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2009年1月31日 (土)

ブランチ!

Brunch_02

私が最近、気に入っているのはワサビ菜。

緑が鮮やかで目にも美しく、お手軽に使えて、ほのかにワサビの香りがして肉との相

性も良し。1袋100円で、1回分のサラダにするにはちょうどよいサイズ。

今朝、目覚まし時計より2時間オーバーで起きた。

窓の外は相変わらず雨。眠いわけだ。

でも朝ごはんはちゃんと食べる。

バターを塗ったカンパーニュ・パンにパストラミとキュウリとワサビ菜とチーズをサンドし

て、間にマヨネーズと粒マスタードを効かせたら、今朝のブランチのできあがり。

珈琲のいい香り。

早く雨が上がって晴れないかなぁ ・・・・・

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2009年1月30日 (金)

碧き若葉のころ

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 『水曜の朝、午前3時 / サイモン&ガーファンクル

それが良いことかどうかわからないけれど、私は自己完結型の人間で、あまり人に

影響されることは無いけれど、唯一、と言っていいくらい私に強い影響を与えたのは

女子高時代、私にこの変なニックネームを付けた同級生だった。

彼女はとにかく変わった子だった。

入学したてのホームルームの時間、順番に自己紹介をしなけりゃいけないというとき

に、彼女は大量に持って来たビートルズのレコードをみんなに見せながら、教師が止

めるまで延々ビートルズのことだけ1人で30分も話し続けた。ひどい遠視のせいで分

厚い瓶底まんまるメガネをかけて、いつも自分で切るという髪はロッド・スチュアート風

に頭のてっぺんがパイナップルみたいに立っていた。まるでプロのマンガ家みたいに

絵が上手くて、個性的としか言いようがない変態少女文字を書き、大人を震撼させる

ほどシニカルで、なおかつ本もろくろく読まないのに博識で、それだけ変なのに成績が

良かったせいで担任からも一目置かれて、『不良』というレッテルを貼られることなく厳

しい校則の編み目を縫っては年中サボタージュを決めこんでいた。

とにかく彼女は私にとっては初めて出会うタイプの人間で、もの珍しくて新鮮だった。

彼女がいなければこれほど音楽好きな今の自分はいなかっただろうと思う。R。

女子高ですごした3年間は私にとっては無意味な校則でぎゅうぎゅうに縛り上げられ

た退屈で色のないモノトーンの時代だけれど、Rだけは特異な存在感で残っている。

どこのクラスにもいる担任が好む可もなく不可もない優等生たちとは程遠く、かといっ

て妙に色気づいた華やかな(そして少々低俗な)女の子たちとも無縁で、ドイツ語で

『こども』が中性名詞で表されるようにジェンダーの境界なんて無いがごとく(あるいは

ことごとくそれを拒否して)アンドロジナスなモラトリアムの時間を生きていた我々。

私たちにとってはいかに無頓着で上の空でいられるかというのが問題なのだった。

あの頃、Rからどれだけレコードを借りて聴いたかわからない。ビートルズの前期から

後期まで。このサイモンとガーファンクルもそうだ。ビートルズと同様、一生懸命英語

の歌詞を覚えては歌った。そういうのは今でもところどころ覚えていて、何かの拍子に

ふいに口をついて出る。取り返しのつかないほど透明で、シリアスで、その癖陽気な

メロディーの数々。人には誰でも異性より同性の友人のほうが大事だった時代がある

と思うけれど、それを投影するのにふさわしい音楽。

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 『パセリ・セージ・ローズマリー・&・タイム

時折り昔聴いた音楽が無性に聴きたくなることがあるけれど、去年の秋あたりからだ

ろうか、わけもなくサイモンとガーファンクルが聴きたくなった。そう思いつつ、なかなか

かつて持っていたレコードのCDを買うまでには至らずにいたのだけれど、つい先日ヤ

フー・オークションを見ていたら、紙ジャケ仕様で買ったときのまま、ほとんど聴かずに

いたというCDが5枚まとめて出されているのを見つけて落札した。

世の中には私がいつも聴かなくてもそばに置いておきたいと思うアルバムを、ろくろく

聴きもせずに放出してしまう人もいるのだ。だから私がこうして格安で手に入れられる

のだけど。届いたCDは説明書きにもあったとおり帯まできれいに付いた新品同様の

物だった。この世は最も必要な人のところに必要なものがくるようにできているのだ。

そのCDが今日届いた。

ダンボールとパッキンで丁寧に包まれた包みを開けると、そうそう、この5枚。

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 『サウンド・オブ・サイレンス

ジャケットの写真を見るだけでも懐かしい。まるで村上春樹の小説のようじゃないか。

昔はこれの他にベストアルバムと、それぞれのソロ・アルバムも何枚か持っていた。

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 『明日に架ける橋

最初に『Bridge Over Troubled Water』を聴いた。

知っている歌詞の部分を一緒に口ずさんでいるうちに自然に泣けてきた。

音楽を聴いて泣くのは久しぶりだ。

ビートルズもそうだけれど、それがどんなにうまくカバーされているとしても、私はサイ

モンとガーファンクルのカバーはできればあまり聴きたくない。だってこれはこの2人

によって侵食し難いほどに完成された完璧な音楽だから。

2人のこの声と、ハーモニーによって。

タイトルに『碧き若葉のころ』と付けたとおり、まさしくこの頃の2人は若葉のような緑

いろをしているけれど、その音楽から浮かび上がる季節のイメージは秋から冬だ。

ジャケット写真の2人の服装からしてしかり。

もはや、もう一度あの頃に戻って10代の自分をやり直したいなんて思わないけれど

しばしコートにマフラーを巻いて『冬の散歩道』を楽しもうと思う。

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 『ブックエンド

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 冬の散歩道


 時よ

 時よ

 時よ 自分の可能性を捜しまわるうちに

 僕がどうなってしまったかをごらん

 僕はなかなか満足しなかった

 あたりを見まわせば

 木の葉は茶色に変わり

 空はどんよりとした冬の影にかすんでいる


 河岸を行く救世軍の

 楽隊の音をお聞きよ

 どうやら君が思っていたよりは

 うまい具合に運びそうだ

 君のカップを持っていくといい

 そして あたりを見てごらん

 木の葉は茶色に変わり

 空はどんよりした冬の影にかすんでいる


 友よ 決して希望を捨てないことだ

 確かに言うだけなら簡単だけど

 希望が消え去っても

 また新しい希望が築けると信じこむのさ

 あたりを見まわせば

 草は青々と茂り

 畑は作物が熟している

 僕の人生の春だ


 季節は風景とともに移ろい

 時のタペストリーを綴っていく

 気が向いたらふと足を止め

 僕のことを思い出してくれるかい?

 なぜだか記憶がとぎれとぎれになっている

 未発表の詩の原稿に

 目を通しながら

 ウオッカ&ライムを飲む僕

 あたりを見まわせば

 木の葉は茶色に変わり

 空はどんよりとした冬の影にかすんでいる


 ( Music by Paul Simon )

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2009年1月27日 (火)

新年会

09jeronimo

久しぶりに広島のTちゃんから電話が来た。

来週また仕事で東京に行くんだけど、久しぶりにみんなで飯でも食おうかってことにな

たんだけど、そうきちも来られる? オッケイ、じゃあ、新年会だね。

そんな風に言って電話を切った。

いつものようにジェロニモ。

今日ギリギリまで仕事が終わらなくて、カシミアのタートルにGパン、ほとんど家にい

たままの格好でダウンをはおって出かけた。なんという気安さ。

これって女友達以上かも。

年中フィルムの現像とプリントを出しに行っていて仲良くなったカメラ屋の I さんと、そ

の隣りの行きつけの喫茶店でアルバイトしていたJ、Jに紹介されて初対面で意気投

合して以来30年近い関係のTちゃん。男の中に女が1人、というシチュエーションが

なぜか多い私だけど、あの頃はこんなに長くつきあうことになるとは思ってもいなかっ

た。顔を見るとすごくリラックスして、お互い言いたいことを言って笑い、食べる。

私にとってリラックスしておいしくご飯が食べられる関係って、いい人間関係のバロメ

ーターかなあ?

ふだん意識してそんな風に考えたことはなかったけれど、こんな存在は私にとっては

宝物なのかもしれない、と思う。久しぶりにとても楽しくすごした。

少し年上の I さんを抜かして、あとの2人は私より3つ年上なのに、結婚が遅かったせ

いで私より子供が小さい。まだまだ頑張らなきゃ・・・

みんな、いつまでも元気で。

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2009年1月24日 (土)

初雪

09winter_sky

こころにも「ただいま」と帰っていける場所があるとして、それが音楽にもあるとしたら

私にとってそれは、ビル・エヴァンスのピアノと、イヴァン・リンスの歌かもしれない、と

思う。こころがちょっと疲れてエネルギーが足りないようなときは、私はいつもイヴァン

を聴く。だから家族にはとってもわかりやすいようだ。歌とひとつらなりになった自然な

スキャット。一緒に口づさんでいるうちに、しだいにこころが軽くなってゆく。

今朝、寝坊して、朝とも昼ともわからない食事をしながらイヴァンを聴いた。

アルバム1枚聴き終える頃にちょうど食事が終わって、席を立って窓のそばに行った

息子が、おお、雪だ、と言った。ほんと? と窓の前に立って、ガラス越しに外を見ると

寒々しい灰色の空をバックに、ふわりふわりと真っ白な雪がゆっくり舞い降りていた。

そうだ。こんなときにぴったりな曲があったっけな、とCDラックから1枚のCDを取り出

すと、息子が「堀さん?」と聞いた。そう。これこれ。たしか2曲めの ・・・

ちゃんと曲のタイトルは覚えていなかったのだけれど、ライナーを見ると、

ゆきのかけら- a snowy fragment』とある。

なんだ、そのままじゃないか。

堀さんの説明には『初春の雪をイメージする曲』と書いてあった。

舞い始めた雪のひとひらをみつけてハッとしたときの、そのインプレッションを表したよ

うなピュアで短いピアノのワンフレーズがあって、それからとても落ち着いた穏やかな

出だし。あかるい曇り空に両手のひらをさしのべて、ふわりふわりと落ちてくる雪片を

うけとめているような。レーゼンドルファーの美しい響きとウッドベースの弦の深み。

シンバルの繊細な瞬き。この曲では地味ながら時折り聴こえてくるバッキング・ギター

は、滝野さんの音だ。この曲は雨の日に聴いてもいい。

堀さんがすごいのは普遍的な(美しい)メロディーを書けること。

それを意のままに弾けることだろう。

こんな風にひとつの音楽を、そのイメージどおりの景色のなかで聴けるっていうのも

しあわせなことじゃないだろうか。

しばし音と景色のなかでゆらりゆらりとしていたのだけれど、今年最初の雪は、この

1曲が終わらないあいだに、あっという間にやんでしまった。なんて儚い。

儚いとは人の夢、だけれど、音楽もまた儚い芸術。

Moving_scenes_01

きらめく音の宝石箱 shine

MOVING SCENES / HORI HIDEAKI

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2009年1月23日 (金)

ツルさんカメさん

Tsurusankamesan

まだ会ったことはないけれど何かとこまやかに気を遣ってくれる私の同僚は、前から

そのお菓子のことを知っていて、とてもかわいいのでいつか是非お祝い事の時にど

なたかに贈りたい、と思っていたのだそうだ。

それを今回、息子のために送ってくれた。

京都祇園、鍵善良房(かぎぜんよしふさ)のお菓子。

Tsurusankamesan_01  

箱を開けると『鶴ト亀』と書かれた赤い短冊と、同じく墨で書かれた円。

書家でパッケージデザイナーでもあるcalligraphy さんと知り合ってからは、こんなの

見ても、「おぉ~、これもcalligraphy さんみたいな人が書いてるのかな?」と思わず

まじまじ見てしまうのです。

でもって、箱を見た瞬間から”私の好きなあれだな”と思ったのだけれど、やっぱり、

でした。

Tsurusankamesan_02

紅白にきれいに並んだ和三盆の鶴さんと亀さん。

古来より鶴と亀は吉祥を表す生きもの。

カメさんと言えば、その昔、息子がまだ小さかった頃、息子が夏祭りの夜店で釣って

たミドリガメを小さな水槽で飼っていたんだけど、世話は人まかせで自分ではろくろ

面倒もみずに、冬になってだんだん動きが鈍くなってきて、さて冬眠でもするのかな?

と思っていたら、ある日死んでしまったのだった。

「ほら!自分でちゃんと面倒みないから死んじゃったじゃないの!」という私に息子

何を言うかと思ったら、「カメは万年だって言ったのにー!」と言って泣いたのだった。

後でそれを息子に教えた私の母と大笑いした。

その息子が二十歳だなんて、時間ってすごいな。

あのカメさんもまだ生きていたら、縁日の夜店で釣ったミドリガメとは思えないくらい、

でっかくなっていただろうか?

メールに「並べて遊んでね」と書いてあったときは、「へ?お菓子を並べて遊ぶ?」と

思ったのだけれど、おおせのとおり、清水焼きのお皿に並べて遊んでみました。

Tsurusankamesan_03

昨日は、ある電話を切った後、心静かに深くがっかりして、どーんと気が重くなって具

合が悪くなる、ということがあったのだけれど、その後だっただけに小さな干菓子は

口に含むとほんのり甘く、その優しさに「あぁ、しあわせ」と思うのでした。

そういえばこれも昔、なんかのドラマで、何かと言うとゲンかつぎに「つるかめつるか

め!」と言ってる女性がいたのだけれど、私も言ってみましょうか。

「つるかめつるかめ!」

そうじゃなくてももうすぐ節分。

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2009年1月20日 (火)

ZIGZAG

Blue_cloud

定規でひいた直線のようにキレイに

きみの時間は進んだりしないね

折れ曲がって渦巻いてこんがらがってる


もしもチャンスがもう一回巡ってきたときの日のために

いまは気持ちやらからだやら いつも手入れして

準備をしている


ジ、ジ、ジ、ジグザグに旅をしている


ぼくにやれることなら知れてると

風があざけり笑って吹いた

たくさん回り道をしてやるつもりさ


もしもチャンスがもう一回巡ってきたときの日のために

しっかり起き上がって立って 泥を払いのけ

前に出ていくよ


暗闇の底に眠る智慧

魔物の住み処に宝がある


ジ、ジ、ジ、ジグザグの旅が続く


もしもチャンスがもう一回巡ってきたときの日のために

いまはただ脇目もふらずに やりかけたことを

最後までやるのさ


手をのばしても 星にとどかない

思いめぐらして 手をさぐるよ


もしもチャンスがもう一回きたときのために

手が付くことから始める


( Words & Music by Takao Tajima 『東京飛行』より )

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Sちゃんと私の今と未来のために。

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2009年1月19日 (月)

心模様

Celestite_2

人は迷っているときには間違いをおかしやすいものだけれど

問題なのは

迷っている最中は自分が迷っているなんてことにさえ気づかずに

そのときの自分の選択を(ベストとまでは思わないまでも)不可避だと

思ってしまうことで、たった数年前に自分がしたことを、いまの自分

いまの思考回路に照らして、どうしても理解つかないというときになって初めて

あのとき自分は何かに迷っていたんだ、と気づく。

時すでに遅しで、過ぎ去った時間は消せやしないし

『過去があるから今の私がある』なんて常套句じゃ追いつかないほどに

虚ろになってゆく自分を感じながら、同時に

心がこんなわずかな時間にも変容してしまうのを知るんだ。

だから人の心変わりを責めるつもりもないけれど

自分の迷いの全ての根源がどこにあるのかは知ってる。

けっきょくのところ、十数年もかかって

私はまだ完全に自己修復できてないってわけなんだ。

・・・ そんな思いにとらわれていたこの週末。


100年に1ミリ、という気の遠くなるような時間をかけて結晶する水晶には

地殻の急激な変動などでできたクラックや折れた部分を自己修復したり

再結晶化させたりした跡が残る石があって、セルフヒールド、なんて呼ばれる。

セルフヒールドの入ったファーデン水晶って、私にはすごい魅惑。


いつか、夜中に、ブラウザいっぱいに並ぶ明るい曇り空のような青い石を眺めていて

どうしてもひとつの石から離れられなくなって

初めて買ったセレスタイト。

なんだか妙に嬉しくて、そんなことが話せる友人に

「私が買った石はこれだよ!」とメールすると

それを見てくれた友人から

「あの石見たけれど、あなたにそっくりな石だと思った」と言われて

石に似てるなんて言われたのはそれが初めてだったから、なんだか

不思議な気分だったけれど

好きな石だったから嬉しくもあり

以来それはもうひとつの自分になった。


天上の青、という意味で天青石と呼ばれるその石は

人を癒す石みたいだけれどとても脆くて

いつのまにか私の石はエッジが擦れて傷んでしまったけれど

いたるところに虹を内包して美しい。


そして最近、ちっちゃなセレスタイトのハートを手にいれた。

冬の陽に透かすとクラックがいっぱい入っていて

これもまた自分にそっくりじゃないか、と思う。

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2009年1月12日 (月)

祝♡成人

09seijinshiki

本日、息子の成人式。

真っ赤なバラが好きな息子だけれど、始まりはいつだって白、ということで、白のカラ

ーとストックを飾った。清らかで凛として春らしい。

最初から思ってたお花がお花屋さんにあってよかった。


去年、市から成人式のご案内の葉書が届いたときには、絶対に成人式なんか出ない

と断言していた息子。それが最近になって何やらあやふやなことを言い始めたと思っ

たら、間際になって今度は成人式には着物じゃなければ出ないとおっしゃる。

着物??? 今さら?

そういえば、この子は5歳の七五三のときにも断じて「ぼくは着物が着たい」と言った

んでしたっけ。母は母で、それなら梨園の御曹司のような着物を♡ と探したものの

そんなのレンタルじゃあるわけもなく、結局はオーソドックスな黒の紋付羽織袴になっ

たのでした。

でも今回はいろいろ調べたけれど、いくらなんでも遅すぎて、今からじゃ着物はもう無

理です、と告げれば、まだ行くと決めたわけじゃないから、とくる。親にだって都合って

ものがあるんですから、行く行かないかくらい早く決めてくださいよ、と思っていたら、

式の3日前になって「やっぱり出席する」と言うではないか。

しかたがないので急遽スーツを調達することにしたものの、よりにもよって息子は土日

とも朝から夕方までアルバイトだと言う。ますますしかたがないので土曜日の夜にア

ルバイトから帰って来た息子と、数駅先にあるパルコにスーツを見に行く。

閉店まであと1時間ということで空いている売り場をざっと見て、スーツとシャツとネク

タイをチョイス。決めるのはいたって早い2人。

試着室で試着をしてサイズを決めて、さて、そのとき。

「ネクタイをしていただけますか?」とAiko みたいなかわいい店員さんに頼んだら、こ

れが・・・ できない。(スーツ売り場で働いているのに?)息子が選んだのはストライプ

とチェックがリバーシブルになっている細いネクタイで、彼女があんまりまごついてい

るので、「もしかするとリバーシブルのネクタイって締めにくいことはないですか?」と

訊けば、即座に「そんなことはないです」と答えが返ってくるんだけれど、結局できない

まま。とりあえずこんな感じで雰囲気わかっていただければ coldsweats01 というところでOKして

一式購入。ズボンの裾直しは翌日まわし。昨日は昨日で娘とそれを取りに行った。

息子には「ネクタイくらい自分で結べないとかっこ悪いから練習しといてね」と言ったも

のの、練習した気配がまったくないどころかバイトのあと友達の家に行くと言ったまま

いっこうに帰ってこない。どうせ息子のことだから人をあてにしているのは必至なので

昨夜はネクタイを結ぶ練習をした。昔、若い頃、男の子みたいにストライプのシャツに

細いネクタイをして、それを途中からシャツの中に突っ込み、パンツにサスペンダーと

いうスタイルで仕事していた私。ネクタイを結ぶのに苦労した記憶はないし、すぐにで

きると思ったんだけれど、これが ・・・ できないんですね。

インターネットで検索した結び方をプリントアウトして、それを見ながら1番簡単なはず

のプレーンノットを結んでみるけれど、何回やってもきれいな三角にならないし、ディン

プルもうまく作れない。YouTube で動画を見ながらそのとおりにやってもできない。

かれこれ1時間以上もやっていたか、そこへ帰って来た息子、しゃらっと「おかあさん

がやってもそんなに難しいなら僕にできるわけないね」って、オイオイ・・・・・

どうやらやっぱりリバーシブルのネクタイ自体にも問題があるようなのだけれど、そう

いう場合はハーフウィンザーノットをお試しくださいとあったので、それを試すことさら

に数時間。「それじゃあ、オヤスミ」と先に寝てしまう息子を横目に、気づけばもう夜中

の1時半じゃないか。なんで私がこんなこと・・・。もう肩、バリバリ。

ハッと、私って意外と努力家だったんだなぁ、なんて自分で感心したり、いやいや待て

よ、単に完璧主義者がまだ抜けきってないってだけじゃないの、などと思ったり、いと

おかしき夜更け。

結局、完璧に結べるまでにはならなかったけれど、今朝はなんとか誤魔化しました。


息子はおばあちゃんっ子だったから、母が生きていれば今日のこの日をどんなに喜ん

でくれただろうなぁ、とか、こんな日ですら連絡すらしてこない消息不明の彼の父親と

か、祖父母とか、心をよぎることはいろいろあるけれど、そんなことは全部すっとばして

も今日を無事に迎えられてよかった。私のときのように来客もない、お祝いも届かない

誰も私によくやったと言ってくれる人もいないけれど、今日がこんなに晴れて穏やかな

いい日になって感謝だなぁ ・・・ なんて思うのでした。

夕方、式から帰って来た息子は慣れないスーツで緊張したのかネクタイが窮屈だった

のか「疲れた」を連発。疲れたのはこの3日、気紛れな息子に翻弄され(て散財し)た

母の私のほうだと思うんですけど?

・・・・・・ ともあれ、祝♡成人。

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2009年1月11日 (日)

鏡開き

09kagamibiraki

今日は鏡開き。

数日前から「これ食べないの?」と狙っている子あり。

といっても、うちのお供え餅はこんな小さな簡易タイプなので、これだけじゃ足りない。

09kagamibiraki_01

近所のスーパーで丸餅を売っていたので2袋も買ってきました。

お餅は私も下の子も大好きなのです。

お餅は昔からいわゆる開運食で、最近ついてないなぁ!ってときに食べるといいんだ

そう。小豆を煮るのは今年2回めなのだけれど、このあいだがぜんざいだったので、

今回はぜんざいとお汁粉の中間あたりにしてみました。甘さもそんなところも自在に

できるのが家で作るののいいところ。

我が家ではぜんざいもお汁粉もおやつって感じではなく、大きな合鹿椀でたっぷりい

ただきます。そして甘いものにはお漬物が欠かせない。

もう、これでお腹いっぱいです。

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2009年1月 7日 (水)

七草粥

09nanakusagayu

せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ。

・・・ 春の七草。

我が家はお正月の間じゅうご馳走三昧というわけではないから特に胃は疲れていな

いし、特に美味しいというものでもないのだけれど、毎年この時期にスーパーの野菜

売り場に山積みされている『春の七草』セットを見ると、そのミニチュア大根やカブの

見た目のかわいらしさに、つい買ってしまうのです。

・・・ というわけで今朝は七草粥。

いまある健康を寿ぎ、今年1年の無病息災を願って。

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2009年1月 4日 (日)

ふきん、どんなの使ってます?

Fukin_01

今年、元日にいっとう最初に届いた小さな封筒に入っていたのは、Sちゃんにリクエス

トしていたオリジナルラヴの古いCDと、マリア・ヒタのCD、それとこんな包み↑

赤と白の紙が中表に袋になっていて、表にはショップのシールが小さな布片と一緒に

付いている和風モダンの袋。中を開けたら、ふきんでした。

粋更(kisara) の淡い菜の花いろ(私はライムイエローと思ったのだけれど)の花ふ

と、麻ひもの付いた台拭き。

Fukin

どちらも蚊帳(かや)生地で作られていて、ふきんは開くとかなりの大判。

最初は糊付けされてパリっとした感触だけれど、洗って乾かすとふわふわになる。

クリスマスに私が送った物のちょっとしたお返しのつもりだったようなのだけれどこの

花ふきん、一緒に入っていた手紙よると去年のグッドデザイン賞を獲得したものだそ

うで、ショップが表参道ヒルズに入っていて、彼女は前から気になっていたのだそう。

表参道ヒルズは私はできたての頃に1回さらっと入っただけで、私にはおよそ興味の

ないところだと思っていたのだけれど、彼女のアンテナにはこんなものが引っかかっ

ていたとは。

実はこれ、私が長いこと愛用しているふきんにそっくりなのです。

私が使っているのはコットン100の草木染めのガーゼを羽二重して縫ってある和ふ

きんというもので、これもやっぱりかなりの大判。色も5色くらいあって、私は桜いろと

若葉いろを使っているのだけれど、和食器屋さんに勤めている頃からだから使い始

めてもうかれこれ6年くらい経つと思うのに、色が淡くなったほかは未だ健在。

最初は漆の器を拭くのに最適と聞いて買ったけれど、大判だから吸水性が高くて普

通の食器もたくさん拭けるうえに、薄いから乾きが早い。一度使ったらやめられませ

ん。こういう日常のちょっとした良いものって、買うときは少し高く感じても圧倒的に

使い心地がいいし長持ちするので、結果的には経済的だと思う。

そして何より、毎日の暮らしをちゃんとやっている女友達がこんな風にちょこっとくれる

ものっていつも気が効いていて実用的で、自分と好みが似ていて、実に類は友を呼ぶ

だなあ、と思うのです。

粋更の花ふきんと台拭きも、さっそく洗って使い始めました。

Fukin_02_2

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2009年1月 1日 (木)

あけましておめでとうございます!

09hatsuhinode

2009年が明けました。

東京は久しぶりに寒い朝になったけれど、朝から気持ちよく晴れて、穏やかで良い

お正月になりました。

初日の出はちょうど午前7時くらい。

いつもにも増してとてもパワーを感じる太陽の光です。

丑年生まれで今年年女の私としては、モー最高の年にしたいですね !taurus

私にとってのこの1年は、どうやら『行動』の年みたいです。

個人的には人をしあわせにして自分もしあわせになるような生き方がしたいなぁと

思っています。仕事でもプライベートでも。

それは、人が喜べば、自分も嬉しいclover という。実に単純なこと。

きっと新しい年になったからといって今の世の中の厳しい状況はそうそう変わらない

だろうけれど、そのあたりのことを常に意識して暮らしたいなと思います。

日々、照る日も雨の日も感謝して。

2009年もどうかよろしくお願いいたします。

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