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2007年1月31日 (水)

おうちへ帰ろう

Taiyaki

今日の日中の最高気温は、昨日よりさらに上がって16度!

この異常暖冬のせいで、秋田ではもう桜が開花してしまったとか。

東京でも桜のツボミが膨らみかけたとか。

なんだか嬉しいような恐いような?

夕方、仕事を終らせて慌てて国立まで出かけていった。娘の誕生日

のプレゼントをまだ用意していなかったのだ。そういえば去年も今頃

国立に行った。今年も去年と同じ洋書屋で、絵本を4冊買ってプレゼ

ント用に包んでもらった。狭いけれど歴史を感じる店内。レジにいる女

性も、その横で梓みちよみたいなツンツン・ヘアをしている店主も去

年と同じ。こういうのって、なんだかほっとする。国立は駅前から数百

メートルもの桜並木が続いている。咲いたらさぞかしきれいだろう。

国分寺のデパートの地下で食材を買って、子どものお土産に『黒ごま

たい焼き』を買った。あんこに黒ゴマをたっぷり混ぜてあるたい焼き。

電車に乗ってシートに座り、荷物を膝に載せたら温かい包みからたい

焼きのいい匂いが漂った。窓の外はもう真っ暗。家にいる子どものこ

とが頭に浮かび、思わず『早くおうちに帰ろう』と思った。

長男が生まれて、出産祝いのお返しを探しに産後ひとりで街のデパ

ートに出かけたときは、授乳の時間になると胸が張って気ばかり焦っ

た。赤ちゃんの泣いてる声が聞こえるようで。

混んだデパートをうろうろし、たくさんの宅配伝票を書いてやっと外に

出たときにはもう夕暮れで、やっぱり『早くおうちへ帰ろう』と思った。

それは結婚して2人きりのときとはまったく違う感覚だった。

早くおうちへ帰ろう。

家で家族が待ってるのはいいよね。

今年も明けたと思ったらもう1月も終わり。明日から2月だ。

2月は私の月。

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2007年1月30日 (火)

芽が出たあ~!(実生①)

Mishou_2

相変わらず暖冬が続いているけれど、今日も日中の最高気温13度

と、3月上旬の暖かさ。春の陽射しのようなベランダに出て、久しぶり

にバラに水をやろうとすると ・・・ ??? 

去年の11月に撒いたバラの種から芽が出てる!!

芽が出てきたのは3つあるプランターのひとつ、プロスペリティーの札

の前の1本。あともうひとつは名前のわからないバラで、まだ葉っぱ

がくっついたまま。

え~、これって本当にバラの双葉なの? 土に混じってた他の雑草

の種じゃないよね? とまじまじと見てしまった。よーく見ると、葉っぱ

にも茎にもうっすら産毛みたいなのが付いてるのがわかる。かよわく

見えるけれど、培養土と、その上の堆肥を持ち上げて出てきた双葉

なのだ。茎に触ると思いのほかしっかりしている。四季咲きイングリッ

シュ・ローズの種が1番先に出てくると思っていたのに ・・・

他にも出てきそうなのはないかとちょっと楊枝で土の表面をどけてみ

たけれど、その気配もなかった。あれだけいっぱい撒いたのに、これ

だけ? でも、ルイさんが初めて実生にトライしたときは全滅だったと

いうから、出てきただけでもすごいじゃないか。ともあれ、今日から観

察を始めよう。このまま、この双葉が無事に育つかどうかはわからな

いけれど、見事成長して花を咲かせることがあったら、このバラの名

前は Mona Lisaです。

なぜって、あさっては下の女の子、リサの誕生日だから。

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こんどはエコバッグだって!

Lisa_and_gaspard

昨日、スーパーに行ったらパン売り場にこんなのが置いてあった。

パスコの新しいキャンペーン、対象商品に付いている点数シールを

30点集めるともらえるリサとガスパールのエコバッグの応募用紙。

なんでも今度は溜まったシールを店頭で引き換えるやり方で、だから

ゼッタイにもらえるそうだ。

前回、4人分そろったリサとガスパールのマグとプレートがどーしても

欲しくて、友達に子どもみたいと笑われながら、毎朝パスコのパンを

食べてシールを集めること数ヶ月。応募シート9枚も送ったのに、1月

末時点でまだ賞品が送られてこないってことは、やっぱりハズレたっ

てことかなあ? ハズレた人にWチャンスで当たるマグカップの1個も

当たってないってこと? ・・・ 思いっきり、ちぇー!

でも、こんどもなかなかかわゆらしい。けっこういっぱい入りそうだし。

また毎朝パスコのパン食べねばならぬ。

また、パン1袋につき1点としたら30袋ってこと?

うちはまあ、毎朝パン食だからいいんだけども、さ ・・・

ちなみにこういうキャンペーンやるとパスコの売り上げってどれくらい

伸びるんだろうか。なんて、ちとお仕事チックなことも考えたりして。

Lisa_and_gaspard_001

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2007年1月29日 (月)

心のいろとすこやかさ

Scabiosa_02

昨日は行かなきゃならない場所も時間も、また内容も知らされていな

いことでモチベートできないまま出かけたセミナーだったけれど、セミ

ナー自体はとても素晴らしい内容だった。『免疫革命』を代表とする多

くの著書をお持ちの世界的な免疫学者、安保徹教授を中心にした、

ユニークな3人の現役医師による健康セミナー、テーマは『こころとか

らだの免疫学』。

とても感動したし、多くの人にお伝えしたいこともあるので、せっかく

私もブログという人と共有することが可能な発信の場を持っているこ

とだし、昨日私なりにわかったことをここでごく簡単にお伝えしたいと

思う。2時間半という時間の文脈のなかで語られたことのエッセンス

だけを書くのは少々無理もあるし危険だけれど、興味を持たれた方

先生の著書を紐解くなど、どうか積極的にご自分の理解を深める

ことをしていただけたらと思います。

****************************************************

『生き方の無理』が病気を発症させる。

長年、ガン患者を中心に診ていた安保徹教授は、西洋医学ではガン

は遺伝子の異常によるものと言われてきたが、それだけではどうして

も説明のつかないことがあり、もっと別の原因があるのではないかと

思った。それは生命体が固有に持った能力を超えた生き方をしたとき

に、人は病気になるのではないかということ。言ってみれば『生き方

の無理』が病気を生じさせるのではないかということだ。そういう視点

で免疫学の研究に入った安保教授は、たくさんの患者から病気を発

症する以前のことを聴いた。いくら病気になった後のことを聴いたとこ

ろで、それでは病気の原因にたどり着けないからだ。そして、過度の

ストレスが交感神経の働きに影響を与え、それに伴って白血球の中

の顆粒球とリンパ球のバランスが変動することを発見した。

たとえば現代人は長時間労働を余儀なくされているが、30代までは

なんとか対応できても、40代、50代以降になってくると無理が生じ

てくる。それによって起こるのは自律神経の酷使。自律神経には、

張るためのコントロール  交感神経と、リラックスするためのコン

トロール  副交感神経の2つがあり、人間の防御システムは、

感神経が緊張すると白血球のなかの炎症を起こす顆粒球が増え、

ラックスすると免疫力を高めるリンパ球が増えるようになっている。

だから、一日中いつも緊張状態にいる(免疫力が抑制される)生き方

を長く続けると病気を発症する。つまり真面目な頑張り屋さんほど病

気になりやすいということ。だから、そういう人は、交感神経緊張型の

生き方は病気を生むという認識を持たねばならない。交感神経の緊

張を続けていると、大病をする前に様々な症状が出てくる。たとえば

肩凝り、首の凝り、頭痛、低体温、冷え性、便秘など。その時点で改

善しないで生き方を変えないままその状態を長く続けていると、大病

たとえばガンになる。ガンは免疫抑制の極限で起こる病気といってい

い。そして、肉体的、物理的に無理をしていないのに病気になったと

したら、そは心の問題。つまり悩み続ける生き方は病気を生む。

怒ること、恨み、妬みの感情を持つことでも自律神経はストレスを受

けて交感神経を緊張させる。以上のことでわかるように、ガンにかか

た人は、身体の中の免疫機能が徹底的に抑え続けられるな強

いストレスがあったはず。

その他、交感神経を緊張させることとしては、身体を冷やすのも

ない。薬、特に消炎鎮痛剤を飲むと血管の収縮が進んで交感神経を

張させる。頭痛や生理痛など、痛みをともなう症状が出ると人は鎮

痛剤を飲むが、それは更に交感神経を緊張させることになって悪循

環。症状が出るというのは免疫系が働いているということで、意味が

って身体のなかで起きていること。血流が良くなることをすればい

い。風邪をひくと出るくしゃみ、咳、下痢、などと言う症状も身体から

ものを外に出そうとして起こっていることで、それら副交感反射

が起った後には、体温が上昇するということがわかっている。ちな

みに人体温がわずか1度上がっただけでも免疫力がグッと上が

る。体温が高い人は病気になりにくく、発熱は治るためのステップと

いえる。以上、ほとんどの病気の8割は交感神経の緊張によるもの

と言えるが、残りの2割は穏やかな生活、副交感神経優位(リラック

ス)の状態で暮す人に見られる。穏やかな生き方の弱点は、ふく

よかな身体をひ弱な筋肉で支えていること。食べるというのは副交

感神経に入り、食べて身体ストレスを与えない、つまり身体を鍛

えないことの弊害でリンパ球が増えると、アレルギーの世界に入っ

てゆく。肥満を続けている状態では身体はリラックスだが、しだい

増えすぎた自己の体重を維持するのに息が切れてくると、交感神経

が緊張を始めるからである。アレルギーという症状が出たところで、

またステロイドなどの消炎剤を使えば、先ほどと同じ理由で悪循

まる。アレルギーは甘いものを控えるのが大前提。

現代医療は様々な病気が引き起こす症状を抑える対症療法だけに

なっている。対症療法というのは痛みなどの不快な症状を一時的に

取るだけのものであって、長く続ける医療ではない。本当の原因をつ

きとめて、自己癒力を上げる医療こそが本当の医療ではないか。

病院でガンと言われても絶望することはない。ガンは生き方、心の持

ち方を見直して、副交感神経を刺激するような身体に良いことをして

自己治癒力が上がれば治る病気。西洋医学の医者の言うことだけを

盲信して諦めずに、自分の身体に秘められた自己治癒力を信じて、

身体に良いことを実践してください。

****************************************************

いささか硬い内容で長くなったけれど、まとめると以下のようになる。

病気にならないためには、

 ①ストレスの多い生活パターンを見直す。

 ②心の持ちようを学んで、すぐに怒ったり悲しんだりしない。

  (人と無用な争いはしない。感謝の心を持つ)

 ③副交感神経を刺激する生き方をする。

  ●質のよい睡眠(ベストは早寝・早起き)  

  ●身体に良い物を食べる(よく噛むと免疫力アップ)

  ●適度な運動を続ける(適度な筋肉は免疫力を上げる)

  ●笑う・感動する(ときめきの無い人生は墓場と同じ)

 ④病気を怖れない(病気をこわがるのではなく、自分の自己

  治力を信じることが大事)

適度な刺激のなかで、無理せず、ラクをし過ぎない。心も身体も良い

感じに動かしているのが病気をしない秘訣と言えそうです。実際には

もっと専門的な話、専門用語も出たのだけれど省きました。

そして病気になってしまったら、自分の心の声を聴くことです。

そして、それを聴いてくれる医者を選ぶこと。ただ薬を出す、悪いとこ

ろを切るだけの医者ではなくて、原因の根本をさかのぼって探り、そ

れを改善し、手助けとなる方法を教えてくれる医者。医者は治してく

れる人ではなくて、治る手助けをしてくれる人です。治すのはあくまで

自分自身です。昨日、主催者の社長も言っていたけれど、健康とは

身体のすこやかさと心のやすらかさ。

昨日は安保教授のほかに教授の考えを実践している医者として、

の友人、それから現在は『健康増進クリニック』の院長を務めている

水上治先生がいらっしゃり、それぞれいわゆる普通の医者からはだ

いぶはみ出たユニークなお医者さんでした。東北弁訛りでゆっくり朴

訥と話す癒し系の安保先生とは対照的に、実にはっきりとした物言

をする水上先生にはすごいインパクトとエモーションを感じました。

初めての臨床実習のときに教授に付き添って末期肝臓ガン患者

を診ることになったとき、教授の言った言葉に彼は現代西洋学の

限界を見て絶望した。絶望から医者のキャリアを始めた水上

は、大学院という組織のなかでは異端児扱いされて、それで

分の信じところを信じてやってきた。

『自然治癒力がグーっと上がるとガンは退縮してしまう。脳腫瘍だっ

て退縮して、退縮したところに穴が開くかといえば、脳は再び再生す

る。誰もが凄まじい自己治癒力を持っている』という水上先生の言

葉はすごくパワフルだ。『ボケないためにはどうしたらいいか?』とい

う質問には、『痴呆は前頭前野の機能が駄目になって起こるけれ

ど、前頭前野はまさに感動中枢。笑う、喜ぶ。そういうときめきと感動

にあふれた生活をすればならない』と言った。また私の友人はガンコ

が病気の1番の原因、とも。人の話に素直に耳を貸さないのは×。

文字通り感動して元気になって帰った私。写真は仕事帰りに買った

花。ピンクのスカビオサ、薄紫のスウィートピー、スプレーバラ、白と

ピンクのカスミ草。昨日、私の心が欲した色でた。

さて、今日のあなたの心のいろは何色?

Scabiosa_03

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2007年1月28日 (日)

悪い夢

Pansy

悪い夢で目覚めた。

ちょっと現実にはないことだけれど、夢の中で私は誰かの前で声をあ

げて泣いていた。けれど問題なのは私が泣いていることより、私の顔

をまっすぐに見ながら、まるで何も見えていないかのように相手が平

然とした顔をしていることだった。もう insensitive を通り越して残酷の

きわみ。私が泣いていたのは、その前に言われた酷い言葉のせいだ

けれど、そちらは充分に現実にもありえそうな話で、目覚めてからも

心に刺さった棘が傷んだ。ふだん見えない自分の深層心理を見せら

れたみたいで傷ついた。あれから毎日平気で暮らしていたみたいな

のに、人から受けた傷って、そうそう簡単に消えてなくなるものじゃな

いのね。

おまけにこんな日はプールバックかついでプールにでも行ってしまい

たいところだけど、今日は仕事なのだ。昨日、催促したにもかかわら

ず、今日行かなければならない場所と時間がきてない。もう一度メー

ルしたらやっときた。新宿副都心あたりかと思っていたのに、私の苦

手な有楽町。セミナーの内容さえ知らされてない。それで夕方までセ

ミナールームに缶詰だ。多少なりとも講師を勤めるとなると彼はスー

ツだろうから、私もスーツ着用じゃないと駄目かな。医療関係の硬い

セミナーだろうから眠くならないように一瞬で頭がぶっ飛ぶようなスー

パーミントでも買っておかなきゃ。あぁ、また肩が凝りそうです。

いつも心をクリアーにしておくことは難しい。

雑念で心が濁ってきたら、美しいものを見るのがいちばんだ。

今日はスーツの下には男みたいなシャツじゃなくて、ピンクのカットソ

ーでも着よう。仕事帰りに自分のためだけに小さな花でも買おう。

花屋に美しい男の子でもいるといいけど。

それでは、行って来ます ・・・

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2007年1月27日 (土)

新しい剪定バサミ

Senteibasami_1

風は北風できりっと冷えた冬の大気だけれど、フリースを着てベラン

ダにいると背中が熱くなるくらい暖かい冬の朝、暖冬でどんどん伸び

てくるバラの新芽にせかされ、今年はいつもより早く剪定を始めた。

でも私の剪定バサミはかれこれ10年以上使っているので、さすがに

切れない。剪定はよく切れるハサミでやらないと、切り口がスッパリ

いかないで、枝枯れ病など様々な病気の原因になってしまう。これじ

ゃまずいと、以前に村田ばら園で使いやすそうなプロ仕様の剪定バ

サミがリーズナブルな価格で売っていたことを思い出して電話してみ

ると、とても快い対応。なんと電話した次の日に郵送で届きました。

村田ばら園の人はいつ電話しても感じよく、とても良心的な仕事をし

ていることに感心してしまう。この世は全て気と波動で成り立ってい

ると思っている私には、村田さんはじめ彼らみたいな良いスタッフが

育てているバラだからこそ素晴らしく良いバラに育つのだろうと思え

る。街に買い物に行くたびに店員の感じの悪さに辟易としてしまうこ

とを考えれば、これってけして当たり前のことではないよなあ、と思

う。上の黒い柄の剪定バサミは日本中がバラブーム、イングリッシュ

ガーデンブームだった頃に、日本橋三越店の屋上にオープンしたチェ

ルシー・ガーデンで買ったもの。刃の上にレリーフが入ったクラシカル

な英国製。これはバラの太い枝を切るには力がいらずに切れて便利

だったけれど、細かい枝を切るにはちょっと不向き。実に私が実用性

より見た目重視で物を買うかがバレバレである。そして下の赤いの

が村田ばら園さんのスタッフみんなが使っている剪定バサミ。

見た目からして全然ちがう。

さっそく使ってみたところ、もう目からウロコだった。切れる剪定バサ

ミってこんなにサクっと切れるんだあ!・・・ なんだか長いことバラに

悪いことしてたような気分。こんなことなら早く買い換えるんだった。

やっぱり何かするときに基本となる道具って大事です。

バラの剪定は何年やっていても難しい。剪定とは自由にバラの木を

デザインすること。切り方が少ないほど花は美しくなり、たくさん切る

ほど花は大きくなる。株を上から見て芽が外に向かって伸びてゆくよ

うに、充実した良い芽の上で切る、というのがセオリーだけど、切りた

いところにちょうど良い芽が無かったりしてなかなかうまくいかない。

下はバッサリ切った古い12年もののレディ・ヒリンドンの太い幹に芽

吹いた新芽。

Shinme

オールドローズは基本的には強剪定はしない。長めに仕立てたドュ

シス・ド・ブラバン。赤い新芽が伸び始めている。

Shinme_01

ともあれ、全てのバラの木に剪定を終えた。

この次にすることは芽出しの肥料をやること。

春が楽しみです。

Senteibasami_01

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2007年1月25日 (木)

アントニオ・カルロス・ジョビン生誕80年

Tom_jobim

今日1月25日はアントニオ・カルロス・ジョビンの誕生日。

彼は94年に67歳で亡くなっているから、生きていたら今年で80歳。

去年、3人目の奥さんで36歳の美しい妻を持つデンマークの81歳

の現役ジャズピアニストのCDがヒットして話題になったけれど、さしず

めジョビンが生きていたらそんな風だったんじゃないかと思う。

ジョアン・ジルベルトと並んでボサノヴァの神様であるアントニオ・カル

ロス・ジョビンの名前を知るより先に、私はマイケル・フランクスを知っ

た。そして彼のあまりにも有名なジョビンのために書かれた曲、『アン

トニオの歌』で私はジョビンのことを知ったのだった。Antonio's Song

が入ったアルバムには、『ブラジルじゃ、1マイル歩くのにまる1日か

かっちまう』と歌う『Down in Brazil』も入っていて、もうその頃から私に

とってブラジルは、タヒチと並んで憧れの地だった。そしていま思うと

その頃からすでに私はブラジル音楽に傾倒し始めていたのだと思う。

この『アントニオ・ブラジレイロ』は、ジョビンの遺作となってしまったア

ルバムで、数あるジョビンのCDの中でも私が最も好きな作品。ここに

は良き父親としてのジョビンもいれば、男としてまだまだ現役という感

じのセクシーなジョビンもいる。そして何よりも素敵なのは、彼のファミ

リーや旧友も参加したこのアルバムからはとてもアットホームでリラッ

クスした雰囲気と、ジョビンの温かい人間性が伝わり、彼が亡くなる

そのときまで、家族や友人、そしてブラジルの自然に囲まれて豊か

に幸せに暮らしていたことが感じられるところだ。

おととい、ラジオを聴いていたら女性ヴォーカルで私の大好きな『フェ

リシダーヂ』が流れて、誰が歌っているんだろうと思ったらジョビンの

娘のマリア・ルイーザだった。とても繊細で美しい歌。ここには、その

マリア・ルイーザが小さな女の子だったときパパとデュエットした曲も

入っていて、つたないけれど確かな歌いっぷりが聴ける。聴くたびに

思わず顔がほころんでしまうかわいい歌。ちなみにこんな歌詞だ。


 マリア・ルイーザのサンバ


 黄色い髪

 瓜のような緑の瞳

 もし私が年頃だったらあなたと結婚したいよ

 マリア・ルイーザのサンバ

 マリア・ルイーザのサンバ

 マリア・ルイーザのサンバはすごくきれいだよ

 マリア・ルイーザのサンバはすごくきれいだよ

 彼女は歌い、踊るんだよ

 マリル、マリル、マリル、マリルのサンバ

 マリア・ルイーザのサンバは類がない

 だから父さんはあなたに夢中

 あなたに夢中だよ、マリア・ルイーザ


ね、いかに67歳のパパ、ジョビンが小さな娘に夢中だったかがわか

るでしょう? こんな風に父親に愛されて育った娘も幸せだけれど、

成長したその娘に自分の作曲した歌を歌ってもらえるジョビンも幸せ

な人だ。このアルバムに入っている曲はどれも良いのだけれど、私

が特に好きなのは11曲目の『メウ・アミーゴ・ラダメス』というインスト

ゥルメンタル。この曲は映画『ニューシネマ・パラダイス』の中で流れ

てもおかしくないような、まるでショート・ムーヴィーを見ているような

気持ちにさせられる曲。繊細で、ロマンティックで、どこか物憂い感じ

のジョビンのピアノに乗って、移ろう感情の機微のようなドラマが展開

される。ちょっとクラシカルなニュアンスもあるこの曲のタイトルとなっ

た『ラダメス』というのは、ライナー・ノーツによれば作曲家で指揮者だ

ったラダメス・ジナタリのことで、1952年、クラブのしがないピアノ弾

きだったジョビンの才能を見抜き、コンチネンタル・レコード専属の作

編曲家に抜擢した恩人のことだそうだ。今ではブラジル音楽の巨匠

と言われるジョビンにもそんな時代があり、一度は音楽を諦めようと

したこともあることなどを考えると、いまこうしてジョビンの音楽の恩恵

に浴すことができるのは幸せというより他ない。このアルバムには他

にスティングとのドュエット曲『How Insensitive』も入っていて、ここで

聴かれるスティングの歌はとてもとても色っぽい。

それではここでジョビンを偲んで、生前ジョビンとジョアンが競演した

夢の映像と音楽を聴いてください。たった1曲で胸が熱くなります。

 アントニオ・カルロス・ジョビン&ジョアン・ジルベルト 『シェガ・デ・サウダーヂ』

そして長くなったついでに、我が恋人イヴァン・リンスがアントニオ・

カルロス・ジョビンに捧げたアルバム、『ジョビニアンド』を載せて終り

にします。ジョビンと同じくカリオカであるイヴァン・リンスは、ポスト・

ジョビンと言ってもいいのではないかと思う。これも素敵なアルバム。

いつか焦がれてやまない地、ブラジルはリオのアントニオ・カルロス・

ジョビン国際空港に降り立って、『ジェット機のサンバ』で迎えられる

のが私の夢なのです。

 ☆ IVAN LINS  『JOBNIANDO』

Ivan_lins_2

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2007年1月24日 (水)

粉引きの茶碗と混ぜご飯いろいろ

Kohiki_cyawan_03_1

前回、粉引きの器をアップしたときにも感じたけれど、粉引きは女

性にとても人気の高い器。一年中、土ものの器を愛用されている

方も多いと思うけれど、その柔らかで温かい、ニュアンスのある白

は冬の寒い時期にこそ似合うような気がする。

これは岡部耕太郎作の粉引きの茶碗。岡部さんの茶碗は大らかな

ろくろ目とクリーミーな粉引きが魅力。真っ白ではなく、ピンクやベー

ジュ、グレーの窯変が出ているところがなおさら温かい感じで、中に

入れるご飯を引き立ててくれる。ぽってりとしているようで固い土を

使っているので思いのほか軽く、よく手に馴染むところもいい。

Kohiki_cyawan_04

大きさも大・小あるので、夫婦茶碗で使ってもいいし、大きいのをお

茶漬け茶碗にする、なんて使い方もある。(ちなみに岡部さんは小ど

んぶりくらいの大きさの茶漬け碗も作っています。)

大きさの違いはこんな風。かなり違います。

Kohiki_cyawan_2 Kohiki_cyawan_05_1

そして、このお茶碗に似合いそうな混ぜご飯を作ってみました。

Gomokugohan

鶏肉、ニンジン、レンコン、シイタケ、油揚げの入った我が家の定

番、五目御飯です。鶏肉は細切れ、湯とおしをした油揚げと野菜

は細切りにして、鶏肉からお出汁に入れ、少し煮てから醤油とみ

りん、塩少々で煮詰めたものを炊きあがったご飯に混ぜるだけ。

Hijikigohan

甘めの味付けのひじきとニンジンと油揚げの混ぜご飯。

作り方は上と同様。ひじきはカルシウムを豊富に含んでいるだけじゃ

なくて、食物繊維、鉄分、カリウム、ビタミン類、そしてラミニンという

特殊なアミノ酸などがたくさん含まれた健康食品なので、日頃から積

極的に摂りたい食材。

Mazegohan_02

そして最後は牛肉としめじとショウガの混ぜご飯。

少し濃いめの味付けでショウガを効かせて、なおかつ千切りしたショ

ウガのしゃきしゃき感を味わいたい。ショウガは身体を温める作用と

殺菌力を持つため、冬の風邪予防と新陳代謝を上げるにはよい食

材。できるだけ毎日、少しでも摂りたい。これは牛肉を入れずにショ

ウガとしめじだけで作ってもおいしい。耐乏生活の友(^-^)v

炊き込みご飯、混ぜご飯に限っては、炊飯ジャーで保温したまま翌

日になっても不味くならずにかえって味がこっくりして美味しいくらい

なので、1人暮らしの人にもお勧め。いつもよりちょっと多めに作って

翌朝お弁当に詰めたりおにぎりにしたり、もう一度夕飯に食べたり。

工夫しだいでご飯だけでもけっこう栄養が摂れるから便利です。

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2007年1月21日 (日)

方言の温もり/きんこん土佐日記

Tosanikki_2 

去年の暮れにブロガー友達のリサ・ママさんから本が届きました。

「あなたに土佐弁を満喫していただこうと」、という手紙とともに届い

たのは、『きんこん土佐日記』というコミックと、『簡易土佐弁辞典』

の小冊子。

この『きんこん土佐日記』、共働きの両親が仕事から帰って来るま

で父方の祖父母の家で過ごしている幼稚園に通う5歳の孫のたくみ

と、おじいちゃん、おばあちゃんを中心に、たくみの両親、そして近

所の人と、土佐に暮らす人々が繰り広げる他愛なくもほんわか可笑

しい日常を描いた4コマ・マンガで、当地の新聞、高知新聞にも連載

されて人気らしい。ちなみに中身はこんな風。・・・ 笑えます。

Tosanikki_001_1

方言というと、東京生まれ・東京育ちで東京のほか故郷を持たない

私にとってはちょっとした憧れなのです。

いつか友人と一緒に彼女の田舎に行ったとき、可笑しかったのは彼

女が新幹線に乗った途端にすっかりリラックスして田舎モードになっ

てしまったこと。東京にいるときにはいつもトレンドのファッションでキ

メてる人なのに、新幹線の中でコンタクトをはずしてメガネに替えたら

すっかり気の抜けた顔になっていた。それくらい彼女にとって東京と

田舎って違うんだなあと思った。いつもはふつうに標準語を話す彼女

が、駅に着いて実家に電話をするなり自然に関西弁になっている。

私は京都駅の改札で切符を渡したとき返ってきた「おおきに」という

言葉で、自分が関西に来たんだなあーと実感しました。

方言はその土地の人々の連帯感、新密度を感じさせて、お風呂の

ようにあったかい。聞いていると関節の一個一個が緩むような感じ。

私はいかにも今風のかっこいい若い男の子が、無頓着に地元の言

葉で話すのも好きだ。暮れに終った『のだめカンタービレ』の中にも、

主人公のだめが福岡の実家に帰って福岡弁で話すシーンがあった

けれど、なんというか朴訥として、実にかわいかったなあ ・・・

よく関西の人は関西弁の『アホ』と標準語の『バカ』を較べるけれど、

同じ言葉でも自分の生まれ育った土地の言葉と標準語で言われる

のとでは、全然違って聞こえるんだろうと思う。

標準語以外方言を持たない私は、ときおり友人の使う言葉に笑わさ

れたり、和んだりするくらいしかできないのだけれど。


 リサ・ママさま、

 土佐弁ちゅうのは、げにまっこと、おもしろかものやねえ。

 暮れはお互い言葉がなかなか通じんやったきに、まっことなんぎな

 ことやったけど、あてはしょうまっことはちきんやき、ゆるいてや。

 リサ・ママさんも、もうちくと鷹揚にたのみます。

 あてはもうかまんがって、また、よろしゅうに。

 ほいたら、また! (俄かヘボ土佐弁にてご容赦のほど。)

Tosaben_1

* 高知新聞ホームページで、『web版きんこん土佐日記』が見られ

 ます。     →   高知新聞ホームページ

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2007年1月20日 (土)

北海道のお土産&初泳ぎ!

Omiyage

昨日、修学旅行で北海道に行っていた息子が帰って来た。

北海道のお土産といったらいろいろあるけれど、やっぱりオーディナ

リーなところでは六花亭のチョコレートと『白い恋人』でしょう。

・・・ というわけで、お約束どおり待っていたお土産が届きました。

これは私にとってはとても懐かしいお土産で、昔つきあっていた恋人

(のちの結婚相手)が北海道出身だったので、彼は帰省するたびにう

ちの母が好きだからと、このふたつをお土産に買って来てくれた。彼

はケチじゃなかったから、白い恋人はいつもいちばん大きな箱。私の

母はデパートの北海道物産展なんかがあると並んでまで買う人だっ

たから、とっても喜んで、缶がきれいだからって食べ終わった後の缶

を小物入れに使ってたりして。だからいまでも実家に行くと、この白い

恋人の缶がいくつもあるのです。ふたつとも昔と変わらぬ素朴な味。

息子の旅行は、屈斜路プリンスホテルに泊まった3泊4日間とも天候

に恵まれて、初めてのスノーボードを楽しんできたよう。息子いわく3

泊4日じゃ短かかったとか。何をおっしゃるウサギさんです。母として

はいつもいるべき人がいないのは変な:感じだったものの、娘と2人

で過ごした4日間は大変穏やかで平和でした。息子が『ただいま!』

と元気に帰って来たのは何よりだったけれど、そんなことを思ったの

も束の間、息子が帰って来るなり俄かに変わる部屋の空気。娘の表

情もなんだか違う。ハリネズミの息子が発する微妙なバイブレーショ

ン。人ひとりが発するバイブレーションってすごいもんだなあと変なと

ころで感心したりして。ときたまハリネズミ・ビームは飛んでくるし。

それでも息子はどこかに行くと、妹には必ず小さいお土産を買って来

る。今回はこれ。まりもちゃんのキューピー。たまたま髪を切ったばか

りのリサにそっくり!

Omiyage_02

そして今日は、先週行けなくなってしまったので遅くなってしまったけ

れど、初泳ぎの日。年末年始の運動不足とお餅のせいで、すっかり

脂肪のついたお腹とデニムがきつい太腿、そしてバリバリに固まった

重い身体をひっさげ3週間ぶりのスイミング。泳ぎのほうはボロボロだ

ったけれど、久しぶりに身体を動かして泳いだ後はすっきり。デトック

スした気分。ロッカールームの鏡の前でお喋りしていたら、『外は雪

ですよ!』の声。外に出るともう雪は降っていなかったけれど、冷え

冷えした大気の中をほかほかの身体で気持ちよく帰って来たのでし

た。毎年年頭には必ず思うことだけれど、今年こそスイミングはもう

ちょっと上手くなりたい!(悲願!)

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2007年1月16日 (火)

本日、棚卸しにて

Tanaoroshi

今朝は息子が修学旅行で北海道に行くので朝5時に起きた。

最近は昔と違って学校に集合して点呼をとって出発、ではなくて直接

羽田空港に集合だから、もう昨日から大変。子供の質にもよるのだろ

うけど、東京23区の子と違ってこの辺の子はあんまり都心に出かけ

ないから、友達と待ち合わせるといってもおぼつかない。傍で見てい

てもハラハラして世話が焼けた。カッコつけてる割には心配性で緊張

しいの息子は「まだ早すぎるよ」と言うのに5時45分に家を出て行き

フライトの時間を過ぎてもなんの連絡もないということは無事に出発

したんだろうと、さっきから私もやっとほっとしたところです。

いまの時期は6時でもまだ暗い。いっそ元旦に(起きられなくて)見ら

れなかった日の出でも拝もうかと思ったら、あいにく空は曇っていて

見えない。では、めずらしく早起きしたから朝の音楽モーツァルトでも

聴こうとCDを取ってケースを開けたらCDが入ってないじゃないか。

ショック。バックハウスのモーツァルトのピアノ・コンチェルト27番。気

に入ってるヤツじゃなかったっけ。こういうのの犯人はたいてい息子

で、自分のCDを聴くのに私のCDをはずして、適当にその辺にあった

CDのケースに入れてしまう。無い無いと思ってたら別のCDの中に2

枚重なってあった、なんてことがよくあるのだ。まったく ・・・。

時間が早いのをいいことに探すことになってしまったが、全部ではな

いけれど1枚1枚開けてみたものの、結局みつからない。ついでに出

てくるだろうと思っていた、冬になると何故か聴きたくなる(サビ部分

を日本語で歌っている『手をとりあって』が入った)クイーンのベスト

盤も出てこない。なにゆえ? 

ただ、そんなことをして久しぶりにCDを1枚1枚確認したら、最近あ

まり聴いていない良いCDを見つけたりして。ついでにあまり聴いて

いないCDも何枚かピックアップした。おととしのクリスマスには『クリ

スマスなので』ということで、たまたま完売していた清水翠のCDのコ

ピーを希望者にプレゼントしたりして、去年も何か考えたかったけれ

ど多忙につき気持ちの余裕がなくてできなかった。私は聴かないCD

をただ飾っておく趣味はないし、もうすぐ自分の誕生日も近いので新

しい気を呼ぶためにも少しでも身軽になっておこうと思う。

・・・というわけで、上にあげた8枚のCDを、欲しい方にさしあげます。

あくまで『私が聴かないCDでも聴きたい人がいるかもしれないから』

という思いつきの意図に過ぎないので、「ならもらおう」くらいのライト

な感覚でお願いしたい。上の8枚はA,mazon にもともと在庫がなくて

出品できなかったか、出しても売れなかったものがほとんどです。

なので、お気楽に。

以下、説明文を見て欲しいCDがあった方は、『CDおくれ!』という件

名で、希望の番号とアルバムタイトルをコピー&ペーストして、名前・

宛先等を書いて右下の『メール送信』から私にメールしてください。

希望は単純に先着順とします。配送は補償無しのメール便にて、な

るべく今月中に発送します。その際、丁寧なお手紙は書けませんの

で悪しからず、よろしく。なお、この記事を頭に置いたまま記事を更

新するやり方がわからないので、週末まで更新なしでいきます。

終了しだい、ここにその旨載せます。それでは、よろしく!

* 本日(25日)、全て終了しました。ご参加どうもありがとう。

   CDは追って送ります。

****************************************************

Sakamoto_ryuichi_1

①坂本龍一のエレファンティスム  →  C.L さんに。

9.11があった2001年の年の暮れ、私は子ども連れでアフリカに行った。こん

なテロがあった年に、とか、病気のことを心配する人もいたけれど、「これは神に

守られしツアーだから何も問ない。何も心配してない」とマラリアの注射も受け

ずに行ってしまった。実に私の性格。これは.11にはもちろんのこと、音楽が

政治的に利用されるのにショックを受けてしばらく音楽できなくなってしまった

坂本龍一がアフリカに行って見出した再生の物語。マサイの歌も入っている。

Till_bronner_1

②ティル・ブレナーのLOVE → blespa さんに。

友人の友人のアメリカ人のDJからもらったサンプル盤。ドイツ人のトランペッター

によるジャズのスタンダード。スイングジャーナル選定ゴールドディスク。チェット

・ベイカーが好きな人ならきっと好きそうな霧にもやったような雰囲気のある音色。

Talk_to_her

③『トーク・トゥー・ハー』オリジナル・サウンドトラック → hanta さんに。

メランコリックな美女のアップが印象的なこのCDは同タイトルの映画のサントラ。

3曲目にカエターノ・ヴェローソの『ククルクク・パロマ』が入っているので買ったん

だと思うけど、数回通して聴いただけのほぼ新品。クラシカルな雰囲気のアルバ

ムです。

Robin_zander

④ロビン・ザンダーのソロアルバム → H.I さんに。

高校生のときにチープ・トリックが好きだった私。(笑っちゃいけない。)武道館の来

日公演では次の日声が枯れるほど「ロビーン!」と叫び続けたのも遠い昔のこ

と。これはF1グランプリのラストに流れる曲が入ってるものと思って買ったら入っ

かったという、マヌケな買い物。

今日(17日)、T.I さんから面白い話を聞いた。以下、彼女のメール。

その昔、従兄弟が楽器屋さんでアルバイトをしている時に、大阪公演中のロビン・

ザンダーが1人でふらっとやって来たそうな。それでなんだかギターの話で花が

き(従兄弟のつたない英語でも花は咲くのか?)、「今からランチに行くんだ」っ

て言ったら、「一緒に行きたい!」とロビンが言い、なんと一緒にラーメン(!)を食

べたという話があります。その話を聞いた時、私は従兄弟をぶっ飛ばしてやりま

た。なんで私のためにサインをお願いするくらいのことができんのか!と。

まじ? というくらいすごい話。私でもその従兄弟をぶっ飛ばしてただろうな(^-^) 

Elvis_costello

⑤エルヴィス・コステロの『When I was cruel』 → カルロスさんに

ラストにあの素晴らしい『smile』が入っています。泣きそうなときに。

Don_henley

⑥ドン・ヘンリーの『インサイド・ジョブ』 → 凛さんに。

ハイティーンの頃にイーグルスが好きだった私。デスペラードなんていま聴いても

泣けますね。これはそのイーグルスのヴォーカル、ドン・ヘンリーのソロアルバ

ム。J-Waveから流れてきて心をぐっと掴まれた曲が入っていると思って買った

ら、これじゃなかったというミスチョイス。これもほぼ新品同様。

Katteni_shiyagare_001

⑦勝手にしやがれの『ヴェルガモット・フラワーズ』 → T.Wさんに。

美しいアートワークスにも惹かれて買ったこのCDは、勝手にしやがれ+エゴラッ

ピンのコラボレートによる3曲入りのマキシ・シングル。確かにカッコイイけど私は

エゴラッピンだけでいい。

Benjamim

⑧ベンジャミン・タウブキンの『大地と空間』 → C.L さんに。

パット・メセニーも注目しているというオルケストラ・ポムジール・ジ・カマラのメン

バー、ベンジャミン・タウブキンの97年にリリースされた初ソロアルバム。タウブ

キンのリリカルで瑞々しいピアノが聴ける、ブラジル・インスト系音楽です。

パット・メセニーや坂本龍一が好きな人なら好きかも。初夏に窓を開け放って聴

くとすごく心地良い。このCDはレアで情報が少ないのでこれに限り、リスト

と本人による曲の紹介を。(ポップアップすると大きく見られます。)

Benjamim_002_1

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2007年1月14日 (日)

椿

Tsubaki_01

今日も快晴。

なんてきれいな絞りの椿!

****************************************************

本日(15日)、ニューエントリできなかったのでここに追記します。

明日16日の午後3時からあさって17日の午後3時までの24時間、

ココログがメンテナンスをするそうで、コメントが書けなくなります。

いつも何度もトライさせてしまってお手数をかけてしまうようなので、

ここにお知らせしました。どうかよろしく!

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2007年1月12日 (金)

母の恋文 / 谷川俊太郎

Haha_no_koibumi_1

のちに高名な哲学者として世に知られることになる詩人・谷川俊太郎

の父、谷川徹三は、学生時代に(俊太郎の母)多喜子と出会う。

谷川徹三は京都帝大哲学科の見目麗しき京大生。お相手の多喜子

は裕福な家庭に生まれ何不自由なく育った女学校に通うお嬢さん。

時は大正。自由な時代の風が吹き、浪漫が息づいていた時代。

ふたりが初めて会ったのは、大正10年6月3日のある音楽界の夜。

京大の学友・林達夫から紹介された多喜子は、林の妹の友人だった

という、まるで夏目漱石の小説『それから』を髣髴とさせるような出会

い。それから間もなく、ふたりは急速に恋に落ちる。

この『母の恋文』は、ふたりが出逢った大正10年6月から12年7月

までにかわされた537通もの手紙から編集された書簡集である。

父母の死後、残された遺品を整理していて押入れの奥から出てきた

ダンボールのなかに大量の手紙を発見した谷川俊太郎は、あとがき

でこんな風に書いている。『手紙をざっと読んでみると、息子の目から

見てもこれがなかなか面白い。ふたりの感情の移り変わりはもちろ

んのこと、当時の京都に住む二十代のインテリたちが、何を考え、何

に悩み、どんな暮らしをし、どんな映画や展覧会を見、どんな音楽会

や芝居に行っていたかというようなことがよくわかる』。その言葉の通

り註が打たれた余白には、当時を偲ばせる文化や芸術、また当時彼

らがつきあっていた人間関係のなかには有島武郎や志賀直哉といっ

た著名な文人に代表される多彩な名前も見てとれる。本の表紙と中

に載せられた写真を一見しても、徹三は当時の京大生のなかでも群

をぬいた美男子であったろうと思うし、多喜子が徹三に一目惚れであ

ったことは容易に推察できるけれど、一方つきあうようになる以前か

ら学友の間でも噂があったという多喜子に徹三が惹かれたのは、そ

の容貌からというよりは、自由な気風の家庭で育った男勝りで才気

煥発な気質や、直裁で屈託無い物言いのほうではなかったかと思わ

れる。大正の頃はまだ女子が小学校の高学年まで行かせてもらえる

ほうが僅かだったという時代だから、当時女学校に行けるというのが

いかに財と才がなければ無理だったかということだが、時折り英語混

じり、それどころかドイツ語やフランス語混じり、そして自作の詩まで

挟まれて書かれたふたりの手紙は、現代から見ると少々キザで、と

てもロマンティックなものだ。そしてその手紙を読むと、『生来快活』で

『性格に男性的一面』があり、『女性的センチメンタリズムから脱却』

していると徹三が後に半ば責めるように言う多喜子の性格は私自身

にも少々かぶるところがあり身につまされたが、それにしても多喜子

の手紙は面白い。

ちなみに冒頭のふたりの手紙からごく一部を抜粋するとこんな風だ。

『しかし昨日はほんたうに愉快な半日でした。はじめての御家で、あ

んなにくつろげたのは、私にとって稀有なことです。私はちっとも窮屈

な感じがしませんでした。それだけ、知らずに失礼をしてるかも知れ

ません。いゝ気になってよそのお家で、しかも ladies の前で肌を脱ぐ

なんてのは実際礼節を知らぬ行為ですね。』(徹三)

『一昨日お出でくだすって有りがたうございました。あなた方にはつま

らないとお思ひになる事でも私には案外うれしかったり面白かったり

するのです。<中略>今日父の用事で浜寺へ参りました。一寸海を

見ましたがあゝざらに人間がゐては、いやになります。殊に丸髷に結

ったりしたデブデブした女が泳いだりしてゐるんですもの。こいつは助

からねえと思ひました。』(多喜子)

多喜子さん、江戸前べらんめえのあなたはいったい本当に京都人な

のかと言いたくなる。ふたりの手紙はこんな風にして学生同士の友

人然として始まり、しだいに恋の熱を帯びて切なく苦しいものになっ

ていく。本物の書簡集というのは作り物でないだけリアルで、まるで

自分に語りかけられているような、同時に他人の手紙を盗み読みし

ているような、独特の愉しみがある。しかしよくも書いたり。約2年の

間に537通とは。思うに十代後半から二十代前半というのは(自分

のその頃を顧みても)最も手紙を書く年頃ではないだろうか。いま会

って駅で別れてきた人に、家に着くなりまた手紙を書くとか、私もよく

していたなあ・・・。この家のどこかにもあるはずだ。ふたりほどでは

ないにしろ、リボンのかかった分厚い手紙の束が。それは大量の写

真とともに、この12年開けてみることのなかった、今となっては私に

はパンドラの壷のようなものだけれど。

そしてこの本には、その二十代の頃から三十年経った後に多喜子か

ら徹三に宛てて書かれた一通の手紙が添付してある。それには大恋

愛の末に結婚して一児をもうけたふたりが、結婚、出産という人生の

節目と環境の変化を経てしだいに心が離れ、いまでは徹三に愛人が

いることなどへの苦悩が綴られている。三十年たった今でも私はあな

たが恋しい、と書き、繰り返し『うそだけはつかないでください』と訴え

る多喜子の手紙には、かつて理知的すぎて他人に対するシンパシィ

に欠けるとまで徹三に言われた男性的な快活さはなく、いじらしくも

痛々しいばかりだ。けれど、これを読んだ当時は谷川俊太郎の詩の

印象もあって結婚の残酷さばかりを感じた私だが、今回この手紙を

読み直してそうではないことがわかった。多喜子という人は自分の心

に正直で嘘がつけない、そして偽りの人生に蓋をして生きてゆけない

性質のゆえにこの手紙を書き、そして救われた。この手紙の後すぐに

徹三から愛人がいなくなったわけではないようだけれど、ふたりは和

解し、晩年はしあわせに暮らしたようだ。巻末近くに晩年のふたりが

寄り添うモノクロームの写真が載っているが、とても良い写真であ

る。これもひとつの純愛の形だろうと思う。

そして両親の血、多分に母親の血を色濃く受け継いだ谷川俊太郎も

また、三度目の結婚にして、五十代も後半にして純愛にたどり着い

た稀有な詩人ではないかと私は思う。

****************************************************

これを書くのに私はひどく苦労して必要以上に時間がかかってしまっ

たので、この週末はブログの更新はやめてスイミング以外、仕事に

専念することにします。いつもながら、長々とした私の文章におつき

あいくださいまして、感謝いたします。

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2007年1月11日 (木)

ふたつのロンド

Inokashira_05

六十年生きてきた間にずいぶんピアノを聴いた

古風な折りたたみ式の燭台のついた母のピアノが最初だった

浴衣を着て夏の夜 母はモーツァルトを弾いた

ケッヘル四八五番ロンド二長調

子どもが笑いながら自分の影法師を追っかけているような旋律

ぼくの幸せの原型


だが幼いぼくは知らなかった

その束の間が永遠に近づけば近づくほど

かえって不死からは遠ざかるということを


音楽がもたらす幸せにはいつもある寂しさがひそんでいる

帰ることのできぬ過去と

行き着くことのできぬ未来によって作り出された現在の幻が

まるでブラック・ホールのように

人の欲望や悔恨そして愛する苦しみまでも吸い込んでしまう

それは確かにひとつの慰めだが

誰もそこにとどまることはできない


半世紀以上昔のあの夏の夜

父がもう母に不実だったことを幼いぼくは知らなかった

    *

五分前に言ったことを忘れて同じことを何度でも繰り返す

それがすべての始まりだった


何十個も鍋を焦がしながらまだ台所をうろうろし

到来もののクッキーの缶を抱えて納戸の隅に鼠のように隠れ

呑んべだった母は盗み酒の果てにオーデコロンまで飲んだ

時折り思い出したように薄汚れたガウン姿でピアノの前に座り

猥褻なアルペジオの夕立を降らせた

あれもまた音楽だったのか


その後口もきけずに物も食べられず管につながれて

病院のベッドに横たわるだけになった母を父は毎日欠かさず見舞った

「帰ろうとすると悲しそうな顔をするんだ」

CTスキャンでは脳は萎縮して三歳児に等しいということだった

四年七ヶ月病院にいて母は死んだ


病室の母を撮ったビデオを久しぶりに見ると

繰り返されるズームの度に母の寝顔は明るくなりまた暗くなり

ぼくにはどんな表情も見分けることが出来ない

うしろでモーツァルトのロンドイ短調ケッヘル五一一番が鳴っている

まるで人間ではない誰かが気まぐれに弾いているかのようだ


うつろいやすい人間の感情を超えて

それが何かを告げようとしているのは確かだが

その何かはいつまでも隠されたままだろう

ぼくらの死のむこうに


(谷川俊太郎/詩集『モーツァルトを聴く人』より『ふたつのロンド』)

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モーツァルトを聴く人/谷川俊太郎

Tanikawa_shuntaro_2_1   

つい先日のこのブログでのコメントのやりとりから、私はこのところ時

折りモーツァルトを聴いている。そんな風にしてブログのなかの会話

がきっかけで何かを考えたり、インスピレーションをもらったりするの

は私にとってはとても嬉しいことでもあり、ありがたく思う。そして久し

ぶりに、このCD付きの谷川俊太郎の詩集に思いが及んだ。

この詩集について何か書く前に、CDのライナーノーツから『とらえ難

い一瞬』と題された谷川俊太郎の文章を抜粋して引用しようと思う。

少し長くなるかもしれないけれど以下、抜粋。

Tanikawa_shuntaro_001

このCDには、詩集にある作品を書く原動力を私に恵んでくれた音楽

のいくつかを、自作朗読とともに収めてあります。それらの多くはひと

つの曲というより、曲からの抜粋です。作曲家には申し訳ないのです

が、私はある曲を通して聴くということがめったになく、そのなかの一

楽章、あるいはひとつの旋律を繰り返し聴くことが多いのです。私に

とって音楽とは、とらえ難い一瞬に立ち現れるなにものかで、それは

作曲家の意図した曲の構成や主題とは、ほとんど関係がありませ

ん。そのような聴き方が邪道であることは承知していますが、その一

瞬にこそ音楽の他と比べようのない、恐ろしい力がひそんでいること

を私は疑いません。モーツァルトの作品が多いのは、モーツァルトを

好んで聴くことが理由であるとともに、彼のうちに私が音楽のもっとも

深い魔力を感じ続けているからです。<中略>人間は言葉を持つこ

とで人間になったのですが、音楽は言葉以前のどこともいつとも知れ

ないところへ私たちをいざないます。言葉を持ってしまった人間は、そ

こで生き続けることは出来ないのですが、ある短い時間そこにとどま

り、そこから生きる力を得ることは可能です。そのようにして音楽に救

われた経験を私は幾度ももっています。

****************************************************

ここで書いているように、谷川俊太郎は『音楽に救われた経験を幾度

ももっている』と言い、また詩集のあとがきでは、『音楽は昔から私に

とってはなくてはならぬものだった。今も私は時に音楽に縋らずには

生きていけないと思うことがある』、と書いている。この詩集を読み、

CDを聴いていた当時(ほぼ12年前)は、私自身が音楽に縋って生

きているような状態だったから、詩人のこのあからさまな心情吐露は

なかなかにショックなものだった。

まだ日本に浪漫が息づいていた頃、日本の若きインテリ同士の恋愛

結婚によって生まれた谷川俊太郎は、高名な哲学者の父と、ピアノ

が上手だった母の間に生まれ、さぞかし子供の頃からクラシック音楽

に親しんだのだろう。そんな詩人が昔から好んで繰り返し聴いたモー

ツアルトの曲の断片はどれも素晴らしく、間に詩の朗読を挟んで流さ

れる音楽は断片でありながらひとつながりのニュアンスを持ち、詩人

がもっとも惹かれるモーツァルトの美点をよく抽出しているように思う。

それに私は実を言うと詩の朗読というものが大嫌いなのだけれど、こ

のCDに限っては詩の内容の酷薄さと、必要以上に感情移入するこ

とのない淡々とした朗読とによって、居心地の悪さを感じない。それ

どころか、詩と音楽が見事にマッチして、聴いていると非常に心が落

ち着き、意識がクリアーになってゆくのを感じるほどだ。これを聴いて

いた頃、私は古い一軒家に住んでいて、それは掃除をしてもちっとも

変わり映えがしないひどくオンボロな借家で、ときどき私は気分転換

にキッチンのペンキを塗り替えた。塗る範囲が多いから時間がかか

り、その間退屈しのぎにリピートしてこのCDを聴いていた。良く晴れ

た天気のいい朝、窓を全開にして聴くモーツアルトはとても気持ちよ

く、しだいに心がクリアーになってゆくのを感じながら、黙々と作業を

した。終いには曲を覚えてハミングできるくらい、詩の暗唱ができる

くらい聴いた。だから私にとっては当時の思い出と直結する詩集であ

り、CDでもある。

これからモーツアルトを聴いてみようと思う方への入門として、また

詩を読む入門としてもお勧めできる。(曲目リストは下記ご参照の

こと。ポップアップすると大きく見られます。)

Tanikawa_shuntaro_002_5      

そして次への伏線としてこの詩集のなかから1篇を載せた。

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2007年1月10日 (水)

夕空

Yuzora_02

昨日今日、素晴らしく快晴だった。

雲ひとつ無く、空に向けてカメラのシャッターを切ったらただの青い

折り紙ができるくらい、空はただ青かった。

いま、徐々に夕暮れ。

今日の日中の最高気温12度。3月上旬の陽気。

わずかながら日が伸びているようだ。

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2007年1月 8日 (月)

酒器が好き

Kuwahara_tetsuo_01_1

昔からお酒も飲めないのに酒器が好きだ。

仕事柄(かつて器屋で働いていたので)ずいぶん良いものもたくさん

見てきたけれど、酒器というのはほかの雑器(皿や丼といった日常の

器)と違って格上で、ほんの小さな杯でもとても高価だったりする。絵

が大きくても小さくても、そこにかかる力は同じというのと一緒で、小

さくてもちゃんと世界観を持っている。なかには心底欲しいものもあっ

たけれど、さすがに使わない器に高いお金を出す余裕は私にはなく、

買うようなことはしてこなかった。上は、粉引きと焼き締めを得意とす

る若手人気作家、桑原哲夫作による冷酒用の片口酒器。清潔感の

ある粉引きの白が新年にふさわしいと思い、数年前のお正月用に買

い求めたもの。こちらは酒器といってもだいぶカジュアルで安価。

こんな杯が2つ付いて。

Kuwahara_tetsuo_02

ひっくり返すと、高台はこんな風。向きが悪かったけど、高台にはK

の印が。釉をかけたときの指の跡も残っている。

Kuwahara_tetsuo_03

この人の粉引きは繊細で気品があって女性ファンが多く、とても素敵

なのだけれど、惜しいかな、粉引きの釉薬部分がチップしやすい。

Kuwahara_tetsuo_1

そしてこれは遡ること10年以上も前に買った絵師、津守順さんの

杯。たまたま百貨店にプロモーションに来ていた順さんの奥さんと仲

良くなって記念に買ったもので、当時は私も陶芸の世界は素人でよく

わからなかったけれど、いまこの杯を見ると「陶芸はまだ始めたばか

りなのであまり上手くないの」と言った奥さんの言葉がよくわかる。

杯としてはかなり厚手で無骨な感じ。大きさもみんな違ってた。揃い

の徳利を買わなかったのも、あまりに重くて無骨だったからだと思う。

でも絵師だけあって絵は素敵。この杯を買ったときに、私は順さんの

手描きの絵葉書をいただいた。和紙に墨で描いた幽玄な蓮の花。

Tsumori_jun

そして昨日アップした、燗をつけるために去年の暮れに新たに買った

のがこの酒器。土ものも味があっていいけれど、徳利は中まで洗え

ないし、土ものは完全に乾かしてしまわないと見えないところに黴が

生えたりして扱いが面倒なので、扱いの簡単なボンチャイナにした。

ヤフーのオークションで3千円以下で買おうと決めて探したら、2千円

ちょいで見つかりました。有田焼、曲水窯。柿右衛門様式の徳利2つ

とお猪口が5個ついた酒器セット。定価ではありえない価格です。

ヤフーのオークションサイトには備前まであって、窯元直で若手作家

の器を安い価格で出していたり、個人出品で到来物の良いものが安

く出ていたりするので、暇なときは眺めているだけでも楽しめます。

Kyokusyui_gama_1

そしてこれは酒器ではないけれど、昨日いぶりがっこを載せていた

小ぶりの長皿。なんとこれは『陶の森』で四方皿を5枚セットで買っ

たときにオマケでもらったもので、四方皿と同じく岡部耕太郎作。

長さ19センチと小さいながらも立派な作家物で、これをもらったとき

にはこんなものをオマケにしてよいのかと驚いた。すごく嬉しかった。

粉引きの中でもかなり好きな粉引きで、酒の肴を載せるのにちょうど

よく絵になって、大のお気に入り。ちぎったような端が野趣たっぷりの

男の器。表は端正な櫛目、裏は三点足付き。

Kushimezara_4    

Kushimezara_01

最後はこの長皿にちょっと似た箸置き。これは誰の作か忘れた。

微かに緑の釉がかかっていて、これも裏は三点足付き。

Hashioki

たかだかたったこれだけのことでも、かように器の世界は奥が深く、

楽しい。でも最近、できるだけ節約、できるだけ物を買わないように

している私は、個展の案内が来ても滅多に行かないようにしている。

ただ眺めるだけ、と決めて行っても、好きな作家の個展なら、何も買

わずに帰って来るのが難しいから。まさに私には目の毒!

****************************************************

追記:長くなったついでと言ってはなんだけど、大したものを買ったわ

けでもないのにもう何年も年賀状をくださる律儀な備前作家、江間廣

さんのホームページをご案内。作品だけじゃなく、窯の様子や土のこ

となどもわかって楽しい。酒器はやっぱり酒飲みが作るのが一番! 

よく見ると備前といっても手頃な価格のものも見つかります。

                   →   江間 廣 トップページ

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2007年1月 7日 (日)

いぶりがっことカマンベール(そして熱燗)

Iburigakko_03

去年の暮れに、高校時代の友人から秋田名産のいぶりがっこと塩が

送られてきました。いぶりがっこは彼女に連れて行ってもらった豪徳

寺駅前のおでん屋さんで初めて食べて、私が「おいしい!」と言った

から。塩も塩好きの私にはありがたいものです。

Iburigakko_02

いぶりがっこはいぶしたタクアンのことなんだけれど、ちょうどスモー

クチーズやスモークハムのような香ばしい香りがします。バラ好きな

ら皆さんお使いの木酢液みたいな匂い。秋田出身のおでん屋さん

では焼きおにぎりをオーダーしたら2切れお皿に載ってきて、初め

て食べたらなんとも滋味あふれる味わい深い味でした。そこでメニ

ューにあった『いぶりがっことカマンベール』に大いに惹かれた私。

薄く切ったいぶりがっこにカマンベールをサンドして食べる、という

のを友人から聞いて、やってみました。

Iburigakko_01_1

お味は、いぶりがっこのスモークの香りと適度な塩気、それに濃厚な

カマンベールの味が絶妙に絡み合って、癖になる味。なかなかです。

で、これにはぜったい熱燗のお酒が似合うだろうということで、これま

た友人に連れて行ってもらったお寿司屋で飲んだらとてもおいしかっ

た山形のお酒『枯山水』を手に入れて、熱燗とともにいただきました。

Karesansui_1 

この枯山水、山形の出羽桜酒造が造ったお酒で、この造り酒屋の代

表的な銘酒『出羽桜』を低温で3年熟成させたもの。燗をするとおいし

いお酒として、酒好きには知る人ぞ知るお酒らしく、なかなか手に入

りにくいお酒なのだそうだけれど、いまは便利な世の中、インターネッ

トで探したらすぐにみつかって手に入れることができました。ひと口、

口に含むと香り高く、どこまでもまろやかな口当たり、仄かな甘み。

お酒が飲めない私でも、思わず「美味しい!」と思ってしまう味です。

燗つきのお酒には思い出があって、私の母方の祖父母の家で、母以

下5人の弟たちとそのお嫁さんと私を含むこどもたち(孫)で賑やかに

過ごしたお正月のことなど思い出します。叔父達が真冬でもビールを

飲むなか、祖父はひとり離れた席でお盆に載った徳利とお猪口、小

さな皿に載った酒の肴を前にお燗をしたお酒を飲んでいて、なんだか

それは一家の主である祖父の特別な待遇であるように思えました。

父方の叔母の家でも、酒飲みの叔父のためにかいがいしく台所で燗

をつける女たちがいて、カタコトいう手鍋の前で、「もう、いいかしら」

「アチッ!」なんて指で耳たぶをつまむ、いまではドラマの中でさえ見

られなくなった光景が、普通に目にできたその頃。おかわりをせかす

叔父に向かって、「そんなに早く飲まれたらお燗が間に合いません

よ。まだ、あったまってないわよ」なんて言う叔母の声も。叔父も祖父

母ももうとうに亡くなってしまったし、いまではもう見られなくなった懐

かしい光景です。

北風ぴゅうぴゅう吹く寒い冬の夜はやっぱりおでんでしょう、ということ

で、今夜の我が家の夕飯はおでんだったのだけれど、「お燗したお酒

飲む?」と聞いたら「飲まない」とぶっきらぼうに言う息子と対照的に

「うん」と即答するつきあいのいい娘(14歳)とともに、いぶりがっこと

カマンベール&おでんに熱燗を楽しんだ今宵でした。

Iburigakko

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冬のミニバラ

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朝方まで続いた雨がやんで、今日は素晴らしく晴れた。

きれいなブルースカイ。

今日は風が強くて、いまも風は轟々たる音を立てて吹き荒れている

けれど。ガラス1枚隔てた静かな部屋の中で、私はモーツァルトを聴

いている。たぶん明日アップするテキストのために。

指揮者のブルーノ・ワルターはモーツァルトを演奏する際、オーケスト

ラのメンバーを前にして、「泣き伏したくなるほど、明るく、明るくなけ

ればならない」と言ったというけれど、悲しくなるほど晴れ渡った今日

みたいな青空には、モーツァルトはぴったりだと思う。

私の冬ざれのベランダは先日お見せしたとおりだけれど、まだミニバ

ラたちはきれいに咲いていて、全てのツボミが咲き終わるまではと、

このところ日中の暖かい間だけ鉢を外に出して、夜には部屋の中に

しまうことにしている。

それでは、しばし冬の陽にとけてゆくようなミニバラたちの表情を。

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気温によってバラの花色は様々に変化する。

このバラは本来の白に紫の覆輪ではなく、オレンジをぎゅっと絞った

ようなアプリコットが中心に入った。

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Fuyunominibara

なぜか純白のはずのぐるぐる・巻き巻きのモンテローザも、ずっとこの

濃いピンクのまま ・・・

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2007年1月 6日 (土)

Finger/EGO-WRAPPIN

Raindrops

奏でる雨 さしのばした大きな傘がひとつ

うちとけてく この音とともに

近づけば行く ありったけの愛を抱えた月

思いは徨く この雨とともに


Let tears slip through your 2 fingers tonight

          your 2 fingers tonight

Then why I can loving all yourself with pride

         香りに包まれた言葉 嗅いでみる

Let tears slip through your left fingers tonight

          your left fingers tonight

Then why I can loving all yourself with pride

         For today it's Good-bye

         むせかえることもなく眠る

It's Good-bye   No Hello   It's Good-bye

   There no words     Good-bye

                  Good-bye

                   Good-bye


( Music / Masaki Mori / Lyrics / Yoshie Nakano )

****************************************************

暮れからずっと晴れていた東京に、今日は久しぶりに雨が降った。

時計のアラーム音で目覚めて厭うことなく雨のなか出かけてゆく。

久しぶりに吐く息が白くなるのを冬らしいことのように好ましくさえ思

って。品川 DEAN & DELUCA 。いま大阪から東京に着いたばかりの

Aと。それからホテルにいったん荷物を置いてやって来たアメリカ人

のHさんと。彼の作ったマインドマップの説明を受ける。私たちのプロ

ジェクトは短時間に、まるで有機的な生きものみたいに常に進化し続

けているらしいのを知る。彼は言う。「わずか数年前まで最高の情報

を扱っていたのはエンサイクロペディアだった。けれどいまはウィキペ

ディアに取って変わった。その理由は」

「アマチュアが自由に書けるから」

「そう! アマチュアの語源は”愛する人”という意味のラテン語アマ

ートル。つまり、限られた専門家の知識より、ある事柄について好き

な何万人の素人の知識のほうが上をゆくということなんだ。ただ素人

は間違ったいい加減なことも書くから」

「そこにはチョイスが必要ね」

そんな会話をした。約2時間余り。私の頭はなんとか働いてるみたい

だ。欧米人と日本人は脳の構造からして違う。音の聴こえ方も違う。

それは使う言語が違うから。ってな話をする。この手の脳の話は大好

き。「だからイディッシュをずっと使っている人の顔はだんだんユダヤ

人ぽくなってくるし、日本語をずっと使っている外国人の顔は外人ぽく

なくなってくるんだよ」とAが言って、Hさんが「ワタシ、ワタシ」と自分

を指さす。Hさんは私がいなければ英語で喋るんだろうけど。

ミーティングの後、分刻みで動いている彼らと別れて野暮用も兼ねて

新宿に出る。野暮用をすませて1人で遅いお昼を食べていたら、友人

のMから「私、軽井沢にいます」とメールが来た。軽井沢は朝から降

った雪がどっかり積もっているそうだ。真っ白な雪のなかを犬ころみた

いに走り回る、彼女の2人のこどもの姿が目に浮かんだ。しあわせな

新年の幕開け。

家に帰ったら久しぶりに集中したせいか、珈琲を飲んでいる間に眠っ

てしまった。いまとなっては判別もつかない夢をいくつも見て、朦朧と

する意識の中で玄関チャイムが鳴ったのを聴いたと思ったら、息子に

起こされた。「M子さんが来たよ。」Mちゃんが軽井沢のお土産を持っ

て来たんだ。Mは寝起きの私の顔を見て「だいじょうぶ?」なんて言っ

てたけれど、私は最近どこで寝てしまっても風邪もひかないの。

Mが帰った後、雨はやんでいたけど歩いて買い物に行って、帰って

来たらここ数日聴いていなかった音楽が聴きたくなった。思い立って

エゴラッピンをかけたら、なんて今日の天気にぴったりなんだろう。

乾いた心に染み込んでゆくようなヴォーカル。満たされてゆく何か。

日本はウェットな国だ。風土もメンタリティーも。音の聴こえ方も。乾い

てなくてしっとりしてる。それは悪くない。私の好きなユーハイムのブ

ランデー・ケーキみたいに。

本日も個人的な記録として。

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2007年1月 4日 (木)

旧岩崎邸を観る

Kyuiwasakiteien

湯島天神に行ったついでに、そこからほど近くにある旧岩崎邸を訪ね

ることにした。前から一度見たいと思っていたのだ。

旧岩崎邸庭園洋館は、三菱財閥三代目社長、岩崎久彌がその本邸

として建てたもので、鹿鳴館やニコライ堂なども手がけた英国人建築

家、ジョサイア・コンドルの設計により明治29年に建てられた瀟洒な

建物。ジャコビアン様式を基調とした2階建て、地下室付きの木造邸

宅で、主に賓客を迎えるゲストハウスとして使用されていたという。

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上は洋館北側の外観で、シュロの木が植民地風というか異国情緒を

醸し出している。下は邸の中から見たエントランス。

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浪漫を感じさせる窓。モーツァルトが聴こえてきたら似合いそうな。

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天井の高い内部。

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細部にまで意匠の凝らされた扉の硝子。東京都庭園美術館と同じよ

うに、ところどころラリックの硝子なども見られた。

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いたるところに付けられたアンティークのランプシェード。

1階から2階に上がる木の階段が、まさしく昔の洋画の中に出てくる

階段のようで素晴らしかったのだけれど、うまく撮れなかった。

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2階に上がると白い列柱の立ち並ぶ日当たりの良いベランダがあっ

て、思わずこれだけ広いベランダがあればいくらでもバラ鉢が置ける

だろうな、などと考える馬鹿な私である。下は広大な芝生の庭なのだ

から、ベランダにバラを置くくらいだったら庭をローズガーデンにする

だろう。

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このベランダを外から見たところ。南側外観。

Kyuiwasakitei_11

ここはサンルーム。ここで飲む珈琲(ティーかな)は格別だろうな。

雨の日は雨の日で。

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1階と2階の各部屋にはそれぞれ異なる暖炉が付いていて、実際に

使われていたようだ。暖炉の火が燃える部屋の中はさぞかし暖かか

ったろうし、灯りがともった邸の外観はまた素敵だったろうと思う。

2階には水洗トイレとシャワー付きのバスルームまであり、洗面器な

どはロイヤル・ドルトン製であった。明治時代に建てられたとは思えぬ

近代的で贅沢なつくり。さすが三菱財閥。しかし、明治の成り上がり

者と言われた三菱財閥の創始者、岩崎弥太郎が、もとは土佐藩の

最下級武士であり、どうやってここまでの財を成したのかを知るのは

更に面白いかもしれない。そこには歴史のドラマがある。

 興味のある方は → 旧岩崎邸とその辺り

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敷地内には他に和館と呼ばれる日本家屋と、スイスの山小屋風の

撞球(ビリヤード)室があったけれど、洋館にくらべて特別面白くな

かったので割愛した。他に見所としてはエンボスのかかった細かな

テキスタイルの美しい『金唐紙』などがあった。構造的には洋館から

入って和館が出口になっていて、出る手前の広間に飾られていたお

屠蘇の器の下がその『金唐紙』の貼られた台。

初春を寿ぐ大変におめでたい生け花だというのでパチリ。

Kyuiwasakitei_10

ここを出て、中央線快速に乗って御茶ノ水から飯田橋、四谷を抜ける

窓外の景色を見ながら、あらためて東京って面白い街だなと思った。

なんたって東京は広い! 東京生まれの東京育ちで、東京しか知ら

ない私だって、まだまだ行ったことのないところがいっぱいあるのだ。

わざわざ遠くまで旅行に行かなくたって、東京にもまだ見るべきとこ

ろはいろいろあるかも知れぬ。今はなかなかそんな暇もないけれど、

いつか歳をとってもっと時間がたっぷりできたら、東京散歩に興じる

のも悪くないかもしれない。東京人がする、東京ショート・トリップ。

東京お散歩倶楽部でも発足しますか。参加する人、手をあげて!

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湯島天神にゆく

Yushimatenjin_2   

お正月最後の今日4日も穏やかに晴れた。

今年のお正月はお天気の点から見ても、とても良いお正月だったん

じゃないかと思う。今日は子ども2人を連れて湯島天神に行った。

なにゆえ今年は受験生を抱えている我が家。上の子のときもそうだっ

たけれど、今年の下の子も都立一校しか受験しないので、失敗はで

きない。それって自分が私立校3校に願書を出していたことを考えて

も、けっこうキツイだろうなと思う。この際、他力本願でも神頼みでも

かまうものか。通称、湯島天神、湯島天満宮は強力な学問の神様、

原道真公を祀った神社。今日ももう4日だというのに、合格祈願を

する人でいっぱいでした。なんとかお参りを終えて、お守りを買おうか

と言ったら娘、去年の修学旅行で北野天満宮で買ったからいらない

と言う。それなら絵馬でも買って奉納しようということで、売り場を見る

と、長~い行列が。

Yushimatenjin_03

並んでいるのは受験生本人だったり親だったり祖父母だったり。

いつの時代も変わらぬ風景。そして、やっと買えた絵馬に願い事を書

娘。

Yushimatenjin_01

山のように奉納された絵馬。これだけの願いを叶える神様も大変ね。

Yushimatenjin_05

情念の詩人にして学問の神様、そして私たちが好きな菅公の東西の

パワーを借りて、あとは自力でなんとかしてねと思う母なのでした。

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2007年1月 3日 (水)

冬のバラ仕事

Fuyunobarashigoto

今日、私のベランダは一気に冬ざれの景色になった。

普通は1月と言えばもうバラはとっくに葉を落として休眠期に入ってい

るはずなのに、今年は例年にも増しての暖冬で、いっこうに葉は落ち

ないし、ツボミは上がってくる。このままいくと本当に休眠するのだろ

うかと思っていた。でもルイさんのところはもう石灰硫黄合剤を塗った

というし、去年大幅に株を増やしたことを考えて、このバラたちが一気

に芽吹き始めたときの混雑を想像すると、今時期にこの作業は欠か

せない。私のバラのバイブルによると、冬の間に石灰硫黄合剤を散

布することで、春に活躍する病虫害はもちろん、1年中続く病害や虫

害の防除に役立つ、とある。それに2月には1年で最も強い剪定をす

ることを考えれば、やはりいま休眠させることが必要と思われる。

・・・ というわけで今日はバラの木の葉を全部落とすことにした。ツボ

ミもぜんぶ切り落とす。そして、できあがったのが上の風景。

結局この作業に思った以上に時間がかかり、今日は他にイングリッ

シュローズの植え付けをしただけで、石灰硫黄合剤の散布まではで

きなかった。冬の日は短い。バラのお布団ともいえるような株元のマ

ルチングもとうに済んで、バラはすっかり真冬の準備。

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2007年1月 2日 (火)

初詣で

Hatsumoude

暮れのうちから、父にお正月はいつ家に来るんだと言われていた。

毎年実家には2日か3日に行く。今年は2日。

そして、お正月に実家に行くときには必ず駅を降りて坂を上るとすぐ

の『八幡神社』にお参りしてゆく。

私の仕事のパートナーは厳格な神道で、彼が仕事で東京に来るとき

には必ずと言っていいほど明治神宮に参拝するのが常となっていて

いつかつきあってお参りしたときに、正式な参拝の仕方を知った。

まずは参道から本堂に向かってお辞儀をし、手水舎(てみずや)で手

を洗うのだけれど、そのときのやり方は、まず柄杓を取り、お賽銭の

10円玉(お賽銭は基本的に10円でいいのだそう)に水をかけて洗い

それをいったんポケットにしまって今度は左手を洗い、柄杓を持ち替

えて右手を洗い、左の手のひらに水を溜めて口をすすぎ、左手をもう

一度洗う。それから柄杓を縦にして、残った水を柄杓の柄に滑らせて

流し、持ち手を清める、というもの。あとは神前でお賽銭箱にお賽銭

を入れた後(その際投げ入れてはいけない)二拝二拍手合掌一拝。

なかなか厳粛です。せっかく正式なやり方を教えてもらったので(口

まではすすがなかったかったけれど)子どもとそのとおりにやってみ

た。そして参拝の後、彼は必ずおみくじを引くので、それもそのまま

やってみた。私と息子は大吉。娘は小吉。

 『あつい寒いと嘆くも無駄よ、苦情いわずに、にこにこと』

 寒ければさむいと嘆き、暑ければあついとかこち、よいにつけ悪い

 につけ、苦情を言い、不平を言う。それは神様の御心にそむく無駄

 事である。暑さに耐え、寒さをしのぎ、これに順応し、これを克服す

 る方法を講じて、黙々と、にこにこと朗らかにやっていこう。

なるほど。

実家ではカニやら数の子やらこぶ巻やら、妹の作った伊達巻やら黒

豆を食べた。天気予報で午後から雨と言われていたのに降らず、穏

やかな暖かい日。単に個人的な記録として。

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2007年1月 1日 (月)

元旦のニューイヤー・コンサート

New_year_concert

お豆を煮ながらこれを書き始めています。

我が家はお正月でも特別なことはしない。うちの2人の子供はおせち

料理が好きじゃないから手間隙かけておせちを作るようなこともなく、

下の女の子が甘いものが好きなので煮豆を作るくらいで、あとは私

が作るいつもの定番のお雑煮に買ってきたオードブルがあるくらい。

ご馳走があるわけでもなく、向田邦子の小説のように着物を着るわ

けでもなく、洗い立ての猫セーターのふんわりした感触に満足してい

る、いたって shabby new year です。

そんな我が家なのだけれど、さっき台所に立って料理を始めようとし

て、音楽が欲しいなと思って思い出したのがこれ。元旦といえばやっ

ぱりこれです。昨日いささか埃をかぶったCDラックの中のCDをきれ

いにしたときに、よけておいた3枚の中の1枚。カルロス・クライバー

指揮によるウィーンフィルの1989年のニューイヤー・コンサート。

オールシュトラウスの、それこそウィーンの匂いがぷんぷんしてきそ

うな優雅にして贅沢なウィンナワルツ集。このCDを初めて聴いた時

の興奮は今でも鮮明に憶えてる。クライバーの指揮はまるで乗りな

れた馬に乗るように緩急自在で生気にあふれ、子供の頃にシネマの

中で見て憧れた舞踏会シーンさながらの、それこそめくるめく粋な音

楽世界を展開しています。それは全15曲があっという間に感じられ

るほど。そしてニューイヤー・コンサートというのはお堅いクラシック・

コンサートにあっては無礼講ともいえるほど、ユーモアにあふれたお

楽しみが随所に散りばめられていて楽しい。楽団員が全員で野太い

声で「ライ・ライ・ライ」と歌いだしたり、指揮者自らラッパを吹いたり、

いたるところでかわいい効果音を鳴らしたり、コンサートのオハコでも

ある最後の『ラデツキー行進曲』に至っては会場全員の手拍子だ。

先日終った『のだめカンタービレ』でもオケのメンバーが演奏中に楽

器をアクロバティックに弾くところがあったけれど、あそこまではいか

ないものの、あんな感じ。演奏者と聴衆がひとつになって心底音楽を

楽しんでいるのが伺える。このCDを聴いていた頃は、ウィーンでニュ

ーイヤー・コンサートを見るというのも私の大きな夢のひとつでした。

このコンサートには今では日本人もたくさん行くようになったようだけ

れど、この伝統的なコンサートはあくまで地元ウィーンっ子のための

もの。興行収入のために外国人用に高いプレミアムチケットを売りさ

ばいて地元の人が見られなくなるようなことはしておらず、チケットは

あくまでもウィーンの人たちのために確保されているのだそうだ。そん

なところにも好感が持てる。ちなみにうちの息子はこの中の哀愁を湛

えたハンガリー・ジプシーの音楽、『騎士パズマンのチャルダーシュ』

が小さい頃から大好きで、先ほどもこの1曲だけを録ってくれないか

と言われたほど。ウィーンのワルツには華やかで優雅なだけじゃなく

て、『舞踏会の手帖』のように過ぎ去った華やかなりし日々への感傷

もあって、そこがまたウィーンっ子の心を揺らすようです。

さて、今年のニューイヤー・コンサートの放映ももうすぐNHK教育で7

時から始まります。のだめでクラシック・ファンになった方は必見!

今年のマエストロはズビン・メータで、私は先ほど『パッハー眞理』さ

んのブログを読んで、今年はちょっと見てみようかという気になりま

した。詳しいことは下記参照。

 ☆ ニューイヤー・コンサート

 ☆ (パッハー眞理さんの)ウィーンの達人

ちなみに、よけておいた他の2枚はこれ。

New_year_concert_001_1 

1992年、ニューイヤー・コンサート150年祭でのカルロス・クライ

バー。そして下はハンス・クナッパーブッシュによるスケールの大

きなシュトラウス。

Vienna_holiday_1 

そして私がシュトラウスを聴いている隣りの部屋では、娘が日本の伝

統的なお正月の行事、書初めをしていました。今年は中学卒業の年

だから新年早々『有終の美』なのね。しかし、なんていうところで書い

ているんでしょう。髪をいっこ結びにして一応、気合い入ってます。

07_kakizome

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あけましておめでとうございます。

2007new_year_2

2007年、新しい年が明けました。

去年はこの『そうきちのCOLORS.』におつきあいいただきまして、

本当にありがとうございました。

毎年、一年の始まりには、真っ白い新しいノートをもらったような気

持ちになります。今年もそのノートにどんな色で何を描くか、今から

とってもわくわくしています。

今年が皆さまにとって喜びに満ちたカラフルな年になりますように。

今年もよろしくお願いいたします。

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