« 心の糸 | トップページ | 日々のいろ »

2010年11月29日 (月)

冬の動物園で

10tama_doubutsuen

人生も80の齢近くなって、気づけばとうに連れあいもいなくなり、友人もことごとく亡く

なってしまって、晴れた日に時間ばかりはあるけれど行くところが無い、話す人もいな

い、というのはどんな気持ちだろうか。

私はもう少し父の気持ちになって考えたほうがいい。と、そう思ったのだ。

いつものように突然、たいした用もないのにやってきて、うちで数時間過ごして帰って

ゆく父を駅の近くまで見送りながら。

駅までのまっすぐな道を歩いてゆく父の後ろ姿はたどたどしく頼りなく、どこか虚ろで、

まるで子どもの頃に父と映画館で一緒に見たチャップリンの映画のラストシーンみた

いに、どこにゆくのか所在なさげだった。

それで思わず、久しぶりに動物園に行かないか? なんて言ってしまったのだった。

父はすぐ乗り気になったから、私はさっさと事を運んだ。

10tama_doubutsuen_01

当日、娘と2人で約束の時間にホームに行くと、父はずいぶん前に来ていたらしく「今

日はけっこう寒いな」と言った。電車に乗っている間中、父は外の景色を眺めながら、

かつて自分が不動産屋だったときに世話した土地やアパートがこの辺にはいっぱい

ある、と懐かしそうに話し続けた。小さい頃は子ども心に働いてばかりの父がかわい

そうだと思っていたのに、実は父は働くことが大好きなのだった。

玉川上水からモノレールに乗って25分。

多摩動物公園の駅に着いて電車から降りた途端、私は自分が薄着をしてきてしまっ

たことに気づいた。私の住んでいるところも都内にくらべれば2、3度気温が低いから

それほど変わらないだろうと思っていたら、ここはもともと山で緑も多い分さらに寒い

のだった。まわりを見ればダウンジャケットを着た人たちばかりだった。

それでも久しぶりの動物園はわくわくした。

私は何をするにしても面白がりだがら、父につきあって仕方なく来たという感じはまる

でなかった。入園してすぐのところでボランティアらしき案内の人に「ハチドリはどこに

いますか?」と聞くと、彼女がすごく気さくな面白い人で、いろいろ教えてくれた。

年寄りの父に気づくと、「もうすぐ11時半からオランウータンのスカイウォークが始まる

から、そこからシルバー・シャトルバスに乗って見に行くといいよ! 面白いから」と言

うので彼女の言うとおりにした。

バスの中は暖かく快適で、運転手が案内してくれる説明を聞きながら、園内で最も高

いところにあるオランウータンの居場所へはすぐに着いた。

10tama_doubutsuen_02

そこでしばらく大人のオランウータンと、身の丈数十センチくらいの子どものオランウ

ータンがサーカスのごとく巧みに鉄塔に登って2本のロープを渡ってゆくのを眺めた。

そこが園の頂上だから、あとはゆっくり行きたい順路に沿って降りて行けばいいので

楽だ。前に来たときは(と言ってもはや十数年前のことだけど)こんなサービスはなか

ったし、久しぶりに見る園内はとてもきれいに整備されていて以前とはまるで様子が

違っていた。前よりずっと導線がわかりやすくなって見やすくなったようだ。

妹からは父は長時間は歩けないと聞いていたから様子を見つつ歩いていたものの、

思いのほか父はよく歩いた。娘と私が何を見ても面白がるので退屈しなかったせいも

あるのかもしれない。アジア園からオーストラリア園を見て、途中にあった休憩所で温

かいけんちん汁を買って持って行ったおにぎりを食べた。それから全部じゃないけれ

ど目ぼしいところはひととおり見て、最後はやっぱりアフリカ園に行こう、となった。

動物園といったらやっぱりライオンやキリンを見なきゃ、というわけである。

10tama_doubutsuen_03_2   

端っ子にかわいい三角屋根のキリン舎がある広場はとても広くて、シマウマ、ダチョウ

キリン、シロオリックス、ペリカンなどが自由に動き回っている。キリンは大きいだけあ

って目の前まで来ると迫力があった。何種類もの動物がひとつところで共生している

姿はとても自然で美しく、いつまで見ていても飽きなかった。

・・・ と、横にいる父を見れば寒そうに鼻水を垂らしているではないか。

こりゃマズイと「さ、そろそろ行きますか」と踵を返したら、そこにライオンバスのチケッ

ト売り場があって、娘は乗ったことないと言うのでここでもさっさとチケットを買って乗る

ことにした。ライオンバスはキリンの広場の前に入り口があってそこから地下に入る。

我々3人が降りてゆくと、ひと足早く外国人のカップルが待っていた。その2人がとても

感じの良いカップルで、それぞれ目が合うと嬉しそうににっこりと笑顔を見せた。2人が

ライオンバスに乗るのをわくわくして待っているのが伝わってきて、私は仲の良さそう

な若い彼らを見ながら、動物園デートっていうのも悪くないな、と思った。

そして定時にやってきたバスの窓際に沿って横一列に肩がくっつくくらいに詰めて座っ

たら、なんだかホワンとした温かな気持ちになってしまった。

10tama_doubutsuen_07

このライオンバスがまたまた楽しかったのだ。

冬の陽を浴びて枯れ葉の上で同じような色をして寝ころぶライオンたちは、とてもリラッ

クスしていて心地良さ気だった。ここの動物園の動物全てに言えることだけれど、とて

も愛情深くケアされている感じで、人をまったく恐れていないようだった。そして、それ

が教育の成果なのかどうか知らないけれど、動物たちはとても愛嬌があってサービス

精神旺盛なのだ。

遠くにいた雌ライオンがこっちに向かってやって来たなあ、と思っていたら、バスの横

スレスレのところを通って歩いて行って、ポン!とエサ台の上に飛び乗った。

10tama_doubutsuen_08

10tama_doubutsuen_09

たちまち目の前に現れた等身大のライオンにみんな大喜び!

さらにライオンのほうからこちらに顔を近づけたりするものだから大騒ぎだ。

10tama_doubutsuen_10

ここでしばらくライオンとのガラス越しのスキンシップを楽しんだ。

10tama_doubutsuen_11

それにしても雌ライオンのなんて知的で優しそうなこと・・・

10tama_doubutsuen_12

それにくらべると雄ライオンのなんてブサイクで頭の悪そうなこと。

10tama_doubutsuen_04

そして、すぐ近くをバスが通ってるってのに最初から最後まで気持ちよさ気に爆睡して

いた雌ライオンちゃん。

10tama_doubutsuen_06_3

このライオンバス、無人で動いてるバスなのだけど、降りてから父が『よくできてる』と

言って感心することしきり。

というわけでライオンバスも大成功!

けっきょく、バスを降りた後も昆虫館をさまよったりサル山を見たりして、夕方近くまで

いたのだった。なんだかすごく楽しかった。

ただ日がな1日、空は晴れたり曇ったりで寒かったし、けっこう歩いたので父は疲れな

かったかと思ったけれど、聞けば全然だいじょぶとのこと。今まで父を食事に連れて

行ったり映画に連れて行ったりしたことはあったけれど、こんなに喜んだことはなかっ

た。父はやっぱり身体を動かして自然と触れ合ったりするのがいいんだなあ、家から

そう遠いといというわけじゃないんだし、こんなことならもっと早く連れてくればよかった

と思ったのだった。

すっかり身体が冷えてしまったので帰りにうちに寄ってお茶でも飲んでく?と聞いたら

父は面倒だからまっすぐ帰る、と言った。帰りも電車の中で延々と父の昔話を聞いて

いたけれど、気づいたら2人とも眠ってしまっていた。

そして私たちが電車を降りる間際になって、「今日はほんとに楽しかった。まったく無

駄のない1日だったし」と父が言ったので、私も「うん、そうだね。私もライオンバスに

乗れて楽しかったよ。ありがとう。また春になってあったかくなったら行こう」と言って

電車を降りた。

ホームを出てから、父の言った『無駄』という言葉が気になって、娘に「それにしても、

79歳の人が考える”無駄”ってなんだろうね?」と聞いた。

父にしても、日々とりたててすることもなく過ぎてゆく時間を無駄と思っているのかもし

れない。

下は斜陽を浴びて輝く百獣の王、ライオンの城。

10tama_doubutsuen_15

|

« 心の糸 | トップページ | 日々のいろ »

season colors」カテゴリの記事

コメント

ありがとう
と、つい言ってしまうほど、嬉しかったですよ。
読んでいて、ホロリ。

ここにも、娘のサービスを待ち構えている父親がいます
(笑)
自分からは、絶対に催促しないけどね。

やはり持つべきは、娘ですねえ。

投稿: 四季歩 | 2010年12月 1日 (水) 19:53

端々に静かなやさしさ, あったまります。^^

お父さまの
「無駄のない一日」がしんみり響いて,うれしくなりました。

きっと

何気ない一瞬も,どの瞬間を切り取っても,
楽しさが詰まった一日だったのでしょうね。
しっぽまであんこの詰まったたいやきみたいに♪
( くいしんぼうでごめんなさい! (^^ゞ )

ありがとう☆感謝です

投稿: nanairo | 2010年12月 1日 (水) 23:43

四季歩さま、
その若さで、今から?
ちょっと早いんじゃないかなあ~ smile
それに四季歩さんくらいイカシタ父だったら、
娘が誘ってくれるの待ってないで
自分から誘っちゃったほうがいいと思うよ~
「パパ、こんな素敵なとこ知ってたんだ、さすが!」
なんて言われちゃってくださいな!wine

投稿: soukichi | 2010年12月 2日 (木) 23:37

nanario さま、
しっぽまであんこの詰まったたいやき♪
いい表現だな! ざぶとん1枚!happy01

年とるとなんかさみしいね。
特にうちの父みたいに、働くのだけが生き甲斐だったみたいな古い男の人は。
それにくらべると女性はいくつになっても自分の楽しみ見つけてそれなりに
ハッピーに生き生きと暮らしてるような気がします。
圧倒的なコミュニケーション・スキルの違いでしょうか。

ただ自分が子どものときからこれまでにしてもらったことを考えると、いま自分に
できることくらいはしてもいいよなぁ、と思うのです。

投稿: soukichi | 2010年12月 2日 (木) 23:45

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 心の糸 | トップページ | 日々のいろ »