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2008年4月 1日 (火)

29

Mankai

たぶん傲慢

自分の欲望の青い影を鏡に覗いて

自分の妄想やイメージの広がりを見て

自分の行動や考え方に照らして


人性は善であるわけがないよというのは

― それでも、そうつぶやいてみる


フロイト以来

悪が薄まったのはありがたいみたいだが

べつに彼が現れなくとも

人間は文明の発達に比例して

放射性物質のように絶えず善を失いつつあるのではないか

世間一般、いやに若返ったかに見える現代だが

精神の顔は見るも無残や皺だらけ


成熟こそ ― すべて、は

猥褻の世界だけで達成されている

といえなくもない


この世でいちばん無垢でかわいいのは

機嫌のいい太った赤んぼうである

その澄んだ目

夜明けのヒヨドリみたいな訳のわからぬ喃語

赤んぼうを見ていると

イノセント

ということばを思いだすが、それから徐々に確かな悪、

長じて love


make love とくると

かなりえげつないニホンゴでしか訳せないほどに

love の意味は広くて深い でも、ここは

愛も詩も、いまは音(おん)しかない変な土地

そういえば

悪、善も


開いた窓から

とつぜん一陣の風

サクラの花びらが大量に舞いこんでくる

隣りは大きな墓地で

ソメイヨシノが石の群れを取り囲んでいて


もう四月か

部屋じゅう花びらだらけ

ベッドにもたれてしばし呆然

手鏡をとって

髭面を

なんとなく見ている


(北村太郎詩集『悪の花』より『29』)

****************************************************

私がここに音楽のことを書くのは、音楽が死ぬほど好き、ということに

くわえて、あなたにもっといい音楽を聴いてもらいたいからだ。そして

私がここに北村太郎の詩を書くのは、それが日常的に自然に立ち上

ってくるから、というだけじゃなくて、こんな詩人がいたことを誰かに知

ってもらいたいからだ。音楽のことを書いても詩のことを書いてもほと

んどコメントなんかこないし、3年近くやってやっとアクセスが15万を

超えたくらいのブログでは、そんなことほとんど意味がないかもしれ

ないけれど。でも、お願いだから「私には詩はわからない」なんてツマ

ラナイことを言わないでほしい。この詩の前半がもしわからなくても、

後半11行があなたの心に何かを与えるならそれだって充分なのだ。

詩は雷の、稲妻の、一瞬の閃きのようなもの。濁った池の中で、一瞬

翻った魚の尾っぽのようなもの。努力なんかとは関係ないところで、

それを掴んで言葉にしたのが詩。という私の定義が正しいか正しくな

いかは知らないが、雨の日曜、井の頭公園でMの話を聴きながらこ

の詩を思い出したので書いた。

これは先月アップした『28』の続きの詩。

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日常のなかの詩/詩のある日常」カテゴリの記事

コメント

今年もこちらで、架空お花見させてもらってます。
今日行こうなんて言ってた砧公園に急遽行けなくなって
お友達のお店にも行けなかったので、なんとなくくさってたので
桜色満載に心ぐにゅぐにゅと捕まれてます。
この詩もいいですね。
「濁った池の中で、一瞬翻った魚の尾っぽのようなもの」
うんうん、なんかわかる。
小説って持久力で格闘するような気がするし
詩って瞬発力のような気がします。なんとなく。

投稿: calligraphy_m | 2008年4月 3日 (木) 00:53

わお、calligraphyさん、
コメントありがとう!
うん。これ、いい詩です。
北村太郎の詩はとっても平易な文体ながら、その意味するところは深い。
書も呼吸なら詩も呼吸。サックスの音も呼吸。
結局、私は自分のブレスにもっとも合ったものが好きなんですね。

それで、おっしゃるとおり、詩と小説は対極のものだと思います。
詩はうんうん唸って書くもんじゃないからね。
強いて言えば、想念が言葉になってゆく過程は、卵を温めるような感じです。だんだん固まってフィックスしていくまで、ずっと抱いてる・・・
でも努力とは違うね。
詩人にはいつのときも軽やかであってほしいよ。
現実にどれだけ苦しんでいても。

はい。
昨日は1日の終わりに、行けたかなあ?
って思ってました。
でも、そのうちきっと行けるでしょう(^-^)
暖かく晴れた気分の良い日にね。

な~んだか手紙のようになっちまったな。
いつかcalligraphyさんにも会いたいな。
会えるような気が(勝手に)しているんだけれども・・・

投稿: soukichi | 2008年4月 3日 (木) 14:08

そうきちさん、こんにちは。

赤ちゃんが、無垢でかわいいというのは同感ですね。
人間って、大小いろんなエゴで動いているんだと思います。

正直なところ、自分で詩を書いたり、読んだりすることはないですけど、こうやって、そうきちさんのところで拝見するたび、いろいろ考えてしまうくらいインパクトをうけてますよ~


投稿: q-harada | 2008年4月 6日 (日) 12:36

harada さん、こんにちは!
東京は今日もいい天気です。
haradaさんはもうお花見はしましたか?

どうもありがとう。
詩、写真集、JAZZは売れない代表選手らしいです。
私にとってはどれも日常なんですけれど。
インパクトを受けるっていいですね。
自分が何にインパクトを受けるかっていうのは自分でも未知だし、
それが欲しくていろんな世界を覗くのかもしれないですね。

投稿: soukichi | 2008年4月 6日 (日) 14:07

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