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2007年10月28日 (日)

人生の午後3時/バド・パウエルの思い出

Bud_powell

前に学生の頃マーケティング・リサーチ会社でアルバイトしていた話

は書いたと思う。そこに勤める社員は男も女も一流大学出の人ばか

りだったけれど、そんなことより何より、面白くてユニークな人材が揃

っていた。社員とアルバイトはとても仲が良くて、休憩時間に社員が

バイトにファーストフードの珈琲をゴチするのも、またその逆もよくあっ

て、仕事帰りに飲みに行くことさえあった。セロニアス・モンク好きの

上司と昼休み、食後にレコードを眺めたりしたようなことって、それ以

降の職場ではなかったことだと思う。私の今までの人生でも最も楽し

かった職場。そして私はそこで恋をした。

今と違って "I fall in love too easily"だったあの頃。たまたま同じ通

勤電車に乗り合わせたその人は、朝だというのにひどく疲れたアン

ニュイな雰囲気で、目をつぶって窓際に立っていた。どこかで見たこ

とのある人だなと思いながらなんとなく眺めているうち、今ならそれが

単にただの二日酔いだとわかるところを、若かった私はそこから何か

特別なものを感じてしまったのだった。会社のあるビルに着いてエス

カレーターを上り、電話をみつけるなり私はすぐさま友達に電話した。

寝ボケ声で出てきた友人に唐突に「ミキちゃん、どうしよう?!」と言

った。「どうやら好きになっちゃったみたい」「誰を?」「わからない。

たぶん同じフロアの別会社の人だと思う」。あーらら・・・、という彼女

の揶揄する声を聞いて電話を切ると、私はバイト先に向かった。彼は

隣りの会社の最もクリエイティブな部署に所属する人だった。それか

らどれくらい経った後か、なんと大胆にも私は自分からアプローチをし

て、彼とは一度だけお茶をした。自分で誘っておきながら、死ぬほど

緊張して珈琲に入れるお砂糖をこぼしそうだった。「でも、どうして?」

と彼は言った。「君とは会社も違うし、歳だってひとまわりも離れてる

のに」。私にとっては「それが何か?」というような質問だったけれど、

そんな(つまらない)コンサバティブな言い方にさえ好感を持った。つ

まり恋してたから。

まわりの彼と同年代の、あるいはもっと年上の上司からはいろいろと

言われた。「アイツだけはやめといたほうがいいよ。君がどうにかでき

るような男じゃないから」(つまり悪いヤツだから)。でも最も極めつけ

だったのは、彼と同じ会社で働くTちゃんの言葉だった。

「Kをどんなに追いかけても無駄だと思うよ」「どうして?」「だってアイ

ツもいま誰かを夢中で追いかけてるところだからさ」。

そう、K氏は当時まだ学生で、早稲田のマドンナと言われていた女の

子に果敢にアプローチしているところなのだった。そして、あろうこと

かそれを教えてくれたTちゃんはTちゃんで、その彼女のことが好きな

のだった。話したことこそなかったけれど、彼女も後から私と同じ会社

にアルバイトに来ていたから顔は知っていた。高慢な感じのする美人

で、実際意地悪なところもあって、私は男っておよそ見る目がないな

と思った。「美人は3日で飽きるっていうけど、私とならずっと飽きない

と思うんだけどな。そう思わない?」などとお酒の場で私がおちゃらけ

て訊くと、「思うよ」などと言ってくれる優しい職場の男たちがいて、傷

心もそれなりにお笑いに転化した。そしてしばらくして、めでたく2人

は婚約したと、風の噂で伝わってきた。

今となってはなんでそういうことになったのかよくわからないのだけれ

ど、Tちゃんと私はふられた者同士なぜか高田馬場で落ち合って、T

ちゃんが学生時代よく行ったという早稲田の定食屋さんでお昼を食べ

て、ぶらぶら散歩しながら彼らが結婚式を挙げるという目白の東京カ

テドラル教会を見に行った。よく晴れた日で、青空をバックに銀色に

輝くスタイリッシュな建物は荘厳な雰囲気がした。高い吹き抜けの教

会の中は音がとても響いて、こんなところで結婚式を挙げたら緊張し

ちゃうね、なんて話したのだった。そのときは、わずか5年後に自分

がそこで式を挙げることになるなんて思わずに。それから2人とも少

々ブルーになって、新宿で映画を見た。今でも憶えているけれど、ナ

スターシャ・キンスキー主演の『ワン・フロム・ザ・ハート』。その後でT

ちゃんがどうしても聴かせたいJAZZのレコードがあるから、と言うの

でTちゃんの家に行った。そこでTちゃんが店屋物のお蕎麦をとってく

れて、2人でお蕎麦を食べながら聴いたのがバド・パウエルだ。なん

ていうアルバム・タイトルか忘れてしまったけれど、たぶん『ザ・ジニ

アス・オブ・バド・パウエル』か、『ジ・アメイジング・バド・パウエル』だ

と思う。JAZZを聴きながら蕎麦か、渋いな、なんて思ったのを憶えて

いる。今年の春あたり、何故か突然バドが聴きたくなって、そのとき

聴いたもう1枚の別のアルバムを探したけれど見つからない。そして

最近みつけたのがこれだ。『BLUES IN THE CLOSET』。

CDをかけた途端に、昔よく新宿DUGの2階で1人で珈琲を飲んでい

たのを思い出した。たまに心に引っかかる音楽があって、「すいませ

ん。今かかっているのは何ですか?」と訊くと、店の男の子は下から

アルバムを持って来てくれた。そしてもひとつ思い出したのは、そうだ

バド・パウエルって弾きながら唸る人だった! もうグレン・グールド

やカザルスなんてもんじゃありません。唸り声を超えてこれはスキャ

ットか?!と思うほど。情感あふれる演奏は当時聴いたときの印象

と違うな、と思ったら、これは絶頂期を少し過ぎた頃のテイクだそう

だ。Amazon のレヴューには『人生の午後3時』、と書いてあった。

人生の午後3時。上手い言い方だと思う。それって、いまの私の年

齢くらいのことだろうか。最も良い時間はあっという間に過ぎる。

まさしく今の季節に聴くのにぴったりな、滋味あふれる1枚。

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コメント

またすご〜く長くておもしれ〜文章でした(^^)
「人生の午後3時」かぁ・・・せめて午後1時くらいで留まっていたいけどね〜

投稿: カルロス | 2007年10月28日 (日) 22:54

カルちゃん、まいど。
ほんにつきあいのいいこって。
確かに長いかもしれないけどさ、このテンプレートのせいで実際以上に長く見えるわけよ。ほんとよ。

人生の午後1時ねー
確かに。
でも言っとくけど、もう遅いから。
まぁ、3時のオヤツの時間。ってことで。

しっかしこれもあなたに聴かせたいな。
すごいよ。唸り声。
テンション上がりまくりの後半なんか、もうドナルドダッグが歌いながら弾いてるみたいなんだから。
陰鬱どころか私は笑ってしまいましたよ。

投稿: soukichi | 2007年10月29日 (月) 00:38

ギターの先生(30才・男)に、先日 突然、「女の盛りって何歳だと思いますか?」と訊かれ、「そんなん、常に今ですよ、今!NOW」!と即答し、しばし唖然とされた私です。
先生の頭の中には私が「20代前半位くらいかなぁ・・」と答え→「いや、女の盛りは30過ぎですよ」と答える図式になっていたようで、、、「そう思えるyumikoさんは幸せですねぇ」と半ば呆れながら言われて、はじめて世間的な考えと自分の考えのずれに気づきました。
・・・てなわけで、そうきちさん、私は「人生の午後3時」というには、我々はまだまだ早い年齢と思ってます。ランチが終わった12時35分位か??
人がどう思うかよりも自分がどう思うかが重要じゃんね。

あ、、私は唸りながら演奏するスタイル、すごく好きです。
唸り具合によって「今日の乗リ具合」もわかる気がする!?

投稿: roro | 2007年10月29日 (月) 06:30

roro ちゃん、おはよう!
実にroro ちゃんらしい答!(^-^)
あなたって実にエネルギッシュでパワフルだもんね。
あなたなら韓国でもラテン系の国でもやっていけるんじゃないか?
ほんとにそう思えるあなたは幸せよ。
私は『盛り』ということに関係なく、『今の自分が1番いい』と思えたならそれが最高だし理想的だと思うけれど、『盛り』という点においてはもう過ぎたと実感してるな。
特にこのところチャーリー・ヘイデンの音楽なんかが実にしっくりきてしまう自分の心のありようを思うと。
心身ともにきれいでいようと思ったら客観性も大事よ。

生体エネルギーが若くてフレッシュなうちは『貪欲』でさえ美しく見えるけど、ある程度の年齢になったら『欲』なんかはできるだけ手放して、浮世離れするのが美しいと思う。
きわめて日本人的なメンタリティーの私です。

でもって、roro ちゃんと私は一緒にならんだろう。
まだこの世代にさしかかったばかりのあなたと、もう半ば過ぎた私じゃね。

バドの唸りはもうほとんど歌みたいなんだって。(このだっては名古屋弁のだってじゃないよ。ハハ)
ちょっとウルサイよ(笑)ってくらい。

投稿: soukichi | 2007年10月29日 (月) 09:27

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