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2009年7月 3日 (金)

邂逅

09ben_moon

朝から建物の階下ではひどい音がしていて、どうやら1階の空き家工事が始まったら

しかった。あまりに物凄い音があたりに響き渡っているので何事かと階段の踊り場に

出て見下ろせば、いかにも粗野な感じの丸太のような男が3人、大きなトラックの荷台

に外から家財道具を放り込んでいるのだった。これじゃあ、ひどい音がするわけだ。

外の物音にイラつきながらギターの練習をしていた息子に、「このぶんだととうぶん終

わりそうにないよ」と言う。

1階の部屋のドアの横に『空き家工事を始めるにつき、何かと御迷惑をおかけします

が、工事は細心の注意を払って行いますのでご了承ください』という貼り紙をみつけた

のは数日前だ。その部屋には80過ぎの花好きのおばあちゃんが住んでいたが、年

々夏ごとに弱って痩せ細り、いつしか医者通いが始まり、そのうち私よりひと世代上く

らいの娘が夜泊まり込みで世話をしにやってくるようになり、昼間はデイケアの車が迎

えに来ているのをよく見かけたが、そのうち姿をぜんぜん見なくなった。

身体の衰えばかりじゃなく痴呆もだいぶ進んできたと聞いていたから、たぶん病院に

入院したのか施設にでも入ったのだろうと思っていたけど、今年になって今度は息子

さんがやってきて、庭でひとりで延々とおばあちゃんの植木鉢をかたずけていたので

いよいよかと思っていた。

おばあちゃんはお亡くなりになってしまったのか、それとももうここに帰ってくる見込み

がないので家族が部屋を引き払ったのか、定かではない。ただ、それほどつきあい

はなかったにせよ、確かにそこにいたはずのひとりの人間の痕跡が、こんなにも乱暴

に跡形もなく壊され消されていくのを見るのはしのびなかった。

今年はひとつの時代の終焉とも思えるスターの訃報が相次いでいるけれど、今月も

またひとつ大きな光を失って、いやがうえにも死について考ざるをえなかった6月。

いよいよ季節は夏で、夏はファントムの季節だ。

ファントム。幻影、まぼろし、亡霊。飛んで火に入る夏の虫だ。

そんなことを思っていたら午後、長いこと音信不通だった人から突然電話がきて、思

いがけなく会うことになった。「報告したいこともあって」と彼はいった。

もう3年近く顔も見てなかったから、いったいどんな(酷い)ことになっているかと想像し

たらこころは激しく動揺し、『報告』という言葉は私を緊張させたけれど、電車に乗って

いる短い間にホ・オポノポノをしたら落ち着いた。

夕方の駅前はそれなりに混雑していて、黄昏に目を凝らすようにして立っていたら、彼

は黒い影(ファントム)のように現れた。

それでも私が想像していたよりはずっとマシだった。

相変わらず痩せこけて疲れた顔はしていたけれど、自転車通勤のためよく陽に焼けた

顔は不健康ではなく、仙人のように長かった髪はさっぱりと短く切られて、数年前に見

た時とくらべてもそれほど老けこんではいなかった。

音信不通だったあいだ、彼はしばしば私が何も考えていないときに夢に出てきたが、

そのたびに私は彼の無事な姿を見て夢の中で心底安心するのだった。

いったい私という人間はどれだけ心配症なのか。

つくづく自分でも嫌になるけれど、私は今日、彼と入った喫茶店で、初めて夢の中で

彼に会うといつも最初にいう言葉を現実にいったのだった。そして長らく(もう十数年

来に亘ることと、ここ数年のことと)こころに引っかかっていたことを手放す機会を与

えられた。

私が神様に愛されてると最も感じるのはこんなときだ。

天に発した問いの答えはかならず返ってくる。ノックし続ければ扉はいつか開かれる。

苦しみはやがて安寧にたどりつく ・・・・・・

それに子供の頃からいまに至るまで、私は様々な間違いを犯してきたけれど、一度

だって天から見放されたことはなかった。これだけで充分ではなかろうか。

それから馴染みの店で2時間ばかり話した。

彼とそんなに話したのはもういつ以来だか思い出せないほどだった。

電話をしてきた理由はけして良いことばかりではなかったけれど、自分が何がしかの

役に立てたのはよかった。人からバカといわれようがお人好しといわれようが、私は

窮地に立たされたその人を無碍に突き放すことなんかできない。それに長年抱えて

きたこころの重荷をおろすことができたのは、私には何にも代え難いことだった。

彼は今月いっぱいでついに東京から引き揚げるようだ。

東京で生まれてずっと東京で暮らしてきた私と違って、そのときどき抱える問題と希望

によって住む所を転々と変えてきた彼にとっては、これもまた何かの終わり、ひとつの

転機なのかもしれない。寒い北で生まれ育った人だから南で暮らすのはいいと思う。

すっかり暗くなった駅前で握手して別れた。

そしていまになって、初めて会った帰りも握手して別れたことを思い出した。

私が降りる駅が近づき、電車の中で「今日はありがとう」といって右手を差し出したら

彼は一瞬はにかんだ顔をして、右手をジーパンの後ろポケットでゴシゴシっと拭いて

から、私の手を握ったのだった。その様子を見ながら、オルガン弾きのJは「あいつ

は遊んでて悪いヤツだから早苗ちゃん気をつけろ」といっていたけど、そうでもないの

かもしれないなあ、なんて思った。ある夏の日。

それが始まり。

そして終わり。

ひとりになって、限りなくぼおっとしながら自分の駅に着いて電車を降りると、バタバタ

っと大粒の雨が一気に落ちてきた。なんてタイミングなんだ、と思いながらも、それが

厭じゃなかった。

雨もまた浄化。

個人的な記録として。

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