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2006年11月22日 (水)

女に / 谷川俊太郎

Tanikawa_shuntarou

谷川俊太郎はきわめて平易な言葉で詩を書く。

だからといってその詩が単純で簡単かというともちろんそうではなく、

むしろそこに含まれているものにはこわいくらいのリアルさがあって

同時に謎は解けない謎のまま美しく存在し続ける。

残酷な朝日に隅々まで無機質に照らし出される部屋のように、自身

をどこまでも曝してしまう酷薄さ、曝してしまえる強さを持ちながら、

なお弱々しい少年のように夢見ることに飽きない。

世の中の人のどれだけが谷川俊太郎の凄さをわかっているかどうか

知らないが、私にはただ凄いとしか言いようがない。

昨日の朝、たまたまラジオから流れてきた高村光太郎の詩をここに

アップして、夜はこの詩集で終ろうと思ったけれど、うまく書けないの

でやめた。結局どんな(つまらない)文章であっても、それらはひとつ

ながりの思考の果てに出てくるもので、直前までまったく違うことを考

えていて書けるものではないんだなあと思った。

この『女に』は、谷川俊太郎のわずか数行の短い詩と、彼の3人目の

妻である佐野洋子のエッチングとのコラボレーションからなる詩集で

これもまた純愛詩集であると言ってよいと思う。ここには職業詩人と

いう稀有のポジションを確立した谷川俊太郎が、晩年になって奇跡

的にたどり着いた純愛の姿が単純きわまりない、けれど仮借ない言

葉で美化されることなくリアルに描かれている。高村光太郎の詩集と

最も違うのは、詩のなかの2人が現実に生身の人間として生きて、

今後もけして美しいとは言えない老いを曝しながら、死へ向かって生

き続けることだ。私の友人は谷川俊太郎の言葉はあまりにリアルす

ぎて好きになれないと言った。私もときに谷川俊太郎の言葉に吐き

気さえ覚えながら、でもその動向を追わずにはいられない。詩人の人

生とはなんと酷薄なものだろう。生きた足跡がそのまま言葉となって

残される。前妻との安寧の日々も、父の葬式の陰で繰り広げられて

いた女との修羅場も、離婚した妻に寝床の中で言われた捨て台詞も

みんな ・・・

そんなことも全て包括した上でこの詩集を読むと、いかに2人の出会

いが運命だったかがわかる。私たちはふだん『運命』なんて言葉は

大げさすぎて使うことはないけれど、この世に起こることに何ひとつ偶

然は無いということを考えるなら、あなたがいま惰性で一緒に過ごし

ていると思っている相手とだって、きっと運命だったのかもしれない。

今日11月22日はいい夫婦の日だというから、あなたのより良き余

生に、幸あれ!

最後にこの中から好きな詩を。

もし愛し合った2人が同時に死んで、一緒に焼かれることがあったら

火葬場の煙突から立ち上る煙はこんな風かな、と思う。

****************************************************

 後世


 きりのないふたつの旋律のようにからみあって

 私たちは虚空とたわむれる

 気まぐれにつけた日記 並んで眠った寝台 

 訪れた廃墟と荒野 はき古した揃いの靴

 地上に残した僅かなものを懐かしみながら

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日常のなかの詩/詩のある日常」カテゴリの記事

コメント

谷川俊太郎って凛が高校生の頃に買った
ピーナツブックのスヌーピーのマンガの翻訳者としか
知らなかったのよ。で、その時気になって
谷川俊太郎の詩を調べたりしたんだけど
あまり覚えていないのね。
でもね、今soukichiさんが
>あなたがいま惰性で一緒に過ごし
ていると思っている相手とだって、きっと運命だったのかもしれない・・・
って文章を読んで思わず、涙が出ちゃったよ。
そうだった!凛は両親に(両親と同居だからって)
結婚に大反対されたんだった・・
わがままに育ったのに絶対に無理だって!
なんだか色んな事思い出しちゃったよ・・
で、そう言えば、去年の11月22日にも
soukichiさんのエントリで泣いちゃった事
思い出したよ。去年もこの日のエントリは胸を打つ
文章だったよね・・1年に一回お互いに
運命の人だと思ったって事思い出すのも悪くないね♪

投稿: | 2006年11月23日 (木) 08:11

う~む・・カン違いかな?去年の11月22日のエントリだと
思ったから遡って見てみたけど
また別の日のエントリだったかも・・
何かの詩を引用してあってそれに感動して
泣いちゃったんだけどね。ああ・・記憶力だけは
良いと思っていたけど。最近自身喪失だす・・

投稿: 凛 | 2006年11月23日 (木) 08:17

カムチャツカの若者が
きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている

ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウインクする

柊の朝は日本時間の5時にはじまる
携帯のアラームがメロディを奏でる
カフェオレを飲みながらネットでニュースをチェックするのは6時から^^


↓まだ間に合うよん♪
http://www.1101.com/shitsumonbako/index.html

投稿: | 2006年11月23日 (木) 10:24

晩秋も終わりを告げる頃は、やはりセンチになりますね。自分と思いが通じる詩や言葉に出会ったり
カサコソと舞う枯葉にも心が揺さぶられて・・・・。
一度きりの人生を、悔いなく生きれる人って
いないでしょうね。ああもしたい、こうもしたいと
さ迷いながら歳を重ねて、朽ちてゆく。
できるだけ美しい物を吸収して生きてゆきたい。
最近つくづく思うのです。

投稿: みちこ | 2006年11月23日 (木) 10:41

凛さま、
いつもほんとにありがとうね。
凛さんの感受性はほんとに素晴らしいよね。
共感力、と言ってもいいけれど。
とても優しい方なんだと思います。

私も凛さんがそういうコメントくれたの憶えてるよ。
それ見て私もPCの前で朝からもらい泣きしましただ。
私もそれがいつの記事だったかはすぐには思い浮かばないんだけど、確かこの日じゃなかったよなあーと思いながら読みました。

男なんて世界に星の数ほどいるのに、その中のたった1人と出会って、結婚して、子供まで産む、というのは、もう運命以外の何物でもないよね。
男も女ももっとそれを大切にすればいいのに、と思います。

レオ・レオニの絵本の翻訳者も俊太郎さんだよ。
素敵な絵本もたくさん出しています。
たまには詩の言葉を紐解くのもよいでしょう。
それだけ感受性のある凛さんだもの。
大きな本屋さんに行くとあるので、機会があったら見てみてください。

投稿: soukichi | 2006年11月24日 (金) 00:04

凛さま、
私も最近、名詞が出てこない。
昨日も仕事のミーティングで協業している会社の名前が出てこなくてまいった!
お互い脳のシナプスが切れてきてるのか?
右脳をもっと鍛えなきゃ。
簡単にできるのは左手を意識して使うこと、だよ~ん。

投稿: soukichi | 2006年11月24日 (金) 00:07

げっ! 柊さんが起きるのは朝の5時?
いまって6時でもまだ暗くない?
夜更かし朝寝坊(といっても平日は最悪7時には起きます、ホリデイは未定)の私には信じられません。
ついでと言っちゃーなんですが、夜寝る時間と、早寝早起きだとしたら、その秘訣を私に教えてください。
もひとつ、アラームのメロディーはな~に?
私は『ブラジル』です。
朝からウルサイ、じゃなくて、ご陽気です。
気分が良ければ踊りながら起きます♪

柊さんも『ほぼ日』読者なんだね!(^-^)

投稿: soukichi | 2006年11月24日 (金) 00:15

みちこさま、
1年中、音楽と言葉にまみれて生きてる私です。
この季節だからセンチということはないのかな。
むしろ私が1年で最も駄目なのは夏の終わりで、センチというより、
もう切なさ100%です。
寒い季節に向かうときって、心も身体もどこか身構えるでしょう。
そういうときって精神はぴりっと引き締まってるように思うのね。
コートを着るように、心も少し鎧ってしまう。
そういうときより、夏の無防備なときのほうが心が危うい私です。

詩に関して言えば、私はセンチとは全く違う感覚で、むしろもっとクリアーな意識で行っていることのように思います。イメージを膨らませるのは右脳だけど、発語するのは左脳だからでしょうか。
感傷を掻き立てるのはいつも音楽。
これはもうどうしようもできない。

みちこさんはいつも精一杯楽しんでらっしゃるように思えます。
好奇心も向学心もいつも旺盛だし。
またそういう方には、向こうからもいろいろなものがやってくると思うし。充分、生き生きとして見えますよ。

美しく輝いて生きる、というのは、いつの日も理想ですね。

投稿: soukichi | 2006年11月24日 (金) 00:30

えっと・・・日の出は6時20分くらいでしょうか。
5時はまだ真っ暗ですね^^;
夜は1時か2時か遅いときは3時くらいかなぁ・・・
soukichiさんとそう変わらないと思われますよ~(笑)
平日は四当五落でいってます。(受験生でもないのにね^^;;
遅寝遅起に秘訣はありません。
慣れないうちは突然意識が飛んだりしますからお奨めできない不健康生活です。
(半年くらいで身体が慣れますが)

アラームの音楽は、前夜5分刻みで登録してある時刻の
どの時間を選択するかで変わります。
(覚えないようにしているのでシャッフル感覚^^)
スイングガールズだったり、サンタナのサムバディだったり色々。
ボニーピンクとか騒がし系が爽やかな目覚めを連れてきま~す♪
朝から陽気はよいですね。
朝の気分が1日を決めますから。

投稿: | 2006年11月24日 (金) 06:56

そうきちさま、お晩で~す!!

>もし愛し合った2人が同時に死んで・・・

昔は感動してたこんな言葉が今は少し息苦しいのは、たぶん環境のせいやろナァ(^^)
私の詩ゴコロの記憶をたどると、歌人塚本邦雄が現れます。が、その歌をもう思い出せないんで。
夜中に眼を覚ましたとき、ア、これ塚本邦雄の世界やない?という想いに落ちる瞬間がいまでもあります。でももう鈍感になってて、肝心のその歌が出てこない。ど忘れじゃなくホントーに忘れてしまったらしいです^^;
で、ネットで検索してみました。たとえば彼の歌はこんなのです。

 馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで
 人恋はば人あやむるこころ

 聖母像ばかりならべある美術館の
 出口につづく火薬庫

 熟柿色の夕空の下いま千の家庭が
 よごれたる米あらふ

           (塚本邦雄)

シカシ夜中に浮ぶのは、違う歌!みつかりません。

フフ、思い出せないって、ほんとは思い出したくないんかナァ?
なぜなら思った後いつも「この人(夫)となら大丈夫!(文学なんてバイバイ)」と思って眠りに就くんですからね♪


投稿: リサ・ママ | 2006年11月24日 (金) 22:32

柊さま、
半年で身体が慣れるってのは柊さんがまだ若いからだね!
私も睡眠時間3、4時間で、あとは仕事と通勤時間と家事でずっと立ちっぱなし、ってのをかなりの間やってたけど、よくやってたと思う。
病気にもならずに。(ときどき意識が飛ぶってのはよくわかる。)
でも、もう駄目、もう考えられない。
たまに3時過ぎまで起きてると次の日はかなりフラフラです。
最近流行のフラガール、なんちて。
(すみません、おやじギャグで。)

投稿: soukichi | 2006年11月25日 (土) 00:09

リサ・ママさま、
いつかTVをつけたらいきなりNHKの番組で、ナレーションがこう言ってた。「アボリジニのアートにこれだけ力があるのは、それは彼らにとってアートが生きる上で最も切実なものだからです」と。

私にとっては言葉も音楽も切実なものなんだ。バラもね。

私は眠るときに近くに子供がいることをとてもしあわせに思う。
でもその責任をいつもしょっていて、たいがいの時間、私は緊張してる。詩の持つ空間の中に、音楽の空間の中に、私にとって最もくつろげる場所があるんだ。なくては生きられない。
ただ、そういうこと。

いつも言うけど詩なんかなくても生きられる人はいいんじゃないか、
それで。

投稿: soukichi | 2006年11月25日 (土) 00:43

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