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2009年12月28日 (月)

冬へ

09fuyu_mo_raboku

すぐに冬がくるから、双眼鏡をさげて

ゆかいな気分で林にゆこう 顔にかかる

くもの巣の一筋はもうないかもしれないが

遠くの山や枯野を観察しよう

高い木のこずえに、鳥は羽をかいつくろい

ふかい谷の苔の咽喉で、水が

しずかに滴っているだろう


ぼくは、とどのつまり、何になるのか

時計の音とともに、光と物質は

うすめられてゆくが、ぼくも

いたずらに幻をひろげていって

自滅するのみか もともと

無理につれ出された世界なんだ しぶしぶ

生きて、いやいや死ぬのか


腐敗、分解、生成、濾過をへて

ねがわくは水にならんことを

水になって、田舎の停車場の軒から

つららになってぶらさがり

怪物の歯のように、地面をさしていたいものだ

霧になって渦をまき、冬のあいだ

北むきの椅子にすわりつづけて


はるかな山を見つめている頑固な

老人の眉を湿らせたいものだ

かれはぶつぶつ呟いている

「死は前よりしも来たらず、かねて

後にせまれり、沖の

干潟ははるかなれども、磯より

潮のみつるごとし」


みえるみえる 枝から

いっせいに飛び立つ鳥の群れが まるで

林じたいが動いたみたいだ 土のなかでは

たくさんの球根が睾丸のように

堅くなっているだろう 落葉がいっぱい詰まった

ぼくの頭蓋に、とつぜんわらい声がひびく

ふふう ほうほう

ほうほう ほうほう みんな

骨になれ 骨をひたした水ほど

澄んだ水は この世にないと

墓掘人夫の奥さんにきいたことがある

犬のようにくたばり、こおろぎの

ように踏みつぶされても、これほどの

慰めが用意されていたとは


日が沈む 秋のおわりの

そらのいろ この世はきぼうにみちている・・・

鎌が収穫をないでいった ゆるい流れに

さからって鱒がのぼる きみの孤独は

いつもグロテスクであり

絞首台は青いにしんである 澄んだスープは

価値であり、食い、眠り、遊び


ひとを恋して、きっぱりと

学問をあきらめようか われわれは

ひとり残らずナルキッソスになるべきだ

みえるかみえるか、砕かれた頬、ひどい出血、青銅の

槍は脳髄をつらぬいた

すべての歯は落ち、双つの眼は

とび出て、こめかみの


ふくれた静脈は消えてゆく おお

昔の戦士たちは、何のために

汗まみれの小麦いろの引き締まった腕を

ゆっくり振りおろしたのか

心臓にも槍が突きささり、柄が

びくびくふるえている 不意に

双つの眼窠から、どっと


苦しみがながれ出る 闇が

からだじゅうを轟かす みえるかみえるか

肝臓も大腸もがたがたゆれる

この世でいちばんとうめいなもの

この世でいちばん冷たい

水になるために 一個のコインが

輝いてころげるのなんか、気にするな


寒くなってきた 松柏を

斧で断ち、たきぎをつくろう

墓をたてよう 来るべき冬のために

もうとっくに、台所から蟻はいなくなってしまった

ある朝、あられが林を鳴らした

それは素晴らしい音楽だった

・・・ぼくが死ぬとき、鐘の舌は垂れたままであることを


(北村太郎詩集より『冬へ』)

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冬になるときまって思い出す詩。

北村太郎といって、思い出すのは夏と冬だ。

その両極端なふたつの季節こそ、北村太郎を象徴するにふさわしい。

彼はそのどちらの季節も愛したが、この詩の2行目に『ゆかいな気分』とあるように、

とりわけ冬が好きだったように思う。

冬は街から雑多な色が無くなりモノトーンになるぶん、横断歩道の信号の赤がとりわ

け赤く鮮烈に見えたり、気温が下がって限りなくものの匂いが希薄になっていくぶん、

火が燃える匂いとか人の体温をうつしたセーターの匂いが際立って印象的になる美

しい季節だから、というのもあるだろうが、冬はごまかしのきかない季節で、酷薄とし

たなかに何かが極まってゆく感じ、潔くストイックに(だからこそ、より耽美的に)精神

が収斂してゆくうっとりするような感覚が好きだったのではないかと勝手に推測する。

この詩に書かれているのは鮮やかな生と死の感覚で、全体を通してみれば最初の

7行ほどの軽快さはないが、この実に生き生きとした独特のリズムにあふれた文体

が好きで、しばらく真似して書いていたことがあった。私は暦の上でこそ春だけれど

実際には厳寒の季節の2月生まれだから、北村太郎同様、冬は好きだ。まっ白い顔

に、凍える山茶花のような赤い唇、冷たい頬に、温かいふたつの手。鎧のようなコー

トの中から立ちのぼる、体温で温められた懐かしいフランネルの匂い・・・

冬は対比の季節だ。

いや、待てよ。私は冬が好きだった、と書いたほうがいいのかもしれない。

私はあの冬以来、寒いのも暗いのも苦手になった。


ごくたまに電話するたび、どんどん状況が悪くなっていくようなのが気になって、電話し

てみようみようと思いつつ、なかなかできないでいたボスに久しぶりに電話した。

なかなか出てこないので留守かと思い始めたところでやっと出てきたボスは、案の定

ちょっと前まで入院していたのだという。原因は栄養失調。聞けば相変わらず無茶苦

茶なことをしている。

それに以前は自分の弱みを人に話すような人じゃなかったのに、『風のガーデン』で

訪問看護を受けていた老人も真っ青なような、すさまじい話を微に入り際にわたって

聞かされて、心底がっくりした。かつてはクロコダイル・ダンディーみたいに殺しても

死なないほど元気でワイルドな人だったのに、いくら年とはいっても、いつからこんな

になってしまったんだろう・・・ そう思うとくらくらした。

私の頭の中にはずいぶん前から怖ろしいひとつの図があったのだが、そっちのほう

がよっぽど文学的だった。生身の人間の現実は、想像なんかをはるかに超えて、美

の入り込む隙も無いということか。彼は詩人なのに。

ボスが住み慣れた居と仕事場を引き払って島に行ったのは、たしか石原慎太郎が都

知事に当選した年だったから、もう10年か。10年。

10年という歳月はこれほどまでに人を変えてしまうのか。

長いこと北国生まれのボスには不似合いな、およそ人が住むようじゃない好きでもな

い東京の都心のど真ん中に住んで、女性週刊誌や実用本の編集なんていう、これま

たおよそ好きでもない仕事を30年以上もやった末に、いい加減そこから解放された

かったという気持ちはわからないじゃないけど、いったいどういう了見で、日々の生業

としての仕事を一切せずに、好きなものだけ書いて生きていこうなんて思ったものか。

プールの水だっていつかは干上がるのに。理解に苦しむ。あのときはまだリタイアす

るような年でもなかったし、いくら仕事は減りつつあったとはいえ、自分1人が生活して

いくくらいの仕事なら、まだまだあっただろうと思うのに。

それもやっぱり、守るべきものが自分以外何もない人の身軽さゆえだろうか。

いままでボスにはいろいろなことを言われてきたけれど、こんな風だから(身近に反

面教師としてのボスがいるから)、私はやっぱり書くことを生業には選べないし、選ば

ない、と思う。

「こっちがこれだけ寒いということは、そっちはもっと寒いだろう。島ももうずいぶん寒

いんだよ」というボスの声を聞いていたらあばら家に吹きすさぶ風の音まで聞こえた

気がして、こっちまでうすら寒くなった。私には忠犬ハチ公みたいなところがあって、

いつまでも人から受けた恩とか優しさを忘れることができず、空腹と寒さで震えるボ

スの姿を想像しただけで耐えられなくなったので、せめてもと思って綿入れはんてん

を送った。もう届いただろうという日にいっこうに連絡がこないので、ちょっとあまのじ

ゃくな偏屈なところのある人だから、気遣われたら気遣われたで嫌だったのかもしれ

ないと思っていたら、翌日になって携帯にメールがきた。

『さっそく着てみたら、全身ぬくぬくになり、日なたのフリージア園でねそべっているよ

うな気分になったぞヽ(´▽`)/ 綿がいっぱい入っているので、これだと地吹雪の弘前

街道を歩いてもだいじょぶそうだ(^-^; おかげでこの冬はストーブなしでも(実は去年

の冬から壊れて使えなくなっているんだ)ぬくぬくと筆を運べるよ。ありがとう』

とあってホッとしたものの、こんどは安いストーブでも調達して送らなきゃならないかと

考えている。やれやれ!

もう、とうの昔に私は自分がただのゴミくず製造機じゃないかと思っていたのに、この

人は自分の身体がぼろぼろになろうが空腹だろうが寒かろうが、書くことだけはあき

らめないなんて、泣ける人だ。(はんぶん狂っているとも言う。)

私はちゃんと働く。働ける限り働いて、子供を養う。子供には夢が必要だから。そして

夢を見ながら育つ子供を見ているのが私のしあわせだから。

もちろん私にだって夢は必要だ。

私の夢は北村太郎の見ている夢に似たようなものかもしれないけれど。

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