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2010年3月30日 (火)

Blue Moon

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今夜の月は満月。

しかも今月2回めの満月。

ひと月のうちに満月が2回あるとき、2回めの満月を「ブルームーン」と呼ぶらしい。

滅多に起こらないことから、最強の願いごと叶えデーでもあるらしい。

・・・ となると、願わずにはいられない。


今月はいろいろあった。

20年近く近所にいた友人たちの引っ越し、娘の高校卒業、夜通し怖ろしい強風が吹

き荒れて一睡もできなかった夜。ネット上のやりとりでひどく不愉快な思いをしたり、

強制的に自治会の役員にならされたうえに、つまらない陰口をたたかれて夜、下の人

が家に押しかけてきたり。たまに女友達に連絡すれば、小学生の娘が学校でクラスメ

ートにハサミで20センチも髪を切られる事件。年度末の超多忙な時期に兄妹、親族

が相次いで入院して過労から酷い風邪をひいていた男友達と、寒い夜に食べた玄米

ご飯。その男友達の妹の死。私と同じ歳で2人の息子を持つシングルマザーだった。

そして初めて知った、男友達が抱える苦悩の真の理由。

思わぬことから打ち切りにせざるを得なかった仕事と人間関係。代りに新しく展開し

始めた、それより大きな仕事。それとは別に予定通り4月からスタートする仕事。

それだけでも充分手いっぱいで落ち着かないのに、会社のトップときたらここへきて

会社のロゴからマークからホームページからプロダクトのパッケージデザインから、

何から何まで新しくすると言いだしたりして。昨日から社内はケンケン・ガクガク。

そのトップの身辺にしたって、一挙によくないものが噴出してきた体だ。

いま、全てが転機、全てが変わりめ。

小さなことから大きなことまで。

細胞が新しく入れ替わるための浄化のとき。


実際にいま、季節の変わりめというだけじゃなくて地球規模で、個人レベルで、何か

の変わりめにきているらしい。

ひどく暑いときも、寒いときも、ちょっとリッチなときも、ビンボーなときも、いつも同じ

ことを思ってしまう私の思考回路が180度変わる日は、来るか?

それともむしろ、積極的に変えなきゃならないのかな?

・・・・・・

桜の開花宣言から、寒の戻り、花冷えなんていうのではおさまらないような寒い日が

続く。頭の中は仕事でいっぱいで私は空っぽだし、なんだか肌は荒れているし、この

ぶんだと今年は桜どころじゃないかな、と思う。

いや、どこかで大どんでん返しが起きて・・・


願わくは春爛漫の桜の下、健やかでしなやかで清らかな君と。

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2010年3月20日 (土)

こぶし

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ここ数日の寒さが嘘のように、今日もいきなり初夏の陽気。

春の気紛れな天気ときたらまるで猫の目のように変わりやすくて、秋の空の比なんて

ものじゃない。

プールの後、パン屋で遅いお昼を買って子供たちに出してから、自分は相棒を連れて

外に出た。移ろいやすい春を撮るために。

先日の紅梅に続いて街路樹のこぶしが咲いていたのだ。

ブルーの空をバックに楚々としたその花は、美しい女(ひと)みたい。

あったかそうな羽毛のコートを脱いだばかりの、白いワンピースを着た。

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こぶしの花を撮ってから、そうだ、あの家のモクレンはどうなったかなとその家の前ま

で行けば、もう時期遅く、美しさを過ぎたところだった。それでも満開の大輪の花を大

量につけたモクレンの木は凄まじくて、しばらく立って見ていたら、いつのまにか自転

車でやってきたご婦人が自転車から降りてそばに立っていた。

「見事ですよね」と言うので、「ええ、でももう美しい盛りは過ぎてしまいましたね」と言

うと、「そうですね。でも私くらいの歳になると、花が満開になって盛りを過ぎて散って

ゆくのを見るのも好きになるもんですよ」と言い、「つぼみもきれい、満開もきれい、

散ってゆくのもきれい」と歌うように言った。

そして、「このモクレンはもう50年以上も前からここにある木なんですよ」と言った。

モクレンの木の前の家を指差して「私はあの家の住人です。ここで生まれ育って、26

で結婚して、長男が生まれてあの家を立て替えて、もう50年以上になります。息子は

今年52歳。ここ(モクレンの家)の息子さんは53歳 ・・・ だったかしら」

それから私に「あなたはお近くの方?」と聞くので、「ええ、すぐそこの住宅に住んでい

ます」と答えると、彼女は自分の家をどこか遠い目で眺めながら「50年なんて、あっと

いう間ですよ。ほんとに、あっという間。あなたも若いうちになんでもやりたいことをなさ

ったらいいわ」と言った。

家に帰って、「年配のご婦人に、若いうちになんでもやりたいことをなさったらいいわ、

と言われたのだけど、もうすでにあまり若くないんだけどなあ・・・」と言ったら、息子と

娘が意地悪な声を出して笑った。


春はどこかぼんやりしてしまう季節だ。

波乱でも、安寧でも、喧騒でも、孤独でも、幸福でも、憂鬱でも、時間は同じように過

ぎ去ってゆく。

そういえば、こぶしは吉行淳之介が一番好きだった花だ。

前に宮城まり子の『淳之介さんのこと』を読んで感動して泣いた後に、たまたま新宿の

紀伊国屋書店で吉行淳之介の別の愛人が書いた本を見つけて、思わず一気に最後

まで立ち読みしてしまって、吐き気を催したことを思い出した。

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2010年3月16日 (火)

花の下で

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今日は春を通り越して一気に初夏の陽気。

まだ3月にして最高気温21度とは。

今日はスウェットパーカ1枚でもちょうどいい。

知らない間に日もずいぶん長くなった。

夕方、まだ明るいうちに買いものに行くと、斜陽のノスタルジックな光の中で、一気に

満開になった紅梅が、まるで大きなピンクの綿菓子のようだ。そこだけぽわっと華やい

で、あたりいちめんにしあわせのオーラを放っている。

買い物帰りにまたその下を通るとき、そうだ、と思って携帯を取りだした。

家にいると途切れめなく家事と仕事に追われて、ちょっと誰かに電話するタイミングす

ら見つけられなかったりするから、たまには思い立ったときに電話してみよう。

だいぶ暖かくなってきたからボスも少しは元気になったかもしれない。

・・・ と、いつになく短いコールで出てきたボスは、前回とはくらべものにならないほど

元気な声だった。島も今日はそうとうあったかいらしい。家の固電からかけてくれば都

内と同じ料金しかかからなかったのに、と言うから、外があんまり気持ちがいいので

歩きながら電話した、いま満開の紅梅の下なんだ、と言うと、おお、そうかと言った。

ボスの元気なのにはちゃんと理由があって、どうやら生活費の目処がなんとかついた

から、ということらしい。ボスいわく、殺さず生かさず程度に。それでなんとか3食まとも

に食べて、大好きなBUNの珈琲も飲めるようになったので元気になったのだという。

つまり、現金のあてができて元気になった現金なボス、というわけだ。

その変わりぶりようたるやほんとに現金だな! と思うけれど、人間なんてそんなもの

か。腹が減っては戦はできぬ。とりあえずボスが元気になったならそれでいいや。

満開の梅を見ながら話す。

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けれどボスが元気になったのはそれだけじゃなくて、3年かけて書いた、原稿用紙に

して500枚もの小説を10校もして、やっとできあがった最終稿を古い友人に送ったと

ころ、ちゃんと読んでくれたうえにさらに校正して感想文までつけて送ってくれたのだ

そうだ。それがさっきポストを見たら入っていたのだそうで、今日の元気の理由はたぶ

んそっちのほうが大きかったのじゃないかと思う。

それにしても500枚を10校! 考えただけでもくらくらするな。

物書きって、ほんとに持久力と忍耐力と執念がないとできません。

それから、先日たまたまNHKをつけていたら始まったので最後まで見てしまった(室

生犀星原作の)『火の魚』というTVドラマがとても良くて、作家の島での生活がどこか

ボスと重なるところがあったと話したら、そのうち友人が校正してくれた原稿500枚を

最終稿にして送るから読んでくれ! それは『火の魚』より面白い『金の魚』だよ、なん

て言うから笑ってしまった。3冊めとなる詩集ももうまとめてタイトルも決まったらしい。

それからおもむろに、小説は頑張れば書けるけれど、詩はどんなに頑張っても書ける

ものじゃない、とボスが言うから、そうなんだよ! ほんとにそう、と言った。

そんなことを言うのは私のまわりではやっぱりボスしかいないのだ。

それにしても家に帰ってからはたと気づいた。

詩集をまとめたというから「装丁は誰にやってもらうかもう決めたの?」と聞いたら、

「もう決めた」と言ってから「なんで。誰かいるのか?」と聞き返すから、「素敵な人と知

り合ったんだよ。書家」と言ったら、「独身か?」と聞くので、なんでここで独身が関係

あるのかと思いながら「いや、結婚されてる方」と答えたのだけれど、そうか、私が素

敵な人と言ったら男だと思ったわけですね。今さら気づくなんて、あたしも鈍いな。

つまり、それくらいそういったことがいま私の頭にはないわけで。

それよりも今日、何かをしていてふいに閃いたこと。

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ボス、私は長いこと忘れてたのかもしれないな。

なんであれ、表現は人を自由にしてくれるもので、不自由になるためのものじゃないっ

ていうことを。それは、お金のあり・なしにも関係がなく、何かになる、ということとも全然

関係がない。私はそれを忘れて、自分をがんじがらめにしてただけなのかもしれない。

・・・ そう思ったら、なんだかちょっと書けるような気がしてきました。

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2010年3月13日 (土)

卒業式

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今日、娘の高校の卒業式。

息子の卒業式があまりに無機質で素っ気ない、無味乾燥なものだったから、私立の

女子高出の私は都立の卒業式なんてこんなものか、と思っていたのだけれど、今日

は全然違った。

それも、去年までは卒業証書授与をクラスの代表だけ壇上で行ってあとは名前を呼

ぶだけで省略していたのを、今年から全員壇上で授与する形にしたのも大きいと思う

けれど、在校生の送辞に答えて、恰幅のいい卒業生代表の女の子が体育会系的に

元気な声で答辞を読み始めたと思ったら、後半で感極まって涙声になり、それにつら

れて校長まで泣き始め、式歌(旅立ちの日に)斉唱、卒業生退場まで、会場みんなで

涙、涙の卒業式。その後に視聴覚室で見せられた卒業生による発表(主に3年間の

思い出アルバムのスライド)でも、教室に戻ってからのホームルームでの1人1人の

最後のメッセージでも、泣く子続出。卒業式でこんなに泣く先生、子供たちを久しぶり

に見た。

先生たちにとっても特別思い入れのある学年だったようだけれど、子供たちにとって

はそれだけ大好きな学校、仲間で、離れがたい気持ちなんだなあ、としみじみした。

そして私が今日、驚いたのは、ホームルームのときに園芸科の副担任の先生が言っ

た、『君たちはこの3年間、種の撒き方や移植の仕方や植物を育てるためのいろいろ

な方法を学んだけれど、それは単にやり方を学んだのではない。植物を通して真理

に触れ真理を学んだのです。ものごとは真理を理解してやればうまくいくけれど、真

理を無視すればうまくいかない。植物だってうまく育たない。この3年間は何より植物

と触れ合って過ごしたことが最もよかったことで、これからのあなた方の糧になると思

います』という言葉。

植物が教えてくれる真理、とはとても深い言葉で、その深さを子供たちがどれだけ理

解して受け留めたかはわからないけれど、もう長いこと植物と触れあって生きてた私

にはとても理解できることだったし、何よりそんな深い言葉を持った教師と日常的に

やってこられたことこそありがたいことだと思った。(家に帰って娘に聞けば、その先

生は本もお出しになっているような方だということで、なるほど、と思ったけれど。)

農芸高校は学校見学に行ったときに教頭先生が話してくださった通り、机にしがみつ

いて勉強するより外でお陽さまの下で身体を動かしていることのほうが好きな子が多

い学校で、そのぶんピリピリした競争社会とは無縁なのんびりした校風で、教師と生

徒の間に友好関係が築けている学校だと思う。

正直言って、娘にこの学校の名前を言われて学校見学に行くまでは、ごく普通に普通

科の高校に行ってもらいたいと思っていた私。でも、その『普通』って何だったんだろう

と今では思う。

厳しい選抜を勝ち抜いた少数精鋭がトップを目指して日々しのぎを削って切磋琢磨す

るような学校も素晴らしいと思うし、それが好きで向いている子や目的があってそれを

やっている子はいいけれど、そうじゃない、世の中には競争なんか苦手で興味もない

というマイペースな子もいて、そういう様々な個性を持ったユニークな子たちが競争じ

ゃなくて共生しながら自分の居場所を見出してゆける学校もあっていいと思うし、その

ひとつが農芸高校なのじゃないかと、今日思った。

そして、今日のもうひとつの驚きは、娘の担任が私と同じ歳だったこと。

自称『女王』というニックネームのこの先生が、またいつも変わった服を着た、あまり先

生らしからぬ頭のかっ飛んだユニークな人で、思えばそれも私たち(変な)親子には合

っていたのかもしれない。

『卒業生を送る会』で彼女の言うことには、3年最後の成績表は、どうしても娘のイラス

トの入ったものにしたかった。それで普通の白い成績表とは別に緑の紙で作ったイラ

スト入りのものを作って校長のところに持っていき、こっちを本番で使いたいと直談判

したのだけれど、それはできないと断られてしまった。だからダブルで出しますが、私

の気持ちはだんぜん緑のですから、ということだった。

家に帰ってその緑の成績表を見せてもらったら、娘が描いた表紙の絵は、娘にしては

控えめな桜のイラスト。そして中には女王の熱いメッセージが・・・

まあ、実にらしいと思ったし、ハートがあると思いました。

そんなしあわせな子供たちと先生たちの胸を今日華やかに飾っていたのは生花のコ

サージュ。そう、これは毎年、在校生によって作られるのがこの学校の伝統でした。

そして『送る会』の会場のテーブルに飾られていたのは、園芸科の先生が作ったとい

うアレンジメント。

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さすが植物の学校だけあって、花いっぱいの卒業式。

今日はお天気にも恵まれて気温も一気に20度近くまで上がる春の陽気のなか、

とても心温まる良い卒業式となりました。

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2010年3月11日 (木)

春のエナジー

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今日は久しぶりによく晴れた。

こんなにベランダに光がいっぱいなのは何日ぶりだろう?

そして今日は近所に住んでいた友達ファミリーが引っ越す日。


私も友達に対してはいたってマメなほうじゃないとは思うけれど、私の友達ときたら私

に輪をかけてひどく、こっちが連絡しない限り半年でも平気で連絡してこない始末。

たまに何かの勘が働いてこちらから連絡すると、ものすごーく長電話になったり、思い

もかけないようなことが起きていたりして・・・

件の友人の家は今年は受験生を抱えているから落ち着かないだろうと連絡を控えて

いたのだけれど、今週月曜、もう決まったころかなと思ってメールをすると、メールの

代りにすぐに電話がかかってきた。言うに、息子はどうやら難関の受験に失敗して、

今年は浪人生になりそうだけれど、そんなことより何より話せなければならないことが

あるという。そこで直感的に「引っ越しするの?」と聞けば、「なんでわかるのぉー!」

と電話の向こうでデカイ声で叫んでいる。「いや、なんとなく。直感で」と言えば、去年

からいつ話そうかいつ話そうかと悩んでいたのだそうだ。夫婦して「直前に話して、そ

うきちさんをびっくりさせようか?」とか言ってたらしいが、それでいつ、とふたたび聞

けば、あろうことか「今週の木曜!」と言うではないか。月曜に聞いて木曜?!

今度はこっちが大きな声を出す番だ。まったく ・・・ いったいこの人たちはこっちが連

絡しなかったら黙ったまま行ってしまうつもりだったんだろうか。それでなんにも知らな

い私がアポなしで何かを届けに行って、玄関のピンポンを押して「は~い」と出てきた

のがまったく知らない人だったりして・・・。考えただけでもぞっとしないな。そんなこと

にならないでほんとによかった、と思っていたら、それでもMちゃんは「そうきちさんに

はあんなにお世話になったのに、ずっと話さないでいてごめんね」と言うから、何言っ

てるの、ものすごいお世話になったのはこっちのほうだよ! と言った。

ほんとに、彼らにはどれだけお世話になったかわからない。下の子の保育園のお迎え

はもちろん、私が精神的に危機的状態だったとき、どれだけ助けてもらったことか。

家でご飯を食べようとするときまってPDに襲われそうになって食事がのどを通らなくな

ってしまう私は、なぜか彼らの家では安心しておいしくご飯が食べられた。以来、私の

なかでは一緒においしくご飯が食べられる相手こそ最も良い相手ということになった。

ごく近所に住んでいるから、夜中にこそっと行ってお茶一杯もらってすぐに帰ることも

できた。もしあの頃、近所にそんな風にして行ける友人の家がなかったら、私にはまっ

たく救いはなかったと思う。本当にありがたいことです。

ほんとだったら、急なこととはいえ引っ越す前に家によんで夕飯でも一緒に食べたい

ところだったけれど、この3日間の天候の悪さと昨日はライブの予定なんかが入って

いたから結局何もできなかった。昨夜、そんなメールをしたら『ここでの最後の夜は忙

しく、そして寂しかった~。19年分の荷物を、思い出に引き込まれそうになるのを我

慢しながら整理したよ』と返事が返ってきた。そんなことを言われたらこっちだってM

ちゃんがここに引っ越してきてから今までのことが一気にいろいろ思い出されて何や

らまた危うい気持ちになってきたけど、『19年か・・・。なんだか重いぜ。でも、また新

しい始まりだね! 親の財産で建てたといっても、このご時世にマイホームなんてお

めでたいことだよ。新しい庭には記念にバラでも1本、植樹させておくれ!』とメールを

返した。

今日、彼らは結婚してから19年住んだマンションを引き払って、ここから少し田舎に

建てた一戸建ての家に引っ越しする。素敵な木の家なんだそうだ。彼ら夫婦にも危機

的状況はあったけれど、それを乗り越えてのことだから、今回の引っ越しは彼らにと

っては転機と言えるだろう。卒業も就職も転職も結婚も離婚も引っ越しも、人にとって

はぜんぶ転機。春はそんなエナジーに満ちている。

午後、風は冷たかったけれど心地よい陽射しを浴びながら自転車に乗って、引っ越し

中の彼らの部屋に顔を出した。ジョンのStarting Over を歌いながら。

当然のことながら部屋の中はめちゃくちゃで、Mちゃんはベランダの、芽が出たばかり

のバラが移送中に駄目になるんじゃないかと心配していたけど、芽がひとつやふたつ

取れたところで心配ないさ。地植えほど最強なものはないんだから。


2年前に別のMちゃんがいなくなっただけでも寂しくなったのに、近所からまた友達が

いなくなって、私はちょっと寂しい。これで近所に私が行けるところもなくなった。

Mちゃんはそれほど遠くに行くわけじゃないんだし、と言うけれど、近くに住んでたって

電話ひとつこないのに、そんな言葉まったくあてになるものか。いつだって去る者は残

される者より軽やかだ。そして、去る者は日々に疎し、なのだ。

いつか、私がここを去る日も来るかな?

写真は娘が接いだラ・フランス。

持って帰ってきたばかりのときはあんなにひ弱だったのに、こんなにきれいな芽がい

っぱい出てきた。暖かい春の陽射しをいっぱいに浴びて輝くバラの緑の葉っぱは祝福

そのもの。まさしく春のエナジー。

春は変容の季節。

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2010年3月 9日 (火)

外は雪

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外は雪だ。

それも、まるで吹雪。

3月の東京で吹雪とは。

屋根の上はもううっすら白く積もりかけている

コットンのカットソーの上にダウンを着てニットキャップをかぶって革の手袋。

でもまだ寒い。

道を歩いていて、人の家の軒先でみつけた花。

雪の日に、凍えるような山茶花の紅。

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2010年3月 3日 (水)

相棒と私

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久しぶりよく晴れた今朝、大量の洗濯物を洗濯機に放り込んで今日1日にすべきこと

を考えていたら、明日会うはずだった仕事の相手から「それでは今日はよろしくお願

いします!」と電話が入って、急きょ午後から出かけなければならなくなってしまった。

出がけに玄関で靴を履いてしまってから、あ、カメラ忘れた、と気づき、目の前にいた

息子に取ってもらう。なんたって相棒だからね、と言いつつコートのポケットに入れて

出た。


平日の午後のカフェは思いのほか空いていて、席に着くなり仕事の話になったから今

日は余計なことを話さずに帰れるかなと思いきや、そうもいかない。これは仕事でもプ

ライベートでも、相手が男でも女でもあることだけれど、ときどき目の前で話している相

手にまったく興味が持てなくなってしまうときがあって、困る。けっきょく、後半は自分

がどれだけ能力のある人間かということを延々聞かされていたような感じで ・・・

どうやら私はちゃんとした人間をつまらないと思ってしまうようです。

相手の話を聞きながら、ちゃんとしてるんですね、すごいですね、エライですね、と言

っているうちにだんだんつまらなくなってくる。それが自信に満ちたロジカルな話であ

ればあるほどますますつまらない。○○さんはすごくちゃんとした人なんですね、私と

は全然違うな。私は全然そんなにちゃんとしてないです、なんてところで話を切り上げ

てしまった。

私たちが話している間じゅう、隣りのテーブルにいた店の常連と思しき若い女の子が

私の仕事相手の話し声が大きいのと年中鳴る携帯の着信音(スーパーマリオのゲー

ムクリアの音)に反応して、まいった。彼はもう私のテリトリーには入れないほうがよさ

そうだな。しかし、いったいいつから日本人は誰かと話している間も平気で携帯電話

に出たりメールに返信したりするようになったんだろう? わからん。

5時になったとたんに今度はタイムリミットを告げる携帯の音が鳴って、それを合図に

私たちは外に出た。これから六本木でお食事会、というその人が骨董通りでタクシー

を拾うのを見送って、私は原宿まで歩くことにした。MBTを履いていると、とにかく少

しでも長く歩きたくなるのだ。最近ダイエットを始めたというその人にもMBTを勧めて

みたけれど、大の靴フェチで革フェチの彼はMBTのデザインがどうにも許せないの

だそうだ。私よりひとまわり以上若くてお金持ちの独身貴族ともなれば何よりお洒落

にこだわるのもわかるけれど、もういい年になった私はいくら歩いても足が痛くならな

くて、歩くだけでトレーニングになってスタイルアップされるMBTがいいな!

表参道の交差点を渡って少し歩いたところで、相棒を連れてきたことを思い出した。

立ち止まって暮れなずんでゆく空に広がる街路樹を見上げて、1枚。

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ここでふとあることに気づいた。

私は今までコンプレックスをネガティブなものと捉えていたけれど、人は実に様々な

たくさんのファクターで精妙に成り立っていて、コンプレックスもまたその人を形成する

一要素であって、むしろそれがあるからこそ、その人の魅力になっている、というよう

なこともあるのではないか、と。私はきっちり説明できるものよりできないもののほうに

惹かれ、自信たっぷりに自分を説明する人より、自信のある部分はあっても含羞を持

った生き方をしている人のほうが好きなのだと思う。

そして今日、表参道を歩いていて私が最も惹かれたショーウィンドー。

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バロックパールは昔から好きです。(持ってないけど。)

この不揃いなところがいい。

昔、『ポップ・コンサバ』ってファッション用語があったけれど、まさにそんな感じ。

右のカジュアルな着こなしも好き。


そして窓にも惹かれる。

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あの窓の向こうにどんな人がいて、どんな日常を営み、あの窓から毎日どんな景色を

眺めているのか想像する。

そして私があの窓の住人なら、前後左右のどこかの部屋に塩が切れたら気安く借り

に行ける友人と、ちょっと気になる謎のやもめ男でもいれば完璧だな、などと・・・(^-^)

でも、この窓は見たままには全然撮れなかった。測光の方法を変えたらなんとかなる

んだろうか。研究の余地ありだな。

そして今日最後に私をとらえた、闇に沈んでいく直前の空の青。

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こういうのを見て苦しいと思ってしまう私って、どうかしてるんだろうか。

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ISO400、ノンフラッシュでこれ。

やっぱり空の色は全然違うし、空にピントを合わせたので残念ながら時計の針が飛ん

でしまった。

でも、この間の猫の写真を撮るときにも思ったけれど、このカメラのファインダーから

見る景色はどこか懐かしく、サウダージに撮れるようだ。

Mr.Brue とでも名づけようか?

・・・ というわけで、本日の相棒と私。

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2010年3月 2日 (火)

寒の戻りにすいとんを作った。

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毎日ほとんど3食作っていると、さすがにときどきネタ切れというか、なんにも作りたい

ものが浮かばないときがあって、昨日の昼に何を作ろうか考えていて、ふと浮かんだ

のが「そうだ、すいとん作ろ」だった。

昔、母が作ってくれたすいとん。

外は冷たい雨が降っていてとても寒く、先週中頃の春の陽気が嘘のような、完全な寒

の戻り。もう着ることはないと思っていたダウンを着てちょうどいい。

とはいえ、さすがに仕事の合間の昼に作るには時間がかかるから、お昼はもっと簡単

なものにして、夕飯に作ることに。

今日はその残りのアレンジ。

あれはいつだったか、母は終戦記念日にすいとんを作って出してくれ、終戦当時はこ

んなものしか食べるものがなかった、と言った。母が作ったすいとんは充分においしく

私はこんなにおいしいなら毎日すいとんでもいいやと思ったけれど、もちろん当時と今

とじゃ、入っている具材は天と地だろう。

母はお雑煮様のすいとんのほかに、枝豆をつぶして作るずんだ餅、くるみ餅なんかも

すいとんで作ってくれたけれど、くるみ餅はたいそうおいしく、今でもときどき心底食べ

たいなぁ、と思う。くるみ餅を作るときには私もくるみを割ったり、渋皮を取る手伝いを

した。

母が作るすいとんは柔らかめに作った小麦粉の生地をスプーンで熱湯の中にぽとん

ぽとんと落としたものだったように思うけれど、私のは小麦粉を練って生地を丸めて

寝かせてから、手で引きちぎって丸めて伸ばしたもの。小麦粉の量に対して、塩をひ

とつまみ入れたぬるま湯を半分強、というのが目安だろうか。ボウルに入れた小麦

粉の真ん中を少しくぼませてぬるま湯を入れ、菜箸でかき混ぜて粉とぬるま湯が混ざ

ったらひとまとめにして10分ほどこね、ラップをして20分くらい寝かせる。

このぬるま湯を混ぜて作った生地がほんわり温かくて、粉を練るという作業にはハマ

ってしまいそうな魅惑を感じるのだけれど、手首や手の関節があまり強くない私はや

めておいたほうがよさそうだな、とも思う。

できあがった私のすいとんは、コネが甘かったのか水が少なかったのか寝かしが足り

ないのかもっとゆでたほうがよかったのか少々アルデンテで、息子いわく「ニョッキ?」

だそうだ。たしかに。似てないこともない。それはそれで噛みごたえがあっておいしか

ったのだけれど。母の懐かしのすいとんの味には遠く、及ばず。

そして、私の必需品 = ギャルソン・エプロン。

いったい、いま使っているのはいつ買ったんだったか、ついに穴が開いてしまったので

その代わりに今日オールドローズさんから届いたギャルソン・エプロン。

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リトアニア産の漂白も染色もしていないリネンだそうです。

布は手ぬぐいにしてもリネンにしても使えば使うほどやわらかく、味わい深くなっていく

のが好きです。

穴が開いてしまったエプロンは、全体に薄くなってしまってはいるけれど、娘にパッチ

ワークをしてもらって洗い替えに使うことにしました。

布はなかなか捨てられない。

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