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2008年5月31日 (土)

5月の詩・序詞

Soranihahon_3

    きらめく季節に

    たれがあの帆を歌ったか

    つかのまの僕に

    過ぎてゆく時よ


夏休みよ さようなら

僕の少年よ さようなら

ひとりの空ではひとつの季節だけが必要だったのだ

重たい本 すこし

雲雀の血のにじんだそれらの歳月たち


萌ゆる雑木は僕のなかにむせんだ

僕は知る 風のひかりのなかで

僕はもう花ばなを歌わないだろう

僕もう小鳥やランプを歌わないだろう

春の水を祖国とよんで 旅立った友らのことを

そうして僕が知らない僕の新しい血について

僕は林で考えるだろう

木苺よ 寮よ 傷をもたない僕の青春よ

さようなら


     きらめく季節に

     たれがあの帆を歌ったか

     つかのまの僕に

     過ぎてゆく時よ


二十歳 僕は五月に誕生した

僕は木の葉をふみ若い樹木たちをよんでみる

いまこそ時 僕は僕の季節の入り口で

はにかみながら鳥たちへ

手をあげてみる

二十歳 僕は五月に誕生した


(『寺山修司・劇場美術館』のための朗読音楽集『空には本』より)

****************************************************

3週間前の土曜日の午後、ラジオを聴いていたら流れてきた詩だ。

五月生まれの寺山修司は、とりわけ五月という月を愛した。

詩を朗読していたのは俳優の三上博史。

寺山修司に見出されたことによって役者の世界に入った人だ。

三上博史の声はそれだけでも充分に魅力的で、紙に書かれた文字

以上に、この詩の持つ世界観を表現していたように思う。

長いこと、詩の朗読というものが大嫌いだった。なんたって気恥ずか

しいし、妙にナルシスティックで首が痒くなってくる感じ。今だって、も

しそんな(ポエトリー・リーディングの)場に出くわしたら、走って逃げ

ると思う。でも、それをずいぶん変えたのは谷川俊太郎の朗読CD付

き詩集『モーツァルトを聴く人』で、作者自身によって朗読された詩は

妙にリアルで醒めた声と、やはり作者自身によって選ばれたモーツァ

ルトの断片的な美しい音楽とともに、ひどく心に響いた。あれはいま

聴いても名作。

先々週だったか、朝のラジオ番組に三上博史が出てきて、最近朗読

やナレーションなどの声の仕事をやるにつけ、声の持つ、人に伝える

力、声の可能性について興味を持つようになった、というようなことを

話していた。声というのは、いま現在のその人の心身のありようをつ

ぶさに映すものだというのだ。そして、声にはすごいパワーがあると。

それこそ、我々が仕事で立ち上げようとしているサイトのコンセプトそ

のものじゃないか、と思った。

声は人に伝わるとともに、自分の耳から入って自分の脳にフィードバ

ックする。人は自分が話す声を聴きながら内容を確認し、頭で思考

を整理しながら、思考をさらに深める。声は相手ばかりじゃなく自分

自身もインスパイアし、新たな発見をもたらすのだ。

それが声のパワー。

たとえば詩の朗読でいうなら、ふだん詩をまったく読まない人でも、

自然と耳から入ってきて自分をとらえた言葉になら、素直に反応し

て受け入れられるのじゃないかと思うのだ。興味の入り口、きっか

けはなんでもいい。私は人から「詩はわからない」「ジャズは聴かな

い」なんて言われるたびに、実につまらないって思う。そうやって否

定した瞬間に、あなたの前でひとつの世界の扉が閉じられ、私との

ひとつの道が封鎖されてしまうのだ。実につまらない。

(私が1冊も読んだことのない寺山修司の詩に耳を傾けたように)

ある日、ひとつの言葉があなたをとらえる。

気持ちの良い五月の朝に、それを歌った詩の一節に。

それは私自身が夢見るところでもある。

五月晴れの日がほとんどなかった今年の五月も、今日で終わり。

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コメント

そうきちさん、雨ばかりの5月も終わり、今日6月1日は見事に晴れました。空気も美味しかった。
三上博史の声は好きだな~
やっぱり声って大事よね。

投稿: angelseed | 2008年6月 1日 (日) 23:41

soukichiさん、こんばんは。
ほんとに驚きなんですが、今日、大人のための音読ドリルという本を手に取ったばかりです
近頃自分の声の小ささが気になっていた所で。
昔は職業柄アナウンサーに間違われるほど声の通りが良かったのですが、仕事が自宅での経理になってからはすっかり声に張りが無くなってしまったみたいです
声って、きっと生活習慣がそのまま出るんですね。
音読ドリルは有名な詩や小説の一部を集めた物ですが
自分の声で読むのも新たな発見がありそうだなぁー
なんて思いました。

投稿: reche | 2008年6月 2日 (月) 00:32

angelさま、おはよう!
東京も昨日は晴れたよ!
でも今日はまた午後から雨になるんだって。
なかなかいい天気が続きませぬ。
このまま梅雨に突入か?

うん、声は大事♪
声だけで人を好きになっちゃうことだってあるもんね。
怒ってるときだって、意識して声のトーンを落とすだけでも少し冷静になれるものだよ。

投稿: soukichi | 2008年6月 2日 (月) 08:49

おお、recheさま、
よかった♪
やっぱり思いは通じるもんですね(^-^)
recheさんにお礼を言いたいと思って、でもブログのコメントは閉じたままだしメールリンクはしてないし、どうしたものかと思っていました。
ハンタさんの本を買ってくださって、それから秋山さんのCDまで買ってくださって、ほんとにどうもありがとう!
ふだんJAZZはケイコ・リーしか聴いたことない、という方が聴くと、
どんな感じなのかなぁと思っています。
またコメントくださったら嬉しい。
お礼と言っちゃなんですが、ちょっとさしあげたいものがあるので、
もしよかったらメールください。

投稿: soukichi | 2008年6月 2日 (月) 08:55

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