それは2年前の暮れのこと、私が仕事を終えてそろそろ帰ろうとして
いたときにSさんはやって来た。彼は同じフロアに入っていた別会社
の社長のUさんを訪ねてやって来たのだけれど、数日前にUさんはす
でにここを引き払った後だった。私がそれをSさんに伝えると、彼はな
んということなく「あ、そう」と鷹揚な風情で言い、それからいきなり私
にこう言った。「あなた、サルサ好き?」すぐに私が「ええ、好きです。
サンバもボサノヴァも・・・」と言いかけた途中でSさんはさえぎって、
「サンバもボサノヴァもブラジルでしょ。サルサはキューバ。でもいい
や、好きなら。好きなんだったら、あなたサルサ踊ったほうがいいよ。
あなたならサルサのミューズになれるから」
「は? 私がサルサ? ミューズ?」
呆気にとられる私を尻目に、彼は「サルサのステップ知ってる?」と
言ったかと思うと着ていた上着を脱いで椅子の背にかけ、いきなり私
の手をとって踊り始めた。「ちょっと待って・・・」と言ったけれど私の身
体はもう振り回されていた。折りしもその日は昼間に統括部長から1
人1人呼ばれて、ついに会社の経営が立ち行かなくなったから、実
質的には解雇だけれど自主退社ということで身の振り方を考えて欲
しいと言われたばかりだった。充分に予測はしていたことだし、暮れ
になって失業するのも初めての経験じゃなかったけれど、いささかげ
んなりしていたところだった。そのときもパーティションの向こうでは男
性社員たちが何やら緊急会議をしていて、そうじゃなくても私はこの
会社で女1人でやりにくいのに、サルサなんて踊ってる場合じゃない
のよ、と頭では思ったけれど、Sさんはおかまいなしだった。終いには
息が切れて汗ばんできた。「あの!息が切れてきました」と私は言っ
た。そうだね、もうやめようか、と彼は言うと、ふうと息をついた。それ
からコートを着て2人でビルを出た。赤坂通りに出るとSさんは向かい
のピザ屋を指差して、あそこで10分だけお茶しないか? と言った。
結局そこで私は30分ほど彼の恋愛話を聞かされることになるのだけ
れど、いままでSさんにはオフィスで何度も会ったことがあるのに、ど
ちらかというと彼はいつも物静かな感じだった。それが今日は会社に
入ってくるなりやけにハイ・テンションだと思ったら、彼は恋をしていた
のだ。六本木に住んでいる彼は、あまりにイカレテイテどこに自転車
を停めたかわからなくなってしまったのだという。やれやれ。なんてい
う52歳なんだろう! 私はSさんの職業について正確には知らなか
ったけれど、Uさんから彼が『ソトコト』に書いたエッセイを見せられた
ことがあって、漠然と物書きなんだろうと思っていた。ピザ屋での30
分、私は久しぶりに物書きチックな会話をしてとても楽しかった。私た
ちは最初からとても気が合ったし、私は2年に渡るベンチャー会社で
のおよそ自分には不釣合いな無機質な仕事のせいで、そういったこ
と(つまり文学的なこと)に飢えていたのだと思う、たぶん。
店を出ると彼は、「それではこの次は都会の隠れ家みたいなバーに
行きましょう」と言った。私はその『隠れ家みたいな』には大いに惹か
れたけれど、この次とお化けは出たことがないからきっと社交辞令な
んだろうと思って気軽に笑って手を振って別れた。ところがその晩さ
っそく教えたメールアドレスにメールが来たのだ。恐るべし行動力!
それから数日の間、私たちは頻繁にメールのやりとりをした。夜更か
しなのはSさんも同じなようで、お互いに打てば響くといった感じだっ
た。そしてある日、彼からある提案がなされた。そのメールは、『ある
映画監督が、こんなストーリーで映画を撮ることを考えています』とい
う書き出して書かれていた。そして、『このプロットのアイディアを考え
てください。それが次に会うまでの宿題です』で、終っていた。サルサ
ミュージックをベースにしたストーリーだった。またしても、はあ? で
ある。私はそのストーリーの印象を簡単に書いて、私にはできないと
返事した。そしてその後に会ったときにも私にはプロットは書けないと
固辞し続けた。ところが、そう言った次の日の朝、何故か私の頭には
あるストーリーのあらすじがあったのである。寝ないで一生懸命考え
たわけじゃないから、あった、としか言いようがない。私は電車の中
で忘れないようにそのあらすじを携帯に必死でメモした。そして会社
に着いてからすぐにそれをメールで送ると、返ってきたのは、『そうち
ゃん、もしかしたらこのストーリーは美しく飛翔するかも知れません
ね』という返事だった。まじ?
あのときのエキサイティングな気分は今でも忘れられない。私と彼は
まったくもってブレイブなチャレンジャーのようだった。それからという
もの、暮れから年が明けての数ヶ月間、私はシングルマザーの身で
失業という過酷な現実と葛藤しながらも、プロットを書くことになった
のでした。
結果から先に言うと、私たちはフライトに失敗し、私は早々にリタイ
ヤ、最終的には私たちは物別れに終ったのだけれど。
けれど彼とプロット制作のミーティングのために会っていた最初の頃
は本当に楽しかった。サルサがベースにあるストーリーだということ
で、暮れからの数ヶ月間は彼から借りたサルサばかり聴いていた。
その頃だ。音楽を聴きながら(しかもサルサみたい賑やかな音楽を
聴きながら)でも文章を書けるようになったのは。時折り音楽に合わ
せて膝を叩きながら書いた。傍から見たらかなりイカレタ感じだった
と思う。でもそのお陰で、私はともすると暗澹としてしまいそうな状況
のなか、少しも暗くならずにその時期を過ごすことができた。多分に
現実逃避であったにしろ、書くことは私の潜在的な欲求だったのだ
ろうから。今でも息子に「あのときのお母さんはすごく楽しそうだった」
と言われる。
一度、年も押し迫った頃、雪の降った寒い日に、それまでCDで聴い
ていた『グルーポ・チェベレ』のヴォーカリストの岩村健二郎さんに会
わせてもらったことがある。とても長身のその人は、それまでライブ・
ビデオやCDのジャケットで見ていたシャープでセクシーな印象より
もっとずっと素朴でシャイな感じの人だった。私が彼の音楽をずっと
聴いていることを言って、「昨日も大掃除しながら聴いてましたけれ
ど、外はすごく寒いのにホットになる感じだった」と言ったら、「そう言
ってもらえるのが一番嬉しい」と言って素敵な笑顔を見せた。彼は中
学生の頃にサルサに出会って夢中になり、まだサルサなんていう音
楽が世の中に出回ってなくてCDが手に入りにくかった頃、友達と競
うように聴きあさって耳でスペイン語の歌詞を覚えて歌えるようになり
いまでは大学でスペイン語を教えているほどの人だ。サルサの作曲
と共にスペイン語で作詞もする。好きもそこまでいけばもうすごいとし
か言いようがない。
今日も大掃除の最中、彼のCDを流していた。サルサが流れてきた
途端に気分がアッパーになってくる。「どちらさまもご陽気に!」
たまには踊って♪
私は思わず近くにいた娘に言った。「少々何があっても私たちは元
気に楽しく生きていこう! やり方はひとつだけじゃないんだから。
やり方なんていっぱいあるんだから」
そうよ。やり方なんていっぱいある。
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