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2011年1月31日 (月)

Birthday Eve

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2月1日が娘の誕生日だから、おとといいつものケーキ屋さんにバースデー・ケーキを

予約しに行ったら、月曜日は定休日だって無機質に言う。

なので、しかたなくケーキは今日食べてしまうことにした。

それにしてもこんな冬の時期、ホットカーペットの上にペタンと座って、胸にひよこのス

タイ付けて、この子が持つと異様に大きく見えた大判焼きを、まるでリスのように両手

に持ってうまそうに食べていた子がもう19歳かあ ・・・・・

月日の経つのって、なんて早いんだろう!

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2011年1月30日 (日)

真冬のコトリ花店

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編み上がって今朝フリンジを付けたばかりのマフラーをぐるぐる巻きにして、自転車

飛ばしてコトリ花店に行った。

真冬のお花屋さんは大変だ。

寒くても花のためには暖房できない。

店の中には足もとに小さな電気ストーブがひとつあるだけ。

私と同じ、2月生まれの店主は「寒さには強いの」と言っていたけれど、今日は6枚も

重ね着をしていると言っていた。

実は隣りのkusukusu さんのオーナーがプロ並みの登山家で、彼女から体温を逃がさ

ない効率的な重ね着のしかたを教えてもらったのだそうだ。

ちょっとでも寒さの足しになればと思って買って行ったカプチーノを2人で飲みながら話

した。

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彼女の話し方はとてもゆっくり、おっとりしていて、とても優しい。

これで本当に厳しい世の中を生きて行かれるのかと思うくらい。

けれど、私がそこにいるそれほど長くない時間に、彼女はいつもいろいろなことを話し

てくれる。それを聞いていると私は、つくづく人ってそれぞれ、いろいろなことを抱えて

いるものだなあ、と思う。これはないと思ったらそれ、あれはあると思ったらこれ、とい

う風に。そして、あまりにも長く抱えていた、もうどうにも解決つかないと思っていたこと

がある日突然、奇跡的に片付いてしまうようなこともあるらしい。

それはやっぱり「強く思うことだと思う」と彼女は言った。

そう、彼女はかよわい小鳥のようだけれど、強風に向かって力強く飛んでいく小鳥でも

あるのだ。実はとっても芯が強い人なのだと思う。

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この花屋はほんとに小さい店なのだけれど、たぶん彼女から発せられるもので独特

の空気感と時間軸を持っていて、店のあちこちに何気なく置かれたものたちを見ても

好きなものばかりだ。そして彼女とはまだ数回しか会ったことがないのに、彼女はま

るで古い友達のような雰囲気で話す。いつも人から不思議な人と言われてしまう私だ

けれど、私にとって彼女はちょっと不思議な人だ。めずらしく私の不文律が通用する

人かもしれない。Mと私みたいに乱暴にはいかないかもしれないけれど・・・

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凛とした冬にくらべたらどこか寝ぼけたような春のほうが苦手な私だけれど、ここのこ

の寒さを思ったら早く春が来ればいいなと思う。

あさってはもう2月。

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2011年1月29日 (土)

ココシェで*

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昨日calligraphyさんと別れたあと、編み上がったマフラーを持って友人の店に寄った。

京王線エリアって私のところからだとひどく不便なので、どこかに出たついでじゃない

となかなか行けないのだ。

店に着く頃にはすっかり真っ暗。

懐かしい店のドアを開けて、まるでいつも行っている美容院みたいにいい匂いのする

店内に入ると、友人はちょうど接客をしてるところだった。

それが終わるのを待ってマフラーを渡した。

彼女はその日、ゴールドっぽく見えるブラウンと黒のボーダー・セーターにモノトーンの

大きめプリントのミニスカートを着ていたのだけれど、ライラック色のマフラーを首に巻

いたら想像以上に似合うのでびっくり!

彼女がすると私の編んだマフラーもなんだかとっても高級に見えました。

あんまり似合うので思わず一枚写真を撮らせろと言ったのだけれど抵抗されて、出て

きたのが上の帽子掛けさん。

この写真では店内がなんだか雑多に見えるかもしれないけれど、実際はとてもきれい

にディスプレイされています。前回、前々回に来たときよりも服のラインナップは数段

グレードアップしていて、アルパカの入ったショールカラーのイタリア製のネイビーのカ

ーディガンか、ジョッパーズ風のラインがきれいな迷彩柄のパンツとか、私が欲しい

と思うものもけっこうありました。

で、ここはアートワークスもかわいい。

下はショップカード。

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こっちはメンバーズ(スタンプ)カード。

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この感じっていうのはこの店のオーナーである彼女のセンスにぴったり合ってて、これ

を見るだけでもピンとくる人はくるんじゃないかな。

COCOCE(ココシェ) 世田谷線、松原駅より徒歩すぐ。

世田谷線の電車の中からも見えるターコイズブルーの屋根の小さなお店です。

というわけで、ちょこっと宣伝でした。


けっきょく、この日はマフラー渡したらすぐ帰るつもりが、近くのおいしいお魚屋さんで

一緒にご飯を食べることに。

このひと月間くらいどこにも行かず、誰とも会わずにいたモグラみたいな私にとって

何を食べてもおいしく、またいただけるヒントがあって楽しい1日でした。

ともあれ、彼女が私の編んだマフラーを気に入ってくれてよかった!

で、さらにあの後、メリヤス編みのマフラーが完成。

同じ毛糸でも編み方によって表情は変わるもので、一目ゴム編みがちょっとやんちゃ

な感じだとしたら、こちらはもうちょっと繊細な雰囲気。娘は私にはこっちが似合うと言

うのだけれど、変わり毛糸だからメリヤス編みだけでも丸まらないかと思ったらやっぱ

り端が丸まった。表裏しっかりスチームアイロンかけてきれいな形になっているけれ

これはしているうちにまた丸まってくるかも。

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2011年1月28日 (金)

アンチヘブリンガン!

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仕事の話もあって、久しぶりに calligraphyさんと待ち合わせた。

彼女と会うのは『もみじ市』以来。

水道橋にある『食堂アンチヘブリンガン』。

アンチヘブリンガンという変な名前は小津安二郎の映画『秋日和』に出てくる薬「ヘブ

リンガン」からとったのだそう。オーナーは無類の映画好きか?

自分の店に一度聞いたら忘れられない名前をつけるところはさすが。

名前って大事だもの。

前回初めて来たときは道に迷ってる間にお目当てのカレーがなくなっちゃったんだそ

うで、今日はそのリベンジに私もお相伴した。

店の前に着いたのはまだ開店少し前。

ってことで、さむーいなかしばし開店まで待っていたのだけれど、店の外観やロゴも

レトロでなかなか感じ良し。

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開店と同時にドアを開けてくれた女性もにこやかで感じ良く、店内はこんな感じ。

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開放的な大きな窓から入ってくる外光が落ち着いたウッディーな店内を明るく照らし、

年季の入った木のテーブルも本がいっぱいなのもまったくもって私の好み。

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さりげないテーブルフラワーにも店主のセンスを感じて、こういう店選びのセンスとか、

食の好みが合う友達ってほんとに貴重だな、と思う。

さて、カレー。

本日のカレーは『鶏肉とほうれんそうのカレー』でした。

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さらっとした汁気の多いスパイシー・カレーで、鶏肉のほかセロリやほうれんそうなど

野菜も細かく切ってあって食べやすい。これはいただき。こんど家でも作ってみよう。

自分で作るカレーもけっこう辛いので私はぜんぜん平気だったけど、calligraphyさん

は「辛い~、汗が出る~」と言っていたので、辛いほうに入るのかな。

とってもおいしくいただきました。

最初ごはん食いの私にはちょっと少なく見えたごはんも食べ進んでいくうちにちょうど

よくなって、食べ終わるときにはお腹いっぱい。

食後はチャイをいただきました。

お店の雰囲気も、お店の人の感じも、カレーの味も二重まる。

ただひとつ難を言うと、ちょっと店内が寒かったかな。

この日は真冬日でもあったし。

なので、行かれる方は暖かくして、カレーが食べたかったら開店直後に行くべし。

カレーはすぐになくなります。

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窓辺の棚にはさりげなく小津安二郎の本が置かれていて ・・・

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2011年1月27日 (木)

クロシェ閉店

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近所にあって、小さいけれどこの辺ではちょっとないほどセンスのよかった雑貨屋さん

クロシェ』が本日、閉店した。

去年聞いたところによれば、かなり突然出て行ってほしいことを告げられたのだそうだ

けれど、もともと旦那さんのご友人の好意で破格の好条件で借りていた店だから、そう

言われても文句が言えるようなことじゃないの、とのことだった。

今日が最後なので夕方郵便局に行くついでに(なんといっても塀を挟んで郵便局の隣

りなものだから)寄ったら、店は外も中もすっかり片づいて商品もあまりなかったけれど

店の中には名残を惜しんで来た人がたくさんいて、私がいる間にも続々と仕事仲間や

ら何やらが駆けつけてくるような状況だった。

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これもひとえにこれまでこの店を通していろいろな作家さんたちを後押しし、お客さん

に対してはいつも変わらぬ穏やかな笑顔で感じよく接客してきた志穂さんの人柄なの

だろうな。

私としては彼女の作るオリジナル消しゴムスタンプで作ったレターセットとかポストカー

ドが使い良くて気に入って愛用していたから買えなくなっちゃうと困るんだけど・・・

でも、 彼女はこれからも消しゴムスタンプ作家として活動してゆくらしい。

陰ながら私も応援したいと思う。

・・・ というわけで、志穂さん。

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もしかしたらもしかしたら、今年の『もみじ市』で彼女に会えるかも!

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2011年1月24日 (月)

ライラック色のマフラー

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最近は、平日の夕飯の後の短い時間にせっせと編んで、休日の午後のまとまった時

間に集中して編んでひとつ仕上げる、というのがパターンになっている編みもの。

すでに予定枚数の毛糸も買ってあるのだから、ただひたすら編めばいいのだ。

ところが、なんにでも想定外というのはつきもで、この毛糸の『ゴールドオレンジ』とい

うのを見たとき、これはI にぴったりだ! と思ってしまったのだ。そしてさらに『グリー

ン系×パープル系ミックス』というのを見たとき、すごく自分の好みの色だなあ、と思っ

た。あいにく、そのときすでにこの人気の糸はほとんど売り切れてしまっていてどちら

の色もなかったのだけれど、唯一残っていたのがこのライラックだった。

イタリアのボットポアラ社のPuffy(パフィー)。

そのときやっとベビーアルパカのマフラーを編みあげたばかりだったこともあって、サ

クサク編めそうなこの超極太のメリノウールは魅力だった。実際に編んだ人の糸レポ

を見てもすごく高評価で、それまた引き金になった。それでつい買ってしまったのだ。

ネットショッピングの悪いところはわずかなものに送料と代引き手数料を払いたくない

ばかりについ多めに買ってしまうところで、編みものの場合、糸が足りなくなるのも嫌

なので、少しまとめて買った。

そしてブラウザで見ていたときは、ライラックなんてオバサンくさいかなあ、と思ったの

だけれど、届いてみたらこれがなかなか悪くない色。それに糸はぷっくぷくのふっわふ

わのもこもこ。つややかな光沢もあって、これがアクリルやポリエステルが全然入って

いないメリノウール100%だとは ・・・

実際編んでみると最初こそ糸の癖をつかんで手が決まるまではちょっと思うようになら

なかったけれど、慣れてしまったら編みやすいし、シンプルな編み方をしても編み地に

表情が出るのがいい。何より、編んでいて楽しい。

そう、これも久しぶりに編みものを再開してわかったことだけれど、編んでいて楽しい

糸と楽しくない糸、ってのがあるんですね。

ベビーアルパカみたいに細くてなかなか進まなくても触り心地がよくて気持ちよく編め

る糸もあるし、糸自体が面白い糸で編んでて楽しいものもあるし・・・

そして sumigon さんも言っているように、編みものってまさしく糸との対話で、編んで

るうちにいろいろなことがわかってくる。色についての理解も深まってくる。

この糸はイタリア製だからこれもイタリアン・カラーってことになるのだろうけど、この

ライラックについてはちょっと北欧チックでもある。ライラックだからグレーなんかによ

く合うのはもちろんなのだけれど、カーキとかチョコレートとか、おととし買ったベージュ

と言いながらどう見てもシャンパンゴールドにしか見えないユニクロのダウンなんかに

も似合いそうだぞ。ってことは、これって意外にI にも似合うんじゃないかなあ、などと

思っていたら、娘が「これ、I さんに似合うんじゃない? 変なの似合いそうだから」と言

う。息子は息子で「I はパープルとかグリーンとか変な色が似合いそうだからさあ、き

っと似合うよ」だって。どういう言われ方してるんだ、私の友達。

・・・ ってことで、I 用の一目ゴム編みのマフラーができあがりました。

お正月の3日が誕生日というめでたい友人I は、なぜか小柄な人が多い私の友人の

中にあってデカイ人なのだ。なので、このマフラーのサイズも幅18センチで長さもフリ

ンジ入れないで180センチもある。で、ぐるぐる巻きにするとめちゃくちゃあったかい。

もちろん、ノー・チクチク。

I はとってもお洒落な人だから私の編んだマフラーなんかするかどうかわからないけ

ど、早くにお母さんを亡くした人だからたまにはこんなのもいいんじゃないかと勝手に

思っている。

ショコラ、という色のウールリネンのワンピースにあわせてみました。

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残りの毛糸でこれより小さいマフラーがあと2つできそうです。

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2011年1月23日 (日)

スチームクリーム、リピート!

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さっきラジオを聞いていたらクリス・ペプラーが、今日は年に2回しかないワン・ツー・ス

リーの日だ、と言っていた。つまり、1月23日の今日と、12月3日のことですね。

単純に数字の並びが1・2・3になるという ・・・

でもって、東京は去年の12月23日からもう丸ひと月も雨が降ってないそうです。

それじゃ乾燥するわけですね。

クリス・ペプラーなんか、毎朝干からびて起きるとか言っていたけれど、クリス・ペプラ

ーがそれならいったい私はどうなるんだ。カラッカラの砂漠?

デザートローズ(砂漠の薔薇)、なんちて。

そんないいもんじゃありませんね。

・・・ というわけで、スチームクリームがあともうちょっとで無くなるのでオーダーした。

先日買おうと思ったら在庫切れしていたGris-Gris(グリグリ)とHANA(はな)。

2つで送料無料と言われたら、そりゃつい2つ買っちゃいますわね。

これ、自分で紹介しときながら今さらなんですが、思った以上に良いです。

ちょっとアレルギーもあって下手なものつけるとブツブツになっちゃうので最初はこわ

くて手にしか使ってなかったのだけれど、いまでは顔にも使ってます。

私は常に脂ギッシュ! という人はさておき、これだけ乾燥してるとこれはもう必需品

です。ふつう、油と水分を混ぜて乳化(クリーム化)するには天然であれ合成であれ

乳化剤と言われる界面活性剤が必要なのだけれど、これはカプチーノをシュワっと

させるときの要領でスチーム(蒸気)で乳化させているから余分なものが入っていない

のがいい。油分も水分もたっぷり。加えていい香り。

香りはネロリよりもラベンダーのほうが強いけれど、ラベンダーの香りが強いというこ

とは夜寝る前に使うとアロマ効果でよく眠れるってことですね。

というわけで、(私はスチームクリームさんの回し者じゃないけれど)これ、再度おすす

めです。冬の乾燥のお供に。

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2011年1月22日 (土)

優しいかぎ針編みのマフラー

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先日から娘が編んでいたかぎ針編みのマフラーができあがった。

実はこれ、ミルクティ色のは私が娘に編んであげようと思って買った毛糸なのだけれ

ど、ケーブル編みのマフラーを3枚編み終わって、さて棒針編みにも飽きてきたことだ

し、ここらで気分を変えて今度はかぎ針編みを、と思って編み図を見たところ、そこに

は編んだことのない編み目記号があって、またもや、う~ん、面倒くさい、となっちゃっ

たんですね。それを見た娘、例によって「これは自分で編む」ということになりました。

そ、かぎ針編みはこの人のほうが得意なんでした。

で、それを最初に教えたのは私だって言うのだけれど、私はそんなことすっかり忘れ

ちゃいました。娘が勝手に覚えたのだとばかり思ってたのだけれど・・・

そしてさらに言うと、この珈琲色のほうは私が編んでいたのでした。

二目ゴム編みで、あともう少しでできあがる、という長さまで編んだところで娘が色違

いで編んでいたのができあがって見せてくれたら、なんとこの糸にはかぎ針編みのほ

うが合うじゃないですか。この糸は、これはこれで高級メリノウール100のチクチクし

ないそれなりに良い毛糸ではあるのだけれど、なんたってベビーアルパカを編んだ後

ではなんだか妙にバルキーで、それが無機質にさえ感じられて、私が編んだ二目ゴ

ム編みのは見ようによっては腹巻きチックにも見え、はりゃあ~ となってしまった。

それで、私が編んだのもほどいて娘が編み直してくれたのが上の写真です。

ほんとに自分の子どもながら、こういうことを面倒とも思わずにさっさとやってしまうとこ

ろが不思議な人です。

というわけで着用イメージ。

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私のなかでは珈琲党と紅茶党でははっきりとした性格の違いがあって、珈琲党がクリ

エイティブでアグレッシブだとしたら、紅茶党は協調性があって優しい性格、という感じ

なのだけれど、これはそんな紅茶のイメージのHのもとに行く予定。

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2011年1月20日 (木)

1月の殺風景なベランダ

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いつもなら暮れの12月中までにバラの植え替えと剪定をやり終えてしまっているのだ

けれど、今回は植え替えはおろか、剪定さえしていない。

枯れた葉が落ちるままになっているベランダはいささか荒れた感じでひどいので、今

朝は早起きしてとりあえず剪定だけは終わらせた。

なにしろ寒かったので早く終わらせたくて、ほとんど何も考えていないんじゃないかと

いうような無造作までの素早さで、終わってみれば今年も強剪定だ。中には一本松状

態になっていて、上の方で繁茂している枝が細いために小さな花しか咲かなくなって

しまった株などは、イチかバチかのゲンコツ剪定にしたものもある。それが吉と出るか

凶と出るかは、もうバラを20年近くやっていても結果を見るまでわからない。樹勢の

悪くなったものほど強剪定にする、というのは昔からのセオリーだけど、それで実際に

枯れてしまうものもあるからだ。そして、そうなってしまったらなってしまったで残念だ

けれど、それはしかたがない。けっきょくはその植物の持つ潜在能力を信じてそれに

賭けるしかない。

それはたぶん子どもの教育なんかと一緒ですね。

そして山のようになったトゲトゲの枝と葉っぱを袋に詰めてやっとの思いで片づけたら

いつものこの時期の寒々しい殺風景なベランダが出現。ほんとに寒々しくて思わず身

震いしてしまう。

先日、ルイさんに会ったとき、だいぶバラを整理されたみたいなので聞いたら、今は

40鉢ほどになりましたよ、と言っていたから私も数えてみたら、ミニチュアローズが入

っているごくごく小さい鉢まで入れるとそれでもまだ50以上あった。

いつも剪定の終わったベランダがあまりに殺風景なので、つい増やすことを考えてし

まうけれど、はたしてどうしたものか。剪定結果を見てからまた考えよう。

それから、切り口を消毒する意味もあって石灰硫黄合剤を塗布した。

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扱いがちょっと危険で刺激臭があるためこれも賛否両論あるけれど、私はやれるとき

はやるようにしている。これを枝や株元に塗っておくことでカイガラムシなどは抹殺でき

るし、ベランダ栽培では最もやっかいな春の菜種梅雨の頃のうどんこ病や、そのあと

陽射しが強くなって乾燥した後に一気に出るハダニの害が少なくてすむように思うから

だ。うちでは1年にたった一度だけの農薬散布。十倍液を刷毛で塗布した。

それから、鉢がすっかりコンパクトになったので、いつもはあまり陽の当らない東のほ

うに置いてある鉢もほとんど西へ移動させた。冬の陽射しとはいえ昼間は陽の当たっ

ているところは暖かいから、少しでも平等に太陽パワーを享受してもらいたくて。

そしたら東はすっかり広々ときれいになって、これで植え替えもやりやすそうだ。

さて。早くやらないとなあ。

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2011年1月19日 (水)

リンゴでパリを驚かせてやる

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うちには薄型でワイド画面の素敵な薄型テレビはない代わりに相変わらずETみたい

に後頭部のでかいブラウン管テレビがあるだけだし、それどころかまだ地デジ対策と

やらもしていなくて、BSもWOWOWも見られないから今の(地上波の?)TV番組ではほ

とんど見たいものがない。私はTV制作関係者に問いたいくらいだ。あなたは本当に自

分の作ったTV番組を見ているの? それで面白いと思うの? 

チャンネルを変えたところでどこも似たような番組ばかり。笑えないお笑い芸人の類に

はもうとっくにうんざりだ。それで結局なんだかんだ言ってもニュースに始まりNHKばか

り見ているような気がする。

でも、そんな現状の中でもビジョンと熱意を持って制作をしていると感じられる番組も

数少ないけれどあって、毎週土曜10時からTV東京でやっている『美の巨人たち』も

そのひとつだ。毎週ほぼ欠かさず娘と一緒に見ているけれど、この番組独自のユニー

クな視点と切り口で、名画に隠された謎を解き明かしてくれる。毎回なんらかの驚きと

発見があって、1枚の絵にこめられた画家の思い、またその絵にたどりつくまでの画

家の人生を知るとき、いつも感動させられてしまう。特に私はこの番組で、かつては

それほど興味のなかった日本画にも興味を持つようになった。

そんなわけで毎週楽しみにしているのだけれど、去年の12月18日に放送された『今

日の1枚』は、近代絵画の父と呼ばれるセザンヌの『りんごとオレンジ』だった。

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今でこそ故郷のエクス・アン・プロバンスの町中にその名を冠した通りや店を見つける

ことができるセザンヌだけれど、当時は親の遺産を食いつぶして変な絵ばかり描いて

いる変人、『エクス・アン・プロバンスの変わり者』と呼ばれて町中の人から嫌われて

いる存在で、時には子どもに石を投げつけられるほどだったという。

そんな誰にも認めてもらえないセザンヌだったけれど、それでも彼は絵をあきらめるこ

とはなかった。それどころか、セザンヌには大いなる野望があったのだ。

『リンゴでパリを驚かせてやる』という言葉がまさしくそれである。

そして、それを実現したのがこ1枚であるという。

この絵にはセザンヌが生涯を通して好んで描き続けたリンゴとともにもうひとつのモチ

ーフ、サント・ヴィクトワール山が描かれているのだけれど、それがどこにあるかわか

るだろうか? そう、後ろの布が盛り上がったところがそれなのだけれど、なぜ室内で

描いている静物画の中にいきなり山を描いてしまったかというと、セザンヌがあまりに

サント・ヴィクトワール山を愛してやまずに年中描いていたため、もうほとんどその形が

頭に刻み込まれて無意識のうちに好きなものを描いてしまったのではないかというの

だ。面白いですね。

セザンヌというと私は、小学校の頃にもらった美術の教科書にも載っていた静物画の

画家、静物画と言ったらセザンヌ、くらいの感覚しか持っていなかったのだけれど、こ

の番組を見て、時代がどんなに変わっても自分の信じるところを描き続けて変わるこ

とがなかった、大いなる頑固者にして愛すべきセザンヌがすっかり気に入ってしまった

のでした。

それで、番組最後に知らされる視聴者プレゼントで、セザンヌの図録と2011年のカレ

ンダーをくれると言ったとき、思わず応募してしまったわけです。携帯サイトからで、そ

の手順はけっこう面倒くさかったし、感想やら自分が取り上げてほしい画家の1枚だの

書かなきゃならなくて大変だったけれど、それでもめげずに書いて応募したところ、な

んと先日、携帯に当選通知がきました!

なんでもやってみるもんですね。

そして、昨日届いたのが上の写真の『セザンヌのアトリエ』という小冊子と小さめの壁

掛けカレンダーです。

これがまた素敵なの!

両方ともセザンヌのアトリエに関するものなのだけれど、そのアトリエ自体がもうアート

というか、セザンヌ自身なんですね。

セザンヌは、ふつう生きているとは思われていない無機質なものにまで心があると思

っていた人だということだけれど、アトリエを見るとそれがよくわかる。その部屋は一見

簡素でほとんど家具もなく、絵のモチーフのための物たちが無造作に置かれた部屋の

ように見えるけれど、その隅々にはセザンヌのスピリットが瑞々しく行き渡っていて、

物たちは有機的に絡まりあい、まるで生きているようなのです。まるで、まだそこに画

家がいて、それらの物たちに息を吹き込んでいるような ・・・

絵描きって、絵描きのアトリエって、こういうものなんだ、とあらためて思い知らされまし

た。まいりました。これからセザンヌの絵を見る目が変わってしまいそうです。いや、も

う変わってしまったか ・・・。

そんなわけで私の新しい1年はラッキーで始まりました。

1年間、セザンヌの絵を毎日見て過ごせるという。

なんて素敵なラッキーなんでしょう。

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2011年1月18日 (火)

今年最初のオラクル

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今日、夢の中に懐かしい人が出てきた。

以前の職場の、会社の社長。

夢の中でも彼女はすごく大胆で、クリエイティブで、相変わらず魅力的だった。

あれから何年過ぎたのか。

私がこれだけ年をとったということは、彼女も年をとったということだけど、今でも家庭

画報に載ったりしているんだろうか。

かつて私は彼女に気に入られていたようだけれど、でも夢の中では私は彼女に否定

されていて、今の私がどこか、何か、本来の自分とは違っているような、それがなんな

のか、あともうちょっとでわかりそうで、わからない、もどかしい感じで夢から覚めた。

それが何なのか考えていたら、午後に届いた荷物の中に入っていたカードにはこんな

言葉が書いてあった。


   怖れとは否定的な現実を『選択』することである。

   人生を本当にコントロールできている状態とは

   全くの努力不要な状態である。

   あなたが一番ワクワクするものを行動に移すとき、

   望む現実を起こすことができる。

   あなたがあなた自身でいるとき、

   宇宙は一番ラクにあなたをサポートできる。

                                  バシャール


今年最初のオラクルはタイムリーにやってきた。

この言葉の感じはすごくよくわかる。

こういう波はときどきやってきて、今にもその波に乗れそうな気がするけれど、それよ

り先に私はすぐにハイになってしまって無駄にエネルギーを使い果たしてしまい、うま

く乗れたためしがない。

でも、何をどうしたらいいのか、その感じはちょっとわかる。

これも夢と同じようだ。

外に出ると今日も空は青く晴れていて、白いウールモッサのコートを着たような木蓮

の芽がすごくかわいらしかった。

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2011年1月17日 (月)

グレイッシュ・トーン

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昨日はすごく寒くて外に出るとほっぺたがピリピリするくらい大気が冷たかったけれど

青空のきれいなことといったらなかった。

東京の冬の空。

その空の青さ。

私の好きなもののひとつ。

今日は今日で雲は多かったけれど、雲の切れ間から冬の陽が射してくるところはすご

くきれいだった。しばらくベランダに立って見とれていた。

そういえば、『レンブラント 光の探求/闇の誘惑』は忘れずに見に行かなければ。

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2011年1月16日 (日)

ベビーアルパカのマフラー3本目めも完成♪

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先日来、暇をみつけては編んでいたベビーアルパカの3本めのマフラーがやっと完成

した。先日のは毛糸を買ったショップでもらった編み図どおりに編んだもので、こちら

は同じケーブル編みでも本から引っ張ってきて模様編みを組み合わせたオリジナル。

細いケーブルが2本と、それ以外に左上交差が3本はいることでぐっと柔らかいフェミ

ニンな雰囲気になった。

さすがにケーブルを5本も入れると気が抜けないし、こちらのほうが幅も広いので編む

のに時間がかかって、とちゅう集中力が切れて2本どりの糸を1本落としたり、糸割れ

で変なループが出るようなミスをして編み直したりしたから、さらに時間がかかった。

なんでもやってみないとわからないものだけど、マフラーって幅が細ければ短くてもい

いけれど、幅を広くしたらそのぶん長さも必要になるんですね、知らなかった!

先日、編んだグレーのが幅13センチで長さがフリンジなしで140センチ、これと同じ

キャラメル色のが幅15~16センチで長さ148センチ。今回のは幅17センチで長さ

160センチ、フリンジまで入れると180センチになるのだけれど、実際にした長さの

イメージは前のとそんなに変わらない。

長さも幅もあるので今回のが1番手間がかかって大変だったけれど、できあがりには

とっても満足。編んでいるときは重さも感じたけれど、さすがベビーアルパカ、してみる

と軽い。幅広なので首元がとっても暖かいです。

ちなみに先日たまたまどこかの毛糸屋を見ていたら、メンズ用の(アクリルも入った)

アルパカ・ウールのただの二目ゴム編みのマフラー(幅17cm、長さ175センチ)の完

成品の定価が23100円でした。ということは、ベビーアルパカ100でケーブル編み

のマフラーだったらいったいいくらになるんだ!? ・・・ と思ったら、もうそんなのは

とっても買えないからやっぱり自分で編むしかないですね。

ほんとはグレーの中細のベビーアルパカがあとマフラー2本分残ってるんだけど、さす

がにこれで細い糸を編むのもケーブル編みも心底うんざりしたから、次は太い糸でシ

ンプルにザクザク編めるのにしよう!

とにかく冬の寒い間に予定枚数編んでしまわなければ・・・

というわけで、編み上がったものから手を離れて旅立っていきます。

きっと寒そうにしているあの人のもとへ!

喜んでもらえるといいなあ。

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2011年1月15日 (土)

初泳ぎ

Swimming_02

母はいつものようにプールバッグをかついでプールに出かけた。

そして、いつもはたいてい3時半には家に帰って来るのに、その日は4時を過ぎても

帰って来なかった。 それでも僕は、きっと母はどこかで誰かにつかまってお喋りでも

してるんだろうくらいに思って気にも留めていなかった。ただ、土曜日の遅いランチが

いつまでたってもやってこないので、お腹が空いてしかたがないだけだった。

けれども母は6時になっても8時になっても帰って来ることはなく、10時を過ぎても何

の連絡もなく、ついにその日は帰って来なかった。携帯電話もまったくつながらない。

それからもう一週間、母からは何の音沙汰もない。

僕と妹はついに警察に捜索願いを出そうかと話し始めたところで、ブラジルから一通

の手紙が届いた。

差出人は母だ。


・・・ なーんていうことをマジで、本気で、やってしまおうかと思ったほど昨日は息子と

の間で心が壊れてしまうできごとがあって、でも、そういう唐突な形じゃなくてもお互い

の自立と自由のためにはそのくらいのことを一度やってもいいんじゃないか・やったほ

うがいいんじゃないか・そのために私は今から貯金をすべきだろうか? などと考えな

がら起きる。今朝は曇っていてとても寒く、頭もからだも重い。

それでも時間になったらオートマチックにバスルームに行ってからだを温め、水着を

着て家を飛び出してゆく。寒いからといって何の躊躇もない。・・・ というのは、自分で

もすごいと思う。スイミングを始めて週1回でも1年中泳ぐようになって1番変わったの

はメンタリティーかもしれない。寒いとか暑いとかいうことにいちいち頓着しなくなった。

かつては風邪をひくとすぐに喉をやられて気管支炎になりそうなほど喉がウィークポイ

ントだったのに、今ではその片鱗さえなくなった。泳ぎ自体は相変わらず全然満足で

きるレベルじゃないけれど、それだけでも進歩と言えるだろうか。

先週はプールに行けなかったので、今日が今年の初泳ぎ。

なんとコーチは何年ぶりかでKコーチだった。

暮れにオファーをしたのがよかったのかな。

思わず拍手をしてしまった。

Kコーチはスイミングを始めたときの最初のコーチで、クロール、背泳ぎ、平泳ぎ、と

数年みっちりお世話になった。10年ほど前に脳梗塞をやった後遺症とかで口がうま

くまわらないせいで、口で説明する代わりに実際に自分でやってみせる、手とり足とり

教える、という人で、それが私にはかえってとてもわかりやすくてよかったのだけれど

オバサマ方の中にはその手とり足とり教える、というのを『からだに触る』、いわゆる

『セクハラ』ととる人がいて、クレームがあったのでそれ以来上級クラスを教えられなく

なった、というのを前に聞いたことがあった。実に馬鹿げた話で、それを聞いたときに

は頭にきた。実際、そのクレームの張本人の言い分も聞いたけれど、バッカじゃん!

自意識過剰じゃねえの、私が男だったらあなたになんかぜったい触らないけど? 

というような人だったのだ。

数年ぶりに受けるKコーチのレッスンは非常に充実したもので、上級クラスではもうや

らなくなって久しい基礎的な「1、2、3、パァ」をしながらのバタ足に始まり、クロールと

平の片手スイムとか、今やってもちゃんとできないことが多くて、端的に自分の欠点が

わかってよかった。今日1番の収穫はバッタのプルの手の平の角度を変えるだけで

肩の可動領域もからだの重心も変わること。私は手の平の角度が悪かったのだ。

そういうわけで、久しぶりに泳いだおかげで帰りには心身ともにすっきりして、冷たい

冬の大気を心地よく呼吸しながら自転車のペダルを踏んだ。

そういえば先日書き忘れたけれど、『かもめ食堂』でサチエさんが泳いでいたプール

はすごくよかった。ちょっとどこかの地下神殿を思わせるクラシカルな雰囲気の建物

で、コースロープの張られていないプールを泳ぐのは伸び伸びしていて気持ちよさそう

だった。サチエさんの平泳ぎはいわゆる競泳とは違う昔ながらのカエル泳ぎで、海で

泳ぐときのように顔を上げたまま、手も足も大きくまぁるく掻いて蹴る泳ぎ方だったけど

からだの力が抜けたすごくリラックスした泳ぎ方でどこにも無理がなく、ふだんから泳

ぎ慣れた人なんだな、と思った。

私にスイミングは似合っている、とMは言うけれど、サチエさんにもスイミングは似合っ

ていると思う。

・・・ というわけで、3冊目めのスイミング本。

これは前回の本より初心者向け。

写真も豊富でわかりやすい。

私がこの本を買ったポイントはブレス(息つぎ)に力を入れていること、かな。

でも今年はスイミング以前にまずは自分のからだの悪い部分を治して痛いところが

ないようにすること、インナーマッスルを鍛えてもっと楽にしなやかに動くからだにした

い、と思うのです。

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2011年1月14日 (金)

Alone Together

11lylac_rose

昨日はTwitter でいち早く情報を知った息子からJAZZドラマーの古澤良治郎さんが

亡くなったらしいことを聞いてショックを受けた。

古澤さんの演奏は新宿ピットインや今はなき上野のGH9で何度か耳にしているし、

いつぞやは隅田川の花火大会の日に浅草の駅前でその姿を間近に見て、「はー、

古澤さんだ~」などと思ったりしたことを、ついこのあいだのことのように思いだして。

息子は昨日はちょうどギターのレッスンの日で、「変な言い方だけど今日学校行って

もいないんだと思うとちょっと不思議な気分だ」と言いながら出かけて行った。

それほど親しかったわけではないけれど、比較的よく顔を合わせることのあった身近

な人の死は息子にとってそれ相応に考えるところがあったらしい。

夜遅く帰ってきた息子に、いつものように「(レッスン)どうだった?」と聞くと、「今日は

いいソロが弾けた!」という答えが即座に返ってきた。いつもは、たとえば師匠から褒

められたりするようなことがあっても自分では今ひとつピンときてなかったのが、今日

は人から褒められるとかそんなことよりもっと前に、自分で良いと思えたのだそうだ。

それって何より1番大事なことだよ、セザンヌだってゴッホだってアンリ・ルソーだって

それだけで一生画家たりえたんだからさ、なんて私は言ったのだけれど、今日よいソ

ロが弾けたのは古澤さんのお陰なのだという。古澤さんの死を自分に置き換えていろ

いろ考えちゃったら結果的に良いソロになったということらしい。

いつも思うことだけど痛みほど人を覚醒し、コンシャスにするものはないからね。

「特にやってたのがAlone Together だったりしたから、よけい」と息子は言った。

Alone Together という曲に関してはお気に入りのブロガーさんの記事をリンクさ

せていただこう。→ ALONE TOGETHER 

古澤さんは孤独死であったらしい。

この寒空に孤独死などと聞くと私はどうしたって可哀相にとは思わずにはいられない

タイプだけれど、私の死の概念も若い頃とはずいぶん変わった。私がいま『死』から

まっ先に連想するのは、『現世からの解放』だ。この三次元空間の、地上の、ありと

あらゆるしがらみや苦痛から解放されて、軽やかに嬉々として空にのぼってゆく魂が

見えるようだ・・・

もちろん、アーティストであったらやりたいことはまだまだいくらでもあったろうと思う。

そういう点で惜しくない命はひとつもないし、寿命ということから言ったら古澤さんは

ちょっと早すぎたような気もするけれど、でも、もう、こころもからだももたなかったの

だろうと思う。

息子には、「だったら古澤さんに感謝しなくちゃね」と言った。

昨日は古澤さんの65歳と数ヶ月の音楽人生とミュージシャン魂に敬意を表するとと

もに、どういう形であれ、それが下の若い世代に引き継がれ、実を結ぶであろうこと

を思って、謹んでご冥福をお祈りした。

そして、こんな言い方はルー大柴みたいでなんだけれど、私も早くAloneをTogether

してくれる人を見つけなくっちゃ!

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2011年1月12日 (水)

HAYABUSA★

11hayabusa

今日、ブロガー友達のルイさんと久しぶりに会って1時間ばかりお茶をした。

これはそのときにもらった『はやぶさ』の模型。

「あれは見ると泣けますよ。一度見に行ってください」とルイさんは言った。

ルイさんはもう3回も見に行ったのだそうだ。

一級建築士であるルイさんは典型的な理数系の人らしい。

数学に弱い私は男でも女でも理数系の人に憧れる。

ルイさんがそんなに言うなら、これは見に行かないとかなあ?

澄みきった青空と、きりっと冷えた大気がここちよい、

ものすごくよく晴れた爽やかな冬の午後。

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2011年1月11日 (火)

ベビーアルパカのマフラー2本完成♪

11allpaqa_6      

ベビーアルパカ100の毛糸で編んでいたケーブル編みのマフラーが2本完成した。

グレーのは中細2本どり。ミルクキャラメル色のは並太なので1本で編もうと思ってい

たのに、並太というには細くてコシがなくて、けっきょくこれも2本どりで。

見た目はなんの変哲もないマフラーなんだけど、これがするとなかなかカッコイイ。

軽くて、ふわっふわで、あったか。

今日、チャコールグレーのニットを着てこのマフラーを巻き、

「どう? スタイリッシュでしょ!」

とポーズをとってみせたら、子ども2人して「ほんとだ~♪」

そ! 何か作る上で自己満足というのも大事な要素(^-^)

でも、さすがにケーブル編み2本を編んだら飽きてきたので今度はシンプルに一目

ゴム編みのマフラーにしようとやってみたのだけれど、これがなんだかピンとこなくて

結局もっと凝ったケーブル編みになってしまった。これじゃあ、ますます時間がかかっ

てしょうがないのに ・・・。いったい私はどこまで面倒なのが好きなんだか。

つくづく編みものは、もともと凝った糸でシンプルに編むか、シンプルな糸で凝った編

み方をするか、なんだよなあ、と思う。

アルパカは肌触りが良くて素材としては最高なのだけれど、原毛自体の色が濃いか

ら色のバリエーションは少ないし、糸は柔らかいけれどコシがなくて細い。

ゆえに、ただシンプルに編んだだけじゃつまらないのです。

できあがったものを実際にするとなかなかシックな色ではあるのだけれど、ただ見て

いる分にはババ臭くも(おじさん臭くも)あったりして。

こういうどこかトラディショナルな感じのものを編んでいると、心は勢い「これ、いったい

誰がするんですか?!」みたいなアーティスティックなものが作りたくなってきちゃって

その心の振り幅(というか、とち狂い方)が自分でも面白かったりするのです。

下は川淵帽子店で買った父のカントリーツィードの中折れ帽とアルパカマフラー。

11allpaqa02

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2011年1月 4日 (火)

グレン・グールドと編みものセラピー

10amimono

今でこそどんな音楽を聴きながらでも文章が書けるようになってしまった私だけれど、

少し前まではそうではなかった。でも、唯一と言ってもいいかもしれない、逆の作用を

する音楽もあって、それが私にとってはグレン・グールドだった。

逆の、というのは、むしろ音楽があることで気持ちが落ち着いたり、よりロジカルにな

れたり、インスパイアされたりして書ける、という意味だ。

グレン・グールドの弾くピアノが無機質なまでに正確無比だから、とは言わないけれど

必要以上に感情的じゃないのがいいのだと思う。

グレン・グールドのピアノを聴いていると、まるでエッシャーのだまし絵の中のまっ白な

階段を上ったり下りたりしているような、ちょっとしたトランス、というか瞑想的な気分に

なってくる。そして頭はぼやけるどころか、どんどんクリアになってくるのだ。

昨日の夜、たまたまNHKで何かの番組を見ていたらその続きで突如として坂本龍一

の『スコラ(schola)音楽の学校』が始まってしまって、面白いので家族3人で深夜

まで見てしまった。その1番最初の回がJ.S.バッハ。とうぜんグレン・グールドの話

になって、グールドが嬉々として片手で指揮をしながら朗々と歌いながらバッハを弾く

有名な映像が流された。坂本龍一がグールドのことを『バッハの化身』と呼んだのが

印象的だった。

それで、というわけじゃないけれど、今日は編みものをしながらグレン・グールドを聴

いている。先日までカーディガンを編んでいたときには何段目かに何目ごとの分散増

し目、とか減らし目とかがあってまったく気が抜けなかったのが、マフラーともなるとい

ったん編み方さえ覚えてしまえば、あとは決まった長さになるまで延々と編み続ける

だけだから、とっても単調なのだ。しかもいま編んでるのが細い糸でケーブル編みな

んかをやってるものだから、ますます時間がかかってなかなか進まない。

で、そういうのがまたグールドのピアノに合うんですね。

グールドの弾く小気味よいピアノのテンポに乗ってサクサク編めます。

そして、これは久しぶりに編みものを再開して思うことだけれど、編みものってやって

いるうちに自然と無心になれるので、ちょっとしたセラピーになるのではないかという

こと。たとえば瞑想なんかは(私もやってみたことあるけど)誰でも今すぐできるっても

のじゃない。私の友人はペルーに行って瞑想をマスターしてきたと言うけれど、瞑想に

はそれなりに指南者もテクニックもいる。それから、ふだんあんまり身体を動かしてな

いような人が心頭滅却するために急に走ったりするのも故障のもとになるし、第一す

ぐに疲れてしまって続かないだろうと思う。

その点、編みものはいつでも空いた時間に手軽にできて、いつでも好きなときにやめ

られる。それほど体力もいらない。こころのありようはすぐ手に、編み目となって出る

から、それをコントロールしているうちに次第にこころも落ち着いてくる。目数を数えな

がら編んでいるうちにいつのまにか日頃の雑念は消え、単純にただ無心に編んでい

るだけの状態(つまり瞑想に近い状態)がやってくる。好きな音楽でもかければさらに

その効果は倍増。そして徐々に形になってくるものを見るのは達成感にもなって一石

二鳥。

・・・ と、私は思うのですが、いかがなものでしょう?

ちなみに、いま編んでるのは父のマフラーです。

このグレーの糸はベビー・アルパカ100%でとっても肌触りがよく、糸の滑りもよくて

編んでいて気持ちがいい。ベビー・アルパカってヨーロッパではカシミヤより高級な素

材とされているのだとか。それも納得できる、ふわっふわの編み上がり。

といってもカシミヤにくらべたらずっと手頃な価格なので、ニットは好きだけれどチクチ

クは苦手、という人にはうってつけの糸です。

そう、そして自分のカーディガンを編み始めて今まで自分のものってほとんど編んだこ

となかったということに気づいた私ですが、マフラーを編み始めて気づいたのは、なん

と私は今まで一度もマフラーを編んだことがなかった、ということでした。

中学生の頃だったか、バレンタインにチョコレートと一緒に長い手編みのマフラーを好

きな男の子にプレゼントする、というのが流行ったことがあるのだけれど、その頃はそ

んなのに無縁だった私は、女の子が初めて編んだらしい目のガタガタな下手っぴなマ

フラーを横目に、私が男だったらこんなのもらっても絶対しないな、なんてクールに思っ

てたものでした。その頃から『目が揃ってないのも手作りの味』、なんていうのが嫌い

だった私。昔、昔の思い出。

いまは延々行きつ戻りつしながら、マフラーってこんなに長かったっけ?!なんて思い

ながら編んでいるところです。

私はこの冬、いったい何本マフラーを編むつもりなんだか。

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私のカーディガンもやっと完成!

11cardigan

暮れにコトリ花店でも話したとおり、このお正月はできたら編み物三昧にしたいと思っ

ていた。厳密に言うとお正月だって主婦には休みはないから、なかなか編み物三昧、

とまではいかないけれど、昨日の午後からやっと着手し始めました。

それで、あとヨークだけ編んで接いだら完成! というところでほっぽりぱなしだった

私のカーディガンがやっと完成しました。

ところが。

昨日、編み終わって接ぐ前に軽く羽織ってみたら、失敗作であることが判明。

2ヶ所ミスしたところもあるし、性格的にはもうよっぽどぜーんぶほどいて編み直そう

かとも思ったのだけれど、すでに次にさっさと着手したいものもあるし、これはこれで

着られなくはないし、まあ試作品ということでこのまま残すか、ということで完成させる

ことに。

思えば、今までセーターと言ったら別糸で後からほどける作り目でパーツを編んで、

編み終わったら作り目をほどいてゴム編みをして、パーツができあがったらつないで

襟ぐりのゴム編みをして完成、というところを、これは最初からほどけない作り目で身

頃と袖を編んだら、それらを輪針で拾い目してつなげてヨーク部分を編み、脇の下だ

け接いで完成、というしろものなんですね。

初めての経験で、本もAmazon のレビューにあったとおり、ちょっとわかりにくいところ

もあったし、ひっさびさに編み物をする身としてはけっこう難しかったです。

要は慣れなんだと思うけど。

ともあれ、完成、ということで、あと色違いで着分毛糸があるけれど、それはとうぶん

先延ばし、ということにして次にいこうと思います。

ちなみにこれ、接いでくれたのは娘。

なんて便利! 一家に一人、お針子!

11cardigan_01

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2011年1月 3日 (月)

そよかぜ 墓場 ダルシマー

A_man_who_listens_to_mozart_2

騒がしい友達が帰った夜おそく食卓の上で何か書こうとして

三十年あまり昔のある朝のことを思い出した

違う家の違うテーブルでやはりぼくは「何か」を書いていた

夏の間に知り合った女に宛てた「別れ」という題のそれは

未練がましい手紙のようにいつまで書いてもきりがなかった

そのときもラジオから音楽が流れていて

その旋律を今でもぼくはおぼろげに覚えている


そのときはそれでよかった

ぼくは若かったから

だがいまだにこんなふうにして「何か」を書いていいのだろうか

ぼくはマルクスもドストエフスキーも読まずに

モーツァルトを聴きながら年をとった

ぼくには人の苦しみに共感する能力が欠けていた

一所懸命生きて自分勝手に幸福だった


ぼくはよく話しよく笑ったけれどほんとうは静かなものを愛した

そよかぜ 墓場 ダルシマー ほほえみ 白い紙

いつかこの世から消え失せる自分 ・・・・・・


だが沈黙と隣合せの詩とアンダンテだけを信じていいのだろうか

日常の散文と劇にひそむ荒々しい欲望と情熱の騒々しさに気圧されて


それとももう手遅れなのか

ぼくは詩人でしかないのか三十年あまりのあの朝からずっと

無疵で 


(谷川俊太郎 詩集『モーツァルトを聴く人』より、『そよかぜ 墓場 ダルシマー』)

***************************************************************

昨日も書いたとおり、今年はどこにも行かないお正月を過ごしている。

たった1日のことだけれど、これがなかなかいい。

子どもの頃から私はお正月が嫌いだった。

それというのも私の実家が、向田邦子の小説に出てくるようなきりっとしたお正月をや

る家ではなく、コタツにミカンにテレビ、という典型的な平凡な庶民のお正月をやる家

だったからだ。私は1日中だらだらやっているただ騒々しいだけのお正月番組にも興

味がないし、駅伝にもまったく興味がない。それでティーンエイジャーの頃はたまりか

ねて家を抜け出しては、街で友達と会ったりしていた。お正月の街は人も、開いている

店も少なくて、ちょっと非日常で楽しかった。

今でもお正月に実家に行くと、私は条件反射的に眠くて眠くてたまらなくなる。

何もすることがないから、というのもあるだろうけど、あの家にはそれ以上の何かがあ

るような気がする。

それにくらべると自分の家ですごすお正月は静かだ。

テレビもラジオもついてない。

部屋の中には朝のんだ珈琲の香りがまだ微かに残っていて、窓の外ではバラの葉が

冬の陽を浴びている。食事の時間が終われば、みんなそれぞれに自分の場所で好き

なことをしている。

それで新年にはたいていグレン・グールドを聴くことが多いのだけれど、さっきキッチ

ンで洗いものをしていたらモーツァルトのピアノ・ソナタがふいに頭に浮かんで、それ

で今日はこれを聴いている。小学館から出ている、谷川俊太郎の詩集とCDがセット

になったCDブック、『モーツァルトを聴く人』。

このCDブックについてはもうずいぶん前に書いたから詳しくは書かないけれど、子ど

もの頃から好んでモーツァルトの音楽に親しんできた谷川俊太郎が、その嗜好のまま

に曲を選び、自分の詩を朗読している。音楽と詩は絶妙に絡み合い、渾然一体となっ

て新たな作品となっている素晴らしいCDだ。

お正月の清冽な朝を、さらに浄化してくれるような音楽と声。

私はモーツァルトのCDもそれなりに持っているけれど、それよりもこの谷川俊太郎セ

レクトで聴くとき、モーツアルトが天上の音楽と言われることに心から納得する。

そして、そう思いながら聴いていたら、息子が「今これ聴くとわかるのが不思議だね」

とポツンと言った。

このCDブックを買ったのはかれこれ16年前、息子が小学校に入ったばかりの頃だ。

これを聴くと、いくら掃除してもしてもきれいになった感じが全然しないあの古い一軒家

で、誰もいない平日の休みに、窓をどこもかしこも開け放してこのCDを延々リピートで

聴きながらキッチンのペンキを塗り変えていた日のことを思い出す。

おかげでメロディーは頭に刻まれ、詩は暗唱できるまでになってしまった。

当時、子どもがいるときにも何度か聴いたのかもしれないが、詩人が離婚した妻のこ

とや、呆けた母親のことや、危篤の床にいる友人(武満 徹)のことを書いた詩の朗読

をしているのを聴いても、小さな息子にはわからなかったろう。それが、いま聴いてわ

かるというのは、それこそが時の変遷ではないか、と思う。

当たり前だけれど、16年前は私は今よりずっと若かった。

今よりずっと苦しんではいたけれど ・・・

続けて息子が、「これ聴いてても全然恥ずかしくないところがいい」と言った。

そうなのだ。

私はこれ以前は詩の朗読というものが嫌いだった。

いっときポエトリー・リーディングがブームになったことがあったけれど、心底やめてく

れえー! と思っていた。今だって、もし機会があってもそういう場には絶対に行かな

いと思う。単純に、気持ち悪いから恥ずかしいからその場から逃げだしたくなるから。

では何故これが聴けるかと言ったら、それは谷川俊太郎だからだ。

谷川俊太郎がリアリストで、リアリストたる声で自身のリアルな詩を朗読しているから

だ。どこまでも淡々と、酷薄なまでに。

もちろん、酔ったところが全然ないかと言うとそうではないのだけれど、むしろそれが

厳然たる情熱となって迫力を感じさせるから凄い。

それと、間。

音楽を愛する人だけあって、朗読の間が素晴らしい。

たとえば、このCDの最初に先ほど頭に浮かんだと書いたモーツァルトのピアノ・ソナ

タ第11番の第一楽章の後に読まれる詩のタイトル、『そよかぜ 墓場 ダルシマー』

だけだって、一度聴いたら頭から離れなくなる。

谷川俊太郎の詩の朗読には、音楽にあるグルーブと同じようなものを感じる。

谷川俊太郎にとって詩を書くことはカタルシスなのかそれを朗読することはカタルシス

になるのか、私にはわからないけれど、それを聴く者が聴くだけでカタルシスに到達

できるというのは、稀有なことではないだろうか。

詩の並び、曲の構成ともに完璧(かつ有機的)で、今まで私と同じように詩の朗読を敬

遠していた人、モーツァルト好きにはぜひ聴いていただきたいCD。

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2011年1月 2日 (日)

正月おせち考

11kiccyuoan

結婚してからだったか子どもが生まれてからだったかは忘れたけれど、お正月2日に

家族で実家に行くのは毎年恒例のことだった。

でも今年は行かないことにした。

ありていに言うと12月に私の妹と息子の間でひと悶着あって、息子が「ぼくは無用の

確執を作ったから行かない」とわけのわかったようなわからないようなことを言ったの

が発端だけれど、それだって元は私と妹との間のことだし、妹にしても暮れギリギリま

で汲々の思いで働いて、わずか数日の正月休みのために買い出しからおせちの準

備までするのはしんどかろう、それにうちの子どもが行くとなればそれなりにお金も使

わせてしまうだろうし、とりあえず家族の揃わない今年は遠慮しようと思ったのだっ

た。同じお正月に誰かを招ぶにしても、貴重な休みなら気を遣う身内より仲のいい友

達でも招んだほうが妹もずっとリラックスして楽しく過ごせるのじゃないかと思ったし。

そう言ってメールしたのが暮れのこと。

私が子どもだった頃は親の言うことは絶対で、友達と約束していようがなんだろうが、

法事法要、お墓参り、新年の挨拶まわり、なんてときには有無を言わさず子どもは親

に付いていかねばならなかった。けれど、今の私にはそんな昔の親の威厳はないし、

それ以上に私自身が、家族だからって、お正月だからって、無理に体裁繕って仲良く

することもないんじゃないか、という考えなのだ。人生もそう長くはないし、余計なとこ

ろに神経遣って消耗するより、心から楽しい時間をすごしたい。人を招ぶなんていう

のは温かいおもてなしの心があって、招ばれたほうも気持ちよく行かれるようでなけ

りゃ、またお互いにその心の余裕がなければ、招ぶのも招ばれるのもただ気を遣っ

て疲れるだけだ。これからは自分の気持ちを優先して本音でつきあってくれたほうが

いい、と言って、妹は「わかった」と言った。

父には、先日会ったときに、そんなわけで悪いけど来年のお正月は行かないよ、と

言った。さて、それからだ。

うちの子どもたちは「お節なんかいらない」と言うタイプだから、いつもお雑煮を作って

紅白蒲鉾とオードブルを用意するくらいで、おせちはいつも2日に実家で食べるもの、

ということになっていたのだ。いくら子どもがいらないと言ったって、お正月になんにも

無いないって言うのもなあ ・・・

それで、急きょ黒豆となますと松前漬けだけ作ることにした。

つまり私の好きなもの。

今はこういうことを思い立ってしようと思ってもすぐにレシピが手に入るから便利だ。

なますは思った以上にとっても簡単。

11namasu_2

大根と人参の太さが揃ってないのが素人くさいけど、素人なんだから仕方がない。

でも布巾でしっかり水気を絞ったから味と食感はよかった。

物の無い時代に育った母は『足りない』というのがどうも嫌らしくて、ふだんのおかず

にしてもおせちにしてもやたらといっぱい作る人だったけど、子どもの頃、私はこれが

大好きで、いつも山ほど食べて母に「あんたは変わった子だねえ」 と言われていたの

を思い出した。味の濃いおせちが多いなか、さっぱりとした淡白な味。

大人になったいま食べるとこれって日本のマリネで、ふだんの食卓にあってもいいん

じゃないかと思った。

そして黒豆は圧力釜で煮るといいとかネットにはいろいろ書いてあったけど、家にあ

るふつうのアルミ鍋で豆の袋の裏に書いてあったとおりに作ったらとってもうまくいき

ました。ふっくら、つやつや。箸で豆を挟んで持ち上げると自分の顔が映るくらい。

自分で言うのもなんだけど、めちゃくちゃおいしい。

11kuromame

これは丹波の黒豆よりは安かった北海道産。砂糖は沖縄黒砂糖を使った。

そう、そしてこの黒豆を器に入れるとき、うちにはいい器がないと思ったのだけれど、

食器棚の奥に今までなんとなく使い道がなくて使ったことのなかった器があることを

思いだした。安江潔さんの輪花小鉢。粉引きの白に黒豆の黒が際立ってぴったり!

松前漬けも私が小さい頃は母に手伝わされて延々スルメと昆布をハサミで細切りに

したものだけれど今や便利なキットがあるもので、お手軽にそれで作った。それを昨

日の朝お雑煮と一緒に出したら、「やっぱり松前漬けはカズノコが入ってる方がおい

しい」なーんて贅沢な息子が言うものですから(わかってたんですけど高かったので

やめたのでした)、今日新たにカズノコが入ってバージョンアップしたのがこれ。

10matsumae

・・・ というわけで、あとはいつもながらの私のお雑煮を作って、なんとなくそれなりに

形をつけて元旦の朝を迎えたのでした。

いつもお正月前の時期になると、NHKのお料理番組で和洋折衷のカジュアル・モダ

ンなおせちから、昔ながらの家庭料理のおせち、それから老舗和食料理のベテラン

料理長が作る古式ゆかしい格式高いおせちまで、様々なおせち料理の作り方を教え

ていて、見ていると面白い。おせち料理にはそれぞれ意味があって、そこには日本人

の心があるのだからいつまでも後世に伝え続けてほしいという料理長の気持ちもわか

るし、その盛りつけの美しさにも目を奪われる。そこまでいかなくても、簡単でキレイで

おいしそうなのも悪くない!

暮れに広島から仕事で東京にやってきた友人とランチをした後、かつての古巣(仕事

場)だった某デパートの特選和食器売り場をぷらっとしたときにも言ったのだけれど、

実は私には、いつか素敵な重箱でも手に入れたら思いきり力入れておせちを作って

みたい、という密かな野望があるのです。まぁ、単純に言っていつもの面白がりの性

格から出ていることなんですけれど ・・・

重箱、と一口に言っても、木粉ウレタン塗装と木製漆塗りでは天と地ほどに値段が違

う。かつて売り手だった身とすれば山田平安堂さんあたりが望みだけれど、かといっ

て年中使うならいざ知らず、1年に1回しか出てこないのだとしたらそんな高価なもの

は買えないし、第一いったいこの家のどこにしまっておくんですか? とも思う。

最近は漆器じゃなくても磁器や陶器でスクエアのスタッキングできるお洒落なのがあ

るから、ふだん使いもできるそんなのがいいかもしれない ・・・ などなどと夜中に考え

始めるとけっこうそれだけでもとまらない(いつもながらけっこうまじめに考える。)

さてさて、「今年は思いっきり力入れておせち作ってみました! じゃーん!!」なんて

言って私がおもてなしする日はいつ来ますことやら???

(1番上の写真は暮れに会社でお世話になった方からいただいた源 吉兆庵のお正

月のお菓子。和菓子そのものの雅さ美味しさもさることながら、パッケージもかわいく

て面白い。)

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2011年1月 1日 (土)

元日の夕暮れ

11ganjitsu_yu

雲は多かったけれど夕焼けのピンクに染まる空がとてもきれいだった。

平穏に始まった2011年、元旦の夕暮れ ・・・

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あけましておめでとうございます。

11new_year01

あけましておめでとうございます。

今年はうさぎ年。

さて、飛躍の年となるか?

願わくば、嬉しくって楽しくってぴょんぴょんしちゃうような年にしたいですね(^-^)

縁あってここに訪れてくださった皆さまの2011年が、健やかで光にあふれた1年で

ありますように!

心からお祈りいたします。


HAPPY NEW YEAR !

今年も君に光あれ!shine

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2011年の初日の出

11hatsuhinode

今朝はめずらしく目覚まし時計が鳴るより先に目がさめた。

いつもは私が起きないとぜったいに起きてこない娘が、先に起きて窓のカーテンを薄

く開けて外を覗きこんでいる。

あ、ちょうどいい! 

という娘の声とともに、私も起きてベランダに出た。

ちょうどいま、日が昇るところ。

2011年の初日の出。

なんともあたたかくて力強いパワー。

しばし手をあわせて祈った。

今年も健やかで良い年になりますように。

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