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2010年12月12日 (日)

せいさんの思い出

10kobayashi_syuji

まったくもって私は上顧客などではなかったからそんなに足しげく通ったわけではないけれど、せいさんの思い出はいろいろある。それも、わたしにとってはとびきりのが。
せいさんは、たまにやって来てはそれほど高い買い物をするわけでもないわたしを大事に
してくれた。・・・・・・ というより、ブランド物のバッグを腕にさげて連れだって賑やかにお喋りしながら店に入って来る、見るからにお金持ちそうなマダムたちより、休日の午後、あるいは仕事帰りの閉店間際に、こっそりひとりでやって来るわたしの方を好いてくれていた感がある。私を気に入ってくれるくらいだから、せいさんもけっこうな変わり者なのかもしれない。とても個性的な人だった。
いつも短く切った髪に、ほぼすっぴん。
シンプルだけど上質な服を着て、ときどきすごくインパクトのあるアクセサリーをしてらした。それがまたとっても似合うのだ。
個性的でインパクトがあるアクセサリーであればあるほど似合う人っていうのがいるけれど、せいさんもそういう人だった。
つまり、『無難』なんていう言葉とは対極にある人。

いまでもときどき思い出すのは、せいさんの店(ギャラリーせい)がまだ骨董通りの奥の古民家にあったときのこと。
わたしがまだ店に行きはじめて3回めか4回めのときのことだ。
せいさんは店を訪ねるときまっていつも備前の器でおいしいお茶をいれてくださるので、仕事帰りにお茶菓子を買って出かけた。さいわい店には誰もお客がいなくて、せいさんは岡山から届いたばかりの荷物をほどいているところだった。私が手土産を差しだすと、せいさんはとても喜んでくれて、まだ閉店にはもう少し時間があったのに、さっさと看板を下げて早仕舞いにしてしまった。それから二人でお茶をした。

ここが南青山とはとても思えない、静かな薄暗い古民家の中で木の椅子に座って、作家ものの高台のない、まるっこい備前の器にいれられたお茶は、たいてい玄米茶とか番茶とか、素朴なお茶が多かったけど、家で飲むのとはちがって不思議なほどおいしかった。
不思議な顔をしてお茶をのむわたしを見ながらせいさんは、大きな備前のピッチャーを指さして、「店に来るとまずこれに水をいっぱい入れておくのよ。そうすると半日か一日たった頃には、水がすごくおいしくなってるの」と言った。

そう、せいさんのところでいただくものは、お茶であれ珈琲であれ、なんでもおいしかった。
もちろん、水が入っているボトルやピッチャーも備前なら、ポットや急須も備前。汲み出しや珈琲カップもぜんぶ備前だ。それで、わたしもすっかり備前の魅力にやられてしまった。
(今でもそう変わらないけれど)当時のわたしにとって器を買う、しかも備前を買う、なんていうのは値段の多寡にかかわらず、とても贅沢なことではあったけれど、それ以上にあの店でせいさんとすごすわずかな時間は、わたしにとってはとてもとても贅沢なものだった。
そして不思議だったのは、お茶の味以上になんで私なんかにそんなによくしてくれるのか、ということだった。
そして、その日以来、せいさんを訪ねるのに手土産を持って行くのはいつものことになった。二人ともクドウのケーキが大好きだったから、たまにはクドウのケーキ、なんてこともあったけれど、せいさんは駄菓子みたいな素朴なお茶菓子も好きだったから、たいていはそんなもの。それこそ、せいさんは値段の多寡にかかわらず、いつだってわたしが持って行ったものを喜んでくれた。

そして、わたしのなかで最も記憶に残っているのは、ある朝のことだ。
いつものように子供は学校、わたしは通勤前の戦争みたいにあわただしい時間に珈琲をいれていて、うっかり陶器の白いドリッパーを倒してしまった。
そのときカン! という乾いた音がして、あたりに熱い珈琲と粉が飛び散っただけでなく、あろうことか、せいさんのところで買ったばかりの超お気に入りの小林修二さんの珈琲カップにヒットして見事に取っ手が取れてしまったのだ。しかも安物のドリッパーは壊れることもなく。そのときのわたしのショックたるや・・・・・・。
なんどもいうけれど、これはお金の多寡じゃない。
手作りの器っていうのは世界でただひとつのものなのだ。
それが壊れてしまったら、もう代わりはない。

なんたって通勤前の忙しい時間のことだから、くよくよ考えてる間もなくさっさと片づけて家を出たけれど、電車の中でも会社に着いて、頭から離れないのは壊れた備前の珈琲カップのこと。それでついに我慢できずに仕事中、ギャラリーせいが開くころに会社から電話をしてしまった。た。せいさんが自著の『家じゅう 備前』の中で、チップした備前を直す方法を書いていたことを思い出して、なんとかわたしも自分で直せないかと思ったのだ。それと、同じ作家の同じ形のカップがまだ残ってるかどうか ・・・・・・

とつぜん電話したにもかかわらず、せいさんはわたしがわたしがどれだけショックかわかってくださって、とにかく(壊れたのを)持ってらっしゃい、と言ってくださった。それから、同じ形のカップはまだあるから、それも見て行って、と。

電話した翌日だったか翌々日だったかもう憶えてないけれど、仕事帰りにせいさんの店に行って壊れたカップを見せると、せいさんは「まあ! ほんとにきれいに取っ手だけが取れてるわねえ」と言った。「もしかして、ちゃんとくっついてなかったのかしら」と言うので、いや、そんなことはないと思います、と言った。すると、せいさんは「直るかどうかわからないけどやってみるわね」と言ったので、私はなんだか面食らってしまった。
え? せいさんが直してくれるんですか?!
とびっくりしていたら、せいさんはそれを紙に包んで横に置き、今度はそれと同じカップをいくつかカウンターの上に出して見せてくれた。
私が珈琲を飲むのは毎日のことだし、そのときすでに私は備前以外では珈琲が飲めなくなっていたから、備前の珈琲カップは必需品だ。私は同じカップがまだあったことに心底ほっとして、その中からひとつを選んだ。
ちょっとペルシャ猫みたいな焼き色のやつ。

それで、その器を自宅使いで包んでもらって、お金を払おうとしたときだ。
「いらない」と、せいさんは言った。
はあ? いらない、って???!
「これは壊れたのの交換だから、代金はいりません」
せいさんは決然と言った。
人に有無を言わせぬ強さだった。

それで私はまたまた心底びっくりしちゃったのでした。
いったい、いまどき南青山でこんな商売をしている店がどこにありますか?
絶対に無い! 
デパートの(クレーム処理係の)お客様相談室ならいざ知らず ・・・・・・
それでわたしはあんまり申し訳ないので、エイヤってな気持ちでカップをもうひとつ選んで買って、ペアになったカップを大事に大事に抱えて、ものすごくハッピーな気分で家に帰ったのでした。
たぶん、季節はいまくらいの時期だったと思う。
もう、寒くなりかけたころの骨董通りの夜。
あのときの街の灯りの感じまで憶えてる。
それが、わたしとせいさんとのとびっきりの思い出だ。

そして、なぜいまそんな古いことを持ちだしたのかというと、つい数日前、何を思ったのか息子が突然、わたしにお金をくれたのだ。去年の誕生日のプレゼントだと言って・・・・・・
もうじき年が明ければすぐに次の誕生日が来るのに、今年のでもなく、来年のでもなく、去年の、ですか??? と思っていたら、「いつか壊れちゃった備前のかわりに、これで好きなの買ってください」みたいなことを言う。
これは前にブログにも書いたと思うけれど、いつだったか一年のあいだにまとめて何個も備前を割られてしまったことがあって、それで私はあまりにがっくりしてしまって備前からも、せいさんの店からも、すっかり疎遠になってしまったのだけれど、これもいつのことだったか、息子が「そんなに好きなら、こんどの誕生日にプレゼントするよ」と言ったことがあった。それからいったいどれだけ経ったかわからないけれど、それをいまくれたものらしい。

一瞬、まじ?!と言って喜んだものの、でもまあ、息子もまだ定職を見つけたわけじゃなし。こんなのもらえない、と思って「ありがとう! でも、これはいいよ。気持ちだけもらっとく」と言って返そうとすれば、息子は息子で「一度あげたものは返されても困る」と頑として言うじゃないですか。
男っていうのは小さくても大きくても言うことは同じなのね。
それならほんとにもらったお金で備前を買いに行こう! 
と思ったら、こんどはないのだ。せいさんの店が。
電話をしたら、もうこの電話番号は使われていません、と自動音声が言う。
そして、このブログにもリンクしていた『ギャラリーせい』のホームページも、いつのまにか
Not Foundになっていた。
それで、ものすごくショックで、ぼーんやりしてしまったこの週末。

夕飯を食べながら食卓でここに書いたようなせいさんの思い出を話していたら、「つまり、もうそういう商売ができる時代じゃないってことだね」と息子が言った。
たしかにそうだ。
でもあの当時だって、いまほど不況ではなかったにしろ、すでにそういう時代ではなかったと思う。そして、わたしがいま何を考えているかというと、宝物っていうのはいつだって失ってしまってから、それがどんなに大事だったかはっきりわかるっていうことだ。
売り手には売り手の、買い手には買い手の都合もあれば事情もあるのだけれど、宝物である以上、大事にしなきゃならない。
たとえば自分が宝物と思うミュージシャンがいたら、そう思う間だけでもずっとそのミュージシャンを支援しなきゃならない。支援というのは、好きである以上、できる限りライブに行ったり、CDを買ったり、あなたがどんなに素晴らしいミュージシャンであるかというのを口に出して伝えることだ。(少なくとも私にとっては。)
自分にできる支援なんてタカが知れてる。なんて、この際言ってはいけない。
そして、それは人でも店でもおなじだと思う。

そしてもうひとつ思うのは、人の心の中に宝物の思い出を刻める人っていいなあ、ということ。
わたしは今日ここにせいさんのことを書きながら、いろんなことを思いだしてうっとりしてしまった。そして、ギャラリーせいであんな時間をもう二度とすごすことができないことをさみしく思う。でも、良くも悪くも誰が見てくれているかわからないのがブログだから、またなんらかの情報が入ってきて、せいさんや、せいさんの選んだ備前に再び出逢えるかもしれない。それを願って今日は終りにしよう。

さて。上の写真は、最後のひとつになってしまった小林修二さんのカップと長方皿。
今日は米粉とアーモンドプードルを使ったチョコチップ・クッキーを焼いた。
できあがったクッキーはおいしかったけど、バターが多かったのか粉が少なかったのか、生地がやわらかすぎて型抜きするのに苦労した。それで最初はクマさんだったのが途中からウサギの型になってしまったわけ。
私のお菓子作りの難点は、家に粉を量るキッチン・スケールが無いこと。
デジタル・キッチンスケールなんて安いのいくらでもありそうなのに、それがわたしにはなかなか買えません。変なとこ貧乏性というかなんなのか。自分でもよくわかりません、この性格。
材料を正確に量るのがお菓子作りの基本なのにね。
下の本は、それまでなかった斬新な備前の使い方とセンスで、かつて一世を風靡したせいさんの『家じゅう備前』。
この本もいったいどれだけ眺めたことか。(ため息)

Sei_mari Sei_mari_01

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コメント

あちこちしつれいします☆(アイドルの出待ちピープル化してる?(笑))

ちょっとした掌編小説みたいだなぁと。ひたひたと来ますね。
宝物感(本当にきらきらした時間だった)が伝わってきます。
宝物だと思うものはちゃんと大事に扱っていかないと(小さくても行動で示さないと)っていうくだりが響きました。 素敵なエピソードどうもです。^-^

(脱線します)
最近同じ土地がキーワードで続いてちょっとおもしろくて。 ここ最近は「南青山」。
トークイベント,ちょっとしたセミナーと続き, 来月に延期になった友人の初個展(ウールのハンドメイド)をするカフェ。 ストーリー中の舞台になるお店。
つながりはないのにすごく近接してるんです。

ちょっと前は「広尾・西麻布」でした。
ゴスペルチャーチへ歌いに(ゴスペル隊として),マイケルイベントで踊りに(クラブ),または美術展へ・・・。 ちょっとおもしろかったので。^^

投稿: nanairo | 2010年12月14日 (火) 18:02

『家じゅう備前』のことを知りたくて、ネット検索したら、こんな記事がヒットしました。↓
http://runkao.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-4fe1.html

すでにご存じのことかも知れないけど。

投稿: waiwai | 2010年12月15日 (水) 07:33

nanairoさま、
ブログなんて星の数ほどあるのに、その中で関わってゆく人というのは、どこかしら共通するもの、チューンするものがあるからなんだろうと、先日nanairoさんのブログを見ていてまた思いました。
いくつかキーワードを見つけました。

そのひとつがゴスペルで、正直言うと私自身はゴスペルは苦手なんですが、私がいま一緒に仕事をしている友人は高校生の頃からゴスペルの女王と呼ばれる方に師事して歌を習った人です。
面白いですね(^-^)

nanairo さんがここにあげた中では、私はそのウールのハンドメイドの個展が気になるな。よかったら詳細を教えてくださいませ。

投稿: soukichi | 2010年12月16日 (木) 23:04

waiwaiさん、ありがとう!
私、『ギャラリーせい』と『生 万里』では検索かけたんですけど『家じゅう備前』では検索かけなかったので、この記事は見ていませんでした。
今年のいつだったか、せいさんが日本橋三越だったかどこかの百貨店で作家さんの個展をされた、という記事は見ていて、なんで青山にショップがあるのに百貨店で? と思ったことはあったんですけれど・・・
なので、貴重な情報、ありがとうございました!
この方のこの記事を見る限りでは、せいさん、またお店をやろうと考えてらっしゃるみたいなので、ちょっと安心しました。
またいつか、せいさんセレクトの備前を見ることができるかと思うと嬉しいです。
ありがとう!

投稿: soukichi | 2010年12月16日 (木) 23:12

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