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2008年6月 3日 (火)

7グラムの結婚

Ring_01

最近テレビやラジオで希少メタル(レアメタル)のことをよく聞くように

なって、同時にプラチナや金も高騰していると言っているのを聞いた

と思ったら、近所にそれを買い取る店ができた。駅に行く途中にある

その店は、店といっても暫定的な営業であるかのような、ごくわずか

なスペースを借りての開業。前を通るたび、店の前に立っている幟を

なんとなく眺めながら通り過ぎていた。

実は私には処分に困っているものがあった。

去年、大々的に家の中を片づけたときもどうしようか迷ったけれど、

結局は捨てられなかった。というか、どう考えたってゴミ箱にポイっと

捨てられるようなものじゃない。誰に何を言われなくても、いつまでも

そんなものを持っているのはいいわけなかったが、かといってどう処

分したらいいんだろう?

ある朝、眠れないまま明け方になってやっと眠り込んだ男は、うっか

り寝坊したことに気づく。慌てて着替えてクルマを飛ばして家人が旅

立つはずの港に向かうが、船はすでに出た後だ。別れた妻と幼い娘

を乗せて。慌てて結んだ男のタイは曲がっている。「あなたはいつだ

ってそんな風ね」と言う妻の醒めた声が聴こえるようだ。落胆と安堵

が半々に混じりあう苦い思いを噛みしめながら滅茶苦茶にクルマを

走らせて、男が行き着いた先は海。途中から激しく降り出した雨も気

にせず外に出ると、男はひとしきりビーチを歩いた後で思い出したよう

にポケットに手を突っ込んで何かを海に投げる。それは放物線の途

中で一瞬きらっと光って荒れた海の中に消える。激しい波と雨の音

以外なんの音もしない。それから男はクルマに戻ろうとして、フェンス

にもたれかかって雨に叩かれたまま、眠っているんだか気絶している

んだかわからない若い女をみつける。

結局ずぶ濡れの女を拾って家まで帰り、目を開いた女が最初に男に

こう訊いて、男が答えるところで第1章が終わり。

「さっき、海に何を投げたの?」

・・・・・・ 昔、書きかけて完成しないまま終った小説の一節。

そう、海にでも投げるのが一番適当なように思われるけど、かといっ

て今さらそんなことをするために海に行くほど私はナルシスト(あるい

はセンチメンタリスト、どちらでもいいけど)じゃないんだ。

今朝、何がどうってわけでもなく思い立って、クロゼットの奥にしまっ

ていた箱を取り出した。久しぶりに箱を開けて、銀色のオイルライタ

ーのような丸いケースをカチっと開けて出てきたそれは、記憶の中の

それとも全然違っていた。人が住まなくなった家はあっという間に崩

れるそうだけれど、いつのまにかすっかり色褪せたそれは、まるで死

んだ猫の首輪みたいにチッポケだった。私はそれをもとに戻すと箱

ごとエコバッグに入れて、いつも近所に買い物に行くときよりは少し

いい服を着て雨のなか出かけた。入り口にある「押してください」と書

かれたブザーを押して中に入ると、予想に反してとても若い男性が2

人、こちらを向いた。明るく清潔な感じのまだ学生みたいな男の子。

思わず「恐い人じゃなくてよかった」と言ったら、「そうですよね。うち

はできるだけ怪しい感じがしないように気をつけてるんですけれど」

と言った。そしてベルベットが貼られた台の上に私が出したものを取

り上げてルーペで刻印を確認すると、それを秤の上に置いた。そして

紙に書かれた表で何かを確認してから電卓を叩き「7グラムですから

こうなりますが、よろしいですか?」と訊いた。「いいです」と私は即座

に答えた。別にいくらでもよかったのだ。買ったときはとても高かった

けれど、それはブランドネームやデザインあってのことで、こんな風に

秤にかけられたらそれはもうただの金属でしかないことはわかってい

たから。「処分に困ってたんです」と私が言ったら、若い店員は「そう

ですよね」と言った。その「そうですよね」がどこにかかってるのかわ

からなかったけれど、若い店員としたらそれくらいしか答えようがない

だろう。ここには年配の女性がよく来るそうだ。30年前の、もうしなく

なった指輪なんかをたくさん持って。ものの10分、いや10分もかか

らなかったか。帰りは来たときよりはすっきりした気持ちでそこを出

た。(でも7グラムだなんて、そんなものだったのか。私の指にはちょ

っとゴツイくらいの指輪だったのに。)私はとっても時間がかかる。器

用でもなければ合理的でもなければ、クールでも全然ない。

夕暮れの町を歩きながら、売ったお金を何に遣うか考えた。

欲しいCDならいくらでもあるからそれに変えようかと思ったけれど、

残るのが嫌だ。ならばライブに行くとか? これがこの世で最も儚く

て美しい芸術=1回限りの音楽に消えるなら、最もふさわしいじゃな

いか。いやいや待てよ。これで髪を切ろう。もともと近々美容院に行

く予定だったんだし。またRが「どしたのおまえ、その髪」って言うくら

い思いきりよく。積年の思いも切った髪とともに消えてお終いだ。

明日は新月だし、ちょうどいい♪

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