« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »

2008年8月31日 (日)

夏が終る

08natsukusa

あせたような 薄い青空

とうすみとんぼが とんでゆく

ききょう かるがや おみなえし

あざみ ゆうすげ われもこう


なぞのような 人の裏切り

白いよろい戸が 閉じられる

あげは くわがた くまんばち

おけら あしなが きりぎりす


一人たどる 夜の山道

どこへ帰るのか あてどない

いてざ オリオン 海王星

スピカ こぐまざ カシオペア


(矢野顕子『Super Folk Song』より『夏が終る』作詞:谷川俊太郎)

***********************************************************

天は怒っているようだ。

人智を遥かに超えた自然の力を怖れよ、太古の祈りを思い出せ、と。

人がすっかり自然に対する畏怖を忘れて我がもの面をしているから。

一昨日の豪雨と雷はほんとに凄かった。

一晩中雷が鳴り響き、ときどき瞬間的に厚いガラスが割れるような鋭い音と、

閃光の後にやってくる落雷の物凄い轟きと地響き。

生まれてこの方初めて経験するケタ外れの雷に、心底恐怖を覚えた一夜だ

った。私は一睡もできないまま、また例の『しんぱい』ってヤツが大きな黒い

綿菓子みたいに頭にかぶさってきて、精神的にも苛まれた。

そこで思い出したのが先日見たポニョの中のリサの台詞だ。

「宗助も元気だしな、リサと同じにポニョもきっと元気だよ!」

家っていう少しも磐石じゃない小さな砦の中で自分よりも非力な子どもなん

てものを守っていると、時々そうやって前に進んでいかなきゃならない時が

あるよなぁ、と思う。言ってることに根拠があろうとなかろうと。

家の外に出てしまった人間にはわかるまい。

私にとって人の裏切りってのはいつも謎だ。人は謎だらけ。

それでも、今は永遠に閉じられているみたいに見える扉がいつか開いて、

懐かしい住人が顔を出し、今までわからなかったことがわかって、お互い

に理解しあえる日がくるのかなぁ、と思ってみる。

自然の脅威は私に自分のもっとも弱いところを嫌っていうほど見せつけて、

知らんぷりして去って行った。


 S、夏が終るね。君も、君のボロアパートも無事かい?


8月最後の日は朝から晴れた。

青空に白い入道雲がもくもく浮かんで、久しぶりの洗濯日和。

でも夕方からまた大雨だ。

私の愛する夏の驟雨とは大違い。

写真はまだ盛夏の頃、私の大好きな、夏草。

| | コメント (0)

2008年8月27日 (水)

ライブハウスとミュージシャンのHOTな関係/INTENSE

Intense

4日ぶりでやっと雨がやんだ。しかし、よく降った。

晴れとまではいかないけれど、今日はちょっとお陽さまが戻ってきた。

もう夏が蘇生するとは思わないけれど、まだ行かないでくれ!と未練

たらしく思う私。晩夏だ。

向日葵がうなだれる。蝉の鳴き声が日に日に弱くなる。朝、目覚めた

ときの肩の冷たさ。秋という季節はどこかよそよそしい。でもこの雨の

4日間も蝉は休むことなく鳴き続けた。健気な蝉ちゃん。

地中に6年、地上で1週間、出てきてからは繁殖のためにパートナー

を求めて必死に鳴き続け、太陽に灼かれてカラカラになって落ちる。

なんて切ない一生。なんて切ない季節なんだろう。

でもそんなことを思うのも人間だけで、蝉はただ懸命に今を生きてる

だけなんだ。人もかくあれ!と思う。

どこまでも続くヒマワリ畑 ・・・・・・

このヒマワリのジャケットのCDを見つけたのは5月のことだ。

息子と2台並んだPCの前で滝野聡のブッキングを検索していて。

どうやら私のほうが検索の仕方が上手いらしくて、息子が見落としてい

たこのCDにたどり着いた。ネットの中は難破船みたいなサイトばかりだ

から、このサイトが生きてるかどうかは不明だったけれど、息子には何も

言わずに『CD購入希望』のメールを出した。サイトが生きてたとしてイン

ディーズのレーベルがWeb専任担当を雇っているわけがないから、返事

はきても遅いだろうと思っていたら、2日後に『お返事おそくなりました。

ありがとうございます。お送りさせていただきます。到着後、代金(送料

込み)をお振込みくださいませ。おそらく滝野聡・初ライブCDのはずで

す。1曲目はすばらしいテイクが棄てきれず、DATウォークマンのじか録

りですが、2曲目以降はマスタリングしてあります。おたのしみに』と返

事がきた。小さなインディーズ・レーベルだって、たいていオーダーには

事務的な振込先案内の返事しかこないのに、私はそのメールを見てす

っかり嬉しくなってしまった。しかも送料も取らないなんて、なんて心意気

でしょう。

それですっかりすぐに送ってくれるものと思ってしまった私なのだけれど

これが5日経っても1週間経っても来ない。10日が過ぎてついにもう一

度メールで問い合わせたら『申し訳ございません。あの後、店内改装を

始めてしまいまして。お詫びに滝野聡・生写真プレゼントしますので(笑)』

と返事がきた。な、なんか、思いっきり勘違いされたみたいだけど・・・ 

ま、いいかcoldsweats01 写真は息子が喜ぶかもしれないし。 

そしてCDは1枚の手紙とともに届いた。数行の手紙ではあるけれど、そ

れだって今までなかったことだ。それが『堀剛ライブ/インテンス』。

アルバイトから帰って来た息子にホイと差し出して「お礼を言いな!」と

言うと「何これ?!」と言う息子。滝野聡のライブ音源だよーん、生写真

もあるよーん、という私。まったくアホな親です。

さっそく聴き始めたらこれが凄い。うわ、何これっ!て感じ。のっけから

ドラムの切れたプレイにやられました。なんちゅーテンション!

これは「素晴らしいテイクが棄てきれず」というより、これ無しには考えら

れないアルバムでしょう。『ナッシング・パーソナル』という曲。これは滝

野聡のセカンドにも入っていたけれど、こっちのほうがずっといい。

ドラムの宇山満隆のタイトで圧倒的な牽引力、滝野聡のたたみかける

ような説得力のあるメロディックなギター、松田靖弘の奔放なテナーサ

ックス、ベースの堀剛のリーダー・バンドだけあって、またベースがすご

くいいんだよね。まいりました。

ちなみに何故ヒマワリのジャケットかといえば、2曲めに入っている堀さ

んオリジナル曲のタイトルが『ヴィンセント』だからのようだ。ゴッホに捧

げたオマージュでしょうか。海を感じさせるトロピカルで素敵な曲。3曲め

の『ドルフィン・ダンス』は個人的にとても好きな曲で、これもとてもよかっ

た。他にウェイン・ショーターの『エレガント・ピープル』、セロニアス・モン

クの『リズマニング』の全5曲。あっという間に終る5曲なれど、毎回聴く

たびにまず最初のテンションに圧倒され、それから気づけばいつの間に

かミュージシャンの出す音の細部にまでじっと耳を傾けているというアル

バム。惜しむらくはインディーズってことで録音レヴェルが低かったり、ソ

プラノ・サックスの音がペラッペラに聴こえてしまうところなんかだけれど

それをしても良いアルバムです。いちばん残念なのは、このバンドが今

はもう無いってことかもしれない。

そして、ほんとに良かったので、お振り込み完了通知のメールに感想

を書いて送ったら、向こうからもさらに熱いお返事が返ってきて、もうこ

れってかなり古いアルバムだと思うのに、いまだにこんな風に大事に

されているなんて、つくづくミュージシャンて、こういう熱い思いの人たち

に支えられているんだなぁと感激してしまったのでした。メールにはジャ

ズだけでライブハウスを10年やったと書いてあった。今でも店名を変え

てセッション中心のライブハウスをやっておられるそうです。せっかくな

のでちょっと宣伝   →  Acoustic Art

さて、下が、そのいただいた写真。

レコーディングの時に撮ったという、滝野さんの超レア写真です。

滝野さんは私はまだ1度しか見たことがないけれど、驚くほど謙虚で、

優しげで、静かな雰囲気の方でした。内に秘めたる炎の人。

Satoshi_takino

| | コメント (4)

2008年8月25日 (月)

煮豚を作る

Nibuta_06

私がこの夏ちょっと凝っていたのが、煮豚を作る、なのです。

晴海の花火大会に誘われて行ったとき、食べもののほとんどの準備をしてくれ

たH家ハハの作った煮豚がとてもおいしかったので。煮豚は自分でも前に作っ

たことがあって、簡単な割にはおいしく作れるものなんだなぁと思ったことがあ

ったけれど、何かコツがあるなら訊いてみようと花火の後にお礼方々電話して

みることにした。人の縁と健康はお金で買えないから大事にする。

するとハハは、私は料理は下手だから人に教えてなんかあげられない、と言う

ではないか。私はまたてっきり女の人がよく言う謙遜だろうと思って、それでも

大体のところを聞いて「だいじょーぶ、年数だけなら私もベテラン主婦だから」

と言と、「来年、来るなら煮豚持って来てね」と言うので「オーライ♪」と言って電

話を切った。このあいだは手ぶらじゃなんだから、と心ばかりのお土産を持って

行ったら、「来年からはお土産持ってきた人は入れてあげない」なんて言われ

たのだけれど、上げ膳据え膳のところに手ぶらで行ってご馳走になるより、何

か役割をもらったほうが気が楽な私。これって貧乏性でしょうか。

それで、さっそく作ってみました。夜のキッチンで写真を撮ったから電球色で色

が悪いけど、以下、材料。

Nibuta_2 

●豚肉(豚肩ロースかヒレ肉、これはたまたま安かったのでモモ肉。ヒモは最

 初からかかっていたのだけれど、かけなくてもよいそう。)500~800g

●ふだんは使わない長ネギの青いところ。

●ショウガとにんにくの薄切り少々。

●醤油150cc・みりん80cc・酒80cc・砂糖・(黒酢)適宜。

**************************************************************

そして作り方をごく簡単に。

●お鍋に肉を入れてひたひたになるくらいの水(煮ている間も肉が出ていると

  固くなってしまうので常にひたひたをキープ)を入れ、そこにネギ、ショウガ、

  にんにくなどの香味野菜を入れて火にかける。

●沸騰したら一気にアクが出てくるので取りながら中火で煮ること30分。

Nibuta_01

●30分くらい経ったらいったん肉、ネギを取り出して、スープだけで煮詰める。

Nibuta_02

Nibuta_03

●スープの量がある程度減ったら少し冷まして、浮いている余分な油を取り、

 調味料を入れて煮立たせる。(最近、私は黒酢に凝っているのでプラス。)

●そこへ肉を戻して落とし蓋をし、ときどき肉をひっくり返しながら、弱火でこと

  こと煮ること1時間。

Nibuta_04

●火を止めたら、そのまま一晩煮汁につけて味を滲みこませる。

●翌日、軽く温めたのを切り分けて盛り、白髪ネギを添えて煮汁をかけたら

 出来上がり! その出来上がり図が上の写真。

この日はたまたまスーパーでネットをかけたモモ肉が安く売っていたのでモモ

肉で作ったのだけれど、仕上がりの味は充分おいしくはあるけれど、ちょっと

パサパサしている上に、脂肪が固い感じ。これは肉によっても違いがありそう。

この時はオードブルでいただいた他は焼き豚代わりに冷やし中華に入れて食

べました。おいしい煮汁が余っていたので今度は豚肩ロースでトライ・アゲイン。

2回目はヒモのかかった豚肩ロースを買って、最初にフライパンで強火で焼き

色を付けてから1時間、1時間、計2時間煮てみましたが、出来上がりは下の

通り。今度は脂肪もとろけるようで美味しかったけれど、少々煮崩れてます。

う~ん、こういうシンプルな料理こそかえって奥が深い!(のかもsmile

今回は火を止めた後にゆで卵(ほんとは半熟にするところが息子と喋っている

うちに固ゆでになってしまった)を入れて、一晩漬けておき、翌日はラーメンに。

久々にシンプルなラーメンは美味しかった!happy01

Nibuta_07_2

当然のことながら、というか、だんだん煮汁はいい感じになって、ますます美

味しくなってくるし、「来年までに煮豚を極めてやるッ!」とばかりにトライする

こと3回目。3回目もヒモのかかった豚肩ロースで、今回は香味野菜の代わり

に紅茶のティーバッグ(2個)を入れて煮ること30分。それから温めた煮汁に

肉を移して、足りない分をティーバッグの煮汁を入れて煮ること更に1時間。

そして一晩置いて切り分けたのがこれです。今回は切り分けて盛ったのに煮

汁をかけて、シンプルにカラシでいただきました。

Nibuta_08

結果、コレが見た目も味も1番よかった!

柔らかく、とろけるような味わい。煮汁の味もちょうどいい感じ。

・・・ というわけで、現段階では紅茶で30分煮て、それから調味料を入れた煮

汁で1時間煮て一晩置く、というところにおさまりました。H家ハハはヒレ肉が

安かったからヒレで作った。いつもはヒレ肉だとパサパサするんだけれど今回

はたまたまうまくいった、なんて言っていたけれど、肉の部位によっても煮方は

違いそうです。ただし結局、何度作っても煮汁というのは残り続けるわけで、今

回私は黒酢を入れたので、酢を入れると肉も煮汁もけっこう日持ちがするとい

うことだけれど、残った煮汁の再利用法を考えなきゃです。

もっと美味しい煮豚の作り方があるよ! 煮汁の再利用法はこれがおススメ!

というのがある方は、ぜひぜひコメントくださいませconfident

そろそろ夏の疲れが出てくる季節。

ビタミンBが豊富に含まれる豚肉と、クエン酸サイクルで疲労回復効果のある

黒酢を使って自家製煮豚はいかかでしょう?

| | コメント (2)

2008年8月24日 (日)

涙がキラリ☆

080726hanabi

目覚めてすぐのコウモリが 飛びはじめる夕暮れに

バレないように連れ出すから カギは開けておいてよ

君の記憶の片隅に居座ることを いま決めたから

弱気なままのまなざしで 夜が明けるまで見つめているよ

同じ涙がキラリ 俺が天使だったなら

星を待っている二人 せつなさにキュッとなる

心と心をつないでる かすかな光

浴衣の袖のあたりから 漂う夏の景色

浮かんで消えるガイコツが 鳴らすよ恋のリズム

映し出された思い出は みな幻に変わってくのに

何もしらないこの惑星は 世界をのせて まわっているよ

同じ涙がキラリ 俺が天使だったなら

本当はちょっと触りたい 南風やって来い

二度と戻らない この時を 焼きつける

同じ涙がキラリ 俺が天使だったなら

星を待っている二人 せつなさにキュッとなる

心と心をつないでる かすかな光

(スピッツ『涙がキラリ』作詞:草野マサムネ) 

*******************************************************

今年は2度も花火に誘われて、それが両方とも地元の方からのお誘い

ですごく良い条件で見られたのが不思議だったけど、ある夜スピッツの

歌を思い浮かべながら寝て、朝目覚めたら枕元に置いた携帯に突然年

下の女の子から「いつも行っている子が行けなくなったので、そうきちさ

ん、一緒にスピッツのライブに行きませんか?」と入ってて驚いた。スピ

ッツのライブに行くのは初めてです。誘ってくれたMちゃんによると、ファ

ンクラブに入っていてもなかなか取れないチケットらしい。せっかく誘って

いただいたから、たぶん行くことになると思うけど、私がスピッツで1番好

きなのが、何を隠そう、この曲、『涙がキラリ』なのだ。

なんででしょ。この歌を聴くと、夏の夕暮れがパッと頭に広がる。

子どもの頃、虫取り編みを持って夕方まで遊んでいると、暗くなり始めた

空にはほんとにコウモリがいっぱい飛んでいた。今でもこの辺りならまだ

飛んでるかもしれない。それから母に浴衣を着てもらうのももどかしく、い

そいそ出かけた夏祭り。10代の頃の思い出。自分の知ってる夏。経験

した夏。その夏の匂いとか感触とか、どんなに暑くても瞬く間に消える儚

い夏の思い出を、一瞬にして思い出すからかも知れない。

昨日今日の土日は実家近くの神社の夏祭りで、晴れてたら今年も行く

はずだったけれど、今年は2日続きの雨で行けない。この雨じゃ露店も

おおかた店終いしちゃったんじゃないだろうか。

小・中学生の頃は毎年夏の最後に行われるこのお祭りで、夏の終り、

夏休みの終りを感じていた。そろそろ宿題をやってしまわないと ・・・ 

そして夜店の並ぶ境内やその外で、しばらく会ってない友達や、好きな

男の子の姿を探したものだ。今でもお祭りに行けば、時々境内で旧い

友人にばったり出会ったりする。長いこと会ってない友人は驚くほど老

けていて、会った後しばらく私はぼぉっとしてしまうのだけれど ・・・

今年はリサも私も綿菓子を食べそびれちゃったなあ!

0807comic_illustration_01_4

(そういえば昨日の夜は雨だというのにどこかから派手に花火の上が

る音がしていて、思わずベランダに出てみたけれど空には花火どころ

か重い雲が垂れ込めていて、しとしと雨の降る中の花火の音だけって

なんだかいつも以上にさみしかったなぁ・・・)

| | コメント (8)

2008年8月23日 (土)

身体の歪みとスイミング♪

Premie_2 

今日、5週間ぶりのプール。

水着の上に半袖Tシャツを着ただけで自転車を飛ばすと、ちょっと肌寒い

くらいだ。まだ8月だというのに。

いつも夏の始まりには夏こそいつもより泳ごう!と思うのに、イベントが

あったりうまくタイミングが合わなかったりして、なかなかうまくいかな

い。週1度回泳いでたってガチガチの身体が、5週も泳いでいないともう

すっかり運動不足だ。クラブに着くとみんなに「お久しぶり!」と声をかけ

られる。プールサイドに出ると同じ班のOさんが真っ黒に日焼けしていて

海にでも行ったのかと思いきや、クラブが休みだった9日間のうち8回も

屋外プールに行っていたんだと言う。彼女はもう60代の半ばなのに、凄

いとしか言いようがない。一緒に行った旦那さんには「おまえとはもう一

緒に来たくない」と言われたとか。それはそうかもしれないな、と思う。

彼女の年齢で4種目きれいに泳げる人なんて、そうそういないもの。

今日はめずらしくTコーチで、前半クロール、後半バタフライ。

「今日はいつもやっていることとは全然違うことをしましょう。毎日皆さん

が見ているオリンピックの選手がやっているような泳ぎ方、あれをやりま

す。皆さん必ずできます!」というのだった。

このコーチは教え方がものすごく上手いコーチで、言われたとおりにクロ

ールを泳ぎ始めたら、数日前慣らしで市民プールに泳ぎに行った時にど

うしてもわからなかった自分の泳ぎの駄目なところがすぐにわかった。こ

ういうコーチだと同じ50分でもその価値は天と地ほどに違う。コーチに教

えてもらうありがたさをひしひしと感じてしまう瞬間。この日、教えてもらっ

たクロールの泳ぎ方はハイエルボ。これはできるようになればとても楽だ

から、なんとかマスターしたい。

バタフライは、第2キック・呼吸の後に肩を丸くして両手をそろえて深く入

水するのが通常我々がやっているのだとしたら、オリンピックの選手は

まるで逆、胸を突き出して手は肩幅に開いたそのままの形で水に倒れこ

むイメージ、胸を反ると自然におしりが上がるから、それで前傾姿勢にな

って重心が前にゆき、身体が軽く水に沈むというわけ。我々が身体をう

ねらせて水中深く沈んだり浮いたりして泳ぐのに対して、彼らは水の上を

平行に軽く縫うようにして泳ぐ。当然のことながら同じ競泳でも一般スイ

マーとトップスイマーとではこうも違う。どちらも肝心なのは常にアップキ

ックだそうだ。キックは常に上に上げるほうを意識すること。

慣れてしまえばこちらの泳ぎ方のほうが格段に疲れないというけれど、

今のところ理論的にはわかっても上手くできない私はなんとも言えない。

もっともこれは水泳をやっている人にしかわからないと思うけれど。

それに今日コーチがお遊び程度にこんなことをしたのも、我々がある程

度泳げるようになっているからで、やっぱり基本が入っていることが大事

なのだそうだ。

久しぶりに充実の50分間を終えてメイクルームにいるとき、最上級班の

人と話していて、なんの話からか人間の免疫力の要は2つあって、ひと

つは上半身の肩甲骨、もうひとつは下半身の骨盤なんだ、という話にな

った。私はスイミングを7年間やっている間に脚の形が格段に良くなった

のだけれど、それはたぶん骨盤のゆがみが取れたからで、主にそれは

平泳ぎで股関節を回したからだと思う。でも去年から右肩の調子がおか

しいのは、どうやら40肩とかいうもんじゃなくて、肩甲骨がガチガチに凝

っているかららしい。仰向けに寝て頭の下で手を組むと、左右の肘の床

の着き方が極端に違うのは、たぶん身体の軸がブレているからなんだと

思う、と私が言うと、その人は驚いたことになんと私の目の前で、やすや

すと背面合掌をやって見せた。わかります? 普通に両手を合わせて合

掌するのを、ちょうどそのまま背中でやってるようなやつ。

私、目がまん丸くなってしまった。まるでヨガの行者のようではないか!

よく背泳でキックだけの練習をするとき、両腕を頭の後ろで重ねて真っ

直ぐに伸ばし、伸ばした腕を枕にして泳げと言われて、私なんかそれさ

えキッツイのだけれど、彼女はそれも完璧に頭の後ろで組める。それど

ころか背面手つなぎだって左右両方ともやすやすとやってしまうのだ。

彼女は長いこと、そんなことは誰にでもできることなんだと思っていたそ

うだ。驚いた! なんという身体の柔らかさ。それに彼女は私以上にガ

リガリに痩せている人で、私は今まで痩せっぽちさんはみんな自分と同

じように身体が硬いものと思っていたのに。彼女によってすっかり今まで

の概念を覆されたピノキオの私。スイミングは平行運動、しかも左右対

称運動なので身体のゆがみを取るには良いものの、はたして私の身体

の硬さはこの先すこしはマシになるんでしょうか?

さて、身体が柔らかい方が良いか硬い方が良いかと言ったらもちろん!

柔らかい方が良いに決まっているのだ。特に身体のどこかが凝っている

ような場合、それは充分、病気の原因にもなりうる。それに日経ヘルス・

プルミエ9月号によると、肩甲骨が凝っているだけで顔がたるむんです

って! 知ってました? がーーーーん!! 

この本の内容がe-honで送られてきたとき、この目次を読んで思わず即

買いしてしまった私ですcoldsweats01 

本の中にはこのあたりのことと、それを解消するための毎日簡単にでき

る体操などが載っていて、これ、けっこういい本です。私と同年代から上

の人には役立つかもしれません。よかったら、ご参照のほど。

ちなみに私は最近、バタフライが上手くなるためのバタフライ体操なるも

のを考案して、これがなかなか画期的なんじゃないかと自画自賛してい

るんだけれど、あまりやっているところは人に見られたくありませんsmile 

最近、遅々として上達しない自分の泳ぎに、もう7年前と同じことやって

ても駄目だとつくづく痛感し、秋から週1を週2にしようかと考えているこ

の頃。これだけ上手くならないのに、泳ぐことへのモチベーションが落ち

ないのは、自分でも大いに謎!

| | コメント (0)

2008年8月21日 (木)

眠れぬ夜のmedicine music/ブラームスのINTERMEZZI

Glenn_gould

あんなに暑かった夏がもう逝こうとしている。

ここ数日のこの涼しさはなんだろう。

太陽が死んでしまったみたいだ。

今年の暑さはまたとびきりだったから、大半の人はホッしてるだろう。

たしかに耐え切れない暑さの日はあったし、暑さにうんざりしたことは

あったけれど、でも空を見上げれば青い空に白い雲がぷかぷか浮か

んでて、外に出れば陽を浴びてヒマワリが揺れている、街路樹の木漏

れ陽の間からはピンクのサルスベリの眩しい微笑が降ってくる、私は

夏が好きだ。今年はここ数年の夏の中でも、夏らしい、いい夏だった

んじゃないかと思う。特にどこかに旅行に行ったわけじゃないけれど、

きれいな花火を見た。蒸し暑い日もあったけれど、陽射し強くてカラッ

と爽やかな夏の日もあった。まるで子どもの頃のような。

今日のタイトルとは違うけれど、私も子どもたちも健康的によく食べて

よく眠った。夜はクーラーもかけずにひたすら眠り、暑さで目覚めた。

そしていま、晩夏はまた晩夏らしい。

昨日の夜、ふいに思い立ってしばらく聴いてないCDを取り出した。

グレン・グールドの弾くブラームスの間奏曲

思えば2000年の夏もすごく暑かった。

そしてやっぱり夏らしい、美しい夏だった。

私は20年ぶりくらいに恋をしていて、自分で言うのもなんだけれど、

とても生き生きしていた。毎日、日のある間はずっとそわそわと落ち着

かず、日が暮れてなす術もなくなるとやっとホッとした。

Hello,darkness old my friend ・・・・・・

サイモンとガーファンクルの歌じゃないけれど、夜は優しい友達みたい

だった。昼間酷暑のなか働いて夜にはもうすっかり疲れていたはずな

のに、寝なくても全然平気だった。いくらでも起きていられた。そして長

い長い手紙を書いた。友人は私からラブレターをもらって捨てられる男

はいないだろうと言ったけれど、果たしてどうかわからない。もう何を書

いたかすら忘れてしまったけれど、好きな音楽のことばかり熱心に書い

た記憶があるから、あれがラブレターだとわかる人もそうそういないかも

と思う。途中、長年愛用していたスペシャル・フォント付きのプリンタが壊

れて、最後は手書きで書いたりしたから、なおさら何を書いたか忘れて

しまった。いったい便箋に何枚書いたのか、今では考えるだけで恥ずか

しいけれど、この自分のどこにそんな情熱があったんだろうって思う。

ただ、書かずにいられなかった。

書くことでしか、自分を落ち着かせる方法がみつからなかった。

そのとき、手紙を書き続ける私の傍らで繰り返しずっと鳴っていたのが

グレン・グールド弾くブラームスの間奏曲だった。それは夜のしじまの中

で聴いてもとても柔らかく、優雅で、孤独でありながらロマンティックだっ

た。時折りひときわエモーションが高まるところでは否応なく心をもってい

かれたけれど、書くことの邪魔になるどころか、それはまるで私が闇に

落ちないように支えてくれているみたいだった。

そんな風に音楽を聴いたのはたぶん、ホルショフスキーの弾くモーツァル

トの幻想曲以来で、この曲においては本来、真反対のタイプのピアニス

トと言われる2人のピアニストに私はある種の共通点を感じてしまう。静

かさと優雅さ、沈思黙考の深さと滑らかなカンタービレ、鮮やかなエモー

ションのきらめき。心の、もっとも奥深くにあるかなしみに添うような音。

そういえば、これについて書いた本もあったはずだと本棚を探したら、あ

った。バッハ没後250年記念に出されたグレン・グールド総特集。

Glenn_gould_002_2

この中の浅田彰と坂本龍一の対談で、坂本龍一は長いこと(10代のと

きからずっと)このグールドの弾く間奏曲が好きで、今でも肌身離さず持

ち歩いてる、と言っている。2人はブラームスでいいのは間奏曲だけ!

と言っていて、ブラームス好きの私としては何もそこまで言わなくても、と

思うけれど、まぁ、それくらいいいってことらしい。

かつて、若い頃の私にとっての精神安定剤的音楽は、叔父から譲り受

けたビル・エヴァンスの2枚組のアルバム(ジャケットはポートレイト・イン

ジャズと同じで中身はビレッジバンガードでの歴史的なセッションを2枚

に収めたアルバム)だった。けれど、それはもう手元にないし、今それに

代わるのはグールドのこのアルバムではないかと思う。もう長い手紙を

眠らずに切々と書くこともなくなったけれど、逝く夏に愛惜を感じつつ、

眠れぬ夜を眠れぬまま音楽にゆだねるのもいいかもしれない。

(そうそう、これを書く前に同じカテゴリ欄を見たら、前にもこのアルバム

について書いた記事があった。実は先日も同じようなことがあって、そち

らはまだ下書きフォルダに入ったままだけれど、どんなにたくさんCDを

買っても、繰り返し長いこと聴き続けるのはほんとにごくわずかなんだな

ぁ、と思う。逆に言えばそういうものに出会いたくて次々に新しいCDを聴

くわけだけれども。ちなみに浅田彰と坂本龍一の対談のタイトルは『20

32年のフレン・グールド』。対談の最後は『2032年になっても、僕たち

はグールドを聴き続けてると思う』で締められている。それには私も大い

に賛成。)

| | コメント (2)

2008年8月17日 (日)

久々のニューカマー/新しいブラジリアン・ ヴォイス・TOCO

Toco

さて今週も日曜のサウダーヂな時間、皆様いかがお過ごしでしょうか。

今日は朝から一日雨だ。一日、雨の音がしてる。窓の下をクルマが通

るたびに聞こえるスプラッシュの音。今日はクーラーを入れてない部屋

の中にいるより、ベランダにいるほうが涼しいくらいだ。素晴らしい!

夏の猛暑の中休みにこんな静かな一日があるのもいい。

部屋中の窓を開け放して扇風機の風に吹かれながら、雨音とともに私

はさっきAmazonから届いたばかりの新譜を聴いています。例によって

ラジオから流れてきた瞬間に耳が捉えた音。SCHEMAというイタリアの

ニュー・ジャズ・レーベルからリリースされたTOCO(トコ)のファースト・

アルバム『OUTRO LUGAR』(オウトロ・ルガール)。これがいい。

一気に肩の力が抜ける感じ。ボサノヴァの新譜を買うのはとても久しぶ

りだ。ブラジルではいま、若者はほとんどボサノヴァやサンバを聴かなく

なって、ヒップホップやソウルやファンクなんかが流行っているということ

だけれど、実際耳にするとそれらはちっとも新しくも面白くもなく、私から

すると少々波動の粗いザツな音楽に聴こえる。そんな中でもこのTOCO

は、サンパウロ生まれのまだ20代半ばのシンガー・ソング・ライターと

いうから、ボサノヴァにもまだ未来はあると言えそうだ。

このTOCO、誰の歌い方にいちばん近いかなと考えるとやっぱりジョア

ン・ジルベルトだろうか。すごくリラックスした力の抜けた歌い方。温か

みのある優しい声。独特の浮遊感。こんなことをいうと多少語弊がある

かもしれないけれど、ボサノヴァはあんまり歌が上手くないくらいのほう

がいいと思う。アコースティックなサウンドにのせて、ちょっと朴訥に語

りかけるような、モノローグしているくらいのほうがむしろ”感じ”だ。

日本人ではどうやってもこの感じは実現できない。

さっき歌い方はジョアンに似ているかも、と書いたけれど、曲によって

はカエターノ・ヴェローソに似ていたりヴィニシウス・カントゥアリアに似

ていたり、イヴァン・リンスみたいだったりする。つまり今までのブラジ

ル音楽のスタイルとスピリッツを継承しながら、自己のアプローチをし

ている。それが全然古臭くなくとても新鮮に聴こえるのは、TOCOの資

質とともにプロデューサーのステファノ・ティローネのエンジニアリング・

センスによるものだろうか。息子は例によって「すごくクオリティが高い

ね!/センスがすごくいい!/録音の大事さをあらためて感じた」などと

言っていたけれど全部アタリで、ライナー・ノーツによると『すべて生演

奏によってレコーディングされたものに、クラブ・ミュージックを通過した

(ステファノの)耳とセンスでエディットを施すことによって、この素晴らし

い作品は完成した』とある。12曲中10曲がTOCOのオリジナル。

TOCOはギタリストということで、アルバムで聴かれる素晴らしいギター

も本人のものかと思ったら、なんと全ての曲でギターを弾いているのは

ロベルト・メネスカルだそうだ。そして印象的なフェンダー・ローズを弾い

ているのは、先日小野リサの記事でも書いたジョアン・ドナートの息子だ

そう。すでに2世たちへと受け継がれるブラジル音楽の血! 

いつまでも絶えないでほしい。

久々にヘヴィー・ローテになりそうな1枚。

(何やらいま見たらAmazonでもHMVでも高くなってたぞ! 何ゆえ?

 ちなみにここで試聴できます → コロムビア・ミュージック )

| | コメント (8)

2008年8月16日 (土)

大いなる女性賛歌と手足を動かすことへの回帰/ポニョを見た。

Ponyo_2 

子どもの頃の私にとっての夏休みの最大の楽しみは、海に海水浴に行

くことだった。3つ違いの妹と、水着に水泳帽、浮き輪というスタイルで

ウミガメの子よろしくバタバタ沖へ泳いで行って、ぷかぷかする。後ろも

振り向かずに夢中でバタバタやっていて、ふと気づくとまわりに誰もいな

くなっていて、遠くに来すぎたと気づいたときの不安な気持ち。時々すご

い大波にさらわれて、水中でもみくちゃになり、何度もでんぐり返ししてい

つの間にか浮き輪もはずれ、息ができなくなって「あぁ、これで自分も死

んじゃうのかも!」と思った頃には気づくと浅瀬にいて、近くにはハズレ

た浮き輪が浮いていたり・・・。唇が紫色になるまで一日海に浸かって夕

方やっと砂浜に上がり、バスタオルで身体を巻いてもらってクルマに乗

ると、さっき遠くまで引いていた海がもう満々と車道の下まで満ちていて

それが子ども心に不思議でたまらなかった。海の満ち引きの時間感覚

とか大量の水がどこからどうやって来たのか、とか。そして満々と満ちて

しまった海はもう私が遊べる海ではなくて全く別物の、おそろしい黒々と

した巨大な生きものみたいでこわかった。

そう、海はいつだって楽しくて懐かしくて輝かしくてこわい場所だった。

そんな小さかった頃の海の感覚を昨日久しぶりに鮮明に思い出した。

崖の上のポニョ』を見たのだ。

この手の映画を宮崎駿が作ると、公開前も後も世間がいろいろウルサク

言うのを知っている。でも思うにそういうのって、あまりに左脳優位な人

たちなんじゃないかと思うのだ。映画や絵画を見るにしても、音楽を聴く

にしても、なるべく自分の中の既成概念や先入観をとっぱずして、手放し

の状態で(それこそ五感だけで)味わうのが一番なんじゃないかと私は

思う。そのほうがストレートに作者の意図するところを受け取れそうだし

少なくとも純粋に楽しめそうだ。たまたま心を捉えたのがジャズという音

楽だった、というのと、いろいろ頭に入れた上で、さぁこれからジャズとい

う音楽を聴くぞ、というのでは、全くわけが違う。料理を含め、全ての創

造物には賛否両論がつきもので、それこそ人の感覚なんて千差万別な

のに、宮崎駿の映画に限って『共感できるから天真爛漫で明るい性格』

『できないから屈折してひねくれた性格』なんて、まるで踏み絵みたいに

しないでもらいたいな、と思う。物事も人間の性格も、そんなに単純じゃ

ないから。

かくいう私は5歳児並の集中力で、毎回ストンと宮崎駿の世界に落ちて

しまう。いつもは目の前に広がる美しいパノラマと、久石譲の圧倒的な

音楽で落ちていたけれど、今回は違った。圧倒的な絵の力!!

まるでうちの娘が描いているようなエンピツやクレヨン、パステルで描か

れた絵の、素朴な優しさ、あたたかさ、人間らしさ。そこから湧き上がる

驚くほど豊かなイマジネーション! お陰で映画を観終わった後に妹か

ら「音楽も素晴らしかったね」と言われても、エンディングに流れた例の

「ポーニョ・ポーニョポニョさかなの子~♪」という唄以外、何も思い浮か

ばなかった私だ。

宮崎駿はこの作品で、近作2作品で使っていた3DCGというデジタル手

法をやめ、全てのアニメーションを原初に戻ってエンピツで手描きで描

くことにした。その数17万枚、スタッフ全員で1年半に及ぶ作業。

それについて宮崎駿が語ったことで印象に残ったのは『絵を精密にして

いけばいくほど自分達の仕事が神経質になる。できあがったものを見て

いても幸せになれない』『絵を描くっていうのは自分が身体を使って経験

したことが出てくる。いくらバーチャルなことをやっても描けない』というの

で、前者については音楽も同じだと私は思うし、後者については、自分

が子どもだった頃と今の子ども達ではあまりにも経験の差があり過ぎる

と日頃思っていることそのままだ。この映画では徹底的に人が身体を使

ってする経験と、その感覚とが大事にされている。ポニョという名前だっ

て、主人公の5歳の男の子・宗助が金魚のポニョを手のひらにのせたと

き、『ポニョポニョしてたから』そうつけたのだ。とっても感覚的。

そして手描きの絵と同時に驚いたのが、映画から徹底的に説明が省略

されていること。人間の形をしながら海底でも平気でいられるフジモトが

何者なのか、何を研究しているのか、海のおかあさんであるグランマン

マーレとはどういう関係なのか・・・疑問をあげていったらキリがないけれ

ど、映画の中ではなんの説明もされない。何故かというとそれは、宮崎

駿は5歳の子がわかる世界、理屈じゃない世界を作りたかったのだそう

だ。右脳を活発に働かせて生きている子どもは理屈じゃない、直感で物

事を理解するから。そのとおり、たくさんの疑問を抱えながらも宮崎駿の

作ったスリリングで圧倒的な映像にどっぷりハマって110分、5歳児並

の感覚であっという間に見てしまうことも可能だし、映画を観終わった後

でたくさんの疑問を解決したい好奇心に駆られたら、宮崎駿という井戸

を深く掘り下げていくことも可能だ。そういう映画。単純なストーリー、少

ない登場人物ながら、その奥に隠されたものはとても豊かで、観終わっ

た瞬間にもう一度観たくなる。

さて、この映画には宗助の母リサとグランマンマーレ、2人の母親が出

てくる。タイプこそ違うけれど、どちらもとても愛情豊かで、ワイルドで勇

気があって、たくましい。ここには宮崎駿の映画を見るといつも感じる特

有の女性観、母親観が強く出ているように感じた。私は常々、母親、女

性が元気な社会は健康的な社会じゃないかと思っているのだけれど、

駿さんも同じように思ってるんじゃないかなあ?

それぞれ人によって心に残る映像はまちまちだと思うけれど、私はリサ

と宗助が暮らす崖の上の家にとても惹かれた。これがとっても気持ちの

いい家なのだ。船乗りにとって灯台代わりになる家だとあって、急な坂

の上にあって実際に住むには不便かもしれないけれど、それだけ高台

にあるから窓を開けると海が一望できる。風とお陽さまが通る家。家の

庭から草ぼーぼーの斜面を降りていけば、海にも降りられる。最高だ。

あの家を見るためだけでも、もう一度見たい気がする。

そして私が最も感心したのは波の絵。黒々していて生きものみたいに

素早く動く、目ん玉のついた波! あれって冒頭に書いた子どもの頃に

感じたこわい海そのものだった。

私の友人の5歳児は、映画を観終わった途端に号泣したそうである。

彼女が何に感動して号泣したかは不明だけれど、あたりかまわず泣く

ところなんざさすがに5歳児coldsweats01 駿さんに教えてあげたいくらいだ。

誰にでも5歳児だったときがあって、性格も置かれた環境もまちまちだ

けれど、大人になった今でも鮮明に憶えている子どもの頃の遊びの記

憶(とりわけ夏の記憶)っていうのは、きっと誰にでもあるんじゃないか

と思う。そのあたり、インナーチャイルドを開放すれば、誰にでも楽しめ

る映画だと思う。

ちなみに今回は新しくなった新宿ピカデリーで観たのだけれど、建物が

新しくてきれいなのもさることながら、前もって自宅のPCから座席(エリ

ア)を指定してチケットを買ってしまえるのが便利だった。昨日は2人の

子どもに加えて私の妹と、ほんとにゆっくりしか歩けない77歳の父を連

れて行ったので、夕方の回とはいえ、酷暑のなか出かけて行って目指

す回に観られなかったら面倒なことになるとこだった。決済方法がクレジ

ットカードだけってところがイマイチだけど、映画鑑賞も便利になったも

のですね。登録料・年会費が無料で、最前列なら1000円、6回観ると

1回ご招待になるというので、メンバー登録までしてしまいましたhappy01

それからYouTube で『崖の上のポニョ』関連のインタヴュー等、いくつか

見つけたので(質問しているキャスターがちょっと嫌だったりするけど)

興味のある方はどーぞ ↓

         * 宮崎 駿 『崖の上のポニョ』紹介 

         * 宮崎駿 対談 ポニョにこめたメッセージ

         * 崖の上のポニョへの道

| | コメント (2)

2008年8月13日 (水)

JAZZヴォーカルのコンピレーション・アルバム/JAZZ VOCAL SHOWCASE vol.1

Jazz_vocal_showcase_vol1

昨日たまたま検索してたらこんなアルバムを見つけました。

JAZZ VOCAL SHOWCASE vol.1

インディーズ・レーベルからアルバムを出している、日本の女性ジャズ・ヴォーカリスト

の曲ばかりを集めたコンピレーション・アルバム。

リリースしたのはFM世田谷がスポンサードしている『Realsongs』という番組のインディ

レーベル『GraceNotesRecords』で、なんと6曲目に翠さんの『Bluesette』も入ってま

す。FM世田谷の公式ブログによると『思った以上の反響に嬉しい悲鳴』とあって、プ

レスリリースが載るメディアも錚々たる顔ぶれ。

これはひょっとするとひょっとするかも ・・・なーんて私はひとりで思ってるところです。

すでに翠さんが出演したらしいラジオ番組、湘南ビーチFM『Shonan Breeze』も10日

にオンエアされ、さらに今月18日にはFM世田谷『Realsongs』にも出演する模様。

FMラジオから翠さんの歌が流れてくるというのは(私の)以前からの夢でもあったの

で、ほんとに嬉しい限り。これをきっかけにして他のFM曲でも翠さんの歌が聴けるよ

うになればいいなぁと思います。あいにく我が家は東京FMとJ-WAVEしか入らないの

で私は聞けないのだけれど、聞ける環境にある方はぜひチェックしてみてください。

ちなみにここでは翠さんの歌のほか、8人のジャズ・ヴォーカリストの歌が試聴できま

す。私は実はコンピレーション・アルバムってあんまり好きではないのだけれど、これ

はけっこういいかもしれません。ふだんジャズを聴かない方にも。今月20日発売。

もうすでにHMVなどで予約も始まっています。どうぞ、よろしく!

さて、本日の笑えるネタ。

先週に引き続き今日も学校に行ってきた娘、「おかあさーん、ちょっとちょっとー」と呼

ぶから何かと思ったら、今日の収穫でこんなことしてました。

ア、アホすぎる・・・!

でもまぁ、なんというか ・・・・・・ こどもはいいよね coldsweats01

Yasainokao

ゴーヤにナスにシシトウにピーマン! 

でも実は私はゴーヤが食べられない。(単に食わず嫌いなんだけど。)

まず見た目が駄目で、ゴーヤって私はどうも恐竜の背中にしか見えない!(恐竜の中の輪切り入り

チャンプルーとか shock )ほかにおいしい野菜がいっぱいあるのに、どうしてわざわざ水にさらして苦味

とってまでコレを食べなきゃならないのか全然わからん。要するにお子チャマなので苦いのが駄目

なのです。苦いのは人生だけ充分! smile 

・・・なのでゴーヤは九州生まれの友達の家に行くことが決定しました。

| | コメント (6)

2008年8月12日 (火)

夏の夜空を彩るアート/東京湾大華火祭

08tokyo_hanabi_fes

今まで花火というと、毎年近所の遊園地で上がる花火の音だけ(ち

ょうど花火の上がる方向に建物があって家からは見えないのです)を

家の中でやきもきしながらさみしーく切ない思いで聞いているだけだ

ったのが、今年はありがたいことに何故か縁あって誘われて、行って

きました、なんと今年2回目の花火大会、東京湾大華火祭!!

誘ってくれたshizuさんは浅草界隈の出身で、毎年高校時代のバスケ

ット部の面々で集まることになっているこの花火大会は、ちょうど彼女

が高校を卒業した年から始まって、なんと今年で20年になるのだと

か。お互いを名字で呼び合うそんなインティメートな集まりに、部外者

の私が行ってもいいの?!と訊くと shizuさんは笑って「ぜーんぜん。

問題ない!」と言う。なんなら娘ちゃんも、と言ってくれたので、お言

葉に甘えて娘と、私も高校時代の友人を誘って参加させてもらいまし

た。さて、当日は勝どきの駅に着くなり人類の大移動のような物凄い

人並みに乗って、途中sizuさんにピックアップしてもらって着いた先は

チケットのある人しか入れない花火に最も近い晴海主会場。入り口

付近で立派なプログラムを渡されて野球場を見回すと、すでに20人

くらいで賑やかに宴を囲んでいる面々。「ここが1番いい場所なのよ」

と言うのは月島在住の毎年チケット&食料担当のH家のハハ。「遠

慮なんてちっともいいことじゃないからね。さ、食べなさい」とおにぎり

をもらって、さっそく宴に加わる。花火の前からすっかり盛り上がって

る会場。そしてカウント・ダウン・・・ 目の前で上がるド迫力の花火!

ウォ~~! っと湧き上がる歓声!!

以下は12000発の花火大会のほんの一部だけれど、しばしご観覧

あれ!

08tokyo_hanabi_fes01

08tokyo_hanabi_fes02

08tokyo_hanabi_fes05

08tokyo_hanabi_fes06

08tokyo_hanabi_fes10

08tokyo_hanabi_fes11

08tokyo_hanabi_fes14

08tokyo_hanabi_fes15

花火はそれぞれ趣向を凝らしたテーマ別の六部構成になっていて、

私が好きだったのが第三部『東京湾、銘華の競い』の中の『東京湾

華の創造』。日本全国の有数の花火師が作った作品ともいうべき花

火を、玉名、作者名を読み上げながら1玉づつ上げる。地味と言え

ば地味で、一瞬で終ってしまうのだけれど、この花火がすごく繊細な

色合いで、まさにアート。日本の花火師の感性と技術の高さを感じ

させるものでした。その中から印象に残ったものいくつか。

繊細な色合いの雛菊のような、昇小花 変芯綿先紅銀乱

08tokyo_hanabi_sakka10

これも中心から外への色が絶妙、雌雄芯菊先オレンジ銀乱

08tokyo_hanabi_sakka08_2

オレンジ色の花ふたつ、昇小花 三重芯菊先紅光露

08tokyo_hanabi_sakka09_2

光がメドューサの髪のようにクネクネする、昇小花 流星群光

08tokyo_hanabi_sakka04_2

風車のような花ふたつ、昇分砲 八重芯錦牡丹

08tokyo_hanabi_sakka11

愛らしい牡丹菊のような、昇朴付 大万華鏡

08tokyo_hanabi_sakka12_2

と、次から次へと進み、ついに第六部のグランドフィナーレともなると

もう頭の上に降ってきそうな花火の嵐でわけがわからないことに・・・

08tokyo_hanabi_fes16

08tokyo_hanabi_fes04

08tokyo_hanabi_fes12

08tokyo_hanabi_fes03_2

08tokyo_hanabi_fes07

08tokyo_hanabi_fes09

ふと気づけば、さっきまで私の横で賑やかに食べたり笑ったり喋った

りしていたshizuさんが感動してオイオイ声をあげて泣いているじゃあ

りませんか。ほんとに忙しいやっちゃなー!coldsweats01

そんなわけでトータル80分の真夏の夜の夢は、無数の星屑とともに

消えたのでした。

08tokyo_hanabi_fes18

そして花火が終る頃には初対面ながらすっかり打ち解けたH家ハハ

と我々。「これに懲りずに来年もまたどーぞ。H(shizusan)が来なくて

も来ていいからね」の言葉に、ほんとに来年も行く気になってる私で

す。花火の素晴らしさもさることながら、東京下町っ子の人情と男気

にすっかりやられました。これもご縁なので、ここでちょっと紹介する

と、H家のご長男が、もんじゃ焼きで有名な月島で手ぬぐい屋をやっ

ているという。なんたってハンカチ代わりに手ぬぐいを常時携帯してい

る私ですから、さっそく教えられた店名でHPを見てみると、これがな

かなか手作りチックの雰囲気の良いお店。東京下町散歩をしながら

月島でもんじゃ食べて、帰りにショップ見て帰る、なんてコースもいい

し、オンラインショップもあります。よかったら見てくださいね!↓

            こっさ。・・・月島の手ぬぐいと和雑貨の店

さて、長くなったけど、実はこの後がもう大変だったのです。

この日は前日までのクレイジーな暑さが和らぎ、日が暮れてからは

外にいると涼しい風が吹いて心地よいくらいだったのだけれど、第

五部あたりから時折りポツポツと降り始めた雨が、会場を出る頃に

は本降りに! お祭りの神社の境内のような人の列について、遅々

として進まない行列を雨に濡れて(最後はかぐや姫のようにシートを

頭からかぶって!)前も見えないまま歩くこと数十分。勝どき駅が満

杯ですぐ電車に乗れないってことで、更に月島まで歩くこと数十分。

普通なら20分で着くところをなんと70分もかかって、全身ずぶ濡れ

状態でやっと駅のホームまでたどり着いたのでした。ふぅ。

途中、私の後ろで歩きながら口喧嘩を始める夫婦やら、道端で無策

のままつっ立ってる男の子の横で頭から雨に打たれていた浴衣の女

の子が、業を煮やしたのかプイと踵を返して1人で歩き出すのを目

撃。あの日は綺麗な花火を見た後の突然のどしゃ降りで、あえなく別

れることになった可哀想なカップルもけっこういたんじゃないかと思は

れる weep。来年、彼女と一緒にこの花火を見に行こうと思ってる男の方

には、くれぐれもrainの用意をして行くことをお勧めしますsmile

| | コメント (6)

2008年8月11日 (月)

お暑うございます。

Gomadaeudon

今日もあっついです。

昨日涼しかったことが嘘のよう。

こう毎日暑い日が続くと、私は何を食べたらいいのか、というより何を

作ったらいいのかわからなくなってきました。

ということで、また冷たい麺のバリエーション。

香草のごまダレぶっかけうどん、です。

貝割れ大根をザクッと刻み、みょうがと大葉を千切り、それをボウル

でサクッと混ぜておいて、ゆでたうどんを素早く冷水でさらして器に盛

り、ごまダレをぶっかけ、香草をのせる。お好みで刻み海苔など散ら

してできあがり! 香草とごまダレの風味が合ってさっぱり。美味し

い。タタキ梅をのせてもよさそう。自家製煮豚を刻んでのせれば、ち

ょっとボリューム・アップ。簡単だけれど、この際うどんは面倒でも生

うどんをゆでること。真夏に麺類を素早く冷やすには、常に冷蔵庫に

1.5リットルのペットボトルに入れた水を冷やしておいて、それをボウ

ルに入れて麺をさらすと、あっという間に冷たくなります。

そして、こんな季節に俄然精彩を放つのが小野リサの音楽。

何十回となく聴き慣れたアルバムが実にしっくりときてしまうのは、真

夏だからこそ。ブラジル音楽におけるこの涼しさを体現できるのは、

日本人では(と言っても彼女は半分以上ブラジル人のような気もする

けれど)やっぱり小野リサだけだと思う。この『ミニーナ・サウダーヂ』

はジョアン・ドナートとの共作で、ジョアン・ドナードがアレンジ、ピアノ

デュエットもしている。

Ono_lisa

私はいつもろくろく曲名も憶えていなくて、何も見ずにCDをかけた後

で引っかかる曲があると曲目リストを確かめる。するといつもたいてい

同じ曲だったりするんだけれど、このアルバムの中では『アマゾナス』

と『NAO TEM NADA NAO』(邦題:何でもないよ)が好きです。

ご飯を食べながら音楽を聴いていて、気に入った音楽になると私は

嬉しくなってしまって、ご飯をたべるのをやめて歌詞を読み出したり、

リズムに合わせてパーカッションよろしくテーブルを叩き出す始末。お

まけになんで私には音楽って手段がなかったんだろうなんて嘆いた

りする。2人の子どもには「箸!」「肘!」とうるさく躾をしたので、子ど

もはいたってお行儀が良いのだけれど、自宅における私は全然お行

儀の良くない母親です。こんなところは彼らにしか見せられないね。

そしてこの『何でもないよ』っていう曲がとってもかわいい曲で、今日

は感動してしまった。ジョアンと小野リサがドュエットしているこの曲

は、行きつ戻りつしながら、まるで2人で迷路で楽しく迷っているよう

な曲。曲はジョアン・ドナート、歌詞はマルコス・ヴァーリで、歌詞が

またかわいくって泣ける。こんな歌詞です。

(といっても興味を持つ人はいないかもしれないけど)


 何でもないよ


 そう、何でもないよ

 あなたの言う通り

 混乱の中で

 生きることはない

 もう探さないし

 電話もかけない

 すべては過ぎてゆくね


 ただ言いたいのは

 あなたを愛したということ

 ここに来たのは

 会いたかったから

 何でもないよ

 なぜなら僕は

 ただのジョアンだから


 思い出すとおかしいよ

 ある日僕を探しに来たのは

 あなただった

 すべては簡単ではない

 今 僕は馴れている

 あなたを見たり、一緒にいたり

 キスをできないことに

 サウダーヂでいっぱいだ、でも・・・・・・


突然、相手が目の前に現れて、一方的に好きだ好きだと言われてつ

きあって、やっと相手の最高に駄目なところも理解して真剣に好きに

なった頃に相手に去られる、というのは私だけに限らず、世界的にも

よくあるパターンなんでしょうか? 私はいつもそれだ。だから次から

はいつも半分上の空、どこ吹く風って感じでいようかと思ったりして。

歌詞の『ただのジョアンだから』ってところを息子の名前に変えたり、

自分の名前に変えたりすると可笑しい。今日のランチの時間はそん

な風にして遊んだ。なんとも他愛ないこって。

これは少し古いアルバムだけど、CDをかけた瞬間に、ありきたりな

いつもの日常が一気にリゾートになる、そんな小野リサの魔法は今

も健在。

| | コメント (2)

2008年8月 8日 (金)

真夏のつぼみ②

08duchesse_de_brabant_05

真夏のつぼみはつぼみだと思っているうちにあっという間に開いてし

まう。上は今朝開いたドュシェス・ドゥ・ブラバン。下はふだんの花とは

まったく違うクイーン・オブ・スウェーデン。どちらも夏の花はピンクが

強く出た。

08queen_of_sweden_11

そして今年新苗で買ったマダム・フィガロは、まだまだ本来の花には

遠い小さな花だけれど、すでに雰囲気はたっぷり。

08mmefigaro_04

真夏のバラは花数も少なく、開いたらあっという間に駄目になってしま

うけれど、それでも私はなかなか摘蕾できない。

真夏の光を集めて輝くように咲くバラが見たくて。

それに本来バラはお陽さまが大好きなのだから。

| | コメント (0)

2008年8月 7日 (木)

アルカディア

08himawari

長い触覚をもった名も知らぬ虫が

卓の上で行手をまさぐっている

今を生きる小さな喜びの前で

あらゆる思い出は退屈だ


風が木々の梢を渡ってゆくー

そんな決まり文句でしか

とらえられぬ一瞬があって

その時を愛していけない道理はない


しなやかな発条のように季節は

らせん状に時を進める

子どもたちの背丈が伸びたのを

喜ばぬ親がいるだろうか


それと知らずに愛する人々は

どこか遠くをみつめている

おそらくは到ることのできない

他の星の上の土くれか何かを


長い曲がりくねった道を歩みながら

みちばたの草の葉に手を触れる

幸福な結末というものはないのに

誰もが一度はお伽話を信じた


私たちはみな永遠の胸をまさぐる子ども

雲のむこうで稲妻がひらめき

はるかな雷鳴が夕立のくるのを告げる

天地創造のその時のまま


(谷川俊太郎/詩集『手紙』より、『アルカディア』)

****************************************************

暦の上では今日、立秋。

けれど、久しぶりに朝から快晴になった今日は、この夏一番の暑さだ

った。日盛りに太陽の下にいると、焼けるというよりもう焦げるという

感じ。ふだんあまり汗をかかない自分とは思えないほど、汗が雫にな

って滴った。それでも昨日までの耐えられない蒸し暑さとは違って湿

度はだいぶ下り、カラリとした感じ。木陰にいると驚くほど涼しい風が

吹き抜け、この夏もクーラー無しですごす友人たちの気持ちが少しわ

かった瞬間。夏の数十日の中でも、こんなに美しい夏の日は滅多に

ない。ヒマワリは太陽の下で存分に輝き、私の傍らにはデリケートな

眼差しをした16歳の少女がいて。その日に焼けた細いふくらはぎが

大きな緑の葉っぱの陰に隠れるのを見ている。

アルカディアとは古代ギリシャの理想郷のことだそうだ。

08himawari_03

08himawari_04

08himawari_01

08himawari_02

| | コメント (0)

2008年8月 6日 (水)

真夏のつぼみ

Natsunotsubomi

このところ東京はもの凄い落雷があったり激しい集中豪雨が降ったり

不安定な天気が続いている。もう3日めになるけれど、今日も一日空

では雷が鳴り続け、雨が降ったりやんだりした。それに雨の後でさえ

涼しくなるどころか、まるでサウナに入っているような蒸し暑さ!

私のバラも少し傷んできました。

暑さのせいか、葉がところどころ黄ばんで落ちる。

十数年、鉢バラを育てていて、今年初めて見つけた黒点病。

ケアしているから蔓延することはないけれど、かといってなかなか完

全にはなくならない。

そんな真夏の過酷な環境のなかでもバラは少しづつ花を小さくしなが

らポツポツと咲き続け、つぼみをつける。秋の花を充実させるために

この時期の蕾はすべて摘蕾してしまう、という人もいるけれど、咲か

せたくてつけた蕾なら咲くままに、と私は自然にまかせている。

真夏のバラのつぼみはうだるようなベランダにあっても、楚々として

涼しげ。上は大人っぽくて可憐なジェーン・オースティン。下のまんま

るくてかわいいピンクのつぼみはクイーン・オブ・スウェーデン。

Natsunotsubomi_02

Natsunotsubomi_03

そしてミニチュア・ローズのロイヤル・ホワイト。

Natsunotsubomi_01

これだけ暑いときは肥料をあげても植物は吸収しないそうで、こんな

ときは夕方にたっぷり水遣りしてから(バイオゴールドの)バイタルを

葉面散布する。これがとっても効く。

| | コメント (4)

2008年8月 5日 (火)

インナーチャイルドの解放/クル・ビ・ダ・エスキーナ

Club_da_esquina_2

私が長いことブラジル音楽に傾倒していたのは、ふと気づくと無意識にこころにもから

だにも負荷をかけている緊張体質のためかもしれない。

それを自然にほぐしてくれるのは私にはブラジル音楽しかなかった。

それが変わったのが去年からで、最近はJAZZを聴くことが多いけれど、JAZZはとて

もエキサイティングな音楽なだけに、聴く側にもそれなりのテンションを必要とするとこ

ろがあって、いくら慣れたとはいえ毎日JAZZばかり聴いていると、それはそれで疲れ

てくる。

昨日めずらしく家族全員早く寝て、今朝は自然に6時に目が覚めた。

昨夜寝るときはものすごく暑くて、今年初めて冷房のタイマーをかけて寝たのだけれど

目覚めたときは思いのほか爽やかだった。暑くなる前の一瞬の爽やかさ。

典型的な夏の朝だ。

そして今朝の気分にフィットしたのがこれだった。

ミルトン・ナシメントのクルビ・ダ・エスキーナ。(実はさっき調べたらこのアルバムにつ

いては前にも書いていて、やめようかと思ったけれど書くことにした。何故か。単にこ

のアルバムがすごく好きなのです)

そして音を聴くなり浮かんできたのが『インナーチャイルドの解放』だった。

子供の頃、私の母は躾がすごく厳しかった。そのせいで子供の頃の私は自己主張を

しない子供だった。母が右と言えば右、左と言えば左、そういう子供。

憶えているのは小さい頃、誰かが家にイチゴのショートケーキをお土産にたくさん買っ

て来て、そのお客さんが帰ってしまった後に箱を開けたときのことだ。イチゴが大好き

な私は箱の中にあるケーキの中でどれが1番イチゴが大きいかなぁ、なんて無意識に

目で選んでいたら、母にひどく怒られた。そんなことをするのは下品だというのだ。

子供ながらにどうしてこんなことでそんなに怒られるのかわからなかった。人の親とな

った今でもよくわからない。私はデコレーション・ケーキの上にのった(たいして美味し

くもない)チョコレートのプレートを、「これは僕のだぞ」なんて取り合いしている子供を

見てにこにこしている親だからだ。そんなツマンナイことでやりあえるうちが子供も花

かな、なんて思う。

そしてまた別の日、法事か何かで父方の叔母の家にたくさんの従兄弟が集まってテ

ーブルを囲んでいるとき、お菓子に手を出さない私に叔母が「早苗ちゃんも好きなの

を取りなさい」と言った。すっかり母に厳しく躾けられた私が、小さな声で「いいです」

と言うと、叔母は大きな菓子鉢を私の目の前に差し出して、「おばちゃんが取ってあげ

るから。どれがいいの?」とさら訊く。困惑しながら私が「どれでもいいです」と消え入り

そうな声で言うと、叔母はちょっとイライラした声で極めつけの言葉を放った。

「どれでも好きなのを取ればいいのに。まったく子供らしくない子ね!」

・・・・・・ これは単なる私の一例だけど、誰だって大人になるまでの間には大なり小な

り似たような経験をするのじゃないだろうか。逆にあなたがそういうことをまったく経験

しないで、文字通り親の愛情を浴びるように、純粋に子供らしく育ってきたとしたら、あ

なたは幸せな人だ。この幼児体験の差によるところは大きい。

子供の頃から大人になるまでに、たいていの人はものすごくたくさんの(少なくとも1万

回くらい)否定的な言葉を親から浴びせられ続けてそれが性格に刷り込まれてしまう

そうだけれど、特に日本人はそれがとても強いらしい。成功法則ではその否定的な刷

り込みをとっぱらわない限り、後からいくらポジティブな言葉を入れても駄目だという。

また否定的な刷り込みを上書きするには、その100倍(つまり1万回の100倍)の肯

定的な言葉が必要なのだそうだ。プラスとマイナスではいつだってマイナスの力の方

が強く作用する。

人は大人になるまでの間に、思ったことをまっすぐに言うことや、気持ちのままに行動

することなんかを忘れて、心の自由さを失ってしまう。気づけばいつもwant よりmust

だらけになって、もっとひどいと「こうあらねばならない」あるいは「自分ならこれくらい

できるはず」といつも自分に負荷をかけることになる。たいがい、親の希望に沿って

優等生をやってきた人に多い。でも人によって置かれた状況は様々だし、40も過ぎ

てから20代の頃の自分と較べて「自分ならもっとできたはずなのに」なんて思うのは

長くスポーツをやっている人ならわかると思うけど、実にナンセンスなことなのだ。

ミルトンの声を聴くと、無性に子供心が掻き立てられる。

子供の頃に感じた怖れ、発見、思わずスキップしたくなるような純粋な生きる喜び。

昨日も明日もなくクタクタになって遊んだ、ただ今日1日限りの暑い夏の日。

ミルトンの声は奇跡と言っていいくらいの無垢の響きで、なんの作為もなく子供のよう

に歌うその歌で、まっすぐあなたの心に届くだろう。

| | コメント (0)

2008年8月 4日 (月)

熱く焦げてる大人のジョアンとトマトのニョッキ

Joao_gilberto

直感に従うべきだった。

前日メールのやりとりをしたとき、なんだか嫌な予感がしたんだ。

彼女は元気だったけどひどく多忙そうで、特に急ぎの用じゃないから

電話はこの次にしようと思った。実際そうするべきだった。

携帯の電池がゼロになって最悪の気分で電話が切れたのが夜中の

2時半。人との争いが嫌で今まで慎重にやってきたのに、昨夜はあ

えなく決裂。そのとき電話をかけてからすでに3時間が経過。もう今

日はこれ以上やめようと言うのに、彼女はまだ何か言いかけてた。

私には大事な言葉を伝えるための電話だったのに、今まで言わず

に心にしまっておいたことまで言う破目になった。Mちゃんの性格な

ら、これでまたとうぶん駄目だろうな。

昨夜の熱帯夜はほんとにひどかった。

結局ほとんど眠れないまま朝になって、いつもより少し遅い7時半の

目覚ましで普通に起きて、睡眠不足でだるい頭と身体でキッチンに

立ち、でもいつもどおり朝ごはんを作って食べた。

そう、私はいつもそうやってきた。

前日どんなことがあろうと翌朝は普通に起きて朝ごはんを作って子ど

もに食べさせる。前日に家族がいなくなったときでさえそうした。それ

がどんなことか、君にはわかるまいね?

ギリギリの心と身体で家事と育児と仕事をバランスさせる。

2人の子どもの存在はいろんな意味で時に重荷なこともあったけれど

彼らのおかげで私はこれまでなんとか健康に真っ当にやってこられ

たんだろうと思ってる。最近、2人の子どもを友人から褒めてもらうよ

うなことが続けてあって、とてもありがたかった。自分のしたことの結

果がわかるのなんて、もっとずっと先のことだと思っていたし、私は自

分にできることはいっしょうけんめいやったけれど、できないことも多

かったから。私たちを今まで生かしてくれたもの全てに感謝。

あなたには猫がいてよかった。

いつかMちゃんにジョアンのチケットを譲ったら、「私はやっぱり昔の、

若かった頃の、熱く焦げてる大人の男のジョアンがよかった」と言っ

た。でもそれだって、今のジョアンを聴かなければわからなかったこと

だろう。そして、そのあと彼女にもらったのがこのCDだ。

『THE LEGENDARY Joao Gilberto』。

ボサノヴァの起源となった曲が20曲もメドレーのように入ってる。

ジョアンの声はそれほど今と変わらないように聴こえるけれど、でも

やっぱり若いジョアンの声は若く、甘く、歌もギターもフレージングが

きびきびと軽快で生き生きしてる。もう手に入らないこのアルバムの

オリジナルCDは、前にどこかで見たサイトによると数万円もの高値

で取引されているとか。

でも年老いたジョアンはいま、還らない夏を懐かしんで昔と同じ歌を

歌ってるわけじゃなくて、彼自身、永遠の夏を飛ぶパピヨンみたいな

存在じゃないかと思うのだ。そしてジョアンは自分を最も幸せにする

オーディエンスをみつけた、ここ日本で。

自分が幸せになるってことは、人を幸せにできるってことだ。

今年もまたジョアンは彼の歌を聴く我々を、いっとき幸せな蝶にして

くれることだろう。

お昼はニョッキを作った。

ゆでたジャガイモをマッシュして、小麦粉と混ぜて作る手作りニョッキ

もたまーには自分で作るけれど(時間のあるときには子どもの粘度

遊びみたいで楽しい)、今日はあり合わせのお手軽ランチなのでディ

チェコのニョッキを使った。基本のトマトソースを作って、ゆでたニョッキ

をからめ、パルメザンチーズを大量に振って(ほんとはバジルがよか

ったのだけれど無かったので先日ペンネ・アラビアータに入れ忘れ

た)イタリアン・パセリをのせてできあがり!

Gnocchi_01

赤と緑はいつでも元気になれそうな色。

ちなみにジョアン・ジルベルト来日公演のチケットの一般発売に先駆

けての先行予約は、いまここでもやっています →  チケットJCB

|

2008年8月 2日 (土)

8月の衝動

Spitz

今朝、朝寝坊してブランチを終え、机の前でむずかしい顔してぼぉっとしてたら、Lが

「スピッツが聴きたい」と言った。

J-POPのCDはラックの奥に入ってるから、手前のCDを出して「どれがいい?」と訊くと

Lが「これ」と言って引っ張り出したのがこれだ。

スピッツの『三日月ロック』。

ジャケットの女の子が昔の自分そっくりで。

骨太で重いサウンド、ビシバシくるタイコ、よくうねるベース、ロックなギター、マサムネ

くんのちょっとハスキーで力強い声、そのワイルドだけどピュアで壊れやすいニュアン

ス、最強の言語感覚・・・・・・

昨日、8月になったとたんに感じた幸福感、そのあと紙飛行機みたいに急転直下落と

された不安感。いったい私はいつからここから出られるんだろう? 

夏はきれいな思い出が多すぎるんだ。あぁ、神さま!

私はいい歳して未だに細胞が青すぎる・・・

Sが横に来たから「あれだけロック・ギターがやりたかったのに、今はやりたくないの? 

さっき抑え切れない衝動を感じたよ」と言ったら、「JAZZにもそういうのはあるからね」

と言った。石渡さんのスタンスはまったくもって正しい。

私のPCは暑くてしょっちゅう熱暴走気味。

思うように動かないったらありゃしない。

8月だ。

わけのわかんない夏が来た。

0807comic_illustration_2 

Lは携帯のイラスト・サイトをやってるらしくて朝から晩までコミック・イラストを描い

る。だから描いたイラストはラフなものから緻密なものまで山ほどあるのだけ

ど、私には全然見せてくれない。これはたまたま描いてるときに通りかかって

ブルーのストライプの服が好きだからとスキャンさせてもらったもの。

| | コメント (5)

« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »