたくなってしまった。

ラストで見る影もなく年老いた孤独なゴッドファーザーの頭に去来するものは、若くして

結婚したシチリア生まれの美しい妻、大学時代を共にしたかつての恋人で2度目の妻

美しく成長した最愛の娘、三人の女たちとの光り輝くしあわせなダンス・シーン・・・

一見、目には目をの復讐劇が何も生まないという物語の虚しい主役であるこのアル・

パチーノだけれど、でもこのシーンをもっと大局的に客観的に観るなら、『ゴッドファー

ザー』という命がいくつあっても足りないような稀有な人生を年老いるまでサヴァイブし

激しすぎる人生の悲喜こもごもを味わい尽くした1人の男の物語、と観ることもできて

それはそれでよかったのだと思えなくもない。

しかし、息子が心酔するだけあって、いま観ても見応えのある映画であることは確か。

それで、これだけ長い映画を観るとなると主婦としては準備がなかなか大変で、映画

を観終わった後すぐに夕食が食べられるように、前日の夜にカレーを仕込んだ。

先日のアンチヘブリガンで食べた鶏肉とほうれん草のカレーを私なりに再現。

といっても男の道楽料理のように30種類のスパイスをブレンドして・・・ なんて悠長な

ことはやってられないので、こういうときは私は市販の『手作り用ケララカレー』をアレ

ンジして作る。

できあがりはアンチへブリンガンで食べたのにかなり近くなりました。

ポイントはセロリも人参も鶏肉もほうれん草も食べやすく細切りにするってことですな。

というわけで、このカレーはうちではアンチヘブリガン・カリーと命名。

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2011年2月12日 (土)

あやこさんの布草履

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先週の金曜日、あやこさんから電話がきた。

あやこさんは以前にスイミングクラブの同じクラスで泳いでいた、母親くらいも年の離

れた女性。奇遇にもたまたま誕生日が同じことから、私がちょこっとプレゼントをした

のがきっかけで、以来毎年誕生日前になると電話がかかってくるようになった。この日

も「あなた、明日来る?」という電話。あいにく私は体調的にスイミングには行けない日

だったのでそう言うと、「じゃあ、来週ね」と言う。それから、「娘からあなたに、って預

かってるものがあるのよ」と言うので、「なあに?」と訊くと「知らない」と言って、「ほら、

いつもお母さんの誕生日憶えててくれる人いるじゃない? あの人にあげて。って言わ

れたのよ」と言う。とりあえず次の週の土曜日に約束して電話を切った。

彼女には以前布草履を編んであげたことがあって、それをいたく喜んでくれて、去年の

夏だったか、「あなたが編んでくれた草履ね、主人が気に入って、あの人がいるときに

はいつも取られちゃうの、それで孫が来きたら来たで2人で取り合いして履くから、もう

だいぶボロになってきちゃったわ」なんて言うので、「わかった。また編むね」と言って

いたのだった。それを今年の誕生日までに編んでさしあげるつもりでいたのだけれど

娘さんから何か預かってる、なんて言われたら、娘さんの分まで編まないわけにはい

かないではないか。

・・・ というわけで、おとといから毎晩夜なべして布草履を編んだ。

と言っても、それ用にわざわざ材料を調達したわけではなく買い置きの中からだから

うまく色合わせができるかどうかわからなかったのだけれど、作ってみたらなかなか悪

くないかもしれない。最初は黒と紫のところに黒系の鼻緒は暗すぎるような気がしたけ

れど、からし色を入れたら一気に華やかになった。

これは、あやこさんの。

暦の上では春とは言っても、まだまだ寒い2月の闇の領分で濃密に香る沈丁花のイメ

ージから、『沈丁花』と名付けた。

11zouri_02

そして、これは娘さんの。

着物のような艶やかな鼻緒から『京雅』、と名付けた。

鼻緒の中にある紫と濃い緑を配して。

緑が入ったら思いのほか落ち着いた。

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どちらも『ふんわり鼻緒』と呼ばれる太い鼻緒で、ふんわり鼻緒が付いただけでちょっ

と高級な感じ。材料はいつも愛用のコットンビーズさんの。

11zouri_miyabi_01

そして、ふんわり鼻緒のときにはグレードアップバージョンの『こだわり編み』という編

み方で編むのだけれど、前回はどうやってもうまくいかなかったのが今回は一発でう

まくいって、人間の頭って実に面白いなあ、と思った次第。

つまり、思考錯誤し続けていたならいざ知らず、前回作ったときから時間が空いてい

るのにいったいどこで理解できなかったことが理解できるようになったのか、できない

ことができるようになったのか、ちーともわからないので不思議だなあ、と思うのです。

だから一度できなかったことでもあきらめちゃいけない、とかね。たかが布草履を作る

くらいでもいろいろ考える。それが手仕事の良さでもあって、人間、手を動かして何か

を作り続けていたらボケないんじゃないかと思ったりします。

てなわけで、今回『こだわり編み』をマスターしました。

『こだわり編み』の何が違うかと言うと、裏もこんなにきれいなんです。

11zouri_ura

そして実は今回1番最初に編んだのはこれで、これは細い鼻緒で作る『らくちん編み』

(裏にロープが出る編み方)で作ったものなのだけれど、あやこさんの娘さん用、とい

っても私と5つしか違わないのに、これじゃあちょっとかわいすぎるかなあ、ということ

で、これは私の娘用になりました。『さくら』

11zouri_sakura_01

11zouri_sakura

そんなわけで夜な夜な3足の布草履を一気に編んだらさすがに身体のあちこちが痛

くなってくたびれ果て、もうとうぶん布草履作るのは嫌になってしまった。やっぱり手仕

事というのはゆっくり時間を使って楽しみながら作る時間とこころの余裕がないと疲れ

るだけだ、と思う。

そして、私自身は上ふたつみたいな和風テイストも好きなのだけれど、自分で履くなら

こんなカジュアルなのも好きです。これは去年、一目見て気に入って買った布草履。

『世界お国巡り』と題されたシリーズの第4弾『ペルシャの旅』。

鼻緒に付いたフリンジが凝ってます。

11zouri_persia

おまけに限定でおそろいのトートバッグまでもらっちゃいました。

11zouri_persia01

布草履は今の時期、冬の間は5本指ソックスで履くことをおすすめされているのだけ

れど、私はやっぱり裸足で履くのが1番気持ちがいいので、初夏から晩秋までの時期

しか履かない。でもその間はもうこれなしではいられない、というくらいの愛用者です。

というわけで、最後はコットンビーズさんのお決まりの台詞でしめよう、

 あなたも履いてみてください、布草履 P2_2

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2011年2月11日 (金)

Watching the Snow

11snowman

Elation for preciptation of the frozen kind

Being to grow when we are both below

A quilt watching the snow

The crystals fly the wood is dry

And you are wearing only fireglow

Like a Vermeer tableau

Inside watching the snow


To see the meadow sleep beneath

Its comforter of irridescent white

Is sure is quite a sight

The maples and the evergreens

Surprised their outer branches seem snow-lost

As in poem by Frost


One of my favourite pastimes

And how well you know

Is through the picture window

When we watching the snow


The gate is locked the dog's been walked

Thelonius is on the stereo

A crepuscule we know

Inside watching the snow

As evening falls the teapot calls

Here's hoping several inches more will blow

Since we're contented so

Inside watching the snow


( Music & Lyrics By Michael Franks )

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昔々、街は夢にあふれていた。

まだバブルなんていうものが始まる前の、もっと上品で洗練された時代。

とにかく街は輝いてたし、どこもかしこもキラキラの音楽で満ちていて、三度の飯より

ファッションや音楽が好き、なんていう面白い輩がたくさんいて、見ているだけでも飽

きなかった。今と同じでお金はなかったけれど、今と違って若さとありあまる(と当時は

思っていた)時間はあったし、特別何かできるってわけじゃなかったけれど、いつかは

何かになれるような気がしていた。高校生の頃からアメリカ文学にかぶれていたことも

あって、それこそマイケル・フランクスの歌みたいな未来が来るような気がしていた。

年がら年じゅうクルマの改造ばかりやって遊んでいた私の男友達は、35までにフェラ

ーリを買って、世界を股に掛ける会計士になるんだ、なんてよく言ってたっけな。

その男友達の、私と同じ歳の妹が去年ガンで亡くなって、いつも楽天家で明るい彼が

「俺の人生、こんなはずじゃなかった」と頭を抱えたときは、だから心底キツかった。

全ては移ろってゆくのだけれど、そんななか変わらない歌を歌い続けて、歌を地でゆ

く人生をやっているのはやっぱりマイケル・フランクス、この人じゃないだろうか。

いっとき脱ワンパターンだかイメチェンだか知らないけれど、妙にギラギラしちゃった

ときがあって、買ったCDを数回聴いただけで早々に手放す、ということを何度かやっ

てから、マイケル・フランクスはもういいやとCDは買わなくなっていたのだけれど、数

年前にラジオから『マイ・プレゼント』が流れてきたとき、その変わらぬメロディ・メーカ

ーぶりにマイケル・フランクス健在を感じて嬉しかった。でも、そのマイケル・フランクス

だって写真を見たら今日の雪みたいにもう髪も髭も真っ白だ。

「最近のミュージシャンはメロディーも詞も書けなくなったのか?」が最近もっぱら息子

との会話だけれど、やっぱり音楽はロマンチックなところがないとね。ヒップホップが悪

いとは言わないけれど、ああいう音楽ばかりじゃ私は心揺さぶられない。

今日、ラジオを聞いてたら今年のグラミーの新人部門に私の好きなエスペランサ・ス

ポルディングがノミネートされてるって言ってたけれど、彼女がいくらオバマさんのお気

に入りでも、審査員はまだまだマイナーのこの若き天才ちゃんに賞をくれることはない

んだろうなあ・・・(くれたらそれこそ快挙だけれど!)


本日、雪。

さっき娘と買い物に行ったら、ぼたん雪がゴンゴン降っていた。

灰色の空を見上げると、細かい雪や大きな雪片が不規則に舞い落ちてきて、それは

まるでダンスをしているみたいだった。

しだいに暮れてゆく部屋の中で、セロニアス・モンクのピアノを聴きながら、大きな窓

から外の雪を眺める・・・ なんて雪の日の過ごし方ができたら素敵だけれど、キッチン

を湯気でもうもうにしながら濃い珈琲をいれて、暖かい部屋で誕生日に息子がたくさん

買ってきてくれたハーゲンダッツを食べる、なんてのも悪くないね。

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2011年2月 9日 (水)

変顔のうさぎさん

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去年の夏にエコアンダリヤで帽子を編んで以来、すっかり編みものずいた感のある

娘と私は、それから時々お散歩がてらに書店に行っては編みもの関連の本を物色

しているのだけれど、これはいつかのそんな折に、書店の中で娘と並んで立ち読み

していて、「ぎゃあー、何これ、変!」と思わず私が手にとった本だ。

 しろとくろのあみぐるみ

ふつう編みぐるみというとピンクとかブルーとかのパステルカラーで編まれたファンシ

でかわいらしいものが多くて、それが私なんかにはもう妙に手作りの甘さをプンプン

感じさせて駄目なのだけれど、その点このあみぐるみは違う。

使う糸は白と黒とグレーのモノトーンだけ。

顔は妙に味のあるシュールな表情で、いわゆる『かわいい』というのとは違う。

今の言葉で言う『変かわいい』ってやつなのだと思うけれど、胴体と手が妙に長くて脚

が短い変な比率の編みぐるみで、それがまた自在な動きをして面白い。笑える。

なんていうかシュールでとぼけた編みぐるみなのだ。

実はこれ、マンガ家の娘がイラストを描き、85歳の母が「なんじゃい、このへんなぬ

いぐるみは~」と文句を言いつつ、せっせと編んだものらしい。(このばあちゃんは写

真で見ると、『ハウルの動く城』の中の魔法を解かれて年相応のばあさんになってし

まった『荒れ地の魔女』そっくりです!)

ひとしきり2人で笑った後、(血が一緒なので)とうぜん娘もいたく気に入って、我々に

はめずらしく即お買い上げ。私にも一体編んでくれることになった。

ところがこれがなかなか編んでくれない。

最初はちょうど息子の誕生日が近かったので、息子のリクエストで帽子かぶってマフ

ラーしてワンストラップの靴履いてバッグ持ったクマを作ったのだけれど、そのあと私

がリクエストした水玉うさぎは、何やら白ウサギに黒い水玉模様を付けたらオビョーキ

(水疱瘡とか?)チックになってしまって失敗したとかで、それきりになってしまった。

そのうさぎがこれ。

いつも娘の部屋で思い思いの変なカッコでくつろいでる。

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そして今回、私の誕生日ということでやっと編んでくれたのがこのグレーのうさぎ。

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話がぶっ飛ぶようだけど、私は昔から『男と女じゃ男のほうが悪い』という考え(という

か正確には建前)の持ち主で男の人もそんな風に考える人が好きだけど、オギャー!

とこの世に生を受けたときから死ぬまでずっと、やれ色が白いとか黒いとか、目が二

重でぱっちりしてるとかしてないとか、胸が大きいとか小さいとか、とかく美醜について

言われ続ける女である以上、女の子はとにかく小さい頃からかわいいかわいいと言っ

て育てるべきだとも思っていて、実際、自分の娘もそうやって育ててきたのだけれど、

子どももだんだん客観的視点と自分なりの審美眼というものを身につけてくるにつれ、

そう言ったところで「それって(私が)自分の子どもだからじゃないの」なーんて醒めた

口調で言われたりして困る。

で、この子の作るものはいつもこの子にそっくりだ。

特にこのグレーのうさぎなんか、本人じゃないかと思うほどだ。

私はこの子が大好きなので、つまり、このうさぎもかわいい。

少々変な顔をしていようが耳の大きさ&脚の長さが左右違っていようが・・・

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それで、写真を撮っているときに初めて首から下げたバッグの中に何か入っている

のをみつけた。

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さすが凝り性の娘、

今回も凝ってます。

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追記:やっと撮らせてもらった。

    これが息子がリクエストしたクマ。

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2011年2月 8日 (火)

草冠の姫

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昨日の夕方、コトリ花店の永島理夏さんからメールがきて、そこには

 お誕生日はお姫さまみたいにたくさんのわがままが許される日♪

 シアワセなお誕生日をお過ごしくださいね。

と書いてあった。

私はいまだかつてお姫さまみたいであったことは一度もないけれど、昨日やっとこの

書を玄関に飾ることができた。

『草冠』、と題されたcalligraphyさんの書。

実物は想像以上に大きくて、私の拙い写真だからこの程度だけれど、実物はとっても

敵だ。ここには私の名前の一字も書かれていて、去年、彼女に少々無理を言ってお

譲りいただいたもの。

そして『草冠の姫』とは、この書を見た途端に連想した大島弓子のマンガのタイトル。

文学と同様に少女漫画に夢中だった少女時代。

人の頭脳や人格は13歳までにほぼ決まってしまう、と言ったのはたしかヘルマン・ヘ

ッセじゃなかったかと思うけれど、脳科学者もほぼ同じようなことを言っていた。

当時14歳か15歳でその言葉を知ったとき、自分で自分のことを「失敗したな。もっと

本、読んどくんだった」と思ったけれど、母は母で別の意味で私のことを失敗したと思

っていたようだ。あれからどれだけの月日が過ぎたのか。なんだかものすごく遠いとこ

ろまで来てしまったような気がするけれど、かといって本質的には少女時代とたいして

変わっていいようにも思う。

こどもの頃、日の暮れまで遊んでいて、夏の夕暮れ、友達と原っぱに並んで座って、

長々シロツメクサを花冠に編んだ。青くさい、草の匂い。夏の夕暮れの匂い。

今でも、花冠は無理でも草冠くらいなら似合うんじゃないか、なんて思う。

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2011年2月 7日 (月)

花・花・花尽くしの一日。

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今日は朝から立て続けに2軒お花屋さんからお花が届いて、あたふたと年に2回くら

いしか出てこない大きな花瓶を用意する。ひとつは職場の仲間からで、ひとつは友人

からのサプライズ!

11birthday_bouquet

11birthday_bouquet_01

そうこうするうちに今度はコトリさんから「これからお花のお届けにあがりま~す♪」と

お花の定期便の電話がきて、ピンポンと同時に玄関に出ると、コトリさんは何やら花

束をたくさん抱えていて、「あらまあ、今日はお忙しそうですね」なんてとぼけたことを

言ったら、「まずはこれ、お友達の○○さんからのプレゼントです!」と言って花束を

渡される。え、なんで、コトリさんで?・・・ とあまりの意外さにびっくり。またまた友人

からのサプライズ。私のお気入りの花屋さんで花をオーダーしてくれるなど、まぁ、な

んてぬかりがない。

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「これもお友達からです」と言って小さなかわいい包みも渡された。

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はりゃあー、いったい彼女はいつこんな手配をしていたんだい?

「それから、これはいつものお花です」

と言って渡された今週のお花の定期便。

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「それからこれはちょっとだけ、私からです」

とさらに小さい花束を ・・・

ええ~、そんないいのに~! と言う私にコトリさん、「押し売りheart」と言って。

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・・・ というわけで、今日は文字通り花・花・花尽くしの一日になりました。

今週の花は誕生日とあって、コトリさんから見た私のイメージで作ってくださると嬉しい

です、とお伝えしていたのだけれど、どうしても(バラの)ジルとフェア・ビアンカを入れ

たくて、今朝の市場であちこち探してくださったそう。

コトリさんがそうおっしゃるだけあって、とても素敵なバラでした。

ジルとフェア・ビアンカ。

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そして、私の好きなミモザ。

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下のフェア・ビアンカのほうはイングリッシュ・ローズで、私には嗅ぎ慣れたミルラのい

い香りがして、アイヴォリーがかった白がやわらかくとても素敵なバラなので、ちょうど

10号鉢がひとつ空いてしまっていることだし、今年の記念樹に春はこのバラをお迎え

してもいいかなあー、なんて思わず思ってしまいました。

・・・ それから大量の花たちと格闘することしばし。

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お陰さまでリヴィングも食卓も私の机の上も娘の机の上も、どこもかしこも花だらけ。

それに今日はなんだかいろいろもらってしまった。

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いつもは自分の誕生日なんて全くなーんにもやらないのだけれど、そんなわけで今年

の私の新しい年はとってもスペシャルに始まりました。友人たちに心から感謝。

どうもありがとう!

これからの1年を(いやいや5年後も10年後も)、超サイコーにハッピーな年にしようと

思います!!!

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2011年2月 5日 (土)

花ふきん

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最近はどこのショップもカスタマー管理をしっかりやっているらしく、2月に入ったとた

んにいろいろなところから様々なサービスが付帯したお誕生日おめでとうメールやポ

ストカードが送られてくる。お誕生月の今月に限り、何回お買いものしても10%オフ、

とか、300円クーポンプレゼント、とか。

その中で1番嬉しかったのが中川政七商店からのもので、3150円以上のお買いも

ので送料無料、さらに蚊帳生地のふきん1枚プレゼント、というもの。

折しも今までさんざん愛用していた粋更の花ふきんがもうボロボロになってきていて、

ちょうど買い替えようと思っていたところだったから渡りに船、と買うことにした。

加えて言うと、ちょうど奈良の遷都千三百年祭の後のセールで、それ用に作られた

花ふきんが安くなっていたものだから、ますますよかった。ミニマムのお買いもので

花ふきんが6枚。プラス、それより小さい白いふきんが1枚。

手持ちのも合わせるとこれで一気に全色揃って、これでとうぶん、ふきんは買わなく

てもすむ。このへんはとっても主婦の感覚で、こんなプレゼントはほんとにありがたい

なあ、と思う。

思えばこのプレゼント、贈りもののやり方には何通りかあって、

①その人が日頃から超愛用している、実用的なものを贈る

②食べたらなくなっちゃう、おいしいものを贈る

③相手が前から「欲しい!」と言っていたものを贈る

④自分で自分に買うのはちょっと贅沢だけれど、もらったら嬉しい、と思うものを贈る

⑤これ、あなたにきっと似合う! と直感で感じたものを贈る

なんて、ざっと考えただけでも5通りくらいはあるけれど、①~③あたりが比較的妥当

なハズレのないところだとすると、④⑤は相手の趣味や感性を熟知したうえじゃないと

ハズレる可能性も大な、ちょっとギャンブルも入ったところで、でもドンピシャに当たる

とこんなに嬉しいものはない、って感じの贈りものだ。

自分では自分のセンスを信じているつもりでも、本当に人に喜んでもらえる贈りものを

するのは意外と難しい。贈りものでは私にも苦い経験があって、さんざんいろいろ考え

て、手間暇使ってハズレたひにゃあ、そんなにがっかりするものはない。そこでちょっ

と無理をしたりなんかしてたらなおさらだ。自分で作った手作り物も、誰でにでもあげら

れるってわけじゃない。すごく親しい間柄か、少なくとも自分の作ったものにシンパシ

ーを感じてくれるような人にでもないと無理だろう、と思う。

私の贈りもの好きはこどもの頃からで、親の誕生日や母の日なんかには必ずプレゼ

ントをしていた。同性である母のプレゼントはいくらでも思いつくのだけれど、父のは

特にこれといったものを思いつかなくて、いつも靴下とかハンカチ。父は母と違ってと

ても貧乏性で、何をあげてもすぐに使うことはせず、またきれいに包み直して後生大

事にしまってしまう。それが、なんだか嬉しいような、つまらないようなで。

そういえば先日、父から電話があって、あのマフラーはすごく暖かったとお礼を言わ

れた。そんなことでわざわざ電話をくれるなんて、年をとって父もずいぶん変わったな

と思ったけれど、帽子もマフラーもいっぱい持っているから、あれはどこかに出かける

ときだけするんだ、と言ったとき、やれやれ、相変わらずだなと思ったものだ。

それからいつかラジオを聞いていたらユーミンが出てきて、私のファンは私に実用的

なものばかりくれる。『よーじや』のあぶらとり紙とか。そんなに私が脂ギッシュに見え

るのかしら、と言って笑いながらもまんざらでもなさそうだった。

私自身は布が好きだから、お金の多寡に関係なく、かまわぬの手ぬぐいとか花ふき

んとか、そんな実用的でいくらあっても困らないものをもらうのは嬉しい。布は、それこ

そボロになるまで使って、それをまた「くれ」という娘がいて、ボロが絵筆拭きになって

さらに使えたりして全く無駄がない。

・・・ というわけで、花ふきんから連想した贈りもの考。

今朝、その中川政七商店から花ふきんが届いて、さっそく洗って糊を落して干したら、

色とりどりの蚊帳生地が風になびいて、まるで吹き流しみたいにきれいだった。

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2011年2月 4日 (金)

立春

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立春。

今年も毎年恒例、明治神宮に行く。

いつもだと、ここへ来ると瑞々しい森の息吹を感じて思わず深呼吸するのが、今年は

去年の暮れ以来まったく雨が降らないせいでカラッカラに乾燥して、おまけに砂利道

を整備している人が大量に砂埃を舞い上げているせいで少々埃っぽくはあるけれど、

それでもここは特別に浄まった気を感じる場所。

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長い参道を歩いて、本殿の鳥居をくぐる前に、その手前にある手洗い所で神道の友

人に教えてもらった手順で手を洗い、お賽銭を洗ってお参りをする。

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立春の日はいつも人が多く、今日の意味を知ってか知らずか外国人参拝客も多い。

鳥居をくぐってすぐのところで韓国人の女の子の三人組に写真を頼まれた。

そして南神門をくぐった横の広場では、今日の佳き日に神前結婚式を挙げた新郎新

婦とその一族が記念写真を撮っていて、たくさんの人だかり。

参拝を終えて出てくると、絵馬を書いている人が目に入る。

それにしても、まるで絵馬を守るように、180度傘のように枝を広げたこの御神木も

いつ見てもすごい!

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そして、ここへ来るとなぜか鳥居ばかり撮ってしまうのは何故なんだろう。

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大気の澄みかたとか、光の見えかたとか、木々の間から射してくる木漏れ日とか、

すべてここ特有のもののように思う。

帰り道の、緩い坂の上から見下ろす参道の眺めも好きだ。

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昨日、節分にここへ来た友人も「来てよかった」とメールに書いていたけれど、いつ来

てもそう思えるのがここだ。東京人にとっての1番の聖地じゃないかと思う。

私も今年も立春に参拝に来られてなんだかほっとした。

それにしても、数年前の立春に来たときは樹木の足もとに分厚い霜が降りていて、緑

の多いここは一段と冷えてダウンを着ていても寒いくらいだったのに、今日のなんと暖

かいことか。まさしく春だ。

一の鳥居を出ると表参道には日の丸の旗が翻っていて。

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街路樹のこぶしも、なんともうほころびかけていた。

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私もアルパカのマフラーなんかして歩いていたらもう暑いくらいで、帰りはしないで帰っ

た。そうしたら、今日の最高気温は13.8度もあったそうだ。どおりで。

立春の今日は、2月頭にして3月下旬の春の陽気。

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2011年2月 3日 (木)

節分・福豆・一陽来福

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今日、2月3日は節分です。

しかも今年の2月3日は太陽暦の節目である節分と、太陰暦の新年である新月が

暦上で重なる、30年に1度くらいしかない貴重にして超パワフルな節分新月なのだ

とか。

節分と言えば豆まき。

そして、大晦日に次いで『一陽来福』のお札を夜12時きっかりに恵方に貼る日です。

おととしは父の調子が悪くて行かなかった穴八幡だけれど、去年は父のほうから行

こうと言われて、暮れの27日に行ってもらってきました。

そういえば、先週日曜のJ-waveのタイム・フォー・ブランチのお散歩先は早稲田で、

はなちゃんもお札をもらってましたっけ。はなちゃんも今夜忘れずに貼るのかな?

今日が新月で新しい月のスタートなら、明日立春は本当の意味での新しい年、今年

1年のスタート。新月の気を帯びた立春なんて、こんなすごい日はない!

そして、そんなすごいチャンスを逃す手はない!(^-^)

このパワーを生かして、あなたもぜひぜひノートに願いを書きだしてください。

願いや願望を言葉にして書くときは、『○○ように』ではなく、現在形か完了形で。

そして必ず肯定文で。

新月から48時間以内に書くのがベストです!

写真は先日、calligraphyさんにもらった京都・豆政の五色豆が入った福豆。

今年はなんだかこのお多福にも縁があるみたいです。

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2011年2月 2日 (水)

一生ものの、お裁縫箱

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子どもの誕生日には、いつも何をプレゼントしようかと考える。

うちには息子と娘がいて、私はクリスマスも誕生日も子どもにリボンのかかったプレ

ゼントをあげられない時期が長かったから、あげられるようになった今は特によく考

える。でも、昨日の娘の誕生日は今年は迷うことなくこれに決まった。

倉敷意匠さんデザインの、楢(なら)のお裁縫箱。

前から気になっていたやつだ。

それを扱っているホームページでも『一生ものの、お裁縫箱』というコピーが付けられ

ていて、写真で見るだけでもそれが良い素材を使って熟練の職人の手でひとつひとつ

丁寧に作られたものだということがわかる。なんたって私は木が大好きだし、北欧の

伝統的なお裁縫箱に習ってデザインしたというこのお裁縫箱は、使い勝手もとても良

さそうだ。今年はちょっと奮発してこれにした。

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かくいう私自身は、こんな素敵なお裁縫箱は持っていない。

私のお裁縫箱は、たしか10代の終わりか20代の初めの頃に新宿伊勢丹のホビーラ

ホビーレで自分で買った。ホビーラ・ホビーレだからそれなりの価格だったと思うけれ

ど、このお裁縫箱にくらべたら、まるで薄いベニヤ板で作られた薬箱のようにちゃっち

いものだ。それにいささか古いため、開け閉めするうちに蓋の金具が壊れてしまった。

当時だって、母が持っているようなもっと良い木で作られた重厚なお裁縫箱はあったと

思うけれど、私にはホビーラ・ホビーレくらいのライトなお裁縫箱のほうがよかった。

だいいち私の技量では、それくらいが妥当と思ったのだと思う。それは今でも同じだ。

こんないいお裁縫箱を、私は自分に買おうとは思わない。

でも、娘に買うのは全然惜しくない。

私の未来(正確に言うと私の『お裁縫的未来』)はもうたいしてなさそうだけれど、この

人は未来ある人だから。

私の経済状態は昔も今もたいして良くないけれど、いつだって子どもにはできるだけ

良いものを与えてきた。良い道具は人を成長させる。

実際、その影響は目には見えない形でも、とても大きかったように思う。

そんな美意識の高い子どもだから、このお裁縫箱も今までになく、というより、今まで

プレゼントした中で1番気に入ってくれたようだ。

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娘が嬉しそうに、このお裁縫箱をためすつがめつ眺めているのを見ていたら、なんだ

かこっちまでぽわんとしあわせな気持ちになってきてしまって、いったい私はどれだけ

子どもが好きなんだ! と思ってしまった。

木の表面はオイル仕上げされていて、大事に使って時間が経過するごとに木の色が

飴いろに変わって味わいが増してゆくことを考えたら、外でする食事や消耗品である

服などにくらべても、これはけして高い買い物ではないと思う。

まさしく、一生もののお裁縫箱。

「お嫁に行くときは持って行ってくださいね~」と言ったら、娘は何やら妙な顔で「オヨメ

かぁ~・・・」と呟いておりました。

私はこれをkinaruさんで買ったのだけれど、娘への誕生日プレゼントなのでと言って

ラッピングをお願いしたら、サービスなのにこんなにかわいくしてくれました。

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こういうのもネットショップの姿勢が伝わるところで、こんな風に丁寧にしていただける

と、気持ちが伝わってありがたいですね(^-^)

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2011年2月 1日 (火)

花の月

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もうずいぶん昔のことだから細かいことは忘れてしまったけれど、いつかテレビを見て

いたらルキノ・ヴィスコンティの瀟洒なお屋敷が映って、日本人の感覚からしたらもう

お屋敷というより城のようなその屋敷には、それこそ何十もの部屋があって、部屋ご

とに美しい花が飾られ、その町にはヴィスコンティの屋敷に花を納めるだけで経営が

成り立っているお抱えの花屋があるほどだと言っていた。

それを聞いたとき、なんて素敵なんだろう! と思った。

自分の屋敷に花を飾るだけのためにお抱えの花屋を雇っているなんて。

そして、できることならそのお抱えの花屋になりたいとも思ったものだ。

好きなだけ花が活けられる。

いくらでも自分の好きな花材を使って。

それに、ルキノ・ヴィスコンティがどんな花が好きかを想像するだけでもわくわくするで

はないか!


それを久しぶりに思い出したのは去年の秋、『コトリ花店』のホームページを見たと

きだった。そのHPの『お花の定期便』のコーナーでは週に1度、決まった日に花が

届けられるお花の定期便が提案がされていて、そこには『まるで花屋を雇うような気

分で』と書いてあったからだ。これってすごく素敵なアイディアだな、と思った。

こういうのって、ありそうでなかったんじゃないだろうか。

それで、今年の2月を『花の月』にしようと思ったのだ。

2月は娘と私の誕生日がある月だ。母の命日がある月でもある。

娘の誕生日はともかく、折しも私はいつもの年とは違う節目の(特別な)誕生日でも

あるし、ひと足早くその誕生日を迎えた友人たちを見ても、更年期障害を懸念してい

たり情緒不安定で感情のアップ・ダウンが激しかったりして、てんで元気がないのだ。

その日をハッピーに過ごすためにも、1年で最も寒くて花のない2月を花でいっぱいに

するのはいい考えだ。毎日フレッシュな花を見ていたら憂鬱になることもないだろう。

だいいち、そう思っただけでなんだかわくわくしてきてしまった。

それで去年の暮れ、コトリ花店に話をしに行ったらもちろん彼女は快諾してくれた。

といっても、私が選んだのはミニマムのカジュアルなデイリー・フラワー。

それでも今の私にとってはじゅうぶんに贅沢。

いつか、今よりもっとリッチになったらこれよりもっとスペシャルなコースにしよう!

なんて思うのも励みになる。

さっき、そのお花がコトリ花店から届いた。

私はバタバタしていて直接受け取れなかったけれど、コトリさんらしいブーケ。

娘がチューリップが好きなので、今回もチューリップを入れてもらった。

淡いピンクのヒヤシンスが入っているせいで、ほのかにいい香りがする。

今月はあと3回こんなお花が届けられる。

2月は花の月。

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