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2007年9月21日 (金)

心のエネルギーレベル

07antique07

時々、わけもなく急に何もかもがつまらなく思えてしまうことがある。

たとえばこんな風にブログを書くことも、お洒落をしてどこかに出かけ

て行くことも、誰かに会うことも、料理をすることも。世の中にあふれ

ている会話という会話がくだらなく思え、全てのメディアがつまらなく

なり、いつもはすぐにできるメールの返信ができなくなり、約束してい

た友人と会うこともどこか億劫で、楽しみにしていたミュージシャンの

ライブに行くのさえ気が乗らなくなってくる。

さっき、わけもなく、と書いたけれど、もちろん心の深いところではきっ

と理由や原因や引き金になるものがあって、私のように常に現実的

な問題を幾つも抱えて生きていれば特にめずらしいことでもないのか

もしれないけれど、きっとこんなときは心のエネルギーレベルがすっ

かり落ちてしまっているんだと思う。一時的に。丹田に気が充実して

なくて、腰くだけな感じ。おまけに今日は漠然と自分にエネルギーが

無いと感じていたのが、夕方ポストを見たら入っていた役所からの現

実的な幾つかの書類で、更にそれは決定的になってしまった。

でも、こんなときは無理に自分を鼓舞したりするより、いつもよりゆっ

くりお風呂に入ったり、早く寝たりしたほうがいいんだと思う。

綱渡り生活の極意は、けして下を見ないこと。夜更けにシリアスなこ

とを考えたり、お給料日前の貧乏なときに将来の展望を考えたりしな

いことだ。そういえば、前に電車の中で読むために買った光野桃の

『ソウルコレクション』という本があった。たぶんこの本を買ったときも

私は少し元気がなくて、サブタイトルに惹かれて買ったのだと思う。

これは自分にとってのスペシャルな物との出会いが、心にエネルギ

ー(活力)を与えてくれることを書いた本だ。スペシャルというのはもち

ろん、高価ということを意味するのではない。ちょっと長くなるけれど

前書きも素敵なので引用してみようと思う。

『ある日、ひとつの物に巡り合う。これが好きだと思い、連れて帰りた

いと願う。喜びに満ちた瞬間だ。物から発された何かが、自分の深い

ところに真っ直ぐに届く。何か、とはなんだろうか。なぜ、好きだと感じ

欲しいと思うのだろう。そのことを深く考えなければならない。

世の中にはたくさんの物が溢れているけれど、必要な物はそう多くな

い。それは実用という意味ではなく、魂(ソウル)が欲しているものか

どうか、ということだ。魅力的な人は、いいオーラを湛えている。物も

同じだ。値段でもブランドでもない。本当に正しい物には、やはりいい

「気」が流れている。その「気」に敏感になること。そのためには直感

力を磨いておく必要がある。<中略>自分を見つめるのは苦痛を伴

う。そんな時間なんてない、とあなたは言うかもしれない。整理がつ

かないし、不安がいっぱいで、一歩を踏み出すのが怖い。この先どう

なってしまうのか、自信もないし、方法も見つからない・・・。そんなと

き、物の力を借りてみる。物との関わりから始めてみる。直感に従っ

て、心の声に耳を澄まして物を見つめる。選ぶ。愛でる。すると思わ

ぬ発見がある。<中略>物は人の手に触れられたとき、ただの物か

ら想いを宿す手鏡に変わる。直感が呼び寄せた物、心が喜ぶ物に、

数少なく囲まれている人の姿は美しい。<中略>庭木を刈り込むよ

うに、ツンツン飛び出た不必要な葉や育ち過ぎてしまった枝を整えて

暮らしを自分らしい形にする時がきている。そういう日々のなかで、

魂の自由が育ってゆく。』

映画なんかを見ていてもよく思うけれど、人の暮らしというのは思い

のほか単調なものだと思う。特に女性は日々の主婦業の明け暮れ

で、あるいは仕事の明け暮れで、心にエネルギーが足りなくなったら

この本を手に取ってみるといいかもしれない。ちょっと心の贅沢が味

わえて、共感すること間違いなしだから。そして値段の多寡によらな

い自分だけのスペシャルに出会いたくなるだろう。私は近々、娘を連

れて銀座の月光荘画材店に行くことに決めた。前から一度行ってみ

たかったのだけれど、あそこの虹色のスケッチブックが見たくて。

それから、それを見た娘の輝く顔が見たくて。

私がモチベートできないのは伸び放題のこの重い髪にも原因がある

のだ。今朝ついに発作的に自分で少しハサミを入れてしまった。

こうなるといよいよで、今日はついに美容院に予約を入れた。

上の写真はアンティーク・コルダナ。人は緑に触れると、緑からもエネ

ルギーをもらえるのだそうだ。大いに触れてください。

Mitsuno_momo_2 光野 桃(みつの・もも)

ソウルコレクション

心にエネルギーを補給する

40の物語

集英社文庫

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本の話」カテゴリの記事

コメント

そうきちさん。
そりゃぁ~私もそういうことはしょっちゅうですわ。
私の場合、春先の2月後半から3月前半まで、そして今のような秋先が特にやばくて、できる事ならヒッキーになりたい時期が周期的にやってきます。

もう何年もこのようなプチ鬱状態を経験すると、だんだんその時期のやり過ごし方がわかってきて、私は体を動かして頭の中をスッキリさせる方法が一番合っているみたい。
とにかく運動するとか、ひたすら歩くとか^^;;
あと、(なぜか)トイレ掃除をすると頭がクリアーになります。
変かな~?

そして、偶然ですね。私も昨日突発的に美容院に行って、先月かけたばかりのパーマヘアをぱっつん切ってきました。
ちょっとすっきりしたー。


投稿: roro | 2007年9月22日 (土) 08:50

そうきちさん、こんばんは。

僕は、そういうときは、ひたすら寝ます。
昼寝して、夜も寝て。
それと、薔薇の世話をしているときは、何も忘れて夢中になれるのでいいですね。

投稿: q-harada | 2007年9月22日 (土) 17:48

時々、ですか。。

ちょっと違うかもしれませんが...
自分は生まれて今に至るまで、心のどこかでずっと溜息つきながら過ごしてる気がします。
全てを賭けて物事に取り組めたことがないんですよね、1つとして。
先が見えちゃう、っていうのかな。
きっとその、“見えてる”ってのは自分の(勝手な)予測であって、何も考えず突っ走ったらまるで別の世界が開けるのかもしれません。
ま、そうできない性格だからここにいるんでしょうけどね。

魂が宿ってないんだろうか、この身体には。。

投稿: みーまりぽん | 2007年9月22日 (土) 19:23

『魂の欲しいもの』
うん。 わかります!

私も人も物も全て直感です。(そうきちさんのブログも)
魂が震える感じ、毛穴が開く感じ。

自分のエネルギーが低下してるときほど
やりたいことをやります。
寝て食べて、寝て食べて。

あ、とにかく目はつぶりたいかも・・・
人生繰り返しですね 涙

投稿: 睦美 | 2007年9月22日 (土) 23:30

roro ちゃん、
私はどちらかというと常にエネルギー放出型の人間でさ、無縁とは言わないまでも、鬱になることはないだろうと思ってるんだけど、だからこういう風に気力が萎えちゃうときっていうのは、やっぱり何か確たる原因があるみたいです。
心が先か身体が先かというのは、もうニワトリと卵みたいなもんだろうと思うけど。
この日を前兆として、どうやら突発性難聴になってしまったみたいだ。
これじゃとても無理そうなので、今朝、美容院の予約をキャンセルしたところ。

roroちゃんのやり方は実に理にかなってると思うよ!
身体を動かすのもトイレ掃除もね。
私もこの日、あなたと同じようなことしてたよ。
私はお風呂掃除!
で、昨日プールで泳いで、それですっきりするはずだったんだけどねぇ。心より身体の方が正直らしく、身体の方が先に壊れてしまった。
roroちゃんもバランス感覚は大変よろしいとして、時々それじゃ済まなくなるときもあるから、どうかご自愛のほど。

投稿: soukichi | 2007年9月23日 (日) 16:06

harada さん、
harada さんはきっと若いのね。
私だったら昼間いっぱい寝ちゃったら、たぶん夜は眠れないな。
夜ちゃんと眠るためには、昼間はあまり寝ないほうがいいと思ってる。私が昼も夜も寝てるようなときは、ほんとに病気で薬飲んでラリってるときですね(^-^)
それに主婦は1年365日、休みがないからなあ!
元気があろうが無かろうが、やるべきことはやるんだもの。
harada さんの1人暮らしの気儘さが羨ましいようではあるけれど、でも私は家族がいるお陰でまっとうな暮らしができているんだと思います。たぶん。

投稿: soukichi | 2007年9月23日 (日) 16:14

みーまりぽんさん、
魂が宿っていないなんて・・・
そんなことはないと思うよ!
それに、みーまりぽんさんがもう忘れてしまっただけでさ、子供の頃はみーまりぽんさんだってきっと何かに夢中になってたはずだよ。
夢中でプラモデルを作ったりとか、虫を追いかけたりとかね。
子供の頃からため息ばっかりついてる子供なんて、私は見たことないもんね。
それに、「全てを賭けて物事に取り組んだ」経験なんて、誰もが持ってるわけじゃない。私だって持ってないし、今これを読んでる大半の人だって持ってないと思うな。
「全て」を賭けられるようなこと自体、そうそうあるもんじゃないし、賭けるっていうのはある種ギャンブルでもあるよね?

私はこうやって人に何かを言ってるときもそうだけれど、かなりエネルギーを傾けてしまうほうなんです。
だから結果的に私の言葉は力を持って相手に伝わる。(と勝手に信じている。)
人は滅多に全てを賭けて物事に取り組む経験は持てないとしても、でも目の前にあることを一心にやることはできると思う。
みーまりぽんさんもそれをやったらいいんじゃないかな。
ちなみに、大きなサイズのカンバスを買って来て、ひたすらそこに色を重ねることをやってみる、とか、木を買って来て仏像を彫ってみる、とかね。そんなに大げさなことじゃなくても、まんだら塗り絵を買って来て(これは自分でもやろうと思ってるのね)、週に1度でも無心に塗る時間を持つ、とか。
小さなことでも無心で、一心に何かをやる積み重ねが、あなたを変える気がするな。

投稿: soukichi | 2007年9月23日 (日) 16:35

睦美さん、サンキュー!
私のブログも魂で選んでくれたわけね。すごいな。そりゃ。

人を見るときに年齢なんて関係ないんだろうけど、あなたは年齢よりずっとピュアな感じがします。
使う言葉からもそれが伝わってきます。
世の中、あなたより若くても疲れて濁っちゃってる子が多いからね。

エネルギーの低下してるときほどやりたいことかあ・・・
とりあえず今は音楽聴くことはできないしな。
そうだ。来月こそ海に行こう。
私がいちばん肩の荷を下ろすことができる海があるんです。
そこに行こうと思うよ。
ありがとね。

投稿: soukichi | 2007年9月23日 (日) 16:42

ストレスの出方って人それぞれなのか、そうきちさんは難聴という形で現れてしまうのですね。

私の鬱も、実は鬱に陥るきっかけは判っていて、それは誰かの言葉だったり、態度だったり、何かに対する大きな不安だったり、普段はそれを容易くクリアできるのに、今のような季節の変わり目には、落ち込みへのスイッチになってしまうのですよねぇ。。

・・・そして・・・
ほんっと、偶然!!
私も26日には吉祥寺にあるライブハウスに行く予定を数ヶ月前からたてていたのですが、こんな鬱状態では行けぬ。。。;と、先日 何もかもキャンセルしたところです。

そうきちさんは行けますように。
そして、良い音を聴くことが気分転換になりますように。

投稿: roro | 2007年9月23日 (日) 21:06

おお、roro ちゃん。
ほんとにいろいろシンクロしているみたいだね!
26日? しかも吉祥寺のライブハウス?
驚くなかれ。私も吉祥寺だよ。
吉祥寺サムタイム。

鬱も軽い状態のときに侮っちゃ駄目だね。どんどん悪くなる。
薬に依存するのも駄目。
鬱も小さいうちに上手に解消しないと。
roro ちゃんはきっと知ってるかもしれないけれど、私はちょっと精神的にヤバイかなというときにはセントジョーンズワートのサプリメントを1錠飲みます。昔からハッピー・ハーブと言われているもので、ティーバッグのお茶もある。
実際、鬱病の人も使ってるくらいで、でも薬のように常用性も副作用もありません。心臓疾患を持ってなければOK.
使ったことなければ試してみて。

それから、どうもありがとね。
でも、この方のライブはきっと来月もあると思うから、なるべく体調がベストな時に行きたいなって思います。
せっかく行くのにもったいないもんね。

投稿: soukichi | 2007年9月23日 (日) 21:26

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