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2008年10月20日 (月)

コスモス畑で

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「僕、あなたに憧れてるんです」

と偶然乗り合わせた朝の通勤電車の中で、行きつけの喫茶店の年下の男の子に唐

突に言われたときには、そのストレートな言葉にお目めがまん丸になったのと同時に

やれやれ、自分もずいぶん歳をとっちゃったもんだなあと思った。そして、あれは27

のとき、新宿のDUGの2階でブルースピアノを聴いて初めて泣けたとき、自分もなんて

大人になったんだろう、と思った。それから結婚して妊娠して出産して、人生で唯一俄

かグラマーになったとき、授乳をしながら「あたしってホルスタインか?」と思った。

でも、あれはぜんぶ間違いだった。

最近、自分と十以上歳の離れた女の子といるとかわいくてふわふわしていて、私もこ

の年頃にはこんなにしっかりしてなかったっけかな?と思ったりして、なんだか今の自

分がひどく落ち着いちゃったみたいに感じるけれど、逆に十以上歳上の大人たちの中

に混じっていると、自分の細胞がまだまだ青いことに気づく。たいていのものは手に入

れてしまって、あともう少し何か、と考えている彼らにもし怖れや不安があるとしたら、

それは細胞の青さからくる不安定さなんかじゃなくて、もっと現実的なことだから。

いま40もいささか過ぎて相変わらず細っこい身体にこどもみたいな心を抱いて、20

年前とたいして変わらずに生きてる。子供の頃からずっと1人遊びをしてきて、1人

遊びにはすっかり慣れているのに、その癖自分は結局どこに行っても独りにはなれ

ないような気がしてる。そうきち歩けば人にぶつかる。たぶん何があってもどこに行

っても一生食いっぱぐれることはないんじゃないかという根拠のないおかしな自信は

こどもの頃からだけど、なんとかそれが今になってハズレないことを祈るよ。

今朝、仕事に行くような時間に家を出た。

今日は住宅の給水塔の清掃の日で、朝から夕方まで終日断水なのだ。

家にいても何もできないので、こんなときでもなけりゃ滅多に行けない友人のところに

でも行こうかと思ったら、彼女も今日は外出するんだって言う。それならと、気になって

いた昭和記念公園にコスモスを見に行った。

朝のうちは風がちょっと冷たかったけれど、空は晴れてどこまでも青い。陽射しは暑

いくらいだ。半袖でもいいくらい。大きく深呼吸しながら歩く。緑の匂いがする。

なんて気持ちがいいんだろう ・・・

切花の世界ではもう終わりと言われたコスモスだけれど、盛りはちょっと過ぎたものの

まだきれいに咲いていた。

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昭和記念公園の中はとても広い。

コスモス畑は数箇所あって、大きな原っぱをぬけてゆく。

原っぱではシルバーの男性たちが少年みたいに紙飛行機を飛ばしたりカイトを揚げ

ている。コスモス畑を全部まわったらそれだけできっと午前の数時間はあっという間

に過ぎてしまうだろう、と思った。ピンクのコスモス畑、レモンイエローのコスモス畑、

白のコスモス畑はもう終わっていた。

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途中、喉が渇いたのでミネラルウォーターを買ってベンチで飲み、雑木林の奥で輝く

ばかりの穂を揺らしていたススキの群れを眺めたりしながら、ゆっくり最初のピンクの

コスモス畑に戻ってきた。朝は直射日光が当たっていてうまく撮れなかったのだ。

コスモスを撮るのは意外と難しい。細い茎はちょっとの風でも揺れてピントがすぐに合

わなくなってしまうし、たくさんの花に目を奪われていると散漫な写真になる。ひとつの

花に決めてフレームしたら、しばらくじっとして何度もシャッターを切る。

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そんなことをしていると、デジタルだとあっという間に100枚くらいは撮ってしまってい

る。ちょっと疲れてきたし、お腹も空いてきたのでもうこれくらいにしようと思って立ち

上がったら、隣りで三脚に一眼レフを付けて本格的に撮っていた白髪の男性も立ち

上がり、にこやかに笑いながら「いいのが撮れましたか」と話しかけてきた。

御歳78歳だというその男性は、もう50年も写真をやっているのだという。

「28年、富士山を撮りに通いました」と男性は言った。

でも奥さんがパーキンソン病という病気になってからは、手が震えるので家事がいっ

さいできなくなり、代わりに自分が全部やっているのだと言う。好きな富士山にも行け

なくなって、最近はヘルパーさんが来てくれているときだけ気分転換に自転車で行け

る範囲のところで花の写真を撮っています、と彼は言った。

最初は気がつかなかったけれど、彼自身、右耳がまったく聞こえないのだそうだ。

だから彼に何か言うには大きな声を出すか、左耳に向かって言わねばならない。

大変なお暮らしをされているのだなぁと思いながら、「それは大変ですね」と言ったら、

「いえ、これも人生ですから」と穏やかな明るい口調で言った。陽の光が淡い茶色の

目の光彩を透かして、ばら色のきれいな肌をした彼は外国の老人のようだった。

耳が遠いことをぬかせば76歳の私の父にくらべてもずっと若いし、話すことも動きも

とてもしっかりしている。知的で穏やかで邪気がなく、好奇心旺盛な老人は好きだ。

天使みたいだから。それに私の持っていないものをいっぱい持ってる。

まるで静かに水を湛えた水盤のようだ。

それから彼は私にいくつかの写真のテクニックと、撮影のための手製のアイディア・

グッズを見せてくれた。外国のキャンディーの空き缶の中に入った、写真の隅に色

のボカシを入れるための様々な形に切られた折り紙とか、それを挟むクリップとか。

風で揺れる花を固定するために自分で作ったワイヤー・スティックとか、いろいろ。

そしてリュックの中から自分で撮った写真の束をいくつか取り出して見せてくれた。

まるでプロのフォトグラファーが撮ったような、様々な花や昆虫や紅葉の樹木などが

ヴィヴィッドに撮られた美しいポストカードのような写真。「素晴らしいです」と私が言う

と、とても嬉しそうにして、バラの写真が入った一束を私にくださると言う。花の季節

は毎日のようにこの公園に来ているというので、お名前を伺ったら、今はもうなくなっ

てしまったという貴重な富士山の景色の入った名刺をくださった。しばらく会話した後

「さて、これから帰ったらまた家事です」と彼は言った。そして「もし、さしさわりが無か

ったら、住所を教えてくれませんか?今日撮ったコスモスの写真をお送りしましょう」

と言うので、朝バッグにメモとペンを入れてきたことを思い出して、自分の名前と住所

を書いて渡した。朝、何か思いついたら書こうと思ってバッグに入れたメモがこんな風

に役立つとは思わなかった。そして、人と人とのささやかな交流は、こんな風にして始

まるのかな、と思った。もう先が長くないから、というこの人に私がしてあげられること

はあるだろうか。とりあえず、写真が送られてきたら返事を書こうと思う。恥ずかしな

がらデジタルで撮った写真はまだ一度もプリントしたことがない私なのだけれど、自分

の撮ったのをプリントして送るのもいいかな。もしかしたら面白がってくれるかもしれな

い。彼が撮る花の写真と、私の撮る花の写真はまるで違う。もちろんテクニックの有り

無しは歴然として、彼の撮る花がとてもおしとやかに美しく止っているとしたら、私のは

動きがある。少々ブレてもコスモスは風に吹かれているのが好きだ。

これも私の細胞の若さなんだろうなあ ・・・

コスモスは風に揺れる女の子。

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コメント

なんだか寝ている誰かの夢を
のぞきこんだような気分。
すてきな一日だったようですね~

ほんわかしてます、
あたしまで。

投稿: あたしベイベー | 2008年10月23日 (木) 23:30

ベイベー姐さん、
おー、そうだった?
そりゃ、さんきゅさんです。

うん、この日はいい日だった。
ほんとに気持ちのいい美しい秋の日っていうのも、実際は数えるほどしかないもんね。
それにたいていはオープンなあたしですが、閉じてる日だってあるしな。
まぁ、基本的には閉じちゃイカンよね、閉じちゃ。

投稿: soukichi | 2008年10月24日 (金) 23:47

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