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2006年11月17日 (金)

色っぽさについての考察

Antique_2

このバラはもう1週間以上も前に切って一輪挿しに挿したバラだが、

月曜日にもういい加減いいだろうと思って捨てようとして、まだ花び

らが散る気配もないので捨てがたくなって、また水を替えて挿して

おいた。それからまた1週間近く。

キッチンに立つと視点の先にいつもあるので、つまり私はこの花の

切りたてから今に至るまでをずっと見てきたわけだけれど、そうや

って毎日同じ花を見ていると、だんだん花の心がこちらに以心伝心

してくるように思えるから不思議だ。切りたてのときに較べてこの花

が美しくなくなったかというとそうではない。むしろ日に日に色っぽさ

を増しているように思えるのだ。それに気づいてしまったから、私は

この花が捨てられなくなってしまったのではないか。

切りたてはもっとバラらしい容姿をしていた。花弁は巻いていて、色

はもっと濃いピンクだった。それが日に日にゆるくほどかれて、まっ

すぐなような、それでいて放心したような瞳も露わに、徐々に淡く淡

く退色していって、その様を色っぽいと思って眺めている私がいる。

このあたり、人の色っぽさの秘密にも通じるものがあるように思われ

る。若い頃の色っぽさというのは、どこまでも生体そのものの持つエ

ネルギーの健康的な放射であって、とてもフィジカルなもので、そこに

はそれほど風情というものは感じられない。けれど年を経るごとに哀

しみも喜びも濃くなり深くなり、そして更に淡くなりして複雑さを増して

ゆく人の心ほど色っぽいものがあろうか。年をとったあなたは実にた

くさんの味を知っているのだ。

そして色っぽさを構成するファクターは多い方がよい。単細胞だったり

無機質だったり合理的だったりロジカルだったりインセンシティブだっ

たりするのは色っぽくない。つまりお酒も煙草もやらないという男より

はやる男の方が色っぽいし、女の前では絶対に涙なんか見せないと

いう男よりは泣く男の方が色っぽい。アフターファイブの過ごし方がい

つも決まっている女よりはいくつも楽しみ方を知っている女の方が色

っぽいし、いろいろな顔を持っている女の方が色っぽい。

バラも同じで、日々、季節ごと、時間ごとに違う顔をしている。

そんな思いでバラを眺めている私は男のような女のような複雑な気

持ちだ。つまりバラを見ている私の視点は限りなく男なのだが、そう

やって、たった一輪の花を蕾のときから散るそのときまで見ていられ

る男がどこにいようか、と思う私は女である。しかして人の心とは複

雑な ・・・。バラに魅せられてしまった人というのは、他の花には無い

この花だけが持つ特別な何か気づいてしまった人ではないだろうか。

そして少なからずそこから何かをもらっている。そんな気がする。

今朝も何気なくこのバラを見たら、「もう、いいでしょ?」と言った気が

するので、明日にはもうさよならしようと思う。ありがとうを言って。

Antique_01jpg

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日常のなかの詩/詩のある日常」カテゴリの記事

コメント

soukichiさんちの薔薇は幸せ者だなぁ・・って
思ってしまった・・
花屋さんで買ったバラはここまで美しく咲ききる前に
グッタリとなってしまう気がします。
凛ちの庭の薔薇もどこまでもいつまでも
咲いていて最後は花びらだけを水盤に浮かべたりします。
幾つもの顔を持つ人(自分では無意識で)の
その時々の顔を垣間見た時 人はハッとするよね。
それは色っぽさに通じる瞬間なんだろうなぁ~。。

投稿: | 2006年11月18日 (土) 05:48

=バラに魅せられてしまった人というのは、他の花には無いこの花だけが持つ特別な何か気づいてしまった人ではないだろうか。
そして少なからずそこから何かをもらっている。=

バラの部分を《ねこ》って置き換えてみて。
全く同じ気持ちで猫を見てる私。
猫と一緒にして~!なんて怒らないでね。

投稿: hanta | 2006年11月18日 (土) 17:27

凛さま、
私は自分でバラを育てるようになって、切花をあまり買わなくなりました。家から花が無くなる時期だけは買わなきゃしょうがないし、たまには花屋で花を買いたくなるときもあるんだけどね。
お花屋さんに入ってまず気になるのが消毒の匂い。
あれが駄目だなあ。
それと、私はいつも息子の誕生日にあの子のいちばん好きな赤いバラを買うんだけれど、とっても高いのを奮発して買ったのに、わずか数日しかもたないの。あれにはがっかりしちゃう。
家のバラとは確かに全然違うよね。

人の色っぽさというのも日々の積み重ねでさ、一朝一夕になるものではないよね。
その人のありようそのものだから。

投稿: soukichi | 2006年11月19日 (日) 12:31

hanta さま、
怒るどころか前日の別のコメントに、バラきちがいは猫きちがいに通じるかもねって書いてるよ。
北村太郎いわく、きちがいと名がつけばみんな似たようなものなのだそーだ。
確かにそうかもね(^-^)
太郎さんの文章には猫に関するいいものがいっぱいあってね、読みながらhanta さんにも読ませたいなあ、なんて思うのです。

投稿: soukichi | 2006年11月19日 (日) 12:34

そうよね。だってT.S.エリオットの猫を訳して
いるのも北村太郎さんだもの。
猫に詳しくなければ出来ないよ。

投稿: hanta | 2006年11月19日 (日) 21:54

hanta さま、
うん。
昨日ひっかかったのはこれなんだけど、略して書くと、

T.Sエリオットに『オールド・ポサムズ・ブック・オブ・プラクティカル・キャッツ』という詩集があるのだが、分からないのはプラクティカル・キャッツの2語であって、実用的な猫とは何ぞや。CODでプラクティカルの項をひくと、available,useful などとあるがぴったりしない。
なおも老眼鏡をおさえつつ辿ってゆくと、inclined to action rather than speculation てえのがあり、これだこれだ、(略)
エリオットにこう書かれると、猫たちにはすべてプラクティカルの形容詞がぴったし、というふうに思われてくるから妙だ。プラクティカルなんだよ、猫は。ファンタスティックでもセオリティカルでもないんだ。
いやー実にこの猫ってやつは、プラクティカルだなあ。・・・

っちゅうー文章なんだけど、さてhanta さんはどう思う?
なにゆえ猫がプラクティカルか?
次のhanta さんのブログネタにならないかい?

投稿: soukichi | 2006年11月19日 (日) 23:54

ウ~ン、確かに猫にはinclined to action rather than speculation と言う部分が有る。
で、これがプラクティカルなの?
毎日猫がやっている事をPractical といえば
納得かもね。
これは奥が深いですよ。

投稿: hanta | 2006年11月23日 (木) 01:35

hanta さま、
英語の読解力が無い上に猫を飼ったことがないとなっちゃあー、私には深すぎてわかんないや。
ただ人間が往々にして『下手な考え休むに似たり』、に陥りがちなのに対して、猫は今最も心動かされること(つまり考えるより有効なこと)に行動するってことなのかにゃ?
それぐらいじゃ。私の頭じゃ。

投稿: soukichi | 2006年11月23日 (木) 23:52

私も英語の理解力は今一なので、猫から考えて見ましょう。
そうです。猫は深く考えているようで、実は
何も考えていない。
自制力よりも、動くものにはじっとしていられない。反応してしまう。
こんなことじゃないかな?

でもね「何にも考えてないのね」なんて言いながら、
実はねこがふか~く考えている事を私は知っている。

投稿: hanta | 2006年11月24日 (金) 23:14

うん、hanta さん、
ありゃー不思議だね。
犬なんかせいぜい考えてたって現実的な人間程度のことだろうと思うのに、猫は人間を超えた思考をしているよーに見えるからね。
アタシなんか見透かされそーでこわいぜ。
魔物たる所以。

投稿: soukichi | 2006年11月25日 (土) 00:52

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