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2006年8月21日 (月)

誰でもいいわけじゃない

Blue_on_pink

いつか夕方に友人の家に行くと、照明が落とされた部屋のテーブル

の上のガラスのボウルの中で、フローティング・キャンドルの炎が揺

れていた。その日、私は少々心が弱っていて、自分の家にいたくな

いから彼女の家に来たわけで、部屋がフラットに明るかったり大きな

音でビデオがついたりしていないのはありがたかった。クーラーを切

って開け放した窓からは涼しい風が入ってきて、私はふだん人に見

せないくらい素の状態で彼女の前にいた。どちらがどうと言うわけで

はなく私達は陰陽の関係にあるらしく、私達はたぶん肝心なときには

お互いが必要なのだと思う。たいていの言葉は他の誰より通じるし、

別に言葉はなくてもかまわない。ラクチンな関係だ。それでも時々は

ぶつかる。私達は人一倍自分の言葉ではっきりものを言うタイプだか

ら。でも、人とつきあうってそういうことじゃないか? 友人であれ恋人

であれ夫婦であれ家族であれ、人と人とが近づけば負荷がかかるの

は当然のことだし、大切な人と深く関わりたい、少々言いたくないこと

を言ったり言われたりしてぶつかっても、ちゃんとわかりあいたい、感

情を共有したいと思ったら、時にぶつかるのは仕方の無いことだと思

う。人との関係において、いいとこ取りなんてありえない。

昔、私の友人でいつもフランスパンの真ん中の柔らかいところだけを

食べて、固いところを残す女の子がいたけれど、私は彼女のその食

べ方が嫌だった。まるで彼女がしている恋愛そのものみたいで。

結局、その日、私が自分のことについて話し始めたのは帰る間際に

なってからのことだった。「この世にたくさん人がいても、話せる相手

なんてほとんどいないし、話せる相手って貴重じゃないか? しかも

自分が話して、それをわかってくれる相手って」と私が言うと、彼女は

「稀だし、貴重だよ。だいいち、自分で話そうと思わないと話せない

からね」と言った。つまり人は、自分が話そうと思える相手じゃないと

話さない、ってことだ。そうだ、そうだ、そうなんだよ!

誰でもいいってわけじゃない。

そんな人間がこの世にどれだけいるっていうの?

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モノローグ」カテゴリの記事

コメント

soukichiさん、おはようです。
月曜の夕方着きました。有難うです。
デジカメ着きのメール送りました。みてね。
私の叔母さん。お嫁さんと何かあるとお菓子ぶらさげて・・・・ね。
訪ねてきます。
その時はお嫁さんの肩を持つと駄目で、ひたすら叔母さんの話を聞いてるの。そのうちにウンウン、でも嫁も悪い人間じゃないからとなっとく(自分も反省)しておさまるのです。
お互いのちょっとした言葉がよけいだったり、たりなかったりで
心を揺さぶられる微妙さは、一生持ち歩く人の宿命なのでしょうね。そんな事を感じる今日のsoukichiさんのブログ。

投稿: みちこ | 2006年8月22日 (火) 10:39

そうきちさん、いいお友達がすぐにも会える近さに居ていいわね!
前にも時々うかがったことのある方でしょ、ほんとに貴重(^^)

私にも近くにそんな友が1人居て、めったには会わないんだけど、
いつでも会えると思い安心してます。(その友が、遠くの実家に帰省してる間は少し残念な気が・・・。会うのは年に何回もないのに、変ですね。)
それに実際会った時は、ついついとりとめのない話ばかりしてしまい、帰る間際の電停なんかで肝心の話がやっと出る効率の悪さです。でも彼女に聞いて貰うだけで、スーとしてラクになれるから不思議。そんな人が、この世に少なくなっていく一方の私、大切にしたいです。

さて、私にはそうきちさんもそういう大切な友の一人と云ってもいいですか?
コメント上で、あなたにはずいぶんと誰にも話した事のない昔の話を聞いて貰ってますもん。なんて貴重なお方でしょう!(^^)
そして昨日は、布草履の誕生日プレゼント有り難く戴きました。
感謝!!
眼の疲れ・肩こり・睡眠不足をいとわず、いっしんに布草履制作に集中してるそうきちさんって、すごいなぁ~
でもきっと愉しいんだろうなぁなど思いました。
今年私がお贈りした「ちびカエル」は急ぎすぎてどうも安直だったから、来年はもっといいアイデア出すわね、
来年をオタノシミに~♪

投稿: リサ・ママ | 2006年8月22日 (火) 10:48

みちこさま、
ほんとにそうですね。
人との関係で1番難しいのは距離の取り方だと思います。
離れすぎてると寂しいし、近づきすぎると鬱陶しかったりする。
自分と相手の感じ方も違うから。
それに世の中の人は私みたいに本当のことばかりが欲しいわけじゃないから。
私は臭いものに蓋をして生きるみたいな生き方が嫌いでね、その辺りで人とぶつかってしまいます。

投稿: soukichi | 2006年8月22日 (火) 18:28

リサ・ママさま、
私もおんなじです。
この日、その友人の家に行ったのも、もうとっくに田舎に帰っているだろうと思っていたのが窓に灯りがついていたので、ああ、まだ帰ってなかったんだ、ということで行ったのです。
そう、ふだんは滅多に会わなければ電話もしないのに、たかたが2週間くらい帰省するときには急に寂しいような気になる。
今生の別れでもないのに。可笑しいですね。

もちろん、こちらこそです。
私は変な勘があって、男でも女でも、ああ、きっとこの人とは長くなるなという勘が働くの。リサ・ママさんもその1人です。末永く元気でいてくださいませ。

私はリサ・ママさんに高知の名産をいっぱい送ってもらったもの。
充分です。
私は何もいらないから、お気遣いなくね!

投稿: soukichi | 2006年8月22日 (火) 18:35

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